2008 05 04(日)
5月4日みどりの日に埼玉の行田市で大規模な火祭りが行われました。
“古代のロマンと神話への誘い”と題した“さきたま火祭り”です。
場所は名物のフライで有名な行田市の埼玉地区にあるさきたま古墳公園。
そばには「埼玉県名発祥の地」という石碑もあります。(さきたま⇒さいたま)
近くのポピー畑の中に広い無料P場があって便利。
古代国家については西の「大和の国」、と東の「日本(ひのもと)の国」があったそうです。
その「日本の国」ではないかと云われるのが行田市のさきたま古墳群の地区なのです。
さきたま古墳公園だけでも円墳1基、前方後円墳8基、周辺の古墳群を併せると50基以上にもなる我国では稀な一大古墳地帯です。(昭13年 国指定史跡)
午後4時半に到着し、火祭り開始までは幾つかの古墳に登って古代に想いを馳せます。
火祭りの旗が立っている小山は前方後円墳の稲荷山古墳の前方部。
後円部頂上には木棺を囲って保護した礫槨があり、そこから出土した副葬品の鉄剣が埼玉県最初の国宝・金錯銘鉄剣です。(鉄剣に刻まれた115文字。)
稲荷山古墳からの古墳お祭り広場。 沢山の人達が火祭りに来ています。
紅白幕のステージでは数々のイベントが賑やかに行われていました。
ステージ腰幕には「さきたま古墳群 めざせ世界遺産」のフレーズも・・・。
若々しいダンスパフォーマンスや武蔵あばれ太鼓の打ち鳴らす勇壮な合戦太鼓など・・・。
稲荷山古墳の手前には本格的な古代住居が建っていました。
この古代住居がさきたま火祭りのメイン舞台となります。
古代神話の世界からニニギノ命とコノハナサクヤ姫の壮絶なロマン物語が再現されるのです。
古代住居の横には丸墓古墳。 丸墓古墳は日本最大の円墳と云われています。
頂上までの階段は急傾斜ですが、19mの高さの頂上からの眺めは素晴しいものがあります。
戦国時代には上杉謙信や石田三成が丸墓古墳に陣を構え忍城(おしじょう・関東七名城の一つ)の攻略にあたったそうです。
さきたま火祭りに使用される古代住居は産屋と言い、建築には数百万円の費用とか・・・。
古代住居前には五穀・魚や酒など供えられた祭壇もあり準備万端でした。
夕闇も迫り、稲荷山古墳と丸墓古墳から一般人は下ろされ、各所に赤々と篝火が焚かれて“さきたま火祭り”の本番は間近となってきました。
次回はさきたま火祭りの産屋炎上と御神火行列の巻です。
2008 05 27(火)記。 前橋市 最古気温28℃
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