そういえばこの前、小田原と箱根に日帰り旅行してきました。メインの目的は親戚に会いに行くためで、ついでに箱根の温泉。親戚とは電話でちょくちょく連絡は取っていたりしていたのですが、会うのはたぶん20年ぶりくらい。東京から小田原までは普通の各駅でも1時間半くらいで着いちゃうのですが、なんと行きは新幹線で、小田原の親戚に会ってお昼食べて、箱根湯本に行って湯本富士屋ホテルに立ち寄り湯に入って、帰りは小田急ロマンスカーというセレブみたいなことやってきました。
以上、楽しかったです。
さて、宇江佐真理さん。当ブログを始めてから初めて読んで、亡くなったのが10年くらい前ですかね、全部読んでも新作は読めないのか、悲しいなあなんて思ったものですが、まだ全部は読めてません、たぶん。あ、でも当ブログで作家別投稿回数でいえばおそらく5番目以内には入ってるでしょう。
吉原の「海老屋」で住み込みでお針(裁縫する人)をしているおとせ。岡っ引きだった亭主が亡くなって、息子とふたりで暮らそうと思っていたら息子が結婚すると言い出して。狭い家に枕を並べて寝るわけにもいかないので、住み込みでお針ができる仕事を探してもらったら、なんと吉原。
おとせが買い物から帰ると、海老屋で働いている福助から「あそこの植木屋の中に伊賀屋の若旦那がいます」と教えてもらいます。伊賀屋の若旦那は、海老屋の花魁(見世でトップの遊女)の喜蝶の馴染み客で、遊びが過ぎて家から勘当されてしまい・・・という「仲ノ町・夜桜」。
おとせは朝の散歩でいつも吉原内にある稲荷神社にお参りするのですが、先客がいます。するとそこに引手茶屋「花月」の亭主、凧助がふらりと来て「あの娘は甲子屋の雛菊だ」と教えてくれます。どうやら悪い男に騙されているらしく、凧助は甘露梅という梅の砂糖漬けを今度作るので、そこに雛菊も来るから話を聞いてくれとおとせにお願いをするのですが・・・という表題作の「甘露梅」。
花魁の喜蝶が可愛がってた猫のたまが行方不明になって、探しますが見つかりません。海老屋の女将に聞くと、前に海老屋いた浮舟という花魁が飼っていた猫で、それを喜蝶が譲り受けたのですが、その浮舟、客と逃げようとして捕まり、今は切見世という最下級の遊女屋に落とされて・・・という「夏しぐれ」。
喜蝶の世話係をしている振袖新造のよし乃は、先日来た3人組の武士を見るや様子がおかしくなります。どうやらその3人の武士は、前に海老屋にいた春風という花魁を落籍した旗本を探しているようで・・・という「後の月」。
引手茶屋「花月」の凧助が手を骨折して、寮(別邸)で静養していると聞き、おとせはお見舞いに行こうとしますが、じつは凧助とおとせが仲が良いのが吉原じゅうで噂になっていて、行くに行けません。そんな中、喜蝶に身請けの話が。なんとお相手は検校。そんなことがあったある夜、吉原で火事が・・・という「くくり猿」。
吉原が燃えてしまい、深川で仮宅という仮営業をすることになった海老屋ですが、おとせが久々に家に帰ると、息子夫婦から、長屋の隣の家が空いてるので引っ越していっしょに暮らさないかと誘われます。そんな話を凧助にすると、凧助もそろそろ引退して、晩年はおとせと暮らしたいと・・・という「仮宅・雪景色」。
それぞれ短編にはなっていますが、話の内容はつながっています。吉原の中の事情に関しては佐伯泰英「吉原裏同心」シリーズを読めばおのずと詳しくなるので、仲ノ町、大籬、半籬、切見世、稲荷神社などなど「あー、はいはい覚えてます」といった感じでした。
今の大河ドラマが吉原を舞台にしてるとのことで(見ていませんが)、吉原は遊女が浮世絵になったりと当時の流行発信地、今でいうインフルエンサーのようなものだった、という側面もあるにはあったのですが、いくら肯定的に表現しても、メインは女性が身を売る場所。「吉原裏同心」でも四郎兵衛会所の四郎兵衛が「わたしらはしょせん遊女の生き血をすすって生きています」と話したり、この作品でも岡っ引きの元女房のおとせにしてみたら吉原という場所は抵抗のある場所。「花魁(おいらん)」の語源はいくつかあるのですが、まだ幼い女の子が売られて吉原に来て、はじめは禿といって下働きをし、やがて振新(振袖新造)といって先輩の遊女の世話係になるのですが、その先輩が母であり姉であり家族のようなもので、昔は見世でトップになると「太夫」といいましたが、その呼び方が無くなり、いつのころからか禿や振新が先輩を自慢するときの「おいらの」が「おいらん」になった、という説があります。