泥憲和『安部首相から「日本」を取り戻せ!! 護憲派・泥の軍事政治戦略』かもがわ出版、2014年
元・自衛官で護憲派の著者が、安倍政権の集団的自衛権容認や従軍慰安婦問題への対応などを徹底的に批判した本。
基本的には「同感だなあ」と思う部分ばかりだし、憲法9条が日本を守ってきたこと、憲法9条を活かした外交・防衛政策のあり方を提案しようとする姿勢には好感がもてた。
あと、この本で展開されている著者の憲法9条解釈からは、日本国憲法制定時の「芦田修正」を思い出した。
安倍首相から「日本」を取り戻せ! !
2033冊目はこの本。
田坂広志『知性を磨くー「スーパージェネラリスト」の時代』(光文社新書、2014年)
タイトルにひかれて読んだし、第1章のタイトルでもある「なぜ、高学歴の人物が、深い知性を感じさせないのか?」という言葉が新書の帯にも書いてあって、とても興味深く読んだ。
ただ、全体的に詩的な表現が多くて、今の専門的な学問・研究のあり方を実証的に考察して論じているのかな・・・と思って読むと、ちょっと肩すかしな感じもした。
言わんとすることはよくわかるのだけど・・・。
知性を磨く― 「スーパージェネラリスト」の時代 (光文社新書)
2029冊目はこの本。
美馬達哉『リスク化される身体 現代医学と統治のテクノロジー』(青土社、2012年)
医療社会学の本ではあるけれども、リスクマネジメント論やリスク社会論の前提にある「リスク」という概念の問い直しから議論を出発させているので、学校事故・事件関連での「リスク」論への批判とも内容が通じる部分があって、とても興味深い一冊。
そもそも「リスク」かということ自体が、その社会・文化の支配的な価値意識との関連のなかで浮上すること。「リスク」をコントロールしようとする技術が新たな「リスク」を生み出す危険性。あらゆる「リスク」の未然防止をしようとすると監視社会的になるとか、甚大な「リスク」がある事態を想定しての対応、「危機管理」的な対応は、だんだん「戦争指導」に近づくこと。そして原発事故のような破局的な事態を想定して「リスク」予測をする議論は、だんだんSF小説的なストーリーに近づく、等々。
おそらくこの本で指摘されている「リスク管理」に関する諸課題が、学校事故・事件関連のことでも指摘できそう。そういう諸課題に気付くことなく、安易に「学校のリスクマネジメント」とか言うている学校事故・事件問題の研究者は、もはやダメだろうなあ・・・。
リスク化される身体 現代医学と統治のテクノロジー