できることを、できる人が、できるかたちで

京都精華大学人文学部・住友剛のブログ。
関西圏に関することを中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

これから、つきあい方を変えます。

2015-09-19 07:01:25 | 学問

このたびの国会での安保関連法案の成立に関して、付け加えて言っておきます。

それから日頃、子どもの安全・安心の確保とか、防災とか、学校のリスク管理とかいうている研究者、専門家諸氏。

あなたたちが、この国に暮らすありとあらゆる人々を戦争やテロの危険性、リスクにさらすことになった法律が、あんなむちゃくちゃな手続きで可決・成立してしまったことに対して、抗議行動どころか、な~んも発言しなかったとしたら・・・。

私は、そんな研究者、専門家諸氏のやってきた取り組みについて、その学問的成果や専門家としての力量を全面的に否定はしないものの、部分的・限定的なものとして冷ややかな目線で見ていくこと、今後のかかわりについても同様に部分的・限定的にして、距離を置いてつきあうことを、ここで明確に言っておきます。

以上、2つめの今日のうちに言っておきたいことでした。


こんなことくらいで私たち、まだあきらめるわけにはいかないのよ!

2015-09-19 06:51:01 | 国際・政治

あの「悪法」と呼ぶしかない安保関連法案が、今日未明の参院で可決成立してしまいました。

この間、各地でのデモや抗議集会に参加してきた私としては、とても容認しがたい結果になりました。

でも、私の大好きなプリキュアにならって、「こんなことくらいで私たち、まだあきらめるわけにはいかないのよ!」と言っておきます。

そこで、当面、何をするか。

まずは今後の選挙で、私は今の安保関連法案の採決で賛成した各党の議員および首長候補には、今後、自分の投票行動としては一切、そこに投票しないことにします。

もちろん教育や子ども施策について、あることを政策的に実現していくために、このような各党の人々と協議しなくちゃいけないこと、協力したほうがいいことが何度かあるかと思います。

その点については、また個々の状況に応じて是是非非で考えます。

ですが、今回安保関連法案の採決で賛成した各党の議員および首長候補について、上記のとおり、自分の投票行動としては、今後一切、彼ら彼女らに入れることはないでしょう。

そして一日も早く、今回の安保関連法案の採決で賛成した各党の議員・首長候補が今後の選挙で落選するか、政界引退をするか、それとも悔い改めて離党し、出直すか。そういう形になることを願います。

なお、今回の安保関連法案の採決で賛成した各党が真摯に反省し、成立したばかりの安保関連法の廃案を次の国会以降に提案して、すぐに可決するときなど、このようなコメントがいい形で撤回される日がくることも、あわせて願っておきます。

以上、今日のうちに言うておきます。

このほかにもまだまだ言いたいこと、やりたいことは多々あるんですが、それは今後、ひとつひとつ本の紹介をしながら、このブログに書きます。


2166冊目:二松啓紀『移民たちの「満州」 満蒙開拓団の虚と実』

2015-09-14 23:37:30 | 本と雑誌

2166冊目はこの本。

二松啓紀『移民たちの「満州」 満蒙開拓団の虚と実』(平凡社新書、2015年)

先月読んだ本の締めくくりはこの本。

かつて京都府内から満蒙開拓団として送り出された人々のことを連載記事に書いた新聞記者が、その連載終了後も資料を読み直したり、取材を積み重ねて、新たに書き下ろした本。なかなか、読み応えがあります。

それとともに・・・・。日本国内の農村の諸問題の「解決」策として、日本各地の農村から旧・満州各地に送り出された数多くの人々。その旧・満州各地では、地元の中国人らを追い出したり、破格に安く買い上げた農地に入植し、作業に従事することになるが・・・。今度はソ連参戦後、ソ連軍や中国人らの攻撃にさらされ、身ぐるみはがされる形で帰国したり、旧・満州で徴兵されてソ連軍とたたかい、シベリアに抑留される人々も出る。そして日本に帰国後も苦難の生活を歩まざるを得なかった人々も多い。これが日本の植民地政策の実情だったのだ・・・ということも、この満蒙開拓団に関する著者の研究からはわかります。

移民たちの「満州」: 満蒙開拓団の虚と実 (平凡社新書)


2165冊目:保阪正康『戦場体験者 沈黙の記録』

2015-09-14 23:25:31 | 本と雑誌

2165冊目はこの本。

保阪正康『戦場体験者 沈黙の記録』(筑摩書房、2015年)

「戦友会」はそこでしか兵士たちが過酷な戦場体験(自らの直面した命の危険性と、自ら他者の命を奪うことの罪悪感の両方)を語ることができなかった場であり、また、そこでしか語られないことで、戦場体験は社会全体に広まることなく封印された側面がある。

これゆえ、たとえば程度の差こそあれ、日中戦争当時に中国で残虐な掃討戦(治安戦)に参加した兵士の体験談が残っているのに、それを「なかった」ことのように語る人々がいること。また、特攻機でアメリカ海軍の艦船に攻撃をかけたパイロットのなかには、海軍上層部への批判を突入直前に語った者もいるのに、それが「なかった」ことのようにされていること。こうしたことを、本書の著者は問題視している。

さらに本書では、最も過酷な戦場に居て生還した兵士たちほど記録や語りを出しづらく、むしろ大本営参謀や上級司令部勤務の将校など、後方に居た者ほど敗戦直後から記録や語りを残し始めたことも指摘している。そういう人々の記録や語りには、当然、失敗した作戦等々に対する自己弁護もまじっていることであろう。

なお、この本の第2章(日中戦争の実態を伝える)、第3章(元戦犯たちの苦悩)の内容は、野田正彰『戦争と罪責』と切り口が若干異なるが、中身はかなりのところで重なっている。あと、戦地の「慰安所」の設置についても、軍医や衛生兵などの記録から、地域差はあるにせよ「ほぼ一般的にはこのような形で、現地の業者などを介在させながら、軍として兵士の性の管理の必要上、このように慰安所を設置したのではないか」という例を出している。

戦場体験者 沈黙の記録 (単行本)


2164冊目:野田正彰『戦争と罪責』

2015-09-14 23:15:33 | 本と雑誌

2164冊目はこの本。

野田正彰『戦争と罪責』(岩波書店、1998年)

かなり古い本なのだが、この本も先月読んだ本の1冊。

日中戦争での「加害」行為に関する兵士・将校の手記等を手がかりにして、旧日本軍の加害性を認識して罪責を自覚に至るプロセスについて考察したもの。また、日中戦争中の軍医の記録などから、戦場での加害行為を忌避し、飲食ができなくなるほど心身が追いつめられた「戦場栄養失調」の人々の存在を明らかにしている。

戦争と罪責


2163冊目:笠原十九司『日本軍の治安戦』

2015-09-14 23:07:36 | 本と雑誌

2163冊目はこの本。

笠原十九司『日本軍の治安戦 日中戦争の実相』(岩波書店、2010年)

この本も先月読んだ本の1冊。こちらは日中戦争において「治安戦」と称して行った作戦の実情について、日中双方の記録をつきあわせて実相を明らかにしようとしたもの。八路軍など、中国共産党軍の浸透に対して、いわゆる「三光」作戦として行われた日本軍の作戦がこの「治安戦」でもある。占領地の治安維持のために徹底した掃討戦を日本軍は行うのだが、その渦中で民間人を殺害したり、あるいは物資の略奪等々を行って、ますます日本軍憎しの心情を中国人に与え、八路軍に協力的にさせてしまっていく・・・。このプロセスはおそらく、かつてはベトナムに、今はアフガニスタンやイスラムの諸地域に攻め込んだアメリカ軍にもあてはまるのではなかろうか。

日本軍の治安戦――日中戦争の実相 (シリーズ 戦争の経験を問う)


2162冊目:香月泰男『私のシベリヤ 香月泰男文集』

2015-09-14 20:27:02 | 本と雑誌

2162冊目はこの本。

香月泰男『私のシベリヤ 香月泰男文集』(筑摩書房、1984年)

昨日で終わるかと思ったのですが、他の作業に追われて、まだ先月読んだ本の紹介が残ってしまいました。今日はなんとか、終わらせたいです。

さて、この本は2161冊目の栗原俊雄『シベリア抑留』(岩波新書)に関連して、関東軍の兵士としてシベリアで実際に抑留された経験のある画家が、自らの体験を綴った本。誰か別の戦争体験を綴った本を読む中で、参考文献として出て来ていたので、それで古本屋から取り寄せて読みました。

私のシベリヤ―香月泰男文集 (1984年) (筑摩叢書〈290〉)


2161冊目:栗原俊雄『シベリア抑留』

2015-09-13 13:54:23 | 本と雑誌

2161冊目はこの本。

栗原俊雄『シベリア抑留』(岩波新書、2009年)

この本も8月中に読んだ本の1冊。もしかしたら、出てすぐの頃にも一度、読んだかもしれない。

新聞記者である著者が、シベリア抑留の問題を取材して連載記事にした内容をふまえて、新たに書き下ろした部分も加え、一冊の本にまとめたもの。敗戦から70年が過ぎて、この「抑留」の経験者ももうかなりの高齢。「抑留」体験をきちんと聴き取って記録し、その体験を裏づける文書記録等の発掘に全力を挙げなければ、この悲劇的な出来事も人々の記憶に残らなくなる。

シベリア抑留―未完の悲劇 (岩波新書)


2160冊目:益川敏英『科学者は戦争で何をしたか』

2015-09-13 13:47:19 | 本と雑誌

2160冊目はこの本。

益川敏英『科学者は戦争で何をしたか』(集英社新書、2015年)

今日もまた、8月中に読んだ本の紹介から(きっと今日で、8月中に読んだ本の紹介は終わるはず)。

この本はノーベル物理学賞をとった著者が、「9条科学者の会」の呼びかけ人の一人として書いたもの。

だから反戦・平和憲法擁護の立場から、原子力技術を含む科学技術の平和利用や科学者の戦争協力の問題などを取り上げているし、科研費など研究費をニンジンにして政策目的に誘導されていく研究者のあり方を問う一冊になっている。

そういえば、今は学校事故のリスク管理論でも科研費がとれるのか。目の前の学校の問題点を責めるのに必死になるあまり、気付けばもっと大きなところで政策目的に誘導され、他の領域の研究と同じように、政治的に自分の研究成果が利用されている・・・なんてことがないように、気をつけなければいけないかと思う。

科学者は戦争で何をしたか (集英社新書)


2159冊目:井原裕『うつの8割に薬は無意味』

2015-09-12 21:30:57 | 本と雑誌

2159冊目はこの本。

井原裕『うつの8割に薬は無意味』(朝日新書、2015年)

今度も先月読んだ「うつ病論」の本。最近の本だけど、こちらは2158番目の本とは切り口が異なる。

こちらの本は、タイトルにもあるとおり、「うつ」の治療に薬物投与はそれほど必要がなく、必要なのは2割程度の人だという。「薬の前に、まずは睡眠・断酒」等々生活環境を整え、からだのリズムを取り戻すことが大事だ・・・・というのが、基本的な論旨。

この論旨もよくわかるし、製薬会社が「うつ」に効く薬を売り込もうとしている・・・・という話も、それなりによくわかる。

ただ・・・。そうなってくると、では「なぜこの現代日本社会において、睡眠などのからだのリズムに変調をきたし、その影響で心身のバランスを崩して精神科医療のお世話になる人が増えてくるのか?」という、きわめて重要な課題がこの本を読むと浮上する。

また、この点については、2158番目の本を読んで感じたこと(なんらかの社会生活上の適応に困難を抱え、気分の落ち込みや過敏等のメンタル面で生きづらさを感じている人がいて、助けを求めて精神科医療の窓口に来ること)とも重なってくる。

うつの8割に薬は無意味 (朝日新書)


2158冊目:貝谷久宣『気まぐれ「うつ」病』

2015-09-12 21:20:27 | 本と雑誌

2158冊目はこの本。

貝谷久宣『気まぐれ「うつ」病』(ちくま新書、2007年)

この本も先月読んだ1冊。2007年とちょっと古めの本だが、学生の卒論指導の必要があって(=「うつ」をテーマにした卒論を書く学生が居る)、このところ「うつ病」論関係の本を何冊か読んでいる。

ただ、いろんな本を読めば読むほど、最近の「うつ」に関する議論が、よくわからなくなる。

この本が扱っている非定型うつ病なるものも、そのような「うつ」に関する議論のひとつ。

なんらかの社会生活上の適応に困難を抱え、気分の落ち込みや過敏等のメンタル面で生きづらさを感じている人がいて、なおかつ、こうした人に精神科医療が投薬も含めて、適切なケア・支援を行おうとしていること自体は、基本的に私は肯定的な見方をしている。

ただ・・・。そのような人々の状態を説明し、何らかのケア・支援を行う概念として、はたして「非定型」の「うつ」と称することが妥当なのかどうか・・・。シロウトの感覚でしかないのだけど、たとえば何か別の診断名をつけるというか、そういう方向を考える道筋もあるような気もする。

気まぐれ「うつ」病―誤解される非定型うつ病 (ちくま新書)


2157冊目:内藤正典『イスラームから世界を見る』

2015-09-12 21:06:00 | 本と雑誌

2157冊目はこの本。

内藤正典『イスラームから世界を見る』(ちくまプリマ―新書、2012年)

この本も8月中に読んだ本の1冊。

3年前に出た本だけど、例の安保関連法案が中東情勢とからんで制定されようとしている頃だから、安保関連法案の問題と併せて読んだら、なおいろんなことが見えてくるような気がする1冊。

やっぱり、イスラーム文化圏の国々やそこで暮らす人々には、その人々の独特の価値観や生活習慣、そして文化、政治のしくみなどがあるわけだから、そこを無視して、一方的に西欧文化圏の国々の論理で政治・外交等々をすすめても・・・・という側面はありますね。

とはいえ、イスラーム文化圏の国々も、西欧発祥の「人権」概念や国民国家の枠組みを受け入れたり、資本主義経済と近代の欧米諸国発祥のさまざまなモノ(車だとか、パソコンだとか)を受け入れているわけだから、どこかに、非イスラーム文化圏の国々との相互理解の糸口はあるなあ・・・とも思います。

とすれば、イスラーム文化圏の国々とも、「経済交流や文化交流を軸にした平和外交」の路線が成立する余地も多々あるわけで・・・。なぜ安保関連法案でアメリカの推進する中東での政治、特に戦争に加担する道を選ぶのか、よくわからない、と私などは思うのですが。

イスラームから世界を見る (ちくまプリマー新書)


2156冊目:さいきまこ『神様の背中~貧困の中の子どもたち~』

2015-09-12 20:58:08 | 本と雑誌

2156冊目はこの本。

さいきまこ『神様の背中~貧困の中の子どもたち』(秋田書店、2015年)

「書籍扱い」のコミックということなので、一応「先月読んだ本」のなかに入れました。

これは、「子どもの貧困」問題をある臨時採用の女性の小学校教員の目線から捉えたマンガ。

ただ、ストーリーを構想するにあたって、「子どもの貧困」問題に詳しい研究者や弁護士、NPO団体の関係者、元学校の教員などに話を聴いたり、実際に貧困世帯の子どもへの支援に取り組む現場などを取材している様子がうかがえる。

その分、ストーリーにかなりリアリティがあって、たとえばこの問題に関心がある学生などにとってはうってつけの入門書になっているようにも思われる。

神様の背中~貧困の中の子どもたち~(書籍扱いコミックス)


2155冊目:上田紀行『人間らしさ』

2015-09-12 20:44:16 | 本と雑誌

2155冊目はこの本。

上田紀行『人間らしさ』(角川新書、2015年)

この本も先月読んだ本のなかの1冊。大学における教養教育のあり方など、参考になることも多々ありましたが・・・。

やっぱり一番印象に残っているのは、この本の第1章の「データ化される私たち」の内容かと。

アマゾンで本を何度か注文すると、その履歴から今度はアマゾンから「おすすめ本」を紹介してくれるように。あるいは定期健康診断に行けばいろんな数値データとともに、あなたはここが悪いから診察受けた方がいいですよと言ってくれるように。私たちは「データ」によって、自分たちの暮らしを隅々まで「管理」される社会に生きています。

ある意味、学校事故の防止に関するリスク管理の議論と、これにもとづくテクニカルな学校安全論だって、そういう「データ」によって人々の暮らしを「管理」される社会の動向が顕著に現れた一領域かもしれません。

でも、人間ってそのように、行動や思考のありようを全てデータ化して、管理することが可能な存在なのか。また、それが可能として、そういうデータ化や管理することって、ほんとうに「やっていいこと」なのかどうか。そもそも、そのように行動や思考のありようをすべてデータ化して、管理するような社会で、人間は人間らしく生きているのだろうか・・・。

こういうことについて、ハッと考えさせられた1冊です。

人間らしさ 文明、宗教、科学から考える (角川新書)


2154冊目:渡辺京二『近代の呪い』

2015-09-12 20:16:03 | 本と雑誌

2154冊目はこの本。

渡辺京二『近代の呪い』(平凡社新書、2013年)

まだ8月に読んだ本の紹介が続きます(このあと12~13冊あります・・・・)。

「近代」という時代の捉え方について、いろいろ考えさせられた本。講演内容を文字起こししたようで、とても読みやすい。

特に「近代」は人々の生活のあらゆる領域が国家のケア・管理のもとにおかれる時代で、それへの異議申立ても、自分たちの利益を実現するためのプレッシャーグループも、どちらも「対国家」という要求の形式にからめとられるという「第1話」最後の指摘。これは「なるほど~」とうならされました。

これはまさに、今「オルタナティブ教育」だとか、「多様な教育機会支援法」だとかで、不登校の子どもたちのフリースールのありようをめぐって生じている動きに重なりますね。

また、この指摘は他にも、学校における子どもの事故・事件防止やいじめ防止の議論、さらには中学校のスポーツ部活動のあり方に関する議論なども、対文科省(政府、国家)に要求する前に、個々の学校現場レベルで(あるいは自治体レベルで)解決する道筋もあるはずなのに、それがなぜ対文科省(政府、国家)的な要求事項になるのかを考えることにもつながります。

いずれにせよ、近代学校あるいは近代教育の矛盾を指摘し、それろ乗り越えようとする数々の動きも、気付けば近代学校、近代教育をさらに「純化」する国家的な動きのなかに回収される・・・という図式を、この本の指摘から思いうかべてしまいました。

ある意味で、いま、学校やそこでの教育のあり方について、「子どもを守れ」という観点から批判的に行動したり、発言したりしている人々ほど、最も「近代学校」や「近代教育」の枠組みに呪縛されているのかもしれない・・・・という、そういう認識がどこかで必要になってきているのかもしれませんね。

近代の呪い (平凡社新書)