Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

ロジャーズ普及理論の落とし穴

2009-11-14 18:04:44 | Weblog
今日,商業学会関東部会で桑島さん,福原さんの「映画視聴行動に関する 社会ネットワーク分析」にコメントした。これは,映画の観客(厳密には映画批評サイトの投稿者)をロジャーズの採用者類型にしたがって分類し,彼らの間のネットワーク(お気に入りとしての登録)を調べたもの。いくつか細かい話以外に,前から気になっている,ロジャーズのモデルそのものに対する疑問を投げかけてみた。

ロジャーズの採用者分類は,全採用者の革新度(採用時期を用いることが多い)が正規分布すると仮定して,標準偏差を基準に全採用者を5つに分ける(すなわち,イノベータ,初期採用者,初期多数派,後期多数派,遅延者という分類だ。訳語は人によって異なる)。その分け方や性格づけをめぐっていろんな議論があり得るが,ぼくが気になっているのは,こうした分類を何をベースに行うか,である。

こうしたロジャーズの分類法は広く普及し,IT業界における事業戦略を論じるとき必ず言及される,ムーアのキャズム理論にも継承されている(ただし,初期採用者をビジョナリー,初期多数派を実利主義者と呼ぶなど,用語法が変えられている)。ムーアの有名な主張は,ビジョナリーと実利主義者の間に大きな溝(キャズム)がある,というものだ。多くの起業がキャズムを超えられずに失敗するという。

キャズム

ジェフリー・ムーア

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しかし,ロジャーズの分類を適用するには,潜在的な採用者の規模(普及の上限)を決める必要がある。そしてほとんどの場合,実際にどこまで普及したかの数字をあてていると思われる。それを相対的に5つに分類するわけだから,必ずイノベータから遅延者まで存在することになる。したがって,初期採用者まで普及したが,初期多数派には普及しなかったというキャズムの議論は成り立たない。

キャズムだけでなく,普及が潜在的上限に達しないで終わることを認めると,ロジャーズが示した各採用者分類の性格を他の事例に適用できなくなる。彼が分析したのは実際の普及が潜在的な上限まで達したケースだとしても,われわれが現実に直面するケースがすべてそうとはいえないからだ。採用時期で相対的に5分割された採用者が,ロジャーズの分類に対応している保証はないということだ。

そこで,潜在的な普及の上限を,実際の最終的な普及率とは別に与える必要がある。すぐに思いつくのは,類似の事例を使うことだ。たとえば,携帯デジタルオーディオプレイヤー(iPod)の普及の上限を,携帯テーププレイヤー(ウォークマン)から類推する,など。ただ,本当にそれらが「類似している」とどう証明するかが難しい。両者の間で背景となる時代が違うことも問題となるだろう。

なかなかうまい方法が思いつかないので「ないものねだり」ともいえる。しかし,普及についてミクロ的なデータが蓄積されてくると,そこから「別にあり得た世界」をシミュレーションできるのではという夢が生まれる。それができれば,本当の意味での潜在的な普及の上限を設定でき,キャズムを論じることができる。それだけではなく,ロジャーズの採用者分類を適用することも意味を持つようになる。