できることを、できる人が、できるかたちで

京都精華大学人文学部・住友剛のブログ。
関西圏に関することを中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

市政改革プラン(素案)の中身のひどさ

2012-05-28 09:15:28 | 受験・学校

http://www.city.osaka.lg.jp/shiseikaikakushitsu/page/0000166819.html

昨日に引き続き、この大阪市の「市政改革プラン素案」のパブリックコメントの件です。

私は一応、昨日、下記の項目について、「これは撤回してほしい」「これは見直してほしい」という趣旨でコメントをつけて、メールで送信しました。主に子どもに関わる施策、社会教育・生涯学習に関する施策、文化施策や人権施策に関するものが中心です。

幼稚園・保育所の民営化、子どもたちの野外活動施設、公営プール、スポーツセンター、生涯学習センター、市音楽団、市民交流センター、識字教室、1歳児保育への補助、教育相談事業のサテライト(=かつてのほっとスペース事業)、男女共同参画センター(クレオ大阪)、子どもたちの体験活動、子育て支援(子育ていろいろ相談センターの廃止など)、障害者スポーツセンター、環境学習センター、キッズプラザ運営補助、文楽協会・大阪フィルハーモニーへの補助、区民利用施設(区民センターなど)、放課後事業(子どもの家など)、ファミリーサポートセンター、学校元気アップ地域本部、学校の一般維持運営費、保育料軽減、学校給食協会交付金。(追記:あとで人権博物館と、朝鮮学校を含む学校法人への補助金も追加してパブリックコメントを送信しました)

ひととおり並べてみて、「まあ、こんだけ、よくも予算削減・統廃合の対象にリストアップしてくれたものだな」と、率直に思いました。ある意味、大阪市の子ども施策や社会教育・生涯学習施策、あるいは人権施策や文化施策などで「重要」とおぼしきものの多くを「切る」姿勢を示した、といえばいいでしょうか。これが「ゼロ・ベースでのグレート・リセット」なるものの内実です。

と同時に、まだ「基本方針編」を読んでいないのですが、これらの施策を打ち切るとか、施設統廃合や予算削減などを提案してくるページを見ていると、だいたいこの素案作成者が、次のような方針で大阪市の改革を考えているのではないか、ということがすけて見えました。

(1)まだ具体的な区割り案も、都構想の全容も判明していないのに、「将来的に8~9の特別区に移行」することや「新しい基礎自治単位」ができあがることを前提にして、「その8~9の特別区に1つ」という形で施設の統廃合を検討している面があること。また、誰が就任するかわかっていない「公募区長」就任を前提にして、「各区で」という形で議論を投げている面もあること。

(2)学校選択制の導入を一方ですすめようとしているなかで、なにか地域コミュニティ単位で施策を考えるときには「校区等」「中学校区」などの言葉で説明をしていること。学校選択制の導入は地域社会における子どもどうしのつながりを解体し、子どもを仲立ちにした保護者や地域住民の関係を崩すにもかかわらず、一方で「校区等」のコミュニティ単位を維持させようというのは、どう考えても無理があるのですが。

(3)施策の検討において「比較他市」というのが繰り返しでてくるのだが、その他市の低い方向に大阪市の施策をあわせようとしている。つまり、子ども施策などの「低位平準化」を目指す方向で大阪市の今後の施策を提案していること。(しかし、どうしてより条件の悪い都市に合わせなきゃいけないのか?)

(4)素案で提案されている内容と、関係法令の趣旨との整合性があまり考慮されていない。たとえば、先日可決成立した大阪市教育行政基本条例の第8条3項の趣旨からすれば、子どもや成人の学校外の学習施設(=社会教育・生涯学習施設)の維持・運営は、これからの大阪市の行政の大きな仕事であり、市教委・市長双方の協力によって実施すべきことです。にもかかわらず、上記のとおり、数々の施設が統廃合の対象になっているのは、いかがなものか。また、「音楽文化の振興のための学習環境の整備等に関する法律」や「文化芸術振興基本法」などの法律の趣旨からすれば、国との連携・協力のもとで、文楽や音楽などに関する施策を大阪市として実施すべきところだと思うのですが。

(5)さまざまな施策を打ち切ったり、あるいは公的施設の統廃合をすすめることは、ある意味で行政が担ってきた公的なサービスの後退をすすめるわけですが、そういうことをしても、そのすきまに民間が簡単に参入してくれるとか、住民がその公的な取り組みを担ってくれると、安易に考えているのではないかと思われること。民間企業であれNPOであれ、あるいは住民の自治組織であれ、参入のためのしくみや参入を促進する何らかの枠組みがなければ、入りたくても入れないのではないかと思うのですが。

(6)また、ここに参入する民間企業やNPOにどういう条件を課すのかについても、何も考えがなさそうだと思われること。たとえは保育所を民営化していくことを仮に是としても(私はあまりおすすめしませんが)、その民間委託する相手先である保育所にどういう条件を求めるのか。子どもの成長や生活の保障という観点から、あるいは保護者の就労等の支援という観点から、さらには、そこで働く保育労働者の権利保障という観点から、いろんな条件をつけて民間委託を行う必要があると思われるのですが、そういうことについては何もこの素案では触れられていませんね。

というような次第で、「どうしてこんな素案がいいものだと思えるのか? 私はぜんぜん、いいものだとは思えない」と感じて、昨日は一日かかって、パブリックコメントを送ったのでした。


このパブリック・コメント募集の方法って、本当にいいの?

2012-05-27 22:18:35 | 受験・学校

http://www.city.osaka.lg.jp/shiseikaikakushitsu/page/0000166819.html

いま、大阪市役所が「市政改革プラン(素案)」に対するパブリック・コメントを実施しています。29日(火)が受け付けの締め切りなので、とにかく急いで出さねばということで、今日、ひととおり思うことをまずは書いてみました。

とはいえ、上記のサイトにアクセスしてもらえればわかりますが、膨大な資料です。これを全部読みこなすだけで、相当な苦労をすると思います。こういう文書類を読みなれていない方にとってみれば、もう見ただけでものを言うのをあきらめるのではないか。そう思えてきました。

また、私がアクションプラン編別冊を読み、必要なところにコメントをつけるだけでも、ほぼ今日一日かかりました。ここまでするだけでも相当な根気が必要だったのですが、まだ基本方針編などが残った状態です。

なにしろこの資料の提示のしかた自体が、市政改革プラン(素案)を作った側の利便性にもとづいてホームページなどに載せられていて、これに意見を言う市民の側の事情などはまるで考慮されていない感じです。どの事業が、あるいはどの施設がどの部署の所管なのか。あるいは、どの事業やどの施設が、どういう観点から見て予算削減や統廃合の対象になっているのか。こういったことは、ある程度、大阪市の施策に詳しい人でないと、もしくは、こうした行政施策に関する文書を読みなれていないと、けっこう見つけづらいのではないでしょうか。少なくとも、PDFファイルなどで「概要編」などもつくられていますが、「あの概要を見て、私らのような研究者はさておき、市民の多くの方は理解できるのだろうか?」と思ってしまいました。

このような次第で・・・・。私は以下のように思った次第です。

「パブリック・コメント」という形で、市民に広く意見を求める形をとっていながら、実質的には資料の分量も多い上に、市民の方には読みづらい書き方になっているし、読みこなしてコメント書くまでの期間が短い。市民の意見を聴くのにあたって、こういう方法って、ほんとうに妥当なんでしょうかね?

どうやら今後、大阪市は「オープン市役所」なるものをすすめるそうですが・・・・。

http://www.city.osaka.lg.jp/shisei_top/category/2055-0-0-0-0.html

しかし、今回のパブリック・コメント募集のような情報の出し方、見せ方をしている限り、いくらオープンにしたって、情報はきちんと伝わらないのではないか。そう思ってしまいました。

なお、大阪市議会(大阪市会)は、このようなパブリック・コメント受付の在り方について、下記のとおり議会決議で問題が多いと指摘しています。市議会としてきっちり、このような対応の在り方まで含めて、大阪市長以下、行政サイドに指摘を続けてほしいと思います。

http://www.city.osaka.lg.jp/shikai/page/0000170383.html

あと、私が市政改革プラン素案のどういうところに、どんな意見をつけたかについては、後日お知らせします。まだ「基本方針編」とか、見ていないところもあるので・・・・。


成立した教育行政基本条例8条の趣旨は大阪市の市政改革素案の内容と矛盾する。

2012-05-26 11:23:04 | ニュース

http://blog.livedoor.jp/woodgate1313-sakaiappeal/archives/7534085.html

昨日の大阪市議会で、大阪維新の会と公明党の市議団の賛成により、まずは教育行政基本条例案が可決・成立しました。修正が行われたようですが、どんな修正かは、上記の「堺からのアピール」ブログを見てください。

なお、学校活性化条例案については、今回は議決を見送って継続審議になったとのこと。簡単に市長提案(もちろん、維新の会サイドも支持ですけど)の条例案が通らなくなっているという点で、少し、風向きが変わってきたのかもしれません。まあ、もっとも、職員基本条例案を維新・公明・自民の三会派で可決成立させているところもあります。教育行政基本条例案には賛成しなかった大阪市議会の自民党市議団も、職員基本条例案には賛成ですから、今後、注意深く議会の動きを見守る必要があります。

ちなみに、上記のページを見ますと、正直なところ、「根本的なところは何も変わってないし、前文を修正してより悪くなった」という印象です。

この前文の修正により、前よりもさらに今後、かなり無理難題を子ども、あるいは子育て中の家庭にふっかけるような行政改革が行われて、大阪の地域社会が矛盾に満ちてきたとしても、それを自分たちの責任と判断で切り開いていく。そのような、いわゆる「自己責任」論的な価値観を受け入れて生きろと子どもに説く、そういう大阪市の教育への道が開かれました。

また、こういう矛盾に満ちた社会にあっても、規範意識や義務、責任を強調し、「きまりだけは守れ」といって、そういう社会をつくってきた側への抗議の声を上げにくくするような、そんな大阪市の教育が行われる道もできてしまいました。

もっとも、このような道は、自公連立政権の頃といいますか、特に教育基本法改正やその前後あたりからの一連の教育改革のなかでつくられてきたもの。大阪市のこの条例などは、そうした道をかなり極端な形で推し進めているものだということは、いままでこのブログで述べてきたとおりです。(そういう意味では、大阪市議会の自民党市議団が、教育行政基本条例案には賛成しなかったという点、ここに注目する必要がありますね。もっとも、今の改正後教育基本法の趣旨に則れば、あえて条例などつくらなくとも似たようなことはできる、と彼らは言いたいのかもしれませんが。)

それこそ、この条例をつくった人々は、前文でいう「子どもについて、その個人としての尊厳を重んじ、その意見を尊重する」ということが、同じく前文でいう「規範意識」「義務」などの中身と対立しあうという局面があることを、いったい、どこまで考えたことがあるんでしょうか?

たとえば今後の大阪市の学校において「こういう規範意識が大事だ」と教え込もうとした中身が、子どもの個人としての尊厳を損ねたり、「それってなんか、おかしい」という意見を子どもが言いだしたりしたときには、さて、子どもの個人としての尊厳や意見の尊重と、規範意識や義務の中身、どっちを優先するんですかね??? 

なんかこういう風に、教育の思想的なといいますか、あるいは教育の原論的な部分からつきつめて物事を考えていけば、この条例の中身って「ほんとうに大丈夫なの?」と思うような代物。それをまあ、一部修正したとはいえ、よく賛成したものだと、私などは賛成した会派の議員のみなさんに言いたくなってしまいます。

それから、前々から書いていますが、この教育行政基本条例第8条の趣旨からすると、今、パブリックコメントを受け付ける手続きをすすめている大阪市の市政改革素案の中身、あれはかなり見直さなければならなくなると思うのですが。そういう政策面での整合性って、市議会としてきっちり検討されたのですかね????

たとえば、前にも書きましたが、この教育行政基本条例第8条の3項。これって、市教委に対して、市長との協力のもとで、青少年や成人の学校外の学習活動、つまり社会教育・生涯学習の振興を求める条文です。

とすれば、この条例の趣旨に沿って考えるならば、市政改革素案のなかにある市民の学習施設の統廃合や民間委託等の提案については、「いったん、ストップ」ということにしなければ、政策的な整合性はとれません。

具体的に言えば、クレオ大阪や生涯学習センター、市民交流センターなどの各館、青少年の野外活動施設、人権博物館や音楽団、学校地域支援本部などの諸事業にかかわる予算、文楽などの文化的な活動にかかわる補助金などが、こうした社会教育・生涯学習の振興にかかわる予算だと思うのですが、こうしたものを簡単になくすことは、教育行政基本条例8条3項の趣旨からするとできないのではないでしょうか。

同じく8条2項についても、「家庭教育支援条例案」を別途つくるような無茶なことをしなくても、たとえば既存の子育て支援・学習の場づくりに関する諸事業の見直し、施設などの統廃合をやめるだけで、いろんな形で「家庭の教育力向上」につながるのではないでしょうか。ところが、市政改革素案のなかでは、たとえば子育ていろいろ相談センターの廃止提案などを含めて、いくつかカットされる方向でしたよね。

というような次第で、私としてはいまだに、なぜこの条例案に市議の方々が賛成できたのかわからないです。また、この条例案に賛成した市議のみなさんは、今後、市政改革素案に対してどういう態度をとるのか、「まさか、市政改革素案のなかの家庭教育支援や社会教育・生涯学習関連施策を打ち切る部分、これに賛成するんですかね? 賛成するとしたら、教育行政基本条例の趣旨をどう理解して、あれの可決に賛成したんですかね?」と言いたくなってしまいます。

今日のところはひとまず、このあたりでとどめます。


市長も市議も、都合のいいときだけ「民意」と言わないで。

2012-05-25 11:52:48 | ニュース

http://blog.livedoor.jp/woodgate1313-sakaiappeal/

「堺からのアピール」の今日のブログ(上記参照)によりますと、日経新聞のネット配信記事やMSN産経ニュースでは、大阪市議会では維新・公明・自民の三党が賛成する方向で、まず職員基本条例案が成立する見通しだとか。また、教育行政基本条例案についても維新・公明が大筋合意しており、成立する見通しがあるとか。ただ、学校活性化条例案については合意が得られず、7月まで継続審議になるのではないか、ということ。

残念ながら職員基本条例案の検討ができなかったのですが、教育行政基本条例案、学校活性化条例案の二つについては、すでにこのブログでも指摘したとおり、依然として問題だらけです。「こんな条例案になぜ賛成ができるのか、市議たちの考えていることがよくわからない」というしかありません。

一方、「発言する保護者ネットワーク」は、次のような形で、拙速な教育行政基本条例案・学校活性化条例案などの採決に反対する意見書を出しました。

http://hogosyanet.web.fc2.com/kyoiku2jorei.pdf

こういう保護者たちの声を、大阪市の議会も、市長も、市教委も、どのように受け止めているんでしょうか? 学校選択制や中学校給食に関する話し合いの場に出た声を、どのように受け止めているんでしょうか?

「自分の都合のいいときだけ、民意、民意と言わないで!」

あらためて、そう言っておきたいと思います。

あと、今回及び今後の大阪市議会で、職員基本条例案・教育行政基本条例案・学校活性化条例案に、どういういきさつであれ賛成することになった市議のみなさんは、今後、大阪市内の公立学校の教育環境がどんどん悪化した場合、その賛成票を投じたことへの責任をきっちりと負ってほしいですね。また、なぜこの条例案に賛成したのか、その説明を市民に対してする必要があるとも思います。「こんなのいらない」と反対している市民は、それ相応の数いるわけですからね。ついでに、これはこの3月に教育行政基本条例案などを成立させた大阪府議会についても同じことが言えますが。


「大阪市学校活性化条例案」への疑問

2012-05-21 06:59:14 | ニュース

http://www7b.biglobe.ne.jp/~hotline-osaka/3.16kasseikazyourei.pdf

今度は「大阪市学校活性化条例案」について、私の疑問に抱いた点を次のとおり列記していきます。また、条例案そのものについては上記のページを見てください。なお、ところどころに変換ミスなのか、誤字が上記のページには見受けられますが・・・・。

・第1条について。この条例案は基本的に「教職員の能力発揮」と「学校が児童等の活気あふれる場」になることを目指す条例だとのこと。だとしたら、たとえば全国統一あるいは大阪府の学力テストの結果公開、教職員の評価の公開、学校選択制の導入などと、これに関連して行われるPDCAサイクルでの学校改革などで、かえって教職員が委縮したり、子どもから活気が奪われることが生じれば、当然、「学校活性化条例」の趣旨に反することになります。昨日の教育行政基本条例案へのコメントにも書きましたが、すでに学校選択制へもさまざまな批判があり、他自治体では取りやめたところも出ています。また、教職員を「罰、罰・・・・」で追い込むような教育施策の実施に対して、「落ちこぼれゼロ法」以来のアメリカ教育改革の動きを取材して批判した報道も出ています。そういう流れからすると、この第1条の趣旨に即して大阪市が導入しようとする教育施策が、その第1条の趣旨自体を裏切ってしまう危険性が多々あります。この点を議会はきっちりと議論することができるのかどうか・・・・。

・第2条について。毎年、校長が教育振興計画に基づいて学校運営の指針を出すそうですが、振興計画がそもそも何年かの期間を想定して作られるものである以上、そんなにコロコロ校長が指針を変えることなど「めったにない」でしょう。また、コロコロ校長が指針を変えているような学校というのは、逆に「一貫した教育方針がない」という見方もできます。この条文をつくる意味があるのでしょうか?

・第3条について。学校の校長が当該校所属教職員の「能力、適性、勤務意欲の向上」をはかるために「指導、監督」を行うとか。だとしたら、たとえば、校長からの卒業式などでの君が代斉唱の指示が所属教職員の「能力、適性、勤務意欲の向上」にとってかえってマイナスになるとすれば、それはやめていいわけですね? 当然、校長から所属教職員へのパワー・ハラスメント的な指導・監督はすべて条例違反になると思われますし、そういう校長の動きを後押しするような市教委からの指示なども条例違反になるでしょう。

・第4条について。校長が学校運営に関する計画をつくるときに「学校協議会の意見を聴く」「教育委員会が支援する」ということになるそうです。でも「教育委員会の支援」が「指示・命令」に近いものになる危険性が残りますし、「学校協議会」も校長のやりたいことを支持してくれる人々で構成されることもありえます。そして、そのようにして練られた学校運営の計画が、子どもの最善の利益に反したり、保護者の意向などからずれている場合は、学校活性化条例ではなくて、教育行政基本条例の趣旨に反するのではないでしょうか。このように、もともとひとつだった教育基本条例案を2つ(職員条例などをからめると3つ以上)にわけたことで、条例相互間の矛盾が起きる危険性があります。

・第5条について。学校運営に関する経費を校長が要求し、市教委が確保するといいますが、市の財政を握る当局(首長を含む)や予算審議を行う議会が、これにノーを言う危険性が常につきまといます。それは、ここ最近の市政改革素案やPT案などを見てもわかることかと思います。だからこの条文なども、教育行政基本条例案などと同じく、「守る気もない条例を無理やりつくっている」という印象を受けてしまうのですが。

・第6条について。前々から言うように、保護者が学校選択制の導入などいらない、全国学力テストの結果公開など不要といった場合、保護者との連携の趣旨からすると、当然それは「やめるべき」ということになるかと思うのですが。「開かれた学校運営」は、他の方法でもできるかと思いますが。

・第7条について。教員の授業運営に関する評価について、市教委や各学校はどのような手法をとるべきなのか。当然、第4条でつくる計画に即して評価をするわけですから、単純に全国一斉学力テストの結果だけで教員の評価を決めるようなことがあってはならない、もしそれがあったとするとこの学校活性化条例の趣旨に反する、ということになりますが。

・第8条について。ここも第4条などでつくった計画の趣旨に即して評価を行い、各学校の教育改善に向けての取り組みを行うわけですから、全国一斉学力テストの結果だけですべてを判断するようなことが「あってはならない」という趣旨になりますよね。また、市教委からの各学校への支援も、各学校の計画や方針に沿った支援になるのでしょうか。もしそうでなければ、市教委から各学校への「余計なおせっかい」にしかならないと思うのですが。

・第9条について。学校協議会に参加する保護者や「教育委員会が必要と認める者」は、「校長の意見を聴いたうえで、教育委員会が」任命するんですよね。だとすれば、校長と意見が対立するとか、その学校運営の方針や市教委の施策に何か異論のある地元住民・学識経験者などは、当初から排除されている形で学校協議会が設置される恐れがあります。これって、学校活性化条例にもとづく協議会設置という施策が、教育行政基本条例の趣旨を裏切るということになるのでは?

・また、第9条4項(3)によれば、この学校協議会が、保護者から学校へのクレーム申し立ての中身を判断する協議を行ったり、指導が不適切だとされる教員への校長の対応などに意見を述べるとのこと。先ほど述べたとおり、校長や市教委に対して異論がある人が排除された学校協議会においては、校長・市教委の意向に即した形で保護者からのクレーム対応や、指導が不適切だとされる教員への対応が行われる危険性があります。また、そのような学校協議会の対応が、校長や市教委の恣意的な対応の「隠れ蓑」に使われる危険性もあるでしょう。

・第10条について。まずは、これまでの外部人材(あえて民間人とはいいませんが)の校長登用によって、学校改革はほんとうにすすんだのでしょうか? もしも本気でそれを行うのであれば、その点検・検証を市教委として行う必要がありますし、その場合は外部人材が居た学校の教職員や保護者、地元住民、そして子どもの意見なども聴く必要があるでしょう。でなければ、外部人材の校長登用という施策が、教育行政基本条例案の趣旨とずれる危険性があります。

・また、第10条については、公募で優秀な校長が集まることへの「幻想」がこの条文をつくった側にはあるのかもしれませんが、条件が悪い校長職であればだれも寄り付かないかもしれないですし、むしろ従来のような任用のほうが学校経験の豊かな管理職が選べてよかったかもしれない、ということもあるかもしれません。そういう意味でも、外部人材の校長登用をすでに実施したところの点検・検証が必要です。なにかとPDCAサイクルをやかましくいう昨今の教育行政ですから、特にそれはやるべきでしょう。

・第11条について。ここはすでに述べてきたとおり、教職員の評価を学校運営の指針や計画に即して行うのであれば、その学校の全国一斉学力テストの結果だけで判断することはできません。

・第12条について。教職員の研修の奨励について、一般論的にはそのとおりかもしれませんが、たとえば現場を離れて研修をしたり、現場においても授業を離れて研修を行うための「条件整備」がなければ、この条文などは絵に描いた餅になります。となれば、各学校に少し多めに教員を配置するとか、教員に余裕のある形で担当授業時間や校務分掌の割り振りなどができるようにする。あるいは、教員に多様な研修機会を提供する。こういった市教委としての教員支援施策の手厚さが問題になってくると思われます。そちらのほうについては、それこそ教育行政基本条例案などでいう「教育振興計画」の問題かと思われますが、いったい、市教委としてどんな教員支援施策を打ち出すのか、そこがあまり明確でないように思います。

・第13条について。今までも校長から教職員の人事に関して、市教委に対して意見を述べることなどなかったんですかね? あらたにこの条文を設ける意味はなんでしょうか?

・第14条について。これも今までの「不適格」教員対応に関するルールがあるのに、またあらためて条例としてこのような手続きを定めるのは、なぜなのでしょうか? また、第12条でいう教員支援施策が不十分で生じている教職員と子どもとの関係上の問題については、この第14条が想定するような「最終的には免職」という対応以前にするべきことがあるようにも思われます。そして、この14条の対応の前提にも、先述の学校協議会の意見が関与します。学校協議会が校長・市教委の意向を「先取り」する形で、ある特定の教員の排除にこの14条を使った場合は、どのようにその問題を是正するのでしょうか?

・第15条について。「就学校指定の手続き」という形でおそらく学校選択制に関する諸規定が整備されるのでしょうが、ここでは何も具体的なことが述べられていません。どのようにすすめていくのでしょうか?

以上のとおり、この「学校活性化条例案」についても、ひとつひとつの条文について具体的に想定される事態や、これまでの大阪市の教育施策の動向などを見ていると、かなり疑問点がある代物だなあというしかありません。ですから、この条例案をすんなりと会派間の数合わせで可決・成立させてしまうことについては、私としてはいろいろと危惧されることが多く、「もう廃案にしたほうがいいのでは?」と今もなお思う次第です。

なお、下記のような最近の新聞のネット配信記事などでは、どうもこちらの学校活性化条例案や職員条例案のほうで修正が行われ、維新・公明の両会派の賛成で可決・成立を目指しているそうです。

しかし、この記事によると、「学校協議会」の設置を必置から選択制にするというそうですが、そうなると、教育行政基本条例案でいう「保護者の意向」などを把握するといった方向性はどうするんですかね? あと、教員評価の分布公表など保護者を含む市民が全く求めていないケースなども、どう考えるんでしょうか?

今後の条例の修正協議において、些末なところで条例案をさわることで、ますます条例案の中身がおかしくなってしまう結果が予想されます。<そういう条例案は、当初から問題が多いのだから、やっぱり廃案にするしかないのでは?>と思いました。

http://www.nnn.co.jp/dainichi/news/120519/20120519043.html (教員評価の分布公表、維新、教育条例案修正へ:大阪日日新聞2012年5月19日ネット配信記事)


「大阪市教育行政基本条例案」への疑問

2012-05-20 23:07:46 | 受験・学校

http://www7b.biglobe.ne.jp/~hotline-osaka/3.16kyouikugyouseizyourei.pdf

大阪市議会で今、「教育行政基本条例案」「学校活性化条例案」「職員基本条例案」が審議中だとか。そのうちの「教育行政基本条例案」について、上記のページにある案をもとにして、私のコメントを書いておきます。

なお、先に断っておきますけど、内容にはかなり疑問だらけというのが、率直なところです。また、上記のページにある案、かなり誤字もあるようですが・・・・。

・前文のところ。大阪という地域の伝統や文化を大事にほんとうに考えるのであれば、文楽も、市音楽団も、大事な伝統・文化のはず。そこを尊重するような市政改革素案や、その前身であるPT案が出ているのならさておき、現状では全く逆。また、「内なる国際化」という観点から見れば、大阪に暮らす<外国にルーツのある子ども>の教育に力を入れることは必要不可欠ではないのか。さらに、大阪の伝統・文化や地域の実情にかんがみると、この街で反差別や人権尊重の取り組みや、平和・反戦の取り組みに携わってきたこれまでの経過も尊重するべきでは。人権博物館やピースおおさかなどの取り組みのこともふまえるべきである。

・また前文では「市長及び市教委、市会」が「教育に寄せる市民の多様な願いや思い」をくみとって施策をするというのだが、だとしたら現在、各区単位で行われている懇談会において、学校選択制の実施を再考するように出ている声は無視できないはずである。にもかかわらず、市長がいまだに学校選択制の実施にこだわっているとするならば、「守る気もない条例を無理やり議会で通してつくる」ということになるのではないか。

・第1条も同様である。肝心の市長が、従来の市教委及び学校と保護者・地域の住民との連携、相互協力を行ってきた関係をズタズタにし、成立を難しくするような形で、学校選択制の実施や教員評価結果の公開などを行うといった提案を続けている。「守る気もない条例を無理やり議会で通してつくる」というつもりなのか? それとも、自分たちの都合のいいところだけ条例の趣旨を利用するつもりなのか?

・第1条ではさらに、「地域及び社会の形成者たる市民」の育成に努めるというが、その「市民」とは当然、市長や市教委、市会が子どもの最善の利益に反する提案を行ったり、諸施策を実施したりするときには「それはおかしい」といいうる市民であると考えられる。だが、はたして、そうした「異議申し立てをする市民」の存在を肯定しうるかたちで、この条例案を提出した側は考えているのかどうか。

・第2条で一応、地方教育行政の組織及び運営に関する法律に定める市長と市教委の職務権限を守って役割分担をすると書いている。だとすれば、まずは、市教委の権限に属する事項について、市長がさまざまな政治的圧力をかけることそれ自体をやめなければいけないだろう。

・第3条で市としての教育振興計画の策定を、第4条で教育振興計画策定に向けての市長・市議会・市教委の関係が規定されている。ただ、もしも市教委の意向を無視した振興計画が議会で議決された場合、市教委の立場は法令上どうなるのか? それから、「学識経験者の意見を聴く」「市民の意見を反映」ということが第4条5項で手続きとして定められているが、そこで出た学識経験者の意見や市民の意見が、市教委及び市長の意向と全く逆であった場合は、どのように調整するのか? どちらの意見が優先されるのか?

・第5条は一般論においてはそのとおりである。では、例えば今後教育行政に対して「学校選択制の導入などやめてくれ」「選択制を前提にした学力テストの結果や教職員評価の結果公開など一切やめてくれ」といった場合、大阪市教委及び大阪市長はどのように判断するのか? すでに各区で実施されている懇談会などでは、学校選択制の実施に対して否定的な意見が住民から出ていると聴くが、それに対してはどのように答えるのか。「市民の意向」を施策に反映させるのであれば、当然、これらの施策については見直されるべきである。また、「子どもの最善の利益」の観点から見たら、おとなである「市民の意向」や市長・市教委の意向そのものが問われる場面もあるはずで、それを是正するためには子どもの人権オンブズパーソン制度などの設置が必要と思われるが、そのような施策に対する考慮はまるで見られない。

・第6条、第7条でいう教育行政の計画(教育振興計画)、点検、評価、改善という流れは、よくあるPDCAサイクルの取り組みを念頭に置いているのであろう。一般論的に言えば、このような手法が通用するケースもあることは理解できる。しかし、大阪市において今後たてられる教育振興計画について、たとえばそもそもの計画自体に無理がある場合や、点検や評価のシステム自体に問題がある場合はどうなるのか。その場合は、計画それ自体や点検・評価のシステム自体を見直すのであろうか。

・第8条1項でいう「教職員の能力、適性の向上」に向けて、具体的に何をするのか。例えば、それが教職員の勤務状態の相対評価で、一律に何%かに悪い評価をつけ、2年連続で悪い評価だとクビにするとか、そういう話につながるのか。そのような「罰、罰・・・・」というやり方では学校は荒れるということは、今年2月から「落ちこぼれゼロ法」以後のアメリカ教育について取材してきたテレビ・新聞の伝えるところでわかるはずだが。

・第8条2項でいう「家庭の教育力向上」策として、先日の「家庭教育支援条例案」や「親学」のようなものが出てくるのだとしたら、その発想そのものがすでに日本児童青年医学会からの見解や、発達障害の子どもや不登校の子どもとかかわる人々など、多様な立場からの批判を受けている。また、先日の市政改革素案やPT案などで、数多くの子育て支援施策を打ち切る方針を出しておきながら、他方で「家庭の教育力向上」策実施をこの条例案でうたうのは、本末転倒である。

・第8条3項でいう「青少年および成人の教育の振興」についても同様である。この案を可決成立させるのであれば、その市議会は、市政改革素案やPT案に対して反対するのでなければおかしい。なぜなら、クレオ大阪や生涯学習センター・市民交流センター、青少年の野外活動施設、そして識字・日本語教室の取り組みなど、今まで大阪市において「青少年および成人の教育の振興」に努めてきた諸事業や施策を打ち切ろうとしているのだから。そこを放置しておいて、この条例案を通そうというのは、本末転倒というしかない。

以上のとおり、このように条文をひとつひとつ、今おこなわれている大阪市の教育施策や市政改革素案などとの関係で見ていくと、例の市政改革素案や、その前身のPT案の中身が、この大阪市の「教育行政基本条例案」第8条各項の趣旨を裏切っていることがわかります。

ですから、この「教育行政基本条例案」を本気で可決成立したいのであれば、市政改革素案にはまずストップをかけなければいけないのではないでしょうか。あるいは、「教育行政基本条例案」を可決成立するのに賛成の各会派は、第8条各項など守られなくてもいいと思っているのかもしれませんね。そして「最初から守る気もない条例案を出して、無理に議会を通して成立させようとする」市長及び市長支持の会派、そして、両者にすりよる会派に対しては、「この条例案も、今進んでいる市政改革も市の教育改革も、みんな、どこかおかしい」といわなければいけないと、あらためて思いました。

なお、あすは「学校活性化条例案」を読んで、気づいたことをまとめることにします。


日本児童青年精神医学会の「家庭教育支援条例案」批判の声明

2012-05-20 11:04:24 | 受験・学校

http://child-adolesc.jp/topics/2012.05.14-%E3%80%8C%E5%A4%A7%E9%98%AA%E7%B6%AD%E6%96%B0%E3%81%AE%E4%BC%9A%E3%80%8D%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E5%A3%B0%E6%98%8E%E6%96%87%E3%82%92up%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82.html

上記のリンクは、日本児童青年精神医学会が出した、大阪維新の会市議団への「家庭教育支援条例案」批判の声明文です。

この声明では、児童青年精神医学の専門家の立場から、これまでの発達障害に関する研究の蓄積をふまえると、家庭教育支援条例案の内容が「発達障害を持つ当事者および家族に重大な不利益をもたらすのみならず、いわれなき社会的非難をあびせる結果になることが強く懸念される」と述べています。

また、「今後はこのような誤解に基づく条例案を提出することのないよう大阪維新の会市議団に要望するとともに,同様の条例案あるいは法案が他の自治体の議会,あるいは国会に提出されることのないよう,子どもの心の育ちと癒しのために親と子の両者を支援することを目指した研究活動と実践活動に取り組む本学会は要望するものであります」とのことです。

この上記、赤の太字部分にあるとおり、日本児童青年精神医学会としては、大阪維新の会市議団に対して要望するだけでなく、同様の条例案や法案を出そうとしている各会派に対しても、「このような案を出すな」と要望をしております。この点を忘れないようにしたいですね。特に、「親学」を推進しようとしている国会議員たちの動きにたいして、日本児童青年精神医学会はこのような要望を発したわけですからね。


この数日間での「壊れよう・壊しよう」がすごい。

2012-05-13 10:10:16 | 受験・学校

5月の連休が明けていつもどおりの仕事がもどってから、更新がしばらく途切れました。

その間に大阪の子ども施策や教育に関して書きたいと思ったことが多々あるのですが、なかなか書くことができませんでした。そこでひとまず、自分が何か書きたいと思ったことのみ、以下のとおり列記だけしておきます。

・大阪維新の会市議団が出そうとしていた「家庭教育支援条例案」はひとまず撤回したものの、「親学」推進の立場から高橋史朗氏がコメントを出しているので、そのコメントに対して思うこと。

・国旗国歌問題に関して大阪の府立高校などに取材をした毎日放送の記者が、その結果をっもとに、ぶらさがり会見のときに橋下市長に質問をしたら、ものすごい剣幕で罵倒されたり、「俺の質問に答えないなら話をしない」など、むちゃくちゃな対応をしたこと。また、そのような対応をしている彼の動画がアップされているので、この動画の中身に対してコメントをしたかったこと。

・11日(金)に大阪市のPT案をふまえた、新たな市政改革の素案が出てきたこと。たとえば学童保育関連の予算をなくすことの撤回(とはいえ減額されるようだが)はあったけど、大筋では何もかわってないという代物であること。また、一方で校区などの地域コミュニティでいろんなことを引き受けてもらうという方針を出しながら、その一方で校区というコミュニティを破壊しかねない学校選択制を導入するなど、「いったい、どっちの方向にむいているの?」というような素案になっていること。しかも、この素案は「大阪都構想と特別区の導入」を前提にして、既存の大阪市を「解体」するようなプランでもあること。それを前提にして、市民交流センターやクレオ大阪をなくしたり、市内の識字・日本語教室の活動場所をなくそうとしていること。

・あらためてここへ来て、大阪市に「スーパー学校」化した形での小中一貫校設置の提案がでてきたこと。従来の東淀川区・東住吉区の2校に加え、西成区にも設置するという提案であること。

・人権博物館やピースおおさか(大阪国際平和センター)などにかわって、「新しい歴史教科書をつくる会」系の人たちの意見も聞いて、新たな歴史博物館をつくろうという構想を出していること。その一方で、人権博物館への補助金をなくすとか、クレオ大阪や市民交流センターをなくすとか、「人権・文化」などに関する施策に攻撃を強めていること。

・昨日の新聞のネット配信記事のなかで、大阪維新の会の政治塾の中身についての記事があって、そこで「徴兵制導入」の是非をめぐる議論がなされていたと書いてあったこと。しかも、その議論に参加した25人中20人が導入OKなのだとか。

・また、朝日新聞の11日(金)の記事では、「英語奨励、橋下流通じず」とあったこと。府内のTOEFL1位校に1800万円を出すという「お金と競争」の原理では、府内の高校の英語教育は活性化に失敗したという記事について、なにかコメントしたかったこと。

ざっと、大阪の最近の動きについて、少なくとも私が何かコメントしたかった出来事は、このくらいあります。

また、これを見て率直に思ったのは「この数日間での壊れよう・壊しようがすごい」ということ。

このように次々と提案をぶちあげ、既存の大阪市の子ども施策や教育、人権や文化に関する施策をぶちこわそうとされますと、大阪維新の会や橋下市長にとっては「従来の大阪市をぶちこわすこと」だけが自己目的化していて、そのあとの住民、特に子どもや子どもとともに暮らす人々、そして生活困難な状況におかれた人々の暮らしのことなど、何も考えていないかのように見えてしかたがありません。

こういう施策の提案って、そもそも「改革」の名に値するのでしょうか? 単なる「破壊」ではないのでしょうか? とてもではないですが、こういう方向性は容認できません。


ひとまず「家庭教育支援条例案」、5月の大阪市会には出さないようです。

2012-05-07 08:30:32 | ニュース

大阪維新の会・市議団の「家庭教育支援条例案」提出の動き、いったん、とまったようです。詳しくは下記の大阪維新の会・市議団のホームページを見てください。

http://ishinnokai-osakashikai.jp/activities/seimu/1119.html

ただ、このページのコメントを見る限りでは、大阪維新の会・市議団は、大阪市会への「家庭教育支援条例案」提出の思惑そのものを引っ込めたわけではありません。あくまでも今までつくってきた条例案は「他県の条例案」をもとにした「たたき台のたたき台」ということにして、「これから議論をつくす」というもの。彼らの思惑そのものがなくなったわけではありませんので、引き続き、とんでもない案が出てこないか、継続した「監視」が必要です。

それでも今回、大阪維新の会・市議団がいったん出そうと考えていた案をひっこめざるをえなくなったのは、だいたい、この数日の次のような経過が大きいのではないでしょうか。

1:マスメディアがこの市議団の「家庭教育支援条例案」提出の動きを察知して、速報で伝える。

2:どなたかが入手したこの条例案がネット上で公開され、ツイッターやブログその他、いろんなところで「おかしい」と感じた人が批判・非難の声をあげる。また、その声が大阪維新の会関係者(市長・代表や市議など)にも届く。

3:さらに、この条例案の内容から、どういう人々のどういう発想が条例案に影響を与えているのか、どういう政治的な勢力が条例案づくりにかかわっているのか等、さらなる情報が発信され、批判・非難の声がますます高まる。

4:こうした批判・非難の声がますます高まっていることが、マスメディアにも取り上げられ、常々誰かを「罵倒」するようなツイートしかしないようなあの橋下市長・代表ですら、この「家庭教育支援条例案」については釈明のようなツイートしかできなくなる。また、あの橋下市長・代表ですら、市議団にこの条例案は問題だと言わざるをえなくなってくる。

このように経過を見ていきますと・・・・。

(1)教育や子どもに関する施策について、大阪維新の会から出てくる案に納得がいかなければ、あきらめずに、ひとりひとりができるところから、徹底して「これはおかしいのだ」と声をあげること。また、そういう声を挙げる仲間をいろんなところに増やしてくこと。

(2)その「これはおかしいのだ」という人々の声が、大阪維新の会関係者も無視できないくらい大きくなること。

こういうことが、とても大事なのだということがわかりました。引き続き、いろんな人たちでつながりをつくりながら、「おかしいことはおかしい」と言っていきましょう。


大阪市音楽団をなくして、いったいどうするの?

2012-05-06 12:51:30 | いま・むかし

昨日は午後から妻娘といっしょに、大阪城の音楽堂へ行ってきました。

3時過ぎに音楽堂前についた段階でもう700人近く並んでいて、私ら一家のもらった整理券は730番台。

結局、3000人近く集まったようですね。座席だけでなく芝生席もいっぱいでしたから。

すでにネット上、あるいは新聞やテレビなどでご存知の方もいると思いますが、GO!GO!市音!大阪市音をほめる会が昨日、ありました。詳しくは、こちらのページを見てください。

http://55shion.jimdo.com/

この間、ツイッターでよくやりとりする皆さんなど、顔見知りの方に、この会場で何人も出会いました。お目にかかることができて、ほんとうによかったと思います。

さて、大阪市音楽団の歴史は、下記の大阪市ホームページでの音楽団の説明にもあるとおり、近代都市・大阪の歴史と重なっているかと思います。

また、この音楽団の取り組みは、一見目立たないかもしれないけど、大阪を中心とした関西圏の文化的な水準向上に、いろんな意味でつくしてきたかと思います

http://www.city.osaka.lg.jp/kyoiku/page/0000152422.html#shokai

だから、音楽団関連の予算を含むさまざまな文化関連事業の予算を「切る」という方針を打ち出した段階で、今の大阪市政を預かる人々は、大阪の文化的なものを「破壊」してもかまわない、大阪に文化はいらない、そう言ったのだと思っていいとあらためて思いました。

ある意味、この音楽団関連の予算をなくすということは、大都市・大阪の「解体」をめざす「都構想」の象徴のようだと思いました。

しかし、文化的なものが何もないような街に、人が集まるんでしょうか。

長い歴史をもちながらも、文化的なものの香りのしないような都市など、今の大阪市政を預かる人々が言う「グローバル化」の流れや「都市間競争」なるもののなかで、ますます生き残れないのではないでしょうか。

なにか、今の大阪市政を預かる人々は、大きな錯覚をしているのではないか・・・・と、ますます、思ってしまいました。


PT案、家庭教育支援条例、教育基本条例、学校選択制、みんな「リセット」したい。

2012-05-05 10:58:29 | ニュース

昨日の続きです。大阪維新の会市議団の「家庭教育支援条例案」の件は、ツイッターなどでの情報を見る限り、いろんな議論を呼び起こしているようです。ちなみに条例案そのものについては、下記のページで見ることができます。

http://osakanet.web.fc2.com/kateisien.pdf

また、橋下市長・維新の会の代表は、次のMSN産経ニュースで見るとこの件につき「火消しに躍起」だとか。彼に「火消し」をきちんとする気が本当にあるなら、ツイッターでコメントを、ではなくて、市議団と話し合いの場を設けて、そこにマスメディアも入れて「こんな条例ダメだ」というのも手かと思うんですけどね。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120504/lcl12050420370001-n1.htm (愛情不足で発達障害? 橋下市長、火消しに躍起。大阪維新の条例案:MSN産経ニュース2012年5月4日付け)

また、次の大阪維新の会のある市議のブログによると、3月・4月と、「親学」に関する学習会にこの市議が参加しているようです。しかも、このブログによれば、4月の分については、大阪市教委やこども青少年局の関係者も、この「親学」に関する学習会に出たとか。また、この市議が信州・松本にまで出かけて大阪の教育改革の動きについて講演しているとか。こういったこともわかりますね。そして、このブログを過去にさかのぼってみていくと、今年2月の維新の会市議団の学習会に、橋下市長も来ていたこともわかります。なんだかんだといいながら、必要なところではこうやって橋下市長が「代表」として、維新の会市議団と連絡をとりあっているわけですよね。

http://tuji-j.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-991a.html

それにしても、もうすでに多くの方が指摘しておられますが、この「家庭教育支援条例案」の中身は、ほんとうにひどいです。

それこそ、この条例案が今後ほんとうに大阪市で可決・施行されたら、「軽度発達障害やそれに似た症状を誘発する大きな要因」や「それが虐待や非行、不登校、ひきこもり等に深く関与」という口実で、「乳幼児期からの愛着形成」がうまくいっているのかどうかを、保育・教育・福祉・医療・心理などに関する公的機関と、「親学アドバイザー」なる民間有資格者がこと細かにチェックをかけて、自分達にとって都合のいい「伝統的な子育て」を求めていく体制ができあがってしまうのではないでしょうか。
しかし、これって本当に「家庭教育支援」なのでしょうか?
むしろこれって・・・・、まさに、今の教育改革にとって都合の悪い子どもと家庭をチェックし、「矯正」していく社会システムをつくるための条例、といってもおかしくない、そのような印象を受けました。

また、私も元・不登校児なのですが、そもそも不登校の子どもはこの社会に居てはいけないのでしょうか。あるいは、発達障害の子どもは居てはいけないのでしょうか。私らは、「予防・防止」されるべき存在なのでしょうか? そういう風に見ていくと、この条例案をつくった人たちの前提にある人間観、子育て観それ自体が、私などにはとても受け入れがたいです。
あるいは、非行にしても虐待にしても、その渦中にあるひとりひとりの子どもや親たちは「そうとしか生きられない」ような状況に置かれてしまって、困り果てて、こんな状態になったことのほうが多いのでは? 「予防・防止」の対象ではなくて、「困ってしまって、助けを求めている」という人たちかもしれないですよね、こうした課題のある子どもや親たちって。
そして、私の知る限り、大阪の保育や教育、福祉や心理、医療などの現場にいる人たちは、課題のある子どもや親たちを「困ってしまって、助けを求めている」という見方に立って、ほんとうに親身になってひとりひとりの悩める親や子どもに、ていねいにかかわってきたわけです。そういう人たちの真摯な努力、これまでの取り組みの経過をどう考えているんですかね、この条例案の作成者は? どこまで「現場」のことを理解して、このような人たちのことを念頭に置いて、条例案をつくろうとしてきたのでしょうか?
今まで子育て支援の現場にいる人たちを支えるような案は何一つださずに、こんな「家庭教育支援条例案」なんてものを出すなんて、いったい、大阪維新の会は何を考えているのか?
こんな案出すくらいなら、まず真っ先に、PT案撤回を提案してほしいです。また、あわせて学校選択制の撤回、教育基本条例案の撤回(すでに可決・成立した大阪府については廃止)も提案してほしいです。
片方で例の「グレートリセット」のPT案を出して、大阪の子育てや教育を支える社会的な基盤をズタズタにしようとしつつ、学校選択制で子どもや親たちの地域社会のつながりを解体しようとしておきながら、もう片方で教育基本条例と家庭教育支援条例で学校現場と親たちにプレッシャーを与えていく。そんな施策こそ、親たちの子育ての不安や子どもの育ちの諸課題を生み出すおそれがあるのではないのでしょうか。「もう、何もしないでくれ、教育・子育ての領域では」と、あらためて大阪維新の会には言いたいです。
このような形で、今後はこの「家庭教育支援条例案」が、例の「グレートリセット」のPT案や、学校選択制、教育基本条例案(修正案や可決・成立した府の諸条例を含む)といっしょに、セットになって出ている点に、みなさん、もう少し注意を払っていく必要があるかと思います。
今日は子どもの日です。大阪の子どもたちの「最善の利益」を私なりに考えると、あらためて、PT案、学校選択制、教育基本条例、そして家庭教育支援条例、みんなまとめて「いらない!」「こういうものこそ、リセットしたい」と、今後は声を大にして言っていく必要があると思いました。


互いに「いいところどり」と「責任のなすりあい」が可能な組織

2012-05-04 11:42:40 | 受験・学校

本当であれば昨日の午前中、東京の宿で、大阪維新の会市議団が次の市議会に提出予定の「家庭教育支援条例案」の内容について、突っ込んだコメントをするつもりでした。ですが、途中まで書きかけたところでデータが消えてしまったうえ、東京から自宅に戻ってみると、なかなか書きなおす時間が取れませんでした。

また、その間に、たとえば下記の産経新聞のネット配信記事のように、維新の会代表の橋下市長からもコメントがでるとか、ツイッター上で橋下市長が自分はこんな条例案を市議団がつくっているなんて知らなかったというような趣旨のことを言っているとか、状況が少し動いているように思いました。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120502/waf12050211390012-n1.htm (【激動!橋下維新】「市民に義務、好きじゃない」維新市議団の「家庭教育支援条例案」に橋下市長異論:MSN産経ニュース2012年5月2日付け記事)

http://blog.livedoor.jp/woodgate1313-sakaiappeal/archives/6508155.html (橋下氏の5月3日の一連のツイートを堺アピールのブログでまとめたもの)

そして、何人かの方は、すでにブログやツイッターなどで、下記の方のように、この「家庭教育支援条例案」に対する批判的なコメントを出しておられます。

http://www.kotono8.com/2012/05/03oyagaku.html

また、私が出したコメントも、下記の堺のブログのようにネット上ではそれ相応に知られるようになってきたようです。

http://blog.livedoor.jp/woodgate1313-sakaiappeal/archives/6436771.html

そこで今朝、この時点でわかっていることをもとにして、もう一度、「家庭教育支援条例案など、いらない」とはっきり言う趣旨で、このブログを書くことにします。ただし、今日のところは条例案の中身についての批判というよりも、橋下氏の産経新聞でのコメントや、堺アピールの事務局のブログでまとめたツイートの中身から見えてきたことについて、私のコメントをします。

まず、下記の文章を読んでください。これは橋下市長・大阪維新の会代表のツイートです。

「議員提案の条例となると、これは日本の地方自治制度の仕組みなのですが、議員間討論で決めて行くことになります。市長が間に入ることはありません。大阪維新の会は日本初の試みの政治団体です。首長が議員集団のリーダーになる。当初首長の独裁になる、議会のチェックが働かなくなると批判を受けました」

「そこで大阪維新の会の運営方針として、大阪府議会・大阪市議会・堺市議会をまとめた大阪全体の方針については僕が代表を務める大阪維新の会の執行部で方針を固めます。しかし各府政、市政においては、知事・府議団・市長・市議団が独立してやっていく集団にしています。」

これを読んで私が率直に抱いたのは、<知事・府議団・市長・市議団が、お互いにお互いの「いいところどり」と「責任のなすりあい」が可能な組織形態になっている>という思いです。

たとえば、中央政府の政策への対抗とか国政進出といったような事柄については、代表・市長や幹事長・知事は、維新の会の市議団・府議団の支持を利用する。また、市議団・府議団も「選挙の顔」として、代表・市長や幹事長・知事の知名度や発信力を利用する(特に代表・市長の知名度や発信力でしょうけど)。

一方、実際の日々の府市の施策については、首長と議会という「二元代表制」の建前を有効活用して、互いに「距離を置く」という態度をとる。そうすることで、表面的には代表・市長や幹事長・知事が出した政策提案に対して、維新の会市議団や府議団が是是非非の態度が取れるかのように装うこともできます。逆に、これも表面的には、維新の会市議団や府議団が出してくる条例案や政策提案に対しても、代表・市長や幹事長・知事が是是非非の態度をとることが可能になります。こうして、なにか問題が起きたときに、「あれは市議団(府議団)が勝手に動いたことだから」とか、「あれは市長(知事)の考えだから」とか、お互いに「責任のなすりあい」をすることが可能になります。

しかし実際の議会運営や市政・府政運営を考えたときに、首長が自分のやろうとする施策を支持してくれる府議・市議の意向を無視するでしょうか。逆に府議・市議の側も、自分たちの必要とする施策を実現してくれる首長の意向に、簡単にそっぽ向くでしょうか。そういうことはないですよね。たとえば、表に出ないところで方針のすりあわせをしたり、あるいは今までに公に出ている見解や政策提案などを手掛かりにして、首長と議員団との間で、ある条例案や施策についての支持とりつけに向けての調整活動が行われるのではないでしょうか。そうすると、一方で「距離を置く」態度をとりつつも、実際には互いが互いの「いいところどり」をすることも可能になるわけですよね、代表・市長や幹事長・知事と市議団・府議団との間で。

おそらく今回の「家庭教育支援条例案」についても、どのような条例になるのか、細部までは橋下氏に知らされていなかったのでしょう。それこそ、発達障害の子どものことに関するような話までは、知らされていなかったのではないでしょうか。

でも、維新の会市議団の責任において、この「家庭教育支援条例案」ような案が作成されて市議会に出ること自体は、趣旨的には代表・市長は、あまり否定的ではないと思われます。なにしろMSN産経ニュースの文面にあるように、市議団が必要なルールを条例という形で作って提案することはおおいにやってほしいわけですからね。

そこから考えると、たとえば、「代表・市長はこんなことを望んでいるのではないか?」と市議団側が察して、「自ら進んで」条例案のアイデアをどこかから引っ張ってきて、作ろうとすることは、十分に考えられることかと。また逆に、代表・市長の側からマスメディアなどでの発言機会を使って、「市議団がこんな風に動いてくれたらなぁ」ということを暗に匂わせたり、ということもありうるのではないでしょうか。

ただ、こうした地域政党の組織運営の在り方は、繰り返しになりますが、お互いがお互いの「いいところどり」をしたり「責任のなすりあい」をすることが可能になる形態。結局のところ、統制のとれていない組織になってしまうのではないでしょうか。

それゆえに、大阪維新の会としては、たとえば代表・市長や幹事長・知事が国政進出や新たな条例制定などの「仮想の利益」をぶちあげて「それを実現するんだ」と言ってみたり、公務員労組や教組などの「仮想の敵」を作り上げ、それを攻撃したり追及したりする。そういうことでしか、維新の会が組織としてまとまっていかない構造があるのではないでしょうかね。そして、「仮想の利益」や「仮想の敵」を次々に入れ替えていくことで、自転車操業的に自分たちの組織のまとまりと、市民からの支持を得ようとしているのでは・・・・?

しかし、彼らから「仮想の敵」にされてしまった人々にしてみると、このような動き方はほんとうに迷惑です。そして、今回の「家庭教育支援条例案」も学校選択制、「教育基本条例案」やその改正案も、こうした「仮想の利益」のひとつとして持ち出されたものであったら、大阪に暮らす子どもや保護者、学校の教員や子どもに関係する諸機関・諸団体の人たちも、たまったものではありません。いつも言うように、もうこれ以上、子ども施策や教育・福祉施策の領域で、大阪維新の会には何もしてほしくないし、代表・市長にも幹事長・知事にもこの領域では動いてほしくない。これが率直に今、私が思うことです。

次のブログ更新のときには、実際の「家庭教育支援条例案」の中身についてコメントをします。なお、「家庭教育支援条例案」については、次のところで見ることができます。

http://osakanet.web.fc2.com/kateisien.pdf


教育・子育てに関する政策の整合性がめちゃくちゃ

2012-05-02 00:29:33 | ニュース

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120501-OYT1T00706.htm?from=main7 (親も教育・・・・虐待・モンスター防止へ維新の会が条例案:読売新聞ネット配信記事2012年5月1日付け)

こんな大阪維新の会・大阪市議団の提案予定の「家庭教育支援」条例案など、いらない。
その前に、教育・子育てに関する先の大阪市PT案を全部撤回することが先決ではないのか。
そもそも、「家庭教育」については、すでに改正後の教基法10条2項で、「家庭教育の自主性」を尊重したうえで、必要な支援策を地方公共団体が講じることを定めている。
また、社会教育法3条3項でも、地方公共団体に対し、社会教育が学校教育・家庭教育の両方と密接な関連性を有することにかんがみて、「家庭教育の向上に資する」こ...ととなるよう必要な配慮をすることとしている。
一方、次世代育成支援対策推進法にもとづいて、大阪市としての行動計画が策定されており、そこでは子育て支援策や虐待防止策などについてもプランが練られているはず。
そして、大阪市には「児童を虐待から守り子育てを支援する条例」が2010年12月に制定されている。
これだけの法令がありながら、どうして新たな条例が必要なのか。
今まである法令の趣旨にそって、粛々と、大阪市として、こども青少年局と市教委が軸となって、家庭の子育て支援策を打ちだせばいいだけではないのか。
なぜ、そちらの道筋はとらないのだろうか。
だいたい、そもそも子育ていろいろ相談センターを廃止するとか、ファミリーサポートセンター事業を他の子育て支援事業に一本化するとか言うようなPT案をそのままにしておいて、こんな条例案を出してくるというのは、筋違いというしかない。
また、生涯学習センターやクレオ大阪、市民交流センターのような場で、これまでの間、どれだけ家庭の子育てに関する学習機会が提供されているのか。そのような重要施設を廃止するようなPT案が出ているのに、一方でこんな条例案を出そうというのは、維新の会市議団はどんな神経をしているのか。
さらに、多くの保護者の子育てにとって大事な支援機能を有している学童保育への補助金廃止方針をPT案が打ち出していながら、そこにはなんの批判もなく、他方で「家庭教育支援」の条例を出そうというのは、市議会での議論の争点をずらそうという意図なのか。
そして、例の大阪市版の教育基本条例案や学校選択制の導入の提案等々が保護者の不安をあおっているのに、その不安をあおっている人々が「家庭教育支援」の条例案を出すというのは、ほんとマッチポンプみたいなものではないのだろうか。
もう、市長サイドも維新の会市議団のサイドも、教育や子育てに関する領域については、政策的な整合性がまるでないというか、むちゃくちゃ。とてもではないが、こんな人たちに教育や子どもに関する施策を任せておけないというしかない。

これが子ども施策という面での大阪市PT案の内実

2012-05-01 08:33:09 | 受験・学校

http://www.asahi.com/edu/kosodate/news/OSK201204060071.html (大阪市歳出改革案子育て世帯も負担増:朝日新聞デジタル2012年4月6日配信記事)

少し前の朝日新聞のネット配信記事ですが、先ほどツイッターである方が紹介しているのを見つけたので、あらためてここで取り上げて論じます。

この記事にもあるとおり、大阪市のPT案は次のとおり、子ども施策に関して大きな予算カット、家庭の負担増などを提案しています。

・保育所保育料の軽減措置の見直し ・学童保育や子どもの家運営費補助の廃止=児童いきいき放課後事業への一本化 ・ファミリーサポートセンターの子育て支援事業への一本化 ・子育ていろいろ相談センターの廃止 ・不登校通所施設サテライトなどの一部廃止 ・びわ湖青少年の家などの野外活動施設の廃止 ・学校元気アップ地域本部の有償ボランティア化 ・学校のボランティア体験学習などの廃止 ・学校給食の食材配送費などの保護者負担増

みなさん、これが子ども施策という面での大阪市PT案の内実。

つまり、今、橋下市政になって一生懸命すすめているという「改革」の内実は、これなのです。

こんな施策が進めば進むほど、学校内外での子どもの生活や家庭での子育てを支える社会的基盤が損なわれ、個々の家庭の経済的・文化的な力の差が歴然と表れていきます。その結果、学校での学力テストの結果に表れる「格差」もさらに拡大するだろうし、学校内外で子どもの問題を通して社会的な矛盾が噴出してくる恐れがますます拡大してくるのではないでしょうか。

こういう施策、改革の実施に対して、私たちが今、どれだけ声を大きくして「ダメだ」と言えるのかどうか。そこが問われている気がしてなりません。