Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

新商品開発の法則

2009-10-25 15:13:21 | Weblog
船井総研のサイトで,新製品開発の法則について語るコラム(DIAMOND online に再掲載されている)。読んでみると,そのとおり!と思う部分がある反面,そういわれてもなあ・・・と思う部分もある。いずれにしろ,よい刺激を受けたので,思うところを書いてみた。

新商品開発に法則はあるのか!?

【ポイント1】ヒット商品開発成功秘話は読んでも参考にならない

その理由は,商品開発の成功に再現性がないこと,だから成功談のほとんどは後づけの説明でしかないこと,しかも数としては圧倒的に多い失敗例が考慮されていないこと(選択バイアスというやつだ)。確かにそうかもしれない。ただ,それを単純に認めると,多くの経営学の研究が意味を失う。実際,船井総研のサイトにも「ヒット商品の成功秘話」という綿々と続く連載がある! これは一体・・・。

【ポイント2】消費者の声を聞いてはいけない

著者がいうように「消費者自身がニーズを認識していない」ことが多いことには同意する。ではどうすればいいのか?自分がよいと思うものを作れば売れる,といい切れるならそれでよい(さらに,それで売れなきゃしょうがない,といい切れるなら)。やはり声なき声も含め,消費者の声に耳を傾けるのが穏当な戦略だろう。それをどうやるかがが問題で,消費者の声を聞かなければよいという問題ではない。

【ポイント3】信念のない人を責任者にしてはいけない

これももっともだが,その信念が間違っていたらどうするのだろう?変化の激しい時代にあって,優れたマネジャーは朝令暮改でなくてはならない,という「法則」をどこかで聞いたことがあるが・・・(ただ,どうせ不確実で不完全な情報のもとでの意思決定だとしたら,一貫性を持つことのほうが重要だというのは,そうかもしれない)。

【ポイント4】コストとスケジュールを最初に決める

確かに。しかし,イチャモンばかりつけるわけではないが,これはスティーブン・G・ブランク『アントレプレナーの教科書』に書かれた,悪しき「製品開発モデル」を思い起こさせる。顧客の開発を忘れて,コスト計算とスケジュールだけを厳密に追求していくやり方だ。もちろん,著者はそういうことがいいたいのではない,と思うが・・・。

アントレプレナーの教科書
スティーブン・G・ブランク
翔泳社

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ちなみに,この本をいま,ゼミで読み始めているが,なかなかよい本だと思う。ぼくが不勉強なだけかもしれないが,供給サイドの話が多くなりがちな「起業」の教科書のなかで,需要サイドを探究する重要性をここまで詳しく説いている本は珍しいのではないか。ベンチャーだけでなく,既存企業における新製品・新事業開発にも当てはまる話である。

【ポイント5】周囲の批判に惑わされない

結果として成功したプロジェクトが,実は企画段階では,周囲の猛反対に遭っていた,という話をよく聞く(たとえばプリウスがそうだ)。そうだとしても,逆は必ずしも真ではないはずだ。つまり,この命題には,成功例だけ見て教訓を得てはならないという,ポイント1の批判がそのままあてはまるのではないか。

・・・などと書いてくると,現場を知り尽くした船井総研のコンサルタントに,ぼくごときが異を唱えるとは何と不遜なことかと叱られそうだ。ここでさらに,ポイント1の延長線上に「ヒット商品開発の《法則》を読んでも参考にならない」という命題を提案したりすると,皮肉がすぎるかもしれない。これは,大変刺激的な問題提起を受けて,脳内のアドレナリンが過剰に分泌されたせいだと弁解しておきたい。

ぼく自身は,「ヒット商品開発成功秘話は読んでも参考にならない」とは必ずしも思わない(だから,船井総研サイトの連載も読む価値がある!)。確かにバイアスは強い。だが,経営領域に厳密な科学的研究法を適用できない以上,「特徴的と思われる稀少事例から学ぶ」という,人間に本来備わった能力を活用せざるを得ない。それは進化を通じて獲得した能力で,一定の適応性を持つと考えている。

「進化的に獲得した」という以上,それは進化ゲーム的なシミュレーションでも「検証」できるのではないか,とさらに思ったりする。いま,テンパった状況にあるからこそ,そういう妄想に耽って,現実のストレスを解消しようとしているのかもしれないが・・・。