スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

東日本大震災被災地支援日本選手権競輪&知覚の必然性

2012-03-04 19:08:29 | 競輪
 ダービーは関東地区か南関東地区で実施されることがほとんどなのですが,今年の第65回日本選手権競輪は熊本競輪場。これが幸いして29日の雪に影響されず,順延もなく日程通りに今日の決勝を迎えることができました。自力型が揃っての並びは山崎-成田の福島,鈴木-岡田ー長塚で東日本,深谷には園田がマークして西日本,小嶋と村上は単騎を選択。
 スタートは成田が決めて山崎の前受け。3番手は深谷でしたが小嶋を入れて4番手に。6番手は鈴木で村上が最後尾という周回に。鈴木は打鐘前のバックでようやく上昇開始。十分に深谷を牽制してから打鐘過ぎに前に出て,ホームは一旦は流してから先行。村上が続き前で待っていた山崎がその後ろ。小嶋がいて深谷は8番手。深谷も村上も動いたのですが,前には届かず。最後に発進した山崎が大外から捲り,この勢いをもらった成田が内目に突っ込むと,鮮やかに突きぬけて優勝。大外の山崎が2着で福島のワンツー。バック最後尾からインを回り,一旦は成田より前に出た園田ですが,直線の進路をその成田に奪われる形で3着。
 優勝した福島の成田和也選手は昨年は8月に富山記念で優勝。5月には風光るを制していてGⅠは2勝目,ビッグは3勝目。これは深谷に力を発揮させないためですが,鈴木がかなり遅めの上昇となり,結果的に山崎がいい位置を回ることができたのが幸いしました。そういう意味ではさっと出て誘導の後ろに入った作戦が功を奏したといえるでしょう。最後まで山崎をマークしていては届かなかった筈で,インに斬り込んだ判断も的確なものであったと思います。
                         

 現在の課題との関係でいえば,まだこれだけでは不十分といえる側面が残っているということも事実です。なぜなら,人間の精神第二部定理一七の仕方で外部の物体,すなわち神の延長の属性の個物を認識するならば,これはその人間の精神がその個物を知覚している,概念と知覚とを明確に分けた場合の意味で知覚していることになりますが,これはあくまでも,この様式で認識を行うならばという仮定にすぎない面があるからです。実際に必要とされているのは,人間の精神が現実的に存在するならば,その精神が必ず個物を知覚するということです。いい換えれば,第二部定理一七の様式の個物の知覚が,現実的に存在する人間の精神には必然的に生じるという結論を得なければなりません。そして確かにこのことは,第二部定理一七それ自体のうちには含まれているとはいえないでしょう。
 実際にはこのブログにおける考察においては,こうしたことはたびたび起こっています。そしてそれはいつも同じ仕方で解決されています。毎度おなじみでしょうが,ここでも同様の仕方を採用します。
 『エチカ』岩波文庫版117ページの第二部自然学②要請三によれば,人間の身体は外部の物体によってきわめて多様の仕方で刺激されます。したがって,もしもある人間の身体が現実的に存在するという場合には,この身体は外部の物体によって必然的に刺激されるということになります。いい換えれば,そうした外部の物体による刺激から,現実的に存在する人間の身体というのは逃れることができないということになります。しかるに,もしも外部の物体がそのように現実的に存在する人間の身体を刺激するのであれば,その人間の精神はその外部の物体を現実的に存在するものと認識する,すなわち表象するというのが,第二部定理一七でいわれていることなのです。よって,現実的に存在する人間の身体が,外部の物体からの一切の刺激から逃れるということが不可能なのですから,現実的に存在する人間の精神は,何らかの外部の物体を必然的に表象するということになります。したがって,人間の精神が現実的に存在するなら,その人間の精神は必然的にある個物を知覚するということになるのです。
コメント
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