できることを、できる人が、できるかたちで

京都精華大学人文学部・住友剛のブログ。
関西圏に関することを中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

昨日の全国大学人権教育交流会、無事におわりました。

2018-01-29 21:10:54 | 受験・学校

おかげさまで昨日、無事に全国大学人権教育交流会での講演?報告?終了しました。

大学院生時代の後輩や定時制高校非常勤講師やっていた頃にいっしょに仕事した人等々、もう20年近くおつきあいしている方から、つい最近であった方、初めて会う方までいるような場で、「人権教育の課題としての学校事故・事件」なんてテーマで話をすることになったもので・・・。

「やっぱり、これしかない」と思い、大学院生時代から今に至るまでの25年近い自分の歩みを、その時々の悩みや迷い、葛藤も含めて、きちっと語りました。

この25年近い自分の歩みのなかには当然、川西市子どもの人権オンブズパーソンで初めて中学校熱中症死亡事故の調査・検証作業や再発防止策づくりなどにかかわった話や、その後の「全国学校事故・事件を語る会」での自分の動き、文科省の「学校事故対応に関する調査研究」有識者会議でのこと等々、いろんな「学校事故・事件」に関する諸課題が含まれています。

でもまあ、「最初から学校事故・事件に関する研究や、子どもの権利条約に関する取り組みをする気で大学院に行ったわけではない」ということも、きっちりと話しているんですけどね、今回も。(ただ、別のことを一生懸命、必要に迫られてやっていたことが、全部、子どものオンブズの仕事以来、学校事故・事件研究につながってきている・・・ということもあるわけですが)

そして、その上であらためて、大学の通常業務をこなしつつ、いろんな方面から学校事故・事件に関する諸課題に対応するということの「しんどさ」とか。誰かに自分がいま、ひきうけている役回りを委ねたいと思っても、任せられそうな人がなかなか見当たらないという「苦しさ」とか。

あるいは、それが訴訟の意見書であれ、調査委員会の報告書であれ、教育学の研究者であり、一時期は現場教員や部活指導者のはしくれであった自分が、自分の「仲間」であってもおかしくないある教員の教育実践に対して、調査・検証の結果をふまえて、それでもなお「これからの子どものこと、学校のこと等々を考えて「ダメ」宣告をしなければいけない」ということの「重み」。また、その「重み」に十分に向き合い、自分の判断を支えるだけの研究者・専門職としての責任や倫理観、思想・哲学の大事さ等々。そういうことも率直に語りました。

他にも、質疑応答の場面では、たとえば重大事故・事件事例によく見られる「教員の子ども理解のズレ、子どもの課題への目のつけどころや子どもとのやりとりズレの問題」だとか。「亡くなった子どもの最後の願いを聴き取る」調査・検証作業とか。ひたすらメモをとりながら、遺族・家族の語りのなかに含まれる事実と深い傷つき感の両方を、自分自身が「とにかく論評や分析抜きに、いったん自分自身のからだでまるごとひきうける」ような聴き方をすることの持つ意味とか。「比較的問題なく今はうまくいっている学校現場」の事もある程度まで知っておかないと、「重大事故・事件が起きた学校現場」との違いを質的に比較・検討できないのではないか・・・。そんなことも今日は話をしました。

まあ、結論から言えば、「このような子どもの学校事故・事件の調査・検証作業を担えるだけの専門性ってなんなのだ? その専門性を裏打ちする子ども観や、研究者・専門職の思想や哲学、倫理観ってなんなのだ?」という話を、最終的に「今の自分の直面している人文学的な問い」みたいなかたちで出したわけですけどね。
しっかしまぁ、こういう人文学的な問いを含めて、学校事故・事件をめぐるいろんな課題にに「気づいてしまった」「見てしまった」者の「責任」として、「すぐに答えは出せなくても、とにかく、いまは抱えて続けていくしかない」ということはありますねえ。でも、その「抱え続けていくしかない」ことを、自分の心身がいつまで許してくれるのでしょうか・・・。そんなことも、今日はあらためて感じました。

そして、「いつになったらアニメ評論家として自分は暮らして行けるようになるんだろう・・・?」という、いつもの話もしておきました。

ということで、一応、昨日の研究会のお話、まとめておきますね。

あ、そうそう。昨日の研究会にも宮脇勝哉さんが来られていて、フロアから「まだ2000年の川西オンブズの勧告・意見表明とこの添付文書を越えるレベルものを見たことがない」と言っておられました。

そんなわけで、一日も早く、当時の川西オンブズが中学校部活動中の熱中症死亡事故に対して出した文書以上のものがでるような、そんな調査委員会の取り組みができることを願っています。それができたとき、はじめて私、アニメ評論家の道にすすめるのではないかと・・・。


今日(1月28日)のプリキュアの話です=来週から新シリーズになりますね(笑)

2018-01-28 09:46:46 | プリキュア話

おはようございます。

今日は「キラキラプリキュアアラモード」の最終回。

来週からは「HUGっとプリキュア」が新シリーズとしてはじまります。

なので「キラキラプリキュアアラモード」としての最終回としての物語を成立させつつ、来週からの新シリーズの予告をするという「匠の技」を、東映アニメーションが見せてくれました(笑)

ということで、いつものとおり今回のストーリー展開をふりかえりますと・・・。

まずは、物語の舞台を1年先に進めます。中学3年生で進路を決める時期にさしかかったいちか(キュアホイップ)を中心に、いよいよ自分たちのやってきたキラキラパティスリー(キラパティ)を閉じる日で、「みんなもう一度、キラパティに集まろう」という流れで話がすすみます。というのも・・・。

あきら(キュアショコラ)は医大が、ひまり(キュアカスタード)は食品科学の専攻がある高校への進学が決まります。あおい(キュアジェラート)は音楽の道でだんだん名前が売れて来ていますし、シエル(キュアパルフェ)は弟・リオとともにスイーツのコンテストで連続優勝。こんな感じで、次々に仲間たちの進路が決まっていくわけですね。なので、みんなでキラパティを続けるのがむずかしくなった、ということです。

その一方、いちかは自分の進路をどうするかで迷います。自分がいなくなったらキラパティはどうなるのか。でも、たたかい続けたかつての敵・エリシオが去り際に言ったひとこと、「みんなが笑顔でつながる世界ができるものなら、見てみたい」ということも忘れられない。自分の母が医師として発展途上国を回り、大勢の人たちを笑顔にしている姿にもかっこよさを感じる。だから、こっそり諸外国の旅行のパンフレットを集めていたりする・・・。

そんななか、留学していたゆかり(キュアマカロン)が、キラパティにもどってきます。しかもキラパティに行く道に迷っていた女の子を連れて。また、この女の子は「はぐたん」という赤ちゃんを背負ってやってくるわけですね。

はい、もうお気づきかと思いますが、この子が次の「HUGっとプリキュア」のひとり、はなちゃん(キュアエール)です。その赤ちゃん・はぐたんのために、プリキュアたちはキラパティで、赤ちゃん向けのスイーツをつくります。それを食べてごきげんになるはぐたんとはなちゃん。

スイーツを食べたはなちゃんとはぐたんが去ったあと、あらためていちかがキラパティに貼りつけたみんなの写真を確認しながら、いちかの進路のことが話題になります。そこで正直に、いちかはキラパティを続けたいという思いと、「世界を回ってみんなを笑顔にしたい」という思いの両方があって迷っていることを泣きながら語ります。それを聴いた妖精キラリンは、「自分がまだひとりでスイーツをつくれないから、いちかはほんとうにやりたいことができないんだ・・・」と。

一方、帰り道のはなちゃん&はぐたんを、怪物が襲います。その怪物はどうやら、スイーツの妖精たちの暮らすいちご山の長老のからだの部分の様子。この間、長老のこころは常にプリキュアたちのそばにありました。
その怪物をおとなしくさせて、長老のこころとからだをひとつにしよう・・・と、変身したプリキュアたちが動くわけですが、でも、簡単にはおとなしくなりません。「自分ががんばらなくちゃ」とキュアホイップは思うわけですが、そこにペコリンが自分もプリキュア(キュアペコリン)に変身し、妖精の仲間をつれて現れます。まあ、これでキュアエールの姿、初披露ですね。

キュアペコリンと妖精たちは巨大なドーナツをつくって、それで長老のからだをしばり、こころと重ね合わせようとします。ですが、長老のからだが持っていた巨大な傘でキュアペコリンたちが逆につつまれてしまいます。そこに助っ人として登場したのが、キュアエール。キュアエールの一撃で傘のなかからでたキュアペコリンたちは、長老のからだをドーナツでしばることに成功します。そして、もう一度長老のからだとこころをひとつに重ね合わせて・・・。

まあ、こんな感じで、長老とペコリン、妖精たちが「もう大丈夫。自分たちにキラパティを任せてくれたらいい。だから、いちかは世界中をまわりたいという自分の夢をかなえて!」という形で、この日は終わります。
そして「あのとき、自分たちを助けてくれた子って誰? また会えるかな?」といういちかのセリフもここで出しておいて、次週以降の新シリーズ「HUGっとプリキュア」につなげるわけですね。なにしろ今週からすでに、キュアエールやはぐたん関連のグッズのCMをバンバン流し始めましたしねえ。
それで、ここからが「すごいな~」と思ったことですが。

なんとまぁ「数年後」ということで、「おとなになったプリキュアたち」を今年も東映アニメーション、描いてくれてるんですわ。医学の勉強をしているあきら、巨大プリンづくりの実験をしているひまり、ライブで勢いよく歌っているあおい、どこか海外のまちを旅しているようなゆかり、スイーツのコンテストに出場しているようなシエル&リオ。そして、どこか遠い国の子どもたちにスイーツをつくっているいちか・・・。(あ、そうそう。あえて、いちかの母を発展途上国で活動する医師にしたり、あきらの進路も医師、ひまりを食品科学の研究等々「リケジョ」や「海外で活動する女性」を登場させているのも、このキラキラプリキュアアラモードの特徴かな? あと「タカラヅカ男役風のプリキュア・キュアショコラ」がいることも・・・)

「あのとき(プリキュアだったとき)のことは一瞬だったように思うけど、あのときがあったから、今の(おとなになった)自分がある」

そういう終わり方を描いているところが、「ええなぁ」って思いました。

前作の「魔法つかいプリキュア」の「おとなになったプリキュア」の再会シーンは涙なしには見られないものでしたが(なにしろ、大学生になっていろんな国のことを勉強しているみらい=キュアミラクルが満月の夜、「もう一度、みんなに会いたい」と涙していると、そこへ魔法学校の教師になったリコ=キュアマジカルが、カタツムリニアにのってやってくる。遅れては~ちゃん=キュアフェリーチェも登場する。は~ちゃんなんて遠い宇宙から魔法界と人間界を見守る存在になるって設定だったのに・・・)。

今回の「キラキラプリキュアアラモード」の終わり方は、静かだけど、でも「ああ、きっちりとこの子たち、プリキュアの頃に自分らしい道を見つけて、そのあとも生きてきたんだなあ・・・」と、じんわりとなにかくる終わり方でしたね。

ということで、いつもながら「東映アニメーション、すごいな~」って思いました、はい。


今日(1月21日)のプリキュアの話です。

2018-01-21 09:55:16 | プリキュア話

おはようございます。今日も日曜日、いつもどおりキラキラプリキュアアラモードの話を書いておきます。

まあ、物語的には実質、今日が1年間の「総まとめ回」のようなもの。来週もう1回ありますが、それは私の読みでは2月からスタートする新シリーズ「HUGっとプリキュア」への接続を意識したり、この1年間のプリキュアたちの成長ぶりの「総まとめ」をする話になるでしょうね。

さて、今月に入ってからプリキュアたちと敵・エリシオ(ノワールの創り出した分身)の最終決戦の様子が毎回の話の軸になっています。今回はいよいよ、このエリシオとプリキュアたちの対決に決着がつきます。その決着のつけ方が、またまたプリキュアらしいなぁ・・・というところでしょうか。

まず、今回のセリフからふりかえっていきますと、エリシオはこの世の中から「大好き」という感情を消し去れば、その裏返しとしての「憎い」「嫌い」等々の感情もなくなる。そうすればこの世の中からすべての争いが消え、平和な世界がやってくる。そう考えて、この間、ノワールは人々の喜びや大好きな感情の源・キラキラルを消し続けてきました。

また、今回のエリシオの戦っている姿が象徴的で、古のプリキュア・ルミエルの姿が左半身、右半身がそのルミエルとたたかってきたノワールの姿になっています。自分がなにもない、「無」であるからこそ、喜びや大好きという感情も、嫌い・憎いといった感情も、両方をのみこんでしまうことができる。そのことを象徴するのがエリシオの姿ですね。

一方、今回もプリキュアたちはエリシオに「そんなことさせない」と強く願い、先週からプリキュアになった妖精ペコリンと力をあわせて、いったんはエリシオを宇宙空間にまで退け、人々のキラキラルを取り戻します。

ところがエリシオは宇宙空間に出たあと、プリキュアたちも含めて地球全体をのみこんでしまいます。そして、宇宙空間で自分の姿が朽ち果てるまでの時間さえたってしまえば、すべてが「無」になると言います。どうやらエリシオは、喜びも悲しみも含めた人々の感情をすべて自分が管理し、とにかく「なにもない」という時空間を創り出すことが「平和だ」と考えているようです。

なんかこのあたりでですねぇ・・・。人々の暮らしが隅々まで「人工知能(AI)に支配された世界」って、もしかしたらこのエリシオの目指す世界かもしれないなぁ・・・なんて、ふと、想像してしまいました。AI自体は誰かがプログラミングしたとおりに動いているわけで「無」なわけで、それが人々の喜びも悲しみも全部コントロールしてしまう恐れがあるわけですからねえ。

また、「ホストコンピュータ・メビウス」のプログラムにすべて人々の生活が支配された世界がパラレルワールドにあって、メビウスはさらに人間界をも支配しようとする・・・というのが、「フレッシュプリキュア」の物語。そのパラレルワールドからやってきたメビウスのしもべ・イースが、プリキュアたちとのつきあいでだんだんいろんな気持ちを取戻し、キュアパッション(=東せつな)として生まれ変わる・・・なんてストーリーもありましたね。

そうそう、前にも書きましたが、悲しい音楽を無くすためにすべての音を消そうとする怪物・ノイズなんていうのも、スイートプリキュアにはでてきました。

なので、この「喜びも悲しみも全部なくしちまえ。そうやってすべてが無になる世界を支配者がつくりだしちゃえばいいんだ~!」という発想は、プリキュアでは何度かでてきた物語の軸かと思います。

一方、こういう状況のなかで、エリシオにのみこまれたプリキュアたちは、長老の残してくれたキラキラルと、同じようにエリシオにのみこまれた人々(=そこにはプリキュアたちの家族や友達など、大切な人たちがいっぱい含まれています)のキラキラルを全部集めて、スイーツをつくります。それは巨大なケーキになるわけですが。

その巨大なケーキに集まったキラキラルの力をもう一度、エリシオのからだのなかからプリキュアたちがぶつけたとき、エリシオとプリキュアの対話がはじまります。「こんなことをしても無駄だ、あとは時間がたって朽ち果てるのを待つのみ」というエリシオに、「そんなことはない」というキュアホイップ。「喜びや大好きという感情があるから、その裏返しで人びとは争いあうのだ」というエリシオ・・・。

その対話のなかで、やがてキュアホイップは、エリシオの心のなかに、古のプリキュア・ルミエルが残したスイーツのキラキラルがあることに気付きます。そのキラキラルは、エリシオがほんとうのところでは人々の争いが嫌いで、平和な世界がほしいのだという願いを象徴するものですね。

そこでキュアホイップは、そのエリシオに残るキラキラルを、自分たちの作った巨大ケーキのなかに取り込みます。その上で、他のプリキュアたちといっしょに、その巨大ケーキにさまざまな動物たちの絵を描きこんで、地球全体をスイーツで包み込むような形にしてしまいます。
すると・・・。プリキュアたちはもとの世界、いちご坂の街に戻ってくる。でも、エリシオもいっしょに。そしてエリシオは、プリキュアたちが本当に喜びや大好きに満ち溢れた世界をつくるのなら、それを見届けたいものだと言って去っていきます。

この自分とたたかってきた敵自体も完全に消し去るのではなく、自分たちとつきあえる形にして共存していくという、そういうストーリーの終わり方もですね、プリキュア独特というのか・・・。これも、かつてノイズを小鳥のピーちゃんにしてプリキュアたちが飼ってしまったという、スイートプリキュアの終わり方を思い出しました。

最後のシーンは、実はプリキュアたちがもどってきたのは、1月7日の放送回で、ちょうどいちか=キュアホイップの誕生日祝いのパーティーをみんなでやろうといっていた場面。エリシオとの対決のことを知っているのは、プリキュアたちと、キュアパルフェの弟・妖精ピカリオ、敵から仲間になったビブリーと長老だけ。そして自分たちのパティスリーの扉を開けたら、いちかの大好きな人たちが待ち構えていて、「お誕生日おめでとう!」と言われて、はい、おわりって回でした。

まあしかし、こうやって物語の軸になることを追っていくと、プリキュアってほんとうに奥が深いなあって思いますねぇ。ただ単に毎年、かわいらしい女の子のキャラがでてきて、きゃぴきゃぴしたお話を1年間展開して、グッズ売って・・・というだけにとどまらない何かがありますね、ほんと。


今日(1月14日)のプリキュアの話です

2018-01-14 11:33:30 | プリキュア話

今シーズンの「キラキラプリキュアアラモード」も、今朝の分を入れて残り3回。

そうそう、2月からの新シリーズ「HUGっとプリキュア」の予告も今月からはじまりました。どうやらある日突然、赤ちゃん(きっと妖精さんでは?)をプリキュアたちが育てることになって…という物語のようです。この幼い妖精さん(場合によれば赤ちゃんの妖精さん)を育てていくプリキュアという展開って、これまでも何度かでてきたように思うのですが・・・(直近だと「魔法つかいプリキュア」のは~ちゃん(キュアフェリーチェ)がそうですし)。

さて、今日の「キラキラプリキュアアラモード」ですが、先週分で敵・エリシオがこの世の中からすべての感情を消して、灰色の世界をつくりあげたところからお話がスタートします。当然、プリキュアたちも、喜びも悲しみもすべての感情を失い、無表情になっています。服装も灰色ですし…。

そんななかで、妖精ペコリンと長老だけが、なぜか感情を保った状態でいる。それは先週、エリシオがすべての感情を消そうと攻撃してきたときに、いちか(キュアホイップ)がキラパティのなかにペコリンと長老をかくまったからです。

幸いにして感情を奪われなかったペコリンですが、灰色の服を着て無表情のプリキュアたちやいちご坂の町の人たちを見て愕然とします。そして、もう一度、スイーツを食べていたときのうれしい、楽しい気持ちを取り戻そうと思って、キラパティをつかってペコリンがドーナツをつくります。

そこへ、エリシオの手下・グレイブがネンドモンスターたちをつれて現れます。いちご坂の町にまだ残っている感情をすべて消し去り、灰色の町にするために、グレイブとネンドモンスターはすべての人をチェックし、感情を思い出させるモノをすべて焼却場に運んでいます。そのグレイブたちに、ペコリンも捕まってしまうわけですね。

でも、焼却場でいよいよドーナツが燃やされようとするとき、ペコリン自体がプリキュアに変身します。キュアペコリンの登場です。といっても幼児がプリキュアになったような状態なので、あんまり強くないわけですが。

ただ、そのキュアペコリン登場によって、いちご坂の町のなかにホイップクリームが飛び散ります。そのホイップクリームを見て、プリキュアたちが何かを思い出したように焼却場へ。その焼却場に集まったプリキュアたちは、ネンドモンスターとグレイブから必死になってドーナツを守ろうとしているキュアペコリンを見て、再び自分たちの記憶を取戻します。

その後、焼却場のゴミのなかからキラキラルとともに、自分たちの変身に必要なアニマルスイーツが現れて、プリキュア全員復活。プリキュア全員が復活したところに、再びエリシオが現れて・・・。ここで、今回は終わりですね。ということで、来週はラスボス・エリシオとプリキュアの対決でお話が展開されるってことになります。

しかしまあ、この「すべての感情のない、無表情の世界」というのは、プリキュアシリーズで何度も登場する話なのですが。たしかフレッシュプリキュアでも、キュアパッション(=もともとは敵だったイース)の生まれ育ったパラレルワールドは、ホストコンピューターのメビウスにすべて支配されて、人々に感情のない世界だったかと。あるいは、スイートプリキュアの敵・ノイズも、この世の中から悲しいメロディを消すためには「すべての音のない世界」をつくるといって、無音の空間=人が石のように固まっている空間をつくろうとしてきたわけですけど。

今回もグレイブとキュアペコリンとのやりとりのなかで確かでてきたかと思いますし、前回もエリシオとキュアホイップの会話であったかと思いますが・・・。喜びや楽しみ、何かが「大好き」っていうプラスの感情の裏返しに、悲しみや憎しみ、嫌いっていうマイナスの感情が出てくるとしたら、そのマイナスの感情を消すと、プラスの感情までいっしょに消え去ってしまう。どうやらプリキュアの物語は今回も、これまでも、そういう人間の感情のもっているふたつの部分、それをどのように両方とも肯定的に受け止めて、前向きに生きていきていく力に変えていけるのかということを主題にしているように思いますね。

ということで、次回のプリキュアでのエリシオVSプリキュアたちの会話が楽しみです。


「もう、このまま、ぐ~たらでええわ~」から十日ほど過ぎて

2018-01-13 20:54:39 | 私の「仲間」たちへ

今日はほんと、朝から寝てばっかりの一日なんですけど…。

でも鳴子温泉からもどって「も~このままぐ~たらでいいや~」宣言をして、今日でちょうど十日目(このブログにそのことを書いたのは先週土曜日ですが、鳴子温泉に行っていたのは1月2日~4日の2泊3日なので)。

ようやくなんだか気持ちもからだも穏やかに、落ち着いてきました。また、アタマも徐々にそれになじんでゆっくり回り始めてます。おかげさまで、またひとつ、つい先ほど「論文査読」の仕事が片付きました。

今は、こういうペースで暮らすことが大事なんやなぁって思います。

そんなわけで、当面は・・・。

(1)とにかく3月の今年度末までは、いま、引き受けている以上の仕事を入れない。とにかく、いったんは「お断り」をする。

(2)今引き受けている仕事については、期日が少々遅れるかもしれないけど、きっちりとひとつひとつ片づけていく。なので「遅れてしまうけど、ごめんなさい」「なにしろ今はゆっくりしかアタマが回らなくて」という話をていねいに伝えていく。

(3)少なくとも3月の今年度末までは、引き受けている仕事が終わってすき間ができたからといって、そこに新たな仕事を入れない。そこに仕事入れたら、せっかくできた余裕がなくなるので。

(4)ツイッターやフェイスブック等々、SNS上でのかかわりも、なるべくペースダウンする。いま、こんな状態なんだと知ってほしいので、こちらからSNS上で自分の日々の様子を伝えることはするけど、それ以上に、何か誰かに議論をふっかけたり、世の中に問題提起をしたり、ネット上でバトルするような話はなるべく控える。ここでエネルギーを消耗してはいけないんで。

(5)電子メールで連絡をとったり、お返事を書いたりするのも、できるだけ「気力体力に余裕がある時間帯」にする。平日の昼間(特に朝のうち)に対応するのがベターで、特に急ぎの用件でない限り、もう夜遅くなったら「あしたの返信でいいや」と考える。

(6)どうしても大事な用件で打ち合わせや議論等をしなければならない場合は、古典的かもしれないけど、待ち合わせ場所とお話できる時間等などを決めて、直接会う。なんかメールや電話、SNS上でやりとりするより、直接会ってその場で決めた方が早いなあってこともあると思うんで。

(7)家に居るとかえってダラダラと仕事してしまうくらいなら、いっそ荷物まとめて外へ出る。近所のカフェとか、そういう場で短時間、集中的に仕事をする。あるいはわざと遠出して、電車のなかで本を読むとか。資料や本を読むことを中心に、パソコンに向かう仕事でない限り、これがけっこう、はかどる。

(8)こうやって時間と気力体力、アタマの回転と気持ちに余裕がでてくるのを、3月の今年度末まで、じっくりと待つ。また、その余裕がでてきたら、そこを部屋にためこんだ本を読む時間にできるだけ充てていく。

というようなことを、さっきカフェで仕事したあと考えました。

こちらの勝手な都合ばかりで申し訳ないのですが、ご協力よろしくお願いします。


昨日(1月7日)のプリキュアの話です。

2018-01-08 10:56:14 | プリキュア話

昨日は朝から静岡県の沼津市まで日帰りででかけていたので、先ほど昨日のプリキュアを見ました。

いよいよ今年の「キラキラプリキュアアラモード」も残り4回(昨日の分を含む)。お子さまたちにとってはもう次の2月からスタートの新シリーズのほうが気になるところでしょうけど、大人向けの物語的にはこの4回がとっても大事。なにしろこの1年間の物語の「まとめ」が行われますので。

さて、今回はまず、1月7日がいちか(キュアホイップ)の誕生日ということで、プリキュアみんなでお祝いをしようということから話が始まります。発展途上国の村で医師として働くいちかの母も帰国して、みんなでお祝いのパーティーをやろうと。

また、この年末あたりから、ゆかり(キュアマカロン)は留学を、あおい(キュアジェラート)はバンド活動、ひまり(キュアカスタード)はスイーツづくりを科学的に研究すること、あきら(キュアショコラ)は医学部進学という風に、それぞれが「夢」を見つけ出し、一歩先に進もうとしています。

そんななかでいちかは「自分の夢ってなに?」とあらためて問うわけですが、なかなか答えが見つからず・・・。でも、帰国した母と武道家の父に「いいじゃないか。いま、楽しくスイーツづくりやってるなら」と言われて、なんかそれで納得します。

いちかたちが楽しく誕生日祝いのパーティーをやっているところへ、「世界を闇に染める」決意をしたノワールがやってきます。これまでプリキュアとたたかってきたエリシオは、ノワールの分身。100年前に古のプリキュア・ルミエルに倒された後、ノワールはエリシオを使って闇の力を蓄えてきました。ここへきてその分身・エリシオと一体化して、ノワール自らプリキュアたちを攻めてきたのです。そのノワールたちの攻撃によって、いちかの両親も、シエル(キュアパルフェ)の弟・ピカリオやその仲間・ビブリーも、そして町の人たちすべてが闇に染められてしまいます。

当然、許せないとばかりに、ノワールの猛攻撃にプリキュアたちが立ち向かうわけですが・・・。そこに、古のプリキュア・ルミエルが現れて、ノワールからプリキュアたちを守ろうとします。

このルミエルとノワール、そしてプリキュアの会話というのが、今年の物語の謎解きといいますか、大事な場面のひとつになります。その要点を整理しますと・・・。

(1)プリキュアたちの大事にしている「夢」とか「希望」「たのしいこと」といった「光」に対して、ノワールは人間の心には「ねたみ」「怒り」「悲しみ」等々の「闇」がつきもので、そういう「光」は「闇」を隠しているといいます。

(2)今から100年前、ルミエルがお菓子づくりをしている街で、道で倒れているノワールをルミエルが助けます。ノワールはルミエルに「俺にはかまうな」というのですが、ルミエルはノワールにお菓子を食べさせて、スイーツづくりを教えていきます。

(3)そんなノワールはルミエルに、自分が戦場から生まれたということ、戦場から生まれた闇の存在の自分のため「だけ」に、自分が笑えるようなスイーツをつくってくれといいます。でも、プリキュアとして誰もを大事にしなければいけないルミエルは、「それはできない」と断ります。

(4)そこからノワールは、この世界のすべてを闇に染めようとして暴れる。それをルミエルがとめようとする・・・という流れがはじまるわけですね。そして、そのときのルミエルの力でいったん、ノワールは姿を消したわけです。

で、ちょっとここで思い出してほしいことがあります。2017年の100年前というと、当然1917年ですね。この年って、第一次世界大戦のまっただなか、ロシア革命があった年ですよ。なおかつ、ノワールは自分のことを「戦場から生まれた」といってましたね。

つまり、ノワールは第一次世界大戦という「大戦争の闇の象徴」といってもいいわけです。となると、プリキュアたちやルミエルは、「光あふれる平和な世界の象徴」ということになりますねえ。なんか、お子さま向けアニメとはいえ、スゴイ設定だと思いませんか? 

ここでもう一度話をもとにもどしますが、ノワールの猛攻撃に対して、プリキュアたち、特にキュアホイップ(=いちか)は「そんなこと、絶対に許せない」「人々の今の笑顔が大事」「ルミエルもノワールにも笑顔を取り戻すことができる」というようなことを言いながら反撃に転じます。また、ルミエルも、自分の残った力を全部、プリキュアたちに託します。

そうやっていったんはノワールの猛攻撃を封じ込めることができた・・・と思ったところから、再び話がややこしくなります。というのも、ノワールから今度は再びエリシオが分身として登場し、ノワール自身とルミエルの2人を自分のカードのなかに閉じ込めます。

そして、エリシオは「光と闇の対決なんて古臭い」とか「何もない世界をつくる」といったことを言いながら、この世の中の人間をすべて「灰色」にしてしまいます。そのことは、今回のラストで、いちか(=キュアホイップ)が目覚めたら、顔も服もすべて「灰色」になって登場する場面だとか、予告編で他のプリキュアたちも「灰色」になっていることからもわかります。

どうやら、人間の「光と闇」あるいは「喜びと悲しみ、憎しみ」といった感情的な世界がうっとおしいからといって、「何もかも一切、人間から感情的なものをなくしてしまうのはどうか?」というのが、今回、エリシオの放った問いかけのようですね。

そういえば、過去にも「悲しい音楽をこの世からなくしたい」ので、「すべての音をこの世の中から消す」ことを選んだ怪物・ノイズというのが、2011年の「スイートプリキュアで描かれましたが・・・。あの問いかけが再び、この2017年の「キラキラプリキュアアラモード」でもよみがえった感じがします。

ただ、「キラキラプリキュアアラモード」は、まだ残り3回あります。喜びも悲しみもない、光も闇もない、人間的な感情のまるでない「灰色」の世界に染まったいちか(=キュアホイップ)たちが、再びどのようにして感情的な世界を取り戻していくのか。そこがあと3回の物語の軸になるような気がしています。予告編を見る限りだと、その感情的な世界をとりもどすために、妖精さんたちが活躍するようですが・・・。

それにしても、今年もプリキュア、奥が深いですね。


「もう、このまま、ぐ~たらでええわ~」が2018年の抱負です。

2018-01-06 19:06:39 | 私の「仲間」たちへ

先ほどは年明け早々、家族で宮城県の鳴子温泉に出かけたということを、新年のご挨拶を兼ねて書きました。今度は鳴子温泉で考えた「2018年の抱負」を書いておきます。

まあ、端的に言いますと、このブログ記事のタイトルのとおり・・・。

「もう、このまま、ぐ~たらでええわ~」

これが2018年の抱負です。

ほんと、ここのところ次から次へといろんな仕事が舞い込んでおりまして、体力面はさておき、気持ちの面でかなり疲れがたまってる感じです。

なにしろ3月末までの間だけでも、報告書3つ、意見書1つ、論文1つ、雑誌記事5つを書かなきゃいけないですしねぇ。また、講演や研修講師などの依頼も、2月末までに8つ入っています。

さらに、これにいつもどおりの大学の授業と学内業務が加わります。おまけに、この学内業務も、今は年度末で次年度準備があったり、文科省相手に教職課程の再課程申請の準備が加わったりもします。4月からの新年度には新たに2科目、担当科目が増える予定ですし・・・。

まあ、私がそういう状態のときの、鳴子温泉行きです。

関西から遠く離れた東北の雪深い温泉で、ゆったりとお湯につかりながら、いったん何もかもをリセットしてぼ~っとしていることが、どれだけありがたいことか・・・と、つくづく実感しました。

「いま、自分に必要なのは、こうやって仕事のことを全部いったん放り出して、しっかりと休む時空間を確保することなんじゃないの? これをいま、できるだけやっておかないと、先々身がもたないぞ!」

そういうふうに思ったものですから、上記のとおりの2018年の抱負になった次第です。

なので、今後、できるだけ自分の心身を休めてエネルギーを充電させる時間をとるためにも、あえていろんな仕事の依頼をお断りしたり、今までおつきあいしてきたような団体・研究会などにも「しばらく、顔出さないで休ませてほしい」ということがでてきます。いろいろとご迷惑をおかけすることになるかと思いますが、どうぞ事情をお察しいただければ幸いです。

みなさんのご期待に沿えないことばかりで本当に申し訳ありません。

どうかこの1年間、こんな状態の私を、気長に見守りつづけていただければ幸いです。今後ともどうぞよろしくおつきあいください。

 




遅ればせながら、新年のごあいさつを。

2018-01-06 19:02:25 | 私の「仲間」たちへ

今日はもう1月6日なんですね。

遅ればせながら、新年のごあいさつをさせていただきます。

新しい年を迎えました。本年もどうぞよろしくおつきあいください。

さて、年明け1月2日~4日の2泊3日で、私たち一家で宮城県の鳴子温泉まで出かけておりました。2枚、そのときの画像を貼りつけておきます。1枚は雪のJR鳴子温泉駅の画像、もう1枚は鳴子温泉の「滝の湯」の画像です。

なお、この2018年をどのように過ごしたいかについては、もう一つ別の記事にして、のちほど、このブログに書くことにします。