Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

人と人とを試験管で混ぜてみる

2009-11-28 12:41:22 | Weblog
昨夜は消費者行動のダイナミクス研究会で,電通大の芳賀さんが日経リサーチ,KDDIと共同で開発した「クロスリファレンスリサーチ」の話を聞いた。これについて聞くのは,8月の行動計量学会以来。何度か話を聞くことで,この手法は画期的で革新的だが,そうであるがゆえに,その意義を正しく理解して活用することにも,発想の転換が必要なことがわかってきた。

この調査手法はケータイを用いる。最初にあるお題を与えられた対象者が書いたコメントが,ランダムに(制約をつけることは可能)他の登録された対象者に転送される。それを見た対象者がそこに加えたコメントが,さらに転送される。これが繰り返され,他者からあることばを受け取った消費者がどのように態度を変え,どのようなことばを発するかが観測される。

こうしたことばの連鎖は,従来であれば掲示板のレスやブログのコメントで観測された。そこでは,いうまでもなく連鎖は自発的に起きている。それを人工的に行うことで連鎖を加速化し,どういう変化が起きるかを実験的に測定する。態度変容をスケールで答えさえたり,当事者のプロファイルを事前に把握できたりすることが,自然なフィールド観察ではできない点だ。

これは,自然な状態では起き得ない人と人の(ことばのみを通じた)接触を人工的に作りだし,そこで起きる変化を観察しようとしているわけである。したがって,それはいわば,化学者が異なる物質を試験管に入れて,混ぜたり熱したりするのと同じだ。そこから,自然に任せておいては発見できないような,新しい意識やことばが生成される条件を探ることになる。

したがって,重要なのはマクロ的な観察よりは,これとあれがこういう条件で結びつくとこんな事象が発火しやすい,というミクロな観察である。あえていえば,個別事例を見ていくことが最も生産的で,次にアソシエーション・ルールのように局所的にしか現れないが普遍性のあるパタンを見つけることが有益になる。そして,これが新しい物質だと見抜く目も必要だ。

続いてぼくが発表した研究は,それとは正反対に,実データを用いながらも抽象的で,個人の異質性は最小限しか見ていない。どういうことばが行き交ったかという具体性もない。ただ,クロスリファレンスリサーチから得られたデータに,このモデルを当てはめることもできる。というのは,そこでは個人の態度変容と他者との接触が詳細に記録されているからだ。

この研究では,Goldenberg, Libai, Muller らが考えたエージェントモデルを,2時点で観測された会話ネットワークの拡大と態度変容の双方に適用しようとしている。昨夜の時点では,実証分析としてはまだ完成していない(いま,まさに計算を続行中だ)。苦労しているのは,データの時点が2つしかないこと。その欠落を調査対象者の数で補おうとしている。

クロスリファレンスリサーチでは,個人間の関係は外側から決められるので,われわれのモデルを内生変数が1つ(態度または採用)に縮小することになる。そこを,何時点にも及ぶ態度変容のデータに適用すれば・・・。しかし,それで何がわかるの?といわれたら返すことばがない。もう少し意味のあることがわかるような拡張,それが今後の課題である。