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井上ひさしの「父と暮せば」は、原爆投下後の広島を舞台にした二人芝居だが、観劇は今回が初めて。2004年に黒木和雄監督が映画化したものを岩波ホールで鑑賞している。
古本屋でGETして積んでおいた新潮文庫版の戯曲を読んで今回の観劇の予習。映画の場面も思い出せて楽しかったし、作者自身の前口上とあとがき、今村忠純氏の解説で劇の構造についても把握してから観ることができた。いきなり白紙状態で観るよりもこういう状態で観劇したいのだが、ほとんどできないのが現状。
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あらすじは、こまつ座の公式サイトから下記を引用。
「原爆投下から三年後の広島。市立図書館で働きながらひとり静かに暮らす美津江の胸の中には、ほのかな恋心が芽生え始めていた。そんな美津江の目の前に、まったく突然に父竹造があらわれる。自分の恋心を必死で抑えつけようとする美津江に、竹造は全身全霊、懸命なエールを送るのだが……。」
新宿の紀伊國屋サザンシアターの最前列で鑑賞。今回の配役は美津江を栗田桃子、竹造を辻萬長。今回公演からポスターやチラシも辻萬長に似せたイラストになっている(各国翻訳版の表紙と同じもの)。
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井上ひさしの戯曲は方言を駆使したものが多いが、広島弁をしっかり身に付けたふたりが熱演。笑わされながらぐいぐいと引き込まれてしまう。ふたりが住んでいた旅館の跡地に建てたバラック小屋に毛の生えたような美津江の家での4日間の父娘の会話劇を休憩なしの80分でぎゅっとみせる。
美津江は、原爆で身近な人たちが大勢死んでしまったのに生き残ってしまった後ろめたさに支配されて3年を生きてきた。自分自身に幸福になることを禁じてしまっている美津江が木下青年に出会ってお互いにひとめ惚れ。積極的に近づいてくる木下に自分も近づきたい思いと遠ざけなければと思う気持ちの間で揺れる美津江。その「恋の応援団長」として父親が姿をあらわした。
娘の幸福を願う父親の言葉に反発しながら後ろめたい気持ちを吐き出していく。それに反論し励ましの言葉を投げかけ続ける父竹造。
一歩を踏み出した彼女は木下青年が集めた原爆資料を自宅で預かることにしたのだが、顔のただれた地蔵の頭を見て封印してしまっていた記憶を甦らせる。記憶の封印の経験を最近したことがあるだけにその思いはリアルに伝わってきた。
爆風でつぶれた家の下敷きになった父親を救い出せず、父の言葉に従って逃げてしまった自分を思い出す。父は娘に自分の最後の言葉を思い出させる。
「わしの分まで生きてちょんだいよォー」
原爆でむごい死を迎えた大勢の人たちの思いを背負って伝えていって欲しいという父のメッセージをしっかりと受けとめた美津江は再生した。前向きに生きていく姿勢を取り戻した。この救われる幕切れによって観ている私たちも勇気づけられる。
観客を笑わせ、強く揺さぶり、最後には勇気づけられる。井上作品の素晴らしさがここにある。
また本のあとがきにあったことで印象に強く残ったことを紹介させていただく。
「戯曲にするには、ここで劇場の機知に登場してもらわなくてはなりません。(中略)美津江を『いましめる娘』と『願う娘』にまず分ける。そして対立するドラマをつくる。しかし一人の女優さんが演じ分けるのはたいへんですから、亡くなった者たちの代表として、彼女の父親に『願う娘』を演じてもらおうと思いつきました。べつに言えば、『娘のしあわせを願う父』は、美津江のこころの中の幻なのです。」
竹造は単に幽霊として描かれているのではなかった。このあたりも井上作品の大きな魅力なのだ。奥が深い。
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そして本日6/30の夜、職場の観劇企画でこの作品を観たメンバーとの感想交流会に参加してきた。渋谷のいつもの店「かいどう」でビールや料理を食べながら賑やかに交流。次回公演「闇に咲く花」も観ようと盛り上がっていた。楽しい時間をもてたことに感謝(^O^)/
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ウィキペディアの「父と暮せば」の項はこちら
写真はこまつ座の公式サイトより今回公演のチラシ画像。
7/2追記
井上ひさし作品の観劇のまとめ記事をこちらにリンクしておこう。「円生と志ん生」、「人間合格」も追加!