ヘナロ・エルナンデスが亡くなったとのことです。
彼が初めて後楽園ホールに登場した頃、帝拳ジムと協栄ジムは、
今思えば競うように海外の強豪ボクサーを招聘していました。
勇利アルバチャコフを頂点に、ナザロフ、ヤノフスキー、
そして東京三太ことミゲル・アンヘル・ゴンサレスなどの協栄勢に対し、
帝拳ジムも大勢の外国人ボクサーを日本のリングに上げています。
最近ならニカラグアの怪物ローマン・ゴンサレスが記憶に新しいですが、
この頃の選手としては、まさに代表格だったのがヘナロ・エルナンデスでした。
「世界ランカー」と一口に言ってもそれこそピンからキリまであるわけですが、
その試合ぶりは、文字通りの次期世界王者候補そのもので、これは間違いなく世界モノ、
世界を獲ったら、もう日本や東洋の選手と関わることなど無いレベルだ、と思った記憶があります。
その後は、日本における二度の防衛戦を含め、数々の高レベルな試合を見せてくれました。
長いリーチと懐の深さに頼り切ることのない、多彩な左とパンチの長短の切り替えの巧みさ、
そして世界王者という言葉に相応しい品位を感じさせる、貴重なチャンピオンでした。
数年前からガンとの闘病を続けていたのは知っていましたが、
WOWOWのビッグマッチやなんかにもレポーターとして顔を見せていたので
てっきり山を越えて、もう大丈夫なんだと思っていましたが...。
45歳の若すぎる死です。残念です。
ご冥福をお祈りします。
彼が初めて後楽園ホールに登場した頃、帝拳ジムと協栄ジムは、
今思えば競うように海外の強豪ボクサーを招聘していました。
勇利アルバチャコフを頂点に、ナザロフ、ヤノフスキー、
そして東京三太ことミゲル・アンヘル・ゴンサレスなどの協栄勢に対し、
帝拳ジムも大勢の外国人ボクサーを日本のリングに上げています。
最近ならニカラグアの怪物ローマン・ゴンサレスが記憶に新しいですが、
この頃の選手としては、まさに代表格だったのがヘナロ・エルナンデスでした。
「世界ランカー」と一口に言ってもそれこそピンからキリまであるわけですが、
その試合ぶりは、文字通りの次期世界王者候補そのもので、これは間違いなく世界モノ、
世界を獲ったら、もう日本や東洋の選手と関わることなど無いレベルだ、と思った記憶があります。
その後は、日本における二度の防衛戦を含め、数々の高レベルな試合を見せてくれました。
長いリーチと懐の深さに頼り切ることのない、多彩な左とパンチの長短の切り替えの巧みさ、
そして世界王者という言葉に相応しい品位を感じさせる、貴重なチャンピオンでした。
数年前からガンとの闘病を続けていたのは知っていましたが、
WOWOWのビッグマッチやなんかにもレポーターとして顔を見せていたので
てっきり山を越えて、もう大丈夫なんだと思っていましたが...。
45歳の若すぎる死です。残念です。
ご冥福をお祈りします。