できることを、できる人が、できるかたちで

京都精華大学人文学部・住友剛のブログ。
関西圏に関することを中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

シンポジウム報告3(終わり):今の青少年施策の動向から

2006-11-26 12:54:27 | 新たな検討課題

11月13日(月)に行われた「市民の会」主催イベントの報告も、これで3回目。この日は、大阪市のこれからの青少年施策を考えるというのが基本的なテーマで、そのなかに大阪市立青少年会館の存続問題を含めて考えていくという方向性で、私も講演内容を組み立てていました。

このイベント報告も、1回目が市長方針案が強行されたときに生じうるであろう「混乱」の問題、2回目が市長方針案を導入するまで・導入して以後の経過の問題点を指摘しましたので、今回は3回目として、今後の大阪市の青少年施策を考える上で青少年会館事業はどう位置づくのか、という話をして、そろそろしめくくることにしましょう。

まず、今の日本政府の青少年施策を考えるときに、「課題を抱える青少年支援」は、最重点課題のひとつです。そのことは、内閣府の出した「青少年育成大綱」(2004年)を見てもらえればわかります。フリーター・ニートといった若年層の就労支援や社会参加に関する問題、不登校・ひきこもり経験者、「障害」のある青少年などへの支援、非行傾向のある青少年への立ち直り支援、ひとり親家庭の子どもへの支援など、多様な「課題」を抱える青少年への社会的支援の必要性が、この「青少年育成大綱」にもりこまれています。

しかも、その多様な「課題」を抱える青少年への支援を、行政と民間の役割分担や、NPO、地域住民や保護者の参加、当事者である青少年どうしによるサポート、教育・福祉・医療・心理・労働などの各分野の連携などによって行うことも、この「青少年育成大綱」ではうたわれています。また、学校での学習についていけない子どもたちへのいわゆる「学力」保障的な取組みも、この「青少年育成大綱」のなかには含まれています。

次に、学校外の青少年の居場所づくりや、子どもの学校外活動の充実といった方向性、さらにはその学校外活動での行政と民間のパートナーシップ、NPOや民間団体の積極的な取組みと行政によるその支援という方向性は、1990年代以来の日本の教育改革が目指してきた方向性ではなかったのでしょうか。

特に、90年代の社会教育・生涯学習関係の審議会でも、社会教育行政が今後、民間団体などとのパートナーシップを構築すること、学校や首長部局との連携に勤めること、地域づくりにとりくむこと、などがうたわれています。また、学校週5日性への対応や家庭教育支援の重要性といった課題に対応する社会教育行政の必要性も、これらの政府審議会で主張されてきたことです。

とすれば、今、大阪市の青少年施策のなかで、政府レベルで考えている青少年社会教育の方向性に比較的近い取組みをしているのは、実は市立青少年会館である、ということがいえます。そして、大阪市の今の行財政改革や10月の市長方針案は、こういった観点からの既存の青少年施策の検討は行わずに、ただ財政面でのコスト削減や、あるいは、青少年会館がかつて「同和」施策で建てられたという点のみだけを見て物事を判断しているということがいえると思います。

これに加え、他自治体においても、例えば子どもや若者代表が企画作りから参加しての青少年施策・青少年関連施設づくり、子どもの人権尊重に関する各種の条例制定、子ども・若者の「居場所づくり」を核にした社会教育・児童福祉関係の施設運営のあり方の検討など、多様な取組みがすすめられつつあるところです。このような他自治体の先進的な取組みも、大阪市の青少年会館で今行われている各種活動の内容に近いところがあります。

このように見ていくならば、政府レベル・他自治体レベルでの青少年施策の目指すべき今後の方向性に、実は大阪市の青少年会館が比較的沿った事業展開をしていることがわかります。そして、あの「地対財特法期限後の事業等の調査・監理委員会」ですら、8月末に出した「まとめ」で、今、青少年会館で展開している各種事業のうち、「課題を抱えた青少年の居場所づくり」「青少年の体験活動」「若年層の職業観育成・社会参加支援」の3つについては、「全市的に展開すべき事業」と認めざるをえないのは、こうした事情が背景にあってのことと思われます。つまり、今、青少年会館で展開している各種事業のなかには、他自治体どころか、日本全国で取り組んでしかるべきほどの「一般的な青少年施策」が含まれている、ということなのです。

だとしたら、そんな「一般的な青少年施策」をすでに展開している大阪市立青少年会館について、今、なぜ設置条例をなくし、各館施設のうちスポーツ施設部分だけに指定管理者制度を適用し、公募の上で民間に管理代行させるのか、私には理解に苦しみます。やらなくてもいい余計な改革を行って、本当に残すべき青少年施策を傷つけている、という風にしか思えないわけです。

そして、残すべきものを逆に傷つけ、台無しにするような方針案を大阪市長が出せるのも、今、大阪市立青少年会館が展開している諸事業にどのような意味があるのか、それが政府レベル・自治体レベルでの青少年施策とどのような関係があるのかなどについて、あまり十分な検討を行わなかったからではないのか、という風に思えてなりません。

何かにつけて改革、改革と連呼されている昨今ですが、私は「やらなくてもいい余計な改革をするくらいなら、上層部はなにもしないほうがマシ。なにもしなくていいところでじっと辛抱していられることも、上層部の力量・度量のうち」「改革のやりすぎは、改革のやらなさすぎと同じくらい、始末に終えない結果を招く」という思いがあります。この大阪市の青少年会館や、これからの大阪市の青少年施策をめぐる諸問題も、それにおそらく近いのではないかと思っています。とりあえず、3回に分けて書きましたが、シンポジウムで私が話した内容の紹介は、ここで終わります。


シンポジウム報告2:市長方針案にいたる経過等の問題

2006-11-25 15:44:51 | 新たな検討課題

例のシンポジウムからもう10日以上たってしまったのですが、私のほうの多忙と、特にこの数日は体調がすぐれず、こちらに何かを書き込む気力・体力的なゆとりがなかったので、シンポジウム報告の続きを書くのが遅れました。大変申し訳ないです。

さっそくですが、今後の大阪市の青少年施策に関するシンポジウム報告の続きを、11月13日(月)夜に話した内容に若干「加筆修正」する形で書いていきます。

今日は2回目。前回は、大阪市の青少年会館設置条例を今年度末で「廃止」するということ、青少年会館で行っている諸事業を他の社会教育施設などに移すという市長方針案を強行すれば、どのような面で社会教育や他の青少年施策の現場を「混乱」させる結果を招くか、ということについて述べました。今回は、今年10月10日にこの市長方針案が出てくるに至る経過と、市長方針案が出た以後の経過の問題を取り上げます。

まず、今年10月に出た市長方針案は、8月末の「地対財特法期限後の事業等の調査・監理委員会」(以後「監理委員会」と略)の「まとめ」に、若干の修正を加えて出したものです。とすると、市長方針の基本線は8月末で出ていた、ということになります。

ところで、この「監理委員会」で今後の青少年会館事業に関する中身が審議されたのは、私が公開されている審議経過等を見る限り、8月中の3回のみです。しかも、この3回は、他の「同和」施策と呼ばれるものとあわせて審議されており、青少年会館事業だけで審議されたものではありません。過去約30年近くにわたる青少年会館事業の歴史や、あるいは、今日の青少年会館事業の中身を評価するのには、私などは「たとえ『市政全般に通じている方』を委員に選んだという監理委員会でも、たった3回の審議で、いったい何がわかるの?」といいたくなってしまいます。(その「市政全般に通じている方」が出した案がどの程度のものだったかについては、前回、述べたとおりです。)

また、そもそも1999年に「同和」施策から一般施策へと移行して、現在は市内青少年とその保護者、地域住民、NPOなどに広く利用されている社会教育施設としての青少年会館を、この「監理委員会」の検討対象にあげること自体、本当によかったのかどうか。なにしろ、99年の時点で、市議会で青少年会館条例の改正をきちんと審議、承認して今があるわけですから、この「監理委員会」はその市議会の経過をどう見ているのでしょうか。(ついでに、市議会も、青少年会館事業を99年の条例改正により一般施策だと位置づけなおしたことについて、今、どのように考えているのでしょうか?)

続いて、この8月末に「監理委員会」の「まとめ」が出されて以来、市長以下の市政上層部が大阪市内12ヶ所の青少年会館をまわり、その利用者である子どもや保護者、地域住民、NPO、現場職員などに対して、どれだけこの「まとめ」の趣旨等について説明を行ってきたのでしょうか。特に、「まとめ」が出て以来の約2ヶ月半の間、例えば子ども・保護者・地域住民・NPOなどによって、多様な抗議活動、反対の意思表明が行われてきました。それに対して、市長以下の市政上層部はどのように対応してきたのでしょうか。

ちなみに、大阪市長は「施設の見直しについてですが、これを具体的に進めるに当たりましては、これはやっぱり幅広く市民あるいは現在利用しておられる方の御意見も聞きながら、あらゆる角度から検討して、この具体化を進めていきたい」と、今年9月25日の市議会の市政改革特別委員会で答弁しています。しかし、私が聞く限り、大阪市長が実際に青少年会館の現場を訪れたのは、この答弁後にたった1ヶ所あっただけと聞きます。市議会で答弁していることと、実際にやっていることとが、かなりずれているわけですよね。

そして、こういう答弁をして、利用者や地域住民の意見を聞くなどいっておきながら、実際のところは10月10日に、「監理委員会」の「まとめ」に若干手をくわえた程度の市長方針案が発表されている。また、その後も引き続き、利用者や地域住民、NPOなどからの抗議や反対の意思表明などが行われているにもかかわらず、あまりこういった意見に耳を傾けようとする姿勢は見られない。こういう状況をみると、「あのときの市長の市議会答弁はなんだったの?」という風にしか見えません。

しかも、今頃はすでに、市役所及び市教委内で来年度の予算や事業等のプラン作りが進んでいることかと思いますが、まだあくまでも今、出ているのは「市長方針案」でしかありません。だから、実際にいろんな内部検討を経て、「これはムリ」ということであれば、その案を「見直す」、あるいは「実施の先送り」ということだって可能なはずです。そして、市教委の管理下にある社会教育施設である以上、青少年会館の条例廃止等については、市教委の会議などの手続きを踏む必要だってあるはずです。でなければ、社会教育関係の現行法に触れ、市教委の独立性を市長が侵すということにもなりかねません。

しかし、どうも私のにらんだところでは、この「市長方針案」がすでに「既定方針」のようになって、市役所や市教委の各担当部署に下ろされてきているのではないか。また、マスメディアなどは、先日、取材に来てくれた新聞社2社はさておき、もうこの「市長方針案」が実施されるもの、というように伝えてしまっているのではないでしょうか。

そして、現在の大阪市立青少年会館は、「ほっとスペース事業」その他の事業を通じて、「行政と民間のパートナーシップ」「市民の参加・参画」「指定管理者制度の適用」といった、これからの大阪市の行財政改革の「モデル」となるような手法を取り入れつつ、どのような事業展開が可能かを模索しているところです。また、徐々に、行政とNPOなどの協力によって、新たな青少年社会教育のスタイルが形成されてきたところです。

そのような段階にある青少年会館に対して、これがかつて「同和」施策で建てられた施設だという過去をいまさらながらもちだし、「廃止」方針を打ち出す。このことは、大阪市長以下の上層部が「これから自分たちが青少年会館を含めた各施設に導入しようとしている行財政改革の手法を、わざわざ過去を蒸し返して、自分たちで否定しようとしている」かのように見えてしかたがありません。

だからこそ私は「いったい、大阪市はこれからの行財政改革について、何を原則にしていくつもりなのか?」「既存施設を有効利用することや、市民参加や行政と民間のパートナーシップ等々という手法でいえば、青少年会館こそこれからの大阪市の行財政改革のモデルになるべき施設なのに、いったい、市政上層部は青少年会館事業のどこを見て、事業や施策の評価をしているのか?」と、クビをかしげてしまうのです。

そして、むしろ実際に青少年施策や現場で青少年とかかわる市職員のほうが、こういった今の市長方針案の問題点に、実際の地域住民や利用者、子どもの様子を見てすぐに気づきやすい立場にありますし、実際、この矛盾点や問題点に気づいている人も多いはずです。にもかかわらず、市長以下の市政上層部は、意固地になっているのか、「上からの指示だ」といって、この問題点だらけ、矛盾点だらけの案を現場に下ろしてくる危険性が高い(というか、すでにその方向で準備を進めているのでしょう)。

要するに、こんな感じで、私は「市長以下の市政上層部の進めたい大阪市の行財政改革の方向性を前提にしても、青少年会館はそのモデルになるものであったとしても、廃止の対象になぜしなければいけないのか、理解に苦しむ」わけです。そして、これに国や他自治体での青少年施策の動向、青少年問題に関する研究の動向、これまでの青少年会館改革の取組みと現状といったことまで加味すれば、ますます、「いったい、大阪市長以下市政上層部は、青少年会館のどこをどう見てこういう方針を出したのか?」と思ってしまうわけです。


シンポジウム報告1:市長方針案を強行したらどうなるか?

2006-11-20 20:42:41 | 新たな検討課題

それでは、先週13日(月)のシンポジウムで、私から話をした内容を何度かに分けて書いていきましょう。当日の講演内容を、今、私が話しやすい項目から順番に書いていくことにします。

今回は、先月10日に出した市長方針案を強行したケース。つまり、大阪市立青少年会館の設置条例を廃止して、青少年の体験学習活動、課題を抱えた青少年の居場所づくり、職業観育成や社会参加支援に関する活動など(以後「三事業等」とここでは呼びます)を、他の社会教育・生涯学習施設などへ移した場合、どういうケースが想定されるのか。それを、私の推測として書いておきます。また、このことは、当日のシンポジウムでも話をしましたが、それプラスアルファで今、考えていることを書きます。

まず、これら三事業等の所管は、来年度以降、大阪市教委から、大阪市役所内に新設される「仮称・子ども青少年局」に移されます。しかし、今のところでは、「仮称・子ども青少年局」の設置方針が打ち出され、内部ではどのような部局にするのか検討が進んでいるようですが、私にはその具体像がまだ見えません。でも、来年春、4月にはスタートするんですよね? 本当に大丈夫なんでしょうか?

基本的に私は、大阪市役所・大阪市教委の青少年施策を担当する部局の再編・統合や、社会教育・児童福祉の連携部局の設置という方向性は、必ずしも悪いとは思っていません。しかし、他自治体行政でも同様の部局の再編・統合を行ったケースがあるようですが、これらはいずれも段階的に数年間をかけての移行であり、いきなり「来年4月から」というようなことはしません。

つまり、これだけでも本当は大きな機構改革であり、それが円滑に着地するだけでも数年間かかると思われるものを、たった半年間で「やる」というのですから、来年度、大阪市の青少年施策はそれだけで「大混乱しかねない」危険性があります。しかし、そういう危険性がありうることへの認識は、少なくとも私の目には、市長方針案には「見られない」というしかありません。

次に、青少年施策の所管部局そのものが再編・統合過程にあるなかで、青少年施策の現場である大阪市立青少年会館が、従来どおりの形態では使えない。また、上記の三事業等は大阪市内の「全市展開」ということで、徐々にではあるでしょうが、他の社会教育・生涯学習施設や市民利用施設などに移行されていきます。

しかし、その上記三事業を受け入れる側の社会教育・生涯学習施設、市民利用施設の側において、その受け入れ準備が整っているかというと、必ずしもそうではありません。

特に、今まで子どもからお年寄りまで、すでにさまざまな社会教育・生涯学習活動が実施されているところへ、これらの事業が新たに移されるわけです。そこで、移行先の社会教育・生涯学習施設や市民利用施設の利用者たちと、新たに移される三事業等の利用者たちとの間で、これらの施設の利用をめぐって、さまざまな摩擦が生じる危険性があります。ですが、これらの調整プロセスをどうしていくのかについて、現在の市長方針案では何も説明されていません。

一方、三事業のなかでも、例えば青少年会館での放課後・長期休暇中の小学生・中学生の体験活動や、不登校・ひきこもり経験者、「障害」を持つ子どもなどへの課題を抱えた青少年の居場所づくり活動には、それ相応のスペースを移行先の施設で確保していただく必要もあります。また、講義室だけでなく、例えばスポーツ設備や調理室、工作室、図書室など、多様な活動スペースを用意している施設のほうが、これら三事業の活動にとっては、さまざまな活動形態が展開できるため、メリットが大きいと考えられます。

そう考えたときに、「全市展開」にあたって実際の青少年の各種学習活動を想定した場合、大阪市内24区に既存の青少年会館の施設・設備等を参考にした新たな施設を作るならともかく、「そこが空いているから」というだけの理由で、一般的な社会教育・生涯学習施設や市民利用施設に移せばいいかというと、「そうでもない」ということになります。

さらに、市長方針案によると、今後当面は青少年会館の既存施設を「スポーツ施設」と「それ以外の施設」にわけ、スポーツ施設の部分には「公募による指定管理者制度」の適用を考えているようです。しかし、今青少年会館にあるスポーツ施設も、上記三事業のケースのような活動展開を想定し、青少年会館としてのトータルな運用を考えて設置されたものであって、いわば「バラ売り」するようなことは想定されていません。これでは、施設の持つメリットを逆に損なうのではないかとすら思われます。

そして、来年度以降、「それ以外の施設」の部分を市の「普通財産」に位置づけた上で、子育て支援サークル等の自主活動に多目的に活用すると、例の市長方針案は述べています。だとしたら、今ある青少年会館でも子育て学習活動が行われていますし、そこには多様な市民グループも関わっています。青少年会館の余裕部屋などを使った「場所貸し」的な活用形態を考えれば、この市長方針案にあることは、別に条例廃止ということをしなくても実現可能です。

また、その子育て支援サークルなどが、自分たちの活動をするためにスポーツ施設を使いたいとなったときに、今後そのスポーツ施設を「指定管理者」にゆだねたら、そのたびごとにいちいち利用申請書を書き、料金を支払い・・・・という面倒な手続きをとることになります。今なら、各館の事務室に話をつければいいだけですけどね。

こういう風に、私が少し社会教育・生涯学習の関係職員、そこを利用している地域住民や保護者・子ども、そして諸事業にご協力いただいているNPO団体関係者の立場から、この市長方針案を見ていくと、「ほんと、来年からこんな案実施されたら、現場も市役所・市教委も大混乱しかねないし、子どもや保護者・地域住民に大きなしわ寄せが来る」としか思えないんですよね。

少なくともこの市長方針案でいくことを前提にしても、最低でも3~5年くらいの移行期間をおかないと、現場も住民も、そして子どももNPOも大混乱するだろう、としか思えないんですよ。それがどうして、市政上層部には分からないのかな、としかいいようがないのです。

しかも、何度もこのブログ上で「市民の声」を使った市役所側とのやりとりを紹介してきましたが、市役所側はこの市長方針案のもとになった、「地対財特法期限後の事業等の調査・監理委員会」の「まとめ」を高く評価してますし、外部からの方を中心に、「市政全般に通じている方」を「委員」にお願いしてこの「まとめ」をつくったといいます。

でも、こうやって実際の住民や子ども、現場職員やNPOの側から見れば、この「まとめ」や市長方針案のどこがいいのか。高く評価するというけど、「はぁ? どこがそうなの?」といいたくなってきますよね。本当に「市政全般に通じている方」たちの集まりであれば、こういう事態が訪れる危険性も想定した上で、それを回避することのできるような内容で「まとめ」をつくっていただきたかったです。

ということで、まずはシンポジウムで話をしたことの要点の1つめに多少の追加事項をまじえて、私の意見を述べておきます。


まずは「声をあげていく」こと。

2006-11-20 20:01:27 | 私の「仲間」たちへ

ようやく本来の大学での仕事にもメドがつきましたし、今日でちょうど先週のシンポジウムから1週間たちました。そろそろ、徐々にですが、先週のシンポジウムでしゃべった内容をもとにして、大阪市立青少年会館の存続問題や、大阪市の今後の青少年施策の展望などについて、私の考えを述べていきたいと思います。

その前に、たぶん新聞の大阪版のページだけだろうと思うのですが、先週のシンポジウムについては、産経新聞と大阪日日新聞がその様子を伝えたそうです。住んでいる地域がちがうので私の家では読むことができないのが残念ですが、記事を送ってもらえる人が見つかったので、近々、読もうと思います。

それにしても、他の新聞社はこの問題について、市長側のコメントなどは伝えても、青少年会館の現場や「市民」の動きをちっとも追わないのが気になります。その分、他の新聞を読んでいる人は、自分たちはこの大阪市立青少年会館のことや、青少年施策の今後について、市長側の流す情報が物事の理解の前提になっていることを、よく自覚していただきたいものです。他の新聞社は、この件以外の分野ではさておき、大阪市の青少年会館のことや今後の大阪市の青少年施策については、大阪市長側と意見の違う層の意見も書くなどして「バランスよい記事を書く」ということすら、今はできていないようなのですから。

それから、もうひとつ。「市民」といっても、実にさまざま。青少年会館の周辺地域に住んでいる人々や、今、青少年会館での諸活動に参加している子どもや保護者、これも「市民」です。また、青少年会館での諸事業の運営に積極的にかかわっているNPOや社団法人などのメンバー、この人たちも「市民」です。そして、青少年会館の職員や市役所・市教委の職員だって、勤務時間を過ぎて家に戻れば「市民」です。

「市民の声」といっても、実際のところは「多様」なのです。だから、市長・市政上層部及び市議会のみなさんは、今、「市民の会」で動いている人々のことを「変な動きがおきた」などといわず、まずはこの人たちの声に耳を傾けていただきたい。というか、この動きを「変な動き」としかいえない市政上層部や市議会の関係者がいたとしたら、そのご自分の感覚のほうを疑っていただきたい、とすら思いますね。みなさんが今まで聞いていて、当たり前だと考えていたのは、しょせん「一部」の「市民」の声でしかなかった、ということがおわかりいただけると思いますので。

さらに、今、少しずつ行動をしはじめた「市民の会」のみなさんへ。

シンポジウム当日もいいましたが、これまでのとりくみにくわえて、まずは身近な人を相手にクチコミでもいいですし、ブログやメールなどを積極的に活用してもいいですから、今、大阪市の青少年会館のこと、大阪市の今後の青少年施策のことについて、知っていること、感じていることを、積極的に情報発信してください。

先に書いたように、マスメディアが市長側からの情報を伝えていても、この大阪市の青少年施策のあり方に疑問を投げかける側からの情報は、あまり伝えられていません。だから、青少年会館の存続問題や、大阪市の今後の青少年施策のことについて強い関心を持っていても、意外と現在の状況や何が問題点なのかを知らない人々が、この大阪市内・大阪府下でもたくさんいるように思います。

まずは自分たちの話をちゃんと聞いてくれる層、その強い関心を抱いてくれる層を相手にメッセージを発する形でもいいので、とにかく、ひとりひとりがきちんと声に出して、「青少年会館条例を来年3月末で廃止するなんて、これは何かおかしい」とか、「このままいくと大阪市の青少年施策はぐちゃぐちゃになる」とか、思いつくままに情報を発信しましょう。

そして、さらに動ける人がいたら、大阪市長及び市政上層部に、あるいは大阪市議会に、マスメディアに、あるいは私のようにネット界の人々に、メッセージを発信しつづけるようお願いします。単発的に声をあげることも大事ですが、持続的に、しつこく、同じことを言い続けるのも大事ですので。


シンポジウム報告、もうちょっと待ってね

2006-11-19 12:06:03 | 新たな検討課題

先週月曜日の「市民の会」主催のシンポジウムから、早いものでもうすぐ1週間になります。この1週間、もうひとつの私の個人ブログを見てもらえればわかるとおり、めちゃくちゃ忙しかったので、なかなか報告が書けませんでした。

また、例年より約1ヶ月半ほど早まった卒論提出期限のため、今、私の4回生ゼミの学生たちもまた、卒論の最後の追い上げの時期にさしかかり、本業の大学での仕事がその対応だけで手一杯になるくらい、時間に追われています。

そんなわけで、大変申し訳ないですが、シンポジウム報告を書くのがもう少し遅れそうですので、今しばらくお待ちください。

それにしてもやねぇ・・・・。私らがこんな苦労をするのも、大阪市長がこれからの青少年施策についてきちんとした見通しもなく、来年3月末で「青少年会館の設置条例廃止」というようなことをぶち上げるからだと思うと、腹立たしくてしょうがありません。

あの方針、シンポジウム当日に来た人にはいろんな根拠を挙げて、「これを導入したら大阪市の青少年施策だけでなく、社会教育・生涯学習施策その他の領域まで、大混乱に陥る」という話をしました。それにどうして、大阪市の上層部や市議会が気づかないのか(実際に現場で仕事をしていたり、市役所内で実務を担当している職員は気づいている)。私には不思議でなりません。その詳しい話は、また後日、書きますね。


うれしい動きが少しずつ

2006-11-18 09:49:55 | ネット上でのバッシング考

今週月曜日の青少年施策を考える市民の会イベントのあと、いくつかのブログなどで、当日の私の講演内容を紹介していただいたり、あるいは、署名の動きなどを紹介してくださる方が出てきました。例えば、下記のブログもそのひとつです。イベント当日の様子や、署名の呼びかけのチラシなどもここで見ることができます。

burakusabe.exblog.jp

この動き、今まで私もブログなどを使って、大阪市の青少年会館存続の問題をめぐって常にあれこれ発信してきただけに、とってもうれしいことです。こういうまっとうな動きがどんどん大きくなって、つまらないことを書いて関係者を誹謗・中傷しているようなブログやウェブサイトの比重がどんどん小さくなることを願っています。ぜひ、みんなでいろんな形で声をあげていきましょう。


あるサイトの「試験的復活」を許さない

2006-11-16 05:47:38 | ネット上でのバッシング考

前に私のブログなどから適当に文章を引用したり、私の意図とは異なる方向でコメントを書き加えていたサイトが、「試験的復活」と称して11月上旬から復活したようです。

また、そのサイトでは再び、この間の大阪市の「同和」施策見直しに対して反対してきた人々に対して、私の印象では「誹謗・中傷」というしかない記事を掲載していますし、過去に書き綴ってきたものをそのまま載せています。

「やはり」というしかないのすが、一時的にいろんな状況のなかで「中止」していただけで、この人そのものの持っている本質的側面は、何も変わっていなかったということですね。

何度もこのブログ上で書いてきましたが、私はこういう人、許しません。もう一度、このブログを立ち上げた理由を説明した今年9月の文章2件を引用し、そのサイトと私の立場は違うということを、きっちりと伝えておきます。そして、そのサイトから私のブログへのアクセス及びそのサイト上での私のブログ記事の引用などは、下記の事情から「非常に迷惑極まりない。即刻やめていただきたい」とお伝えしておきます。

<以下、9月20日のこのブログの記事からの再掲>

第三には、前にもあるウェブサイト(もしくはブログか?)で私の日記帳ブログの記事が引用・参照され、あれこれといわれることがあった。今回、9月以降の「監理委員会」の「まとめ」に対する私の意見についても、どうやらそのサイトで引用・参照されているようである。これが私にとっては、非常に迷惑極まりない。「同じ立場だ」と思われるのも迷惑であれば、「自分と意見が違うから」といって、何かと「目の敵」にされるのも迷惑である。そんなサイトからのアクセスを、これ以上増やしたくない、というのも正直な気持ちとしてある。これが、三点目の理由である。

ちなみに、飛鳥会事件が発覚した今年5月段階では、「これこそ公正・中立の立場」と私の意見を持ち上げたそのサイトの運営者が、今や、私が青少年会館の「廃止」反対という意見を表明したら、まるで過去の評価など忘れたかのようなコメントを私に投げかけている。例えば、飛鳥会事件のことで、「飛鳥会の関係者については徹底的に事実究明して、法令にもとづいて処分すべきだ」といった私の発言には、「これこそまさに公正・中立」と持ち上げ、同じ私が青少年会館の「廃止」反対をいえば、それが不愉快で極まりない、ということなんだろうか。そう考えてみると、私から見れば、そんな人のいう「公正・中立」とは、結局、「自分の意見と同じ=公正・中立」ということでしかないように思うのだが。

あるいは、私には、そのサイトの運営者は結局、何らかの形で「同和」施策に関する話であれば、過去の話でも、現在の話でも、とにかくそれをひとまず、部分的にでも「肯定的」に受けとめる人物の発言は「嫌い」で、「しゃくにさわる」ので、「そういうしゃくにさわるもの、嫌いなものは徹底的に排除したい」のだという風に見える。そして、そういう自分が「差別者だ」といわれ、「糾弾」されることをものすごく恐れているように思われる。

だから、こういうサイトには正直「つきあってられない」のが実情ではあるが、向こうのサイトからこちらにアクセスがある以上、変な誤解をされたりする前に、それなりの対応策を講じなければならない。そのためには、まずはもとの日記帳ブログにある記事を整理し、新ブログに必要なものを移した上で、そこで対処すること。これが、三つ目の新ブログ設置の理由である。

ところで、「同和施策に関連して、法令に違反する行為があった人物を、事実関係を究明して、大阪市として厳正に法にもとづいて処分すること」と、「かつての同和施策の遺産を活用しつつ、大阪市の子ども施策の充実」を目指すこととは、一応は別問題として考えることができる。少なくとも私はそう考えるし、だからこそ、「監理委員会」の議論のあり方はおかしいのだ、という立場で意見を述べてきたのである。

たとえかつての同和施策にルーツをもつものであったとしても、それが大阪市民、特に子どもや保護者のニーズに沿い、市民サービスを向上させるものであれば、大阪市全体に適用する形で発展的解消を目指すということだって可能である。また、今もなお、かつての同和地区など、ある特定地区にさまざまな住民生活上の課題が集中的に現れているのであれば、そこに大阪市として拠点施設をつくり、さまざまな行政サービスを展開するのも、これも当然のことである。このような行政サービスの提供は、たとえ財政難であったとしても、地方自治体行政の担うべき役割だと考えるし、そのためにどこから歳出削減を行うのか、歳入の増大を図るのかを考えるべきだと思うのだが。

したがって、少なくとも、「とにかく同和と名のつくものが嫌い」とか、「とにかく同和というニオイを感じさせるものは消せ」というかのごとき感情論で物事を処理するような話には、私はかかわりたくない。そういう意識の持ち主からのアクセスに対して、あるいはこのブログ外での議論に対しては、「問題外」として、正直なところ相手にしたくないのが実情である(とはいっても、こっちは相手にしたくなくても、向こうが何か言ってくれば、相手にせざるをえなくなるが)。

むしろ、「いろんな事件や問題点があったとしても、それを適切に処理しながら、過去の経過をふまえて、大阪市としてどのような子どもの人権保障の新たな枠組みを考えるか?」という視点に立てば、「過去の同和施策の矛盾や問題点の解消」と、「過去の同和施策の遺産の活用」ということは、論理的には別問題に分けることが可能である。少なくとも、私はそのように考えている。

こういう立場から、積極的に青少年会館の問題についてものを言う、そういう形で別のブログを立ち上げてもいいかと思ったこと。これも、4つめの理由に加えてよいだろう。

以上が、新ブログ設置の理由である。

<続いて、9月23日のこのブログの記事からの再掲>

今日はまず、斎藤貴男『安心のファシズム』(岩波新書)p.25~27の引用。

<以下、同書からの引用文>

 にわかには信じられないほど陰惨な差別表現の連続には、どこか痛々しささえつきまとう。こうした封書やハガキが、おそらくは同じ人物によって百通以上。関係者の自宅の住所を調べる手間も相当なものだ。差別がいけないとか何とかいう以前に、具体的に関係しているわけでもない相手に、ここまでのことをしなければならない理由、エネルギーの源泉はどこにあるのだろうか。

 長谷川三郎・解放同盟東京都連書記長に話を聞いた。この種の問題への対応を長年こなしてきた彼は、封書の主の主体を、こう推察している。

「小さい頃から偏見を身につけて、差別感情を増幅させていた人ではないような気がします。付近に被差別部落があって直接に接したとか、親や周囲の人間に差別を植え付けられたというのでもないのでは」

―どういうことですか。

「リアリティがないんですよ。たとえば部落の者にひどい目にあったから憎んでいるといったような、差別に至る実体験の裏づけがまるで感じられない。ただ世の中には被差別部落なるものが存在しているという“情報”を何かで知って、そこには解放同盟という悪い奴らがおるぞと、これも頭のなかだけで“情報”として理解した。それで、そのバーチャルな情報をもとにこんなことを繰り返しているのではないかな。

 だから、相手がどう傷ついたかということには、あまり関心もない。自らの行為そのもの、また社会的に騒がれることに快感を覚えている。そんな人間を想像します。(後略)」

このブログに、あるサイトからリンクを経由してきた人々のなかに、こういう意識の持ち主はいないのだろうか。もしもそんな意識の持ち主がいたとするなら、私は自分の日記帳ブログや、このブログに対しての、そういう人物のアクセスは「大変迷惑である」とお伝えしておく。そういう人物は、二度と、私の関係するブログにアクセスしてほしくない。

以上


シンポジウム報告は後日きっちりと

2006-11-15 23:26:11 | 私の「仲間」たちへ

おととい(11月13日)夜の「市民の会」主催のシンポジウムには、会の呼びかけ人を構成している諸団体の関係者や、青少年会館の現場職員を含めた市職員の方など、120~130人近い方が参加して、満員の状態でした。

また、記事には今のところなっていないようですが、産経新聞と大阪日日新聞の記者の方は取材に来ていました(ということは、他の新聞社・テレビ局などは、この件を取材にすら来なかったということですね、どこの社・局かはいいませんが)。

このようなマスメディアの現状ですので、やはり、市民レベルでの大阪市の青少年施策を考えたり、青少年会館の存続問題に関する動きについては、私などがブログなどを使って積極的に情報発信していくしかない状況です。

そこで、さっそく、先日の様子やそこで私が話したことのレポートを・・・・といきたいところですが、実は本業の仕事のほうが今週末まで大忙しの状態。とてもこれ以上、ブログを書くところまでいきません。あす、あさってで大忙しの状態にひと段落つけるので、土曜日には何か発信できると思います。それまでしばらくお待ちください。


市議会からも批判の声が(その1)

2006-11-13 12:20:46 | ニュース

昨日、大阪市議会のホームページで、「市政改革特別委員会」での「青少年会館」関係の議論を中心に「会議録検索」をかけてみました。そうしたら、今年9月25日の同委員会での審議経過がわかってきました。

この日、大阪市長などに対する市会議員(以後「市議」と略)からの質問・意見のなかで、たとえば「地対財特法期限後の事業等に関する監理委員会」の8月末に出した「まとめ」に対して、ある市議から「性急で乱暴なまとめではないか」とか、「これまでの議論の中にもありますように、この際、飛鳥事件や芦原病院問題、これらの処理に合わせて一挙に片づけてしまいたいという思惑があるんではなかったか」「この同和問題関連としての一連の処分はもう済ましたんだから、あとはできるだけ行政側の責任を問われないような、指摘を受けないような形で早く切り上げようというふうに」考えたのではないか、といったような意見が出ていることがわかりました。これはなかなか、今の大阪市政に対する的確な批判だな、と思います。

なおかつ、「この検討・審議されるに当たりましては、対象となります事業や施設等の実態に詳しい所管局より詳細なヒアリングもなされた」と市民局側はこの市議からの質問に答弁しているのですが、これに対して、「詳細なヒアリングがされたということなんですが、現場からそういうふうには聞かされておらない」ということを、この市議は次の質問で述べています。

こんな風に、徐々にですが、最近では大阪市議会のなかでも、青少年会館条例の廃止等々、8月末に出した監理委員会の「まとめ」や、市長の出した方針案に対して、批判的な意見を述べている市議が出てきたようです。今後も引き続き、市議会会議録をチェックしながら、青少年会館の存続問題について私なりのコメントをしていくつもりです。

ついでにいうと、この日、先ほど紹介した市議とは別の市議とのやりとりのなかで、大阪市長は、青少年会館や人権文化センターなどについて、「施設の見直しについてですが、これを具体的に進めるに当たりましては、これはやっぱり幅広く市民あるいは現在利用しておられる方の御意見も聞きながら、あらゆる角度から検討して、この具体化を進めていきたい」ということも市議会で述べています。

だとしたら、今日、弁天町で「市民の会」がイベントを開きますが、そこに大阪市長は出てきて、「幅広く市民あるいは現在利用しておられる方」からの意見を聞いてほしいですね。大阪市長は、市議会で市議相手に答弁していることと、実際に市民というか、青少年会館の利用者相手にやっていることとが、かなり食い違っているように思うのですが。


SEVEN DAYS WAR

2006-11-12 18:51:17 | 私の「仲間」たちへ

まだTM NETWORKで小室哲哉が活動していた頃だから、あれは確か1980年代。「ぼくらの七日間戦争」という映画の主題歌として、小室哲哉が作曲(作詞は小室みつ子)したのが、“SEVEN DAYS WAR”という曲。この曲を聴きながら、今、このブログを書いている。

いま、あしたのシンポジウムでの基調提案の内容を考えているけど、やっぱり、この曲のこの歌のなかに繰り返し出てくる「Get place live」「僕たちの場所誰にもゆずれない」という言葉と、「ただ素直に生きるために」「うつむかず生きるために」という言葉。この言葉がやっぱり、「子どもたちの居場所のこれからをめぐって」というシンポジウムのサブタイトルからして、今は自分の心のなかにズシーンと来る。

大阪市の青少年会館に集まってくる子どもや若者たちが、本当に「うつむかずに生きるために」「ただ素直に生きるために」、「この場所だけは誰にもゆずれない」という思いで、明日は話そうかな、と思っている。


シンポジウムの開催です。

2006-11-12 15:46:24 | 新たな検討課題

明日の夜、下記のようなシンポジウムが開催されます。大阪市の青少年会館の存続問題に関心のある人々、特に「これはおかしい!」と思っている人は、ぜひ参加してください。また、私も、このシンポジウムでは「基調提案」で、冒頭で話をする予定です。

<大阪市の今後の青少年施策について共に考えるシンポジウムー子どもたちの居場所のこれからをめぐってー>

日時:2006年11月13日(月) 18時45分から。

参加費無料、定員120名(当日先着順)。

場所:弁天町市民学習センター(JR大阪環状線・弁天町駅前、オーク二番街7階)。

主催:大阪市の今後の青少年施策について共に考える市民の会。

ちなみに、この会のチラシには「ぼくらは、どこに行けばいいんだろう・・・」と書いています。まさにこの思いが、今、この市民の会に集まっているおとなたちも、それから、各青少年会館に集まっている子どもたちも、同じ思いだと思うんですよね。そのことについて、大阪市の上層部や市議会はどう考えているんでしょうかね?

また、「今後の青少年施策」についても、本当に今の大阪市当局からは何か見通しのある案は出ていないわけで、この市民の会に集まっている面々で考えていくしかないのではないかと思います。また、10月に出た市長方針案も、青少年会館の部分については「あんたら、考えてるの?」というしかない、現場の実態を理解していないプランでしかないですしね。

そして、これまで何度もこのブログで書いてきましたが、大阪市長以下上層部が子どもを含む青少年会館の利用者や地域住民の前に出て、これから青少年施策をどうしたいのか、きちんと語る、説明するという作業はぜんぜんやってませんよね。

はっきりいって、安全地帯にいてマスコミの取材くらいはうけるのかもしれませんし、どこかの週刊誌ではほえまくってるのかもしれませんが、直接、これらの人々とやりとりすることからは、市政上層部は「逃げまくってる」としか言いようのない状態です。これでは、青少年施策を担当する市職員も、「あしたから、どうすりゃいいの?」という気分でしょう。

ほんと、あらためて考えても、この大阪市の市政上層部の方針、「むちゃくちゃやなぁ」というしかありません。しかし、子どもや若者の成長は、そんな「むちゃくちゃ」な市政上層部の動きを待ってはくれません。早急に、私たちなりに何かアクションを起こして、「むちゃくちゃな」市政上層部の動きに対抗しながら、現実に子ども・若者のニーズにこたえていくとりくみをしていかざるをえませんね。


そろそろ「自立」しましょうか?

2006-11-10 11:31:00 | 新たな検討課題

昨日だったか今日だったか、新聞報道によると、大阪市議会は大阪府の行う「サミット誘致」への協力を決めたとか。私とはずいぶん意見や立場がちがいますが、あの市政改革推進会議の外部委員ですら、一時期「やめとけ」といっていたことですよ。でも、「安上がりのサミットにする」とかの条件つきであっても、大阪市議会は決めたんですよね。

今、大阪市は地下鉄や市バスなどの「民営化」も含めて、財政再建を主たる目的としての行財政改革を行っているんですよね。また、青少年会館の存続も含めた「同和」施策の見直しも、従来の市職員の待遇を「厚遇」とした上での見直しも、ある意味その財政再建を主目的とした行財政改革の一環とも考えられるわけですよね。

にもかかわらず、なぜ今、「サミット誘致」なんですか。「サミット誘致に使う金があれば、青少年会館の存続や、新たな青少年支援施策の実施に使えよ」と言いたくなります。また、こんな調子だと、大阪市役所もそうですが、市議会に対しても、「いったい誰のほうを向いて市政運営を考えているのか?」と言いたくなってしまいます。

いつまで「見栄えのいい都市づくり」「マスメディアに注目されるようなまちづくり」をやっているんですか。財政的に見てそんなことをする余裕はないと、市政改革推進会議の外部委員も言っているわけですし、かつて「オリンピック招致」で失敗したんですよね、大阪市は。住民生活の側から見ている私も、財政再建の側から見ている市政改革推進会議の外部委員も、結論としてはおそらく似たようなもので、「そんなことしてる場合じゃないだろ!」というところでしょうか。

この調子だと、そもそも他都市も名乗りをあげている以上、サミット誘致も成功するかどうかあやしいですし、財政再建も中途半端に終わるのではないでしょうか。その上、今まで青少年会館の存続問題も含め、住民の福祉や教育などに関する諸施策をいじくりまわして、ぐちゃぐちゃにして、住民生活を混乱に陥れた結果だけが残ってしまう。(これだと、私とは立場は異なりますが、まだ財政再建のために一貫してモノを言ってる人々のほうが、「信頼できる」ように見えます。)

そして、その失敗と混乱のツケが、子ども・若者やお年寄り、女性、「障害」を持つ人々など、市内の各地域に根ざして生活している人々にまわされるでしょうし、その失敗の尻拭いをさせるような仕事が、大阪市の行政の末端職員と、市内各地域で自発的に活動しているNPO団体などにまわされてくるのでしょう。

そろそろ、今の大阪市の市政運営にかかわる主だった人々(そこには市政上層部も、市議会のどの会派も入ります)には、住民側から、あるいはNPO側から、市行政の末端職員側から、「見切り」をつける時期なのかもしれません。

もう、この市政運営にかかわる主だった人たちの動向にふりまわされるようなことではなくて、住民とNPO・市行政の末端職員とで手を取りあって、研究者や専門家なども交えて知恵を出し合い、今、ありあわせの社会資源を活用しながら、「地域に根ざした教育・福祉など」にいっしょに取り組んで、市内各地域で私たちなりに「自立」しましょうか。そして、「これ以上、余計なことをしてくれるな!」「私らのコミュニティは私らでつくる!」と、声をあげていくことのできる態勢を整えていくことにしましょうか。


それほどいい改革の手法なのか?

2006-11-07 11:12:57 | 社会・経済

 マスメディアの伝えるところでは、大阪市の公共交通、特に市営地下鉄と市バスについて、今「民営化」が検討されているとのこと。そのことに関して、「国鉄改革は国鉄当局の問題の先送りに業を煮やした中曽根氏が外部有識者の国鉄改革委員会を設置。あっという間に分割民営化の抜本改革案ができた。依然抵抗する総裁を中曽根氏が更迭し、やっと検討作業が始まった」などと、ある大阪市の市政改革推進会議のメンバーは、自分のブログに書いている。どうやら、市政改革本部や推進会議は、「国鉄改革」を市営地下鉄・市バス「民営化」のモデルにしたい様子である。
 しかし、だとしたら、次の事柄を指摘しておかなければならないだろう。
 まず、「国鉄改革」に先立って、マスメディアを通じての国鉄労働者の勤務実態などに対する非難が次々に行われたこと。(そういえば、つい最近まで、「職員厚遇批判」が大阪市の行政に対して浴びせられていたっけ?)
 また、特定の労組に在籍する人々をまるで狙い撃ちにしたかのように、新会社への異動に際して嫌がらせを行ったり、あるいは、「人材活用センター」という名の施設に送り込んで、従来の職務につかせなかったりしたこと。その結果、この「国鉄改革」を通じて、関係者から百名を超える自殺者まで出たという。
 それから、大都市周辺の国鉄用地の売却や、それに伴う都市再開発が引き起こす地価上昇を見越して、大企業などの国鉄資産の「配分」や都市再開発をめぐるかけひき(というよりも分捕り合戦?)がおきたこと。
 さらには、国鉄からJRへの移行に伴い、例えば、ベテラン・中堅の運転手や安全管理部門などでの人員削減や配置転換が行われ、結果的に安全性が軽視される風潮が生み出されたこと。その結果が、数々の列車事故などへとつながった面は否めないこと。<なお、ここまでの内容は、鎌田慧『国鉄処分』(講談社文庫)、鎌田慧『国鉄改革と人権』(岩波ブックレット)を参考にして書いた。>
 そして、こうした分割・民営化によって旧国鉄の累積債務は返済されたのかというと、実はそうではなく、国鉄清算事業団の解散時点で約8億円の無利子債務を国が免除、約16兆円の有利子債務を国の一般会計が引き継いでいる(この点は「国鉄清算事業本部」のホームページを参照)。また、JR各社は国鉄からの移行に際して、旧国鉄債務の一部を負担していたはずであるし、国鉄清算事業団の解散時点でJR各社にさらなる負担を求められたという経過もある。結局、旧国鉄の累積債務は、こんな形で「見えなくされただけ」かもしれないのである。
 こういう経過や今の状況をみていると、はたして本当に大阪市の地下鉄や市バスの財政再建に「国鉄改革」の手法を用いることが適当なのかどうか、そこからして疑問の声があがってきてもおかしくないのではないか。そして、こういう経過や今の状況を知らずに「国鉄改革」を持ち上げるのも困った話だし、知っていて「国鉄改革」の手法を導入しようというのであれば、これはかなりタチの悪い話であると言わざるをえない。


質問よりも意見を

2006-11-06 09:01:01 | 大阪市役所への質問(再開後)

今日は朝日新聞の記事を見て、「質問」というより「意見」を述べました。この件で「お返事」を求めても、この間、質問に対する回答が来る期間が最低2週間~最長4週間程度でしたので、回答が来るその前に記者発表が大阪市役所側から行われるでしょうから、回答をもとめてもしょうがないな、と思っています。

それ以上に、例の「同和」施策見直しの検討は外部委員も交えて「徹底的に」やった大阪市が、この問題には「内部調査」で済ませようとするところに、なにか「姑息さ」を感じてしまうのは、わたしだけでしょうか。どうで問題点を明るみに出して、整理していくのであれば、この問題についても、公正かつ透明性を高めるようにしてもらいたいものです。

ついでにいうと、今、市議会で「より一層の同和施策見直し」を求めている会派(政党)と、市の幹部職員がパーティー券を買った衆院議員の所属政党とのあいだに、どんなつながりがあるかも知りたいところですね。

<以下、今日送った意見の内容>

前略、本日11月6日(月)付けの朝日新聞朝刊で報道された、大阪市幹部の衆院議員のパーティー券購入問題について、あらためて意見を述べさせていただきます。
 なお、これは「意見」ですので、市役所側からのお返事等は一切不要です。
 まず、この件に関しては過去2回、「市民の声」から調査の進め方などについて意見を述べさせていただきました。また、別の参院議員のパーティー券を大阪市幹部が購入した問題についても、先日、意見を述べさせていただいたところです。そして、市長室から2回、お返事をすでにいただいております。
 過去に意見を述べた際にも伝えました、この件については、やはり市長室など市役所内部のメンバーで調査をすすめるのではなく、外部委員を交えた形できちんと調べるのが適当ではないでしょうか。上述の朝日新聞の記事では、「事実関係を詰めきれないまま調査結果が発表される可能性が高い」とまで書かれていますので。
 次に、たとえ市長室で調査を続けていたとしても、マスメディアから先にこのような形で事実関係の一端が明らかになってしまった以上、市長室からの発表にはいろんな面で批判等が寄せられることになると思います。この点について考えたら、やはり先に述べたとおり、「外部委員を交えた形であらためて徹底調査」という方針を出すことが適当ではないかと思われます。
 特に、上述の朝日新聞の記事では、現市長が就任後は「絶対にない」といっていたのが、その市長説明と異なる形でパーティー券購入の事実が明らかになってしまったわけですから、今後発表される市側の説明には、かなり疑問や不満が出ることが予想されます。
 さらに、このような報道が相次ぐことは、大阪市上層部が市議会対応などの観点から、特定政党の有力政治家との関係を長年、水面下で密接に保ってきたという疑惑を招きかねません。また、市政改革推進会議の委員のひとりは、個人的な見解と断った上ですが、労組や一部部落解放運動団体の存在を、ご自身のブログ上で「KGBや秘密警察のような存在」とまで言っておりました。しかし、今回の大阪市上層部のパーティー券購入問題を見ますと、実は市の上層部のなかにも「特定政党のまわしもの」がいたかのように見えます。こういった点に対する市民からの疑問、不信感を払拭する努力も行っていかないと、ただ事実関係を説明するだけでは、おそらく納得はされないように思います。
 以上、このパーティー券購入問題についていろいろ意見を述べさせていただきましたが、何かのご参考にしてください。お返事はあえて求めませんので。 草々


「視点をずらす」こと

2006-11-03 09:38:13 | 学問

世の中には、ある立場の人から見れば「当然だ」という話が、別の立場の人から見れば「とんでもない」という話もあります。あるいは、同じ問題について、視点を変えれば、何種類もの考え方がなりたつものもあります。

新聞、テレビといったマスメディアの伝える情報もそのひとつで、これはあくまで、(1)ニュースのもとになった取材相手先などの情報を、(2)ニュースを配信する側が自分たちの視点で取捨選択して、それで配信しているものです。ということは、最初の(1)の段階で、取材される側が何をマスメディアの側に伝えるか、次の(2)の段階で、ニュースを配信するマスメディア側が取材される側から得た情報の何にアクセントを置くか、ここで情報がそれぞれの立場から整理されて伝えられています。

このように、マスメディアの伝える内容は、「取材される側」「取材する側」の二つの視点で情報が整理されいる以上、その内容には「伝えられなかったもの」や、「別の視点から見るととんでもない話」がまぎれこんでいる危険性が常に潜む、ということですね。あるいは、一見「客観的」にマスメディアが何か伝えているように見えながら、実は知らず知らずのうちにある特定の立場の視点に、情報を受け取る側の考えが誘導されている危険性もある、ということでしょうか。となると、時にはマスメディアの伝える情報を読み解く私たちの視点をずらし、マスメディアの伝える情報はいったい誰の視点から書かれているのかを読み解く必要があります。これが、ある種の「メディア・リテラシー」というものでしょうか。

例えば、昨日(11月2日)付けの朝日新聞のネット配信記事で、「厚遇の大阪市バス」という記事がでていました。これは、大阪市交通局(地下鉄・市バス)が累積赤字がたくさんあって、経費削減に今つとめているなかで、大阪市バスの運転手の平均年収が他市や民間のバス会社に比べて高すぎるということを伝えたものです。ちなみに、この記事によると、大阪市バス運転手の平均年収は2005年度で約803万円、交通局がバス事業を委託する第三セクター「大阪運輸振興」だと約415万円、民営バスの平均だと約479万円、公営バスの全国平均約750万円だそうです。

で、私は思うのですが、「なるほど、確かにこういう記事を見ていると、大阪市バスの運転手の給料は高いように見える」と思います。しかし同時に、「なぜ逆に、民間はこんなに安いのか? それでいいの、ほんとうに?」という疑問を持ってしまいます。これが、「視点をずらす」という、ひとつの方法です。

例えば、この記事によると第三セクター「大阪運輸振興」は、市のOBや契約職員の運転手を採用しているとか。また、ここには書いていませんが、私の推測ではおそらく、市交通局側から大阪運輸振興側に払われる委託費も、同じバス路線をすべて市職員でまかなったときにかかる経費よりも、相当削っていることでしょう。そうすると、できるだけ正規雇用の運転手の賃金を削るか、有期雇用にして賃金を上げずにすむか、そういう形で人件費を削るということは、当然ありうることです。こういうしくみで、低賃金労働で今までのバス路線を運営することが可能になります。これは「経営者の目線」で見れば、一定の妥当性があります。

しかし、「そこで働く労働者の目線」でこの記事の内容を見れば、たまったものではありません。それこそ、例えば下積みからこつこつ市バス運転手一筋30年とかいった人が、今まで努力して安全運転につとめ、やっと安定した収入を得られるようになってきた。そのことに対して、この記事の内容は、「市バス運転手の給料は高すぎる。削れ!」と、マスコミを通じて「経営者」が言っているようなものです。あるいは、マスコミを通じて「経営者」は、「これからの市バス運転手は、低賃金労働でがまんしろ。民間はそれでがまんしてやってるではないか」と言っているようなものです。そして、民間のバス会社の運転手だって、本当はもっと今の待遇を改善してほしいと思っているかもしれませんし、そういう民間のバス運転手の意向を抑え、待遇を切り詰めて、民間バス会社はこの間、収益をあげているのかもしれません。

こういったことが、この記事を「視点をずらして読む」と、見えてきますね。つまり、この記事は、一応誰か取材源があるのだと思うのですが、その取材源から得た情報を記者の目で整理していくときに、知らず知らずのうちに、「市バスのコスト削減を推進する側」の視点に立って記事を書いた、ということですね。そしておそらく、この記事の取材源は、その「市バスのコスト削減を推進したい人々」、つまり、大阪市の行財政改革を今、推進しようとしている人々でしょう。少なくとも、この記事については、待遇を切り下げられ、生活がだんだん苦しくなる層に目を向けた取材をしていないことだけは確かです。