スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

漱石のニーチェ評&第四部定義一

2016-08-05 19:09:16 | 歌・小説
 『思い出す事など』の中では,漱石はニーチェについても少しだけ書いています。
                                     
 漱石は二十三の中で,今の,というのはもちろん漱石がそれを書いているとき,つまり1910年頃のことですが,青年が自我の主張を根本義にしているといっています。その主張自体は小憎らしいと思えるものであるけれども,青年たちをそう主張せざるを得ないほどに追い詰めたのはこの時代の世間,とくに経済状況であるとしています。基本的に漱石はこの時代というものが青年世代を虐待しているのであって,青年たちが自我を主張することのうちには,首を吊ったり身投げしたりして自殺するのと同じくらい悲惨な煩悶が含まれているのだという考え方をしています。漱石のことを慕って家を訪問してくる人は少なくなく,そうした人たちの中にはおそらくここで漱石が青年といっている世代の人もいたと思われますので,たぶん漱石はそういう交際の中の実感としてそのように思っていたのではないかと思います。
 ここで急にニーチェが出てきます。漱石は虐待されている青年たちとニーチェを重ね合わせているのです。漱石によればニーチェは多病で弱い人でした。また,孤独な書生でした。だからツァラトゥストラはかくの如く叫んだのだといっています。
 漱石が『ツァラトゥストラはこう言った』を読んでいたのは間違いありません。そしてそれがニーチェ自身の叫びであったということも間違いないと思います。つまり漱石は,この本を自我の叫びであるというように解していたのです。そしてその理由は,ニーチェが弱い人間であったことに由来していると考えていたことになります。
 たぶんニーチェは自分が弱い人間とみなされることを嫌悪するだろうと思います。そのことを漱石が気付いていなかったとも僕は思いません。それでも漱石からみると,ニーチェは孤独な弱い人間であったのです。

 それが被造物の定義Definitioであるかそれとも被造物の定義ではないか,あるいは僕が示したような種類の,被造物であるとも被造物でないとも断定することができないものの定義であるのかという分類を持ち出す場合には,誤って理解されやすそうな定義というのがひとつあります。それは善bonumを定義した第四部定義一です。さらにこの定義は,第一部定理八備考二でいわれている内容との関連からも指摘しておきたいことが残っていますので,ここで改めて詳しく分析してみます。
 「善とは,それが我々に有益であることを我々が確知する(certo scimus)もの,と解する」。
 実はこの定義には解釈の上で難題が含まれていると僕は考えています。それはここで確知するといわれていることが,どういう意味を有しているのかということです。もしそれが確実に認識するcognoscereという意味であるなら,スピノザの哲学においては十全に認識するというのと同じ意味でなければなりません。確かにそのような意味で確知すると記述されて不思議ではないと思います。ですが,もしも僕たちがそれを確実であると思い込むといった場合に関しても,それを確知すると記述しておかしくはないように僕には思えるのです。この場合には思い込みが含まれますから,必ずしもそれを十全に認識しているとは限らず,むしろ混乱して認識している場合も含まれ得ると僕は考えます。とりわけスピノザは第四部定理八では意識された喜びlaetitiaを善と等置し,意識された悲しみtristitiaを善の反対概念である悪malumと等置しています。第三部定理五九第三部定理一から,意識された悲しみというのが十全な認識cognitioであることは不可能です。であるならばそこで同時に語られている意識された喜びについても,スピノザは必ずしも十全な認識だけに限定しているとは僕には思えない面があるのです。
 とはいえ,こうしたことは定義論とは無関係です。『スピノザ哲学研究』で僕が考えてみたいもうひとつ別の課題が,このことと大きく関係するので,ここで先走って説明しておいたまでです。ですからこの問題に関しては,スピノザの定義論に関する僕の見解のすべてを表明し終えた後で,工藤の論考を基に改めて深く考察していくことにします。

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