スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

オランダ王国友好杯&2020年6月の通院

2020-12-07 19:13:12 | 競輪
 昨日の別府記念の決勝。並びは岩本‐諸橋の東日本,松浦‐小倉の中国四国,北津留‐中川‐園田の九州で浅井と古性は単騎。
 松浦と諸橋がスタートを取りにいき,内の松浦が誘導の後ろを確保して前受け。3番手に岩本,5番手に浅井,6番手に北津留,最後尾に古性で周回。残り3周のバックの出口から北津留が上昇開始。古性も続きました。ホームで北津留が松浦を叩き,4番手に古性,5番手に引いた松浦,7番手に動かなかった岩本,最後尾にこのラインを追走し続けた浅井という隊列の一列棒状に変化して打鐘。ここから岩本が発進。浅井も続き,ホームの出口で北津留を叩いてかまし先行。バックに入って浅井が発進。叩かれた北津留ラインから園田がスイッチして浅井を追う形に。さらに後方から松浦の捲り。小倉は追走を阻まれて単騎に。直線は粘り込みを図る浅井,捲り追い込みの松浦,浅井追走から浅井と松浦の間に進路を取った園田の3人の争いに。一杯に粘った内の浅井が優勝。外の松浦が4分の1車輪差の2着。中の園田が半車輪差で3着。
 優勝した三重の浅井康太選手は10月の富山のFⅠ以来の優勝。記念競輪は5月の宇都宮記念以来の29勝目。別府記念は初優勝。単騎のレースで,打鐘の時点では最後尾だったのですが,岩本ラインを追走し続ける形のレースとなり,その岩本が北津留を叩いての先行となったので,最終バックでは3番手に。そこからの捲りで接戦を制することになったのですから,どのラインを追走するべきかの判断が的確だったということになるでしょう。とくにこの開催は4日間を通じて好調だったように思います。

 中央検査室で検査を待っている患者はひとりだけでした。ですからその場で順番を待ち,まず採血をしてから採尿をし,最後に注射針の処理をしました。
 診察が開始されたのは午後3時でした。HbA1cは7.2%で,5月よりもさらに下降していました。低血糖は全体の1.9%で,さほど多くはありません。むしろ減少していたくらいです。これはよい傾向です。しかしサマリーから,発症する時間帯に集中がみられることが判明しました。昼食前と夕食前には一切なく,朝食前と就寝前に発症していたのです。割合でいうと,朝食前はその時間帯の全体の3.7%が低血糖で,就寝前はその時間帯の全体の3.6%が低血糖だったのです。この低血糖は,夕食前に注射している持続効果型のインスリンであるトレシーバの注射量を減らすことで避けれれるのではないかというのが主治医の見立てでした。ですからトレシーバの注射量を,0.01㎎だけ減らすという措置が講じられることになりました。これは4月に増やしたばかりですので,3月以前に戻すという措置です。
 この日はこれ以外には異常は出ていませんでした。異常がなかったのは5月と同様です。
                                   
 最後に主治医から,糖尿病関連の検査を受けるようにとの指示が出されました。神経伝導検査,血圧・脈波検査,頚部血管エコー検査の3種類の検査です。こういった検査を受けるのは僕としても慣れたものですから,承諾しました。次の診察のときには結果が出ている方が都合がよいので,その診察の1週間前の水曜日に検査を受けることにして,主治医に予約を入れてもらいました。予約の時間は神経伝導検査が午前11時,血圧・脈波検査が午前11時半であるのに対し,頚部血管エコー検査は午後2時となっている点を主治医は気にしていましたが,実際にはこれらの検査は空きがあれば予約時間と関係なしに行われるということを僕は過去の経験から知っていましたので,僕自身にとってはまったく気にならないことでした。
 いつものように帰途に薬局に寄りました。この日はトレシーバの在庫が不足していました。なので配達を依頼して帰りました。帰宅したのは午後4時10分でした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする