できることを、できる人が、できるかたちで

京都精華大学人文学部・住友剛のブログ。
関西圏に関することを中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

ある子どものアート系イベントに参加して思うこと

2008-03-31 10:55:10 | アート・文化

もうひとつの日記帳ブログには詳しく書きましたが、昨日、神戸市の「原田の森ギャラリー」をメイン会場として開催された「ゆめのはこ2008」という、子どもたちのアート活動を中心としたイベントに、娘を連れて参加してきました。

ちなみに、このイベントは、3月27日~30日の4日間行なわれていました。私の本業との兼ね合いで最終日・30日午後のみの参加、メイン会場だけに行くことになったのですが、雨の日にもかかわらず、大勢の人がギャラリーに集まっていました。

さて、このイベントは、子どものアート活動などに取組むある民間団体が中心になって実行委員会をつくり、行政や別のNPO、近隣の大学・短大、高校、企業、地元商店街などがさまざまな形で後援・協力するという形で運営されています。また、主な内容は、子どもの絵や造形作品の展示、おもちゃづくり、泥だんごづくり、クレイアニメ制作などのワークショップ、合唱やダンスなどの発表会といったことでしょうか。さらに、もとは美術館だった原田の森ギャラリーの施設内だけでなく、近隣の商店街・市場などにも子どもたちの作品を展示するとか、逆に近隣の商店街からカフェの出店があるとか、メイン会場と近隣商店街などをまわる「スタンプラリー」で何かプレゼントをもらえるようにするなど、子どものアート展示が近隣地域の活性化にもつながるような取り組みも行なわれています。

実際のイベント開催に向けての準備作業や、子どももおとなもいっしょに楽しめる活動の内容なども重要ですが、たとえば、公共施設の有効活用、近隣地域や行政・企業などとNPOとの連携のあり方など、いろんな意味で、このイベントの企画・運営のあり方からは、私たちが学ぶべきことが多々あるように思います。

特に、大阪市内の旧青少年会館、旧児童館や、人権文化センター、廃校にした小学校などを積極的に活用して、子どもに関する活動やアート関係の活動にとりくむ民間団体が呼びかけ人になって、こうしたイベントを市内各地で、くり返し実施していくというのは、なかなか面白いのではないでしょうか。NPOと行政が協力できるような運営形態を工夫して、子どもたちが身近な生活の場でアートなどの「文化」に触れる事業に取組むというのは、子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)第31条にいう「休息・余暇、遊び、文化的・芸術的生活への参加」の権利保障という面から見ても、とても意味あることかと思います。

それこそ、大阪市役所側が「創造都市戦略」なるものをかかげて、「文化」が都市を活性化するという視点から、「官民協働のまちづくり」ということを言うのであれば、私たちがこの「ゆめのはこ2008」のような取り組みから学ぶことは多々あるはずです。そして、こうした取組みに対する行政の支援には、それほどの公的資金も手間もかからないはずです。

「裏金問題」とか、過去の負の問題の対応に大阪市役所は追われていますし、市議会もその手の話題中心にまわっているようですが、市役所側も議会側も、もっとこうした「本当に市民生活が豊かになるという実感が得られるような、そんな施策」を、子ども・青少年に関する施策、文化振興や社会教育・生涯学習にかかわる施策などの領域から打ち出してほしいものです。

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シンポジウム「21世紀の博物館と考古学―文化政策の視点から―」案内

2008-03-27 16:32:43 | アート・文化

「1.pdf」をダウンロード

今回はあるイベントの案内です。私の知人から送られてきたものです。

大阪府の橋下知事が就任後すぐに打ち出した府の文化施設等の縮小・整理の問題に関して、特に博物館、文化財のこと、地方自治体の文化政策などに関心のある人々、研究者などが企画したシンポジウムです。

おそらく、橋下知事が打ち出した方針に対して、地方自治体の文化政策などの観点から見て、「それは何か、方向性がちがうのではないか?」と、異論・反論がいろいろ出てくるイベントになるかと思います。

とても興味深いイベントになるかと思いますので、みなさんにもお知らせします。

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更新がしばらく途切れ、申し訳ないです。

2008-03-23 19:57:57 | 学問

3月12日に前の記事を書いて以来、もう10日以上、更新が途切れてしまいました。いろいろご心配をおかけして、申し訳ないです。なお、この間、何をしていたかについては、もう一つの「日記帳」ブログのほうを参照していただければ幸いです。

さて、大阪市立青少年会館の条例廃止・事業「解体」から、もうすぐ1年がたとうとしています。ちょうど去年の今頃、条例廃止・事業「解体」の前に、顔見知りの青少年会館職員やそこで活動中の人々などに会いたくて、また、どうしても最後に事業をやっていて、子どもたちが通っている状態の青少年会館全館を見たくて、地下鉄や市バスを乗り継いで、12館すべてをまわりました。

また、各館をまわりながら、顔見知りの職員や活動中の人々、子どもの姿などを見るたびに、「この人たちが4月から、どうなってしまうのだろう?」という思いを抱きました。それとともに、「条例廃止・事業『解体』後も、ここが市民利用施設として暫定管理になり、引き続き、今までの利用者が自主サークルなどの形で活動に取組むのであれば、その活動を支援する取り組みが必要ではないか?」ということを感じました。

あれから1年。私自身が本業との兼ね合いのなかでかなりくたびれた面もあって、みなさんに十分なことはできていなくて申し訳ないのですが、今もなお、去年の今頃に抱いた私の思いは、変わっていません。

また、あのときに私が抱いた思いをいっしょに受けとめ、これから条例廃止後の各地区の学習・文化活動、自主サークル活動などをどうすればいいかについて、私といっしょに考えてくださる方々が、この間、何人か見つかりました。こうした「なかま」のみなさんと、去年6月からある研究プロジェクトを開始して、青少年会館条例廃止・事業「解体」後の各地区の青少年活動の現状把握と、これからの取組みについて考える試みを開始しました。

もちろん、このプロジェクトのとりくみも、まだはじまったばっかりで、各地区の状況を把握する中で次々に出てくる課題の整理や、今後の議論の方向性の検討などに終われて、そこから何か新たな展望が作っていけるというようなところにまでは至っていません。

でも、こうした地道な議論の積み重ね、現状把握と課題の整理を繰り返す作業のなかで、きっといつか、「これからは各地区で、こういう学習・文化活動、自主サークル活動などを、こんな青少年施策や社会教育・生涯学習施策の枠組みのもとで、こんな形で展開していけばいいのだ」という展望が、私たちなりにつかめるのではないかとも思っています。

いつもモタモタ、ヨタヨタして、なかなか先に進まない面もありますが、今後とも、どうぞご支援のほど、よろしくお願いいたします。

また、どういう方法になるかは別として、2008年度中にぜひもう一度、大阪市内の旧青少年会館全館をまわってみたいです。どこまで時間と労力が割けるかわかりませんが、2008年度に何か、大阪市内各地区で旧青少年会館を使った取り組みをするとき、私も関われそうなことであれば、ぜひ、関わってみたいです。そんなことを考えておられる自主サークル、学習会、NPOなどがあれば、教えてくださいね。

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「教育長改革マニフェスト」から

2008-03-12 12:38:36 | 新たな検討課題

今朝、久々に大阪市のホームページを見ていたら、教育委員会のページに「教育長改革マニフェスト」の平成20(2008)年度案が出ていました。そのなかの27ページに、もと青少年会館について、次のような記述がありました。

【具体的取組み】
(もと青少年会館)
・青少年会館については、「地対財特法期限後の関連事業等の総点検調査結果に基づく事業等の見直し等について(方針)」(平成18 年11 月29 日)
にもとづき、青少年会館条例を平成18 年度末をもって廃止し、派遣職員をひきあげた。
・「体育施設」「その他施設(諸室)」を、本市事業の実施場所や市民グループの自主的な活動場所として供用する。ただし、平成20 年度は一部施設(別棟等)については供用停止するとともに、利用状況等を精査し、必要に応じて供用範囲の縮小等も行う。
《スケジュール》
・平成18 年度の「方針」にもとづき、19 年度より実施していく。
・平成20 年秋頃までに、次の対応を行う。①平成20 年度に結論を出す人権文化センターのあり方と連携できるよう、今後の方向性を出す。
②1 グランドについては、スポーツ施設としての活用について引続き検討し、結論を得る。

ちなみに、この項目は、「マネジメント改革」のうちの「Ⅱ 資産の流動化」という大項目中、「2 施設活用の見直し」という課題のなかに入っています。

ひとまず、この件、お知らせしておきます。

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「過去」をふりかえる作業の大事さ

2008-03-10 16:57:16 | 学問

またしばらく更新が途切れました。ほんとうはこの春休み期間中、毎日でも更新しようかと思ってました。でも、今後もたぶん、こんな調子になると思うので、あまり「毎日書かねばならない・・・・」ということにこだわるのは、やめておこうと思います。

今、一応、本業の大学での仕事は春休みだといえども、新学期まで授業をしないだけで、いろんな研究面での仕事が多々あるのと、学内業務もいろいろあるので、そっちへの対応にいろいろ追われています。となると、なかなかブログ更新にまでエネルギーがまわせないような、そんな状態にあります。いろいろ、このブログからの情報発信に期待されている方もいるのかと思いますが、事情をお察しください。たいへん、申し訳なく思っています。

ただそれでも、このところ思っているのは、こんなことです。

ここ1~2年、ある研究団体の例会で、過去の部落解放教育(同和教育)の実践記録、あるいは実践論の文献を読む作業をしています。時期的には、主に1960年代末頃~70年代初めの文献です。

こういった文献を毎回1冊ずつ、あるいは2~3回かけて1冊とりあげ、中身を検討していきます。具体的には、20代の現役大学生・大学院生と、私たちの世代の研究者、私たちよりもう少し年長の研究者・現場の教員、保育士などと、隔月~3ヶ月に1回くらい集まって、レジュメを誰かが作ってきて内容紹介してもらい、ていねいに議論をしていくのです。

その一方で、上の例会メンバーは参加者はほとんど重なっているのですが、いまのいわゆる人権教育関係の入門書や理論書を、同じように隔月~3ヶ月に1回くらいのペースで取り上げ、内容を検討する研究会もやっています。

このような作業をしていくと、おのずから、私などのように両方に参加していると、「1960~70年代の部落解放教育(同和教育)の実践論のなかから、最近の人権教育論は何を引き継ぎ、何を脇に置いたのか?」ということが、だんだん、見えてくるように感じています。また、20代のメンバーにしてみると、「過去の議論や実践の延長線上にいまがある」ということも、続けて参加するなかで、少しずつ見えてくるようになります。そして、「いま、Aみたいなことが論じられてるけど、昔、そのAについてはBのような位置付け方がされていたはず。いつ頃から、なぜBのような位置付けになったのか?」というような見方が、20代のメンバーにもできるようになってきます。

その一方で、私らの世代よりも年長の研究者や現場での実践者も、20代のメンバーにいろいろ語りながら気づくことがあります。たとえば、「あれ? この最近の文献って、どうして60年代や70年代のCの話に触れないのかな?」とか、「過去のDの話をいまの若い世代に理解してもらうためには、たとえばEやFの話までしないと伝わらないんだなぁ・・・・」ということだとか。

そういう作業のなかで気づいたのは、やはり、たとえば部落解放教育(同和教育)のこの何十年かの歴史の検証、つまり「過去のふりかえり作業」の重要性です。その作業のなかで、私もまだ30代なのですが、私よりももっと若い世代に、過去の取り組みのなかの何を成果として伝え、課題として何を指摘することができるのか。逆に若い世代の側からも、過去の取組みから何を今後に活かすべきものとして受け継ぎ、何を「相続してはならない負の遺産」として整理するのか。こういったことができるのではないかと思っています。

いまはまだ、具体的な作業の成果をここで明らかにするつもりはありませんし、今後もこのブログで書くかどうかわかりません。ですが、こうした地道に古い文献を読み、過去と向き合う作業は、何らかの形で継続していきたいな、と思います。

ちなみに、こうした作業は「古本屋めぐり」や「古い文献集め」にかかる経費くらいはかかりますが、あとはみんなで定期的に集まる場所と時間さえ確保でき、誰かが地道にこつこつとメンバーをつなぐ努力さえすれば、わりと、簡単にできます。

ただ、むずかしいのは、「誰かが地道にこつこつとメンバーをつなぐ努力」の部分ですね。これをやりつづけるのが、けっこう、たいへんです。そのためにも、「できるだけ組織や集まりを大きくすることを意識せず、最初は4~5人くらい、場合によれば3人くらいからはじめるようにする」ことと、「毎回の例会に出てこなくても、その例会案内の手紙やメールを送って、読んでくれているだけでも集まりに関わってくれていると思うこと」、「しんどいときには手伝って~とか、交代して~とか言える仲間を作る」ということ、「どうしても忙しいときは、ちょっと休憩の時期をおくのもアリにする」ということですかね。

そして、「あんまりこうした作業は、金銭的にも労力的にも持ち出しばかりで、自分の得にはなかなかならない。だけど、一銭の得にもならないところで磨かれるものが、別のところで私たちを豊かにする」と思えるかどうか。ここも、かなり大事なことかなぁ、って思いますね。

まぁ、私たちといっしょに、古い部落解放教育(同和教育)関係の文献を読み、そのなかで、これからのあり方を考えたいと思う人は、一度、連絡をください。

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昨日の話の続き

2008-03-03 19:36:13 | インポート

今日は、NPO専従スタッフの雇用形態に触れた、昨日の話の続きです。

昨日も書いたとおり、これから地方自治体行政当局が「財政難」などを理由に、人件費削減等のねらいで、正規雇用された公務員を非正規雇用の職員に置き換えたり、あるいは、その業務をNPOなどに委託するということがでてくると思います。

でも、昨日も触れたとおり、NPOの専従スタッフの雇用形態というのは、きわめて不安定。たとえば、そのNPO団体がきちんとした財源を持つのであればまだしも、行政当局からの事業委託とか、助成金の獲得とかに依存した運営をしているのであれば、その団体の専従スタッフについては、「カネ(事業)の切れ目が縁の切れ目」というようなケースと思います。また、「3年契約での事業委託」ということになれば、当然、「3年たったら専従スタッフも不要」という話がそのNPOのなかで出てくるかもしれません。

NPOの専従スタッフについて、似たような活動をしている団体の間で、それこそ「渡り職人」のように自らの腕と知恵を必要とするところへ移り歩くような、そんな人の交流が行われていれば、ある団体で切られたとしても別の団体で採用されるということもあるので、またちがうのでしょう。でも、少なくとも私の身近なところでは、NPO専従スタッフの間でそういう「渡り歩き」ができているという話は、まだ聴いたことがありません。

個人的には、たとえばこうした行政からの事業委託を請け負うNPO間で、専従スタッフの交流を促進して、ある人がある団体で経験したことが別の団体で活かされるとともに、雇用もそれなりに継続していくことができるような、そんなシステムをつくることができればいいのではないか。そうすることで、「カネ(事業)の切れ目が縁の切れ目」ということで、NPO専従スタッフの生活が脅かされることが、多少は緩和されるのではないかな、と思っています。

と同時に、行政当局が事業委託費を大幅にケチって、専従スタッフなどがとても生活していけないような形でNPOに仕事を任せようとするときに、こうした「渡り職人」的にNPO間を異動している専従スタッフが核となって、NPOがお互いに連携しあいながら「そういう委託のしかたはおかしいだろ!」と声を挙げていくことができれば・・・・、とも思うのですが。

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NPO専従スタッフの雇用形態は?

2008-03-02 13:39:04 | 国際・政治

ある施設で同じ仕事をするのに、正規雇用者だと年間ひとり1000万円の費用がかかり、非正規雇用者だと年間ひとり300万円で済むとする。このため、コスト削減が必要だと考えた雇用者側は、年間1000万円かかる正規雇用者ひとりのクビをきり、300万円で済む非正規雇用者ひとりに置き換えようとするか、あるいは、その300万円程度の費用でその仕事を請け負ってくれるNPOなど民間団体に業務を委託する・・・・。

これが今、大阪府の橋下新知事が府下のいくつかの公的施設において行おうとしているリストラ策を、端的に示す図式である。いや、大阪府政に限らず、大阪市もそうだし、府下の各自治体だけでなく、たぶん全国の地方自治体で同様のケースは生じてきていると思う。

でも、ここで立ち止まって考えてみたいのは、「人件費が年間300万円程度で済むなら、安くついてええやないか」と思い勝ちな、この構図である。

そもそも「年間300万円」と簡単に言うが、この金額でひとりの非正規雇用者を雇うとしたら、はたして、「ひとりのおとながこの社会で生活していくうえで、本当に十分な金額なのか?」ということである。ましてや、その金額を5等分して、非正規雇用者を5人雇ったとしたら、ますます、その思いは強くなる。

「年収300万円」というのを、単純に12ヶ月分の給与と年間3か月分のボーナスと考えたら、月あたりにするとだいたい、20万円くらいになる。これに一応、雇用保険や健康保険、年金等をかけていくとなると、実質手取り額は「17万円前後かな?」という気がする。しかも、非正規雇用者であるから、この契約ですら、1年単位で切り替えられることにもなるし、より財政状況が悪くなれば、その金額が減額されることもあるだろう。

とすれば、「カネのかかる公的施設の仕事を、安上がりに済む民間へ」とか、「公務員にはカネがかかるから、安くてよく働く非正規労働者へ」とか、「NPOなどへの民間委託を推進」ということを安易に容認していると、気づけば「低賃金で不安定な雇用形態」のまま働き続けるという人たちを、次々に増やしていくことになるのではないだろうか。

そして、私はいつも、身近にいるNPO専従職員の人たちの働きぶりと、そのもらってる給料の額や雇用形態の不安定さとを比べてみると、「これはあまりにも安すぎるのでは、あまりにも不安定では・・・・?」といつも思う。そのNPO専従職員の状態を改善する必要性は感じても、そのよくない民間の状態に依拠して、「この際、安上がりに行政サービスを調達しよう」という発想には、やはり、私はなじめないものを抱いてしまう。「官から民へ」もいいのだが、「民の安上がりさの内実」という、こっちのほうを議論する必要がもっとあるのではないだろうか、と思うのである。

「公務員の世界に比べて、民間は安上がりだ」という観点から、安定した地位を持ち、高い給料をもらっている人たちの労働のあり方に一石を投じる必要は、たしかにある。だが、そのときに、私たちはその「民間は安上がり」の裏に何があるのかまで含めて考えていかないと、後々、自分たちで自分たちのクビをしめることにもなりかねない。そう思うのだが。

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