できることを、できる人が、できるかたちで

京都精華大学人文学部・住友剛のブログ。
関西圏に関することを中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

公開講座「学校での事故・事件とどのように向き合うか」第1回目、無事終了しました。

2016-10-31 23:55:54 | 受験・学校

遅くなりましたが、先週金曜日の公開講座第1回目の報告を書いておきます(内容的にはフェイスブックに書き込んだことの加筆修正版になりますが)。

いや~。先週金曜日、熱気むんむんのC102教室でした。

前で90分しゃべっていて、とってもあつかったです。

その日は欠席という方も何人かいたんですが、逆に今夜急遽参加したという方もいて、差し引きでやっぱり30人くらい。

この教室は一応全部座席が埋まると90人くらいで、ひとつおきに座ると60人くらい収容可能かな。

前から見ている分には、「けっこう、参加者で教室うまったな~」って感じになりました。

それもこれも、参加申込をされたみなさん、参加を呼び掛けてくださったみなさんのおかげです。

ほんとうにありがとうございました。

さて、先週金曜日夜は4回連続の公開講座の1回目。

「学校での事故・事件とどのように向き合うか」という連続講座全体のテーマに即して、川西オンブズ以来、自分がこれまで学校事故・事件の被害者家族・遺族とどのようにかかわり、何を考えてきたのか・・・という話をしました。

で、今の自分が、たとえば学校現場の教職員や教育行政の職員として、あるいはひとりの保護者や市民として、はてまた専門職として事後対応や調査委員会等々で、それぞれの場面で学校事故・事件と向き合っている「人」のあり方の問題にこだわっているのだ・・・という話をしました。

事故防止のテクニック、How Toの問題ではなくて、そういう技術的な知性の裏付けになる人間性、思想、倫理観の問題といえばいいのかな。まあ、「人文学的な課題」に目を向けていることは確かですねえ。

もっと分かりやすく言えば、事故・事件の諸問題にかかわっている専門職の倫理とか、人間の「良心」ってなんなのだとか。

あるいは、調査・検証作業の場面で、どれだけ苦しい状況にあっても「これだけは譲れない」という専門職の「矜持」みたいなものってなんなのだとか。

まあ、そういう課題について考えたいというのが、今の自分の課題意識なんだということに、あらため今日、受講者のみなさんを前に話しをしていて気づきました。

結局、このあたりがぐらぐらな人が調査委員会とか、文科省の有識者会議とかに入ったりすると、日頃はその枠外でいくら威勢のいいこと言っていても、こういう枠内でグダグダになってしまうし・・・。

それで・・・。けっこう今まで飲み屋さんでは個別に話したけど、公の場では話さなかったようなこともツッコんで話しました。

川西オンブズに居た頃に、調査業務に従事するにあたって、瀬戸さん(当時のオンブズ、弁護士)にどんなことを日々言われていたのかとか。

でも、自分が川西オンブズで事故調査にたずさわり、勧告・意見表明づくりにかかわったことが、そんな大それたことだとは当時、まったく思ってなかったことだとか。

あるいは、オンブズやめてしばらくのあいだ、本当にまじめに教育学の勉強がしたかったのだとか。

なにしろ在職時に学校現場の課題等々をきっちり分析して、何をどう変えるか具体的に提案できる力がないと、この制度がまさに「人の問題」でうまく機能しないことに気づいたからだとか。

それでもなお、自分が熱中症死亡事故の調査に深くかかわれたのは、川西オンブズに行くまでの諸経験(居場所づくりだとか、部活外部指導者の経験だとか、地味な教員処分の歴史研究とか)があったこと。

そういう過去の経験が、起きてしまった悲しい事故を前にして、自分が調査担当になったときに、「自分もスポーツ指導者や教員のはしくれだったし、これはやはり、自分たちのあり方が問われる課題なんだ」という課題意識に結び付いたこと。

そして、申立て人たる遺族の訴えが、自分の課題意識ともどこかでつながったからこそ、過去の経験で培った人の話を聴くスキルも、文書・資料を探して時系列的に整理・検討するスキルも、どこかで役にたったのだ・・・ということ。

また、いったんはまじめに教育学の勉強をしたいと思って、オンブズのことなんて忘れていた自分を、学校事故・事件の遺族・家族のみなさんは、またその世界に呼び戻した・・・ということ。で、そこからいろんな課題がまた、見えてくるようになった・・・ということ。

まあ、だいたい、こんな感じの話をしました。

ほんとうはこのあと30分~60分時間があれば、きっと深い深い議論ができたでしょうねえ。

3人の方からご意見・ご質問がでましたので。

グループ討論とかしても面白かったでしょうし・・・。

そうそう、次回は「学校事故対応に関する指針」の解説をします。

11月25日夜の予定です。

「受講料さえきっちり4回分、5000円払ってくれたら、2回目からの参加もあり」と、受付担当者は言っておりました。

併せてお伝えしておきます。

※公開講座レクチャー・ガーデンの「学校事故・事件とどのようにかかわるか」の申し込み、問い合わせなどは、京都精華大学の下記のホームページから確認をしてください。

上記のとおり、1回目はおわりましたが、あと残り3回あります。

きっちり受講料5000円払っていただいたら、2回目以降の参加も「あり」です。

なお、京都精華大学関係者には割引もありますので、ご確認のうえで申し込んでください。

http://www.kyoto-seika.ac.jp/info/garden/2016/late/lecture_sumitomo2016/

 


最近読んだ本をまとめて紹介(2371冊目~2377冊目)

2016-10-30 18:43:57 | 本と雑誌

おかげさまで無事、公開講座の第1回目もおわりましたし、他にもいろいろブログに書いておきたいことがあるんですが・・・。

それはまた、別の機会に時間を見つけて書くことにします。

その前に、こちらの「最近読んだ本の紹介」をまとめて書いておきます。

いつものとおり本の題名、著者名、出版社名等の程度だけなのですが。

2371冊目:山田侑平(訳・監修)・共同通信社出版センター(編)『「ポツダム宣言」を読んだことがありますか?』共同通信社、2015年

2372冊目:朝日新聞取材班『子どもと貧困』朝日新聞出版、2016年

2373冊目:NPO法人豊島子どもWAKUWAKUネットワーク編『子ども食堂をつくろう!人がつながる地域の居場所づくり』明石書店、2016年

2374冊目:パオロ・マッツァリーノ『怒る!日本文化論 よその子供とよその大人の叱りかた』技術評論社、2012年

2375冊目:鴨下信一『昭和のことば』文春新書、2016年

2376冊目:「歴史読本」編集部編・青山誠著『坂野惇子 子ども服にこめた「愛」と「希望」』株式会社KADOKAWA、2016年

2377冊目:緊急シンポ世話人会編『社会科「解体論」批判―緊急シンポの記録と資料』明治図書、1986年



もううんざりです、「家庭教育支援」の法制化なんて

2016-10-22 10:05:43 | 受験・学校

家庭教育支援、国が方針 住民の協力は「責務」 自民法案
(2016年10月22日05時00分 朝日新聞デジタル)

http://www.asahi.com/articles/DA3S12619776.html

今朝の新聞記事を見て、もう唖然というのか、ため息つくしかないのですが・・・。

「実効性ないし、やる意味ないから、こんな法案つくるのムダ」と、今から先に言っておきます。

なにしろ、臨教審の頃以来だから約30年間になると思いますが、あの手この手で「家庭の教育力」強化とか「家庭教育支援」とか言って、日本の教育改革のなかでこの間、いろんなことしてきました。

でも、それで何か、学校や家庭は、具体的にいい方向に変わりましたか? 

余計にしんどくなってる家庭、増えてるんじゃないですか?

そもそも、子育て中の家庭が気持ちも穏やかに過ごせるような、保護者の就労と家事育児を両立させるような施策を怠ってて、「家庭教育支援」ですって。

「ふざけんな!」といいたい。

まずは、子育て中の家庭、特に保護者たちが、今よりも1時間でも2時間でも早く帰宅できるとか、土日は必ず休めるとか、そういうことからきっちりやるべきでしょう。

それが一番の「家庭教育支援」だと、私は思います。

それに、これって何年か前に猛反対にあった大阪市の「家庭教育支援条例」の焼き直しでないかと。

「それと同じことくり返したいの?」と、私などは思ってしまいます。

結局のところ、この法案というのは、「一億総活躍社会」実現に向けて、いかに「家庭」をその「総活躍社会」の下請けに活用するかという、そういう意図で出されているものではないのか、と思います。

そして、この「総活躍」という言葉は「総動員」に置き換えることもできます。

また、すでにいじめ防止対策推進法(2013年)制定の時点で、学校の行ういじめ対策への家庭の協力等の責務が規定されたことで、この「家庭」を「総活躍社会」の下請けにする路線は、ある程度「地ならし」がなされていたのでは・・・と私は見ています。

<追記>

この「家庭の教育力」の話でもそうですが、私はこのところ、臨教審(いや、場合によれば1970年代の中教審)以来今日までの教育改革の流れをいったん「総括」あるいは「検証」して、その改革のなかで何ができていて、何がだめになっているのかをきっちり問い直したほうが、「より建設的」な話になるような気がしています。

臨教審(あるいは1970年代)の頃から、明治維新、敗戦後改革に続く「第三の教育改革」と言われ、いろんな取り組みが行われてきましたが、そろそろその「第三の教育改革」そのものの「歴史的な検証・総括」をしなければ、「同じ失敗のくり返し」になるように思えてきました。

 




調査方法の異なる2つの結果の比較には「慎重さ・緻密さ」が必要

2016-10-16 16:40:35 | 受験・学校

http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryouchida/20161016-00063307/

不登校「先生が原因」 認知されず ―学校調査と本人調査のギャップから考える

(2016年10月16日、ヤフーニュース配信記事)

この記事なのですが、「学校に行かない・行けない」事情についての理解が、学校(教員)側と当事者側とでズレることは、私も経験上「ありうること」として認識しています。

その点の指摘に限って言えば、私も「そのとおりだな」と理解をします。

ただ、この記事のように、そのズレを具体的な調査結果をもとにして、データ的に見ていく場合に、そしてそれを公の場で発表して議論する場合には、「もうちょっと、慎重かつ緻密な検討をしたほうがよかったのでは?」とも思ったりもします。

というのも、この記事で使われている2つの調査結果は、「単純に比較していいような調査結果なんだろうか?」というところから、私などは疑問を抱いてしまったからです。

なにしろ当事者たちからの回答として参考にしているデータは、ある時点で学校に行かない・行けない事情のあった人たちに、数年後「今からさかのぼってみると、あのとき・・・??」という聴き方をして、しかも複数回答「あり」で得たデータですよね。

とすれば「事後的に」その当事者が、当時の状況のなかからある現象に注目して、それを意味づけして「こうだ」と言っているデータだ、ということもできます。

そう考えると、「行かない・行けない」その時点では「学校(教員)の問題だ」とは思ってなかったけど、「後から振り返ると、やっぱりあの時の学校(教員)の問題って大きい」「後から思えば、あのとき学校(教員)がこんな風にしてくれたら・・・」という理解をしている人が、当初からそう思っていた人と混在している可能性があります。

他方で、学校(教員)側の調査は、ある年度の時点で、学校に行かない・行けない子どもたちを学校(教員)側から見ていて「どう認識したか?」というデータです。

もちろんこの時点で学校(教員)側と当事者側との認識のズレはある程度起きているとも思うのですが、しかし、この学校(教員)側データには「後からの解釈」が混在する可能性は少ないでしょう。

ほんとうに緻密に数字を検討して両者の認識のズレ幅を明らかにしていくならば、このあたりの両者の結果の「前提」にあるものの検討って大事になってくると思うんですが・・・。

他にも記事からわかる範囲で言えることで、なおかつ2つの調査結果の数値比較にあたって気になることがあるんですが、そこはまた別の機会に書きます。

<追記>

ずっとこのところ気になっているんですが・・・。

なんかいろんな意味で「危うい」んですよね、彼がヤフーニュースなどで数字を使ってものを言う時って・・・。

その数字がつくられるプロセス(つまり調査の目的・方法)の課題とか、その数字が持っている性質とか、そしてその数字に対する多様な意味・解釈の余地とか、そういったものが全部、彼のしたい議論の枠組みに即して取捨選択されているようで・・・。



最近読んだ本をまとめて紹介(2357冊目~2370冊目)

2016-10-14 10:20:54 | 本と雑誌

またまた、最近読んだ本をまとめて紹介しておきます。

とはいえ、今回もまたタイトルと著者名、出版社名、出版年だけですが。

2357冊目:なだいなだ『親子って何だろう』ちくま文庫、1993年

2358冊目:武田邦彦『原発と日本の核武装 原子力事業のタブーを明かす』詩想社新書、2016年

2359冊目:平川克美『喪失の戦後史 ありえたかもしれない過去と、ありうるかもしれない未来』東洋経済新報社、2016年

2360冊目:中西準子『リスクと向き合う 福島原発事故以後』中央公論新社、2012年

2361冊目:稲泉連『ドキュメント豪雨災害―そのとき人は何を見るか』岩波新書、2014年

2362冊目:大石久和『国土と日本人 災害大国の生き方』中公新書、2012年

2363冊目:高橋裕『川と国土の危機 水害と社会』岩波新書、2012年

2364冊目:辻本清美『デマとデモクラシー』イースト新書、2016年

2365冊目:秋山千佳『ルポ保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル』朝日新書、2016年

2366冊目:永井良和『スパイ・爆撃・監視カメラ 人が人を信じないということ』河出ブックス、2011年

2367冊目:友常 勉『戦後部落解放運動史 永続革命の行方』河出ブックス、2012年

2368冊目:水野一晴『自然のしくみがわかる地理学入門』ペレ出版、2015年

2369冊目:水野一晴『人間の営みがわかる地理学入門』ペレ出版、2016年

2370冊目:パオロ・マッツァリーノ『誰も調べなかった日本文化史』ちくま文庫、2014年


ボブ・ディラン、関西フォーク、そして京都精華大学

2016-10-14 10:07:03 | アート・文化

昨日の仕事の帰り道、ケータイを見ていたら、ボブ・ディランがノーベル文学賞をとったとかいうニュースが出ていました。

そこで、まずはこちら、ある古本屋サイトでのボブ・ディランの詩集の画像をURLでアップします。

https://nostos.jp/archives/97760

この詩集なのですが、その和訳をした人の名前に「片桐ユズル・中山容」とあります。

このおふたりとも、実はうちの大学、つまり京都精華大学と深い深い関係のある方。

なんとなんと、このおふたり、ある時期、うちの大学の英語・英文学の教員だった方なんですよね。

おまけに、このおふたり+片桐ユズルさんの弟・中尾ハジメさん(元・うちの大学の学長)が、京都の喫茶店「ほんやら洞」で、1970年代の初めごろ、フォークソング系の歌い手さんたちとかかわっていたのだとか。

いわゆる「関西フォーク」と呼ばれる人々ですねえ。

ご参考までに、ウィキペディアで。

片桐ユズル:

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%87%E6%A1%90%E3%83%A6%E3%82%BA%E3%83%AB

中山容:

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B1%B1%E5%AE%B9

ということで、私のお友だちのなかのある世代の方に、きっと、こういうお話が好きな方が居られると思うので、お知らせでした。

そして、こういう「昔話」を、うちの大学の教員(特に人文学部と、ポピュラーカルチャー学部の音楽コース)はどんどん、していかないといけないよなあ・・・。

ただ、私が15年前にうちの大学に来た頃には、もう片桐ユズルさんは定年を迎える直前か迎えた直後くらいだし・・・。

残念ながら、私自身もこういうネット情報くらいしか、詳しいことはわかりません。


公開講座の受講申込者をもっともっと増やしたいです。

2016-10-12 22:34:47 | 受験・学校

この間、くり返しこのブログでお伝えしてきた下記の公開講座のことですが、なんとか、開催に必要な最低限の受講者は集まりそうです。

みなさんの広報・宣伝へのご協力、そしていち早く受講申し込みをしていただいたみなさんに、この場をお借りして、ひとことお礼申し上げます。

さて、開催のめどがなんとか立ちそうだ・・・・となると、私としては、次の目標が。

やはり「もっともっと、受講申込者を増やしたい」という思いがわいてまいります。

特に学校現場の教職員や教育行政の職員、教育学や心理学、社会学、法学等の各領域の研究者・専門職のみなさんには、ぜひともご参加いただきたい・・・・と思っています。

ということで、あらためて講座初回の日を迎えるまで、このブログを使って告知をしていきます。

引き続き、広報・宣伝へのご協力、また、受講の申し込み、よろしくお願いします。

<以下、くり返しになりますが、案内です>

京都精華大学公開講座レクチャー・ガーデン

「学校での事故・事件とどのように向き合うか」

(全4回、すべて金曜日夜19時~20時30分、会場は京都精華大学)

講師:住友 剛(人文学部教員)  受講料:5000円 

定員の設定はなし。参加には事前申し込みが必要。

第1回 10月28日 学校事故・事件の被害者家族・遺族とかかわって

第2回 11月25日 これからの学校事故・事件防止のあり方について

    -文部科学省「学校事故対応に関する指針」解説-

第3回 12月23日 学校における「指導」を問い直す -「指導死」ということば、知っていますか?-

第4回 2017年1月27日 実際の被害者家族・遺族のお話を伺う

※参加申込の方法など、詳細は下記を参照してください。

http://www.kyoto-seika.ac.jp/info/garden/2016/late/lecture_sumitomo2016/

※また、下記のページが「お申込みについて」のページです。

http://www.kyoto-seika.ac.jp/info/event/garden/contact/

この「お申込みについて」のページの下のほうに、こんな記述があることにご注意ください(だから、上記のとおり「開催10日前までに」参加申込を・・・と呼びかけている次第です)。⇒おそらく大丈夫だと思いますが、念のため、下記のことを書き添えておきます(すでに申込されている方のキャンセル等があるかもしれないので)

※開催最少定員に満たない場合、開催を中止することがあります。

 講座の開講が中止となった場合、開講の10日前までにお申込みの方にご連絡します。

 その場合はご入金済の受講料を全額返金いたします。

※それから、在学生や卒業生等、本学関係者には受講料の割引があります。その点、書き添えておきます。

上記の「お申込みについて」のページには下記のような文章があります。

私の担当する公開講座も「レクチャー・ガーデン」シリーズなので、本学関係者は1,000円になるはずです。

1.本学の在学生、卒業生、教育後援会会員(在学生の家族)、高校生以下は半額です。

 お申し込み時に、学籍番号を(高校生以下は学校名を)ご記入ください。

※レクチャーガーデンは1講座1,000円となります。

※「谷崎文学を歩く」のみ本学在学生は無料となります。

 ただし、一般受講生を優先とし、応募者多数の場合は抽選となります。

2.セイカファンクラブ会員は10%割引です。

※こどもガーデンは割引対象外です。


「地方自治と子ども施策」全国自治体シンポジウム2016宝塚、無事終了(2)

2016-10-10 08:44:42 | 新たな検討課題

先ほどは昨日の宝塚市での「地方自治と子ども施策」全国自治体シンポジウム、特に第4分科会の運営にあたって自分なりにやってみた「ちょっとした工夫」のことを書いてみましたが・・・。

今度は「実際にやってみて感じたこと、考えたこと」を、今年度の「成果と課題」風に書いてみます。

(1)「いや~。毎年思うけど、やっぱり子ども参加の分科会って、他の分科会でやってることと課題が重なっているよな~」ということ。

今日も分科会に参加している子どもたちが言ってましたが、たとえば「学校ではない第三の場所」としての子ども委員会や児童館での諸活動だとか、あるいは学校に通っていても異なる学年の子どもたちとの「防災合宿」とか、子どもたちが「ちょっといつもとはちがう時空間・仲間関係」に入ることで、「何か、今までとはちがう自分が出せるようになる」という面があるようです。

これっておそらく「居場所づくり」分科会の課題とも重なるでしょうし、また、そういう場を経験してはじめて何か自分のつらかったことが言えるとか、そういう子どもたちの話って「相談・救済」分科会の課題とも重なるでしょう。

そんなわけで、相談・救済の仕事をしたり、居場所づくり活動を経験してきた私が、分科会コーディネーターやっていることの意味がでてくるわけですけどね。

※とはいえ、私、連日「つまらない」かもしれないけど、そんな「日常」があるがゆえに、「非日常」の場が輝くということもあると思っているので、「日常」をあまり全面否定すべきとも思わなかったりもするんですけどね・・・。

そして、こういう「第三の場所」を自治体施策的につくっていくための「子ども条例」であったり、子どもに関する行政計画であったり・・・という意味もあるのかな、とか思ったりもします。

なにしろそういう条例・計画の後ろ盾がないと、バンバン、児童館とか、行政改革のなかで「整理・統廃合」とか言われかねないところありますから。

(2)「いや~。これってやっぱり『学校の取り組みとの連携』を模索してもええやろ~」と思うことも、いくつかありますね。

たとえば地方自治体のつくる施策に子どもの意見を反映させようとか、条例にもとづく子ども委員会で自分の暮らす「まち」の課題を調べて、改善策を提案しようとか・・・。

これってシティズンシップ教育、市民性の育成の取り組みといってもいいでしょうし、主権者教育とか言ってもいいわけですよね。

こういうことを、たとえば子ども委員会などを通じて、従来の行政の枠組みでいえば子ども・若者の社会教育(生涯学習)とか青少年育成の領域において、今後も積極的に取り組んでいかなければいけないでしょう。

と同時に今回、鶴見橋中学校の生徒さんたちに報告していただきましたが、たとえば「市民性の育成」なんてことって、「これって社会科教育や総合的学習の時間にやってもええこと、いや、むしろもっと積極的にやるべきこと」でもあるとも思うんですよね。

ということで、私などはこの「子ども参加」分科会で経験したことを、今後はどのようにすれば学校のさまざまな営みのなかに持ち込めるのか、ぜひ考えてみたいなって思いました。

だから今後、教育学の研究者としての仕事、がんばります。

ちなみに今日、生徒さんたちにつきそった鶴見橋中学校の教員は、社会科担当だとか。

さっそく川西市の18歳選挙権を考える高校生たちの動画、「授業で使いたい」とか言ってました。

(3)「いや~。この第4分科会、ほんまに準備も当日の運営もたいへんや・・・」ということ。

なにしろ「子どもが参加する子ども参加分科会」というコンセプトは大事にすべきなんですが・・・。

おとなたち、しかも自治体職員のおとなたちが、「お役所言葉」で会話しはじめますと、やっぱりフロアにいる子どもたちは「はあ・・・???」って感じになりますよね。

わりと子ども委員会の委員さんたちは、自治体職員との交流のなかで、「お役所」のおとなたちとのかかわりと「慣れている」わけですけど。

そういう子どもたちの様子に目配り気配りをしつつ、他方で「自治体シンポジウム」なので、自治体職員(首長部局・教委)や現場の職員(保育士や教職員、児童館職員など)、子どもにかかわるNPOや地域の人々、ソーシャルワーカー・カウンセラーなどの専門職、そして多様な領域の研究者や地方議員さん等々、いろんな顔触れのおとなたちの意見交流も大事にしなくちゃいけない。

その上、会場の制約で「○時までにこれは終わって!」とか言われていることも多々ありまして・・・。

そして、さっき(1)で書いたように、子ども参加の分科会にはいろんな他の分科会の課題とも共通するものがでてきます。そういったことも意識しながら議論を進めていく必要がありますし・・・。

今回は最初の基調報告を林大介さんに、最後のまとめを喜多明人さんにお願いすることにして、自分は当日の進行に「徹する」ことにしましたが、「これ、あとで報告記録集をつくる作業も意識して、メモとりながら当日、分科会運営するのは、めっちゃ大変やわ・・・」と、あらためて今日、実感しました。

ほんと、ほかのおふたりのコーディネーターさんに任せられるものを任せることができて、私は助かりました。

ありがとうございます!

以上が、今年の自治体シンポにかかわっての「成果と課題」みたいなものでした。


「地方自治と子ども施策」全国自治体シンポジウム2016宝塚、無事終了(1)

2016-10-10 08:31:14 | 雑感

前々からこのブログでお伝えしていた「地方自治と子ども施策」全国自治体シンポジウム2016宝塚が、10月8日~9日の2日間、宝塚市で行われました。

私は実行委員会のひとりでしたし、第4分科会(子ども参加)のコーディネーターを務めました。

おかげさまで、たくさんの人に集まっていただき、充実した形で終了することができました。

この場をお借りして、ひとことお礼申し上げます。

さて、今年、自治体シンポの運営にかかわって、「ちょこっとだけ例年とちがって、自分なりに工夫してみたこと」のいくつかをご紹介します。

(1)ツイッターやフェイスブック等々で、自分なりに自治体シンポへの参加を呼び掛けてみたこと。

ほんとに小さなことですが・・・。

でも、SNSで知り合った神奈川県の方(複数)と会場でお目にかかることができたり、あるいは、全国学校事故・事件を語る会のメンバーが会場に居たり・・・なんてこともありました。

(2)実は地元の教組にも「分科会等々に参加して」と呼びかけてみたこと。

これも小さなことですが・・・。

でも、今日、自分の分科会の会場に、顔見知りの教組の方、座っておられました。

どうやら何人か、各分科会に分かれて参加していたようです。

ただ、「自治体の子ども施策」となると本来、首長部局管轄の部署の方だけでなく、教育委員会や公立学校園も含まれてしかるべきかと。

でも、なぜか自治体シンポでは今まで教育委員会関係者はさておき、学校現場の人は「あんまり、ご縁がない」感じでした。

なので、ちょっと教組の方に「来てください」と声をかけてみました。

(3)ある中学校にお願いして、第4分科会で「子ども防災プロジェクト」の取り組みについて報告していただいたこと。

自治体施策への子ども参加というと、ここ最近「防災」の領域でいろんな取り組みが行われています。

たとえば今日も私たちの第4分科会で、西東京市の児童館での「防災」をテーマにした子どもたちの会議(というか合宿)の取り組みが報告されました。

まあ、こうした「防災」関係の取り組みも、地域社会の諸活動や「まちづくり」の取り組みへの「子ども参加」のひとつです。

これに合せたわけではないのですが、大阪市立鶴見橋中学校のここ数年の「子ども防災プロジェクト」の取り組みを、今年は第4分科会で報告していただきました。

ちなみに、少なくとも私がかかわりはじめて以来、「子どもが参加する子ども参加分科会」をコンセプトにして企画を練ってきました。

それは2011年の大阪府泉南市での自治体シンポのときに、兵庫県立舞子高校環境防災科の生徒さんたちに報告をしていただいたことがあって、それ以来、「ああ、この分科会に子どもがくるっていいよな~」と思っていたからでした。

さて、今回、鶴見橋中学校からの20分のパワーポイントを使った報告、ふたりの中3女子生徒が行いました(教員は脇からパワポを動かすだけ)。

中学生たち相当緊張していたようですが・・・。でも、なかなか、いい報告でしたね。

そうそう、これも自治体シンポの報告には「首長部局管轄」だけでなくて、もう少し「学校や教委の取り組みも」入れてみたい・・・と考えてきたことの一つですね。

(4)川西市の選挙管理委員会にお願いして、高校生といっしょにつくった「18歳選挙権を考える動画」づくりの話をしていただいたこと。

自治体レベルでの子ども参加の地道な積み重ねの上に、子どもたちの主権者意識が育ってくるんではないか・・・というのが、私たちの第4分科会でここ数年、大事に考えてきたこと。

「ならば・・・」ということで、宝塚のお隣・川西市の選挙管理委員会が高校生と動画づくりをしたので、それについて短い時間の報告(特別発言といいますが)をして、ついでに動画も見せていただこう、と思いました。

また、ここも選管職員と高校生のペアでの報告でした。

ちなみに、とかく自治体シンポでは「川西=子どもの人権オンブズパーソンの取り組み」のイメージが子ども施策では強いので、「他にもいい取り組み、川西はあるよ~」というイメージをつくりたいな~と思ってました。

(5)参加した子どもたちどうしの交流の場を設けたこと

お昼の弁当を食べるわずか1時間程度ですが、川西市の高校生、宝塚市子ども委員会の高校生、松本市(長野県)子ども未来委員会の中学生・高校生、そして鶴見橋中学校の生徒さんと、子どもたちだけでテーブルをつくって、そこで雑談的に交流をしていただきました。

もしも何か交流がうまくいかなければ、宝塚市子ども委員会のファシリテーターの方にも手伝っていただいて・・・とか思っていたんですけど、「放っておいたら、勝手に子どもたちどうしでしゃべりはじめていた」ので、「もういいや、そのままにしておこう」と思って、そっとしておきました。

そういう時間があったせいか、午後の全体討論の時間、けっこう子どもたちからいろんな意見がでましたね。よかったです。

まあ、こういういろんな「ちょっとした工夫」をしてみまして、今年の自治体シンポ、特に第4分科会は無事におわりました。

その上で思ったことを、次に別の形で書きますね。(続く)


「指導死」事案の調査・検証が担えるだけの「専門家」の養成を

2016-10-03 23:33:21 | 受験・学校

「指導死 原因調査の徹底要請 遺族でつくる「親の会」が文科省に」(毎日新聞ネット配信記事、2016年10月3日)

http://mainichi.jp/articles/20161003/ddm/013/100/013000c

私はいつも思うんですけど・・・。

(まあ、『「指導死」』という本の執筆者のひとりですから、立場上この話には何らかのコメントをしなくちゃいけないわけですけどね)

いまは文科省や地方教育行政、学校現場の側もさることながら、法学(=弁護士ということですけど)、心理学や精神医学、そして教育学系の「専門家」と称する人々が、この「指導死」親の会のご遺族からの問題提起を重く受け止めないといけませんね。

というのも、すでに子どもの自死に関する背景調査の指針が文科省から出ています。

これを活用して、子どもの自死事案について「その背景に学校の指導が何らかの形で関与しているのではないか?」と疑われるケース、つまり「指導死」が疑われる事案については、ひとつひとつ、その「指導」のありようを調査・検証していかないといけない。

そして、その調査・検証作業の「実務」を担っているのが、まさに心理学や精神医学、教育学、法学(=弁護士ということですが)などの「専門家」です。

でも、この各領域の「専門家」諸氏が、「指導死」というご遺族からの問題提起を受け止めきれていないのが、いま、調査・検証実務の「現場」を脇から見ていて思うことです。

そして、他の重大事故・事件の事例でもそうですけど、遠く離れたところから、誰かが書いてくれた資料(たとえば判例とか事故報告書、スポーツ振興センターの災害給付データ等々)を手がかりに、この事故・事件はああだ、こうだという専門家は多々います。

そのこと自体は「岡目八目」的に見えることも多々あるので、全く意味がないとは思いません。

でも、今、必要なのは、たとえば、こういう「指導死」が疑われるような事案であれば、それの起きた「現場」にきっちり向き合って、しんどい調査・検証作業を担いきるだけの力量のある「専門家」だと私は思っています。

そういう「専門家」の数が早急に増えてくるのでなければ、いくらご遺族から「調査・検証作業の重要性」や「それを実現する制度の必要性」とか問題提起され、政治的な動きのなかでそれが実現しても、せっかくの立派な制度が「担い手の問題」で崩れ、「絵に描いた餅」にしかなりません。

そして、そういう「専門家」が増えなければ、私、いつまでたっても忙しくてしょうがない・・・。

だから私、前々から言ってきたように、学校現場や教育行政、文科省もさることながら、同業者たる「専門家」の頼りなさに、ほんとうに今、見ていて「しんどいな~。どないしたらこの人たちのレベルアップ、はかれるんや?」と途方に暮れる今日この頃です。

とはいえ、そのレベルアップ作業を「誰かがやらねば」と思って、「しつこく、しぶとく」ものを言うつもりなんですけどね・・・。

※この「指導死」の話を含めて、学校事故・事件について私が語る公開講座が、勤務校・京都精華大学で開催されます。詳しくは下記のページもしくは画像を参照してください。

http://www.kyoto-seika.ac.jp/info/garden/2016/late/lecture_sumitomo2016/

なお、開催に最低必要な人数の受講希望者が集まらない限り、閉講になる可能性があります。

開始10日前(10月18日)までにその人数をクリアしてほしいので、できるだけ早め早めの申し込みをお願いします。



公開講座「学校での事故・事件とどのように向き合うか」の参加申込、引き続きよろしくお願いします。

2016-10-02 10:08:36 | 受験・学校

この公開講座の開催、かなり高いハードルを課している(課されている?)ことは自分でもよくわかっているのですが・・・。

なにしろ、大学のホームページとこのブログ、ツイッターやフェイスブックなどのSNS、そしてチラシやクチコミ中心で、とにかく開催可能な最低人数を集めなければいけない。

でも、よくよく考えてみればわかるのですが・・・・。

たとえばフェイスブックなどで「いいね」をしたり、あるいはツイッターでリツイートすることの手間に比べてみたら・・・・。

メールで参加申込をして、金融機関から受講料を払い込んで、そして月1回金曜日の夜にうちの大学に足を運んで・・・・という手間って、ほんとうにたいへんかと思います。

なにしろ京都市内といっても、うちの大学は北の端のほう、岩倉にありますからね。

同じ京都市内でも、京都駅や四条河原町あたりから来るには、ちょっと時間がかかるようなところです。

しかし、こちらとしては、いま、たくさんの「いいね」やリツイートをしてくださっている方のなかから、少しずつ、その手間をかけて、「参加しよう」と言ってくださる方が増えるのを「待つ」しかありません。

だから、開催の可否が決まるその日まで、何度でもくり返し、ブログとSNSを重ね合わせて、情報発信を続けるしかないと思っています。

そして、その手間を惜しまずに、すでに参加申込をされた方々には、この場をおかりしてひとこと、お礼申し上げたいと思います。

その一方で、自分としては、できるだけ多くの方の参加を得て、なんとしてでも開催したいと思っています。

というのも、たとえばこの3月末にできあがった文部科学省の「学校事故対応に関する指針」。

私もこれをつくるための有識者会議にかかわっていましたが、「指針」ができてから後、学校現場にきちんと文科省、地方教育行政を通じて、これの周知徹底ができているのかどうか。

また、周知が図られたとして、その「指針」の内容に即した現場実践の再検討、修正が行われているのか。

こういったことが、私としてはとても心配なのです。

ですから、今は市民や保護者、学生・大学院生、学校現場の教職員や教育行政の職員等々、ひとりでも多くの方に「指針」の解説を軸としたこの公開講座に集まっていただいて、そこで少しでも学校事故・事件の防止と豊かな教育実践の両立に向けて考えを深めていただくこと。

そして、深まった考えをもとに、今までになかった取り組みを開始する方向に動いていただくこと。

このことを、私としては強く願っているのです。

だから、なんとしてでも、この公開講座、開催したいのです。

みなさんといっしょに、未然防止・事後対応の両面から、新しい学校事故・事件への対応のあり方を考えていきたいのです。

この場をお借りしてでの「呼びかけ」くらいしか今はできないのですが、でも、ひとりでも多くの方にこの公開講座開催の情報が伝わって、みなさんにできるだけ参加していただければと願っています。

お忙しいところ、無理なお願いばかりで申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いします。

<以下、くり返しになりますが、案内です>

京都精華大学公開講座レクチャー・ガーデン

「学校での事故・事件とどのように向き合うか」

(全4回、すべて金曜日夜19時~20時30分、会場は京都精華大学)

講師:住友 剛(人文学部教員)  受講料:5000円 

定員の設定はなし。参加には事前申し込みが必要。

第1回 10月28日 学校事故・事件の被害者家族・遺族とかかわって

第2回 11月25日 これからの学校事故・事件防止のあり方について -文部科学省「学校事故対応に関する指針」解説-

第3回 12月23日 学校における「指導」を問い直す -「指導死」ということば、知っていますか?-

第4回 2017年1月27日 実際の被害者家族・遺族のお話を伺う

※参加申込の方法など、詳細は下記を参照してください。

http://www.kyoto-seika.ac.jp/info/garden/2016/late/lecture_sumitomo2016/

たくさんの方の参加申込、心からお待ちしております。

なお、できるだけ早く(開催10日前までに)参加申込をしていただけると助かります(受講申し込み者数が少ないと、閉講になる場合がありますので)。

※また、下記のページが「お申込みについて」のページです。

http://www.kyoto-seika.ac.jp/info/event/garden/contact/

この「お申込みについて」のページの下のほうに、こんな記述があることにご注意ください(だから、上記のとおり「開催10日前までに」参加申込を・・・と呼びかけている次第です)。

※開催最少定員に満たない場合、開催を中止することがあります。

 講座の開講が中止となった場合、開講の10日前までにお申込みの方にご連絡します。

 その場合はご入金済の受講料を全額返金いたします。

<追記>

在学生や卒業生等、本学関係者には受講料の割引があります。その点、書き添えておきます。

上記の「お申込みについて」のページには下記のような文章があります。

私の担当する公開講座も「レクチャー・ガーデン」シリーズなので、本学関係者は1,000円になるはずです。

 1.本学の在学生、卒業生、教育後援会会員(在学生の家族)、高校生以下は半額です。

 お申し込み時に、学籍番号を(高校生以下は学校名を)ご記入ください。

※レクチャーガーデンは1講座1,000円となります。

※「谷崎文学を歩く」のみ本学在学生は無料となります。

 ただし、一般受講生を優先とし、応募者多数の場合は抽選となります。

2.セイカファンクラブ会員は10%割引です。

※こどもガーデンは割引対象外です。