スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

棋王戦&一致点

2020-12-22 19:08:47 | 将棋
 18日に指された第46期棋王戦挑戦者決定戦変則二番勝負第一局。対戦成績は勝者組の広瀬章人八段が10勝,敗者組の糸谷哲郎八段が3勝。
 振駒で糸谷八段の先手。角換りとなり先手が早繰り銀で後手の広瀬八段が腰掛銀。僕には先手の攻めが無理気味に感じられたのですが,進んでみるとよくなったわけではありませんが,悪くしてしまったということもなく,仕掛けとしては成立していたようです。最後の先手の決め方が見事でした。
                                        
 先手が☗6四金と打ったので,後手の角が6三から逃げたところ。☗6四金は両取りで,先手は☗7三金と取りました。これは飛車取りなので☖8一飛と逃げたのは仕方がないところでしょう。
 先手はここで☗5六銀と上がりました。これは4七の地点を受けつつ玉の逃げ道も開けた一石二鳥の手。ここで☖4六歩と打ちましたが,この手はあまりよくなかったのかもしれません。
 ☗4八桂と打ったのが好手。☖4七角成☗同銀☖同歩成は仕方ありませんがそこで☗6三角が厳しい手。
                                        
 飛車取りですから☖8四飛と逃げますが☗4四歩☖同銀に☗3六桂と打った桂馬まで働き,先手の勝勢となりました。
 敗者組の糸谷八段が勝ったため第二局へ。28日に指される予定です。

 有限finitumでなければならない線の部分が無限infinitumの点によって構成され得るというのは一例であって,このように,有限な全体の部分が無限によって構成されるという矛盾は,ほかの場合にも生じ得ます。そしてそのために,線の長さの違いによって無限量に大きさの違いが生じるというような矛盾も発生してくるのであり,こうした矛盾も,線の場合は一例なのであって,もっと一般的な矛盾なのです。河合はこうした矛盾を無限のパラドックスといっていて,それについてガリレイGalileo Galileiもスピノザも同じように気が付いていたとしています。いい換えれば,『新科学対話Discorsi e dimostrazioni matematiche, intorno a due nuove scienze attenenti alla mecanica ed i movimenti locali』の中でサルヴィヤチSalvyachiが言及しているのは,一般的な意味における無限のパラドックスについてなのであって,そこで質問されている線と点の関係のみに限定されるというわけではないのでしょう。
 サルヴィヤチは,有限であるものの性質を無限であるものに押し付けてはいけないと答えていました。したがってガリレイは,この無限のパラドックスは,そのことによって発生するパラドックスであると考えていたと解してよいでしょう。ただ,このパラドックスをどのように解消するべきなのかということは,コラムの中では触れられていません。河合が指摘したかったのは,単にガリレイとスピノザが無限のパラドックスに気付いていたということで一致しているということにのみあるからです。ですから実際にガリレイがこのパラドックスに対して具体的にどう対処したのかということは僕には分かりません。しかしスピノザはこれに対して一定の解答を与えています。
 スピノザは,無限と無際限indefinitumを分別します。そして無際限というのは,実際には無限なのではなくて有限であるのだけれども,それが有限であることの限界が不明であるものであるとするのです。他面からいえば,第一部定義二から分かるように,有限であるものは,同じ本性naturaのほかのものによって限定されるのですが,それは確かに限定されなければならないのだけれども,どのように限定されるのかということについては不明である場合には,そのものは無際限であるといわれるのです。したがって,ある線の中に含まれる点は,無際限なのです。
コメント
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