昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

三鷹通信(168)第21回読書ミーティング(3)

2016-11-22 03:44:23 | 三鷹通信
 ボクの推薦本、小林秀雄「モオツアルト・無常という事」
 
 批評という形式の可能性を提示したと言われる「モオツアルト」、自らの宿命のかなしい主調音を奏でて、近代日本の散文中最高の達成をなした戦時中の連作「無常という事」など6編、狂気と平常心の入り混じった世界の機微にふれた「真贋」など8編を収録。

 *講師によれば、1960年代以前に生まれた文学好きにとって、太宰治病、三島由紀夫病、W村上病とともに、流行病のようにかかる小林秀雄病というものがあったというが、ボクもそれにかかって読んだのかもしれない。

 小林秀雄近代日本の文芸評論の確立者であり、晩年は保守文化人の代表者であった。アルチュール・ランボーなどのフランス象徴派の詩人、ドストエフスキー、幸田露伴、泉鏡花、志賀直哉などの作品、ベルグソンやアランの哲学思想にも大きな影響を受けている。本居宣長の著作など近代以前の日本文学にも深い造形と鑑識眼を持っていた。

 <近代評論とは>
 従来の批評は、”印象批評”であって、作品の添え物に過ぎなかったが、批評家が「批評とは何か?」とか、「批評主体とは何か?」とかを疑問視、問題視することで、”批評自体が独立した作品”になっているということでしょうか。
 <小林秀雄作品の特色>
 文章が巧みでレトリックが繊細で、博識豊富でイメージがかき立てられる工夫が施されているが、すーっと読み取るのはかなり難しい。
 キーワードは<孤独><かなし><無常><あわれ>であろうか。

 <モオツアルト> ト短調シンフォニー、何という沢山な悩みが、何という単純極まる形式を発見しているか。・・・全く異なる二つの精神状態の殆ど奇跡のような合一が行われている様に見える。名づけ難い災厄や不幸や苦痛の動きが、そのまま同時に、どうしてこんな正確な単純な美しさを現す事が出来るのだろうか。それが即ちモオツアルトという天才が追い求めた対象の深さとか純粋さとかいうものだろうか。ほんとうに悲しい音楽とは、こういうものであろうと僕は思った。その悲しさは、透明な冷たい水のように、僕の乾いた喉をうるおし、僕を鼓舞する、そんなことを思った。
 ・・・天才とは努力する才だ・・・ゲエテ 
 ・・・天才はむしろ努力を発明する・・・制約も障碍もない処で、精神はどうしてその力を試す機会を掴むか。・・・抵抗物のないところに創造という行為はない。

 <当麻>
 世阿弥・・・美しい「花」がある。「花」の美しさというようなものはない。彼の「花」の概念の曖昧さについて頭を悩ます現代の美学者の方が、化かされているに過ぎない。肉体の動きに則って概念の動きを修正するがいい、前者の動きは後者のそれより遥かに微妙で深淵だから、彼はそう言っているのだ。不安定な観念の動きをすぐ模倣する顔の表情のようなやくざなものはお面で隠してしまうがよい。

 <徒然草>
 兼好は、徒然なるままに、徒然草を書いたのであって、徒然わぶるままに書いたのではないのだから、書いたところで彼の心が紛れたわけではない。紛れるどころか、眼が冴えかえって、いよいよ物が見え過ぎ、モノが分かり過ぎる辛さを、「怪しうこそ物狂ほしけれ」と言ったのである。・・・彼は批評家であって、詩人ではない。徒然草が書かれたという事は、新しい随筆文学が書かれたという様なことではない。純粋で鋭敏な点で、空前の批評家の魂が出現した文学史上の大きな事件なのである。僕は絶後とさえ言いたい。・・・この物狂おしい批評精神の毒を含んだ文学者は一人もいなかったと思う。・・・彼はモンテニュがやった事を、200年も前にやったのである。

 <無常という事>
 この世は”無常”とは決して仏説というようなものではあるまい。それは如何なる時代でも、人間の置かれる一種の動物的状態である。現代人には、鎌倉時代の何処かのなま女房ほどにも、”無常”という事がわかっていない。常なるものを見失ったからである。

 <西行>
 心なき身にも”あはれ”は知られけり 鴫立つ沢の秋の夕ぐれ
 この有名な西行の歌は、当時から評判だったらしく、藤原俊成は」「鴫立つ沢のといへる心、幽玄にすがた及びがたく」という判詞を遺している。歌のすがたというものに就いて思案を重ねた俊成の眼には、下二句の姿が鮮やかに映ったのは当然であろうが、どういう人間のどいう発想からこういう歌が生まれたかに注意すれば、この自ら鼓動している様な心臓の在りかは、上三句にあるのが感じられるのであり、其処に作者の心の疼きが隠れている、というふうに見えてくるだろう。

 生きることの本質。それを批評対象、批評者としての自分、そして批評とは何か?ということを通して探求していた。 

 ─続く─