http://www.asahi.com/kansai/sumai/news/OSK201202070053.html (首長が教育目標設定「容認」委員、橋下市長に伝達:朝日新聞関西ネット配信記事、2012年2月7日づけ)
この首長が設定してよいのは「現行法の定める教育の方向性に反せず」、なおかつ「予算の執行の上での目標」という大阪市教委側の話、これ、よくわからない話ですね。
というか、およそ公教育において地方自治体の「予算」が絡まない(学校の)教育活動って、あるんでしょうか? あるいは、もしも橋下市長が「教職員の定数削減」や「公立学校数の削減」を「予算事項だ」といって「数値目標」で設定したら、大阪市教委、どうするんですかね?
こう言ってはなんですが、大阪市教委として、市長側の意向を突っぱねるなら突っぱねるで、きっぱりした態度をとらないとダメでしょう。むしろ市教委として、市長側の意向に応じられないものには徹底的に反対したほうが、市教委への世論の支持も一定でてくると思うのですが。
それから、この記事の最後にある橋下市長の「少年犯罪が多く、大阪特有の教育課題がある」というコメントです。仮に橋下市長の言うような状況があるからといって、はたして「政治が一定の方向性を示す」ことが妥当なのかどうか。そもそも、政治がこのような社会情勢を作り出し、子どもや若者たちの荒れやさまざまな教育課題を作り出してきたとするならば、まずは自らを省みて、自分達を総点検して出直すべきではないのでしょうか。
特に橋下市長は前・大阪府知事として大阪の地方自治に責任を負う立場であった方であり、府知事として何度も教育施策の在り方についてマスメディアで発信するとともに、具体的な施策については府教委の幹部とともに、府議会でさまざまな答弁を行ってきた人です。そのことは、彼の府知事としての任期中の府議会議事録を見れば、いろいろわかると思います。だとすれば、今の大阪府内の子どもや若者たちのさまざまな課題を、府の施策を通じて生み出してしまった責任の一端は、この間の彼が主導した府の施策にもあるのではないか。少なくとも、私などはそう思ってしまいます。
今日は特に午前中、大阪府内の青少年会館等の諸施設の職員の方の実践報告を聴く機会があったのですが、たとえばこのような施設を市町村が運営するにあたっての府からの補助金、これを橋下府政はカットしました。また、府立青少年会館を廃止して、跡地を売却しました。国際児童文学館は今や府立図書館と同じ場所にあります。ほかにも、府教委が実施してきた数々のマイノリティの人たちを教育・学習面から支援するための事業、これが縮小されたり廃止されたりしてきたかと思います。大阪府内の公立学校の教職員だって、正規採用の教員はおそらくこの何年かでかなり減っていることかと思います。そういうことの「しわよせ」がすべて、子どもや若者の諸課題として、数年後に社会的に浮上していると考えることもできるわけですが、そのような視点は橋下市長にはないのですかね。あるいは、彼にコメントをとってくるマスメディアにはないんですかね。
私としては、やっぱり、もっと橋下市長・松井知事及び大阪市教委、大阪府教委、府市統合本部や大阪維新の会、その他の大阪市議会や大阪府議会の各会派など、今の大阪の教育を動かそうとしている人々に対して、いろんな観点から批判的なコメントがほしいし、これらの関係者間での相互批判、検証の作業がもっとほしいと思います。でなければ、これらの人々の誤った判断や間違った前提に立つ考え方によって、大阪の教育のあり方が歪められてしまったら、その失敗や歪みの「つけ」は、すべて子どもや若者たちが負っていくことになるからです。
そして、マスメディアももっと、これらの人々の動きに対して、批判的なコメントを出してほしい。これらの人々が言ったことを整理して、ただ紙面等の範囲内で伝えるだけではなくて、です。
他にもまだまだ言いたいことはたくさんあるのですが、今日はここでいったん置きます。