できることを、できる人が、できるかたちで

京都精華大学人文学部・住友剛のブログ。
関西圏に関することを中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

2269冊目:うちの大学が恋愛ものの映画の舞台に??

2016-03-31 20:35:54 | 本と雑誌

2269冊目はこの本(今月はこの本だけ特別に、別扱いで紹介します)。

七月隆文『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(宝島社文庫、2014年)

この本の著者は、京都精華大学美術学部、つまりうちの大学の卒業生。

最初はライトノベルを書いていたけど、最近、一般文芸の世界に進出してきた方なんだそうな。

そしてこの小説は、うちの大学をモデルにした「木野美術大学」の学生が、叡山電車のなかで出会った同じ年頃の女の子に一目ぼれして、恋に落ちる・・・・という物語。

でも、このふたりは悲しくてせつない運命の糸でつながっていて・・・・。

まあ、あまりこれ以上書くとネタばれになるのでやめます。

そして、60万部近く文庫本が売れたこの小説、2016年の12月、福士蒼汰&小松菜奈のコンビで映画化されます。

なんとまあ、うちの大学が舞台になって恋愛映画がつくられる日が来ることになるとは・・・(笑)

なお、映画化に関する詳しい話は、下記のページを参照してください。

福士蒼汰&小松菜奈、三木孝浩監督“王道の純愛ラブストーリー”恋人役で初共演 小説『ぼく明日』実写化

http://www.oricon.co.jp/news/2065206/full/ (2016年1月13日・オリコンスタイル)


 


2265冊目~2268冊目:その他さまざまなジャンルの本(今の日本の政治情勢関連?)

2016-03-31 20:01:16 | 本と雑誌

次に紹介する4冊の本は、ジャンルがバラバラですね。

まあ、しいていうなら、今の日本の政治情勢を考えるための本ということになるかな?

今回も細かい内容紹介を抜きにして、本のタイトル等だけ紹介しておきます。

2265冊目:郭洋春『国家戦略特区の正体 外資に売られる日本』(集英社新書、2016年)

2266冊目:中島岳志・島薗進『愛国と信仰の構造 全体主義はよみがえるのか』(集英社新書、2016年)

2267冊目:シェリー・ワリア(永井大輔訳)『サイードと歴史の記述』(岩波書店、2004年)

2268冊目:佐藤健志『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』(徳間書店、2016年)



2259冊目~2264冊目:教育・心理・医療系の本を中心に

2016-03-31 19:45:42 | 本と雑誌

今度は3月中に読んだ教育・心理・医療系の本を紹介します。

今回もまたまた、細かい内容の説明を抜きにして、タイトル等のみ紹介します。

2259冊目:片田珠美『許せないという病』(扶桑社新書、2016年)

2260冊目:徳永進『どちらであっても 臨床は反対言葉の群生地』(岩波書店、2016年)

2261冊目:西川純『高校教師のためのアクティブ・ラーニング』(東洋館出版社、2015年)

2262冊目:西川純『すぐわかる!できる!アクティブ・ラーニング』(学陽書房、2015年)

2263冊目:佐々木正美・梅永雄二監修『大学生の発達障害』(講談社、2010年)

2264冊目:肥下彰男・阿久澤麻理子編著『地球市民の人権教育 15歳からのレッスンプラン』(解放出版社、2015年)

 


2254冊目~2258冊目:今度は「昭和史」関係の本を中心に

2016-03-31 19:31:06 | 本と雑誌

引き続き、今月読んだ本の紹介です。

下記に紹介する5冊は、いずれもいわゆる「昭和史」関係の本ですね。

また、今度も細かい内容紹介をぬきにして、本のタイトル等々だけの紹介にします。

2254冊目:保阪正康『昭和史のかたち』(岩波新書、2015年)

2255冊目:栗原俊雄『遺骨 戦没者310万人の戦後史』(岩波新書、2015年)

2256冊目:杉之尾宜生『大東亜戦争敗北の本質』(ちくま新書、2015年)

2257冊目:シャーウィン裕子『戦争を悼む人びと』(高文研、2016年)

2258冊目:半藤一利『B面昭和史』(平凡社、2016年)


2249冊目~2253冊目:主に歴史関係の本を中心に。

2016-03-31 18:50:15 | 本と雑誌

しばらく更新が途切れました。

忙しかったということもありますが、それ以上に花粉症がひどくなったり、扁桃腺が腫れて寝込んだりとか、そういう体調不良もありまして。

ひとまず今月読んだ本の紹介を何回かにわけて、ブログに書いておきます。

まずは歴史ものの本を中心に5冊、紹介しておきます。

まあ、細かい説明なしに、とりあえず「読んだ」という報告だけで。

2249冊目:呉座勇一『一揆の原理』(ちくま学芸文庫、2015年)

2250冊目:山本博文『大江戸御家相続 家を続けることはなぜ難しいか』(朝日新書、2016年)

2251冊目:飯倉章『第一次世界大戦史 諷刺画とともに見る指導者たち』(中公新書、2016年)

2252冊目:小林丈広・高木博志・三枝暁子『京都の歴史を歩く』(岩波新書、2016年)

2253冊目:井上章一『京都ぎらい』(朝日新書、2015年)

 


今度は「多様な教育機会確保法案」に思うこと。(8)―今度は別の切り口から読んでみる―

2016-03-16 22:55:04 | 受験・学校

今日、花粉症に悩まされながらも、ある人とのメールのやりとりでふと、気付いたこと。先日の公教育計画学会研究集会in京都以来、考えてきたこともありますが・・・。「たとえ話」で書くとわかりやすいと思うので、それで書きます。

①ある過疎地域の町村で、子どもの数が激減。小1~中3までの子どもがその町村全体で100人ほどになってしまった・・・。

②子どもの数と学校の適正規模を考えると、小中一貫の公立学校をその町村で1校つくって、維持するのがやっと。なので、その町村の中心部に1校、公立の義務教育学校を設置して、バスで巡回して登下校をサポートすることにした。これで一応、学校教育法上の市町村の学校設置義務はクリアした形をつくる。

③ところが、その町村でいちばん学校から遠い集落Aの子どもたちが、「バス通学に1時間かかるのはしんどい」「もう遠いから、あそこまで行きたくない・・・」と訴え、学校を休みはじめた。その集落には、人数的には小中学生あわせて10人ほどいる。

④その一方、その集落Aには、廃校になった小学校のあと施設が、高齢者施設やスポーツ施設などの複合施設として利用されている。

⑤そこで、その10人ほどが「不登校」の状態であると考え、この子たちを対象に、「遠隔地の子どもを対象にしての通信教育」を導入し、集落Aのおとなの誰かを世話係にして、その複合施設でICT技術を活用した学習活動を行う。これをもって「義務教育に代替」したものと見なす。あるいは、「いっそその世話係の方を中心にフリースクールを立ち上げてもらって、それで義務教育を代替したことと見なす」なんてことも・・・。(で、この通信教育の部分をどこかの教育産業に「外注」に出す、なんてこともありうる)

⑥そして集落Aでそういう対応が可能なら、集落Bも、Cも同じ対応を・・・と続いていき、気付けばその町村の中心街の学校そのものも『いっそ、公設民営でフリースクールに任せてもいいんじゃないか?』なんて話に・・・。(そうしたらバスの維持費要らないし、学校の維持費等々も安くつくんじゃないか・・・)

⑦あと、ほんとうに「義務教育に代替」したものを受けたとみなしていいかどうかは、「中学校卒業程度認定テスト」を集落Aの子どもに受験させて、一定のレベルをクリアできたかどうかをチェックすればいい、と考える。

ということで、「多様な教育機会確保法案」が成立後、「学校統廃合」が進む過疎地域で「こういうこと、ありうるんじゃない?」と私が考えたことでした。公教育計画学会の先日の研究集会でも、ちらっとそんな話が出ていたように思うので。

ちなみに教育再生実行会議の第6次提言の前半は、「一億総活躍社会」実現を目指してのフリーター・ニート防止の観点から、不登校対応(そのなかにフリースクールを位置づける)の話がでていますが、後半は「地方創生」の文脈で、過疎地域で小規模校存続の観点から「ICTを活用した教育」等々の話がでています。



今度は「多様な教育機会確保法案」に思うこと。(7) ―新しい超党派議連の法案を読んでみる(その2)―

2016-03-15 09:53:33 | 受験・学校

http://freeschoolnetwork.jp/wptest/wp-content/uploads/2016/03/20160311_joubunan.pdf

なんかこの法案、超党派議連のなかで何度も座長案が練り直されているようで・・・・。

ついこの前、3月4日に新たな座長試案が出たかと思ったら、もう先週11日に新たな案が「座長案」として、上記のPDFファイルに出ています。

ただ内容を一読した限りでいえば、この3月11日案、3月4日案と「大差ない」というのが私の実感です。

それと、この法案によって一部フリースクール関係者は「第13条で『休養の重要性』が認識された」「学校外の学習機会の必要性が位置づいている」というのかもしれませんが、私は「それはちがう」と認識しています。

むしろ、「学校外の学習機会の必要性」や「休養の重要性」を位置づける「ふり」をしながら、第12条・第13条をつなげて読むと、「学校外の学習機会で何を行っているのかや、そこでの子どもの状態を国や自治体が継続して把握し、必要におうじて「助言・情報提供」という形で、子どもと保護者に直接介入する余地をつくった。また、学校外の学習機会にかかわる子どもと保護者の状況に介入することで、間接的にフリースクール等にも影響を及ぼす余地をつくった」という風に、この法案を理解することができます。

それこそ、たとえばある学校で長期不登校にある子どもがフリースクールに通うことになったけど、そのフリースクールでも休み続けているようなケースがあって、その状況を国や自治体がつかんだとします。

そうすると、「休養が必要とはいうものの、もう十分に休み続けましたよね。そろそろ、そのフリースクールで何か具体的な活動をしてみてはいかがですか?」という助言や、「そのフリースクールの活動は、おたくのお子さんには合わないのではないでしょうか。むしろ、こちらで営まれている適応指導教室ですとか、別のフリースクールのほうが、おたくのお子さんにはふさわしいと思うのですが」という情報提供が、その子どもや保護者に行なわれるかもしれないわけです。

字面どおりこの12条・13条をつなげて読めば、そういう理解も成立します。

このようにして、フリースクールに直接は介入しないものの、そこに通う子どもと保護者に「助言・情報提供」という形で、積極的に介入する余地をつくった・・・・というのが、この法案の趣旨のようにも思われます。

「この法案が通ってしまったら、本当にフリースクールは(国や自治体から)「フリー(自由)」でいられるの?」と、3月11日案を読んで、私はあらためて思いました。


 



今度は「多様な教育機会確保法案」に思うこと。(6) ―同じ話のくり返しになりますが―

2016-03-10 23:17:46 | 受験・学校

このブログを見ている人にしてみると、「くり返し」の話になりますが、あえて今日も書きます。

今日の昼間に、公教育計画学会の研究集会(3月13日)の準備のために読んだ「多様な教育機会確保法案」の3月座長試案は、実質的に夜間中学とフリーター・ニート防止の観点からの不登校支援の法案になっています。

ですから、「一億総活躍社会」づくりに向けて、「社会的自立」を学校に通う子にも、家にひきこもる子にも迫るための法案の「どこに多様な教育があるの?」と思うのです。

しかも支援が必要な状況にある「不登校児童生徒」の範囲は文科省が決めることになっています。

その文科省の決めた「不登校児童生徒」の範囲と、この「一億総活躍社会」実現という目的に照らしての「休養」承認だし、フリースクール支援なんですよね。

3月座長試案の条文と、教育再生実行会議での不登校の子ども関連の議論を付き合わせたら、くっきりとこういう政策的な方向性が見えてきます。

それにしても、そのくらいの政治的な文脈読む作業すらやらないんだろうか、この法案を容認する立場の研究者のみなさん?


今度は「多様な教育機会確保法案」に思うこと。(5) ―新しい超党派議連の法案を読んでみる(その1)―

2016-03-06 20:57:04 | 受験・学校

http://ponchi-blog.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/pdf-6dc4.html

上記のブログページから、今日、あらためてこの法案を読んだのですが・・・。

第3条「基本理念」の1にある「全ての児童生徒が安心して学校における普通教育を十分に受けられる環境の確保」に向けての諸施策、この法案には文部科学大臣が基本指針をつくる程度のことしかなくって、あとはさっぱり出てこないんですけど。

ということは、裏を返せば、この基本理念の1の実現に向けての諸施策は、あんまり「やる気がない」ということですかね、超党派議連&文科省? ただのリップ・サービスかしら?

たとえば、「安心して学校における普通教育を受けられるように」と多くの子どもや保護者、現場教職員、地域住民等々が願って、「全国学力学習状況調査(いわゆる全国学力テスト)」の廃止だとか「教職員の増員・勤務環境の改善」「道徳の教科化の廃止」、あるいは対人関係に不安を持つ子どもに余計なことしないようにと言って「アクティブ・ラーニングを一斉に適用しない」とか言い出したら、文科省や超党派議連、どうするんだろう??

あと、法案推進派の人々は、この基本理念の1の実現の部分については、どういう考えをもっているんだろう??

そうそう、この法案でいう「普通教育」って、現行の教育基本法や学校教育法にもとづく教育の内容を指すんですよね?

とすれば、今現在の小中学校などで行われている「普通教育」の中身がやっぱり、前提になるということかと。

ということは、基本理念の2の前半にある「不登校児童生徒が安心して学校において普通教育を十分に受けられる環境を整備しつつ」ということで、超党派議連&文科省的には、今後も「学校復帰」を一方で目指していくとも読み取れますね。

あるいは、その基本理念の2の後半にある「不登校児童生徒が行う多様な学習活動の実情を踏まえ、不登校児童生徒の個別の状況に応じた必要な支援」を行う前提にも、現行の教育基本法や学校教育法にもとづく「普通教育」があるわけですよね? 

とすれば、「これって普通教育にもどすか、もしくはそれに準じる学習活動を、個々の子どもの状況に応じて、学校外で多様にやる」ことが前提になっているのでは?

そして、この法案によると、この法案でいう「不登校児童生徒」って、「相当の期間学校を欠席する児童生徒のうち、学校における集団の生活に関する心理的な負担その他の事由のために就学困難な状況として文部科学大臣が定める状況にあると認められる者」をいうのだそうです。

とすれば、この文部科学大臣の定める状況に「あてはまらない」子どもは、この法律による支援等々の対象には「あたらない」と言われる危険性があるわけで・・・。


今度は「多様な教育機会確保法案」に思うこと。(4) ―教育再生実行会議の提言との関係―

2016-03-05 11:08:03 | 受験・学校

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/pdf/dai6_1.pdf

こちらは教育再生実行会議の「「学び続ける」社会、全員参加型社会、地方創生を実現する教育の在り方について(第六次提言)」(2015年3月4日)の一節。一年前のちょうど今頃、教育再生実行会議は、こういう提案をまとめていたんですね。

超党派議連が最近出した新しい「多様な教育機会確保法案」の基本的な趣旨は、ここにあるんじゃないですかね? (ついでにいうと、例の「チーム学校」構想とも、この教育再生実行会議の不登校等の子ども・若者支援に関する提言は、かなり親和的ですね。学校が多様な子ども支援の職種・学校外の機関、団体との連携をはかるわけですから)

でも、この内容って、今までの不登校・中退・ニート等の若者への支援と「どこがちがうの?」なんですけど・・・。

○以下、教育再生実行会議第六次提言からの引用。

(不登校、中退、ニート等の若者への支援)
○ 国は、不登校や中退、若者のニート化を防止するとともに、こうした経験のある人の再チャレンジを支援するための総合的な政策パッケージを策定し、推進する。
○ 具体的には、フリースクール等における多様な学びへの対応を含めた小学校から高等学校までを通じた抜本的な不登校等に係る対策を講じるとともに、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、学力向上や進路支援を行う地域人材等の配置充実を図る。また、ハローワークや地域若者サポートステーション等と連携した就職支援、社会的・職業的自立に向けたキャリア教育、高等学校中退者に対する高等学校等就学支援金相当額の支給による学び直しのための経済的支援策等を一層充実強化する。

○以上、引用おわり。


今度は「多様な教育機会確保法案」に思うこと。(3) ―「当初の趣旨はどこへ?」の超党派議連の新法案―

2016-03-05 09:59:07 | 受験・学校

ついに不登校が法律で定義された! 2016年3月4日 超党派フリースクール等議連連盟・夜間中学等義務教育拡充議員連盟合同総会 音声ファィルほぼノーカット版+当日配られた全資料 多様な(き)教育 (ブログ「鳴かず飛ばず働かず ひきこもり名人、勝山実。生涯、半人前でいい」より)

http://ponchi-blog.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/pdf-6dc4.html

いま、3月13日の公教育計画学会研究集会の報告準備をちょっとずつ、すすめていきます。

で、その報告準備にかかわって、こちらのブログをご紹介します。

こちらを見ると、例の「多様な教育機会確保法案」が今、超党派議連でどのような案に変質して、どのような議論になっているかがわかります。

さっそく最新の超党派議連の法案を読んでみましたが・・・。

この最新の超党派議連の法案って、不登校状態の子どもを文科省(大臣)が定義して、その子どもたちを公教育(としての学校教育)の枠組みに包摂するために、従来ある不登校支援の諸施策を法的に位置づけることを主目的とした法案になっていますね。で、その包摂の枠組みのなかに夜間中学とフリースクール等々も位置づけてしてしまおう、という構想になっている感があります。

ですから、いまある公教育(としての学校教育)のなかに、多様な教育理念等々をもつオルタナティブな学校を位置づけるとか、子どもの実情に即した多様な教育形態を認めよう・・・という当初の法案づくりの趣旨は、かなり後退しています。

それにしても、不登校支援以外の理由から「多様な教育機会確保法案」に賛同してきた人々は、この最新の法案で納得できるのかなあ??

また、夜間中学には不登校の子どもたち以外にも多様な人々が通っているわけで、必ずしも不登校支援のためだけに営まれているものではないですし・・・。

また、よくよく条文を読み込んでいくと、不登校という形で今ある学校になじみづらい子どもたちのために「特別な教育課程」に基づく学校をつくるとか、教育・福祉・心理等々の各分野の連携で対処するとか言う話も出ています。でもこの枠組みって、従来の「特別支援教育」の枠組みに近づいてきているような気がします。とすれば、「現行法のままでできること」が多々あるんじゃないか、という気にもなりますよね。

こんな風に考えたらもう一度原点に立ち返って、「不登校の子ども支援のための施策」と「多様な教育機会の確保のための施策」を切り分けて、「現行法のままでできること」「新たな立法が必要なこと」等々、課題の整理からやりなおしてみたほうがよさそうです。

いずれにしても「このまま法案成立させてええんかいな、みなさん??」と、あらためて最新の超党派議連の法案を読んで思ったのでした。

<追記>

上記のブログのなかに、この法案づくりの動きについて、次のような記述があります。

この法案づくりの動きの問題点を的確に示したコメントで、とても重要だと思います。ご参考までに引用しておきます。

○以下、引用部分

この多様なき教育機会確保法案というのは、知りたくても知ることことのできない、隠蔽されっぱなしの法案でした。法案は議員と一部の関係団体(主に東京シューレ)以外、見ることができない。密室で作成され、途中経過は一切開示されない。ニュースで新しい法案(骨子案)が発表されたと報じられても、一般市民はそれを見ることはできません。

法案づくりからの排除。では誰が排除されたのか。当事者である子ども。不登校の子どもをもつ保護者。この法案に関心を持つ市民、そのすべてが法案づくりから排除されている。

法案づくりは昨年の2月から始まったと言われるが(?)、最初の一年は完璧に排除されていたでしょ、知る権利ゼロ、発言権ゼロ。今年の2月になって、この法案が上程される寸前になって、法案に反対している一つの団体の代表ひとりが、議連のヒアリングに呼ばれました。ヒアリングの時間はたったの5分。意見を聞くためのヒアリングではない、法案のつくる手続きの一環としての、反対している人の意見も聞きましたよというアリバイ作りのためのヒアリングです(現状ではヒアリングそのものが形骸化している)。ゆえに反対派の真意が法案に反映される、なんてことはない。

(余談だが、議連のヒアリングにおける、推進派のフリースクール関係者の態度を知ってド肝をぬかれた。問題点を検討し、批判をくわえる、なんてことはしない。ただ賛成して、成立に期待しているだけ。交渉能力ゼロの赤ちゃんなのです)

○以上、引用おわり。

 


一連の組体操をめぐる議論に思うこと(9) この画像を見てください。

2016-03-03 23:10:01 | 受験・学校

あえて何もコメントせず、ツイッターで見つけた二つの画像を貼りつけておきます。

 

 

 

 

 


一連の組体操をめぐる議論に思うこと(8) 2月前半につぶやいたことのまとめと、比較してほしい記事

2016-03-01 21:07:12 | 受験・学校

一連の組立体操(通称・組体操)をめぐる問題は、徐々に議論が落ち着きを見せているようで、正直「ホッ」としています。

ここであらためて自分が何をこの問題で発信してきたのかをふりかえる意味で、今年2月前半(主に2月4~10日)にツイッターのアカウント(@tsuyo0618)で自分がつぶやいたことを転載しておきます。

これを転載しておきますと、組立体操の危険な技の「規制」を求めてきた側の「ゆらぎ」と、私の主張とのちがいが明確になると思うので。

https://twitter.com/tsuyo0618/status/695037333800812544

‏@tsuyo0618 2月4日 タワーやピラミッドは危ないとして、おじょ~の学校でやってるような組体操の「横に広がる」技や「寝転んで起きて」を使う技も含めて全部止めるの? RT @kyoiku_shimbun: 組体操のけがは避けられない 中止したほうがよい http://buff.ly/1o5Oi7w

https://twitter.com/tsuyo0618/status/695038429638193158

‏@tsuyo0618 2月4日 タワーやピラミッドのような高さにこだわる技には確かに加重や落下の危険度が高い。でもそれは組体操の技の全てではない。もっと重大事故事例から軽いケガまでの対応関係と組体操の練習や本番の実施状況などを精査して、何が一番危険な技でどれがまだマシでどれが安全か、具体的に示してほしいよなあ。

https://twitter.com/tsuyo0618/status/695040141237178368

@tsuyo0618 2月4日 脇で組体操の議論見てると、確かに危険な技やりすぎなのをどうにかしろとは思う。だけど、他方で今の批判的な議論も別の意味で危ないと思う。特に組体操の実施が学習指導要領に書いてないことを持ち出して批判的に言う論調は、とても危ない。

https://twitter.com/tsuyo0618/status/695042321713201152

@tsuyo0618 2月4日 だから危険な組体操の批判も学習指導要領に書いてないことを問題にするんじゃなくて、まずはいまどきの子どもの体力・体格とその危険な技をやることとの関係についての学校現場の理解と、やるにあたっての準備や事故防止策のあり方に的をしぼって問題にすべきだと思うけど。

https://twitter.com/tsuyo0618/status/695043684077711360

‏@tsuyo0618 2月4日 ついでにいうと、とにかくまずは知られていない事故の危険度を訴えるときと、本格的な事故防止策を立案するときとでは、データや事例の集め方や検討のしかたは違ってくるはず。組体操の批判についても、前者から後者への移行がそろそろ必要だと思います。

https://twitter.com/tsuyo0618/status/695530785936248832

@tsuyo0618 2月5日 住友剛さんが産経ニュースをリツイートしました

これって組体操での重大事故防止の必要性は認めるものの、他方で学校現場での実践に対する中央政界の介入開始の合図ともとれるんですけど。こういう対応が先例になり、後々子どもも保護者も現場教職員も自分たちの首を締めないか、心配。

https://twitter.com/Sankei_news/status/695522211080187904

https://twitter.com/tsuyo0618/status/695620689974300672

@tsuyo0618 2月5日 いじめの重大案件への対応に絡ませて「道徳の教科化」推進したり、部活顧問の暴力を苦に自殺した高校生の問題を契機に高校の専門学科廃止をたくらんだ政治家がいるような状況下では、「組体操」規制が危険な技だけの禁止にとどまらず学校の他のことにまで波及しないか、注意しておく必要がありますね。

https://twitter.com/tsuyo0618/status/695621559847759872

@tsuyo0618 2月5日 「惨事便乗型」の教育改革の手法にうまくのせられず、本当に必要な子どもの安全管理策や子どもや保護者、学校現場への支援策「だけ」をやるとか、あるいは他の不必要な改革は極力やらせないとか、なにか工夫が必要なところではないのかな~と、ここ2~3日の「組体操」関連の動きを見て思いますね。

https://twitter.com/tsuyo0618/status/696897200232620032

@tsuyo0618 2月9日 本気で事故防止に取り組みたいから組体操の規制というのではなくて、「何やらメディアを通じて大騒ぎしている人が増えたし、国会にまで批判の声が届いたから、とにかくガイドラインでも出しておこうか」というレベルの規制というのは、これ、教育行政の「その場しのぎ」でしかないですからね。

https://twitter.com/tsuyo0618/status/696898884790947840

@tsuyo0618 2月9日 本気で組体操の事故を防ぎたかったら、熱心にやってきた学校を一つ一つ誰かががまわって、①事故の危険性がどの程度あるのかを説明する、②代替プランとして運動会でどんなことするのか一緒に考える、③そのための教職員研修等の時間確保やアドバイザーを派遣できるための条件整備を行う、が必要。

https://twitter.com/tsuyo0618/status/696915084342235136

@tsuyo0618 2月9日 この危険な組体操に関する規制の話もそうだし、あるいは「多様な教育機会」の例の法案の話もそうだけど、行政サイドの動きにも批判的な目を向けたいけど、同時に今まで仲間だと思っていた側の話にも「ほんまにそれでいいの?」と思うことが最近目につくようになってきましたね。

https://twitter.com/tsuyo0618/status/697243373925564416

@tsuyo0618 2月10日 だからこの組体操の問題、私は命の危険に本当に関わるようなことは一定の規制をするとしても、どの程度まで学校現場で子どもと教職員と保護者、地域住民が試行錯誤したり、失敗したりする余地を残すかという観点からも議論してほしいんですよね。あらゆるリスクを排除する形で対応するのではなくて。

以上が2月前半に私がツイッター上でつぶやいたことです。

この内容をふまえた上で、次のヤフーニュースで配信された組立体操の危険性を強くこの間指摘してきた人の記事を読んでください。

全廃か存続か 「安全な組体操」の可能性を探る ピラミッドとタワーはどこに向かうべき? (2016年2月28日 8時35分配信)

http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryouchida/20160228-00054847/

この記事と、私がツイッターでつぶやいた一連の内容とをよく比較してください。

「それって今月初めにツイッター上で私が言ったことと、かなり重なってますよね?」ということと、「どうしてこの程度のことを、組立体操の危険性を指摘する際に考えられなかったの?」ということ。その2点を私としてはこの記事から考えてしまいました。