晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

湊かなえ 『告白』

2009-08-10 | 日本人作家 ま
2009年の本屋大賞受賞作ということですが、いちおう過去の
大賞作品は余さず読んでおり、それまで本を読む習慣がなかった
ところに「博士の愛した数式」を読んで感動し、それから怒涛の
ように本をむさぼり読むようになったもので、ある意味、感謝と
いうと変ですが、読書というすばらしい世界に導いてくれた本屋
大賞なわけであります。

「告白」というと、町田康の同じ名前の作品をこの前読んだばかり
でして、それでも帯には推理小説の賞を受賞したとかで、まあ作風
は違うだろうなと思い、読み始めたらタイヘン。ある学校での不幸な
「事件」に関係するそれぞれの人物の「告白」がそれぞれ別の視点
や側面で描かれると、こうも違う印象を持ってしまうのか、という、デ
ビュー作とは思えない筆力と構成にぐいぐい引き込まれ、気がつい
たら窓の外はやうやうと白くなりゆく山ぎは、でした。

女性教師が退職することをクラスの生徒たちに伝えるところから始
まり、そのきっかけとなったのは、教師のひとり娘が校内のプール
で水死となって見つかり、はじめは事故とされたのですが、教師は
自分のクラスの生徒がこの事件に関係している、いや娘を殺した、
と生徒たちに告げます。
そして、教師はとんでもない方法でこの生徒二人に罪を贖わせるの
です。

この贖罪を背負うことになる生徒の告白、クラスの学級委員の告白、
生徒の家族の告白と、ここがおもしろいのですが、それぞれが持つ
正義感が、この事件をどの立ち位置から見ているかによって、まった
く違ったものになってくるのです。

ある章を読めばこの人物に同情し、しかしべつの章を読むと、さっき
までの感情がこんどは反感に変わり、さらに別の章では同情も反感も
なくなってしまう。読んでいるうちにどこからともなく芽生えてくる
恐怖心は、作品の登場人物の人間像ではなく、物語の怖さでもなく、
読んでいる自分自身のころころ変わる心情なのだと気づかされます。

芸能人がたて続けに薬物で逮捕されている報道を見ていて、ある記者
が所属事務所の社長が会見に出てこないことに腹を立てて怒鳴ってい
ました。心配していたのに善意が裏切られたようです。
報道は国民に情報を伝えるという「正義」側でいますが、はたしてなにを
もって「正義」なのか。視点が変われば、程度の低いバッシング、クレーム
あるいは低脳な子どものイジメみたいなものを「正義」としているスタンス
に見えてしまいます。

コメント (2)
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