13/04/30 心身ともにメンテが必要・・・・・・


4/25(木)の帰り際、職場で転送されてきた電話が実に微妙な内容だった。左側の手で耳に受話器をあてていて変な角度で首をかしげ、かなりの緊張モードで対応したら、受話器を置いた後、左の首筋が攣ってしまった。
首から肩にかけてバリバリにこわばってしまって、長く寝られない。

今週は職場でいろいろトラブルがあり、自宅に帰れば娘の新学期の登校率が5日中3日くらいというのも続き、週末には業者さんによるハウスクリーニングが入ってその準備、等々。さらに土曜日は実家に帰って、母にも昔の話を持ち出されて、ついに心身のバランスがとれなくなってしまっていた。
娘3人を嫁がせてしまったので、老後の面倒をみてもらうために、妹のツレアイを養子にするという話を私が反対したので、私が母の最期を看取る責任があると責められたのだった。

毎日どこかのタイミングで涙腺を決壊させて暮らしていた。
仕事はさせてもらっているし、お芝居も観にいかせてもらえているし、家も綺麗になったし、・・・・・・けれど、生きるのがなかなかつらいのだ。

母にはそのことも正直に話して泣いてしまった。
「だけど、逆縁はしないつもりだからそれで勘弁して欲しい」・・・・・・と。
つっぱって生きているけれど、弱音を吐きたい時がいっぱいある。

生きることは基本はつらくて、たまに楽しいことや嬉しいことがあるのだと気がついたから、なんとかしのいでいるものの、逃げ出したくなるよ。
でも逃げられないし、逃げたくもない。

泣きながらでも頑張るしかないよ。

4/30(月)、仕事帰りに大久保の佐々接骨院へ(スポーツ会館接骨院が移転して改称)へ。すごく混んでいると思ったら、翌日5/1~6が休診なので駆け込みの患者さんであふれていたのだった。

片岡鶴太郎さんもかかりつけの佐々先生に「梅ちゃん先生」でブレイクした松坂桃李くんを前日に「ヘンリー四世」で観てきたとご報告。そうしたら、鶴太郎さんも観てきて「のぶくんが出世したよ」と誉めていたというお話を聞いた。私もそう思う。堂々のハル王子→ヘンリー五世だった。
冒頭の写真は鶴太郎さんが佐々先生に描かれた柚子の絵だ。鶴太郎さんと先生のツーショットもいい感じ。
こうしてメンテと癒やしをいただいて、また明日からをしのいでいこう。
頑張れ、自分!!

(5/1写真追加)
移転前のスポーツ会館の中にあった鶴太郎の絵もアップしておく。以前、東京タワーの中に東日本大震災チャリティのためのミニ展覧会があって、各界の芸能人が仏像の絵を出展していたが、その仏画もよかったっけ。
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13/04/29 「夢ある街のたいやき屋さん」割引デー(^^ゞ


GW前半最後の日は彩の国シェイクスピア・シリーズ第27弾「ヘンリー四世」を女子高仲間3人で観劇のため、さいたま芸術劇場へ。
観劇前にJR与野本町駅のサイゼリヤでランチ。今日の終演後は早々に散会しての帰り道、娘におやつのお土産を買おうと「夢ある街のたいやき屋さん」の与野店に立ち寄り。今の季節のたい焼きは、抹茶クリームと幟が出ているのが見えた。
そうしたら「本日29日は粒あん130円を100円に割引!」との看板が出ていて、ラッキー!!しっかり粒あんを2つ買って帰り、冷めないうちにいただいた。
「笑う鯛には福来たる」と袋にも印刷がある通り、目が笑っている。
さらに片面に「昇運」、反対側に「招福」とあったので私が食べた方を両方撮影して頑張って並べてアップ(ちゃんと2枚の写真をペイントで並べたファイルなのだ。う、試行錯誤での成功だが・・・・・・)。
粒あんがあまり甘すぎず、おいしかった~。

ネット検索すると、このように街で鯛焼き屋を開業するのをサポートする会社があり、その一つのようだ。
ジェーシーコムサ|ほのぼのたい焼き店舗のご案内
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13/04/28 業者さんによるお掃除を頼んでみた!

昨年のGWは、実家の片づけを生協の紹介の業者さんにお願いした
このGWは、自分の方の家をかたづけようと決意。今のマンションに入居して8年が過ぎ、そろそろ見えにくいところをなんとかしておかないとヤバイと思い、生協の紹介のホームクリーニングサービスをお願いした。
浴室はパネルを開けてのお掃除をオプションでつけて、トイレと2ヶ所お願いし、GWの休日に予約がとれたので4/28(日)で決行。

業者さんが入るとなると、その経路や隣の洗面台、キッチンなどが恥ずかしくないレベルになっていないとまずいなぁと思い、前日の土曜日に久しぶりに気合を入れてキレイにした。
洗面台には娘がスーパーの化粧品売り場でパートをしていた頃の見本がいっぱい並んでいたのをいるものといらないものを選別させ、隣のキッチンで私があちこちを拭きあげた。

夜中までかかって業者さんのくる4/28を迎え、玄関からの通路も掃除して午後3時の予約に間に合った。
先に浴室の担当者が来て、後からトイレの担当者が合流して午後5時半に終了。二人でのべ3時間半で約3万円。
しっかり見て、指摘個所もさらにやっていただいた。私は自分の家事は手を抜くけれど、プロにお願いした仕事はうるさいのだ(笑)
それにしてもやはり見えにくいところを綺麗にしてもらって、よかった。というか、もう少し早めにやっていただけばよかった。2~3年に1回、プロによる徹底掃除をお願いするとよいということがよくわかった。

満足、満足!
年末の大掃除などは気合が入らない私だが、3万円もかけるのだからと、その周辺も綺麗にしようと気合が入って、相乗効果が上がって、自分としても大満足だった。

う、あとは、納戸になっている和室のカオスをなんとかしないといけないなぁ・・・・・・。そこまでGW後半に頑張れるか、自分?

新しい歌舞伎座こけら落し公演四月大歌舞伎の歓送アップができていないが、ボチボチ書いていきたい。とりあえず、明日は、さいたま芸術劇場に「ヘンリー四世」の観劇予定。
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13/04/23 JR与野駅のみどりの窓口がなくなった・・・・・・


JR与野駅が昨年11月に開業100周年を迎えたことをこちらの記事で紹介してあるが、この4/23にみどりの窓口の営業が終了してしまった。
ちょっと前から予告の掲示はあって、当日の夜、帰宅した時にちょうど窓口の前の記帳台を片づけているところに遭遇した。
いくら券売機にいろいろな機能がついたものを揃えているといっても、窓口でいろいろ会話して対応してもらうということもあった。お年寄りなど多機能券売機の操作に慣れない方もいらっしゃるだろうし、やっぱりサービスレベル低下という感じがする。

きっと駅員さんの定員も削減になったんだろうなぁ。少人数で改札口近くの窓口でそういう問い合わせも対応しながらだと負担が増えるだろうと、他人事ながら心配になる。

収益の上がらない分野はなんでも縮小、切り捨てを強いられている世の中になっているのはいかがなものか?

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13/04/24 原発ゼロノミクマちゃんが職場に来てくれました(^^ゞ


フェイスブックの方では、「原発ゼロノミクスキャンペーン」についてあちこちでイベントに登場などの話題が出ていたが、今日はなんと職場のあるビルのイベントで緑のまぶしいゼロノミクマちゃんが登場していた。
昼休みに単独ライブをやってくれたらしいのだが、今日の私は遅番でランチタイムも後ろにずれていて観ることができなかった。午後1時近くなって各フロアを回ってくれたので、私の職場にも来てくれて、しっかりツーショットも撮影!恥ずかしいから載せないけれど(^^ゞ
ちゃんと500円のカンパをさせていただいた。

【十万人の原発ゼロノミクス宣言】キャンペーンはこちら

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13/04/23 生協のJR宣伝車両にびっくり!?


帰宅の途中、JR新宿駅で埼京線の始発電車に乗ろうとしたら生協の宣伝車両だったのでびっくり!?
引っ越す前は大阪で、現在は埼玉で昔はグループ単位で今は宅配で生協を利用している。
最近、東京と千葉の生協と合併したのだが、その宣伝のためのテレビCMもやっている。合併後の生協の名前の周知のためだと思うが、あまりに内容のないCMであきれた。
女子高のお仲間が「有名子役ちゃんを使ってて、CMの製作費用はずいぶんかけてるんじゃない?生協がそんなところにたくさんお金を使っていいのかなぁ」
私も同感だった。

そうしたら、同じ子役ちゃんの写真を使った宣伝車両も登場。かなりの抵抗感を感じるなぁ。合併して日本で一番大きな生協になったらしく、それで気合を入れて宣伝しているのかもしれないが、日本で一番とかそんなことは一組合員である私には関係ない。
私は昔ながらの組合員なので、生協ならではのこだわりのある商品が買いたいのだが、最近そのような商品が少なくなってしまい、安さだけを売りにする商品であればスーパーで買う方がいい。
重量物やこれは生協から買おうと決めている定番商品を中心に宅配してもらうようになり、配達してくれるスタッフさんには悪いなぁと思いつつ、温度によって分けられた発泡スチロールの箱はガラガラだったりする。
東日本大震災では大きな冷凍品のセンターが被災したとかでずっと商品が届かなかったし、なんでも集中させてしまっている弊害が出ているように思う。以前は不要分類のカタログを届けなくてよいという登録がかなりの種類でできたのに、震災後は断ることができるカタログを減らしてしまい、私にとっては不要分類のカタログがたくさん届くようになってしまったのも後退に思える。

お店は近くにないし、以前住んでいたところから行くことができたお店は可も不可もないそれなりのレベルという感じだった。合併したら県をまたいでお店が利用できて、ポイントも共通に貯められるというメリットをうたっていたが、私はそんな恩恵を受けられない。
それよりも宅配で貯めたポイントをお店で利用できないというシステムを改善して欲しかったけれど、それはまだできないらしい。
別の生協のお試し利用もしてみたことがあるが、そちらは飲料のPETボトルの扱いがない等、重量物を買いたい私には不向きだったので、元の生協の利用を復活したという経験もある。
生協では、ふだんの買い物でそれなりの期待を満たしているという感じになっている。

その分、父親が亡くなった時に生協の葬儀サービスを利用したり、実家の片づけの業者さんの斡旋をお願いしたり、エアコンクリーニングをお願いしたりしてきた。業者さんの仕事のレベルに対して生協が組合員の声の集約を背景にある程度のチェックをしてくれていることを期待してのことだ。その利用についてはおおむね満足できている。
そこで、今度のGWにハウスクリーニングサービスも浴室とトイレでお願いすることにもしている。
長年利用しているので、見捨てることもしたくない。定年後は生協のなんらかの組合員ネットワークに参加してみようかと思っていたが、あまり魅力的な活動がない。手作り講習とかはどうでもいい方だしねぇ。もっと他のNPOとかの活動にいこうかなぁなどとも考えている。さぁ、生協はどこに向かっているのかなぁ。
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13/04/22 職場の労働組合労組の懇親会、今回も美味!


仕事が終わった後、職場の労働組合の年次総会と学習会、懇親会に参加した。
私は出向扱いの身になって2年。本体の方のユニオンショップの労働組合の組合員だ(ユニオンショップは就職したら自動的に労働組合加入となる)。さらに出向先の研究所には、入りたい人だけ入るオープンショップの労働組合があり、職場のメンバーどうしの交流をしっかり図りたいのでしっかり入れてもらっている。こちらは労働組合費は月に200円でそちらの負担もあまりないしね(^^ゞ
小さい組合で、しっかり話し合って合意をつくりながらいろいろと取り組んでいる。メンバーには食通の人が多いので、みんなで買い出しに行っての懇親会も大きな楽しみのひとつだ。
JR四ツ谷駅のアトレに成城石井が入ってから買い出しも少々ラクになったとのこと。ワイン通の研究員もいて、ワインはその方がすすめてくれる順に飲んでいくと本当に楽しめる。
今日の食べ物も美味しかった!!
ただし、お疲れモードなので早めに一足先に帰らせてもらった。お疲れさま~。



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13/04/18 井上ひさし原案「木の上の軍隊」で受け継がれた「信じる心」


冒頭の写真は「木の上の軍隊」の2つのチラシだ。右の方は井上ひさしが癌闘病を公表した後、書き上げるぞと意思表明したかのような2010年の速報チラシ。そして左が今回2013年のシアターコクーン公演のチラシ。舞台公演のチラシとチケットはファイリングしているので、何冊か前をひっくり返したら幻に終わってしまった方もみつかったので並べて撮影。これだけでも感慨深い。
2010年の井上版にも主演する予定だった藤原竜也。井上さんが「ムサシ」に起用して惚れ込まれたのだろう。井上作品の演出を長年手がけてきた栗山民也の演出を受けるのは「かもめ」で観ている。
「相棒」の角田課長でお馴染みの山西惇は「人間合格」で太宰の親友役だったっけ。

【木の上の軍隊】原案:井上ひさし
作:蓬莱竜太 演出:栗山民也
以下は「Bunkamura」サイトのシアターコクーン公演情報からの引用。
「2010年4月に他界した日本を代表する劇作家、井上ひさしは亡くなる直前まである一本の作品を執筆しようとしていた。その作品が、「木の上の軍隊」である。戦争時、沖縄県・伊江島で、戦争が終わったのを知らぬまま、2年もの間、ガジュマルの木の上で生活をした2人の日本兵の物語が描かれるはずであったが、井上氏の急逝により、この舞台はその初日を迎えることはなかった。
本企画は、この実在のエピソードをもとに、才能溢れる若手作家の蓬莱竜太が新たな戯曲を書き下ろし、井上ひさしがもっとも信頼を寄せた栗山民也が演出を手掛ける、井上ひさしに捧げるオマージュ企画である。」

舞台中央にはガジュマルの大木の舞台装置がかなりの傾斜度で据え置かれている。アメリカ兵の掃討作戦から逃げて樹上に身を隠し、夜に下に降りて食料を調達するという日々を送る二人の兵隊。
本土からの軍人が上官(山西惇)で、島の志願兵が新兵(藤原竜也)。これは実話の二人の関係とは違うフィクション(出身の違いは正しくて上官と新兵という関係性が違う)だが、その二人のやりとりで日本と沖縄の関係があぶり出されてくる。ガジュマルの精(キジムナー)の存在は沖縄では身近なもののようで、それを語りの女(片平なぎさ)として配置したことで彼らの心の声が代弁される。

舞台上にはヴィオラ奏者がいてBGMの三線の音とともに物語を彩る。語る女はチラシではドレスになっているが、沖縄の庶民の女の着物姿で髪を巻き上げて止めた姿が美しく、物語の中の音として「アー」と「オー」の中間のような声を長く発することがあるのだが、綺麗な声でそういえば片平なぎさは歌手だったっけと思い出す。
軍隊の上下関係をきちんと守ってしゃべっている時は二人とも標準語だが、新兵が本音でしゃべる時は沖縄の言葉のイントネーションになる。その藤原竜也の力まずに沖縄風にしゃべるのが耳にやさしかった。

上官が指揮していた隊の兵たちはみな撃ち殺され、昼は相手の野営地を観察しながら息を潜め、手持ちの食糧や夜に下に降りて死体をあさって得たものを少しずつ食べるが餓えにさいなまれる。
米兵の荷物にもやがて手を出すようになり、ある日の野営地のパーティで上官だけは終戦を悟るが新兵にはそれを伝えない。
野営地のごみ捨て場で拾ったものを平等に分けていたのを嗜好品はとってきたものが優先だとかなんとか上官が言い出す我がままやら、雑誌のグラビアのヌード写真で自慰をすることから艶話になったりするところでしっかり笑いをとりつつ、二人の人間性をあぶりだす。
米軍の野営地がどんどん大きくなっていくのをじっと見続けるスタンスの違いもあぶりだされる。新兵は上官がこの島が変っていってしまうのが悲しくないでしょうと鋭く指摘する。

上官は新兵に不快感を常にもっていて、しょっちゅう殺意を抱く様子が心の声で語られ、ごみ捨て場に置かれた終戦を知らせる手紙を新兵が拾ったことからこの生活にピリオドを打つことになる最終盤、自分の「恥」を知る新兵を明確に殺そうとする場面に本音を語りだす新兵の長台詞が胸を打った。
自分も殺そうと何度も思ったけれど、「守られるものに怯え、怯えながらすがり、すがりながら憎み、憎みながら信じるしかありません」
そこで初めて上官は「この島は終戦の時間稼ぎに意味の無い戦場にされて犠牲に捧げられるのを俺たちは知ってたんだ」と島の人間には黙っていたことを吐露する。
二人は木を降りて、二度と再び会うことはなかったという。
しかしながらその二人の姿がガジュマルの上に再び現れるとその大木はまっすぐに屹立するように装置が動いていき、キジムナーの語る女が二人の心は木にとどまってこの島をいつまでも見ているというような台詞に、基地の爆音がかぶさっていく。あれはオスプレイの旋回音だろうか・・・・・・。

日本が沖縄にしてきたこと、今もしていることについて考えさせられる。そして、やっぱり「信じるしかない」ということを思い知らされる。
昨年の総選挙後、そして周辺諸国との関係から急速に軍事国家として一流になりたい政府の勢いが増してしまっている。心ある多くの人々が悲観的な気持ちになってしまっているが、やはりいつかはこの状況を変えられることを信じ、あきらめずに自分ができることをやっていくしかないのだという気持ちを噛みしめた。

帰宅してプログラムも一気に読んだ。
そういえば、2階のコクーンシートの右列から正面ブロックをみた時に最後列のセンターにひとり座っていた男性が井上さんの若い頃の写真のような感じがして、思わずそちらを双眼鏡で確認してしまった。そう、あれは蓬莱竜太さんだった。
生前の井上さんに会ったことがないという若手劇作家で、栗山さんと新国立劇場で一緒に仕事をして信頼されての今回の劇作となったという。井上さんの残した資料や栗山さんとの相談の中でここまで立派な作品を仕上げてくれたことに感動した。この企画によって井上ひさしマインドが確実に演劇界で継承されたようにも思えた。
それと舞台装置は松井るみで、やはり井上作品の「雨」での装置も素晴らしかったが、今回のガジュマルも最後の動かし方に驚かされた。
若い世代の演劇人の活躍も確認できたことも今回の嬉しい収穫だった。私も自分なりにやっていこう。
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13/04/17 強い地震が相次ぐ中で本日、職場の備蓄品ラック設置と耐震固定工事完了!


4/15(月)には淡路島で、今日の夕方は三宅島、さきほど夜9時過ぎには東北地方と強い地震が相次いでいる。私の生活圏で直下型地震がいつ起きてもおかしくないともいう。

首都圏直下型地震を想定して、職場で帰宅できない職員が急場をしのげるように非常用の水や食料を備蓄することが東京都条例で義務づけられ、備蓄用品がすぐに調達できない状態が続いていたようで、先月下旬になってようやくダンボール詰めの水や非常食がかなりの数で届けられた。とりあえずは壁際に積み上げられたが、「これでは困る!壁際に格納用のラックを総務部に入れてもらってくれ」と強く要求してもらった。
数日後、総務部の担当者が見に来て「他の事業所にもラックを入れることになったから、四ツ谷もいいですよ」「4月はもう予算オーバー確定だから、ついでに必要なものも一緒にやってしまいましょう」といつになく、即断してくれてびっくり。

2011年3/11の東日本大震災の日の職場で余震が続く中、携帯からのアップした記事はこちら
その記事の写真に写っているキャビネット4本が倒れたところの壁は、直後に補強工事がなされたが、その時のマネージャー判断でキャビネットは別のところに移動されてしまって全くの壁になっていた。しかしながらそのスペースに他部署からいろいろなものを置かせて欲しいと頼まれるのを断れずにいたら、どんどん増えてしまい、そこに水と食料がどっさり積み上げられたので、それらを全部格納できるラックを入れて欲しいとお願いし、実現!

入り口の近くのスペースにも1本追加、さらに壁固定のされていないラックやキャビネットも指摘して、それらの固定工事も合わせて実施していただけることになり、専門業者による壁の中の状況の下見もされて、壁の固定できる個所を確認した上で本日、工事完了!!

工事の業者さんにお手伝いいただいて、床上に置いていたもろもろもラックに収納してすっきりさせることができた。
立ち会ってくれた総務部の担当者に新年度に着任した新部長への報告用に、3.11で倒壊したキャビネットの写真をプリントアウトして今日の報告の参考資料として持ち帰ってもらうことにした。
「このようなキャビネット倒壊を繰り返さないために必要な工事だった」と納得しやすくなると言っていただけた。やっぱりビジュアル資料の活用は大きな力を発揮するものだ。

我が家の方は・・・・・・、うーん、おかたづけからかなぁ(^^ゞ
(追記)
下の写真は、大地震で自走して危険なコピー機のキャスターを動かなくする耐震キットを取り付けたところ。こちらは3月末までに設置されていた。
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13/04/15 三國連太郎さんを悼む

三國連太郎さんが亡くなった。2010年のお正月に母と一緒に観た「釣りバカ日誌20ファイナル」が実によかったので記事アップしている。作品のテーマは三國連太郎演じる建設会社の創業者スーさんの苦労や悩みであり、引退時の全社員へのスピーチが感動的だった。
その後、「大鹿村騒動記」、「わが母の記」に出演されているのを観ている(いずれも記事がアップできていないがm(_ _)m)。
「大鹿村騒動記」では大鹿村に伝わる地歌舞伎保存会の長老役で、戦争に出て行ったまま戻ってこれなかった若者の思いも引き継いで地歌舞伎の継承を続けてきたという役柄が三國さんならではの重みを持ち、この村に生きる今の人びとのドラマは過去の人びとの思いの上にあるという奥行きが加わっていた。息子の佐藤浩市が地歌舞伎の現役女方をつとめるバス運転手役で共演していたのも印象に残っている。
三回目の結婚で生まれた長男ということでその後の親の離婚があり、今回の会見でも「普通の親子という関係はない」と言いきっていたが、「役者どうし」という関係で認め合っていたことがわかってやっぱりなぁと嬉しかった。

「わが母の記」では、井上靖の父親役で亡くなる前の寝たきりの姿の役での出演だった。そのやつれ方から遺作になってしまうのではと予感がしていたが、本当になってしまった。

「三國連太郎のままで逝く」と言っていらしたとのこと。いかにも三國さんらしいと思い、目頭が熱くなる。
三國さんのご冥福を祈ります。

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