できることを、できる人が、できるかたちで

京都精華大学教員・住友剛のブログ。
関西圏中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

12月22日(日)午後、西宮勤労会館で講演をします。

2019-11-26 08:57:38 | 受験・学校

昨日、帰宅した中学3年生の娘から「お父さん、今度、西宮勤労会館で講演するんでしょ? これ、学校でもらってきた。みんなに「これ、お父さんやろ?」と言われて、恥ずかしかったわ」と言われて、下記のチラシ(画像)を渡されました。

地元・西宮市教委の後援をいただいているイベントなので、「市内の学校園でチラシを配布します」と主催者の方から伺っていました。なので、いずれ娘の手元にも届くだろうとは思っていましたが・・・。でも、もうすぐ娘も中学校卒業なので、後にも先にも「今回限り」でしょうね、自分の父親の講演会のチラシが娘の通う学校で配布されるのも。

それはさておき、本題です。12月22日(日)13時半~16時45分、西宮市勤労会館の第8会議室で、第4回西宮子育てフォーラムが開催されます。当日の資料代は500円とのことです。

ここで私は「子どもがしあわせを感じる学校を!-不登校・いじめ問題からみんなで考えよう―」というタイトルで講演をします。今のところ、主催者との打ち合わせでは、テーマが少しちがう40分程度の短い講演と質疑応答、意見交換を2回行うかたちになりますね。最初の方の40分は、主に自己紹介的な話が中心になるのですが…。

ちなみに、私は今、教育版の「市民連合」的な取り組みができないかと思って、京阪神を中心に動いています。日頃は今回の主催団体とは別の教組系での研究活動にかかわる私ですが、地元・西宮や神戸市内、兵庫県内の教育課題への取り組み等々では、いろいろと連携したほうがいいこともあるだろう…と思って、今回の依頼を受けました。同様に、京都で子どもの権利条例をつくるための市民活動をしたり、大阪でも大阪市解体・特別区設置(いわゆる「都構想」)問題で市民活動をしたり…というのも、似たような発想での動きです。もちろん、既存の運動団体などとはかかわりのない市民グループからの講演会・学習会の依頼も、テーマや日時などを見て受け付けるようにしています。

ということで、みなさん、ご参加よろしくお願いします。


 


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「大阪市解体・特別区設置」構想については子どもにも説明し、意見を聴いてほしい

2019-11-24 10:08:04 | 国際・政治

このブログを見ているみなさまにおたずねというか、お願いです。

これから書くことは、昨夜、フェイスブックにも書きこんだことでもあるのですが。

大阪市内で子どもに関する活動に取り組む方や学校の教職員の方で、例の大阪市解体・特別区設置構想(いわゆる都構想)に関して、この間、子どもたちの意見を聴いておられる方がどれだけいますか? (もしかしたら、こういう話、今の大阪市内の学校は動きづらいかもしれませんが…)

もしも「まだ、やってない」ということでしたら、今後「二度目の住民投票」を前にして、子どもの意見表明権や参加・参画の観点から、ぜひ、この切り口で活動に取り組んでください。

本来であれば私がやればいいんでしょうけど…。

残念ながら、いろんなことに手をとられていて、大阪の街中で暮らす子どもたちのそばに行って、実際に話をすることができません。また、たとえ時間がとれてそういう活動ができたとしても、私一人では、いまある24区すべてをまわって…ということは不可能です。

大阪市解体・特別区設置に伴うさまざまな不利益、不都合は、おそらく、年を追うごとに街中に現れてくるでしょう。また、その不利益、不都合を真正面からかぶって、苦労をすることになるのは、まさに「未来世代」の子どもたちです。

そういう子どもたちに対して、いま、おとなたちが大阪市解体・特別区設置というかたちで何をやろうとしているのか、できる限りの情報を伝え、子どもたち自身の意見を聴いて、その意見も今後の動きのなかに反映させていく。そういう作業が、子どもの権利条約の「意見表明権」の趣旨に即しても必要不可欠かな、と思います。

なので…。もしも大阪市内で子どもに関する活動に取り組んでおられる方で、こういう取り組みを「やってみよう」と思われる方、ぜひとも取り組んでいただければ幸いです。場合によれば、子ども向けに「模擬住民投票」なんてやってみることも「あり」かもしれませんね。(大阪市内の学校ではそういうこと、やりづらいかもしれませんが、やってみる値打ちはあるかと思います。)

また、身近なところで子どもたちが「大阪都構想って、なんやねん?」という疑問を発していたり、あるいは「都構想ってやめたほうがいいわな~」とつぶやいていたら、ぜひともそういう声を拾って、大阪のおとな社会に向けて発信していただければと願っています。もちろん「都構想って、ええなあ」と思う子どもも居れば、そういう声も拾ってください。できるだけ「フェア」な動きとしてやっていただければ幸いです。

ということで、まずは私からのおたずねというか、お願いでした。


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今日(11月24日)のプリキュアを見ました。今回は保護者層向けの物語かな?

2019-11-24 10:02:25 | プリキュア話

先ほど今日のプリキュアを見ました。さっそくコメントをしておきます。

いよいよ今年のプリキュアも、残り数回。1年間のプリキュアたちの成長をふりかえりつつ、今年の物語の謎解きをして、1月の敵との最終決戦までどう話をもっていくのか、という局面に至りました。

今回放送分はまどか(キュアセレーネ)を中心にしながら話を組み立てることで、「もうすぐ、今年の物語がおわりますよ~」ということをいろんな意味で暗示する、そういう回になったように思いました。

また、今回放送分はどちらかというと、プリキュアを見ている保護者層向けの物語かと。親の言うことを聴いて育ってきた子どもが、いつか自分の意志で物事を考え、動きたがるようになる。それって「成長」なんだということ。また、その「成長」のプロセスには、親以上に、同じ年頃の仲間との出会いが大事なんだということ。そういうメッセージを今回、ストーリーのなかにちりばめていたように思いました。

では、以下、いつもどおりにストーリー展開をふりかえっておきましょう。

○出だしは前回放送分からの話のつづきです。ララ(キュアミルキー)が異星人ではなく、自分の仲間であることを強く父に主張したまどか(キュアセレーネ)は、その後、父が話をしようとしないことに不安を抱きます。前にも書いたとおり、まどかの父は宇宙人対策(=宇宙人追放)を担当する政府高官です。

○生徒会長の新旧引継ぎ(=ここで新しい会長からの「プリキュアは引き継げません」的な小ネタ話を挟んでくるのですが。これも前回放送分からの続きです)を無事に終えた夜、その不安を、まどかは直接、父にぶつけます。「ララのことをなぜ聴かないのか?」と問うまどかに対して、父は「宇宙人対策を立派にやりとげて出世しようと思ったが、裏目に出た。政府の役人として、自分は言われたとおりに動く。まどかも、何もかも私に任せればいい。ロンドンへの留学の準備はどうするのか? 仲間との関係もこれでおしまいになる」と語ります。ここで、今年の物語ももうすぐおしまい(=プリキュアたちはいずれバラバラになる)だということ、父はまどかを思うように育てたかったこと、この2つのことが明らかになります。

○その後、まどかは他のプリキュアたちとドーナツを食べながら、河原で話をします。そのときに同級生のエレナ(キュアソレイユ)に対して、まどかは「私はどうすべきか。父の言うとおりにすべきなのか。私は月みたいな存在で、自分では輝けない」と語ります。エレナは「まどかの笑顔はまぶしい。プリキュアになるまで、そんなことに気付かなかった」と。まどかとエレナは、ひかる(キュアスター)たちと出会って、みんなのおかげで笑顔になったことを確認します。そしてエレナはまどかに、「誰のそばにいるときの自分が一番の笑顔なのか。それでこれからのことを考えたら?」という話をします。このことが、今回放送分のラストにもつながってきます。

○一方、今回はガルオウガが敵として出撃してきます。ガルオウガは敵のボス・ダークネストのパワーを借りて、速さが増しています。ドーナツを食べていたプリキュアたちも変身して、すぐに応戦しますが、やられる一方です。そんななか、妖精フワがガルオウガに体当たりしようとします。それを見て、変身後のキュアセレーネが「フワは私が守る」と言って、ここからガルオウガ対キュアセレーネの1対1の対決場面になります。

○ここでふと気付いたのですが、ガルオウガはどうも、キュアセレーネ=まどかにとって「対決すべき敵」であるとともに、「ホンネでぶつかりたい父親の代わり」でもあったようです。というのも、ガルオウガは「宇宙を支配するダークネストのために我が身をすべて捧げてきた。自分を捨てる覚悟のないものになにができるか。自分は自分を捨てて大きな力を得たのだ、自分など必要ない」とキュアセレーネに語るからです。このガルオウガの言うことは、出世のために自分の意志を脇においたまどかの父と、相似形です。そして、ガルオウガは強力なパワーでキュアセレーネを追いつめます。

○ただ、何度もガルオウガに倒されながらも、それでもキュアセレーネは立ちあがってくる。「なぜ立とうとする? ひとりで何ができる?」 そういうガルオウガに対して、キュアセレーネは「みんなと出会うまでは分からなかった。でも、今はわかる。みんなといっしょに居たい、笑顔でいたい。自分に嘘はつきたくない」ときっぱりと言います。ここで、キュアセレーネにトゥインクルイマジネーションの力が目覚めます。そして「お前たちには未来はない」というガルオウガに対して、「私は、自分で自分の未来を決めます!」と言い返すキュアセレーネ。ここから先は、目覚めたトゥインクルイマジネーションの力をつかって、5人のプリキュア+フワの合体技をつかって、ガルオウガを追い払うわけですね。

○ガルオウガが去って行ったときに、さりげなくキュアソレイユ(=エレナですが)がキュアセレーネに「かがやいてるって」と一言いいます。「誰のそばにいるときの自分が輝いているか、それを考えたら?」という話は、ここにつながるわけです。

○ラストのシーンですが、まどかは父に対して、「これからもひかるたちと交流していく。いままで自分は何もわかっていないから、父の言うことに従ってきた。でも、自分でこれからは見つけたい。留学をどうするかも自分で考える。みんなと出会って知ったことがたくさんある。それもお父様のおかげ」ときっぱり伝えます。ガルオウガとの対決で、何かまどか(=キュアセレーネ)はふっきれたようです。そういうまどかを見て、父は戸惑うわけですが…。でも、まどかの母は「すっかり大きくなって。これって、誤りではないわ。成長っていうのよ」と、まどかの父に語りかけます。ここで今回の放送分はおわりです。・・・とまぁ、こんな感じで、保護者層向けに「子どもの自立ってこんなこと」というメッセージを伝える内容になっていたわけですね。

○なお、次回はエレナの進路の問題ですね。まどかとドーナツ食べながら話すときに、「実は自分も進路のこと、決めていない」と言ってましたので。

○それから、あらためて今回気づきましたが…。もしかしたら、ガルオウガ対キュアセレーネ(親からの自立)、アイワーン対キュアコスモ(敵対していた人々との許しと和解)、カッパード対キュアミルキー(文化の異なる人々のなかで自分らしく生きること)、テンジョウ対キュアソレイユ(悲しみの向こうにある笑顔)という感じで、個々のプリキュアが乗り越えていくべき自分の課題と、それぞれの敵とが対応しているのではないかと。だとすると、敵のボス・ダークネスト対キュアスターはいったい、どういう課題が対応しているのでしょうか? そこにふと、疑問が出ました。


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11月17日放送分のプリキュアをやっと録画で見ました。いい仕上がりでした。

2019-11-23 18:05:54 | プリキュア話

先ほどやっと11月17日分のプリキュアを、録画で見ることができました。さっそく、コメントします。

今回の放送分ですが、いや~びっくりしました。これ、きっとプリキュアの歴史上に残したいくらいのいい仕上がりです。前々から今年のプリキュアのテーマは「異文化理解」だと言ってきましたが、そのテーマがどんぴしゃりとはまったような回。しかも、そこに「いじめ」や「差別・偏見」を子どもたちなりにどう乗り越えるかというテーマが重なっていますね。また、その「いじめ」のきっかけをつくったり、誰かへの「差別・偏見」を色濃く残しているのが自分たちの親だとしたら、子どもはその親をも乗り越えて、自立していく必要があるのだ…というメッセージも込められていましたね。そこで以下、今回の物語を順を追って説明していきましょう。今年の過去の放送分とも密接にストーリーが重なっているので、ちょっと説明が込み入ってますが。

○今回の物語の主役は、ララ(キュアミルキー)です。ララは地球人ではなく、惑星サマーンからやってきた異星人。ですが、ひかる(キュアスター)たちとともに、地球の観星(みほし)中学校に通っています。まずは、その登校前に身支度をしている様子から描かれます。惑星サマーンの慣習で、幼い頃からララにかかわっているパーソナルAIが、今回も「そろそろ登校時間です」みたいなことを声かけてました。

○でも、ララが異星人であるのではないかという疑いを持って、まどか(キュアセレーネ)の父が学校にやってきます。まどかの父は、宇宙人対策(=実態は追放)を担当している政府高官です。また、プリキュアたちのロケット(=ララが惑星サマーンから乗ってきたロケットです)のところにも、まどかの父が現れます。ですが、映画監督のアブラハムさん(=宇宙星空連合の監視員です)が「撮影用のセットだ」と言い訳をして、その場をおさめます。

○まどかの父が学校に来たあとから、ララとひかるのいる2年3組の生徒たちが、ララを避けはじめます。いたたまれなくなったララは、掃除のゴミ捨てをするといって、教室を離れます。

○まどかの父は、どうやら2年3組の生徒たちに「学校で起きている変な事件にララがかかわっている疑いがある。何か変わったことはないか?」と声をかけます。すると生徒間に「そういえば、私たちが気を失ったときにララがいた」「宇宙人が地球人の記憶を消しているのでは?」等々のうわさが流れます。「ララはそんなことしない!」と、ひかるは一生懸命、ララをかばいます。

○教室にもどってこないララを探すと、図書館に居ました。ララは「ひかるに教えてもらって、本を読むことを覚えた。本は想像の力で、どんなところへも行ける」「でも自分はサマーン人、異星人。みんなのことを分かったつもりでいた」と語ります。そんなときに、「今に裏切られるぞ」と言い残して去った敵・カッパードの姿が思い浮かびます。ただその話を聴いたひかるは「そんなこと関係ない、ララはララだ」といって、後ろからそっと抱きしめます。「ありがとう」とこのとき、ララは一言いいます。

○一方、2年3組の生徒たちのあいだでも、「ララは本当に宇宙人なのか? 信じたくない」という気持ちが湧き上がってきます。そこへカッパードが手下のノットレイたちをつれて、UFOで現れます。ララを信じられない生徒たちの歪んだイマジネーションを吸い取って、カッパードは学校を攻撃しようとします。

○そこへひかるとララが現れて、他の生徒たちの前で変身しようとします。異星人であるというよりも、プリキュアである自分たちの姿を見せて、信じてもらおうとするわけですね。そこへ、他のプリキュアたちもかけつけて、変身しようとします。当然ですが、2年3組の生徒たちも見ています。また、遠くからその様子をまどかの父も見ていました。

○カッパードは変身しようとするララに、「サマーン星人のことなど、地球人は理解できない。異星人どうしはわかりあえない」と言います。でも、ララは「みんなやさしい。たとえわかってくれなくても、みんなは私にとっての友達」と言って、その場で変身してしまいます。これで、ララがサマーン星人であることも、プリキュアであることも、2年3組の生徒たちにはわかってしまいました。当然ですが、生徒たちは戸惑います。

○その生徒たちの戸惑いから歪んだイマジネーションを引き出して、カッパードは学校を攻撃しようとするのですが…。そこに変身後のキュアミルキー(ララ)が立ちはだかります。そんなキュアミルキーに、2年3組の生徒たちは「ララ、負けるな」と声援を送ります。すると歪んだイマジネーションは消えます。

○しかしカッパードは、次にまどかの父から歪んだイマジネーションをとり出して、学校を攻撃します。子どもたちはすぐに異星人のララ(キュアミルキー)への偏見が解けたのですが、どうも異星人対策の政府高官であるまどかの父は、その偏見がなかなか解けないようです。

○でも、キュアミルキーは再びカッパードの前に立ち、「惑星サマーンでは、自分はおとなだと言い聞かせてきた。でも、地球に来て、みんな、ありのままの私を認めてくれた。私は私のままでいいって思えた。私はみんなを守りたい、いっしょにいたい。私は私らしく居たい!」と言い切ります。そんなときに、キュアミルキーの心のなかから新しい力、トゥインクル・イマジネーションが生まれます。あとは、この新しい力をつかって、プリキュアみんなでカッパードを追い払います。

○カッパードが去ったあと、まどかの父が目を覚まします。2年3組の生徒たちはまどかの父に、「ララは異星人ではない。自分たちの仲間だ。みんなの友達だ」ときっぱり言います。また、エンディングでは、ララと2年3組の生徒たちは、惑星サマーンのあいさつをします。

○ラストの場面ですが、「ララは友達だ」という生徒たちのなかに、まどか自身も居ました。何かと父の前で「いい子」に過ごしてきたまどかが、ここできっぱり、父に異議を唱えたわけですね。ただ、次回の予告編を見る限り、今度はまどかと父との関係がぎくしゃくするようです。異星人の友達のことを守ろうとするまどかは、どこかで父と対決しなければならない。そのことは今年の初め、まどかがララとともにプリキュアになったときから「いつか、訪れる」と思われていたことですが。

○あと、いま、プリキュアたちが探っている「トゥインクル・イマジネーション」ですが。これってどうも思春期あたりの「第二の自分の誕生」みたいなものと深くかかわっているのかもしれません。いままで中学生まで生きてきた自分の心のなかから、さらに「こうなりたい」という「本当の自分」の思いに気付き、それが一気に目覚めたときに、「トゥインクル・イマジネーション」の力が現れるのかもしれません。だとすれば、今回はララが目覚めましたが、次回は父親への反発のなかで、まどかに「トゥインクル・イマジネーション」が芽生えるのかもしれません。

・・・ということで、たった30分(CMを省くと25分程度)の物語のなかに、今年のプリキュアのテーマである「異文化理解」がぎゅ~っと濃縮されていたような、そんな放送回でした。


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「幼児無料」の須磨水族園でどれだけ助けられた親子がいるのか…。

2019-11-23 13:20:03 | 国際・政治

なんかこのところ、神戸で起きている一連の出来事が、「大阪の10年前をよくないかたちで追いかけている」ようにしか見えないんですよね。

たとえばこの「須磨水族園」の入場料問題に関する神戸新聞の記事ですが。

「入場料高すぎる」民営化する須磨水族園の新料金見直し求め7千人超の署名提出 (神戸新聞2019年11月22日配信記事)

https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201911/0012899568.shtml

大阪も維新市政になって、天保山にある海遊館を民営化しちゃいましたしねぇ。

その上に、今度は神戸で、須磨水族園の民営化ですか。なんだかなあ~。

この須磨水族園、赤ちゃん~幼児の頃のうちの娘を連れて、なんどか行きました。なにしろ、乳幼児はいままで「無料」でしたからね。「おさかな、見に行く?」と言うと、その頃は、うちの娘も喜んでついてきてくれました(まあ、さすがに中学3年生になった今では無理でしょうけど…。だいたい家族旅行すら「え~。家に居たい…」とかいうようになりましたから)。

ちなみに当時、実際に須磨水族園に連れていくと、魚の水槽よりもカメの水槽の前で、うちの娘はじ~っとへばりついて見ていた記憶があります。「ごはん食べよう」といっても、なかなか動かなくて…。でも、そうやって一日、父娘で水辺の生き物を見ながら、須磨水族園で遊べるんですよね。

きっと、こんな感じで、お子さん連れで須磨水族園に行くことで、なにか「助かったな~」と思った保護者の方、多いのでは? 民営化して入館料が大幅に値上げされると、これから経済的に困難を抱えた親子は、須磨水族園に通いづらくなりますね。

「あそこだと幼児は無料なんで、家にひきこもりがちな親子が、水族園に出てきて一日、親子で遊んでいる…」という条件を整えるのも、立派な子育て支援施策のはずです。だけど、いまの神戸市の施策にはそういう視点、まるでない。水族園も今後は集客施設として「目玉」の生き物を置いて、人を集めて、お金が稼げたらそれでいい。そんな感覚でリニューアル計画を練っているようにしか思えませんね。

それでほんとうにいいんですかねぇ…??

ついでにいうと、桜宮高校事件の対応と神戸の教員間いじめ問題の対応。

これも「マスコミで騒がれたことへの対応」というのか、とにかく「懲戒処分最優先」で弁護士さん主体の検証チームが動くとか。「肝心の学校改革はどこへ?」みたいなところでは、数年前の大阪市で起きたことと、今の神戸市の動き方は、ほんとうによく似てます。

あるいは、「ヤミ専従」問題みたいな不祥事を見付けて、ねちねちと公務員労組を攻撃してくるところとか。そういう面も、「大阪の10年前」を思い出す感じで、「神戸市ってなんかきな臭い、嫌な感じ」です。

そして、この須磨水族園民営化や、それとリンクした須磨海岸のリゾート開発等々からも、空港活性化をふまえて、今後の観光施策に力を入れるというのか、ひとまず「見栄えのいい、集客効果のあがる都市経営」に邁進したい市長の動きが、なにかとちらちらと浮かび上がりますね。

だからこそ、それに対してマイナスの都市イメージができあがるようなこと、たとえば教員や公務員の「不祥事」にはやたら厳しく対応している「ポーズ」だけは見せる。それも、抜本的かつ長期的な解決策をとるのではなくて、マスコミで劇場をつくって「オレが罰してやる」みたいな「ポーズ」に邁進しているような、そんな印象を受けます。

いずれにせよ「よくない傾向」しか、いまの神戸市政には伺えませんね。この10年近くの大阪市政の「低迷」を見ているだけに、「やめておけばいいのに…」と思う事ばかり、積極的にしているように思えてなりません。


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ブログ開設の2004年8月以来、読んだ本の数がとうとう3000冊に到達(2984冊目~3003冊目)

2019-11-23 12:05:24 | 本と雑誌

またまた、自分の読んだ本がたまってきました。

あらためて本のタイトルと著者名、出版社名程度ですが、ブログで紹介しておきます。

さて、私が前のブログをはじめた2004年8月以来、読んだ本の数がとうとう3000冊に到達しました。

ほぼ年200冊ペースで読んでいることになりますね。

これからもこのペースを維持できるように、がんばっていきたいと思います。

2984冊目:中島岳志『アジア主義 西郷隆盛から石原莞爾へ』潮文庫、2017年

2985冊目:中島岳志『親鸞と日本主義』新潮選書、2017年

2986冊目:金光敏『大阪ミナミの子どもたち 歓楽街で暮らす親と子を支える夜間教室の日々』彩流社、2019年

2987冊目:秋山千佳『実像 広島の「ばっちゃん」中本忠子の真実』角川書店、2019年

2988冊目:西田公昭『なぜ、人は操られ支配されるのか』さくら舎、2019年

2989冊目:小谷野敦『哲学嫌い ポストモダンのインチキ』秀和システム、2019年

2990冊目:釈徹宗、笑い飯・哲夫『みんな、忙しすぎませんかね? しんどい時は仏教で考える。』大和書房、2019年  (この本は大和書房さんからの著者サイン入り本プレゼントでいただきました。あらためてこの場をお借りしてお礼申し上げます)

2991冊目:佐々木閑『般若心経 「見えない力」を味方にする』NHK出版、2014年

2992冊目:佐々木閑『大乗仏教 ブッダの教えはどこへ向かうのか』NHK出版新書、2019年

2993冊目:『現代思想 特集 コンプライアンス社会』青土社、2019年10月

2994冊目:木澤佐登志『ニック・ランドと新反動主義 現代世界を覆う<ダーク>な思想』星海社新書、2019年

2995冊目:秋山謙一郎『弁護士の格差』朝日新書、2018年

2996冊目:岡田尊司『死に至る病 あなたを蝕む愛着障害の脅威』光文社新書、2019年

2997冊目:坂口幸弘『喪失学 「ロス後」をどう生きるか?』光文社新書、2019年

2998冊目:明和政子『ヒト発達の謎を解く―胎児期から人類の未来まで』ちくま新書、2019年

2999冊目:キャロル・グラック『戦争の記憶 コロンビア大学特別講義―学生との対話―』講談社現代新書、2019年

3000冊目:山家悠紀夫『日本経済30年史 バブルからアベノミクスまで』岩波新書、2019年

⇒この本が3000冊目、ひとつの区切りになりましたね。

3001冊目:山口二郎『民主主義は終わるのか―瀬戸際に立つ日本』岩波新書、2019年

3002冊目:中島義道『ウソつきの構造 法と道徳のあいだ』角川新書、2019年

3003冊目:土屋信行『水害列島』文春新書、2019年




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ここで学校の管理職や指導主事層のやる気削ぐような対応をしてどうする?(神戸の教員間いじめ問題関連)

2019-11-20 23:06:21 | 受験・学校

教諭いじめで校長ら約320人ボーナス増額見送り 神戸市 (NHKニュース 2019年11月20日)

ちょうど2日前の月曜日(2019年11月18日)、私は神戸市教委の教頭職研修で、いじめ防止を中心とした学校の危機対応のあり方について、90分間の講演をしてきたところです。

私が話すその前に、弁護士で教育委員という方が30分程度、「コンプライアンス」の話をしていたのですが…。

「学校現場の教職員にとっては、コンプライアンスの話よりも、実際に学校での子どもの様子を見ながら、日々、どのようないじめ防止の対応をすればいいのか、教育実践のあり方を見直すポイントはどこなのか、そういうことのほうが知りたいのでは?」

と思って、いじめの重大事態の未然防止・再発防止や発生時の対応を中心に、ひたすら「教育の理念(哲学・思想)」的な次元から学校の危機対応を問い直すというテーマで、私は90分、神戸の市立学校の教頭職を相手に話をした次第です。

ちなみに、参加された教頭職の方や指導主事さんあたりから、人づてに「おもしろかった」とか、「あしたからの実践に役立ちそうなことが聴けた」「やる気がでた」というコメントが、私の耳にも入ってきました。

ところが、です。これから神戸の学校の再生、特にいじめの重大事態の未然防止・再発防止を含む諸問題について「がんばろう!」という気持ちになっている管理職層や指導主事たちに対して、今日のこの仕打ちです。

「いったい、神戸市の上層部は、どっち向いて仕事してるのか?」

と、あらためて私は言いたくなりました。

と同時に、神戸市の上層部としては、ほんとうはヒラの教職員達のボーナス増額を止めたかったのがホンネで、それをすると教組やその支援者から反論されるのが怖いと思い、あえてこの学校の管理職層や指導主事たちを狙い撃ちにしたのだとすると…。「なんと姑息で、卑怯なことをするのか」とすら、言いたくなります。

もちろん、前々から言っているように、例の加害教員への拙速な分限休職処分+給与差し止めの対応とか、市教委の社会教育部門の首長部局への移管問題と併せて、「ますます、的外れの度合いを強めている対応」と言うしかありません。

そして、この管理職層や指導主事へのボーナス増額の停止問題についても、マスコミのみなさん、至急、公務員法や労働法の専門家の意見をぜひ、聴いていただければ幸いです。どうぞよろしくお願いします。

最後に一言。

学校の管理職層や指導主事、そしてヒラの教職員等々、いま、神戸の教育の信頼回復に向けて、現場レベルで精一杯努力を積み重ねている人々に対して、敬意を示す事すらできないような、そんな神戸市の上層部。

あなたたちこそ、いま、神戸市の組織風土改革で、最も変わらなければいけない人々ではないのですか。

いいかげんにしてください。


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2019年11月17日付け公教育計画学会理事会声明:「教員間の暴力・いじめ行為」に対する神戸市当局の拙速な対応を批判する

2019-11-17 20:37:41 | 受験・学校

今日(2019年11月17日)付けで、公教育計画学会の理事会は、「「教員間の暴力・いじめ行為」に対する神戸市当局の拙速な対応を批判する」という声明文を公表しました。

「公教育計画学会」は、これからの公教育のあり方を考えることを主な主題として、教育学系の研究者に加えて、学校事務職員や教育行政の職員(社会教育・生涯学習の領域を含む)、あるいは教育学の近接領域の研究者や教員(退職者も含む)、地方議員らもかかわっている小さな学会です。私もこの学会の理事会メンバーのひとりです。

11月に入ってから他の理事会メンバーと連絡をとりあい、原案作成の段階から動いておりました。

下記の公教育計画学会ホームページで、PDF文書のかたちで公開されていますので、必要な方はダウンロードやプリントアウト等をしてください。

公教育計画学会ホームページ http://koukyouiku.jp/

また、どのような内容か知りたい方は、私の方でPDF文書を画像化して、自分のブログに貼り付けておきます。こちらも下記でご確認ください。

なお、ツイッターやフェイスブック等で、このブログ記事の拡散をしていただいてもかまいません。


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やっと11月10日分のプリキュアを見ることができました。

2019-11-16 14:51:47 | プリキュア話

今日は久々のお休み。やっと11月10日(日)のプリキュアを録画で見ることができました。さっそくコメントしておきます。

まず、前回放送分でキュアコスモがトゥインクルイマジネーションの力に目覚めました。この力がひとりひとりのプリキュアのなかに眠っていて、5人全員そろうと大きな力になる。そのことが、今回放送分の冒頭で、12星座のプリンセスからプリキュアたちに告げられます。

そのあと、今回放送分のメインの話へ。今回はエレナ(=キュアソレイユ)が学校対抗の英語スピーチコンテストに出るという話です。その英語スピーチの特別講師ジョー・テングとして、なんと、変装した敵・テンジョウがやってくるというのが、柱となる筋書きですね。テンジョウは妖精フワをつかまえるために、変装してプリキュアに接近することを思いついたようです。

さて、放課後、テンジョウはエレナの英語スピーチの原稿にチェックを入れます。エレナは「笑顔でみんなつながる」という内容で原稿を書くのですが、テンジョウは「あなたはお子ちゃまだ」「怒りや悲しみ、つらいことをさらけだす。それこそが真実」とエレナに伝えます。そこでエレナは、自分が小学生の頃「他の子とちがう」と悩んだことを思いだします。ちなみにエレナの父はメキシコ人、母は日本人、国際結婚のカップルから生まれた子どもです。今年のプリキュアのテーマは「異文化理解」だな~と思うのは、こういう設定ゆえのことですね。

スピーチコンテスト当日、エレナは小学生の頃「自分だけがどうしてちがうのか?」と思って笑顔をなくしたことから離し始めます。ただ、そこから先、エレナは自分の家族の楽しそうな姿を見て、これこそ自分の宝物だと思ったことを話します。そして教室に入ってみて、みんな何かがちがっていて、素敵な個性だと気付いたこと、笑顔で接するとみんなも笑顔になるから、笑顔にはすごい力があること。エレナはそういう内容でスピーチを締めくくります。

それを聴いたテンジョウは、怒りはじめます。「笑顔なんてうわべだけ、まやかし、世の中には上下しかない」というセリフもありました。そんなセリフのとき、ちらっちらっと、テンジョウの過去の姿が挿入されていました。どうも孤独で、まわりから見下されて、暗い場面ばかりでしたね。なにかきっと、カッパード同様、テンジョウにもつらい過去があるんでしょうね。「根っからの悪い人はいない。悪くなる事情があるだけ」というのが、プリキュアに登場する悪役たちによくみられるパターンです。

いよいよ変装がばれそうになり、スピーチコンテストの会場を抜け出したテンジョウを、エレナや他のプリキュアが追いかけます。追いついたところでテンジョウは、校長をノットレイにしてプリキュアたちに攻撃をしかけます。ここからはまぁ、いつものとおり5人の合体技でノットレイを追い払い、テンジョウたちが引き上げていくんですが。

ただ、たたかっている最中に、テンジョウは「笑顔で人はつながれない。お前の笑顔はイライラする」とキュアソレイユ(変身後のエレナ)に伝えます。これに対してキュアソレイユは「今日のスピーチができたのは、あなたのおかげ。あなたのアドバイスに感謝する。笑顔には価値がある。すごい力がある」と言い返していました。「敵にもいいところを見付ける」というのも、例年のプリキュアのパターンでしょうか。

ラストの場面ですが、まあ、スピーチコンテストそのものは、エレナが優勝。お約束通りといえばいいでしょうか。

ただ、政府の宇宙人対策(=宇宙人追放)を担当するまどかの父が、観星中(プリキュアたちの通う中学校)周辺で宇宙人の目撃情報を掴んだという場面で、今回の放送分はおわりました。その宇宙人とは、ララ(キュアミルキー)と妖精フワ、プルンスのようです。予告編でもどうやら次回は、ララが惑星サマーンからやってきた宇宙人であることをめぐって、いろいろと展開がありそうですね。


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救命救急士による後輩暴行事件への茨木市の対応を手がかりに(神戸の教員間いじめ問題関連)

2019-11-13 00:18:01 | 国際・政治

“救命救急士”が後輩暴行 『血圧計で首を圧迫』『消防車に逆さ吊り』で3人が懲戒免職 (MBSニュース、2019年11月12日)

こちらの記事は神戸市の話ではなく、茨木市消防本部の救命救急士の間で起きた暴行事件と、それに伴う懲戒免職処分の件です。

記事のタイトルにもあるとおり…。神戸の教員間いじめ事件もひどいですが、こちらの茨木市消防本部で起きた事件も、かなりたちが悪いものですね。「後輩をロープで逆さ吊り」等々、いったい消防署の救急隊のなかで何をやっているのか、としかいいようがありません。また、「コミュニケーションを図るためにやった」という消防司令補には、「どういう人との関わり方をしているのか? あかんやろ、そんなもん」としか言いようがありません。

ただ、この記事を読んで感じたことがひとつあります。それは被害にあった方から茨木市消防本部に事実が伝えられてからあと、あらためて事実経過等を調べ、検証し、先に懲戒免職処分を行ってから、消防本部は対外的に謝罪会見を行い、事実を伝えているという経過について思うことです。

「それって、神戸の教員間いじめでも、ほんとうは茨木市消防本部のような対応をしてもよかったのではないのか?」

率直に私、このことを感じました。

なにしろ、このたびの神戸の教員間いじめでは、まずは懲戒処分のための調査が行われている真っ最中に、「加害教員に給料を払うな」という世論に煽られて、急遽、条例改正が行われ、分限休職処分が出されました。その法的な対応にさまざまな問題点が指摘されたり、あるいは、被処分教員からの不服申し立てが行われたりしていることは、すでにこのブログでもお伝えしたとおりです。

また、その「加害教員に給料を払うな」という世論が煽られるように、どこからか、小出しにマスメディアに教員間いじめの情報がこの間、流されてきた形跡があります。そのなかで、例の激辛カレーを無理やり食べさせている動画・画像も流されたわけですね。

「なぜ、神戸の教員間いじめでは、茨木市消防本部がこのたび行った懲戒免職処分のような対応をとらなかったのか? なぜ情報を小出しにして、分限休職処分条例の改正を煽るかのような対応を続けてきたのか? ひょっとして、それって意図的にやったのか?」

そんな疑問すら、この茨木市消防本部の記事からは考えてしまいました。




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勧善懲悪の劇場で悪役をバッサリ斬るつもりが、刀がボロボロで、笑えない喜劇になってきた(神戸の教員間いじめ問題関連)

2019-11-12 23:50:22 | 受験・学校

教員間暴力問題 加害教員の処分説明書に誤記載 (神戸新聞NEXT 2019年11月11日配信)

例の神戸で起きた教員間いじめ問題のことですが。

先月末に大急ぎで条例改正を行い、加害教員への分限休職処分を行ったところですが・・・。

この記事によると、その処分説明書の内容に誤記があったとか。

それも、地方公務員法上の適用条文の記述に誤りがあるとのこと。

上述のとおり、10月初旬の事件発覚からこの間、「加害教員を早く処分しろ」「仕事休んでいる加害教員に給料を払うな」という「世論」に煽られて、神戸市長も市教委も大急ぎで条例改正を行い、分限休職処分を行ったわけですが。

また、その「世論」の力によって、「悪役」ともいうべき加害教員をバッサリと市教委、市長らが処分して「斬る」という勧善懲悪の劇場ができたわけですが。

でも、いざ実際に「斬る」段になってみたら、条例改正自体に法的な問題があると指摘されたり、分限懲戒審査会からも異論が出されたり・・・。あるいは、実際に休職処分となった加害教員の側からも不服申立てが行われたり・・・。そして、今回は処分説明書の誤記が判明したわけですよ。

もう、いったい、何をやっているんだか・・・。

なんだかこの記事を読んで、「勧善懲悪の劇場で悪役をバッサリ斬るつもりが、刀がボロボロで、笑えない喜劇になってきた」と思ってしまいました。

それにしても、いったい、いつになったら私の言う「本筋の議論」にもどるのかしら?

つまり、教員間いじめが起きた学校の教職員間の人間関係や、教職員と子どもとの関係についての調査・検証を行って、学校の教育活動の再建や、同様の事態の再発防止策の実施を行っていくという「本筋の議論」。

ここを今、きっちりとやらなきゃいけないと思うんですけどねえ。一向にそういう話、聞こえてこない。

それで本当にいいのかしら?

 



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私の生まれ育った神戸という街は、人々の喜びも悲しみも包み込むような街であってほしい。

2019-11-11 22:48:23 | 国際・政治

今日、ツイッターを朝、見ておりますと、こんな記事を見つけました(クリックするとリンク先に行けるはず。そこに記事があります)。

「2020年、神戸は震災から25年を迎えます」神戸市長がテクノロジーに込める想いとは。
Facebook、楽天、NTTドコモなどと連携した市政運営や、500 Startupsとの起業家支援プログラム「500 KOBE ACCELERATOR」といった取り組みがある (2019年11月11日、AMBI 20代向けハイクラス転職サイト)

この記事を読んで、私が率直に思ったことを書いておきます。

まず、私はなんかこの記事読んで、あらためて今の神戸市長の都市経営に対する発想が、恐ろしく感じられました。

もともと神戸市は私が子どもの頃から、「株式会社神戸市」なんて言われるくらい…。たとえば、山を削って海を埋め立て、住宅団地と工業地域・港湾整備の両方をやってみたり…。あるいは、そのための外国債券のやりくりをして差額で儲けたりなんかしてきた都市です。

要するに神戸市って、首長らの「企業経営的」あるいは「開発独裁的」な指向の強い自治体だと思うんですよね。また、私は明治維新期の「開港」以来、日本政府のすすめる国策的な近代化の「最先端」を歩んできたのが、神戸だと思っています。

ただ、そういう神戸をめぐる政治・経済の動きに、たとえば労働運動や他の社会運動などの力で、一定の「抵抗」が見られた間は、なんらかの歯止めがかかる余地もあったのかと。また、阪神淡路大震災や、たびたび神戸を見舞った水害などへの対応、その他さまざまな都市問題への対応等々を通じて、「住民生活の維持・向上」を求める動きも、一定、神戸の街のなかから生まれてきた側面もあったかと思います。

しかし、この神戸市長の記事を見ていると、もう、露骨ですね。都市経営に企業のもっている最先端のテクノロジーやノウハウを投入して、大々的に都市改造をしてやろう…と。いい言い方をすれば「意欲」、別の言い方をすると「野心」がむき出しになっているように見受けられます。

また、市長がやりたがっているような都市経営、たとえば先端医療技術などのハイテク産業が立地し、それが経済をリードする都市なんていう神戸のイメージは、おそらく、今の政権のすすめる国策的なものとも関係が深いのでしょう。

そして「ハイテク産業の立地する都市で経済をリード」なんてことをすすめるときには、きっと「あの阪神淡路大震災で深く傷ついた」という記憶や、「もう一度災害に強いまちづくりで住民生活に安心を」なんて話は、どこかにぶっとぶんでしょうね。

いま、神戸の学校でおきている諸問題、たとえばそれは子どものいじめ自死であったり、教員間いじめの問題であったりするわけですが…。そのことも、もしかしたら、私はこういう日本の近代化と神戸の都市経営、特に、経済成長最優先の政策の「最先端」を常に歩もうとする神戸の都市経営の問題が深く絡んでいるのではないかな、と思ったりもしています。

それにしても、ほんとうに神戸という街の市政は、今後「ハイテク産業の立地する都市で経済をリード」だけで、いいんでしょうか? 阪神淡路大震災という悲しい出来事の記憶を風化させ、学校で子どもも教職員も苦しい生活を余儀なくさせながら、それでもハイテク産業の立地や観光業等々の活性化で、ひとまず「外から」見て「繁昌している」かのように見える施策ばかりが推進される都市。神戸という街を、そんな都市にすることが、ほんとうにこれから先、目指すべきことなのでしょうか?

いまは西宮市内在住ですが、もともと私は神戸市の東灘区出身。大学院修士課程の学生になって一人暮らしを始めるまで、私は神戸で暮らしていました。実家は阪神淡路大震災で被災もしています(幸いにして建物は残り、家財道具がむちゃくちゃになった程度の被害でしたが)。子どもの頃から大学生を終える頃までの、喜びも怒りも、哀しみも楽しさも、いろんな私の感情と記憶と体験が詰まった街が、神戸です。

「港町」としての神戸にあるおしゃれな外観、あるいは華やかさと美しさの裏側には、いろんな人々の悲しみや苦しみがたっぷりと詰まっている。でも、その華やかさと美しさと、人々の悲しみや苦しみの両方を包み込んで、それでもなお前を向いていくような、そんな都市経営が今、神戸には求められているんじゃないですかね。悲しみや苦しみを包み込むのではなく、ただ「隠す」だけ、「忘れ去る」だけ。ただただ「華やかさと美しさ」を追求するだけ。そんな都市経営だけはしてほしくないな、と。私の生まれ育った街・神戸と、そしていまの神戸市長には語りかけたいです。

<追記>

今から25年ほど前。阪神淡路大震災という悲しい出来事のあと・・・。

神戸のある小学校教員がつくった「しあわせ運べるように」という歌。(リンク先をクリックすれば、YouTubeで聴くことができます)

あの大震災のあとしばらくの間、子どもたちが無事に学校に通ってきているだけで、ただうれしかった。そんな教職員も多かったはず。当時、大学院生しながら定時制高校の非常勤講師をしていた私も、そうでした。

もう一度、神戸の教職員も、他の地域の教職員も、「いま、子どもたちが無事に学校に通ってきている」ということそのものを喜べるように。そんな気持ちをとりもどさないといけませんね。

と同時に、神戸の学校現場の教職員がそんな気持ちを取り戻せるような、そんな教育施策を行う責任と義務が、神戸市教委、そして市長にはあるのだと思います。「ハイテク産業の立地で経済をリード」の前に、するべきことがあるでしょう…と言いたくなります。


 


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ほら、だから言ったでしょ? 分限処分条例改正っておかしいって。(神戸の教員間いじめ問題関連)

2019-11-10 22:19:12 | 受験・学校

学園祭明けのここ数日、本業の大学の仕事に加え、遅れている原稿の催促があり…。そして金曜日から今日まで2泊3日で、姫路市内へ出張しておりました。なので、久々のブログの更新になります。

そうそう、姫路市内での出張の際にも、多くの方から「ブログ見てるよ」と声をかけていただきました。ありがとうございます。この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。

さて、この数日の間に、例の神戸の教員間いじめ問題で、新たな動きがありましたね。加害教員のなかのひとりが、先月末に慌ててつくった条例にもとづいて受けた分限休職・給与差し止め処分に対して、先日、不服申し立てをしています。詳しいことは下記のgooニュース(もとは神戸新聞配信記事)でわかります。

gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/kobe/nation/kobe-20191108013

この記事の文中から重要な点を引用しますと…。

◎審査請求書で改正条例について「『重大な』『恐れ』など、極めて抽象的な文言で休職事由を拡大している」とし、「仮に条例が有効だと解する余地があるとしても、さかのぼって適用するのは違法」と断じている。

◎同処分の手続きでは、そもそも「処分対象となる行為を知らされていない」などとし、弁明の機会が保障されていないと主張。市教委が処分説明書に記載した地方公務員法の根拠条文に誤りがあることも指摘している。処分自体も「暴行・暴言の期間や頻度が異なる他の加害教員と一律に行っている」と問題視する。

「おっしゃること、ごもっともです」と、私からはこの不服申立てをした加害教員とその代理人弁護士には伝えたくなりますね。

また、分限処分条例の改正は必要なことと言い続けてきた神戸市長、さらにその改正された条例をすぐに使って処分を行った神戸市教委に対しても、「ほら、だから言ったでしょ? 分限処分条例改正っておかしいって」とも言いたくなりますね。

特に、今回改正された分限処分条例は、「起訴の恐れ」などの文言の部分で、休職処分の事由を拡大解釈する余地があること。そのことは私もこのブログで確か、10月中に指摘していたかと思います。

また、弁明の機会の保障や、処分説明書に記載の地方公務員法の根拠条文に誤りがあるという話。「これって、どんな手続きをとっているのか?」という話ですよね。こういう点から見ても、今回の分限休職処分の実施って、あまりにも拙速すぎやしないか、と思うのですが。

さらに、「暴行・暴言の期間や頻度が異なる他の加害教員と一律」という処分のあり方や、「さかのぼって」の条例適用そのものにも疑義が示され、不服申立てが行われたとすると…。この間、ずっと自分たちの法的対応は「正しい」と主張してきた神戸市長や市教委の側から、いったい、どのような反論を行うのでしょうか?

不服申立てを受けて、このたびの分限休職処分に関して、「きちんと謝って、是正すべきことは是正する。まちがった処分は取り消す」ということ。そういうことが今後、神戸市教委、さらには市長にできるかどうか…。そこを今後、私としては注目していきたいと思います。

と同時に、ずっとこの間言い続けてきたように…。「こういう法的対応の問題ばかりが注目されているけれども、本当は当該の小学校の教育の再建、子どもや保護者、地元の人々、そして今なおその小学校で勤務している教職員の声を聴いて、学校再生に向けたプログラムを組むことのほうが大事なのでは?」とか。あるいは「神戸市内の学校現場で働く教職員の声を聴き、職場環境の是正の問題に今すぐ取り組むことが大事なのでは?」とか。そういうことを、ここであらためて私からは伝えておきたいと思います。



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マスメディア関係者のみなさまへ(神戸の教員間いじめ問題関連)

2019-11-04 23:20:30 | 受験・学校

このところ、神戸の教員間いじめ問題に関する私のブログ記事について、認知度があがってきたような印象を受けます。そのこともあって、関係各方面から情報提供があったり、意見を求められたりすることも増えてきました。この約1か月間、ブログ+ツイッター+フェイスブックと、自分が使える媒体を駆使して、いまの神戸市長や市教委の対応のおかしさについて、私なりに情報発信をつづけてきたかいがあったなあと、あらためて思っております。

ただ、今もなお残念なことがあります。それは、相変わらず一部のマスメディアがネット配信記事のなかで、例の被害にあった教員が激辛カレーを無理やり食べさせられている画像を流し続けていること。また、それをSNS上で何も考えずに拡散している人がいることです。なかには、臨床心理士の資格を有する人が、ツイッター上で「加害教員を許すな」的な意見とともに、そういう画像のついた記事を拡散しているケースも見受けられました。「これって、ほんとうに容認し難いこと」のように思います。

それこそ、たとえばたとえ画像であっても、誰かがいじめられている様子を見るだけで心身ともに苦しくなる人もいるでしょう。また、そういう画像がネット空間上をいつまでも流布していることで、被害にあった教員が心苦しくなったりしないのか。画像のネット空間上での流布が、今後、被害にあった教員の回復や職場復帰の妨げになったりはしないのか。そういうことへの想像力が、どうも私たちの側に弱いような気がするのです。特に「加害教員許すな」という「正義感」が、上記のような苦しい思いをしている人々への想像力を鈍らせているとしたら…。やはり、上記の画像の流布等々、この約1か月間のマスメディアやSNS経由での情報流通のあり方には、もうそろそろ「やめたほうがいいだろう」と疑問や批判を呈せざるをえないのが実情です。

どうか、マスメディア関係者のみなさまには、この画像や動画の流布について、そろそろ止めていただきますよう重ねてお願いいたします。

それとともに、今日付けで、朝日新聞の社説が厳しく、分限処分条例改正案の議会提出や、実際の加害教員への分限休職処分実施をめぐる神戸市長・市教委の対応を批判しました。以下が、その社説の記事です。

(社説)神戸教員間暴力 「強行」処分の危うさ (2019年11月4日付け朝日新聞社説)

https://digital.asahi.com/articles/DA3S14242657.html?fbclid=IwAR0eoxS1fPA1dDXJdylrjJELLuQcYSBn35xH8yhr37x2o9UKu76Rdzw_7uA

おそらく、この社説に関して、神戸市長はSNS上などでさまざまな「反論」(言い訳)をすると思います。

その「反論」(言い訳)の要点を私なりに推測すると、たぶん次の3点ではないかと思います。(実際に市長ブログなどを読まれた方からの情報もいただいていますが、ここではあくまでも私の推測として書いておきます)

・今回の件は前代未聞であり、しかも程度がひどい。
・あくまでも「例外的」な措置であって、今後も分限休職をするとは考えていない。
・「加害教員を許すな」という「世論」に押されてのことであって、市長も市教委も何も悪くない。

ただ、朝日新聞の社説は、市長や市教委がそういう意図で行った今回の加害教員への分限休職処分や、その前提となる市長からの分限処分条例改正案の提出そのものについての疑問、批判を投げかけるものです。

なので、もしも上記3点のようなことを市長がSNSなどで発信しているのであれば…。「だからなんなの? そういう対応がおかしいって言われてるんだけど…」というしかないような、そういう「反論」(言い訳)だなあと、私なら言うしかありません。

もう少しついでにいうと、この教員間いじめの問題が発覚して以来の約1か月間、たとえば「加害教員を早く処分しろ」とバッシングをしたり、市教委や当該の学校あるいは近隣の学校に苦情電話をかけまくる人々に対して、どの程度、市長や市教委上層部は「冷静な対応を求めたい」という呼びかけを行ったのでしょうか?

むしろ神戸市長ご自身が、たとえば「こんなケースは前代未聞だ、あるまじき行為だ、おぞましい」等々と言ってみたり、あるいは「加害教員への市教委の対応は不十分」なので「市教委を改革してやる」みたいなことを言ってみたり…。「加害教員を早く処分したい」という方向に世論を誘導するような、そんな情報発信をSNS上で行ってきたりはしなかったかどうか。「世論」に押されて自分たちはやったのだというけど、その「世論」を煽るような対応を、実は市長や市教委上層部がしてきてはいなかったのかどうか。そういう点を、今後、マスメディアのみなさんは冷静に検証していただけると、たいへん、私としてはありがたいです。

と同時に、たとえば市教委から首長部局への博物館等の社会教育部門の移管を、この事件をきっかけに提案していることの問題点や、いまもなお当該の学校の子どもや保護者、地域住民、そして当該の学校で働き続けている教職員への支援が不十分だと思われることへの批判等々も、併せてマスメディアのみなさんにはお願いしたいと思います。

・・・とまあ、こんなことを書いておりますと、「激辛カレーの画像を貼り付けて、加害教員叩きに走っている場合じゃないんだよ、マスメディアのみなさん。もっと他に取材をして、言わなきゃいけないことがあるんだよ」と、あらためてこの場をお借りして言いたくなりました。

どうぞ、朝日新聞や神戸新聞、あるいは他の新聞社・テレビ局、そして週刊誌等々の取材陣のみなさん。市長や市教委から流される情報や、あるいは一部市議あたりから「加害教員を早く辞めさせろ」という趣旨で出される情報だけでなく、他の情報も積極的に取り上げて、議論の素材にしていただければと。今日は切実にそのことをお願いしたいと思います。今回の社説のように、市長や市教委の一連の対応を厳しく批判するような議論は、私としてはたいへんうれしく思います。ぜひとも、このような姿勢を続けていただければ幸いです。

そして、神戸の教員間いじめ問題について、マスメディアからはこのまま「加害教員を早く辞めさせろ」の話ばかりを流すのではなく、ましてや、被害にあった教員にとって心苦しいであろう画像や動画を添付するのではなく、もっと違った切り口で、「あらためて今、伝えなければならないことがなんなのか」を考えなおして、今後の情報発信をしていただきますよう、あらためてお願いします。



 


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11月3日付けの朝日新聞の記事に関して(神戸の教員間いじめ問題関連)

2019-11-03 21:51:14 | 受験・学校

今日11月3日付けの朝日新聞で、例の神戸の教員間いじめの問題について、下記のような記事が出ていました。そのことに関連して、コメントをさせていただきます。なお、有料記事なんで、全文読める人・読めない人がいるかと思いますが…。

教員間暴力、異例のスピード処分 押し切った神戸市教委 (2019年11月3日付け朝日新聞配信)

https://digital.asahi.com/articles/ASMC155GMMC1PIHB01Q.html?_requesturl=articles%2FASMC155GMMC1PIHB01Q.html&pn=5

この記事に対して思うことはいろいろあるのですが、思いつくままに書いていきますね。

(1)前にも書きましたが(市長の方針が出た段階で…)、そもそも、市教委に新たにおかれた改革特命担当課長、首長部局の教育行政支援課長って、何をする人なんでしょうかね? 「市長のお使い」でしょうか? それとも「市長のメッセンジャー」なのでしょうか? だいたい、このたびの教員間いじめの問題に関して、今の市教委や学校現場の抱えている諸課題がわかっていない段階で、何を「特命」で改革させるのか? あるいは「教育行政を支援する」という美しい言葉で語っていながら、実態は「市長による市教委への監視」を強めているだけなのではないか? そういう疑念のぬぐえない人事ですね。それに…。急に異動でこのポストにすえられた神戸市の行政職の方も、戸惑いばかりでたいへんかと思います。まずは神戸市議会+マスコミのみなさん、そして神戸市民のみなさん、ここ、ぜひとも突っ込んでください。あまりにも拙速な対応だと思いますので。「評判リスク管理」のひとつとして、「改革やってるふり」もしくは「改革やってるふり(カゲでもっとたちの悪いことをする=惨事便乗型改革)」として、この人事をやっているような印象です。

(2)朝日新聞のこの記事にも、先日書いた「評判リスク管理」の対応と、それの失敗・問題点を指摘するコメントがでていますね。以下、引用しておきます。「まったくおっしゃるとおり」ですので、今後も神戸の市議さんたち、マスコミの人たち、そして神戸市民のみなさん、どんどん市長や市教委上層部の対応に突っ込みを入れてください。

<引用部分開始>

今回のスピード処分は、世論を背景に市教委改革への関わりを強めたい市長と、市民の怒りを早く収めたい市教委の思惑が合致した結果ともいえる。だが、条例改正に賛成した市議にも「第三者としての見識を期待されている審査会への批判はやりすぎだ」と市長の姿勢を危ぶむ声がある。

改正条例と憲法との整合性に疑問を示す意見もある。鹿児島大の渡辺弘・准教授(憲法学・法教育論)は朝日新聞の取材に「改正条例は、事後に作ったルールでそれ以前の行為を理由に不利益を課すことを禁じた憲法の趣旨に触れる可能性がある」と指摘。恣意(しい)的な運用を防ぐ措置も不十分だとして、条例を再検討すべきだとの考えを示した。

<以上、引用おわり>

(3)あわせて、この記事には、分限懲戒審査会の議論の「要旨」が掲載されています。この「要旨」についても、きわめて重要な指摘がなされていますので、以下のとおり引用します。これを読むとわかるとおり、実は審査会にいる弁護士らの判断では、今まで判明している事実経過などからすると、刑事事件として起訴される恐れが「低い」教員も、この加害教員側にはいるとのことですね。また、正確な事実認定や厳格な判断・解釈をふまえて、分限休職の要件にあたるかどうかが今回改正された条例で判断できるのであれば、「もういっそ、懲戒処分をするべきだ」という考え方も「一理あり」ですね。

<引用部分開始>

(加害側4教諭の行為が)今回の市条例改正で追加された分限休職の要件にあたるかどうかの判断は、職員に重大な不利益を及ぼすものなので、正確な事実認定と厳格な判断・解釈が必要とされるであろう。

 本来、そのような判断は懲戒処分においてなされるべきで、そうした判断ができるのなら、それはもはや休職を命じるよりは、懲戒処分として停職や免職を命じるべきものであろう。

 本件は厳格な解釈・判断が求められる一方、確定的判断をする懲戒処分の前にしなければならないというジレンマを内包している。

 現段階での調査資料による限り、(加害側4教諭の行為は)重大な非違行為とはいえ、4人の間にも行為に軽重があって一律には論じられない。刑事処罰の動きにしても、被害届が出されて警察の捜査が始まった段階であり、事案の性質上、起訴される蓋然性(がいぜんせい)が高いとはいえない。また、一部の教諭はその蓋然性が非常に低いと思われる。

 従って、当審査会としては、本件について改正条例を適用することは不相当と考える。第三者委員会の報告が出た後、速やかに懲戒処分をされるべきだ。

<引用部分終了>

この(1)~(3)のコメントでもお分かりいただけるとおり、私がこれまでこのブログで「神戸市長や市教委上層部の対応はおかしい」と言い続けてきたことは、あながち、誤りではなかった…(というか、むしろ法的な議論としても『正論』だ)ということになりますね。

なので「加害教員のやったことにはそれ相応の処分は今後、行われるとしても…。そのことに便乗して市長や市教委上層部がこの約1か月近くのあいだやってきたことにも、やはり、それ相応の問題がある。したがって、これから各方面から批判されて、対応の誤りを認めて是正すべきなのは、神戸市長と市教委上層部の側である」ということ。そのことを再度、ここで述べておきたいと思います。




 


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