Days of taco

やさぐれ&ヘタレtacoの日常と非日常

情念の渦に巻かれて

2024年03月10日 | 読んでいろいろ思うところが
中上健次「岬」(文春文庫)
「中上健次短篇集」(岩波文庫)を読む。
書店を徘徊していて、岩波のこの短篇集が
出ているのを見て、なぜか読みたくなった。
だったら「岬」と一緒に読んじまおうと。
十代の頃にこの人の小説をいくつか読んで以来、
何十年ぶりかの中上体験。
今読むとどう感じるんだろう。そんな単純な興味もあった。
で、結局のところ昔と同じ印象だったという。

  

中上健次はシネフィルにとって
馴染み深い人だと思う。70年代、彼の原作をもとにして
名作がたくさんつくられた。

「十八歳、海へ」「青春の殺人者」
「赫い髪の女」「十九歳の地図」

と、書いてきて、あれ、たくさんじゃない。
70年代はこの4本だけだった。
80年代は「火まつり」で、以降「軽蔑」と「千年の愉楽」。
意外と映画になっていないことに驚く。
70年代はにっかつロマンポルノとATGが元気で、
中上作品と親和性が高かったから、
たくさん映画化されたという印象があったのかな。

ともあれ、
これらの映画を通して、中上健次という作家を知り、
映画がエッチだから小説もそうだろう、
というアホ丸出しな思考のもと、
鬱屈かつ隠微な彼の本を読んだ覚えがある。
当時、共感とか共鳴はしたんだろうか。
それは覚えていない。じゃああらためて読んだ今は?

共感も共鳴もできない。
ただ、その世界観。熊野という生と死が
ないまぜになった地でうごめく愛憎と官能性に
圧倒されるばかりだったという。
自分にはそんな過去とか家族とか血に対する
特別な思いはない。だけど、せまりくる生命力と
神話めいた物語に惹きつけられ、
自分の中で沸き立つ何かを感じたのは確かだ。

「青春の殺人者」の原作となった「蛇淫」。
過保護な両親に対する憎悪がふくらむ主人公。
実際に親を殺す描写はないのだけれど、
その憎悪の感情だけを読ませる筆致にたまげる。
突き放したかのようなラストの一文にも感服。

家に火をつけ、二人を火葬にして、車で行けるところまで行き、汽車に乗り、天王寺まで出ようと思う。

なんか、とても映画的というか。
文庫にして30ページほどのこの短編を
映画にした長谷川和彦監督と
スタッフキャストの凄さに感じ入る。

この短編集の2冊。どれもラストが鮮やかで、
小説というものはこう終わるんだと言われているかのよう。

コメント
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