森ガキ侑大監督「愛に乱暴」を見る。
これは、すごい。
まるでラース・フォン・トリアーの
映画のように絶望の淵に落とされる落とされる。
江口のりこがビョークか
エミリー・ワトソンに見えてきちゃいましたよ、ほんと。

結婚8年目の桃子(江口のりこ)は、
義母(風吹ジュン)の家の離れに夫(小泉孝太郎)と住んでいる。
倦怠期なのか、とことん自分に無関心な夫と、
どこかコミュニケーションがズレていて
打ち解けることが難しい義母に挟まれながらも、
石けん教室の講師をつとめつつ、主婦業にいそしむ毎日。
そんな桃子だが、あるとき夫の浮気が発覚。
しかも浮気相手は妊娠しているという。
さらに唯一の社会との接点だった教室も終了してしまう。
「もう愛していない」「他に好きなひとができた」ではなく、
「一緒にいてつまらない」と言う夫の言葉もひどい。
さらに女性として、子を産む機会も別の女に取って変えられてしまう。
劇中、桃子がその女の家に怒鳴り込む場面がすさまじい。
その女は自分より若く、奇麗で、
教員というしっかりした仕事を持っていることに愕然となる。
妻として、女として、さらに社会人として、絶望の淵に追いやられる。
その絶望の予兆として、
近所のゴミ捨て場での放火騒ぎが映し出され、
桃子は自分の不安をかき消そうとするように、
ゴミ捨て場の掃除を執拗に続ける。
そしてついには、ホームセンターで、
チェーンソウを買い、夫と住む家を破壊し始める。
見ていてほんとにつらい。
実際、途中で映画館を出ていってしまう人が
3人ほどいたのに驚くが、見ていられないんだろうな、と。
桃子は不幸のどん底に墜ちていき、
家の畳を開け、地面を掘っていく。
自分の底を確かめるために。
深みにはまった自分を見つけるために。
夫に愛されない、
仕事がもらえない。かつて結婚退職したことが
ほのめかされるが、元いた会社への再就職も叶わない。
子供も産ませてくれない。誰も自分のことを認めてくれない。
他人の評価軸だけで生きているこの主人公は
永遠に幸福をつかむことができないと思わせるも、
最後の最後にほんの少しの希望が与えられ、
ある意味達観したというか、諦念を超えた主人公の
ふてぶてしい表情を見ることができるのだ。
これは希望の映画だと思う。絶望の先の希望、という意味で。
話は逸れるが、チェーンソウが出てくる映画は、
それだけで傑作の予感が漂ってきて、
その予感はおおむね正しかったなあ、と。