壹岐の嶋に至りて雪連宅滿の忽かに死去りし時に作れる謌
可能性として神亀元年九月下旬、大使は従五位上土師宿禰豊麻呂
雪連宅満が亡くなったのは、萩の花が散り尾花は咲くころ合いです。山の木々はもう黄葉しています。季節は仲秋から晩秋でしょうか。それで、神亀元年の遣新羅使の一行と推定しています。本来なら、遣新羅使は帰国の時期ですが、この神亀元年の遣新羅使はこれから新羅へと向かうのです。それで、集歌 3696の歌は「新羅へか家にか帰る壱岐の島」との表現と思います。
至壹岐嶋、雪連宅滿忽遇鬼病死去之時作謌一首并短謌
標訓 壹岐の嶋に至りて、雪連宅滿の忽(には)かに鬼病(かみのやまひ)に遇(あ)ひて死去(みまか)りし時に作れる謌一首并せて短謌
集歌 3688 須賣呂伎能 等保能朝庭等 可良國尓 和多流和我世波 伊敝妣等能 伊波比麻多祢可 多太末可母 安夜麻知之家牟 安吉佐良婆 可敝里麻左牟等 多良知祢能 波々尓麻乎之弖 等伎毛須疑 都奇母倍奴礼婆 今日可許牟 明日可蒙許武登 伊敝比等波 麻知故布良牟尓 等保能久尓 伊麻太毛都可受 也麻等乎毛 登保久左可里弖 伊波我祢乃 安良伎之麻祢尓 夜杼理須流君
訓読 大王(すめろぎ)の 遠(とほ)の朝廷(みかど)と 韓国(からくに)に 渡る吾(あ)が背は 家人(いへひと)の 斎(いは)ひ待たねか 正身(ただみ)かも 過(あやま)ちしけむ 秋去らば 帰りまさむと たらちねの 母に申(まを)して 時も過ぎ 月も経ぬれば 今日か来む 明日かも来むと 家人は 待ち恋ふらむに 遠の国 いまだも着かず 大和をも 遠く離(さか)りて 岩が根の 荒き島根に 宿(やど)りする君
私訳 大王の遠の朝廷から韓国に渡ろうとする私の貴方は、家の人が神を斎って貴方を待っていないのか、それとも、貴方の身に過ちがあったのか、秋がやって来ると還って来るでしょうと、乳をくれた母に告げ、その時も過ぎ月も経ったので、今日か還って来る、明日か還って来ると家の人は待っていたのに、遠い国に未だ着かず大和をも遠く離れて、岩の陰の荒い島の陰に身を休めている貴方。
反歌二首
集歌 3689 伊波多野尓 夜杼里須流伎美 伊敝妣等乃 伊豆良等和礼乎 等婆波伊可尓伊波牟
訓読 岩田野(いはたの)に宿(やと)りする君家人(いへひと)のいづらと吾(あ)れを問ばはいかに言はむ
私訳 岩田野に身を横たえる貴方。貴方の家の人が「どこにいますか」と私を問うたら、どのように答えましょうか。
集歌 3690 与能奈可波 都祢可久能未等 和可礼奴流 君尓也毛登奈 安我孤悲由加牟
訓読 世間(よのなか)は常かくのみと別れぬる君にやもとな吾(あ)が恋ひ行かむ
私訳 この世の中は常にこのようなものですと、死に別れた貴方。訳もなく私は貴方を偲んで行きましょう。
右三首、挽歌
左注 右三首は、挽歌
集歌 3691 天地等 登毛尓母我毛等 於毛比都々 安里家牟毛能乎 波之家也思 伊敝乎波奈礼弖 奈美能宇倍由 奈豆佐比伎尓弖 安良多麻能 月日毛伎倍奴 可里我祢母 都藝弖伎奈氣婆 多良知祢能 波々母都末良母 安左都由尓 毛能須蘇比都知 由布疑里尓 己呂毛弖奴礼弖 左伎久之毛 安流良牟其登久 伊弖見都追 麻都良牟母能乎 世間能 比登能奈氣伎婆 安比於毛波奴 君尓安礼也母 安伎波疑能 知良敝流野邊乃 波都乎花 可里保尓布疑弖 久毛婆奈礼 等保伎久尓敝能 都由之毛能 佐武伎山邊尓 夜杼里世流良牟
訓読 天地と ともにもがもと 思ひつつ ありけむものを はしけやし 家を離(はな)れて 波の上ゆ なづさひ来にて あらたまの 月日も来(き)経(へ)ぬ 雁がねも 継ぎて来鳴けば たらちねの 母も妻らも 朝露に 裳の裾ひづち 夕霧に 衣手(ころもて)濡れて 幸(さき)くしも あるらむごとく 出で見つつ 待つらむものを 世間(よのなか)の 人の嘆きは 相思はぬ 君にあれやも 秋萩の 散らへる野辺の 初尾花(はつをばな) 仮廬(かりほ)に葺きて 雲(くも)離(はな)れ 遠き国辺(くにへ)の 露霜の 寒き山辺(やまへ)に 宿りせるらむ
私訳 天地と共に一緒にと思っていたのですが、愛しい家を離れて浪の上を、苦しみながらやって来て、月も改まり月日は過ぎ経り、雁も次々と連なり飛び来て鳴くと、乳をくれた母や妻たちも、朝露に衣の裳の裾を濡らし、夕霧に衣の袖を濡らして、旅の貴方に幸があるようにと、門の外に出て貴方を待っているものを、世の中の人の嘆きを思いもよらない貴方なのでしょうか、秋萩の花散る野辺の初尾花の草で仮の小屋を葺いて、雲が流れ去る遠い国辺の露霜の降りる寒い山辺に身を横たえているのか。
反歌二首
集歌 3692 波之家也思 都麻毛古杼毛母 多可多加尓 麻都良牟伎美也 之麻我久礼奴流
訓読 はしけやし妻も子どもも高々(たかだか)に待つらむ君や島隠れぬる
私訳 愛しい妻や子たちも高々に還りを待っているでしょう。貴方は島に隠れてしまう。
集歌 3693 毛美知葉能 知里奈牟山尓 夜杼里奴流 君乎麻都良牟 比等之可奈之母
訓読 黄(もみち)葉(は)の散りなむ山に宿りぬる君を待つらむ人し悲しも
私訳 黄葉した木の葉の散って行く山に身を横たえる貴方の還りを待つ人は悲しいことです。
右三首、葛井連子老作挽歌
左注 右の三首は、葛井連子老の作れる挽歌
集歌 3694 和多都美能 下之故伎美知乎 也須家口母 奈久奈夜美伎弖 伊麻太尓母 毛奈久由可牟登 由吉能 安末能保都手乃宇良敝乎 可多夜伎弖 由加武土須流尓 伊米能其等 美知能蘇良治尓 和可礼須流伎美
訓読 わたつみの 畏(かしこ)き道を 安けくも なく悩み来て 今だにも 喪(も)なく行かむと 壱岐の 海人(あま)の上手(ほつて)の占部(うらへ)を かた焼きて 行かむとするに 夢のごと 道の空路(そらぢ)に 別れする君
私訳 渡す海の、大王の御命じになった道を心休まることもなくやって来て、今からは人との別れも無く無事に行こうと、壱岐の海人の上手な占部が今後の吉凶を象に焼き占って行こうとすると、夢のようにこれからの道の空に私たちに別れをする貴方です。
反歌二首
集歌 3695 牟可之欲里 伊比都流許等乃 可良久尓能可良 久毛己許尓 和可礼須留可聞
訓読 昔より云ひける事の韓国(からくに)のからくもここに別れするかも
私訳 昔から云ったように韓国の言葉のように辛くても、ここに貴方と別れをしよう。
集歌 3696 新羅奇敝可 伊敝尓可加反流 由吉能之麻 由加牟多登伎毛 於毛比可祢都母
訓読 新羅(しらき)へか家にか帰る壱岐(いき)の島行(ゆ)かむたどきも思ひかねつも
私訳 新羅へか、家へにか、帰るか行くかの壱岐の島、行くことも自体も思案してしまう。
右三首、六鯖作挽歌
左注 右の三首は、六鯖の作れる挽歌
参考に、雪連宅満の死因である「鬼病」を天然痘や麻疹と解説するものもありますが、鬼病は雰囲気的に予兆の無い突然の死病と理解するようで、現在の感覚では脳卒中や心臓麻痺に近いものではないでしょうか。天然痘や麻疹のように皮膚等に特徴が現れたり、ある期間に渡って闘病をするようなものではなかったとおもわれます。逆に、良くある疫病死ではなく、突然死であったことが、不吉な予感がしたのではないでしょうか。なお、神亀元年の従五位下土師宿禰豊麻呂の遣新羅使は、新羅への天皇譲位を告げる重大な使いです。その新帝に襲い来る突然の不幸を予兆させる事件です。
可能性として神亀元年九月下旬、大使は従五位上土師宿禰豊麻呂
雪連宅満が亡くなったのは、萩の花が散り尾花は咲くころ合いです。山の木々はもう黄葉しています。季節は仲秋から晩秋でしょうか。それで、神亀元年の遣新羅使の一行と推定しています。本来なら、遣新羅使は帰国の時期ですが、この神亀元年の遣新羅使はこれから新羅へと向かうのです。それで、集歌 3696の歌は「新羅へか家にか帰る壱岐の島」との表現と思います。
至壹岐嶋、雪連宅滿忽遇鬼病死去之時作謌一首并短謌
標訓 壹岐の嶋に至りて、雪連宅滿の忽(には)かに鬼病(かみのやまひ)に遇(あ)ひて死去(みまか)りし時に作れる謌一首并せて短謌
集歌 3688 須賣呂伎能 等保能朝庭等 可良國尓 和多流和我世波 伊敝妣等能 伊波比麻多祢可 多太末可母 安夜麻知之家牟 安吉佐良婆 可敝里麻左牟等 多良知祢能 波々尓麻乎之弖 等伎毛須疑 都奇母倍奴礼婆 今日可許牟 明日可蒙許武登 伊敝比等波 麻知故布良牟尓 等保能久尓 伊麻太毛都可受 也麻等乎毛 登保久左可里弖 伊波我祢乃 安良伎之麻祢尓 夜杼理須流君
訓読 大王(すめろぎ)の 遠(とほ)の朝廷(みかど)と 韓国(からくに)に 渡る吾(あ)が背は 家人(いへひと)の 斎(いは)ひ待たねか 正身(ただみ)かも 過(あやま)ちしけむ 秋去らば 帰りまさむと たらちねの 母に申(まを)して 時も過ぎ 月も経ぬれば 今日か来む 明日かも来むと 家人は 待ち恋ふらむに 遠の国 いまだも着かず 大和をも 遠く離(さか)りて 岩が根の 荒き島根に 宿(やど)りする君
私訳 大王の遠の朝廷から韓国に渡ろうとする私の貴方は、家の人が神を斎って貴方を待っていないのか、それとも、貴方の身に過ちがあったのか、秋がやって来ると還って来るでしょうと、乳をくれた母に告げ、その時も過ぎ月も経ったので、今日か還って来る、明日か還って来ると家の人は待っていたのに、遠い国に未だ着かず大和をも遠く離れて、岩の陰の荒い島の陰に身を休めている貴方。
反歌二首
集歌 3689 伊波多野尓 夜杼里須流伎美 伊敝妣等乃 伊豆良等和礼乎 等婆波伊可尓伊波牟
訓読 岩田野(いはたの)に宿(やと)りする君家人(いへひと)のいづらと吾(あ)れを問ばはいかに言はむ
私訳 岩田野に身を横たえる貴方。貴方の家の人が「どこにいますか」と私を問うたら、どのように答えましょうか。
集歌 3690 与能奈可波 都祢可久能未等 和可礼奴流 君尓也毛登奈 安我孤悲由加牟
訓読 世間(よのなか)は常かくのみと別れぬる君にやもとな吾(あ)が恋ひ行かむ
私訳 この世の中は常にこのようなものですと、死に別れた貴方。訳もなく私は貴方を偲んで行きましょう。
右三首、挽歌
左注 右三首は、挽歌
集歌 3691 天地等 登毛尓母我毛等 於毛比都々 安里家牟毛能乎 波之家也思 伊敝乎波奈礼弖 奈美能宇倍由 奈豆佐比伎尓弖 安良多麻能 月日毛伎倍奴 可里我祢母 都藝弖伎奈氣婆 多良知祢能 波々母都末良母 安左都由尓 毛能須蘇比都知 由布疑里尓 己呂毛弖奴礼弖 左伎久之毛 安流良牟其登久 伊弖見都追 麻都良牟母能乎 世間能 比登能奈氣伎婆 安比於毛波奴 君尓安礼也母 安伎波疑能 知良敝流野邊乃 波都乎花 可里保尓布疑弖 久毛婆奈礼 等保伎久尓敝能 都由之毛能 佐武伎山邊尓 夜杼里世流良牟
訓読 天地と ともにもがもと 思ひつつ ありけむものを はしけやし 家を離(はな)れて 波の上ゆ なづさひ来にて あらたまの 月日も来(き)経(へ)ぬ 雁がねも 継ぎて来鳴けば たらちねの 母も妻らも 朝露に 裳の裾ひづち 夕霧に 衣手(ころもて)濡れて 幸(さき)くしも あるらむごとく 出で見つつ 待つらむものを 世間(よのなか)の 人の嘆きは 相思はぬ 君にあれやも 秋萩の 散らへる野辺の 初尾花(はつをばな) 仮廬(かりほ)に葺きて 雲(くも)離(はな)れ 遠き国辺(くにへ)の 露霜の 寒き山辺(やまへ)に 宿りせるらむ
私訳 天地と共に一緒にと思っていたのですが、愛しい家を離れて浪の上を、苦しみながらやって来て、月も改まり月日は過ぎ経り、雁も次々と連なり飛び来て鳴くと、乳をくれた母や妻たちも、朝露に衣の裳の裾を濡らし、夕霧に衣の袖を濡らして、旅の貴方に幸があるようにと、門の外に出て貴方を待っているものを、世の中の人の嘆きを思いもよらない貴方なのでしょうか、秋萩の花散る野辺の初尾花の草で仮の小屋を葺いて、雲が流れ去る遠い国辺の露霜の降りる寒い山辺に身を横たえているのか。
反歌二首
集歌 3692 波之家也思 都麻毛古杼毛母 多可多加尓 麻都良牟伎美也 之麻我久礼奴流
訓読 はしけやし妻も子どもも高々(たかだか)に待つらむ君や島隠れぬる
私訳 愛しい妻や子たちも高々に還りを待っているでしょう。貴方は島に隠れてしまう。
集歌 3693 毛美知葉能 知里奈牟山尓 夜杼里奴流 君乎麻都良牟 比等之可奈之母
訓読 黄(もみち)葉(は)の散りなむ山に宿りぬる君を待つらむ人し悲しも
私訳 黄葉した木の葉の散って行く山に身を横たえる貴方の還りを待つ人は悲しいことです。
右三首、葛井連子老作挽歌
左注 右の三首は、葛井連子老の作れる挽歌
集歌 3694 和多都美能 下之故伎美知乎 也須家口母 奈久奈夜美伎弖 伊麻太尓母 毛奈久由可牟登 由吉能 安末能保都手乃宇良敝乎 可多夜伎弖 由加武土須流尓 伊米能其等 美知能蘇良治尓 和可礼須流伎美
訓読 わたつみの 畏(かしこ)き道を 安けくも なく悩み来て 今だにも 喪(も)なく行かむと 壱岐の 海人(あま)の上手(ほつて)の占部(うらへ)を かた焼きて 行かむとするに 夢のごと 道の空路(そらぢ)に 別れする君
私訳 渡す海の、大王の御命じになった道を心休まることもなくやって来て、今からは人との別れも無く無事に行こうと、壱岐の海人の上手な占部が今後の吉凶を象に焼き占って行こうとすると、夢のようにこれからの道の空に私たちに別れをする貴方です。
反歌二首
集歌 3695 牟可之欲里 伊比都流許等乃 可良久尓能可良 久毛己許尓 和可礼須留可聞
訓読 昔より云ひける事の韓国(からくに)のからくもここに別れするかも
私訳 昔から云ったように韓国の言葉のように辛くても、ここに貴方と別れをしよう。
集歌 3696 新羅奇敝可 伊敝尓可加反流 由吉能之麻 由加牟多登伎毛 於毛比可祢都母
訓読 新羅(しらき)へか家にか帰る壱岐(いき)の島行(ゆ)かむたどきも思ひかねつも
私訳 新羅へか、家へにか、帰るか行くかの壱岐の島、行くことも自体も思案してしまう。
右三首、六鯖作挽歌
左注 右の三首は、六鯖の作れる挽歌
参考に、雪連宅満の死因である「鬼病」を天然痘や麻疹と解説するものもありますが、鬼病は雰囲気的に予兆の無い突然の死病と理解するようで、現在の感覚では脳卒中や心臓麻痺に近いものではないでしょうか。天然痘や麻疹のように皮膚等に特徴が現れたり、ある期間に渡って闘病をするようなものではなかったとおもわれます。逆に、良くある疫病死ではなく、突然死であったことが、不吉な予感がしたのではないでしょうか。なお、神亀元年の従五位下土師宿禰豊麻呂の遣新羅使は、新羅への天皇譲位を告げる重大な使いです。その新帝に襲い来る突然の不幸を予兆させる事件です。
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