07/10/14 歌舞伎座十月昼の部①「赤い陣羽織」

【赤い陣羽織】
木下順二の作品というが、「彦市ばなし」や「夕鶴」の原作者という以外にほとんどわからないので検索。
ウィキペディアの「木下順二」の項はこちら
なぁるほどシェイクスピアを専攻していたのか!今読んでいるちくま文庫『オセロー』の過去の上演史のところで木下順二訳での上演もあったのが納得。そういう人の脚本はしっかりしているはずだ。

今回の配役は以下の通り。上方の歌舞伎役者に錦之助が加わった顔ぶれ。
おやじ:錦之助 女房:孝太郎
お代官:翫雀  お代官の奥方:吉弥            
お代官の子分:亀鶴
あらすじは公式サイトをほぼ引用。          
「風采はあがらないが人のいい百姓のおやじと、美人で気だても頭もいい女房。不釣り合いながら仲のよい夫婦の前に、顔がおやじによく似た土地のお代官が現れ、おやじを捕らえると、その隙にかねてから岡惚れしていた女房をわがものにしようとします。
やっと逃げ出したおやじが家に戻ってきてみると、炉端に、いつもお代官が着ている赤い陣羽織が脱ぎ捨てられているではありませんか。ついに女房は…と思い込んだおやじは、今度は自分がこの赤い陣羽織を着てお代官になりすまし、その奥方を襲って復讐を遂げようとします。・・・・・・」

百姓屋の中に馬小屋があるというのは南部曲屋だけではないのかなと認識が低くて恐縮。子どももいない夫婦のくらしに農耕馬の孫太郎は家族同然の存在らしい。
芝居の中でも孫太郎が重要な役割を果たすような設定になっている。
錦之助のおやじと孝太郎の女房は喜劇味を頑張って出していた。ただし頑張って出しているようにまだ見えるので、もう少し軽妙さが出せるといいなぁと思った。錦之助のおやじでよかったのは、お代官の陣羽織を着こんで袴もめちゃくちゃな履き方をして屋敷に乗り込んだものの、結局は腰がひけて何もできなくなっているという情けない姿。錦之助は情けな~いキャラが似合う。こういうところに女房はほだされて惚れるているんじゃないかと思えてしまった。鋤でお代官を撃退できてしまうような逞しい女房にはぴったりなおやじだ。

翫雀は「NINAGAWA十二夜」の安藤英竹がよかったので、お代官も期待したのだが、まぁこんなもんかなぁという出来。百姓の女房が美人だから手を出そうという助平さが足りない気がした。
亀鶴の子分は○。吉弥のお代官の奥方は◎。腰元たちを従えて夫であるお代官にお灸をすえる趣向がカッコよく決まった!!

民話劇調ではあるが、スペインのアラルコンという作家の「三角帽子」の翻案で、「民衆が権力者をひっくり返す」というテーマに引かれて木下順二が笑劇に仕立てたのだという(どうやら「歌舞伎美人」の説明文は間違っているようだ)。新劇での上演ではそのテーマをくっきりさせているのだろうけれど、歌舞伎で上演する際はそういうテーマ性は薄くして喜劇として上演されてきたのではないかと推測。

歌舞伎座では昭和36年に先代の勘三郎のお代官で上演して以来というから、けっこう難しい芝居なのだと思う。先代の勘三郎では映画化もされたというし、やはりお代官の役者の強烈な個性が欲しい作品だ。
今回は10月の「芸術祭」とはいえぬ、「文化祭」といった感じの仕上がりだったような気がした。最後に辛口をきかせて恐縮至極(^^ゞ
写真は歌舞伎座前の垂れ幕。
10/14昼の部②藤十郎の「恋飛脚大和往来」
10/14昼の部③玉三郎×愛之助の「羽衣」
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07/10/28 NHK古典芸能鑑賞会第1部「芸競四季粧」


第1部は「芸競四季粧(わざくらべしきのよそおい)」と銘打って、義太夫→狂言→歌舞伎舞踊を見せる。
【義太夫「関寺小町(せきでらこまち)」】
四季を描いた義太夫の景事(舞踊)「花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)」の秋の一場面。それにひっかけたタイトルを第1部につけたのだろう。年老いた小野小町が秋の月の光の下で自らの落魄を嘆くという内容。
浄瑠璃:竹本住大夫
三味線:野澤錦糸
ツレ:鶴澤清志郎
小鼓:堅田喜三久
笛:中川善雄
能の「関寺小町」を題材としているということで三味線だけでなく小鼓と笛が加わっている。小鼓の堅田喜三久氏(こちらも人間国宝とのこと)の演奏されない時にじっと目を瞑っている風貌がなぜか住大夫の語る百歳(ももとせ)の小町のイメージを彷彿とさせてしまい、思わずじっと見入ってしまった。背景にすすき野原と大きな月がかかり、いつもの義太夫の語りと三味線に小鼓と笛というのは、とても深遠な気分になってうっとりと聞き惚れた。
百歳まで生きて老醜をさらすことになったのは深草少将の百夜通いの想いにこたえなかったせいだと悔やむ小町の気持ちは、姿形が形が変わっても女の心がみずみずしく生きているのだなぁとそれも感じ入った。

【狂言「蚊相撲(かずもう)」-和泉流-】
狂言は今年の「夏休み親子のための狂言の会」でデビュー。そこで買った『狂言ハンドブック(三省堂)』で予習。流派によっていろいろ違うようだ。そしてプログラムに、狂言でいう「大名」とは大名田の主ということで数名の家来を持つ程度の在地領主なのだと書いてあったのが有難かった。「大名」のイメージがようやく明確になった。
話の内容は以下の通り。
大名が新しい使用人を召し抱えることにして太郎冠者を使いに出した。太郎冠者が街道筋で見つけて連れてきたのは人間に姿を変えた蚊の精。相撲をとってみせることも使用人に期待されることだったようで、大名はさっそく相撲を所望する。ところが蚊の精は相撲の最中に大名の血を吸ってしまう。そこで大名は相手の正体を見破るが、そのことを相手に気づかれないように勝てるように知恵を絞った。次の取り組みでは大きな団扇で扇ぎ(和泉流のやり方)、蚊の敏捷な動きを封じて勝つ。次には蚊が大名を倒して飛び去られてしまう。負けて悔しい大名は太郎冠者に八つ当たりして、蚊のまねをして去っていく。
蚊の精がつける面の「うそふき」は夏の狂言の会の時のお面の体験コーナーにあったので、次回はつけてみたい。蚊の羽根をイメージできる薄衣をハタハタと動かす様は本当に蚊のようだし、戦闘モードに入る時に紙縒りを細くすぼめた口の部分にさすのが可笑しいし、団扇に煽られてフラフラしてしまう様もかなり滑稽。夏には上演頻度が高い作品のようなので、また別の流派でも観てみたい。
人間国宝の野村萬の笑顔は観ていて幸せな気持ちになれる。息子の万蔵との親子共演は夏の狂言の会でも拝見している。お元気に頑張っていただきたい。
大名: 野村萬
太郎冠者: 野村扇丞
蚊の精: 野村万蔵

【舞踊】
上「傾城」 下「半田稲荷(はんだいなり)」 長唄囃子連中
立方: 坂東三津五郎
こちらも手持ちの「舞踊事典」で予習した。「半田稲荷」はわかったが、「傾城」はいろいろあるらしく、どれかわからず。結局は事典になかった「初雁の傾城」だった。 
文化文政期の舞踊の名人、三世坂東三津五郎が初演した作品とのこと。今回の上下は豪奢な傾城と、半田稲荷へ代参する軽妙酒脱な願人坊主を早替りで踊った。
つなぎを三津五郎の娘ふたりが新造姿で踊る。父との初共演という。なかなか可愛かった。こういうのを観ると父の「鏡獅子」で胡蝶でふたりを踊って欲しくなった。歌舞伎座等では無理だろうから、今回のような場でやってもらったらいいのにと思った。

三津五郎が「京鹿子娘道成寺」を踊ったのをTVの録画で観たが、家元の踊りの域を出ていないと思った。しかし今回の傾城はよい。三津五郎の笑顔の女方の表情は愛嬌もあって可愛らしく遊女の風情にぴったりする。
後半の願人坊主の赤ずくめの姿も目をひいてよい。半田稲荷は子どもの疱瘡や麻疹にご利益があるということでその願人坊主は赤ずくめということだった。子どもが疱瘡や麻疹にかかっても死なずに軽くすんでほしいというのは当時は切実な願いだったことだろう。だからお金を払っても代参してもらうわけだ。背中に赤い人形(飛騨の「サルボボ」人形のよう)をおぶって登場し、途中はおろして抱いてあやしたり、お面をつけて踊ったりと前半とは打って変わったひょうきんな踊り。
こういう変化を楽しむ変化舞踊が人気だったのもよくわかる。三津五郎の踊りの達者なところを十分に楽しむことができた。

写真は、NHKホールのロビーに掛かっていた幕。毎年掛けているのかな。
【第2部 歌舞伎】「寺子屋」の感想はこちら
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07/10/28 NHK古典芸能鑑賞会第2部「寺子屋」


「NHK古典芸能鑑賞会」は今回が初めて。チラシ画像にもあるように今回の演目は義太夫→狂言→歌舞伎舞踊→歌舞伎「寺子屋」という魅力的なものだったので迷わずにチケットGET。NHKホールも今回デビュー。これが紅白歌合戦の会場なのかと大きさに感じ入る。順番は逆だが、第2部から感想アップ。
【菅原伝授手習鑑 寺子屋】
寺子屋は二回目。初回の感想は以下の通り。
昨年の秀山祭「寺子屋」(幸四郎・吉右衛門共演)の感想はこちら
さて、團十郎が松王丸を十数年ぶりに演じるのが大きな話題だった今回の「寺子屋」、どうだったか。
今回の配役は以下の通り。
松王丸:團十郎 松王丸女房千代:魁春
武部源蔵:梅玉 源蔵女房戸浪:芝雀
春藤玄蕃:市蔵 延くり与太郎:男女蔵
小太郎:原口智照 菅秀才:玉太郎
園生の前:右之助

国立劇場の歌舞伎鑑賞教室でもそうだが、今回も舞台の上に電光掲示板があって字幕が出た。台詞の部分はなかったが、義太夫部分がきちんと字幕で読めるのでずいぶんとわかりやすい(歌舞伎座も建替えられたら字幕の装置を是非に入れて欲しいと思っている)。竹本喜太夫の大熱演も好ましかった。
梅玉の源蔵は口跡もよく、芝雀の戸浪との身替り首についてのやりとりもよかった。特に芝雀の顔の拵えがいつもよりも気丈な感じで小太郎を身替りにする時の苦悩を振り切る表情が一瞬鬼のようにも見え、忠義を貫くために慈悲心を捨てたのだなぁと痛感させられた。
子役のふたりは小太郎にベテラン子役の原口智照、菅秀才に御曹司の玉太郎。玉太郎は頑張っているのだろうがちょっと品が感じられない。逆にもできないのでまぁ仕方がない。
團十郎の松王丸はもう本当に登場から大きな存在感。役者絵のような顔を本当にするので見ていて気持ちがいい。
ただ、首実検のところはあんなに躊躇するのは常の型なのだろうか。あれでは春藤玄蕃がじれるというよりも疑いを抱きそうな感じがした。春藤玄蕃が首桶を開けて松王丸につきつける。吉右衛門の時はどうだったかなぁ。よく覚えていない。プログラムにあった写真では團十郎の松王丸の前に春藤玄蕃が首桶を差し出しているので、少なくとも團十郎は前もそのように演じたのだろう。刀を抜いて(当初「持って」と書いていたのを訂正m(_ _)m)源蔵につきつけるのも市川家の型らしい。長く観ていくうちにそういうのもわかってくるのだろう。
(追記)「松王丸の<刀抜き>の首実検」ということで梅之さんのブログに記事があったのでご紹介しておきたい↑。

ピンチをしのいだ源蔵夫婦のところに小太郎の母が迎えにきて源蔵に挨拶。小太郎をさがすので源蔵は母ももろともにと斬りつけるが、そこで小太郎の母の覚悟を知り、松王丸も再登場。
やはり一度目の観劇よりもそれ以降の嘆きの場面は深く味わえた。そして團十郎の松王丸の嘆きの表情の変化が大きいのがいい。魁春が抑え目なのもバランスがいい。
初回は義太夫の「いろは送り」も聞き取れなかったので、詞章のよさも味わえなかった。字幕でしっかり確認し、役者の芝居とからむのを楽しめた。やはり丸本物は義太夫がしっかりわかると味わいが深くなる。白装束になって野辺の送りに出る松王丸夫婦と見送る源蔵夫婦と主の母子。絵面に決まっての終幕もせつなく美しく決まって、満足に観終わった。
園生の前が右之助だった。今年の秀山祭の「身替座禅」の小枝の若々しさに驚かされたので、今回が園生の前でも違和感全くなし。さすがのベテラン芸だ。男女蔵の延くり与太郎と山崎権一の父という組み合わせも楽しかった。

幕間には六条亭さんともお会いできた。終演後はyukariさんとさちぎくさんと3人で東武ホテルのレストランで御飯を食べながらおしゃべり。さちぎくさんのブログで「海老蔵が着る寺子屋・松王丸の着付け羽織を作っている」という情報が載ったこともあり、いつ着て舞台に立つことになるのかなぁという話題も出た。ベテランの舞台、若手の舞台、両方とも楽しめるのはつくづく幸せなことだと思う。
【第1部「芸競四季粧」】の感想はこちら
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07/10/27 台風の中、娘が新バイト初出勤!


耳鼻科で出された薬はすごく眠くなる。朝晩2回で処方されたが、眠くなるようなら夜だけにしていいと言われたが、睡眠導入剤もいらないくらい眠くなる。あまり早く寝ようとするので娘が驚いてしまうくらいだ。さっそく夜だけ薬を飲むようにした。

やはりちゃんと寝ることが一番大事なようで、ずいぶんとラクになってきた。
*お見舞いコメントをいただいた皆様、有難うございました。先ほどお返事コメント入れさせていただきましたm(_ _)m

しかし、もうひとつ薬の副作用があった。利尿作用があるようで、寝ている間に何回かトイレに起きてしまうのだ。これにはちょっと驚いた。
昨晩は寝付くあたりで何回も行ったのでなかなか深く寝入ることができなかった。しっかり寝ても朝も一回。それから寝たら目覚めたらもう昼だった。
さすがに腎臓に負担になったようで、腎臓の後ろの背中が張ってしまって痛くてたまらない。電気アンカを出してきて温めたり、マッサージャーでほぐしたりしてようやく動けるようになった。

さて娘だ。胃カメラの検査で特に問題もなかったら新しいバイトの出勤日を繰り上げて欲しいという職場の要請もあり、ついに本日から出勤!
夕方からのシフトなので大騒ぎして台風の雨風の中で出かけていった。1日5時間週5日のシフトにしっかり組み込まれているという。隣駅のショッピングモールなのだが電車賃は出ない。娘は時給がいいので気にしていないようだ。同世代のスタッフが多い職場なので少し緊張しているという。これもいい経験だ。
おなかの痛いのは解消されていないが最近増えているという「過敏性腸症候群」ではないかと推測している。ストレスからくるらしいが、それもいろいろな検査で問題がないということを確認してからそういう治療に入っていくらしい。次の検査も入っているが、そういう病気ともうまくつきあいながら、自分で決めてきた仕事も頑張って欲しい。

私は明日は「古典芸能鑑賞会」でNHKホールデビュー。昼までしっかり休んで出かけていこう。
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07/10/20 錦秋演舞場祭り・勘三郎の「俊寛」


【平家女護島 俊寛】近松門左衛門 作
これまでの俊寛は幸四郎、吉右衛門で計3回観た。
幸四郎の俊寛の感想はこちら
吉右衛門の俊寛の感想はこちら
勘三郎の「俊寛」は初めて。若いエネルギッシュな俊寛という評判をあちこちで見受けた。確か市川右近もそういう役づくりで演じていたはずとネット検索したらやはりそういう記事があった(→こちら)。「俊寛はおじいさんというイメージがあるが、史実上は30歳代後半。エネルギッシュで良いし、その方が喜怒哀楽の機微がはっきりする」とあった。そういう視点で観ると抵抗がなくなるかと思えた。
また、義太夫物は床本を探せというのを最近の鉄則にしているので検索してみつけた(→こちら)。歌舞伎ではふだん上演されない前段の「六波羅の段」と「鬼界が島の段」が紹介されている。俊寛の妻のあづまやが清盛入道の相手をするのを拒んで自害ののちに首を打たれたところを読んでから、「鬼界が島の段」にあたる部分を観ることができたのは効果が大きかった。

今回の配役は以下の通り。
俊寛僧都=勘三郎 平判官康頼=亀蔵
丹波少将成経=勘太郎 海女千鳥=七之助
瀬尾太郎兼康=彌十郎 丹左衛門尉基康=扇雀
直前に用意した床本テキストの「鬼界が島の段」への目通しは途中までとなったのがなんとも間抜け。まぁ前半の清太夫の置き浄瑠璃が聞き取れたのでよしとしよう。

やはり勘三郎俊寛は30歳代後半の人間が流人となってやつれているという感じがした。成経と海女千鳥の結婚を祝うところで妻のあづまやを想うあたりには色気も漂う。勘太郎・七之助のコンビもお似合いだ。亀蔵の康頼もこういう正統派の元公家役というのも実にいい。彌十郎の瀬尾太郎兼康、扇雀の丹左衛門尉基康の赤っ面・白塗りも実に好演。座組みのバランスのよさが生きている。
成経、康頼だけしか清盛の赦免が出ずにふたりが俊寛に対して申し訳ない思いで見つめるところも亀蔵・勘太郎の腰を折って俊寛を下から窺う様子がよかった。重盛の憐憫で俊寛が備前まで戻れるという赦免状はかなりもったいぶって扇雀の丹左衛門尉が読み上げるのだが、まさに芝居がかった運びで近松の脚本の上手さを感じてしまう。
しかしながら彌十郎の瀬尾から妻あづまやの死を知らされた俊寛は京に戻る意欲を失い、千鳥を自分の替わりに船に乗せて若いふたりの恋を成就させてやろうとする、その心意気の熱さを勘三郎が熱く演じるのも見ていて気持ちがいい。
七之助の千鳥は初日近辺で声が出ていないという情報があったが、私の観た20日にはずいぶん回復していたようで、クドキのところも語尾がちょっとかすれたくらいだった。普通の場面はなかなかいいと思ったのだが、クドキのところの動きのおかしさはあれは人形ぶりのし損ないなのかなんなのかがよくわからなかった。とにかくあの動きはちょっと見苦しかった。要研鑽!
俊寛と瀬尾の立ち回り。ここでの千鳥の助っ人ぶりはなかなか微笑ましくてよかった。ついに俊寛は瀬尾を殺して自ら罪人となって島に残り、千鳥を替わりに船に乗せることを丹左衛門基康の認めさせる。
船は島を出て行き、その姿が小さくなるのを声を限りに見送って、残った瞬間の思いだけは船に飛んでいってしまったような表情…。ここはそれまでの熱演から一転しての場面。ここらへんもなかなかよかったので、今回の「俊寛」は期待以上の満足度だった。
今月、東京の3劇場で競演状態の「俊寛」。国立の幸四郎は見送り。前進座の梅之助の「俊寛」を11/5に浅草公会堂で観る予定。
写真は今回の公演のチラシより勘三郎俊寛のアップ画像。
10/20昼の部「三人連獅子」の感想はこちら
10/20昼の部「人情噺文七元結」の感想はこちら
10/19夜の部「寝坊な豆腐屋」の感想はこちら
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07/10/24 風邪治らず......

先週ひいた風邪が治っていないことが判明......。気合で非日常の連続の日々を乗り切っていたのでよくなっていないが、寝込むほどに悪化するわけでもない状態。
しかし左の耳に異物感あり。帰宅途中で1年ぶりくらいに耳鼻科に立ち寄って受診。隣駅の駅前に夜7時までやっていてくれる耳鼻科。
6時過ぎに到着したら待合室はガラガラだったが、私の後に続々患者がやってくる。私と同様に仕事帰りの人たちのようだ。本当に夜7時までやっていてくれるところは貴重。
以前と同様に、髪の毛の切れ端でも入り込んでいるのかと思うと言ったが、左耳を覗いた先生は綺麗だとのたまう。
今回の風邪は鼻と喉にきていたのでそれも告げると、大きな口を開けるように言われて、喉の入り口の左側の鼻に通じているあたりにルゴール液のついた太い綿棒でグリっとやられると激痛が~。

鼻から耳に炎症がいっていて耳に違和感が出たのだろうとのこと。内科で受診して1週間たっていて薬がなくなっているので、耳鼻科でもらってきた。
怒涛の観劇集中期間も終了した。日曜日には「古典芸能鑑賞会」でNHKホールデビューなので、三響会は行かずにおとなしくしていよう。
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07/10/20 錦秋演舞場祭り「人情噺文七元結」


「文七元結」は以前、平成市村座で市村正親の一人芝居で観たことがある。「ラ・カージュ・オ・フォール」でも観たが市村正親の女方芸は本当に見事。べらんめいの長兵衛から娘のお久の可愛い声まで声もしぐさの演じわけもすごかった。市村正親は歌舞伎役者のように休みなく舞台に立ちたいという人で、中村屋が「平成中村座」を始めたので自分も「平成市村座」を始めたとトークで語っていた。本当に勘三郎と同じように愛すべき「役者バカ」(これは褒め言葉!)だと思う。
歌舞伎で観るのは初見。シネマ歌舞伎にもなるので山田洋次監督が補綴しているという。「寅さんシリーズ」も大好きなので、シネマ歌舞伎になるのも楽しみだ。
「寅さん記念館」に行った時の記事はこちら
【人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもっとい)】
三遊亭円朝=口演 榎戸賢治=脚色
山田洋次=補綴  落語三遊派宗家=監修
今回の配役は以下の通り。
左官長兵衛=勘三郎 女房お兼=扇雀
手代文七=勘太郎  お久=芝のぶ
鳶頭伊兵衛=亀蔵  和泉屋清兵衛=彌十郎
角海老女房お駒=芝翫 角海老若い者藤助=山左衛門
あらすじは以下の通り。
本所割下水に住む左官の長兵衛が博打から帰ると家の中は真っ暗。灯りをつけると女房のお兼は途方にくれていた。娘のお久がいなくなってしまっていたのだ。方々を探しても見つからないのに呑気な長兵衛と喧嘩になる。そこに吉原の妓楼角海老から藤助が長兵衛にきてもらいたいと使いにやってくる。博打で身ぐるみ剥がされている長兵衛はお兼の着物をひっぺがして着込み、藤助の羽織を借りて出かけていくとお久がいた。年も越せないほどの貧乏になって喧嘩ばかりの両親を見かねて自分の身を売りにきていたのだ。お久は子どもの頃に長兵衛が角海老の仕事をしていた時分に弁当を届けに通っていたので女将のお駒は情をかける。お久のためにも心根を入れ替えて仕事に精を出すように長兵衛を諭し、五十両の金を貸し与え、店出しを一年待って返してくれるのを待つと言ってくれる。孝行娘の想いと女将の温情に目が覚めた長兵衛は家路を急ぐ。ところが途中の大川端で身投げをしようとしている若い男を止めるハメになる。和泉屋の手代文七が店の売掛金五十両を掏られてしまった申し訳なさから死ぬというのだ。長兵衛は「泥を飲んでも娘は死なぬ」が目の前の男が死ぬのを見過ごせずに、金のいわれを話した上で文七にたたきつけて駆けていってしまう。
帰ればお兼はその話を嘘だと決め付け、また博打で全部すってしまったと愛想をつかし、家を出て行こうという大喧嘩。そこに大家が和泉屋清兵衛と文七を案内してくる。売掛金五十両は武家屋敷に置いたままあわてて帰っただけで、勘違いで死のうとした文七の命を救った御礼と金を返しにきたのだ。角海老から身請けされたお久も綺麗になって戻り、文七の嫁に欲しいという申し出もあり、ハッピーエンドで終る。

扇雀の下町の女房姿のお兼が大きな目をむいて、勘三郎の長兵衛にくってかかる様はすごい迫力。今回、お久をなさぬ仲の娘という設定にしたことでお久もお兼も義理を感じながらの母娘の情という複雑さが加わっていた。山田マジックだ。
勘三郎の長兵衛の情けない男ぶりも徹底的でいい。そこに芝翫が角海老の女将でこんこんとさとすというのがまた贅沢な芝居になっている。
角海老の年増の花魁に小山三・芝喜松と並ぶのもまたいい感じ。小山三の花魁姿の舞台写真を一枚GET。これは貴重だ。
芝のぶのお久は汚い格好も身請け後の可愛い格好も両方とも○。芝のぶの娘声が可愛く綺麗なのでずっと贔屓にしているせいか、切々と父親に訴えるところは本当に切なく思える。
勘太郎の手代文七は真面目だが早飲み込みで頼りない感じがよかった。それが喜劇味にもなっている。こんな頼りない人にお久を嫁にやっていいのかという気もしたが、逆にしっかりしたお久にサポートしてもらって暖簾わけさせようという和泉屋の意図もあるのかと思えもした。
和泉屋清兵衛の彌十郎が立派で、その申し出を中途半端にしか聞いていなかった長兵衛がなかなか理解できずに話がもたつくのだが、これも山田版の補綴なのだろうか?ここは勘三郎の芝居がいいから間がもつのだろうなぁ。そういえば寅さんでも同じようにもたつかせて話を運んでいたような気もしてきた。
シネマ歌舞伎の仕上がりが楽しみだ。

さらに筋書にあった勘三郎×山田洋次の対談によると、勘三郎が山田洋次に歌舞伎の新作を書いてくれとくどいていた。「ぜひお願いしますよ」で結びになっていたから何年かしたら山田版歌舞伎が見られるかもしれない。クドカンにも三谷幸喜にも頼んでいたようだが、本当にいろいろな人を自分の世界に巻き込んでしまう勘三郎。それが魅力でもあるわけで、そういう勘三郎をしっかりみていきたいと思っている。
写真は公式サイトより今回の公演のチラシ画像。
10/20昼の部・勘三郎の「俊寛」の感想はこちら
10/20昼の部「三人連獅子」の感想はこちら
10/19夜の部「寝坊な豆腐屋」の感想はこちら
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07/10/22 厚生企画で鎌倉へ


今年の厚生企画は該当部署職員の投票の結果、鎌倉行きになった。秩父で蕎麦打ち体験と多摩動物園からの三択アンケートだったが、鎌倉でよかった。
昨年の都内めぐりの時の記事①はこちら ②はこちら
今年も青空に恵まれた。東京駅近くの鍛冶橋駐車場集合。はとバスに乗り込んで湾岸道路を通って鎌倉へ。バスガイドさんの四大工業地帯の京浜工業地帯を通っているとか、レインボーブリッジや他の橋の構造説明とかも面白かった。天気がいいので房総の工業地帯もうっすら見える。

1.建長寺
ここだけが全く初めてだったので行く前にネット検索で調べていった。
ウィキペディアの「建長寺」の項はこちら
北条時頼がつくった鎌倉五山一位の禅寺。当時の伽藍は残っていないが、徳川幕府が秀忠夫人の霊屋を移築するなど、バックアップしていたようだ。開山の蘭渓道隆の銘による梵鐘が国宝になっていてしっかりチェック。純粋禅の道場としても古いということで、官寺的な性格が強く、庶民の信仰の寺ではないようだ。
夢窓疎石の庭園に鳶の声が響き渡っていたが、太い古木は切り株だけになってしまっていてちょっと寂しい印象。立派だけれど地味な寺。
修学旅行の小学生は山の中腹にある建長寺の鎮守「半僧坊」まで行くことになっているようで、道を聞かれて一緒に探す。階段がすごいし、タイムアップで私は途中で引き返した。
2.鶴岡八幡宮
小学校の修学旅行以来。大河ドラマの「炎立つ」で出てきた源頼義が最初に祀ったのかと納得。「義経記」や「仮名手本忠臣蔵」の鶴ヶ岡社頭兜改めの場などのイメージも湧いてきて楽しめる。史跡めぐりというのは子どもの頃よりも大人になってからの方が楽しいのはこういうことだと思う。
八幡宮の額の「八」の字が「対い鳩」のような形になっている。鳩は「八幡さまのお使い」だからだが、それにちなんで豊島屋の「鳩サブレー」がつくられているといるのも確認できた。
「鳩紋」についてのサイトもご紹介
【昼食】団体用のお座敷でお弁当。おかずはたいしたことないが、かやく御飯がおいしくて思わずおかわり!(小さいお茶碗ですよ~(^^ゞ)
3.鎌倉大仏
ウィキペディアの「高徳院」の項はこちら
ここも小学校の修学旅行以来。鎌倉時代に鋳造された大仏が残っていて国宝になっている。納めていた建物は台風や津波で何回も壊れたのだという。今回は20円出して胎内に入った。段をつくって鋳造してつなげている部分も内側から見えたがそのつなぎ目の説明図などがあるといいと思った。
出てきてから写真のような角度で見たら、大仏の顔がハンサムに見えた。与謝野晶子が「鎌倉やみほとけなれど釈迦牟尼は美男におわす夏木立かな」と歌うのも納得。歌碑のチェックはもれてしまった。
4.長谷寺(長谷観音)
ここは数年前に玲小姐さんと鎌倉在住の友人とで散策して以来。写経所で簡易版の般若心経の写経もした。
今回は白やピンクのシュウメイギクが綺麗に咲いていた。そして今回は展望台からの海を臨む景色も綺麗に見えた。大きな金色の観音像もいいが、ここで一番のお気に入りは「弁天窟」。弁財天像を中心に十六童子の像も石から浮き彫りにされている。童子ごとに何にご利益があるか書いてあり、私は○×童子に祈念(内緒にしよう)。ろうそくが献灯されていて、ちょっと息苦しいのが難点。

今回のお土産は「大仏せんべい(瓦煎餅)」と「鳩サブレー」の2点。

帰りは高速道路がちょっと渋滞。東京駅丸の内口前で解散。それよりも京浜東北線で線路内への人の立ち入りで電車が止まってしまったのに困った。線路内に人が入ることで遅れることが最近はちょくちょくある。精神不安定な人が増えているのだろうか。
充実した日帰り旅行には感謝m(_ _)m


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07/10/20 錦秋演舞場祭り「三人連獅子」


「連獅子」は幸四郎・染五郎のをTVの新春桧舞台で観たのが初めてだったが、けっこう面白い舞踊だと思った。
TVで観た高麗屋時の父子の「連獅子」の感想はこちら
そして今回の昼の部でもこの中村屋父子3人で踊る「連獅子」が一番の楽しみになっていた。
勘三郎は親子3人で踊る「連獅子」を何度も手掛けており、今年のニューヨーク公演の初日にも上演されたという。先代勘三郎と当代が勘九郎時代に共演した舞台のDVDを襲名記念割引の際、悩んだ末に買わなかったのだが、買っておけば今回も予習できたかも、とちょっと後悔していた。
直前にネットで詞章を検索。勝三郎連獅子と正治郎連獅子という2つがあり、勝三郎連獅子の解説付き版をプリントアウトして読んでいったのだが、プログラムを見たら正治郎連獅子の方だった。支障がないと思ったらけっこうあり。勝三郎版の詞章の方が短いようだ。次に「連獅子」を観る時には正治郎連獅子の方もきちんと予習しよう。
連獅子(正治郎連獅子)の詞章はこちら
【連獅子】
公式サイトより概要を以下に引用。
河竹黙阿弥 作
「親獅子が仔獅子を鍛えるために、千尋の谷に突き落とすという故事。三人の狂言師が天竺の霊地、清涼山にある石橋にちなんだ、この故事を踊ります。間狂言の「宗論」を挟んでの後半は、満開の牡丹が咲き誇る中、三人が勇猛な白頭と赤頭の獅子の精となって現れ、長い毛を勇ましく振り、獅子の狂いを見せます。」

今回の配役は以下の通り。
狂言師後に親獅子の精:勘三郎
狂言師後に仔獅子の精:勘太郎、七之助
僧蓮念:亀蔵、僧遍念:彌十郎
二人の連獅子の時は狂言師右近と左近と名があるが、三人の時は特に名無し。仔獅子になる狂言師が前髪立ちだというのにあらためて納得。
連日の疲れがたまっていて「間狂言」にあたる宗論問答部分で睡魔が襲ってきてしまったが、前半後半の踊りは予習の甲斐もあってかしっかり観ることができた。長唄がある程度聞き取れるようになると舞踊をより楽しめるようだ。

とにかく二人よりも三人で踊る贅沢さを味わった。狂言師姿の時には3人のからみがよく、同じ方向を向いて勘三郎を先頭に決まった時の美しさ!後シテの獅子の姿になってからは白いカシラの勘三郎を中心に左右に赤いカシラの二人。上手に勘太郎、下手に七之助。勘三郎はあぶらが乗り切っていて、息子たちは若さいっぱい。今が父子のバランスがとれて見ごろの一番いい時ではないか。

長い毛を振る時に3人の振りが美しく揃っているのを観たら、なんだか涙が出てきてしまった。父子で3人で連獅子をできるということも歌舞伎界でそうそうあることではないだろう。何十年かのある一時期という感じなのではないかとかそういう感慨もまた押し寄せてくる。
確か57回ほど毛振りをしたが、最後の方は七之助が身体の軸がぶれてしまい大きくくずれてきていた。初日近辺で声がかすれていて体調が悪いのではということがあちこちのブロガーさんの記事にあったが、風邪でもひいてしまっていたのだろうか。そういう心配はありながらも、ここまで見ごたえのある「三人連獅子」をみせてもらえば大満足だった。
舞台写真も狂言師姿と獅子の姿で各一枚をGET。それぞれ3人の視線が揃っていたものを買う。息子たちの伸ばした指先の細くて長いことに溜息が出た。

「文七元結」とともに山田洋次監督撮影でシネマ歌舞伎になるということだが、そういう形できちんと記録に残っていくのが素晴らしい。仕上がったシネマ歌舞伎もちゃんと観に行くつもりだ。
写真は、演舞場にかかった中村屋の定式幕。
10/20昼の部「俊寛」の感想はこちら
10/20昼の部「人情噺文七元結」の感想はこちら
10/19夜の部「寝坊な豆腐屋」の感想はこちら
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07/10/19 錦秋演舞場祭りで勘三郎と森光子の共演の舞台


TVの中村屋の特番といえばナレーターは森光子というイメージ。先代の勘三郎と麻雀仲間で家族ぐるみのつきあいだったようだ。その森光子と当代勘三郎の初の共演の話題の舞台。森光子は芸術座で「放浪記」を一度観たので、今回が二度目。
TVの劇場への招待で「放浪記」を観た時の記事はこちら
【錦秋演舞場祭り夜の部】森光子・中村勘三郎特別公演「寝坊な豆腐屋」
鈴木聡 作/栗山民也 演出
公式サイトより話の概要を引用。
「昭和37年夏。オリンピックの開幕を控え、大きく変貌しようとしている東京。昔ながらの人情あふれる、とある下町に、豆腐屋を家業とする清一(中村勘三郎)が暮らしていました。腕のいい豆腐職人なのに何故か寝坊癖。ある日、そんな清一のもとに、母親の澄子(森光子)が30数年ぶりに突然姿を現します…。」
出演は以下の通り。
森光子、中村勘三郎、波乃久里子、佐藤B作、米倉斉加年、中村扇雀、坂東彌十郎
片岡亀蔵、中村勘太郎、金内喜久夫、田根楽子、大和田美帆、武岡淳一、角間進、若杉宏二、福本伸一、ほか

戦争後まもない時期の元芸者という、森光子の魅力が生かされる役柄でアテ書きした書き下ろしだ。冒頭の清一の夢の中に出てくる町内の子ども達のはやし言葉が聞き取れずにちょっとイラつくが、何度も出てくるキーワードなのでわかってくるとなるほどと思えた。
♪おしろい臭い、芸者の豆腐♪
売れっ子芸者だった澄子が下町の豆腐屋に押しかけ女房(それも後妻)としてやってきて清一をもうける。清一が6歳の時にぷいっといなくなって36年。腹違いの姉ひろこ(波乃久里子)は幼馴染(彌十郎)に嫁ぎ、父は亡くなっていた。清一はひとりで豆腐屋を続けているが、寝坊をして近所の朝ごはんに間に合うように豆腐をつくれないということも頻繁にやってしまう。酒好きと寝坊は母親に似たらしい(笑)。

そこに金沢で金貸しとして財をなした澄子が東京オリンピック景気にわく東京に進出。母子のさりげない再会を工作するが失敗。出奔のわけを話そうとしない澄子はなさぬ仲のひろことだけでなく、清一ともしっくりいかない。その不器用な人間関係が芸達者たちによって浮かび上がる。
清一たちの町は戦争で焼け残り、戦死した人間の面影も思い出せる戦前からの街並みで人々が暮らしている。そこにもひろこの夫の勤める建設会社がマンションを建てての再開発計画が持ち上がり、人々は開発賛成派と反対派に二分してしまう。
建設会社の資金繰りの最後の一手に澄子がなり、開発計画は転がり始めてしまう。澄子には開発計画は昔馴染みの人々が喜ぶことだと聞かされていたのだ。人々が不和になってしまったことを聞き、リスクを全部しょって契約を破棄し、文無しになって金沢に去ろうとする澄子。
この家族を温かく見つめてきた元映画監督(米倉斉加年)が清一に過去の全てを明かす。母親を追いかける清一、すべて清算したら戻ってこいと母に言う清一。すべてのわだかまりが消えて、駅までの道を清一が母をおぶって花道を引っ込むところで「完」である。

観客も中村屋一家と森光子の交流を踏まえて観ているわけだから、長く築かれてきた信頼関係の上の芝居を安心して嬉しく楽しめるわけだ。勘太郎の新聞太郎の役なんて無理やりからませるための役のようなものである。楽しいからいいのだ。

素直になれずにぎくしゃくする家族の関係を観ているハラハラさ、全ての感情のもつれがほどけて心が通い合う人情劇というのがやっぱりいいのだ。森光子と「」で長く共演している米倉斉加年はご本人も絵を描かれるだけに豆腐屋でのスケッチ場面もとても自然。澄子に頼まれて長年にわたり清一の絵を描いて送り届け、母子をつないでいたという役柄にぴったり。この役もすごいアテ書きだ。

そこに高度経済成長政策に沿った開発を多数決で決めてしまったことを盆踊りの場面で主人公が町の人々に問い直す、情のこもった勘三郎の台詞。そこで一度決まったことがひっくり返り、論議をつくさない開発にストップがかかるという事態の痛快さ。「多数決」で無視されやすい「反対した者たちの心」の扱いを問う脚本の鋭さに感服。「多数決」には「少数意見の尊重」が必須なのだ。ここを理屈っぽくなく語る台詞のよさと勘三郎の芝居のよさに私は涙してしまった。今の日本にここが一番欠けていたんだよ~。

昔、世話になった建設会社社長の息子にとばっちりがいかないように私財を全て投げ打つきっぷのいい女というのも森光子にうまくハマる。80歳台後半とは思えない台詞のよさ、風情のよさ。さすがに時間的にはコンパクトに仕上げられていたが、森光子と中村屋の人情芝居を楽しませてもらった。
彌十郎、亀蔵、扇雀といった歌舞伎役者陣が清一の幼馴染として濃い芝居を見せ、佐藤B作もすごい存在感でコメディシーンのテンションも高かった。

公式サイトに「この秋、新橋演舞場で誕生する“ひとつの夢”」というフレーズがあったが、本当に夢のような人情物語(ホントありえないお話!)。短時間だがとっても濃い人情喜劇に満足して打ち出された。
3階右列での鑑賞だったが、幕間にお隣席になったUMさんと話が盛り上がって終演後もファミレスでおしゃべりでき、それも大満足だった。まんべんなくいろんな歌舞伎役者の魅力を語り合える方にこんなに偶然に出会えるのは嬉しい限り。こういう出会いも観劇の魅力のひとつだ。これからもいろんな出会いをしていきたい。

写真は公式サイトより今回の公演のチラシ画像。こういう場面は全くなく母子別離前の幸せだったころのイメージイラスト(追記:ちゃんと若き日のおふたりの写真から描いている)。
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