できることを、できる人が、できるかたちで

京都精華大学教員・住友剛のブログ。
関西圏中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

意外なところで、意外な評判が

2013-06-30 20:57:46 | いま・むかし
昨日は京都市伏見区の「ふしみ人権のつどい」で、いじめ問題に関する講演をしてきました。
その講演終了後、このつどいを企画・運営されていたみなさんと懇親会をしてきたのですが、そこで私に関する意外な評判をお聞きしました。もちろん、プラスの方での評判なのですが。
まず、この「人権のつどい」でいじめ問題を取り上げるときに誰を講師に呼ぶか検討されたときに、「テレビにしょっちゅう出てくるような有名人ではなくて、地道にこつこつ活動や研究を続けてきて、信頼できる人」を呼ぼうと、企画・運営をされた方は考えたのだとか。
そのときに、今から7年前、2006年の大阪市の青少年会館条例廃止問題のときに、他の人権教育系のそうそうたる研究者たちが「沈黙」する道を選んだなかで、「さまざまなバッシングがあっても一歩も引かずに、そこに通う子どもの最善の利益という観点から、この条例を廃止するのはおかしいと言い続けた」ということで、「この人は信頼できる」と私のことを思い出したのだそうです。
そして、その私が、最近ではいじめや子どもの自殺の問題についても、教育学や子どもの人権論の立場から情報発信を続けているということ。こんなことから、講師依頼をしようということを思い立ったのだとか。
意外なところで、数年前に自分がやったことの意外な評判があるんだなあ・・・って、あらためて思った次第です。


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仕事がひと段落したら、やってみたいと思っていること

2013-06-29 10:55:16 | ニュース
今月はじめの全国学校事故・事件を語る会で話したことのメモを、こちらのブログに掲載して以来、ほぼ1か月弱近く更新が途切れてしまいました。ほんとうに申し訳ないです。
この間、国会での「いじめ防止対策推進法案」審議のこととか、いろいろと言いたいこと、書いておきたいことは山ほどあったのですが、残念ながら本業の大学での仕事などに追われて、まとまった時間をとってブログを書く時間が取れませんでした。
今後も夏休みに入るまでどれだけ時間が取れるかわからないのですが、ひとまず、仕事がひと段落ついたら、やってみたいと思っていることをいくつか、ここで書いておきます。

(1)「いじめ防止対策推進法」の中身について、私なりにコメントをすること。
(2)この約30年近くの日本の「いじめ防止策」や「子どもの自殺防止」の取り組みをふりかえること。
 まず「いじめ防止対策推進法」って、どうもこの間の遺族の声だとか、社会的に「いじめ対策をなんとかしてほしい」と願う人たちの声が、「逆手」にとられた感じがするんですよね。遺族などの声の高まりに対して、「ほら、政権与党として、我々も精力的にいじめ防止に取り組んでますよ」とアピールして、参院選に向かう。そのために「とにかく、現状維持+政権与党に都合のいい形で法律をつくった」という感が強いんです。それは中身を読めば読むほど、そういう印象が濃くなる。「これって、隠蔽にかわる新手の事態の沈静化策だなあ」と思った次第です。
 ただ、この約30年間、「いじめ防止」や「子どもの自殺防止」について、日本政府(特に文科省)がどんなことに取り組んで、何を実現し、何ができていないか・・・ということ。あるいは、遺族の側を含めて、「いじめ防止」や「子どもの自殺防止」に関する取り組みを強く求めてきた側が、何を政府に要求し、どんなことを実現させてきたのか・・・ということ。この2つのことを理解できていないと、たぶん、気づかないだろうなあって。

(3)「第三者調査委員会のあり方」についてのコメントを出すこと
 これも先日、公教育計画学会の自由研究発表で少し取り組んだのですが、2011年6月の文科省通知を受けて、子どもの自殺(疑いを含む)事案が生じたときに、各地で第三者調査委員会が立ち上がるようになりました。ですが、今月初めの全国学校事故・事件を語る会でも指摘されたように、必ずしも立ち上がった第三者調査委員会が、遺族側から見て適切な形で機能しているかというと、そうとはいえないケースも起きています。また、いじめによる子どもの自殺事案だけでなく、事故死や指導死(体罰を苦にしてのものも含む)の事案についても、適切な検証作業が行われてしかるべきです。こうしたことについて、ここでまた、何らかのコメントを発する必要があるかな・・・・って思っています。

(4)「火消し」の立場から「見物人」の議論の中身を問いなおすこと
 これはこのところ、いろんな大学での授業などで話をすることですが、ちょうど学校や教育行政の外から「これはおかしい」等々の指摘をして、その改善を求める立場というのは、火事が起こったときの見物人の立場に近いのではないかと。
 つまり、自分が直接火を消すのではないけど、燃えている建物や消防士たちの動きを見て、ああでもない、こうでもないと論評しているわけですよね。もちろん、その見物人たちの議論のなかには的確な指摘もあって、今後の火災予防や発生時の対応に必要な指摘も多々含まれているかと思うのですが。
 でも、肝心の火消し、消防士は、その見物人たちの議論をどう見ているのでしょうか? 
 つまり、学校や教育行政の内から、その外側から言われるような指摘、提案について、どのように見えているのかということ。
 ここのところの検討作業って、意外と重視されていないな・・・という印象を受けるんですよね。
 今回の「いじめ防止対策推進法」をめぐる議論でも、学校現場や地方教育行政の関係者、保護者たち、さらには子どもたち自身の意見はきちんと聴取されたのかどうか・・・。
 そういうことで、今後「火消し」の立場から「見物人」の議論の中身を問いなおす必要があるのではないか、と感じました。
 これは気長にやっていくしかない作業だとは思うのですけどね。

ということで、ひとまず、思いつくままに、今後やってみたいことを書いておきました。




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2日間の全国学校事故・事件を語る会で感じたこと。

2013-06-03 06:26:31 | ニュース
教育・心理・福祉・法学・社会学等々の各専門領域の言葉と、学校事故・事件で亡くなったり、傷ついたり子どもとその家族・遺族の願いから生まれる言葉を重ねあわせて、そこからどのような学校・教育行政への「呼びかけ」「問いかけ」の言葉を創りだすのか。また、その「呼びかけ」「問いかけ」の言葉に適切に応答し、学校で亡くなったり、傷ついたりした子どもやその家族・遺族の願いに届きうるような、教育実践や教育政策・制度を語る言葉を、どのように創り出すのか。
この両者をつなぐ言葉を創り出す作業はきっと、哲学や現代思想の力が必要になってくる領域。あるいは、いまある人間観・子ども観を問い直したり、新たな人間理解・子ども理解を創り出したりする作業の必要な領域。
そして、きっとこういう原論的な部分からの裏付けを持たなければ、実務的なところでいうと、まずは関係修復的な形でいじめ防止・体罰防止等々の作業なんてできないような気がする。また、関係修復的なものにつながるような制度(法)の構想も、その理念の部分で行き詰って、いいものができないような予感。
そんなことを、この二日間の全国学校事故・事件を語る会で感じました。

神戸新聞NEXT2013年6月2日付け配信記事:第三者委のあるべき姿問う、学校事故事件を語る会がシンポ
http://www.kobe-np.co.jp/news/kyouiku/201306/0006044098.shtml


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遺族への学校・教育行政の「応答する責任」とは?―「第三者委員会のあり方」を考えるために―

2013-06-02 20:49:43 | 受験・学校

※以下の内容は、今日、神戸で行われた全国学校事故事件を語る会のシンポジウムで私が話した内容をまとめたメモ。なお、会場で配布したものから誤字等を修正している。

遺族への学校・教育行政の「応答する責任」とは?
―「第三者委員会のあり方」を考えるために―

※下記の文中で「遺族」と書いている部分は、学校で我が子を亡くした遺族だけでなく、重い心身の傷を負った子どもの家族にも当てはまることである。また、「第三者委員会」と書いた部分も、「学校・教育行政」「裁判所」に置き換えても成り立つ余地がある。

1:大庭健『「責任」ってなに?』(講談社現代新書、2005年)から
 下記のように、哲学・倫理学の本で「責任」を論じたものの内容が、意外と学校事故・事件の問題にも通じると考える今日この頃。

○責任がある・責任を担う、ということは、「なぜ、どういう理由(わけ)で、そうするの?」という問の前に立たされることを含意する。(p.30)
○なにも自分を危うくしてまで外部の声に応える必要はない・・・。それは、そうかもしれない。しかし、そのようにして身を保っているあいだに集団が外部に危害を加え、外部から問われたときに、「自分はマニュアルどおりに業務をこなしただけ」と応じるのは、やはり無責任である。いわんや「自分の立場では、他のようにはできなかった」と答えるのは、責任を担う主体であることを放棄するにひとしい。
メンバーの多くが、このように外部からの問いかけに耳をふさぐようになっているときには、逆にまた、集団内部のコミュニケーションも、一層その動脈硬化が進行し、抑圧的なものとなる。こうして集団全体は、外部にたいして加速度的に無責任になる。(p.175)

2:遺族の側からの呼びかけに、学校・教育行政や第三者委員会はどう応答するのか?
「事実を知りたい」という遺族の願いの多くは、学校の教職員に対して、亡くなった子どもの事実経過をふまえつつ、「(あのとき)なぜ、どういう理由(わけ)で、そうするの?(そうしたの?)」という形をとる。
また、なぜ遺族がこれまで民事・刑事の訴訟にこだわり、国家賠償法の壁を厚い壁を越えようとするのか? そうでもしなければ、最も遺族が問いかけ、理由を聴きたい人々が「呼びかけ」に応じないからでは?
第三者委員会の良し悪しは、この遺族からの「呼びかけ」をどこまで意識するかにかかっている。

3:また、第三者委員会は、誰に対して、何について「応答する責任」を有するのか?
 亡くなった子どもの名誉回復など、子どもの人権の救済・擁護のため。
 遺族などの知る権利への対応のため。
 他の子ども・保護者・地域住民などへの事情説明、今後の対応のため。
 同様の事故・事件の再発防止のため。
 教職員の処分や訴訟対応のため。

4:そして、誰に対して、何について「応答する責任」があると考えるのかによって、たとえば第三者委員会が行う調査のあり方や、検証結果の集約・整理方法、再発防止策の提案等は異なるのでは?
例えば個々の第三者委員会において、「遺族はどこまで「応答すべき相手」だと意識されているのか?」「亡くなった子どもの存在はどこまで意識されているのか?」ということ。
特に、自分たちの名前すら示さない第三者委員会は、誰とどのように向き合いたいのか?
また、第三者委員会が自らを「責任を担う主体」として、学校・教育行政に対応するためには、どのような位置に立ち、何を調査し、検証する必要があるのか?
さらに、第三者委員会として、そのことを突き詰めて考えてみたことがあるのか?

5:そもそも第三者委員会は、事実経過の検証作業等を通じて、誰と、どのように向き合い、何を語りたい(説明したい)のか?
そもそも、それぞれの第三者委員会報告書は、誰が、誰に宛てて書いているのか? 
たとえば遺族、教職員、教育行政関係者、研究者、マスコミ、住民、裁判官等々、数多くの人びとの眼に触れることを意識する文書になり得ているのか?
自分たちに問われていることが何なのかがよくわかっていない、あるいは、読み手に伝えたいメッセージのはっきりしない第三者委員会報告書は、おそらく読むに堪えない。
一方、自分たちに問われていることが何なのかをよく自覚した第三者委員会報告書は、そのスジに沿って、事実関係の整理や自らの見解・再発防止策の提示等ができているはずである。(おそらく、同様のことは民事・刑事の裁判の判決にも言えることでは?)

6:今後しばらくの間、「第三者委員会報告書の検証」という形で、遺族(当事者)とともに、新たな学校事故・事件研究の仕事を立ち上げる必要があるだろう、ということ
今後、しばらくの間、「第三者委員会報告書の鑑定人」が遺族サイドには必要。→「出しっぱなし」にはさせない、ということ。
遺族の側から、「第三者委員会報告書」という形で発せられた学校・教育行政側の声に、適切な「応答」をする必要性があるのではないか?
※当面「鑑定人」を私(住友)はやるつもりだが・・・。

7:最後に
起きてしまった悲しい事故・事件に関する遺族の願いと、亡くなった子どもの事実経過から浮かび上がる思いは、学校・教育行政に「変わってほしい」と願う「呼びかけ」といえるものである。特に事実経過から浮かび上がる子どもの姿は、学校・教育行政への「命がけの問いかけ」といってよい。
その「呼びかけ」「命がけの問いかけ」に責任を持って応答する主体を、学校・教育行政や第三者委員会に入る関連領域の専門家が適切に立ち上げることができるかどうか?
調査や経過の検証作業、説明や再発防止策の検討・実施など一連の「事後対応」のあり方は、そこで決まってくるのでは?
そしてこの「呼びかけ」「命がけの問いかけ」に適切に応答できるような学校・教育行政、あるいは関連領域の専門家であれば、おそらく、日頃から子どもたちの呼びかけ、命がけの問いかけにも誠実に応答するのではなかろうか。
遺族からの呼びかけに応答することは、学校・教育行政および関連領域の専門家が、子どもからの呼びかけ、命がけの問いかけに誠実に応答する力を取り戻すためにも重要である。
以上


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