Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

行動計量学会@大分大学

2009-08-06 09:12:02 | Weblog
大分大学医学部で開かれた日本行動計量学会に参加するため別府にやってきた。会場は山を越えたところにある。初日の「好みの計量」セッションでは,ネットのリスティング広告やレコメンデーション,携帯電話を使った調査など,新しい話題ばかりが続く。そのなかでぼくだけが,地味な心理実験を報告した。マネジリアルな含意もはっきりしない。行動計量学会自体としては,こうした発表もあっていいはずだが,このセッションの一貫性を損なったかもしれない。まあ,いいか・・・。

革新性という意味で,芳賀さんの「クロスリファレンス・リサーチ」が興味深い。ネット上では,ある発言にコメントがつき,それがさらに新たな発言やコメント生んでいく。こうしたクチコミのプロセスを,携帯電話を使って人工的に作り出し,意見の連鎖パタンを全把握しようという手法だ。個々の消費者の態度が他者の発言によって変化するプロセスが動的に把握される。それは,既存の分析手法の前提からはみ出したデータであり,それに相応しい分析手法の開発が期待される。

これはパンドラの箱を空けたともいえる。実験的に仕組まれた「仮想」シナリオのなかで,どのような「可能性」があるかを探る点では,選択実験(コンジョイント分析)などとも似ている。しかし,従来の実験はかっちり構造化され,そこで起きる事象の自由度が小さいのに対して,クロスリファレンス・リサーチでは,その後の変化が非線形的で予測不能である。極論すれば何が出てくるかわからない点が魅力で,可能性のマイニング,あるいは「データ錬金術」に近いものを感じる。

次の「マーケティング」セッションの冒頭,朝野先生がマーケティング・サイエンスの成果で使われているのはセグメンテーションぐらいだが,そのことと単一の同質的な母集団から無作為抽出するという考え方は本来矛盾する,と指摘される。別のセッションでは,回答率が低下した調査データの補正とか,エリアサンプリングにおける「無作為性」確保の工夫といったことが話題になっていた。社会調査的には重要なことだが,マーケティングの立場からは別の見方もできると思われる。

山川さんは膨大な行動ログデータを行動ターゲティングやリコメンデーションに利用する立場から,統計学やデータ解析の「高度な手法」への疑問を投げかける。つまり,データ量と計算に許される資源の制約から,簡単な四則演算からなるルールでないと現実には実行できない。学会で発表されるリコメンデーション・モデルの大半が,現実の制約を無視して,ますます空理空論化していく傾向が続くと,どんなことになるか。空理空論派の末端にいるぼくとしても,無関心ではいられない。

これらの話を結びつけると,少なくともマーケティングの立場からは,従来の統計学的発想から脱する必要性を強く感じる。あるデータから,母集団の(安定していると仮定された)状態を推測するのではなく,そこに潜む動的変化の可能性を掘り起こすこと。そうした発想はすでにデータマイニングの世界にあるかもしれない。その規模がさほど大きくなくても,ある特性を確実に共有する人々を見つけ出すこと自体はクラスタリングであり,そこですでに議論されているならうれしいが。

一群の人々を,どこまで「同質」と考え,セグメントとして扱ってよいのか(それを内的に決められないか)。あるいは,データのどの部分に「情報価値」があるかを判定できるのか。それを,母集団に関する推論なしにできないか。すでに使える手法があるのなら好都合だが,ないのなら考えていく必要がある。一方,マーケティングサイエンスでは,Allenby のようにセグメントの存在を否定し,個人差を連続的かつ単峰的な分布に吸収する流れがある。どちらが正しく,また実り豊かだろう?

なお,今回ぼくが発表した「選択における葛藤回避と正則性」は,秋山さん,山田君との共同研究である。準拠する研究は Tversky-Shafir 1992。意思決定者がトレードオフのもたらす葛藤を回避するため決定を延期する結果,多くの選択モデルが仮定する正則性(regularity)が崩れることを示した実験だ。正則性とは,選択集合を拡大させた場合,もとから存在する選択肢の選択確率は決して増加することはない,という性質だ。ところが,何度同様の実験を繰り返しても,彼らと同じ結果を再現できない。

しかし,文脈効果を考慮した多項ロジット選択モデルを適用すると,見えてくるものもある。選択肢がネガティブな属性を持ち,その水準が低い場合,トレードオフがあると正則性が崩れやすい。このことは,他者のために購買する場合,より顕著になる(それは説明責任が生じるため,というのが1つの説明だ)。他方,属性水準が高いトレードオフの場合,むしろ購買が促進(延期が抑制)される効果が見られる。それぞれ魅力的な公約をめぐってガチンコで争う選挙では,投票率が上がる,ということか。

これがどこまで一般性のある結論なのか,まだわからない。それがわかったとしても,どういう意味があるのか。葛藤回避が何らかの文脈効果を持つとして,どんなマーケティング上の帰結を生むのかが最も難しい。ただ,それなしには,マーケターたちに面白いとは思ってもらえない。
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