Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

日本のメディアの耐えられない古さ

2009-10-02 23:45:20 | Weblog
今朝のワイドショーで,テレビ局の記者とおぼしき人物が,鳩山政権が官僚の記者会見を禁止したことを非難していた。そのおかげで官僚が自分の取材を断ってくる,これでは「国民の知る権利」が侵されるというのが彼の主張だが,コメンテータの山口一臣氏(週刊朝日編集長)が「記者クラブ開放」の話題を振ると,「私は記者会見には出ないので・・・」とかわす。

司会者や他の出演者も,何事もなかったように話題を先に進める。大手新聞出身のベテラン・ジャーナリストも同様だ。こういう「適応性」がないと,テレビには出演できない・・・かどうかはともかく,この話題が「この場で」いかにタブーであるかがうかがえる。こうした状況は,欧米から見ると奇妙に感じられるだろう。 The Economist の記事がそれを示している。

日本のメディアと政治:出ずる日の光を取り込め

この問題を,日本の新聞はどう伝えているのだろう。asahi.com の検索ページで「記者クラブ開放」と入れてみると,サイト内の検索結果で出てくるのは「インターネット新聞攻勢に揺れる韓国新聞界」という 2003 年の記事1つだけだ。ところが,その横に同時に出てくる web 検索結果を見ると,

「2009年を記者クラブ開放の年に」
「YouTube - 4-6民主党 記者クラブ開放の公約を反故に」
「鳩山新政権は記者クラブ開放という歴史的な一歩を踏み出せるか」

などと出てくる。さらに,今日 twitter などで話題になっていた事件を知るべく「記者クラブ 亀井金融相」で検索すると,サイト内にヒットする記事はないが,web 検索の結果には,

記者クラブは封建的...亀井静香金融・郵政担当相の会見発言をピックアップ

が現れる。そこで今日,亀井金融相が記者会見で「・・・結構、封建的なことをやっているのだね、あなたたちは。もう、全部オープンにいかないとだめだよ」と記者クラブ開放を擁護する発言をしたことがわかる(これは金融庁のサイトで公開されている)。ネットでは容易に拾える話題を新聞が完全無視すると,その奇妙さが際立つ時代になったのだ。

新聞社や TV 局がそのことに気づけば,生き残りのため自己変革が不可避なのに,なぜそれを拒むのだろう。政治家には選挙という淘汰の手段が用意され,それが官僚組織にも何がしかの淘汰をもたらしているのに,市場で競争している自分たちが淘汰を逃れられると信じているのだろうか。だとしたら,そのこと自体が真っ先に報道すべき重大ニュースだろう。