できることを、できる人が、できるかたちで

京都精華大学人文学部・住友剛のブログ。
関西圏に関することを中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

最近読んだ本をまとめて紹介(2552冊目~2564冊目)

2017-09-30 19:29:29 | 本と雑誌

まだ途中までしか読めてない本も入っているんですが・・・。

一応、最近読んだ本をまとめて紹介しておきますね。

2552冊目:岩重佳治『「奨学金」地獄』小学館新書、2017年

2553冊目:川合伸幸『科学の知恵 怒りを鎮める うまく謝る』講談社現代新書、2017年

2554冊目:東谷暁『山本七平の思想』講談社現代新書、2017年

2555冊目:橋本治『いとも優雅な意地悪の教本』集英社新書、2017年

2556冊目:橋本治『知性の顚覆 日本人がバカになってしまう構造』朝日新書、2017年

2557冊目:諸富祥彦『「本当の大人」になるための心理学』講談社現代新書、2016年

2558冊目:堀内進之介『感情で釣られる人々』集英社新書、2016年

2559冊目:S.ボウルズ、H.ギンタス(宇沢弘文訳)『アメリカ資本主義と学校教育Ⅰ 教育改革と経済制度の矛盾』岩波書店、2008年

2560冊目:竹内常一・折出健二編著『生活指導とは何か(シリーズ教師のしごと1)』高文研、2015年

2561冊目:竹内常一『新・生活指導の理論 ケアと自治 学びと参加』高文研、2016年

2562冊目:志水宏吉『格差を越える学校づくり 関西の挑戦』大阪大学出版会、2011年

2563冊目:古関勝則『子どもにやさしい学校に』高文研、2017年

2564冊目:古関勝則『誰もが幸せになるための学力を』クリエイツかもがわ、2017年


昨日、ある新聞社のインタビューに答えたことー本当に将来に「希望」がもてる政策の話を―

2017-09-30 09:17:58 | 国際・政治

実は昨日、某新聞社とだけ書いておきますが、このたびの選挙に関して、私、インタビューを受けました。

知り合いの児童福祉系の研究者から記者さんが「この人!」って聴いての取材依頼だったので、断るよりも「さっさと受けてしまおう」っていうくらいの気分でした。

ただ、いつもどおり阪神西宮駅近くのカフェで取材を受けたのですが、まあ、けっこう好き放題、この政治情勢を前にして言わせていただきました。なにしろ、子どもや教育に関する施策、あるいは子どもの貧困対策の領域で、「このたびの総選挙で論点(争点)になるようなこと」というテーマだったので。

まあ、そんなわけで「どの政党がどうなったとかいう政党の離合集散劇とか、政権交代の話」はいったん脇において、「いま、ほんまに政治の力でとりくまないとアカンこと」という話を1時間半くらい、やりました。

で、私から話をしたのは結局・・・。

○子どもを育てているおとな世代の貧困とか、あるいは高校や大学を卒業したあとの若者たちの非正規雇用の問題とか、そこを根本的に改善するような教育と就労との接続関係、あるいは社会保障のあり方を構想し、着実にそれを実現していかない限りは、世の中、これ以上よくはなりません。子ども食堂も無料の学習支援も、結局、ここが変わらない限り「緊急対策」的なものにしかなりえないんじゃないか?」とか。

○その教育と就労との関係の問題でいうならば、グローバル人材、グローバル人材とかいうけれども、グローバルな人材が日本から海外に売り込めるようなローカルな素材の豊かさが無い限り、なんにも経済、活性化しません。農林水産業とか都市部でのものづくりとか、そういう地道なローカル産業育成策をとらない限り、雇用も改善しないし、グローバル人材が日本から海外に売り込めるようなモノやサービスも創り出せませんわ」とか。

○そういう地道なローカルな産業育成策みたいなものつくって、高卒・大卒の若者をきっちり雇ってくれるようになったら、学費減免とか給付奨学金制度とかとタイアップして、若者世代が貧困から抜け出せる余地がどんどん、できてきますって。なによりも、高校の進路指導や大学のキャリア支援がとっても楽になりますわ」とか。

○目の前の選挙で受けを狙って、あれもやります、これもやります・・・みたいなことをいう政党や政治家は、もう信用なりません。そうではなくて、今は誰も注目してないけど、ここに世の中を変えていく種や芽があって、その種や芽のようなものを10年、20年かけて育てていきましょうみたいな、そういう施策を提案していくような政党や政治家が必要かと。特にそれは子どもに関する施策だけでなく、雇用や産業に関する施策でも言えることかと。そういう10年、20年とかかるような取り組みやらない限り、おとな世代の貧困も子どもの貧困も解消できませんって」とか。

こんな感じで、とにかく、好き勝手な話をさせていただきました。

しかしまあ、こういうこと、ほんとに新聞を含むマスメディアで、いっぱい書いてほしいですねえ、このたびの総選挙の前に。

そして、こういうことに関する報道がいっぱい溢れるようになって、政局ネタよりも多くなると、ほんとうに政策で各政党、政治家が選べる選挙になるんじゃないかな~なんて思いました。

でもまあ、まずは、このことを今日取材した記者さんが、自分ところの新聞で記事に書けるかどうか、その記事が掲載されるかどうか。そこが大問題なんですけどね~。

【追記】憲法改正も安保体制強化も不要で、上に書いたことに本気で早くとりくまないと、ますますこの国、この社会は不安定で劣化したものになりそうです…。

【追記2】あと、日本を代表する教育社会学者が、こんなことをツイッターでつぶやいているのを見ました。「あんたさ~。子育て困難とか、若者の労働と生きづらさに関する研究やってきたんでしょ? 本来なら今回の某新聞の取材で、私がコメントしているようなことを言うのは、あんたの仕事やで。もっと、こんな政局ネタでの情報発信じゃなくて(それも「あんた、政局読めてるの?」というくらいの浅はかな内容!)、本業でどんどん「もっとこういう子育て施策や若者の就労支援施策がほしい!」とか言えよな!」と思いました。

 

 

 


 

 

https://twitter.com/hahaguma/status/913182952095232000

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


私たちの「希望」は、私たちが創り出す

2017-09-30 09:02:26 | 国際・政治

それにしても、どうしても今はこの「希望の党」に民進党から誰が行くか、行かないか、受け入れてもらえるか、もらえないかっていう話になってしまいますが・・・。

見たくないよな~。今まで「リベラル」なこと言ったり、「反戦・平和」とか言ってきた人が、あのドロンジョさまに仲間に入れてもらう姿って。(注:ここ最近「希望の党」がらみの話題をテレビで見るたび、アニメ「ヤッターマン」のドロンジョ、ボヤッキー、トンヅラーのドロンボー一味の姿が思い浮かんでしまいますし、それをツイッターでつぶやいたりしています・・・)

そんな姿に誰も「希望」なんて抱けないよ。だって、それって就活中の大学生の「いつもの姿」でしかないから。

ほんとうにやりたいこと、思うことをがまんしてがまんして、なんとか内定とって会社に入っても、またがまんにがまんを重ねて・・・。

そんな日常を、就活中の大学生は送ってるわけ。

あれとそっくりじゃん、民進党から希望の党に移るか、移らないかで困らされてるリベラル系の人って。

それよりも、「私はどうしても、こんなところではやっていけません!」とスパッと縁を切って、あえて、無所属になる。もちろんそこで選挙で落ちたら浪人、プータローなわけですが。

でも、そういう筋を通したプータローを、みんなでとりあえずメシ食わせて、「次」に向けて、支えてやろうじゃないの。なにか地域で出番作って、あたたかくプータロー、迎えてやろうじゃないの。

そういう自分の思想信条、スジを通してがんばってプータローになった人々を、それぞれの地域で市民があたたかく迎え入れて、支えて、「次」の出番をつくる。

そういう市民社会にこそ、私は「希望」を感じます。

なにしろそれって、就活に失敗したり、あるいは「こんなブラックな会社、やめてやるぞ!」と言って帰ってきた若者を、あたたかく迎え入れる社会と、きっと重なると思うから。

ということで、私ら今日から、筋を通してこの選挙に負けたリベラル系プータローを応援できるような、そんな市民社会を創っていきましょう。私、そっちに「希望」感じるわ

まあ、でも、ここで「私、今度から希望の党に行きます!」って進んで民進党離党して行っちゃう人も居りますが、その人ってもともと「就活のために、何通りもの自分を装うことを厭わない」ような「カメレオン」タイプだったのかな、と。「そういうやっちゃな~」と思って、「まあ、あんまり信用せんとこ~(そんなヤツに投票、絶対せ~へんで)」と思うのみです。

<追記>
それにしてもドロンジョさま。自分に何があっても常に忠実にしたがうボヤッキーやトンヅラーならさておき、ここでカメレオンのような人々が自分につきしたがってくれて、うれしいんだろうか? 私がドロンジョさまなら、そういうカメレオンみたいな連中、数合わせのために必要なだけで、人物としては信用しないけどなあ・・・。


そろそろ「組体操(組立体操)」批判の総括が必要

2017-09-29 08:52:38 | 受験・学校

今日は9月29日(金)。あした、あさってあたりを中心に、いまは学校の秋の運動会・体育祭のシーズンですね。ということは、例の組体操(組立体操。以下「組体操」と略)も、各地でいろんなかたちで行われるわけで・・・。

さて、その組体操については、ここ数年、タワーなどの高さを競う技の危険性や、集団で感動や達成感を追求しようという動きなどへの批判が相次いでいました。ネット上でも賛否両論、いろいろあったかと思います。

私はもともと、その昨今の組体操批判に対しては、かなり冷ややかな態度をとってきました。

というのも、自分の娘の通う小学校の組体操の様子を見ていると、①タワーなどの高さを競う危険な技ばかりではなく、横に広がったり寝転んだりするような比較的安全な技もあること、②子どもたちが集団で何かに取り組み達成感を味わうこと自体は、教育活動のあり方として一概に否定はしづらいこと、この2点を感じていたからです。

なので、「よほど危険な技については規制せざるをえないけど、でも、組体操全体を全面否定するかのような議論は、なにかおかしい」と思ってきましたし、そういう空気を煽るような議論のやり方は、根本的になにかまちがっているのではないかとも思っていました。

ましてやこの問題、「教育という病」の問題でもなくて、ただ安全確保面や子どもの心身の成長面への配慮、練習回数や方法などの工夫等々の教育実践面での「準備不足」が背景にあって生じている問題なのではないか、と思ってきました。もちろん、各校できちんと準備ができないのであれば、無理して組体操自体をやる必要はないわけです。ですが、それは「教育」が「病んでいる」とかいうよりも、むしろ「教育」実践としての組体操のあり方についての検討作業や準備が不足して生じているのではないか、と考えるべきでしょう。

そんななかで、あらためて、1年近く前の朝日新聞デジタルの記事になりますが、これを見てください。

「安全で楽しい」組み体操 日体大体操部が披露(朝日新聞デジタル、2016年12月18日記事)

http://digital.asahi.com/articles/ASJDL4PT7JDLUTQP00X.html?ref=amp_login

このように、実際に「安全で楽しく」さらに「見栄えもよく」組体操をすることは、「指導」の方法によっては「ありうる」わけです。もちろん、小中学校で「ほんの1~2週間程度」の練習でできる範囲には限りはあるでしょうけど。でも、「それをやるための準備のあり方や指導方法の問題」を検証することを抜きにして、全面的に組体操自体を否定するのは、やはりまちがった議論のすすめ方ではなかったのでしょうか。

さらに、同じ朝日新聞デジタルの記事には、このようなものもあります。

組み体操、事故多発で様変わり 大技禁止、笑顔でピース(朝日新聞デジタル、2017年8月25日記事)

http://digital.asahi.com/articles/ASK7Q051HK7PUUPI007.html

こちらの記事によりますと、一部自治体では組体操自体を一律禁止したり、危険度の高い技を禁止したりする動きもでているようですが、そこまでしなくとも、学校現場レベルでの創意工夫で、比較的安全度の高い技を中心に組体操を実施するなど、いろんなやり方があるわけです。そして、私は数年前から、組体操の危険性を過度に煽る風潮のなかで、「学校現場でもっと議論をして、どういう形で安全度の高い技を中心に組体操を続けるか、検討していい」と思ってきました(このブログにも、そんな趣旨のことを書いたはずです)。

ですから、結果的に見て、ここ数年の組体操批判の議論は、私の見たところ、当初から私が「こんな感じで落ち着かせるべきでは?」と思ったラインに収束しつつあります。

つまり、過剰に危険性を煽る議論はいったん控えて、まずは冷静に危険度の高い技とそうではない技とを分けて、危険度の高い技を止めるとともに、安全で楽しく、見栄えのいい技を軸に組体操を存続させるのであれば、それはそれでかまわないのではないか、というラインです。

もちろん、これから先も、危険度の高い技に準備不足のまま取り組んで、子どもが組体操で大けがをするような学校が出てくることは、十分、起こり得ます。それはそれとして厳しく対応の問題点を指摘して、是正をさせなければいけません。でも、そのことと、「教育という病」という煽り方をしたり、組体操全体を危険視するかのような議論を展開することは、まったく別の問題です。

とすれば、「あのときの、あの煽り方はいったい、なんだったのか?」と、もうそろそろ、組体操批判をめぐるこの数年の議論は「総括」すべき時期にさしかかったのではないかと思います。

そして、その議論を「総括」するときには、「危険な組体操」というかたちで議論を煽った側の中心人物が、気付いたら下記の写真(『体育科教育』という雑誌の2016年8月号の裏表紙)のように、「安全な組体操」に関する教材の「推薦人」になっているということ。また、その人物が、今は部活動問題や教員の多忙化問題、あるいは「二分の一成人式」問題等々、次々に教育や学校についていろんな問題を指摘し、議論を煽っていること。そして、私たちはなぜ、その手の議論にマスメディアを通じて煽られて、うまくのせられてしまうのか。「劇場型政治」ならぬ「劇場型教育改革談義」あるいは「惨事便乗型教育改革」への批判、あるいは「教育版のポピュリズム」への批判が今日、必要となってきているのではないか、ということ。このことも忘れないようにしていかなければ・・・と思います。

<追記>

それはそうと、文科省や地方教育行政による学校現場への「規制」強化と、それを求める世論をマスメディアを通じて煽ることが、この組体操問題で一連の議論を煽ってきたあの方の中心的な手法です。とすれば、あの方、この1週間のように、政局が混乱しているなかでは、どのようにふるまうのかしら? もし仮に、「子どもを救う」でも「教職員を助ける」でも、口実はなんでもいいんですが、その時々の政権が文科省を使って「強力なリーダーシップ」を発揮して「学校現場に物申す」ことを手放しに「よし」とするのが、その方の政治的なスタンスだとしたら、「それもまた、相当に危ないんじゃないですか?」と言いたくなりますね。学校現場に対する「上から」の管理・統制を「手放し」に喜ぶことの裏返しは、学校現場による柔軟な対応や創意工夫の余地を奪っても気づかないし、それが結果的に学校にファシズムをもたらしても容認できるってことですから。


 

 


雑誌『季刊教育法』での連載、はじまりました。

2017-09-28 08:51:56 | 学問

さっそくですが、『季刊教育法』という雑誌の最新号(第194号、2017年9月)から、私の連載企画「『ハの字』の両側を見つめる学校事故・事件学」がスタートしました。

いまのところ、この号を含めて4回の連載になる予定です(評判がよかったら、もっと先まで続くかもしれませんが・・・。ただ、ネタが続くかなあ?)。

タイトルを見ておわかりの方もいるかと思いますが、私がこの春に出した『新しい学校事故・事件学』(子どもの風出版会、2017年3月)で書いたことを、よりていねいに、読みやすく、「ここがポイントだよ」という形で連載にしようと思っています。

もしよかったら、『季刊教育法』と『新しい学校事故・事件学』の両方を買ってください。なので、両方の画像をここに貼り付けて、リンクも貼っておきます。(なお、『季刊教育法』第194号のほうのリンク先は、出版社・エイデル研究所の出版物データベースにしています。まだAmazonにはでていないようなので・・・)


子どもの権利条約の趣旨実現につながる政治家・政党以外、支持できないです。

2017-09-27 20:53:39 | 国際・政治

あした臨時国会が開かれたら即、解散・総選挙へ突入という、なんともまあ、わけわからない政治情勢になってきましたが・・・。

この際、今回実施されるであろう解散・総選挙に対する私の態度、ここで表明しておきます。

それはですね・・・。

「子どもの権利条約の趣旨実現とか、子どもの最善の利益の拡大につながらないような政治家や政党は、やっぱり支持できないよねえ、私。だから態度はハッキリとしてます」

ということです(ツイッターでもそれ、つぶやいています)。

また、このことも、仲間の研究者に向けて言っておきます(これもツイッターでつぶやいたことではありますが)。

「さてと、教育や保育、福祉、心理、法学、社会学等々専門分野はいろいろあるだろうけど、子どもの人権論や人権教育、あるいは学校事故・事件関係の研究者が、このたびの解散総選挙でどういう態度を示すのか、とっても楽しみやね、個人的には。私、先に自分の態度示しちゃったから、めっちゃ気楽やで。

そやねん。たとえば解散総選挙前から「子どもの権利条約の趣旨実現をする政党や政治家でないと、嫌なもんは、嫌や」と、早いうちに言うてしまって、自分の態度決めたら、スッキリするわ。」

ほんと、子どもの人権論とか人権教育とか日頃やってる人たちが、「極右政党」みたいなものが台頭してくる政治情勢に対して、きっぱりと「ノー」と言えるのかどうか。

あるいは、子どもたちの命を大事にするとか日頃いうている学校事故・事件関係の研究者が、子どもたちを再び戦場に送りかねないような法案とかつくるような政党、政治家に、きっぱり「だめ」と言えるのかどうか。

そこがやっぱり、問われてくるよなあって思います。

そして、これもツイッターでつぶやいたことでもありますが・・・。

「もう決まりやな~自分のなかでは。このたびの解散総選挙「棄権もしないけど、でも嫌だと思う政党、政治家にはできるだけ票は入れない」の一点に尽きるわ。で、どういう選挙結果がでても、その後もできる限り、嫌だと思う政党や政治家には、嫌だ嫌だと文句だけは言い続ける。それだけやね、やることは。

政治家や各政党はこのたびの解散総選挙を前に右往左往しても、こっちはじたばたしない。我々が暮らしていく上で必要なことは必要だといい、嫌だと思うことは嫌だという。で、その「嫌なもんは嫌だ」「必要なことをしろ」という私らの声をできるだけでかくしていく。そっちをまずは考えたいですね。」

ということで、いまの時点での自分の態度、ここで表明しておきますね。

また考え方が変わったりなんかしたら(たぶん「ない」とは思うけど・・・)、あらためてお伝えします。




勤務校・京都精華大学の次期学長、ウスビ・サコさんのこと

2017-09-25 21:49:31 | 受験・学校

NHK京都 NEWS WEB 2017年9月25日配信

精華大新学長 マリ出身教授選出

ttp://www3.nhk.or.jp/lnews/kyoto/2013935561.html

産経WEST  2017年9月25日付け配信記事

 

「京都精華大の新学長にウスビ・サコ教授」

http://www.sankei.com/west/news/170925/wst1709250081-n1.html

すでにNHK京都のニュースで配信されておりますし、また、産経新聞のネット配信記事にもでておりますが・・・。

私の勤務校・京都精華大学の次期学長に、同じ人文学部教員のウスビ・サコさんが内定しました。今の学長・竹宮惠子さん(マンガ家、マンガ学部教員)の後任で、来年4月からサコさんの学長としての任期がはじまります。

おそらくアフリカ出身の方で日本の大学の学長に就任される方というのは、サコさんがはじめてではないかな・・・と思います。

ちなみに、サコさんがどんな方かは、下記のページでわかります。

ウスビ・サコ先生インタビュー(京都精華大学人文学部)

http://www.kyoto-seika.ac.jp/humanities/2014/09/18/sacko-interview/

さてさて、がんばって勤務校の広報・宣伝活動、やらなきゃね~。

 



今日(9月24日)のプリキュアの話です。

2017-09-24 09:26:09 | プリキュア話

おはようございます。今日は日曜日、いつもどおり今朝のキラキラプリキュアアラモードの話から。

まず、先週、古のプリキュア・ルミエルから新アイテム・キラキラルクリーマーを受け取ったプリキュアたち。そのルミエルが敵・ノワールたちと対決したときが、いまから約100年前だということが冒頭で語られます。

また、ノワールのしもべをやめたビブリーが、なぜか、プリキュアたちのパティスリー(キラパティ)を手伝っています。まあ、ひとりぼっちのビブリーですから、きっと誰かといっしょにいたいんでしょう。そのビブリーの顔が青白い状態(ノワールのしもべのとき)から、今週からクリーム色に近い感じになっているのに気付いた人、何人いるかな? あと、ルミエルの居た頃に、さみしさから、ビブリーはノワールのしもべになってしまいます。だから見た目は十代の女の子でも、ビブリーの実年齢は100歳+αということもわかってしまいました。

さて、先週からキラキラルクリーマーとセットで使われるようになったプリキュアの結晶が、そこからさらに今週、動物になってしまいました。ちょうどキュアホイップの結晶がウサギ、キュアカスタードの結晶がリス・・・という具合にです。その動物たちが、今後の物語の展開につながっているようです。

というのも、今週は新たな敵として、ノワールは自らのしもべ・ディアブルをプリキュアたちのところに送りこみました。ディアブルはかつて、ビブリーを孤立に陥れた闇の魔物。オオカミのようなかっこうをしています。人々の喜びや楽しさ等々から生まれるキラキラルを食って、闇の力に変えて、人々を仲たがいさせていくような、そんな存在です。

先ほどのその動物たちは、このディアブルの居所がわかる様子。ディアブルは闇に隠れてプリキュアたちを攻撃するんですが、この動物たちはディアブルの居る所に気付き、突進していきましたので(でも、すぐに倒されましたが)。

それと、今週はあらためてプリキュアたちが、ディアブルの登場を前にして、自分たちがスイーツをつくり続けることの意味を考える回になりましたね。

スイーツはもともと、人が生きていくために必要な栄養分をとるという点では、余計な食べ物かもしれない。また、スイーツに人々の喜びや楽しみをこめてキラキラルいっぱいにしても、ディアブルが次々にそのキラキラルを食って、闇の世界をつくりだしてしまう。そんななかで、自分たちがスイーツをつくっていることの意味って、なんなのか??

結局、キュアホイップが見つけたとおり、どれだけ世界が闇に染まっても、その闇からもう一度、キラキラルいっぱいの世界をとりもどすために、スイーツを作りつづけるってことになるわけですが。

・・・こういうところが、プリキュアらしさですね。

過去にも、たとえば「幸せのメロディ」の書いた楽譜から音符がすべて消え去ったら、もう一度、白紙になった楽譜に、自分たちが「幸せのメロディ」を書きこむって、スイートプリキュアの4人組は考えたわけですが・・・。あの話を今回、キラキラプリキュアアラモードの6人の話で思い出しました。

こんな感じで、どれだけ世の中が真っ暗闇になっても、自分たちのできるところからなにかやって、明るさを取り戻していく。これが、プリキュアの物語のなかでいちばん大事にしていることなんだなあ・・・って、今回もあらためて思いました。

それにしても・・・。ひとまず、プリキュアのなかでも、キュアパルフェ=きら星シエルのスイーツの店を手伝うことになって、今回のお話は終わりました。次回以降、ビブリーはキュアパルフェを中心に、プリキュアたちとどのようにかかわっていくんですかねぇ。新たなプリキュアになるのか、それとも、「プリンセスプリキュア」に居たゆいちゃんのように、プリキュアのサポーターでずっと過ごすのか。そして、10月末公開の劇場版にもビブリーは登場するのかどうか。いろいろとビブリーの役回りが気になるところです。


出張で初めて沖縄・那覇に行ってました。

2017-09-22 21:13:33 | 旅行

この時期に中学校で教育実習をしている学生がいたので、実習校訪問の仕事=出張というかたちで、9月20日(水)~21日(木)と2日間、沖縄県の那覇市まで行ってきました。

ただ、航空券と宿泊先の両方を出張パックみたいなので安くおさえる関係で、1日目の朝早い時間帯に神戸空港を出て、那覇入り。2日目は夜遅い時間帯に那覇空港を出て、神戸に戻るというような、そんなスケジュールになってしまいました。

そこで、肝心の実習校訪問の仕事以外の空いた時間を使って、沖縄本島南部の平和祈念公園(写真1)やひめゆりの塔(写真2)を見たり、首里城へ行ったり(写真3)、牧志の公設市場に行ったり(写真4)と、観光もしてきました。

また、うちの大学を卒業してから沖縄で就職した卒業生にも、久しぶりに会ってきました。

帰る前に見た那覇空港の夕暮れ時の空(写真5)が、とってもきれいでした。

まだまだ沖縄の空は、こちらに居る私らから見ると真夏の太陽そのもの。ほんとうに美しい青空の下で2日間、汗だくになって歩き回っているうちに、かなり日焼けしてしまいました。

でも、向こうにいる卒業生や教育実習中の学生に居ると、「これでも沖縄、涼しくなったんですよ」という話でしたね。私は「えぇ~っ」って思ったんですけど。

そして昨夜、神戸や西宮にもどってきたら、もう、涼しいを通り越して寒いくらいで、思わず長袖出して、着てしまいました。

それから、やはり平和記念公園やひめゆりの塔に行くと、空や海の美しさとともに、どうしても涙が自然にあふれてきました。

特に今回、ひめゆりの資料館に入って、うちの娘(現在、中学生)とそんなに年齢の変わらない女の子たちが、沖縄戦のときに動員され、命を亡くした・・・という歴史的な事実の重みを、その場に足を運んで、実際にその女の子たちの写真などを見て、あらためてからだごと受け止めた感じがします。

家に帰ってからあと、気持ちよさそうに部活(合唱部ですが)から帰って寝ている我が娘を見て、「この子がとにかく、どんなことがあっても、生きていてくれたらそれでよし」とか、「この子が日々、精一杯、やりたいことにはげんでいる今を大事にしなければ」と、あらためて思った次第です。

このところ、中学校に入って、とかく学力テスト、課題テストの結果ばかり気にしてしまうところが、どうしても私たちにはあるのですが・・・。

そして、学校事故・事件の問題とともに、このように子どもたちが戦場に動員されるような社会のあり方を容認しないこと。

また、本当に学校で子どもの命を大事にするというのなら、事故・事件の問題だけでなく、子どもたちが戦場に再び動員されるかのような、そんな危険な方向に向かうのような社会のあり方に対して、なんらかの形で異議を唱えなければいけないこと。

そして、そういう子どもたちが戦場に再び動員されるかのような、そんな危険な方向に社会が向かいつつあるときに「沈黙」しているかのような、そんな学校事故・事件研究ってなんなのか・・・と。

あの2年前、安保関連法制が成立する頃に抱いた想いが、また今回の沖縄出張で強まったのでした。

ひとまず、近況報告を兼ねたお話でした。

<写真1>

<写真2>

<写真3>

<写真4>

<写真5>

 

 


WEBRONZAの樫村愛子さん執筆記事で、このブログが紹介されています。

2017-09-22 20:55:41 | 受験・学校

いじめ対策法が効果をあげていないのは何故か
教員の学級経営能力に還元できないいじめ、学校全体で取り組めば見つかる解決の糸口
樫村愛子 愛知大学教授(社会学)
 (2017年9月13日付け、WEBRONZA)

いつも「学校福祉研究会」などの集まりでお世話になっている樫村愛子さんが、このブログや拙著『新しい学校事故・事件学』(子どもの風出版会、2017年3月)の紹介も含めて、上記の記事をWEBRONZAで書いておられます。たいへんありがたい話です。

有料記事なので、何人の方に読んでいただけるのかわかりませんが・・・。

でも、さわりの部分だけでも見てほしいので、ひとまずリンクを貼っておきますね。



先日の「大阪を知り・考える学習会」での講演の様子、毎日新聞に出ました。

2017-09-18 23:17:03 | 受験・学校

講演:学校教育考える 「地域とつながり再建を」 京都精華大・住友教授 /大阪

(毎日新聞地方版(大阪) 2017年9月15日付け記事)

https://mainichi.jp/articles/20170915/ddl/k27/040/407000c

こちらの新聞記事ですが、9月9日(土)の午後、私が「大阪を知り・考える学習会」で講演した内容を、毎日新聞の記者さんがまとめてくださったものです。

詳しい中身については、この記事を読んでいただければいいかと。それだけで、私の講演内容の概略がつかめるかと思います。

ひとまず、みなさんへのご報告でした。


今日(9月17日)のプリキュアの話です。

2017-09-17 09:38:11 | プリキュア話

おはようございます。日曜日の朝なんで、いつもどおりプリキュアの話から。

今週から新アイテム「キラキラルクリーマー」が登場するので、今週のプリキュアは「どうして、こういうアイテムが生まれたの?」という説明が中心ですね。

まあ、「お子さまとその保護者たちにいかにアイテムをモデルにしたおもちゃを売り込むか?」という意味では、「プリキュア自体がおもちゃ産業の大きなCMだ~」なんていう話(=このことは、いつもメディア・リテラシー論関係の授業とかで私、学生に伝えてますけど)からすれば、当然といえば当然ですね。

ただ、ここに例のプリキュアの結晶の変化の話がからんで、その説明内容がとっても深いんで、お子さまたちに理解できたのかどうか・・・。

でも、このおとなが納得するくらいの深い話がないと、プリキュアはお子さまとともにおとなが見るアニメにならない。おとなの鑑賞にたえる部分がないと、「プリキュア自体がおもちゃ産業の大きなCMだ~」なんていう話も成立しませんからね。なにしろ、お子さまにプリキュア関連のおもちゃ買い与えているのは、おとなたちですから。

ひとまず、ここらあたりで余談はおいといて、まず、大きな今回の物語の流れを説明しますと・・・。次のとおりです。

(1)プリキュアたちが自分たちの持っていた結晶のかたちの変化に疑問を抱き、古のプリキュアのいるいちご山のある場所に行く。

(2)そこに、今までプリキュアとたたかってきた敵・ビブリーが「最後のたたかい」を挑みにやってくる。これをプリキュアが退治しようとしても、ビブリーも相当な闇の力に染まっていて、手が出せない。そこで、古のプリキュアの力を借りるために、プリキュアたちは昔のいちご坂の町に行く。

(3)昔のいちご坂の町では、古のプリキュア・ルミエルが、闇の力を操る強敵・ノワールとひとりでたたかっている。いちご坂の町全体が闇に染まっているなか、ルミエルのパティスリーに逃げ込んだ町民だけが、ルミエルのつくるスイーツをたべて、闇の力に染まらずに居る。

(4)プリキュアたちはそのパティスリーで、ルミエルのスイーツづくりを手伝う。そのなかで、プリキュアたちの結晶がひとつひとつ、ちがった光を放つことにルミエルは気づく。

(5)一方、ビブリーはその昔のいちご坂の町が、かつて自分がひとりぼっちにされた町だということに気付く。また、その闇の力に染まった町をつくったのがノワールだと気付き、自分がノワールに騙されつづけてきたことがようやくわかる。

(6)そして、そのことをプリキュアたちに伝えようと入るがルミエルのパティスリーに来たとき、ノワールの攻撃がはじまる。ノワールの攻撃を「昔を守るのは自分」「みんなが守るのは未来」といって、ルミエル一人で守ろうとする。ルミエルはそのとき、未来を託すという。

(7)今のいちご山にもどってきたプリキュアたちは、同じようにもどってきたビブリーのさみしい心を解きほぐし、再び闇の力に染まらないように声をかける。しかしビブリーが大事にしていた人形・イルにこめられた闇の力が、再びビブリーを闇の力に染め上げ、そのなかに閉じ込めてしまう。

(8)闇の力が支配する人形・イルのなかに閉じ込められたビブリーは、そこから助けてほしいと声を発する。その声を聴いたプリキュアは、自分たちひとりひとりの個性の結晶と、ルミエルから渡されたクリーマーをつかって、新たにキラキラルクリーマーを生みだし、その力でビブリーを救い出す。

まあ、ざっと、こんな物語の展開ですね、今日は。

それで「今回もプリキュア、深いなあ・・・」と思ったのが、次のような点でしょうか。

(A)まず、毎年そうなのですが、プリキュアの世界に「根っからの悪人」というのは、敵の大ボス以外には存在しない。むしろ、その大ボスの手下になっている存在は、「何らかの事情があってそうならざるをえなかった」ので、プリキュアが「救い出す対象」になるんですよね(場合によれば、その大ボスですら「救い出す対象」になりかねなかったりするわけですが・・・)。

今回のビブリーが、まさにその代表的な存在。そしておそらく、プリキュアたちに救い出されたビブリーは、来週以降、なんらかの形で「更生」の物語を歩むことになると思います。ついでにいうと、過去のプリキュアのなかには、その「更生」の物語のなかで、自分自身もプリキュアになったというケースもあります(キュアパッション、キュアビート、キュアスカーレットがそれ)。

(B)一方、今回の古のプリキュア・ルミエルがそうですが、プリキュアにとってのたたかいとは、「みんなが喜んでスイーツをたべて、にこにこ笑って居られる」ような、そういう日常生活を取り戻すこと、そのものです。

プリキュアたちは別に、この世から邪悪なものをすべて取り除くとか、そこまで大それたことは考えてません。それよりも、まずは、自分の身近にいる大事な誰かが笑っていてほしい。そのために、いま、自分にできることをやりつづけること、それ自体がたたかいなんだ、ということ。そういう考え方が今回、ルミエルのことばで示されています。

と同時に、人々が闇の力に支配されて狂暴化してしまうのは、そういう「みんなが喜んでスイーツを食べて、にこにこ笑って居られる」時間や空間、仲間関係が守られていない時。あるいは「ひとりぼっちでいるとき」なんだ、ということも、今回描かれていますね。

だから、プリキュアたちがビブリーを「ひとりぼっちにしない」と決めて、闇の力に染まった人形・イルのなかから救い出そうとする・・・ということになるわけですね、はい。

「プリキュア」の「キュア」はまさに、英語で「治す・癒す」という意味をもつことばのキュアです。だから、プリキュアたちは闇の力に染まった人々を治し、癒し、救済する。また、人々を闇の力に染まらないように、常に光あふれる日常生活を創り出そうとする。そういう存在だということになりますね。

(C)その一方で「光があるから、影がある」ということも、プリキュアの世界では大事にされていますね。次週の予告編を見る限りですが、プリキュアたちの大事にするきらきら輝いたスイーツの世界があるから、同時に影や闇の部分もあるということ、それを闇の力の支配から解き放たれたビブリーが、プリキュアたちに伝えようとしているようです。

ということで、今週のプリキュアの「解説」でした。

あ、来月末公開の劇場版映画のCMもいよいよ、流れ始めました。劇場版映画の始まる頃に、次年度のプリキュアの商標登録ができていれば・・・。来年も「放送あり」ですね。


最近読んだ本をまとめて紹介(2537冊目~2551冊目)

2017-09-15 09:04:47 | 本と雑誌

最近読んだ本がだいぶんたまってきました。またまた著者名と本のタイトル程度ですが、紹介しておきますね。

2537冊目:佐々木弾『統計は暴走する』中公新書ラクレ、2017年

2538冊目:内田樹『日本辺境論』新潮新書、2009年

2539冊目:鴈咲子『給食費未納 子どもの貧困と食生活格差』光文社新書、2016年

2540冊目:山口周『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』光文社新書、2017年

2541冊目:鷲田清一・山際寿一『都市と野生の思考』集英社インターナショナル(新書)、2017年

2542冊目:中野剛志・柴山桂太『グローバリズムその先の悲劇に備えよ』集英社新書、2017年

2543冊目:長谷部恭男・石田勇治『ナチスの「手口」と緊急事態条項』集英社新書、2017年

2544冊目:内田樹・姜尚中『アジア辺境論 これが日本の生きる道』集英社新書、2017年

2545冊目:加藤彰彦『貧困児童 子どもの貧困からの脱出』三省堂書店、2016年

2546冊目:山本由美『教育改革はアメリカの失敗を追いかける 学力テスト、小中一貫、学校統廃合の全体像』花伝社、2015年

2547冊目:小林隆児・西研編著『人間科学におけるエヴィデンスとは何か 現象学と実践をつなぐ』新曜社、2015年

2548冊目:石戸諭『リスクと生きる死者と生きる』亜紀書房、2017年

2549冊目:杉本直樹『部活動指導スタートブック 怒鳴らずチームを強くする組織づくり入門』明治図書、2015年

2550冊目:NHKスペシャル取材班『原爆死の真実 きのこ雲の下で起きていたこと』岩波書店、2017年

2551冊目:康純編著『性別に違和感がある子どもたち トランスジェンダー・SOGI・性の多様性』合同出版、2017年


 


9月10日のプリキュアの話です。

2017-09-12 22:55:50 | プリキュア話

こんばんは。

ここのところ他大学の集中講義等々、いろいろ忙しくて、9月10日(日)のプリキュアの話をブログに書くのを忘れてました。火曜日になりましたが、そのことを書いておきます。

まず、例のプリキュアの結晶の話から。これはどうやら来週から登場する新アイテムにつかわれる様子です。その結晶は「クリスタル・アニマル」といい、それを「キラキラルクリーマー」という道具にセットすると、今まで以上に強い力でクリームがでてくるのでしょう。今年のプリキュアは、みなさん、それぞれにホイップクリームとか、カスタードクリーム等々、クリーム状のもので敵を攻撃したり、我が身を守ったりしてますんで。それで、今日からもうCMでキラキラルクリーマーがでていますし、来週の予告編でもこのキラキラルクリーマーの話が出てました。

それから、本編の今日のプリキュアの話ですが。これは「働くお母さん」を意識した物語になってましたねえ。メインの流れはいちか(キュアホイップ)の母親が帰国して、再び出国するまでのわずか2日くらいの話。いちかの母親は、発展途上国の農村で働くお医者さん(父親は武道家で道場を開いている)。その母が一時帰国して、いちかたちがやっているキラキラパティスリーを訪ねてくる・・・というのが、前半の主な内容ですね。まあ、そのなかで、幼いいちかに、海外に出る前の母親が、「いちかが笑っていると、みんなが元気になる」と言ったエピソードが紹介されます。

後半は、その母親に、いちかが自宅でケーキをつくって食べさせようとする話。何度つくってもうまくいかず涙がこぼれそうなのを、いっしょうけんめいがまんして、笑顔をつくろうとするいちか。そんないちかを「しばらく見ない間に成長した」とか、「ごめんね。いままでさみしい思いをさせて・・・」と言って抱きしめて、ふたりで号泣という展開。まあ、たまには泣いてもええやん、ってことで。

そのあと、ケーキが完成して、いちかは出国する母親を近所のバス停まで送るのですが、その途中で敵を発見。「お母さんみたいに、私にもやらなきゃいけないことがある」といって、バス停ですぐに母親とサヨナラして、他のプリキュアに合流。いちかがプリキュアに変身して敵とたたかっているその頃に、母親は空港で、母親の似顔絵のようにデコレーションしたいちかのケーキを食べようとする・・・という展開で終わりました。

あと、今回のラストで、以前、プリキュアたちに倒されたビブリーが復活しています。どうやら敵のボス・ノワールさまに「これが最後だよ」とそそのかされて、パワーアップしています。このビブリーが来週以降、どのような形で登場してくるのかが見ものです。また、来月にはおそらく劇場版映画が公開されますんで、そろそろ予告編映像が番組のどこかで流れることでしょう。たぶん新アイテムも、その劇場版映画と何かつながりがあるのではないかと・・・。


今日(9月3日)のプリキュアの話です。

2017-09-03 09:34:07 | プリキュア話

おはようございます。今日も日曜日、いつものとおりプリキュアの話からです。

今回の放送分は、あきら(キュアショコラ)が実行委員長になって、苺野高校の学園祭を盛り上げるというお話。当然、同じ高校に通うゆかり(キュアマカロン)も出てきます。

例年の学園祭よりももっと面白くということで、高校を「不思議の国のアリス」の世界にしようと、他の生徒たちを説得して・・・という展開ですね、はい。それで、あきらは王子さま、ゆかりは女王さまの衣装を着ております。

そして、その学園祭に、中学生プリキュア4人組(いちか・ひまり・あおい・シエル)と、あきらの病弱な妹がやってくる・・・というお話です。また、中学生プリキュア4人組が、あきらの妹といっしょに学園祭の出し物をまわったり、いっしょにクッキーづくりをしたり・・・。なにしろ、この苺野高校では、学園祭が終わったときに「いちばん大好きな人」にクッキーをあげたら願いがかなうと言われているそうなのです。

その一方、病弱の妹のことが気がかりで仕方がないけど、あきらは自分が実行委員長なんで、学園祭の運営にかかりっきりにならなきゃいけない。妹のこと、学園祭のこと、両方が気になりながらも、でも、両方とも大事にしたいと思って無理をする。そんなあきらの「心の闇」に、敵・エリシオがつけこんできます。

それで・・・。エリシオがやってくると、前回のゆかり(キュアマカロン)のときと同様、プリキュアの物語がだんだん哲学・思想や心理学の世界に近づいてきます。

今回のエリシオはあきらの「心の闇がみたい」といって、変身後のあきら=キュアショコラを裁判にかけます。どういう裁きをするのかというと、自分がキラキラルを奪った学園祭の参加者全員と、同じくキラキラルを奪ったあきらの妹、両方を天秤の上に載せて、「どちらか片方だけを救え」と迫るのです。

でも、「どちらか片方を選ぶなんてことは、できない」というキュアショコラは、自分のもっているありったけのキラキラルを両方の天秤にぶつけて、天秤それ自体を壊しにかかります。そして、天秤それ自体を壊して、妹と学園祭の参加者全員を救い出すのですが、全力を使ったので消耗して、倒れ込みます。

まあ、そこへ他のプリキュアたちが変身してやってきて、エリシオたちを追い払って・・・。学園祭が終わったあと、妹とあきらがお互いにクッキーを交換してという、そういう終わり方になるわけですが。

あと、今回もキュアショコラのもっていたプリキュアの結晶、成長してまあした。他のプリキュアの結晶も成長してますが、これは今後、どうなるのかな?

しかしまあ、この天秤の上に大事な人を分けて載せて「どちらか片方だけを救え」というエリシオの迫り方と、「どっちも大事だから」といって天秤自体を破壊するキュアショコラ。なんか、マイケル・サンデルの哲学教室の授業みたいですねえ、ほんとに。で、プリキュアたちは「どっちかを選べ」という問いかけに対して、「どっちも大事だから、どっちも助かる道を選ぶ」と、その問いかけ自体を問い返すという道を選んだわけで・・・。

まあ、こんな感じで「お子さま向けアニメ」といって、プリキュアをなめていてはいけません。そこには哲学や思想、心理学など、人文系の諸学問領域が引き受けるべきような、ふか~い問いがいつも潜んでいます(笑)

あ、次回はいちか(キュアホイップ)の母親が一時帰国でもどってくる話のようです。いちかの母は、発展途上国の農村で働くお医者さんだそうで・・・。