いしいひさいち
「ROCAコンプリート」(徳間書店)を読む。
朝日新聞4コマ「ののちゃん」で
スピンオフ的に描かれていた、と言えば
「ああ、あのヘタレだけど歌わせると
とんでもない才能を示す女の子か」
と思い出す人も少なくないのではないかと。
そんな女子高生・吉川ロカを主人公とした物語が、
自費出版で描かれた分と併せて一冊にコンプリート。
あらためていしいひさいちの絵の力と、
語り口の巧みさに感服しっぱなし。名作です。

吉川ロカが歌うのはファドという
ポルトガルの民族歌謡で、
日本でいうと演歌みたいなものだろうか。
上で書いたように、歌わせるとすごいんだが、
ヘタレでメンタルも弱めのロカの
ドタバタぶりが、いつものいしい節で笑わせる。
そんなロカが、まわりの理解を少しずつ得ながら、
観客がまるでいない路上ライブから始め、ののちゃんでお馴染みの
「キクチ食堂」での定休日ライブで人気を得て、
芸能事務所の目に留まりメジャーデビューを成し遂げる。
ロカの親友の柴島美乃が、
強面の不良少女で
ロカの用心棒を務めるくだりもまた笑わされるのだけど、
いわゆる「その筋」の家の生まれで
ドタバタのなかにシリアスな影を落としている。
ロカもまた、アマチュア歌手だった母を
海難事故で亡くした悲劇を背負っていて、
なんだか重くて軽い「重喜劇」のような、
加えてファドという情念のこもった
音楽に彩られる物語というか。
地道ながらも、スターの階段をのぼっていくロカに対し、
閉塞した港町で暴力にまみれる美乃との
どうにもならない別れには涙を禁じ得ない。
流行りの言葉でいえば「シスターフッド漫画の名作」
という人もいるかもしれない。
ともあれ、いくつもの媒体で描かれ、
合計で3つのラストが用意されている本作。
どれも詩情にあふれ、あっと驚く結末となる。
いしいひさいちいってこんな絵も描くの?
と震えるぐらいの卓越した絵描きであることが
証明される作品にもなっている。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます