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Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

なぜ理工系は報われないのか

2009-04-29 15:33:43 | Weblog
OR と金融工学の第一人者である今野浩氏が,学生の理工系離れが日本の製造業を衰退させると警鐘を鳴らしている。本書の最初のほうで,著者は大学のエレベータで耳にした学生どうしの会話を紹介する。自分は英語ができなかったから理工系に進むしかなかったと発言するのを聞き,数学ができるなら理系に進むのふつうであった時代を生きた著者は愕然としたという。

「理工系離れ」が経済力を奪う (日経プレミアシリーズ 40)
今野 浩
日本経済新聞出版社

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学生の理工系離れとは,それに相応しい学生が理工系学部へ進学しないというだけでなく,理工系学部へ進学後大学院に残り,その後メーカーへ就職する学生が減っているところまで含めた問題である。その最大の原因は,製造業のエンジニアという職業の魅力が低下していることだ。端的にいえば,働きの割にエンジニアの給与水準が低いことである。著者はいう:
当時(80年代末・・・引用者注)最も国際競争力のある製造業に働く技術者の給与は、競争力のない銀行マンの七割に過ぎなかった。金融工学の研究会に姿を現す銀行員のアルマーニやロレックスと、数理計画法の研究会にやって来るソフトウェア技術者のつるしの背広とかかとが磨り減った靴を見れば、待遇の違いは歴然としていた。
したがって理工系離れを食い止め,日本の製造業の競争力を維持するには,エンジニアの待遇を大幅に改善すべきであると著者は提言している。では,どうすればいいのか?

著者も言及しているように,日本のメーカーが,技術的には優れた製品を国際市場に対して安い価格でしか販売してこなかったことが一因だと思われる。つまり,高付加価値製品を提供しないので祖利益率が欧米企業に比べ低くなり,エンジニアの給与水準も低くならざるを得ない,ということではないだろうか。だとしたら,高収益を目指した企業戦略の転換こそ解決になるはずだ。

これは戦略の問題だから,経営者の責任といえる。しかし,それはエンジニアにとっても他人事ではない。しかも,高付加価値の製品やサービスとなると,デザイナーやマーケターとの連携が避けられない。となると,理工系対文系という対立の構図を引きずって仕事をすることは生産的だろうか・・・。そういえば,北欧で工科大学と美大が提携しているという話を聞いた記憶がある。

「文高理低」といわれる風土は,官公庁などではまだ続くかもしれない。しかし,これまで文系が幅を利かしてきた産業の多くは規制に守られてきた産業であり,著者がいうように国際競争力を欠いている。したがって,少なくとも民間では「文高」はいつまでも続かないだろう。しかし,技術が十分に収益化されないままであれば「理高」になることもなく,総じて貧することが懸念される。

本書の最終章は,著者が現在勤務する,中央大学理工学部の戦略が述べられている。中央大は他の MARCH や上智大学を上回る科研費を獲得している(全学部の合計)。このことを誇りつつも「このレースは箱根駅伝と同じで、今はトップグループに入っていても、少しでも力を抜けばあっという間に置いていかれてしまいます」と語る。このことばは,ぼくの心に重くのしかかる。

大学の発展のため「一千万円稼いだら、一%を母校に!」と著者は学生たちに呼びかけているという。成功する卒業生を生み出すことは,理工系学部を抱える大学にとっては,きわめて重要な戦略である。そこでぼくも僭越ながら「1%の卒業生を,愛校心ある億万長者に!」というスローガンを考えてみた。そのために何を教えればいいか・・・あるいは何を教えてはならないか・・・。