それにしても、
どうして自分は「すいません」という言葉ばかり
多用してしまうのだろう。そう言っとけば
なんとかその場は収まるから? 先回りして
「すいません」と下手に出ておけば怒る人はいないから?
そんなヨコシマな考えで「すいません」を
連発していたら大変なことになる。
というのも、立川談春の「談春 古往今来」(新潮社)
を読んでいたら、戦慄する場面が出てきたのです。

あるスタジオで談春師匠が取材を受けた。
スタジオ内は禁煙だったのだけど、
撮影時だけは喫煙の許可をもらっていたという。
その撮影のときに、師匠がキレた。
「なんで撮影は良くて、インタビュー中はダメなんだ? 禁煙ならルールは守る。そのかわり撮影でもタバコは吸わない。撮影に必要な許可は取ったが、それ以外はこちらに協力しろという態度は許せない」
そう言われたインタビュアーは
「すみませんでした」と。それはそうだろう。
師匠は続けてこう言う。
「俺は怒ってないよ。てめえ、この野郎!っていうのが怒るっていうの。俺はこう思っているんだって説明したんだ(中略)今の人は皆、ありがとうございます、って言わなきゃいけないところで、すいませんでした、って言う。何がすまねえんだ、この野郎! って言われた経験がないから、皆、すいませんっていうんだ。俺は絶対言わないよ。それは全面降伏に等しい。わかってくれとは言ってるけど、反論があるなら伺います。反論してくれれば会話が続いていくんだから。そのために言葉があるんだから」
なんという丁寧な厳しさだろう。
言葉の、話術のプロだから言えることだけど、
こうやって文字にして、なんとか理解できることであり、
もし、強面の師匠に「何がすまねえんだ!」と
言われたら、自分なんかチビってしまいそうです。
ともあれ、いちど、すいませんという言葉について深く考えた方が
いいのかなと思った次第。
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