ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

10/05/28 五月花形歌舞伎千穐楽夜の部(3)22年ぶりの水入りまでの「助六」

2010-05-31 01:04:17 | 観劇

歌舞伎座さよなら公演と2ヶ月続けてかぶらせる演目の第三が「助六」。22年ぶりの上演となる「水入り」までを若い海老蔵がやってくれるというのが最大の楽しみ!
御名残四月大歌舞伎「助六」の記事はこちら
【歌舞伎十八番の内 助六由縁江戸桜】「三浦屋格子先」より「水入り」まで
今回の配役は以下の通り。
花川戸助六=海老蔵 三浦屋揚巻=福助
白酒売新兵衛=染五郎 三浦屋白玉=七之助
文使い番頭新造白菊=歌江 揚巻付番新=芝喜松
くわんぺら門兵衛=松緑 福山かつぎ=亀三郎
朝顔仙平=亀寿 通人里暁=猿弥
国侍利金太=市蔵 奴奈良平=大蔵
遣手お辰=右之助 三浦屋女房=友右衛門
髭の意休=歌六 曽我満江=秀太郎

先月は意休だった左團次が口上で出て、襲名披露公演などで「口上の爆弾男」と呼ばれているのとは違ってかしこまってつとめているのが物珍しい。成田屋の「助六」で河東節連中が交代で舞台に出る慣わしだが、先月今月は「十寸見会(ますみかい)」の皆様にご多忙の中で2ヶ月連続でつとめていただいたという千穐楽の口上に、なるほどなぁと感じ入った。そこで敬意をこめて本日の河東節出演者名の看板を撮影したものもリンクしておこう。

千穐楽夜の部は平日なので3階席がとれたものの左列3番で花道はモニター頼み。助六の花道の出のところは「出端の唄」の歌詞(2008年1月の時の記事にリンクあり)をプリントアウトして持っていけばよかったと思うが後の祭り。歌舞伎座の西列で全く見えないのよりはましだが(^^ゞ
先月は白玉で今月揚巻の福助も、笑うところ2箇所で度を越して品を落としてしまう点を除いては予想以上によくて安心した。最高位の女郎の誇りを見せつけての笑いなので品位を保ってやってくれないとガッカリするので、そこを是非工夫して欲しいと思う。満江からの文使いの番頭新造で歌江が、揚巻付番新で芝喜松が出ているのを見るのも嬉しかった。

今月の意休の歌六は初役だというが、なかなか堂々としているし、何よりも台詞が明瞭なのが有難い。最後の方で曾我の三人兄弟は力を合わせるのが大切だと説教して香炉台を友切丸を抜いて切る時の台詞が聞き取りにくいことが多いのだが、今回はちゃんと三兄弟の名前も聞き取れたくらいだ。
高麗屋では珍しく和事のできる染五郎の白酒売新兵衛も安心して見る事ができた。海老蔵の助六の兄にちゃんと見えるし、「喧嘩の稽古」で息が合う様子も嬉しい。ただ二人とも何箇所か声が不安定なのが惜しいところ。特に助六の喧嘩のきめ台詞の最後に「こりゃまたなんのこってぇ」と言うところで、毎回気が抜けた声を出すので聞いているこちらも毎回ずっこける。ここでずっこけるような言い回しでは喧嘩の相手がカッとしないじゃないかと突っ込みたくなる。高音域の不安定ということもあるが、御曹司の海老蔵は子どもの頃に「おまえの母ちゃん出べそ~」とかの挑発的悪口を言ったことがないんじゃないかと思ってしまう。先月の團十郎の「こりゃまたなんのこってぇ」は実に可愛く素晴らしかったなぁと思い出しながらずっこけていた。

くわんぺら門兵衛の松緑も福山かつぎの亀三郎もよかったが、朝顔仙平の亀寿は線が細すぎて色奴の拵えが板についていない感じがした。国侍利主従の市蔵・大蔵も可笑しく、猿弥の通人里暁は品がよくて楽しい。「こんな体型でも通れるかしら」「ダイエットが必要でげすね」とやり、染五郎には「ジュースとコーラとどっちが好きでげす」と聞いて勝手に「コーラ?コーラいいや」と高麗屋の新兵衛誕生を寿いだ。

満江と紙衣を預かった揚巻の出で、紙衣を入れた畳紙を肩において出てくるのは成駒屋のこだわりなのだろうがやはり変な感じがする。秀太郎の満江は細身だが立派で、二人の息子をひれふさせるお袋様だ。
紙衣に着替えてしまったために、意休の友切丸を確認してもすぐに取り返せなかった助六が揚巻の助言で待ち伏せするために花道を引っ込むところで一度幕になり、いよいよ「水入り」の場面へ。

下手に水の満ちた天水桶が置かれ、花道から登場する助六は髪をほどいて紫の鉢巻をしめ白装束。茶屋を出てきた意休主従を襲う。哀れ朝顔仙平は首をはねられて街灯の上に首が乗るのは歌舞伎のお約束。意休もついにとどめを刺されて友切丸を手に入れたが、さっそく追っ手がかかって天水桶に飛び込んでやりすごすという演出が「水入り」。汲み桶の底を抜くところは「うかれ坊主」と重なるが、顔の部分を隠すためとわかってなぁるほど!最近は本水を使う演出の舞台が多いが、全身を水に沈めるのはコクーン歌舞伎くらいじゃないだろうか?それにしてもこの場面の上演が22年ぶりになったのがよくわかった。助六をやれる役者が若くて健康でないと無理だろう。

揚巻が傷の痛みで気絶した助六を帯に水を汲んで介抱するのもなかなか贅沢な場面。追っ手から打掛に隠してかばい、バレても揚巻の言うことだからいないことにしろと言いたて、従わせてしまうという展開にもちょっと驚く。まぁ、追っ手も人気者の助六を捕まえたくないという設定でもあろう。
天水桶の梯子を使って屋根づたいに浅草田圃へと逃げろと揚巻の助言。助六が梯子に登って上下に極まっての幕切れ。いいもんを見せてもらいました!感謝!

写真は、今月の筋書の表紙。明治時代の絵だというが、定式幕の色が新橋演舞場の色と同じだ。そんな意味もあるかな?!
「五月花形歌舞伎の演目を眺め渡す」記事はこちら
5/22昼の部(1)「寺子屋」 
5/22昼の部(2)「魚屋宗五郎」 
5/22昼の部(3)「吉野山」「お祭り」
5/28千穐楽夜の部(1)「うかれ坊主」
5/28千穐楽夜の部(2)「熊谷陣屋」

10/05/28 五月花形歌舞伎千穐楽夜の部(2)なかなか見せた染五郎の「熊谷陣屋」

2010-05-30 12:32:42 | 観劇

歌舞伎座さよなら公演と2ヶ月続けてかぶらせる演目の第二が「熊谷陣屋」。染五郎の熊谷がどうかとドキドキの演目だ。
御名残四月大歌舞伎「熊谷陣屋」の記事はこちら
【一谷嫩軍記 熊谷陣屋】
今回の配役は以下の通り。
熊谷直実=染五郎 相模=七之助
藤の方=松也 堤軍次=亀三郎
源義経=海老蔵 梶原平次景高=錦吾
白毫弥陀六実は平宗清=歌六
             
フレックスで早上がりするつもりの仕事がどうしても4時上がりになってしまい、冒頭を少々遅刻。堤軍次が相模と会話するところで聞きたかった亀三郎の台詞は間に合わず。熊谷が着座して相模に「女め~」と叱責するところから。染五郎の熊谷の野太い第一声に驚いた。これならいけるぞ!七之助の相模は線が細すぎる感じがするが、明瞭な台詞で初陣の息子への思いにひかされた母親の思いがよくわかる。
戦場での手柄話で熊谷が敦盛卿の首を打ったというところに、母の藤の方が上手の一間より走り出て熊谷に斬りかかる。松也の藤の方が予想以上によかった。後白河院の寵愛を受けるのも無理がないと思わせる美しさ、声も綺麗で台詞もいい。音羽屋の若手は粒ぞろいだとあらためて思う。
熊谷が敦盛を討たねばならなかった事情が明らかにされるここからの場面、いつもは退屈に感じることが多いのだが、3人の台詞がいずれも聞き取りやすくて引き込まれた。
そして染五郎の「平山見得」に驚いた。叔父の吉右衛門の見得の表情に似ている!DNAのなせる技もあるが、染五郎の気合の入れ方がよく伝わってくる。

義経の前での首実検。桜の制札を抜いてともに差出し、暗示された意向をうかがう。動転した相模と藤の方を階下に追いやっての「制札の見得」も形よく極まり、絵になる美しさが花形の若々しさでよりきらめいた。
あくまでも敦盛の首として相模に藤の方へ首を見せるようにさせるが、実は相模に小次郎の首を抱かせるのだ。先月の吉右衛門の熊谷は下にいる相模にずっと思い入れいっぱいの顔を向けていたのだが、染五郎は呆然とした表情で、相模への思いを感じさせない。吉右衛門の芝居の方が好きだが、高麗屋の型とか何かあるのだろうか。

海老蔵の義経と歌六の弥陀六。弥陀六実は平宗清が、平氏と源氏の盛衰がひっくり返る原因をつくってしまったことを悔やむ歌六の苦渋を体現する歌六の芝居がいい。二人のコンビは後の「助六」のよさを予感させる。

宗清に托すという鎧櫃の中には敦盛。ここで二人の母の悲嘆の立場は完全に逆転し、その対比をくっきり見せる作劇の妙に感心させられる。
義経に暇乞いを許された熊谷は早くも出家姿になり、「十六年は夢だ夢だ」と嘆いて黒谷の法然上人のもとへと走って去っていく幕切れ。自分で手をくだして息子を身替り首にした父親の嘆きはわかるが、やっぱり妻の相模をひとり残さないで欲しいと、ついつい思ってしまう私である。

冒頭の写真は、幕間にコンビニに出て戻った時に人気の少ない新橋演舞場の前を携帯で撮影したもの。この櫓は今月だけかもしれないなぁとふっと思ったが、どうなのだろうか。
それとくる前に通りかかった歌舞伎座の屋根に青草が何ヶ所も生えていて驚いた。

「五月花形歌舞伎の演目を眺め渡す」記事はこちら
5/22昼の部(1)「寺子屋」 
5/22昼の部(2)「魚屋宗五郎」 
5/22昼の部(3)「吉野山」「お祭り」
5/28千穐楽夜の部(1)「うかれ坊主」

10/05/28 花形歌舞伎千穐楽夜の部(1)「うかれ坊主」は「助六」に通ず!

2010-05-28 23:59:27 | 観劇

五月花形歌舞伎千穐楽夜の部の感想は中幕の舞踊「うかれ坊主」を先に書いてしまおう。
この舞踊は三津五郎で観たことがあるのだが、感想も書いていない。面白いは面白いのだが、だからなんだという感じにしか思わなかった。大体、なんだあの格好は!カッコよくもなんともない・・・・・・それは勉強不足だった。

【うかれ坊主】清元舞踊
公式サイトより下記をほぼ引用。
「吉原の大門近くに、手桶と銭錫杖を持って来た願人坊主(松緑)。チョボクレの節に乗せて、軽妙に身の上を語る。江戸時代に滑稽な芸を見せた願人坊主の姿を描いた風俗舞踊。大勢の人物を踊り分ける“まぜこぜ踊り”など変化に富んだ一幕。」

下帯まるだしの変な格好の願人坊主が、今回もやっぱり何を踊っているのやらわからない。清元が何を唄っているのかやっぱり聞き取れないし(^^ゞ
けれど目がでっかくて鼻の下が青くて思いっきり変な顔で踊る松緑がけっこう可愛い。幕切れ前に極まったところの表情もやけに可愛いのに、筋書でここのアップの写真がないのは勿体ないと思えたくらい。

終演後に帰宅の電車の中で筋書をまじまじと読んでみると、なになに「願人坊主とは人に変わって願掛けの修行をしたり、水ごりをする物乞い同様の坊主である。法衣も着ることもままならず、裸同然の身なりで門付けの芸を見せるなどしている」。水ごりをするというのを知らなかった!だから羽織を脱げば下帯姿になれる格好だったのかと納得。
さらにちょっと待てよ、水ごりっていうことは、今回の「助六」の「水入り」と重なるとひらめいた!そうだ、天水桶があるし、その汲み桶の底を抜くところまで同じだ!!

おおっ、なんという洒落っ気たっぷりな企画だったんだと気がつくまでがかなりの「蛍光灯」だ。もう今はそういう風に言っても通じないか。すぐに点灯するランプが多いからねぇ(笑)
「助六」のくわんぺら門兵衛で松緑が助六の海老蔵に親戚に似ているとか言ってたし、その辺りも気を効かせた企画だったに違いない。
帰宅しながらニカニカして大満足だった。

「五月花形歌舞伎の演目を眺め渡す」記事はこちら
5/22昼の部(1)「寺子屋」 
5/22昼の部(2)「魚屋宗五郎」 
5/22昼の部(3)「吉野山」「お祭り」

10/05/22 五月花形歌舞伎昼の部(3)「吉野山」「お祭り」

2010-05-28 23:58:14 | 観劇

5/22に観た昼の部の舞踊2本「吉野山」「お祭り」をまとめて書く。
今月のチケットとりでは気が緩み、休日昼の部で3階席を確保できなかったため、2階席でそれも左席という珍しい席で観た。花道は全く見えないのでモニター画面で雰囲気をつかむしかない。写真はその席から携帯で撮影した定式幕。歌舞伎座のいかにも時代を経たくすんだ色と違うなぁとつくづく思う。

【義経千本桜 吉野山】竹本・清元舞踊
歌舞伎座さよなら公演の10月大歌舞伎夜の部の後半は菊五郎の狐忠信もので「吉野山」も観ていて、そちらにいろいろな舞台の記事のリンクあり。
さて、今回の配役は以下の通り。
佐藤忠信実は源九郎狐=勘太郎
静御前=福助 早見藤太=猿弥
花形歌舞伎ということで、勘太郎の狐忠信が眼目で先輩格の福助がつきあうという感じだろう。福助の静御前の旅衣は橙色が目立つ色合いが、満開の桜の舞台の中でも華やかに映えて美しい。
勘太郎は顔がすっきりとして精悍さが出てきた。狐ぶりのところを見ると2月の「爪王」で七之助の鷹と闘う赤狐を踊っていたのを思い出す。身体の動きもきびきびとしていて踊る姿にひきつけられる。
福助の静とのバランスは主従そのものという感じ。男雛女雛で極まる場面でも柔らかな色気は漂わなかったのは少々もの足りないかな。

猿弥の早見藤太が若々しく、静に言い寄る感じがけっこう可愛く見えてしまう。体型からも狸っぽいので最後に笠をもって極まるところにハタと気づく。これって狐と狸ってことかも(笑)

【お祭り】清元舞踊
歌舞伎座さよなら公演の9月に「お祭り」も観ていて、そちらにいろいろな舞台の記事のリンクあり。
今回の舞台で驚いたのは女方が登場しないこと。染五郎の鳶頭と若い者たちで立ち廻りがあったり獅子舞とからんだりして終ってしまった。高麗屋の部屋子になっている錦成くんのお披露目を兼ねた演目のようで、少年くらいの背格好なのに、いっぱしの若い者ぶって背伸びして粋がっている感じで鳶頭にからんでいくのが見どころのようだ。

さちぎくさんに文楽第一部でご一緒した時にお聞きしたら、元々の日本舞踊では男性のみで踊る演目らしい。それを歌舞伎舞踊ではキャスティングの関係で女方も芸者を登場させるということだと納得。江戸の男たちの粋な姿を楽しんで終了。

「五月花形歌舞伎の演目を眺め渡す」記事はこちら
5/22昼の部(1)「寺子屋」 
5/22昼の部(2)「魚屋宗五郎」 

10/05/22 五月花形歌舞伎昼の部(2)松緑の「魚屋宗五郎」

2010-05-27 23:58:37 | 観劇

「魚屋宗五郎」は2006年の前進座の梅之助の舞台が初見。2007年4月の勘三郎主演の舞台の記事はこちら
松緑が宗五郎を初役でつとめた昨年3月国立劇場の「通し狂言 新皿屋舗月雨暈」は未見。さて、今回の「魚屋宗五郎」はどうだろうか。
【新皿屋舗月雨暈 魚屋宗五郎】
今回の配役は以下の通り。
魚屋宗五郎=松緑 女房おはま=芝雀
父太兵衛=市蔵 小奴三吉=亀寿
磯部主計之助=海老蔵 召使おなぎ=七之助
岩上典蔵=亀蔵 浦戸十左衛門=左團次

主の宗五郎が妹お蔦の葬儀の寺関係で出かけてる留守宅に、弔問にやってきた御茶屋の女将と娘の対応をしている家の者3人を芝雀、市蔵、亀寿で実によく見せる。江戸の大きくもない商売店を営んでいる家族に妾奉公に出した娘が殿様のお手討ちにあったという事件が起こした驚きと悲しみの波紋。嘆き悲しむ父親と納得がいかないからねじこまないとといきり立つ店の若い者三吉をなだめるおはま。沈んだ様子で帰宅した宗五郎も太兵衛と三吉を分別くさく諌めている。
そこにお蔦の朋輩だったおなぎがやってくるのだが、七之助の台詞が実によく事を明らかにする。金比羅さんに願をかけて酒を断っていた宗五郎が堪忍袋の緒を切って、おなぎの遣物の白木の角樽をいただくことにする。
茶碗酒を飲む姿にちょっと驚く。勧進帳の弁慶が蔓桶の蓋の酒を干す時のように身体を揺らすのだ。蔓桶の蓋であればバランスがいいが、茶碗酒であんなに身体を揺らしては中の酒がこぼれるって!といらぬ心配。それを繰り返すうち、松緑のはだけた胸やら腕やらがまっ赤になっていく。息をつめて身体を大きく動かして身体を上気させるという口伝でもあるのかしら?しかしながら、若いから動きがオーバーアクションになっているのかしら?などと余計なことを考えてしまった(^^ゞ

やめさせようとしても酒乱状態に入ってとまらぬ宗五郎と家の者とのやりとりを呆気にとられておたつくおなぎの対比でしっかり笑わされる。角樽を振り回して障子板を蹴破って磯部の家に殴りこむ宗五郎をおなぎが追っていって幕。

磯部の家で岩上典蔵たちに縛り上げられた宗五郎。亀蔵の典蔵がいかにも悪そうでいい。左團次の浦戸十左衛門がまたいい。お家のゴタゴタをうまく納める忠臣であり情けがありそう。宗五郎の気持ちも受け止め、主計之助にも諫言し、という様子が十分に伝わってくる。この家老に十分に気持ちをぶつけて、立ち行くようにすると保証され、立派な殿様ぶりの海老蔵の主計之助に酒の上で誤ったので赦してくれと手をつかれてしまえば、もう何も言うことはない~状態なのも無理はないと思える。

海老蔵はこの一場面なのだが、不思議な貴公子ぶりがいい。美しいということは得なことだと納得させられてしまう。参りました(笑)
松緑の宗五郎は味わいという点ではまだまだだが、熱演に好感がもてる。家の芸の役だし磨きをかけていって欲しい。芝雀のおはまが予想以上に下々の女房ぶりがよくて驚いた。汚い顔で思いっきり地味なおばさんで声も実に色気もないおばさんなのだが、亭主への愛情の深さが滲み出るいい女房ぶりが可愛いのである。若い松緑と組んでもおかしくない若さがあるのもいい。これからもこのコンビが楽しみになった。

写真は、演舞場正面の入り口の上に掲げられるようになった「きやうげんづくし」と書かれた櫓。歌舞伎座の毎年11月の顔見世興行で掲げられていて、さよなら公演期間中は11月から4月の最後の興行まで掲げ続けられていた。新橋演舞場へのバトンタッチをここでもアピールしているようだが、演舞場向けに新調していると思う。違うかな?!
さぁ、明日は千穐楽の夜の部を観にいくぞ!

「五月花形歌舞伎の演目を眺め渡す」記事はこちら
5/22昼の部(1)「寺子屋」       

10/05/22 五月花形歌舞伎昼の部(1)若手の「寺子屋」に大満足

2010-05-25 23:59:36 | 観劇

歌舞伎座さよなら公演と2ヶ月続けてかぶらせる演目の第一が「寺子屋」。
御名残四月大歌舞伎「寺子屋」の記事はこちら
【菅原伝授手習鑑 寺子屋】
今回の配役は以下の通り。
松王丸=海老蔵 千代=勘太郎
武部源蔵=染五郎 戸浪=七之助
春藤玄蕃=市蔵 園生の前=松也
涎くり与太郎=猿弥 百姓吾作=寿猿

猿弥の涎くり与太郎は、いかにもチャリ場担当という感じで巧いのだけれど、あまり稚気がないのが意外。まぁこんなものか。
染五郎の源蔵と七之助の戸浪が実にバランスがいい。染五郎の線の細さが気にならない七之助との組合せ。勘三郎というよりも祖父の芝翫に教わったらしいが、綺麗な声で丁寧な台詞回しが好ましい。仁左衛門の次に八の字眉の似合う立役と思っている染五郎の苦悩の表情もいい。「せまじきものは宮仕えじゃなぁ」も染五郎は自分でしゃべる演じ方だったが、絞り出すような台詞回しが実にせつない。お主のために、わが子同然の寺子を身替りにしようと決意を固まる忠義の若夫婦の姿にぐっときた。

海老蔵の松王丸が白糸の刺繍の色も真新しい雪持ちの松の衣裳で登場。なかなかいいぞと思っていたら、作病の咳き込みが不自然。まるで仮病という感じの咳になってしまっていて、元気な海老蔵には咳き込みは難しいのかもと思ってしまう。

源蔵夫婦を追い込んで、菅秀才の首を打たせての首実検。ここが成田屋の刀を抜いての型になるわけだ。この型は2007年の古典芸能鑑賞会で團十郎の松王で観ているので、今回が2回目。松王は躊躇しまくってなかなか首をあらためようとしない。じれた玄蕃が首桶を開けて松王に突きつけるのだが、市蔵がこの型はタイミングが難しいと筋書にあった。確かに大変そうだったが見事に合い、詰め寄る源蔵に刀を抜いて突きつける松王の海老蔵は絵になって極まった。
確かに見栄えのよい型だと思うが、今回もやはり芝居としては不自然な型だと思えた。こんなに躊躇することで疑念を招くのではないかという気がして仕方がない。やはり普通の型で演じる方が私にはしっくりくる。どの團十郎がこの型を生み出したのだろうか?

次の見せ場は、小太郎の千代と源蔵とのやりとり。勘太郎の千代は玉三郎に教わったということだが、染五郎との息も合って、見ごたえあり。小太郎の文庫からいろいろ投げて源蔵の刀をかわすのだが、染五郎は全部を刀ではたき落としていた。これはどの役者でもこうなるのだっただろうか?とにかく、染五郎と勘太郎の動きの敏捷さとからみのよさと台詞の緊迫感に感心。

ここに松王が松の枝を投げ込んで割って入る。ここからの海老蔵は予想以上によかった。世間の人に自分だけが悪者と思われていても、菅丞相だけが自分の本心を見抜いてくれていて、その恩に報いるためにも我が子の身替りを決意し、妻にも得心させたというつらい告白に情感がこもっている。勘太郎、染五郎、七之助とのやりとりも皆がよく、二組の若い夫婦の忠義のために犠牲を払う悲嘆に耐える姿がしっかりと浮かび上がる。
小太郎の最後を源蔵に聞いての泣き笑い、わが子を褒めながら、先に切腹した弟の桜丸を不憫だと泣き、わが子と弟の死を重ねて悲しむ場面では、ボトボトと落涙してしまった。

若手による「寺子屋」、まずは及第点の舞台を見せてもらって、五月花形歌舞伎の第一の演目に大満足だった。

写真は、演舞場正面の入り口の上の壁に掲げられるようになった絵看板の「寺子屋」を携帯で撮影したもの。
「五月花形歌舞伎の演目を眺め渡す」記事はこちら

10/05/22 五月花形歌舞伎の演目を眺め渡す

2010-05-23 23:58:54 | 観劇

観劇回数が増えるとプログラムもどんどん増えてしまう我が家(^^ゞ
その都度あぁ面白かったで終れば必要もないのであろうが、企画側の意図まで把握したいということになるとやはり欲しくなってしまう。
特に歌舞伎の企画というのは、座頭役者の人気だけでなく、歴史的な家の序列が優先されていることがわかってくると、しっかりそういう視点で企画を分析するのが面白くなっている。

さて、今月から松竹の歌舞伎の本拠が「歌舞伎座から新橋演舞場へ」変わり、22日に昼の部観劇の際に舞台写真も入っているのを確認して筋書を買ってきた。歌舞伎座の筋書と同じような雰囲気なのも好ましい。

記者会見の役者の発言なども誌上掲載があるし、企画全体を眺め渡すのに役に立つ。
なるほどなるほど、七代目幸四郎の三人の息子の孫たち(染五郎・松緑・海老蔵は、はとこどうし)が揃った座組みなのか!記者会見の写真は、年齢的なこともあるだろうが、高麗屋の染五郎が中心に右に松緑、勘太郎、左に海老蔵、七之助と並んでいる。
その辺りがわかると、昼の部と夜の部の演目選びがよくわかる。染五郎、松緑、海老蔵が主役の演目を必ず昼夜に一本ずつ入れている。
染五郎=昼「お祭り」、夜「熊谷陣屋」
松緑=「魚屋宗五郎」、夜「うかれ坊主」
海老蔵=昼「寺子屋」、夜「助六」
そして中村屋を代表して勘太郎の演目も一本は入れて昼の「吉野山」。だから昼は4本立てになっちゃったんだなぁと納得。
そして「寺子屋」、「熊谷陣屋」、「助六」は歌舞伎座最後の公演と演目をかぶらせて、ベテランから若手への継承を明確に打ち出しているようだ。

歌舞伎会の会報『ほうおう』5月号の「俳優インタビュー」は染五郎。観劇直前に読んでその危機感に驚いた。熊谷はなんとなく当代染五郎のニンではないなぁという感覚でいたのだが、「家(高麗屋)にとって特別大事なお芝居です。出来なければ、染五郎と名乗れない。そんなプレッシャーを感じています」。
祖父も父も叔父も、祖母の父の初代吉右衛門も当たり役としただけに何重ものプレッシャーがあるだろうことはよくわかる。
インタビューの最後には「歌舞伎座が出来る時までに、自分がどれだけ力を蓄えられるか。この公演ですべてが決まるような気すらします。誰が生き残れるかのサバイバルレースで、一日一日が勝負です。『熊谷』でも、これからやり続けていくのに相応しいような結果を出さなければいけないし、演じる権利を掴み取りたい」

これはすごい覚悟をさらけ出したものだ。そのことで自らを追い込んで背水の陣だ。確かに初代吉右衛門の異母弟の先代勘三郎の孫の勘太郎も若い頃の初代にそっくりで驚いたし、時代物は当代に教えてもらうようにもなっている。勘太郎も熊谷を演ることもあるだろうことは容易に想像できる。
御曹司どうしのこうした意地の張り合い、切磋琢磨の物凄さに感じ入った次第だ。その「熊谷陣屋」は千穐楽に観る予定だが、「寺子屋」の源蔵で海老蔵の松王と火花を散らす若さを見せてもらった。

一つ一つの感想は、しっかり書くつもりだが、とりあえず五月花形歌舞伎の演目を全体を眺め渡して一本書いてみた次第。
冒頭の写真は、「歌舞伎座から新橋演舞場へ」という特別チラシを携帯で撮影したもの。

10/05/22 歌舞伎座解体が始まっていた+「長命寺桜もち」

2010-05-22 23:57:56 | 観劇

朝は晴れていたが、新橋演舞場で五月花形歌舞伎昼の部を観て出てくると曇り空へ。明日は雨が降るということで少々蒸し暑い。
気になる場所を通ってJR有楽町駅に向かう。
歌舞伎座はどうなっているのかなというのもチェックして帰るつもりだった。さよなら公演最終盤の頃は、記念撮影の人が群れていた道路をはさんだ正面。ちょうど車が一台もないところを携帯で撮影できたのが、冒頭の写真。
白い囲いもつくられ、その上に青いビニールシートがかけられたところも何箇所かあり。囲いの上からトラックの上部ものぞく。解体作業がすすんでいるようで槌音がカンカンと響いていた。
周囲のビルから先に取り壊され、それまで隠れていたところが見えて珍しくて撮影したりもしたけれどね。
歌舞伎座そのものもやっぱり取り壊されてしまうということをこの目で確認。次にここを通るのは千穐楽の夜の部観劇の時。6月は演舞場で歌舞伎がないので7月にくる時にはもうここまでの外観も残っていないのだろうなぁ。

演舞場の筋書にも舞台写真が入り、買って読むと役者たちはもう気持ちを切替えて突き進んでいる様子がわかった。そうだね、どんどん前向きに進んでいかないといけないね。
でも感傷に浸る時間が欲しかったりする私である。

さて、演舞場で今月昼の部限定販売の「長命寺桜もち」を娘の土産に買って帰宅。GWに向島を散策した時に山本屋に立ち寄って食べて美味しくてお土産にしようとしたら6個セットからだったのであきらめたものだ。今回は2個セットで360円とちょうどいい。
ところが・・・・・・。夜ご飯の後で食べたら、桜の葉っぱを3枚とも剥がして中身だけ食べ、葉っぱの味は好きじゃないからあげると言う。私が食べてもお店で食べた時と違って葉っぱが乾いていて美味しさ半減だなぁと思ったけど、なんだよ~。

しょうがないので、私がお茶を飲みながら3枚とも食べた。思いついて水で濡らして絞ってみたのが成功。桜の葉っぱだけでも十分おいしかったぞ!娘にはもう買わないだろう。
私もまた散策に行ったらお店で食べようっと。

10/05/17 前進座「通し狂言 切られお富」は見ごたえ十分!

2010-05-22 23:11:21 | 観劇

前進座歌舞伎は、その歴史的背景から松竹の歌舞伎とは違うこだわりを見せる。それが楽しみで足を運ぶわけだが、この五月国立劇場公演は、「通し狂言 切られお富」! 先代の国太郎が立派だったというお富を当代が初役でつとめ、前進座でも26年ぶりの上演だという。なかなか予定を入れられなかったが、5/17に観ることができた。急遽の観劇で双眼鏡なし。それでも1階花道外の4列目がとれたので問題なし。

【嵐広也改め七代目嵐芳三郎襲名披露「口上」】
冒頭を10分くらい遅刻。5人が並ぶ「口上」も半ばを過ぎてしまっていた。真ん中に劇団代表の中村梅之助、右に嵐圭史、藤川矢之輔、左に襲名の本人と兄の國太郎(国はあえて使っていないという)が並ぶ。
先代の長男が國太郎で、次男の広也が父の名嵐芳三郎を七代目として継承する。先代は女方だったが、当代は立役でいくとのこと。父がつとめた二枚目役の与三郎での襲名に決意を見せた。当代は広也として大河ドラマ等でも活躍しているし、この間観てきた前進座の舞台でも若々しい二枚目ぶりがなかなかよかったので、時機にかなった襲名だと思う。
それにしても大幹部の梅之助と圭史が大きな名跡を襲名しないで名を上げ、そのままにしている。こういうのがいかにも前進座らしく思えるし、また名跡を襲名させることで若手の成長にはずみをつけるというのもいい。
梅雀が退座しているのは残念にも思うが、広也が立役として成長したのを見澄ましたのかもしれないと納得した。梅雀には前進座の枠を超えて活躍してもらおう。

【切られお富―処女翫浮名横櫛(むすめごのみうきなのよこぐし)】
作品概要とあらすじ、主な配役は公式サイトより引用、加筆。
瀬川如皐の「切られ与三―与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」の書替え狂で、切られる人物を与三郎からお富に置きかえて立女形を主人公にしている。
作=河竹黙阿弥 補綴=小池章太郎 演出=中橋耕史(前進座歌舞伎には演出家がつく!)

<あらすじ>
表向きは絹問屋、実は盗賊の観音久次こと赤間源左衛門(梅之助)。その手代の蝙蝠の安蔵(矢之輔)は、今日こそ、かねて横恋慕する赤間の妾・お富(國太郎)への思いを遂げようと、悪い仲間と示し合わせ、彼女をさらって滑川の辻堂前へ。あわやというとき、かつて木更津の船中で見初め、契りを交わした浪人の井筒与三郎(芳三郎)が来かかり、助けられる。と、激しい雷鳴。二人は辻堂へ……。
その密会を知った源左衛門は、お富をなぶり切りにして、川に捨てさせる。それを助けた安蔵は、薩埵峠に茶屋を出し同棲。3年の後、たまたま通りかかった与三郎は、疵だらけのお富と再会。お富は、与三郎が自分の主筋の子息であると知り、さらに彼が仕える主家・千葉家の宝、名刀北斗丸を探し求める浪々の身で、所在は尋ねあてたものの買い戻す二百両に窮しているとわかると、その金の調達を引き受ける。
安蔵とぐるになり、今は府中の弥勒町で女郎屋の主人におさまっている源左衛門の弱みをつき、首尾よく二百両を強請りとる。お富と安蔵が引き上げたあと、お富の言うなりに二百両を与えた源左衛門を訝った女房のお滝(辰三郎)に、源左衛門は自分の前身を打ち明ける。その様子を、客を装い窺い聞いていたのは千葉家の宝刀詮議の忍び役・舟穂幸十郎(圭史)。宝刀北斗丸を奪って売り払った源左衛門を捕えにかかる。
一方、源左衛門の見世からの帰り道、お富と安蔵は狐ヶ崎の畜生塚で、強請りとった二百両を奪い合う安蔵とお富の立ち廻り。安蔵に出刃を突き立てて殺し、奪った金を与三郎に渡したお富。捕り手に囲まれて絵面に極まっての幕切れ。

2007年1月の歌舞伎座で福助初役の「切られお富 二幕」を観たのだが、期待したほどのことはなかった。安蔵のお富への執着も、お富と与三郎との恋仲もササッとわかるくらいにかいつまんでいるので、源左衛門に全身を斬り刻まれて捨てられてからの お富と安蔵と与三郎との三角関係がよくわからない。最後も安蔵とお富の立ち廻りの途中で「本日はこれぎり~」で終ってしまい、消化不良状態。「切られ与三」に比べて話の内容が知られていないのに、とにかく福助がこの演目をやりたかったのを見せられたという感じだった。上演頻度の高くない演目の上演の難しさを痛感していた。

今回の通し上演で、物語もよくわかったし、配役が絶妙さに唸る。どっぷりとこの書替え狂言の面白さを堪能した。
まず、國太郎のお富がいい。姿も声もおとなしい感じの女方だが、女心の一途さ、健気さが可愛いのは今までの舞台で知っていた。悪婆物の典型のこのお富で伝法な可愛らしさ、凄味もしっかり感じさせたのは立派。当たり役として再演を重ねていくだろうことを確信させた。芳三郎襲名に恥じない与三郎も立派に相手役をつとめていて、この兄弟のコンビでいろいろと見せてもらえるのが楽しみになった。

梅之助の赤間源左衛門がまた実にいい。お富への可愛さ余って憎さ百倍でなぶり殺しにしたはずが、生きていたお富に大泥棒である弱みを握られて揺すられる人物の間が抜けた感じが漂うのだ。実に世話物の芝居の悪者風で嬉しい。
矢之輔の蝙蝠の安蔵が憎めない小悪党ぶりが魅力。実は昨日の出勤途中のJR四ツ谷駅構内ですれ違ったのだが、素顔からして本当に舞台役者に向く顔だなぁと思ってしまう。大きな顔に眉も目もいっぱいに並んでいてメイクをすると目立ち、舞台での表情もわかりやすいのだ。宝刀の詮議役で圭史が存在感を見せる。

「お染の七役」で玉三郎の土手のお六が「やまとや」の屋号が大書された傘を広げた捕り手に囲まれて絵面に極まる幕切れを観ているが、それと同じようにお富が「やまざきや」の傘に囲まれての幕切れ。
適役揃いの舞台を堪能。前回観たのは梅之助と圭史の「法然と親鸞」。ベテラン主演の作品と若手主演の演目をバランスよく上演していくのだろうと思われる。
写真は今回の公演のチラシ画像。

10/05/16 娘と一緒に見たかった、月と金星が並んだところ・・・

2010-05-21 23:58:38 | つれづれなるままに

16日の日曜日、新国立劇場で東京裁判三部作の「夢の泪(なみだ)」を観て、夕方6時半には自宅近くまで戻っていた。

近くのスーパーで買い物をすませ、自転車で帰宅する途中のこと。西の空に新月と星が並び、その姿の美しさに思わず「ホーッ」と声が出た。
三日月と星が近くで綺麗に並ぶデザインの国旗は、確かトルコかどこかの国のものだったような記憶。こんな風に見えることが本当にあると思っていなかったのでびっくりもした。自然界にあることをデザインしているのかと感心。誇張だと思っていてごめんなさいm(_ _)m

急いで家に戻り、娘にも見るようにすすめてベランダに連れ出したが・・・見えない。玄関を出たところのマンションの廊下からは・・・・・・こちらもダメ!ちょうどマンションの建物に隠れる位置にあるようだ。
外に出てまでは見る気になってくれず、The End。あぁ、引きこもり娘・・・・・・。
友人に誘われると気合を入れてアキバには出かけていったが、家を出るにはそれ相当の気合と準備が必要。気軽に自宅近くのスーパーにも行けないのが現状。
なんとか、もう少し気軽に外出できるようになってくれないかなぁ。

国旗の記憶は、トルコ共和国のものだった。外務省のHPより国旗画像をご紹介。16日の空には、新月よりももう少し太い三日月が上向きになり、その上側に星が光っている。
星は金星ということらしく、検索したら国立天文台HPの「ほしぞら情報」の5月のトピックスが見つかった。

<金星と月を見よう>
宵の明星「金星」が夕方の西の空で明るく輝いています。今月は、先月よりも日の入後の高度が高くなっていますので、見つけやすいでしょう。明るさもマイナス4等と、さらに明るくなってきました。
16日には金星のすぐ下側に三日月よりも少し細い月が並び、とても美しい光景になります。日本では、金星と月が接近する様子しか観察できませんが、東南アジアでは、金星が月にかくされる「金星食」が観察できます。
 月はだんだん金星から離れていきますが、20日には火星と近づきます。

なぁるほど!だが、あまり夜空は見ないなぁ。
明日22日は、いよいよ新橋演舞場で花形歌舞伎昼の部を観る。日曜日は文楽第一部とレンチャンなので頑張らねば。