できることを、できる人が、できるかたちで

京都精華大学人文学部・住友剛のブログ。
関西圏に関することを中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

来年に向けて、年の瀬に思うこと。

2010-12-28 21:39:04 | いま・むかし

いよいよ2010年の年の瀬を迎えました。

今年の前半は、7月末にまとめて出した私たちの研究プロジェクトの報告書『できることを、できる人が、できるかたちで』(部落解放・人権研究所)の作業に追われた一年でした。また、今年の後半には、ほかのさまざまな仕事の合間に、その報告書の内容の要点をまとめた論文を書いたり、その報告書の内容をふまえた講演をしたり、ということも入りました。

ちなみに、この『できることを、できる人が、できるかたちで』という報告書は、私たちの研究プロジェクトとして、青少年会館条例廃止(2007年3月)以後の大阪市内各地区において、もと青少年会館などを活用した子ども会活動、若者のサークル活動、保護者会の取り組みなどがどのように展開していったのかを3年間にわたって追いかけた記録です。

もちろん、私たちのプロジェクトは、この現場での取り組みをただ単純に追いかけたわけではありません。むしろ、実態把握のプロセスでであった子ども会やサークル活動のお世話役のおとなたち、保護者会の役員さん、地元の運動体の役員のみなさんなどと、そのつど「今後、この地区での子どもや若者の活動をどう展開すればいいか?」について話し合い、いっしょになってとりくみを創ってきた面もあります。(これを少々、「いかにも研究者っぽく」言うとすれば、「アクション・リサーチ」ということになるのでしょうけど・・・・。)

ですから、先の報告書は、私たち自身もこの現場でさまざまな形で問題解決に取り組むプロセスに参加し、現場で動いている人たちといっしょになってものを考えてきた記録としても読んでいただきたいと思っています。もちろん、私たちの至らなさ、失敗の連続の記録でもあるわけですが・・・・。

ただ、あえて教育運動と呼ばずに「子育ち・子育て運動」の再建という言い方を先の報告書ではしましたが、私としてはここから、新たな形で、大阪市内の各地区での「子どもの人権」に関する運動が再建されるのではないかと思っています。また、3年間のプロジェクトは終わったとしても、引き続き、大阪市内の各地区での取り組みにかかわり、何かあれば動きたいという思いは持ち続けています。何かお手伝いできることがあれば、どうぞ遠慮なく声をかけてください。

それから、今年は本業の大学での仕事の忙しさもあって、なかなか思うようにこのブログの更新ができませんでした。ほんとうに申し訳なく思っています。また、ツイッターからの情報発信のほうが、字数制限はあるものの、日常的かつ機動的に何か伝えていくうえで有効な面もあって、「今後はブログで何を、どう発信するのがいいのだろう?」と思い始めている私もいます。

ただ、私としては、このブログを来年も引き続き、閉鎖することなく、継続する意思には変わりありません。それは大阪市内の各地区で今、子ども会や保護者会、若者のサークル活動などをいっしょうけんめい続けている人たちの「たたかい」がまさに、「日々の活動を細々とでも続けていくこと」であるならば、「私もまた、彼ら彼女らに続くためにも、このブログを息の長い形で続けていくことが大事だ」と思うからです。なにしろこのブログは、大阪市の青少年会館条例廃止の方針が提示された頃(2006年9月)に、それに反対の意思表明をするために造ったものですから。

そこで次の年、2011年からのこのブログの運用方針なのですが、今のところはひきつづき、不定期にはなるけれども、そのつど大阪市内や大阪府内の子ども・若者に関するさまざまな動き(行政や運動、研究など)を追って、私の意見の発信を行っていきたいと思っています。これがまずは、基本的な活動ですね。

それに加えて、どれだけ実際に時間がとれるかわからないのですが、手元にある教育や子どもの人権などに関連する雑誌や書籍類などから、私が読んでいて、「これは広く、地元で活動中の人に知っておいてほしい」と思うことを紹介する。あるいは、手元にある各種の教育や子どもの人権関連の雑誌・書籍類から、「これはちょっと、ちがうんじゃない?」と思うような話を、私の批判的なコメントともに紹介しておく。そんな作業にも取り組んでみたいと思っています。

というような次第で、まだまだ来年もこのブログ、続けます。ですが、日記帳ブログにも書いたように、「年末年始は仕事をしない」という方針をとったので、ひとまずここでいったん、年内の更新は終わりますね。

みなさま、それでは、よいお年をお迎えください。また新年4日あたりに更新しますので、よろしくお願いします。

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教育運動の再建のために「初発のもの」に学ぶ

2010-12-26 21:26:35 | いま・むかし

前にもこのブログで引用したかもしれないが、あらためて紹介しておきたい文章がある。それは次の文章である

解放教育の原型は、学校教育にあったのではないのではないか。部落解放運動自らが形造ってきた「教育」にどう学び、どう統一・提携してきたか、ではなかったか。(中村拡三「解放の学力」『双書解放教育の実践4 解放教育の内容と課題』明治図書、1969年、P.191)

また、この『双書解放教育の実践』シリーズでは、たとえば1960年代の被差別部落での子ども会活動、青年たちの学習会や保護者たちの活動、識字教室の取り組みなどが、学校での仲間づくりや授業内容の見直しとともに、重要な「解放教育の実践」として位置づけられている。

そうなのである。部落解放教育(以後「解放教育」と略)の初期の実践では、学校の中の取り組みと匹敵するくらい、各地区での子ども会や青年・保護者たちの取り組み、識字教室の取り組みなど、学校外での取り組みが重視されていたのである。また、このような学校外の取り組みは、まさしく部落解放運動のなかで重要な「教育運動」としての位置づけを持っていたのであろうし、また、だからこそ、各地区での運動の「担い手」が、そのまま教育の諸課題と向き合うことを通じて運動を形作っていくことになっていたのであろう。

それがいつから、学校のなかの、しかも教室の中での実践が、部落解放教育や人権教育のメジャーな議論になってしまったのか。それは別の見方をすれば、解放教育や人権教育の実践の「担い手」が「教員だけ」になってしまったということではないのだろうか。「教育運動」の発展・継承という面からみて、はたしてそのような形になることがいいとはとても思えない。

また、「教育運動」の担い手が「教員だけ」になってしまうことによって、すべての子どもの課題、地元の教育課題を学校が引き受ける形になってしまう。そのことによって「生きがい・やりがい」を感じている教員もいるのかもしれないが、逆に、教員たちのなかには、それゆえに進退窮まって困っている人もいるのではないだろうか。

もう一度、学校外のさまざまな「教育運動」の取り組みを活性化させるべく、その「担い手」を着実に増やしていくところから、私たちは理論的・実践的な研究、議論をつくっていく必要があるのではないだろうか。そのためには、あらためて過去というか原点に立ち返り、「教育運動」の「初発のもの」に学びなおす必要があるのではないだろうか。

そんなことを昨日、(社)子ども情報研究センターの子育ち連携部会での議論を聴いていて、あらためて思った次第である。

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「自分たちが何をしてきたか」が問われている感覚の大事さ

2010-12-20 09:42:59 | いま・むかし

久しぶりの更新になります。ツイッターではしょっちゅう何か発信していますが、ようやく、ブログの更新に時間のとれる状況になりました。さっそく、日記帳とは別に、このところ思うことをこちらでも書いておきます。

さて、今年の2回生後期の演習(総合人文学科・現代社会と人間コースの「コース演習Ⅱ」)では、「子どもの貧困」をテーマにして、<新書本サイズの文献をていねいに読み解く練習>に取り組んでいます。そこではテキストとして、阿部彩『子どもの貧困』(岩波新書)と岩田正美『現代の貧困』(ちくま新書)、この2冊を取り上げています。

その『現代の貧困』の25ページには、次のような文章があります。以下、文字色を変えて引用しておきます。

私は、はじめて大学に就職した70年代の半ば、「新しい貧困の意味」という小さな論文を書いて直属の教授に叱られたことがある。貧困のような「古くさいモン」をテーマにすることはまかりならない、というのであった。ちょうど高度消費社会への転換期にあたることを考えれば、貧困ではなく、消費者問題や高齢者のケアなどの新しいテーマに向かうのが当然、と教授は考えたのであろう。

これを読んで、私はハッとしました。ここで岩田さんが書いていることは、「社会福祉学の世界では、ある時期から『貧困』というテーマはマイナーなテーマ、古臭いテーマとして扱われていたのだ・・・・」ということですよね。

たぶん、1970年代以降の社会福祉学のなかでも、マイナーなテーマになったとはいえ、たとえば北海道大学で教育福祉論を研究してきたグループや、この岩田正美さんのように、地道に「貧困」というテーマを追いかけてきた人は、個別に見ていけば何人かいるかと思います。

ですが、その岩田さんが、上のようなことを語るわけです。

だとすれば、今、社会福祉学系の研究者が「貧困」というテーマを取り上げるということは、少なくとも「1970年代以後最近までの社会福祉学はいったい、総体として、どこを向いて(あるいは、誰のほうを向いて)研究してきたのか?」ということが問われているのではないか、と思うのですが。

私は社会福祉学に限らず、教育学や社会学、心理学など、およそ子どもの支援にかかわる研究領域では、この「いったい~学は、総体として、どこを向いて(あるいは、誰のほうを向いて)研究してきたのか?」ということが問われている感覚、これを大事にする必要が今、あるのではないかと思っています。特に「人権の尊重」を目指す立場で研究をしてきたのであれば、その感覚はますます研ぎ澄まされていく必要があるのではないか、と思っています。

教育学においても、「貧困」というテーマはある時期から話題にも上らなくなったかと思いますが、1950年代・60年代あたりまでは重要なテーマだったはず。それこそ、被差別部落の子どもたちの就学機会の保障というテーマを考えたときには、これは当時の同和教育論・解放教育論において重要な課題だったはずです。また、就学援助制度をどう考えるか、教科書無償配布や給食費の問題など、教育行政や教育政策の分野で重要な課題があったはずです。そして、これらの課題をめぐる議論はすべて、憲法や教育基本法(旧法)に定める教育権保障のあり方を考えることにつながってきたのではないでしょうか。

だから私は、「今まで自分たちはどっちの方向を向いて(誰のほうを向いて)、何を研究してきたのか?」という感覚抜きに、ただ今、話題が「子どもの貧困」を向いているからとか、それで研究プロジェクトを立ち上げたら文科省の「特色GP」が取れそうだからとか、そういう感覚で各学問分野の人たちが「子どもの貧困」問題を論じてしまうことには、一抹の危惧を覚えます。

そういう感覚からはじまった「子どもの貧困」問題に関する研究は、ある意味「時流に乗る」という感覚に根ざすもの。それこそまた「時流」が変われば、今、「貧困」に関する研究をすすめている人たちも、かつて岩田正美さんが言われたように、「そんなもの古臭い」と言われるのではないでしょうか。

もっと腰をどっしりと落ち着けて、じっくりと子どもたちの生活実態を見つめながら、そこから何が教育や福祉、保育や心理などの考えるべき課題なのかを、きちんと議論していくこと。そういう私たちの研究に対する姿勢が今、「子どもの貧困」という課題については問われているような気がしてなりません。

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