スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

ヤンググランプリ&悪の忌避

2008-01-01 19:04:13 | 競輪
 自力型が揃うためにどの年も混戦となるヤンググランプリ。例年のように12月29日,昨年は立川競輪場で争われました。
 前受けになったのは新田選手。3番手に菊地選手,5番手に松田選手,7番手から坂本選手での周回。残り2周のバックで坂本選手が新田選手を抑えると,打鐘では松田選手が叩いて前に。このラインを追走してきた外の菊地選手と坂本選手で3番手の取り合いになりましたが,ホームに入り松田選手の先行となったところでうまく菊地選手が確保。坂本選手は4番手を外の明田選手と競り合う形に。バックから坂本選手を見限った小川選手が自力で発進すると菊地選手も先捲り。さらに飯野選手も発進しましたが行ききったのは菊地選手のみ。明田選手も随分と絡まれる形となりましたがしっかり追走,直線では迫りましたが菊地選手が凌いで優勝。明田選手が2着。小川選手から明田選手にスイッチする形になった松岡選手を,飯野選手が大外から捕えて3着でした。
 優勝した北海道の菊地圭尚〔けいしょう〕選手はこれがビッグ初優勝。一昨年の優秀新人選手で,昨年はオールスターで決勝に乗ったくらいの選手ですから,メンバーだけでいえば勝って当然ですが,そういうレースで勝つというのも競輪では実力の証。今年は記念競輪の制覇がとりあえずの目標になります。

 悪の認識というのが諸個人によって異なるということは,第四部定義二の悪の定義というのは,悪一般の定義であるというよりは,諸個人にとって悪とは何かということを示している定義であるといえるでしょう。一方で,この定義により諸個人にとっての悪とは諸個人にとっての不利益であって,第三部定理七により,どんな諸個人も個物として現実的に存在する限りでは,自分自身の完全性を維持する傾向を有しますので,自分自身の完全性あるいは実在性を低下させるようなものに対しては,それを悪であると認識することになるでしょう。ただ,何が自分自身の完全性を低下させるのかということについては,諸個人によって相違があるわけです。それどころか,ある人間にとっては悪であるものが,別の人間には善であるという場合もあるということは,僕たちが経験的によく知っていることだと思います。
 ところで,このことは,僕たちが実際にはどういうものを悪であるとみなすのかということだけではなくて,なぜ僕たちが自分自身にとって悪であると認識するものを忌避するのかということも同時に説明します。すなわち,悪とは不利益のことであって,不利益を忌避することは僕たちが現実的に存在する場合の本性の一部なのです。ですから僕たちは,たとえば道徳的な観点から,ある事物を悪とみなし,それを回避するのではありません。むしろ僕たちがその現実的本性によって忌避するものについて,それを悪とみなすようになるのです。もちろんこれは善の場合にも同様です,僕たちは善であるものを希求し,悪であるものを忌避するのではなく,希求するものを善とみなし,忌避するものを悪とみなすというこの考え方もまた,スピノザの哲学における善悪の考え方の大きな特徴のひとつであるといえるのではないかと思います。
コメント
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