08/04/26 歌舞伎座千穐楽夜の部②「将軍江戸を去る」


この作品は初見。今年が山岡鉄太郎(鉄舟)没後120年、明治改元140年ということに因んだ上演という。
【将軍江戸を去る】(真山青果)
今回の配役は以下の通り。
徳川慶喜:三津五郎 山岡鉄太郎:橋之助
高橋伊勢守:彌十郎 天野八郎:亀蔵
間宮金八郎:宗之助 宇佐見常三郎:巳之助
あらすじは以下の通り(公式サイトをほぼ引用)。
江戸の街が薩長を中心とした官軍に包囲される中、徳川慶喜は上野寛永寺に謹慎し、恭順の姿勢を示していた。ところが幕臣の主戦論者の言葉を聞いて慶喜は恭順を翻意してしまうので、高橋伊勢守や山岡鉄太郎は、慶喜のもとへ向かう。しかし慶喜は薩長軍にこれまでの無念を晴らすのだと言い、諫言を受け入れない。
恭順を翻意すれば江戸は火の海となり、罪もない庶民たちが被害を蒙ると言う山岡の必死の言葉を聞き、ようやく慶喜は自らの誤った決断に思い至る。こうして慶喜は江戸を官軍に明け渡すことを決意し、その名残を惜しみながら、水戸へと旅立っていく。

第一場の上野彰義隊の場は、亀蔵、宗之助たち彰義隊が将軍目通りを願う橋之助の山岡を通せんぼし、彌十郎の伊勢守が通させるところまで。彰義隊というと昨年9月に新橋演舞場で観た「憑神」を思い出してしまう。橋之助は彰義隊と一緒に死んでいく道を選んだが、今回は反対の立場の役だ。それにしても幕末物はけっこうハマるんじゃないかと思いながら観ていた。
第二場の上野大慈院の場で睡魔に襲われた。この日は昼に日生劇場で「風林火山」を観てからミニオフ会、歌舞伎座夜の部にハシゴだったため、ここでついに瞼が下りてきた。真山青果の台詞劇を台詞回しのうまい役者が熱演しているため、耳はわりと聞いていて、「尊王」と「勤王」の違いあたりがわかりにくいなぁと思ったくらいだから半分は覚醒していたようだ。山岡は江戸を火の海にしないことを説き、「尊王」から「勤王」の域に到達した行いとしての水戸への退隠を説き、慶喜は薩長への抵抗を翻意した。山岡の台詞で「戦争ほど悲惨なことはない」というあたりには、現代にも通じるテーマが盛り込まれていた。
第三場の千住大橋の場の三津五郎の慶喜は潔く、江戸からの最後の一歩を踏み出して去っていく。名残を惜しむ人々もかけつけていた。大河ドラマで元木雅弘がやっていた時にもうちょっと真面目に見ておけばよかったなぁと、この作品については味わいつくすほどに到底いたらずだった。
後日、筋書を読んだところ、伊勢守は鉄太郎の義兄だったということもあらためてわかり、予習不足、眠気に敗北で残念な気持ちになった。また、いつの日かリベンジできる日もくることを信じている。

写真は、歌舞伎座「四月大歌舞伎」の垂れ幕。
4/17昼の部幕見①「熊野(ゆや)」
4/17昼の部幕見②「刺青奇偶」
4/26千穐楽夜の部①黄金三角の「勧進帳」
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08/04/26 歌舞伎座千穐楽夜の部①黄金三角の「勧進帳」


千穐楽夜の部のチケットをとってあったが、「勧進帳」だけでも幕見しようとしたが玉砕。この一回の観劇にかけた!席は3階東2列なので、上手側がほとんど見えないのが残念だが、その分、花道の芝居はしっかり見えるのが有難い。
【歌舞伎十八番の内 勧進帳】
今回の配役は以下の通り。
武蔵坊弁慶:仁左衛門 源義経:玉三郎
富樫左衛門:勘三郎 太刀持:鶴松
亀井六郎:友右衛門 片岡八郎:権十郎
駿河次郎:高麗蔵 常陸坊海尊:團蔵

勘三郎の富樫が鶴松の太刀持とともに登場し、名乗りを上げ始めると立派なので期待が高まる。ただし花道から登場の玉三郎の義経は凛として美しい。義経の衣裳も玉三郎版は違うと聞いたが、強力の紫の装束がこれまで見たものよりも薄手で光沢があるように思えた。
花道に義経主従が並んでの芝居だが、「いかに弁慶~」と語り出すと、仁左衛門の弁慶は膝をついて下になって聞いている。いつもの席では見えないこういうところが見えるのも嬉しい。玉三郎の立役の声の素敵さにもうっとり。
勘三郎の富樫は地方の侍の頭で熱血漢という雰囲気が漂う。そこに仁左衛門の弁慶は冷静に知恵をめぐらせている感じ。弁慶の台詞や行動は基本的に淡々としている。勧進帳の聴聞要請にも落ち着いて読み上げていくが、富樫が覗き込もうとすると気迫を爆発させて隙を与えない。そこで仁左衛門の気迫と勘三郎の気迫がぶつかる緊迫感で極まるところが素晴らしかった。
その高まりからまた抑えた調子の読み上げ場面に続き、山伏問答の場面へ。たたみかけてくる勘三郎の富樫に対して、落ち着き払ってニヤッと笑う余裕も見せながら見事な返答ぶり。仁左衛門の台詞は上ずらないので聞き取りやすく、言葉の意味もとらえやすいのであせらずに耳を傾けられる。

強力姿の義経が番卒たちに見破られて呼び止められ、四天王たちが騒ぎそうになって金剛杖で押しとどめるところの弁慶の芝居も大きい。ベテラン四天王たちの気迫をひとりで押し戻す力技。その上で弁慶は躊躇も見せずに義経を打ち据える。この主従の姿を見かねた富樫が顔を歪め、腹をくくって関を通すところの勘三郎が熱い。弁慶の辛さを慮って自分の命を捨ててもこの主従を助ける決断をした時にここまで熱い血を感じさせる富樫像を初めて見た。オーバーな泣き上げもちっともおかしくなかった。熱い富樫に落ち着いた弁慶という面白さ。

富樫たちが行ってしまったところで一転しての弁慶の脱力ぶり、義経に対する恐れいりぶりがメリハリが効いていてまたいい。玉三郎の義経は目立たぬようにジッとしていても主君オーラを放っていた。その義経が上手に動き出すと背の高い仁左衛門が身体を低く低くして飛び退って小さく小さく控える。仁左衛門弁慶の忠臣ぶりの対照が効いている。ここまで主従の絆の強さが浮かび上がる「勧進帳」は初めてだった。だからここからの「いかに弁慶~」からの場面がまたせつないのだ。

義経が兄のために戦に出てからの越し方を振り返り、行きかかるところへ富樫一行が非礼を詫びて酒をすすめにやってくる。
瓢箪の酒を注ぐ番卒をあしらいながら大杯の酒を飲み干す場面で落ち着いた中に愛嬌を見せ、長身が生きる延年の舞も目で楽しく追いかける。
その中に義経と四天王に早く行けとジェスチャー。玉三郎の義経が一心に小走りして花道を引っ込むところに哀れを感じた。
義経が背負っていた笈を自らが背負った弁慶が暇乞い。本舞台で見送る富樫たち。幕外になって富樫の決死の決断に深く感謝しての一礼。天を仰いでの一礼はいい具合に客席に広く一礼することになる角度なんだとあらためて気づく。

ツケが入っての六方は身体が止まっているうちは動きも大きく見事、見事。一歩踏み出してからは動きに重量感がなかったのは予想外。幕間にじっと考えて、仁左衛門の痩身を思い出し、そのせいかと一人納得(笑)

仁左衛門弁慶・玉三郎義経・勘三郎富樫の豪華配役をひとり勝手にゴールデントライアングルキャストと名づけて期待していたが、しっかり観ることができた幸せを噛み締めた。これは何かできちんと撮影・収録されているのだろうか?この記録が残らないのは歴史的損失ではないかと気になっているが、どうだろうか?
写真は公式サイトより今回公演のチラシ画像。
4/17昼の部幕見①「熊野(ゆや)」
4/17昼の部幕見②「刺青奇偶」
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08/04/17 歌舞伎座昼の部幕見②「刺青奇偶」


【刺青奇偶(いれずみちょうはん)】(作:長谷川伸)
今回の配役は以下の通り。
半太郎:勘三郎 お仲:玉三郎 鮫の政五郎:仁左衛門
荒木田の熊介:亀蔵 赤っぱ猪太郎:錦吾
半太郎の母親:玉之助 太郎吉:高麗蔵
あらすじは以下の通り。          
(序幕)生来の博奕好きで江戸を追われた半太郎は、下総行徳の船場で荒木田の熊介と争っていた傍で、身投げをした酌婦のお仲を救う。男に裏切られて売られを繰り返す人生を送ってきたお仲はとりあえず死ぬのをやめ、半太郎が自分の身体を代償に求めてくるだろうと見透かしている。ところが半太郎にその気がなくさっさと行ってしまうので驚き、これまでに会ったことのないような男の魅力を半太郎に見出し、後を追っていく。熊介が狭山での殺しをネタに半太郎をしつこくゆすってくる。半太郎は生きていくために熊介を斬るが、そこに半太郎の母親と従弟の太郎吉が半太郎を尋ねあてて来る。追っ手と誤解した半太郎はお仲と逃げてしまう。
(二幕)半太郎とお仲は南品川で所帯を持っている。半太郎は職を得てそこそこの収入があるはずなのに博奕が止められずに部屋の中はみすぼらしい暮らし。お仲は死の床にあるが、半太郎の二の腕に刺青を彫らせてとねだる。サイコロの刺青を見てお仲の真意に気づく半太郎は博奕を止めると誓う。
それなのに半太郎は賭場に出かけてイカサマを仕掛けて叩き出されている。鮫の政五郎が出てきて半太郎にイカサマのわけを尋ねると、恋女房のこの世の名残に家の中に調度品を飾り立ててやりたかったのだという。すると政五郎は丁半ばくちを誘いかけ、半太郎が半で勝つと小判のつまった胴巻きを投げてよこす。お仲の名を呼びながら家路を急ぐ花道の引っ込みで幕。

木挽堂書店の店頭で先代の勘三郎の半太郎に若かった玉三郎が刺青を入れている古い白黒のブロマイド写真を見つけた。玉三郎は綺麗だが少年のような顔をしていた。今は愛する男を心底想う女房の顔だ。当代の勘三郎も男っぷりがいいし、最高にいいコンビだと思った。

序幕の身投げから助けられた玉三郎のお仲の投げやりな様子がよかった。「熊野」との大きなギャップに客席から笑いが起こる。こういうコメディエンヌ?ぶりも魅力的だ。やりとりをするうちに半太郎の男気に引かれ、ついていくことで自分の人生を変えようと必死になっている姿に、観ている方もあせってくる。刺青の場面は本当にしんみりしてしまった。
賭場を叩き出された血まみれの顔の勘三郎にドッキリ。「熊野」の宗盛から一転してドスをきかせた低音をきかせた政五郎親分の仁左衛門の登場にワクワク~。少しの出番なのにここまでカッコいいのが嬉しい~。

観る前は名作ガイドブックなどで「どうしても博打を止めることができない悲しい男の業」のドラマというイメージを抱いていた。しかし刺青の後の博打は、死期の近い恋女房に何か大きなことをやってやりたいのに時間がないための大博打。抵抗感もなくすんなり受け止めることができた。走ってもお仲の死に際に間に合わないんじゃないかなぁ。せつない物語であった。さすがに長谷川伸だなぁ。

写真は「刺青奇偶」幕見のチケット売り場を売り切れのために閉鎖しているところ。

4/21の仕事帰りに夜の部の「勧進帳」だけ幕見に行ってみた。見事に玉砕。舞台写真を買う時にロビーに仁左衛門弁慶の声が聞こえてきただけでよしとしよう。それにしても人気高すぎ!明日の千穐楽一回だけだが、しっかり観ることにしよう。
4/17 昼の部幕見①「熊野(ゆや)」
4/26千穐楽夜の部①黄金三角の「勧進帳」
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08/04/17 歌舞伎座昼の部幕見①「熊野(ゆや)」


4月歌舞伎昼の部は13日のチケットをとっていたが見ることができなくなり、ピンチヒッターでくーみんさんが観てくださった。感謝m(_ _)m
しかしながら、どうしても観たいのが「熊野(ゆや)」と「刺青奇偶(いれずみちょうはん)」。月1回のカウンセリングの予定が入っていたので、その前に頑張って幕見することにした。そうでもしないと精神の安定が保てない。
【熊野(ゆや)】(長唄舞踊)
イヤホンガイドによると、この演目も明治の能取物を玉三郎が能に近づける演出で上演するシリーズの1作だろうとのこと。
今回の配役は以下の通り。
熊野:玉三郎 平宗盛:仁左衛門
従者:錦之助 朝顔:七之助         
内容は以下の通り。
熊野(ゆや)は遠江の国の池田宿の遊女時代に平宗盛に見初められ、都で愛妾となっている。遠く離れて住む母の病が重く生きているうちにもう一度会いたいという手紙を朝顔が使者として届けにきた。熊野は母の願いをかなえるために帰国の許しを宗盛に願い出る。ところが熊野を寵愛する宗盛は、美しい熊野を手元に置いておきたい一心でこれを許さず、清水寺への花見に一同で繰り出す。熊野は観音堂で母の快癒を祈るばかり。召し出して舞を所望する宗盛の前での熊野の舞は、母への思いがあふれていた。宗盛もその思いに打たれ、自らの執着を断ち切り、ついに帰国を許す。

これはこれは美形で揃えてきたなぁという配役にまず玉三郎のこだわりを感じた。それに玉三郎の能衣裳の美しさよ。イヤホンガイドによると通常の絹糸よりも細いもので1.5倍の量を使い、織機もこの衣裳のために復元して新しく作ったもので織り上げたのだという。模様は刺繍ではなく全て織りで出しているという。双眼鏡で目を皿にしてよく見るとなるほど、刺繍のように模様が盛り上がっていないので絹の光沢がなおさらに美しい。篠山紀信に撮影してもらった写真をポスターやチラシに組み込んでいるように思うが、それくらいしてもいい衣裳だ。
着付けも変わっているように思えた。「船弁慶」の静御前と違って壺折の着付けの下の着物は裾を引きずるようにしているのが面白いと思った。

玉三郎の熊野が病気の母を思って嘆く場面は今の私にはぐっと来てしまった。仁左衛門の宗盛は、熊野の母への思いを受けとめないで自分の気持ちを優先させてしまう我侭な嫌な男だと思わせない貴公子ぶり。熊野も自分を引きとめる宗盛の気持ちがわかるので強くは言えないという相思相愛ぶりにあてられる(^^ゞ

御前で舞う熊野だが、満開の桜が散る中で母への思いが募り、一首の歌をしたためる。「いかにせん都の春も惜しけれど、馴れし東の花や散るらん」
その短冊を読んだ仁左衛門の宗盛が、とてもつらそうに苦汁の決断をして熊野に帰国を許すその表情を見ていたら、思わず落涙(このお役のお顔は13代目さんを彷彿としてしまってDNAを痛感。ただ、夜の部の弁慶で喉を酷使するせいか、宗盛役の高い音遣いが少し苦しそうだったのがちょっと残念ではあった)。
宗盛の気が変わらぬうちに帰国の途につき、花道で愛する宗盛を振り返る熊野。舞台中央で見送る宗盛。熊野が京に戻らぬうちに平家は凋落してしまい、これが最後の別れになったとイヤホンガイドで聞き、なんというせつない話かとまた涙腺がゆるんでしまったのだ。

舞台装置、長唄お囃子連中も素晴らしく、玉三郎ワールドを見逃さずにすんだことに感謝の気持ちでいっぱいになった。

写真は歌舞伎座幕見のチケット売り場の掲示。「熊野」は立ち見だったが「刺青奇偶」からは席を確保できたので歌舞伎そばを食べに一階までダッシュ。その時に「刺青奇偶」のところに「売切」の貼紙がされていた。歌舞伎そばも現在は休日に営業していないので実に久しぶりに食べることができた。

4/17昼の部幕見②「刺青奇偶」
4/26千穐楽夜の部①黄金三角の「勧進帳」
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08/04/22 「闘う三味線」で気合を入れて


一日仕事に復帰して翌日は自宅マンションの消防設備の点検もあり、年休をとる。
消防設備の点検の後、実家の関係の問い合わせや手続き関係に着手。

娘を起こしてのブランチ時に、届いたばかりのDVD「闘う三味線 人間国宝に挑む~鶴澤清治~」を観て気合を入れる。やはり今の私には太棹三味線の音は有難い。鶴澤清治リサイタルでの素浄瑠璃「壇浦兜軍記 阿古屋琴責の段」の住大夫と綱大夫の語り、鶴澤清治の三味線、清二郎の琴や胡弓の音に癒される。
(頑張った自分への褒美としてついに「人間国宝ふたり ~吉田玉男・竹本住大夫~」とともにアマゾンで購入。26%引きも大きな魅力。)

自宅の近くに全労災の県本部も一昨年に移転してきているので、火災共済についてもわかりにくいところを確認しながら手続き書類を作成できた。委任状を持ってこなかったが、郵送なら大丈夫なので後から書類を仕上げて投函。もう一ヵ所の書類も投函。

二人で実家に回り、妹たちと合流(妹2は週3日の人工透析の合間を縫ってきてくれている)。二人は風邪をひいたらしい母を医者に行かせ、テキパキと片づけをこなす姿に敬意を払う。私は口と文章を書く方の要員(^^ゞ娘は父が残した本の分別担当。まぁ適材適所ということでいいんじゃないかな(笑)
食事をして帰ってきたが、クタクタだ。

今日は朝から未成年者の死刑判決でTVも集中的に注目した報道をしていたが、帰宅してネットで最終的に確認。国連では日本に死刑廃止勧告をしているというのに世界の流れとは別のところにあるようで、今の日本にまたしても溜息。
最近、NHKの『みんなのうた』で「クリスタル・チルドレン」という歌を聞いた時に死刑と戦争の関係についてひらめいてしまっていた(ネット検索して見つけた記事をご紹介→こちらへ)。
♪~憎しみも涙に代えて 許せる勇気持って生まれてきたんだ♪~
遺族感情とかを考慮して厳罰主義をとることは、私はやはり違うと思っている。死刑を廃止している国は戦争にも慎重なんじゃないだろうか。死刑に代わる終身刑をつくって死刑を廃止するべきというのが私の持論だが、きっとそういう罪人を生かして一生罪を償わせるシステムをつくれるかどうかは、社会の成熟度の違いによるのだと思う。そういう国の実情を知りたいと今回の判決でまたまた痛感。

父を見送った中でもいろいろ感じ、人間というものについて考えることができた。さぁ、元気を出して、明日から仕事に本格復帰といこう。

写真はDVD「闘う三味線」。
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08/04/20 父の十日祭

神道では「初七日」ではなく、「十日祭」といい、4/20がその日にあたる。まぁ告別式→火葬の後、十日祭まで連続してやってしまったので、4/20は特に何もしなかった。(「火葬」は「ひはふりの儀」と神主さんが言っていて、日本の古語なのかなぁと思って聞いていた印象も残っている。)妹1が「今日が十日祭だねぇ」と言出だしたので思い出したような次第。

名古屋の自宅に戻っていた妹1も4/19にはやってきて、20日は妹2とそのツレアイで実家の片付けに追われた。夫婦揃っていた時は自分たちで片付けるから大丈夫と頑張っていたが、結局は体調も悪いし身体が動かないしで、ため込む一方になっていたのを子どもたちが片付けるしかないのだ。

私が実家に泊り込んでいる間、娘には自宅で一人で頑張ってもらっていた。洗濯は途中で一度帰宅した私がやるハメになったが、食事は自分でやっていたのでその点はほめてやらねばなるまい。

晩に自分の家に戻ってきて、洗濯その他に追われ、早く寝ようと思ったがなかなか寝付けない。そのうちに最後に父に会った時にもっと話をする時間をとればよかったなぁと後悔の念が湧いてきて思わず泣いてしまう。睡眠導入剤を追加して強制睡眠。

父の突然の死去に驚かれてのご質問もあったので、以下に少しご報告。
東京に通勤していたので三井記念病院に腎臓結石やらなにやらで長く定期的に通院。3年前に脱水症状で倒れた時に入院した自宅近くの大学病院にも最近の不調でまた通院を始めたところだった。毎週どちらかに通院という状態だったようで、付き添った母も身体がきつかったらしい。
前日も三井記念病院に行って、もう遠くて通えないので近くの大学病院への紹介状を書いてもらうように頼み、長い時間待って受け取って帰宅。疲れて入浴もできずに就寝。父は毎日風呂に入りたい方なので、翌日は疲れているようだったので母がやめるように言ったにもかかわらず、自分で風呂を沸かして入った。
一戸建ての実家は1階に風呂とかアトリエにしていた部屋があり、2階に台所や部屋。母が食事の支度中に父が入浴するので毎回途中で「お父さん、大丈夫?」と声をかけていたという。その日はいつもより声かけのタイミングが遅くなって母がかけた声に応答なし。あわてて階下に下りたら風呂から上がって身体を拭いた後に倒れていたのを発見。人工呼吸をしたら少し息を吐いて薄目を開けたが意識は戻らず。救急車を呼んでかかりつけだからと大学病院へ運んでもらった。救急車内でもAED処置、病院でも30分くらいは蘇生処置を受けたがついに意識が戻らなかった。
「お父さん、何か言ってよ」と耳元で大声で呼んでも何も言葉をかけてもらえなかったと母は何度も泣いたのだ。

これまでは月一回くらい両親に顔を見せてきた。今年に入ってから父は、自転車で道路の杭状のものにぶつかって転んで足を傷めて以来、散歩ができなくなってしまったと言っていた。運動不足からか胸が苦しいということであちこち通院し、大学病院に通い始めていたところだった。足にむくみが来てしまい、4/16に検査予約も入っていた。
検死をした女医さんには「倒れてまもなく脳死状態になっていたようなので奥さん孝行の亡くなり方をされたのですよ」と言われた。苦しんだ表情もなかったので、それは救いだった。突然に亡くなることのいい面とつらい面。ガンなどで衰弱していきながらも、本人も周囲も覚悟を固めながら死を迎えることのいい面とつらい面。どちらの亡くなり方も両面があると母親に話をしている。
母は「家族に手を握ってもらって往生したい」といつも言っている。「それならお母さんは一週間くらい寝込みなさいね。そうしたら皆で看取ってあげるから」と言ってあげた。
両親を先に見送るということは子どもの大きな仕事だとかみしめる日々が続く。
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08/04/19 実家に泊り込みが続く


実家に泊り込みながら、いろいろな手続きに追われている。戸籍と住民票の二本立て管理の国は多くないと聞いていたが、死亡届けにすぐ連動するのは戸籍で住民票への反映には一週間はかかると聞いて驚いた。それでも後者が必要な遺族年金の手続きまで金曜日に終えることができた。
どうやら風邪をひいたようで喘息とあいまってひどい咳で長く寝られなくなる。今日は新宿に出かけるので四ツ谷の職場近くの耳鼻科に吸入してもらいに行き、少しラクになった。写真の駅前の枝垂れ桜も今日は既に葉桜。季節は移る。
この記事も帰りの電車内で携帯からアップ。
(追記)
冒頭のソフトバンクの携帯の絵文字はやはり化けてしまっていて「〓」となっていた。gooブログの絵文字にも携帯絵文字というのが増えたが、ソフトバンクとは違う。ドコモの絵文字なのかな?
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08/04/17 父の見える子、見えない子


父の通夜・告別式も無事にすませました。お悔やみコメントやメールをいただいた皆様にこちらで感謝の意を表します。有難うございましたm(_ _)m

さて、父方の家は神道で、これまでも親戚の神式の葬儀に参列した経験はあったので神主さんの祝詞には違和感はないが、「かしこみかしこみ」くらいで何を言っているのかほとんど聞き取れなかった。事前に調書を書き、祝詞を筆で書いている時にそれを補う聞きとりもされたが、故人のいいところを神様に伝えて迎え入れてくださいということを奏上するのだと聞いて期待が高まった。はたして今回の神主さんはとてもいいお声ではっきりとわかる祝詞をあげていただき、家族一同満足できた。

それと神式の場合、祭壇に海の幸山の幸を飾るが、野菜や果物(立派なメロンやパイナップルもあり!)やスルメなどはお持ち帰り~になったので、大根の味噌汁にしたり、胡瓜も味噌をつけてしっかりいただいている。

さて、今日のタイトルの内容に移る。
父本人が厚紙に書き出した電話番号リストが電話の近くにあったので、これまでおつきあいいただいた各方面のリーダーさんに電話連絡できたし、近所には母と一緒にご挨拶に回った。それにしても御通夜には予想以上の参列者で家族一同驚いてしまった。すると父が恥ずかしそうに笑っていると妹1が言う。遺影がそのように見えたのだと聞いていたが、後から聞くと遺影の脇辺りにもう一つ顔が見えたのだというのでびっくりしてしまった。
母と妹1にはラッピングの音が聞こえることがけっこうあるとか、霊感の遺伝があるらしいと聞いてはいたが、たいして気にもとめていなかった。
そして葬儀では、ふらつく母を心配そうに見つめている父が見え、妹が母を助けてと念じるとスーッと脇にきて支えてくれたのだという。母はそこでは父の姿を見ていないが、その時に身体が軽くなったという。そして雑魚寝の孫たちの隣に寝ている姿は見たと言っていたし、ふたりの霊感体質をあらためて見直すことになった。

私と妹2には父の姿は全く見えない。どちらかというと理屈っぽい方なので雑念が多くて素直に見えないだけなのかもしれない。
なお、私は無神論者ではあるが、霊界とかの存在は否定はしない考え方である。科学で解明されていないことなんて、まだまだいっぱいあるので、証明されていないだけのことじゃないかという感覚だ。だから、父の姿が見えるという母や妹の話にも全く抵抗がない。
一回くらいは私にも姿を見せて欲しいので、そのように遺影に頼んでしまっている。その願いはかなうのだろうか。せめて夢にでも出てきてくれると嬉しいと思うのだが、どんなもんだろうか。

写真は、父が亡くなる日に褒めていた近所のライラックの満開の様子。
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08/04/10 父が亡くなりました(4/12追記)


映画「覇王別姫」を見始める直前に妹2から連絡があり、駆け付ける途中で亡くなったという電話が母から入りました。
運ばれた病院で検死とかもあったので先程やっと対面できましたが、安らかで仏さまのような顔をしていました。きっと私達家族をを見守ってくれていると思います。
この記事は携帯から書きました。しばらくブログをお休みします。

(4/12追記)
三人姉妹の長女ですので仕切りながらも、妹たちやその家族の全面協力で準備を整え、喪服をとりに自宅に戻ってきました。
お悔やみコメントやメール、お電話もいただいていて、皆様、励ましのお言葉有難うございます。昨日が友引でしたので今日4/12の午後5時から御通夜、明日13日の午後1時から告別式です。父は20年近く町内自治会の副会長をつとめてきたので、13日は町内自治会総会が午前中にあるので時間を調整して現役の役員の皆さんにもご参加いただけるようにしました。
また退職後に始めたステンドアートの作品も会場に飾ることにしています。
大正15年(1926年)6/8生まれで81歳10ヶ月でした。
今の天皇の成婚(1959年4/10)にあやかって(時代の気分がわかりますね)日を合わせて挙式したので、なんと結婚記念日に亡くなったのでした。
それでは、通夜→告別式と頑張ってまいります。

写真は父のステンドアートの絵「蔵王御釜遠景」を再掲。
父との最後の旅行
父のピアノその後日談
父の作品
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08/03/26 三月大歌舞伎千穐楽夜の部②「鈴ヶ森」「京鹿子娘道成寺」


千穐楽夜の部前半の「鈴ヶ森」「京鹿子娘道成寺」を続けて書こう。
【御存 鈴ヶ森】
「鈴ヶ森」は2004年12月に七之助・橋之助で観たのが初見。
今回の主な配役は以下の通り。
白井権八:芝翫 飛脚早助:段四郎
東海の勘蔵:左團次 北海の熊六:彦三郎
幡随院長兵衛:富十郎
あらすじは松竹のサイトからほぼ引用。
東海道品川宿に近い鈴ヶ森を通りかかった飛脚の早助を、東海の勘蔵や北海の熊六ら雲助たちが取り囲み、その身ぐるみを剥ぐ。すると早助は勘蔵たちの仲間にしてくれと申し出て、まもなく鈴ヶ森を通りかかる、お尋ね者の白井権八を捕らえたら、褒美の金が貰えることを教える。やがてここに当の権八が現れるので、雲助たちは打って掛かるが、権八はこれを切り倒していく。
この様子を駕籠の中から窺っていた侠客・幡随院長兵衛は、権八の働きに感心し、自らが権八を匿うことを申し出て、江戸での再会を約束して別れる。

富十郎はともかく芝翫の前髪姿なんてと思っていた。ところが幕開きから雲助もなんだか豪華キャスト。権一に「山崎屋」なんて大向こうがかかっているのを初めて聞いたし、和尚には菊十郎が渋い声を聞かせてくれる。飛脚早助も段四郎が初役で出るし、これは期待できるかな?!
芝翫の権八、七之助の声と見栄えは最高の権八とは比べ物にならないが、なんのなんのちゃんと若者に見えた。さすがに芸の力だと思った。権八が雲助たちをスッパスッパ斬っていく場面も動きが美しい。また2回目でもあり、仕掛けをじっくり観察して楽しんだ。富十郎の長兵衛も駕籠から出てくるところが心配だったが大丈夫だった。声も朗々と響いて満足。
おふたりの人間国宝共演の舞台はベテランを揃えた舞台だった。今回を見逃さないでよかったよかった。

【京鹿子娘道成寺 道行より押戻しまで】
今回の主な配役は以下の通り。
白拍子花子:藤十郎 大館左馬五郎照秀:團十郎
所化:翫雀、扇雀、進之介、孝太郎、愛之助、壱太郎、虎之介、吉弥、ほか
坂田藤十郎の喜寿記念、さらに藤十郎の歌舞伎座初の「娘道成寺」ということで上方歌舞伎役者たちが勢揃い。押戻しで團十郎がつきあうが、この2つの大名跡が東京で揃う興行は今回が初めてだという。

参考:ウィキペディアの「京鹿子娘道成寺」はこちら
道行で藤十郎の花子は京鹿子の衣裳で出るということを聞いていたので視界に入ってすぐチェック。小豆色というのかなんというのか綺麗な色に可愛い模様の衣裳が気に入った。とにかく藤十郎の娘姿ってなんて可愛いのだろう。動きも喜寿とはとても思えないほどしっかり踊っているし、さすがだ。「合邦」の玉手御前で藤十郎の魅力にめざめている私。しっかりと喜寿の花子を堪能。幕間に京鹿子衣裳の舞台写真を買ってしまった(写真だとちょっと色の感じがうまく出てないのが残念だったが)。

道成寺の所化たちに上方勢を揃えたと聞いていたので上方の台詞回しを期待したがそれはなかった。ほとんどが東京に住んでいるようだし、うまく上方言葉が揃わないのかなぁと推測してしまった。藤十郎の孫・虎之介のマイマイづくしは堂々としていて立派(息子たちを超えてしまうかもとか勝手に想像)。

鐘入りして後シテとして登場した藤十郎の鬼女姿も立派。二段上がって極まるところでちょっと足取りがふらついていたが、これを25日間踊り抜いたんだよなぁと絶賛してしまう。

團十郎の左馬五郎照秀はさらに大きく立派でこれなら鬼女の力を抑え込めると納得できる。最近の團十郎の気迫は凄い。「歌舞伎の花の押し戻し」って自分で言っているのが以前は可笑しく感じたが、今回はもう「その通り!」って合点の気分だった。

この舞台も見逃さなくてよかった!!

写真は3月イヤホンガイド『耳で観る歌舞伎』表紙の藤十郎の花子を携帯で撮影。
3/26千穐楽夜の部①「お祭り佐七」
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