マル鉄・鉄道写真館

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485系:特急「やまびこ」 53・10改正前

2011-06-25 00:30:00 | 国鉄・JR特急列車
485系:特急「やまびこ」 53・10改正前


「やまびこ」は、上野~盛岡間を結んでいた特急列車です。
特急列車としての起源を辿ると、上野~福島間を「つばさ」に併結していた盛岡編成ということになり、上野~盛岡間の特急としては気動車特急として運転が最初でした。昭和38年12月のことです。
昭和40年、東北本線の盛岡電化開業に伴い、電車での特急列車が運転開始となります。481系交直両用型特急電車として実績が認められ、50Hz版の483系が登場し、東北特急として初めての電車特急「やまびこ」が誕生します。

登場当初はボンネット型により運転されていましたが、青森電化に際して青森運転所が開設、ボンネット型の「やまびこ」は早々に姿を消すことになります。
※青森運転所の開設当初はボンネット型の配置があったらしく、「白鳥」「いなほ」にボンネット型が使用された実績があるようですが、当時小学2年生くらいでしたので、そのような列車の記録は持ち合わせておりません。

今回は、特急「やまびこ」のうち昭和51~53・10改正前の画像をまとめています。



昭和51年 東北本線 赤羽駅にて

赤羽駅3番線を通過する上り「やまびこ」。リコーオートハーフでの撮影のため、当たり前のようにブレています。
この時代はもちろん文字マーク。「やまびこ」の場合、非貫通型よりも貫通型の方がマッチしていました。
右上に見える三菱の広告塔。見づらいのですが『カラーテレビ』と謳っています。この時代は『カラーテレビ』というだけで広告になってしまったんですね。若い人には解からんでしょうな。(笑)



昭和51年 東北本線 大宮駅にて

ほぼ同じくらいの時期でしょうか、大宮駅の9番線です。今では右奥に新幹線の建物がボーンと建ってしまっていますが、この頃は見晴らしの良かったですね。



昭和52年 上野駅にて

なぜかこの時代は非貫通型の写真が少なかったですね。比較的に仙台車に配置されていたものが多かったのでしょうか?



昭和53年10月 上野駅にて

53・10ダイヤ改正直後の写真のようです。本来ならイラストマーク化されている筈なのですが、ヘッドマークの交換工事が間に合わずに、文字マークのままの車両も存在したようです。
ある意味、この時期は文字マークそのものが貴重でしたので、このような車両を見つけると大急ぎでホームを走り回ったような記憶があります。
隣に停車中はEF80。常磐線の普通列車でしょう。


番外編ですが・・・


昭和54年頃 上野駅にて

確か、上野駅の8番線と9番線の間だったと思います。線路と線路の間にさも使用されているように放置されていました。誰かが踏んでしまったのでしょうか、悲しいことに真ん中から割れています。
私の記憶では、これ以外にも2枚放置されており、写真以外の2枚は9番線のホーム上にあったような気がします。1枚は純然たる「やまびこ」のヘッドマークでしたが、もう1枚は「あさま」になっており、表面に塗ったペンキのような幕がかなりの面積で剥がれ、その下から「やまびこ」の文字の一部が見えていました。『このようなヘッドマークでも塗り替えて使うんだ』と感心したりショックだったり。

写真を撮った時代からすると、約7年も時代が流れた上野駅に漫然と放置されていたということになります。ある意味ずさんとも言える感じがしますが、これを発見したときの嬉しさは例えようがありませんでした。

実車のボンネット型「やまびこ」の写真を撮ったことが無いので、たったこれだけの写真であったとしても、私的には大変貴重なものなんです。

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