09/04/19 井上ひさし×蜷川幸雄「ムサシ」・・・死者の思いの上に生きる


井上ひさしの書き下ろし作品に蜷川幸雄が初めて取り組んだ画期的公演「ムサシ」についてなかなか記事が書けないできた。遅ればせながらアップしておきたい。
宮本武蔵と佐々木小次郎のいわゆる巌流島の決闘のその後の物語だという。
主なキャストは以下の通り。
藤原竜也=宮本武蔵 小栗旬=佐々木小次郎
辻萬長=沢庵宗彭 吉田鋼太郎=柳生宗矩
白石加代子=木屋まい 鈴木杏=筆屋乙女
大石継太=平心 
早くもWikipediaに「ムサシ」の項ができているので、あらすじ等はそちらを参照していただきたい。
「ムサシ」観劇と中越司の舞台美術の展示についての当日の記事はこちら
今回の舞台美術も見事。巌流島の決闘を短く見せた後、竹の茂みを黒衣が動かすと観ている私が竹林を分け入っている感じがした。現れた禅寺は神社などにある奉納神楽殿のようで、客間が舞台、廊下にあたる部分が橋架かりという感じ。能狂いの柳生宗矩役の吉田鋼太郎がカチカチ山の後日談「孝行狸」、元女猿楽士役の白石加代子が狂言「蛸」を井上ひさしのメッセージを体現して語るのにふさわしい。
決闘で止めを刺されなかった小次郎が卑怯な勝負をした武蔵を探し出して無念の思いをはらそうと、身体をを治し鍛えなおし諸国を探して6年。沢庵に師事した武蔵を追いついに「果し合い状」をつきつける。ちょうど寺開きの参籠禅が始まったところで明ける三日後に決闘と決まった。
一触即発の二人を引き離すための策として5人6脚というウルトラCまで盛り込んで人と人の気持ちがつながることの可能性も提示。しかしその動きは役者もはじけて頑張るので可笑しくて仕方がない。笑っていると夢遊病のように宗矩役が謡う「孝行狸」が聞き取りにくくて悩ましい(^^ゞ

筆屋をめぐる仇討ち騒動も起こって武蔵と小次郎は乙女たちに俄かの剣術指南を頼まれる。刀の持ち方から構え方、足の運びの指南はやがてタンゴになってしまうのも大爆笑。

乙女は向こうからやってきた仇の腕を見事に斬りおとすが止めを刺さず、復讐はやめるという。寺に居合わせた5人がなんだかんだと二人の決闘を阻止しようとするエピソードが続く。
最後に元女猿楽士のまいが帝につながる高貴の方との間にもうけた子が小次郎だといい、お守りの手鏡の半分が合うので小次郎はショックで寝込んでしまう。高貴な血筋を理由に決闘をやめさせる決定打だ。
しかしながら武蔵は大きな企みに気づき、観客にも乙女の言葉に心の準備ができたところで、企みを暴き出すために武蔵は小次郎に言って決闘の真似を始めると大きく最終局面へと動き出す。

二人が6年前の死闘の決着をつけることをやめさせようとしたのは命を粗末にしたことによって成仏できなかった幽霊たち。人を殺す資格を持つ人間はいない。人間同士の殺し合いで不慮の無念の死をとげる不幸はこれまでもそして今も世界のあちこちにある。復讐は連鎖しやすいが、人間はその連鎖を断ちれるはず。そのためには死者たちの思いを踏まえて生きなければならない。そのためには庶民の血の通った歴史をきちんと後の世代に学んでもらうしくみを社会がもたなければならない。日本ではそれができているのか、それをつくろうとしているのかを問われているのだと思った。幽霊達に託した思いこそが井上ひさしの遺言だろう。
こういう人をくった展開も演劇的手法だからこそ面白くていい。

井上ひさしの戯曲は役者の持ち味を活かすように当て書きされ、役者の身体に沁みこんだ台詞は一言一句が素晴らしい。蜷川幸雄が役者を連れて執筆中の井上ひさしの陣中見舞いに突然押しかけ、作家がまさに命を削って練り上げている姿に接したのだという。台本が初日直前まで完成しない地獄を覚悟しても取り組み甲斐のある舞台だと多くの役者に思われるのが観ている方でも納得の作品だった。

戯曲の隅々までを反芻して味わいたくて5/1発売の集英社の新書版ソフトカバー版を買うことを決意し、GWに買って読んだが舞台がありありと思い出される。戯曲はこういう読み方が好き!『すばる』掲載や上演からの単行本出版の早さにも井上ひさしの気持ちが現れていると思えた。ぜひ多くの人に読んでいただきたい。おすすめである。
集英社の単行本『ムサシ』1,260円(税込)はこちら

写真は2色の表紙のプログラムが売り場に並んでいるところ。「どちらになさいますか?」と聞かれて迷わず「黒」にした。黒は好きな色だし、白いプログラムはやはり汚れやすい。白で売るならしっかりコーティングして欲しいくらいだ(^^ゞ
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コメント
 
 
 
ぴかちゅうさま♪ (かずりん)
2009-05-13 10:00:54
早速読ませていただきました!
なるほどねえ〜〜・・です。寝てたのかな?私?!あはは!!
昨日『ムサシ』にハマリにハマリまくった友人に
プリントアウトして読ませてあげるね♪・・と
言ったら喜んでたので、早速読ませてあげるつもりです!
彼女も井上さんのメッセージが凄い!感動!
・・・と申しておりました。
それと、白石さん・・・さすがだと・・・。
脚本・・読ませてもらおうかしら?友人に(もちろん、
彼女は購入したそうです)

 
 
 
Unknown (新潟の杉田さん)
2009-05-13 20:30:08
私も「黒」を買いました。その方が、この芝居には合っているような気がして。
小次郎が自らの出自を聞いて倒れるところが、実におかしかったです。非常に人間くさくて、よかった。
戯曲『ムサシ』を買って、留守番して観られなかった次男に読ませようと思っています。

役者さんでは、藤原・小栗は立ち姿がきれいでした。今一番きれいな時だから、当たり前ですが。そして白石さん!舞台上の彼女を観るのは初めてでしたが、本当に迫力でした。どんな時でも自由自在。すごい存在感!感動しました。

夫は「また、さいたまに観劇に行きたい。」と言っております。ETC1000円が続きますように。
 
 
 
私は白ですv(笑) (恭穂)
2009-05-13 21:43:24
ぴかちゅうさん、こんばんは!
プログラム、私は迷いに迷って白にしました。
観終わってから買ったら、また違ったのかなあ・・・
井上さんが感じた役者さんの魅力が全開の人物造形も、
あの能舞台のようなセットも照明も、
蜷川さんの情熱が感じられるような舞台でしたね。
白石さんの「蛸」は、本当に圧巻でした!
受けてたった杏ちゃんも凄いですよね。
戯曲、もう発売されてたのですね。
これは手に入れて読まなくては!
 
 
 
皆様TB、コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2009-05-15 23:22:42
★かずりん様
幽霊がこんなにたくさん積極的に主張するという作品は演劇だからこそここまでのインパクトがあるのだと思いました。まさに「死者の思い」にこそ井上さんの言いたいこと=遺言がこもっていました。戯曲、是非お友達に借りて読んでください。笑いに紛れて聞き取りづらかった部分もじっくり味わうことができますよ。
★新潟の杉田さん様
2色の表紙のプログラムも武蔵(黒)と小次郎(白)のイメージカラーじゃないかと思っています。武蔵は勝つためならどんな手段でも厭わないというしたたかさがって藤原くんがそういう役をやってくれたのはよかったと思います。小栗くんのストレートなカッコよさも対照的で魅力的!二人のスターの魅力を活かしきったあて書きでした。
落語好きのご次男さんには井上戯曲は気に入ってもらえると思います。
白石さんの凄さはどんな作品でも感じます。さい芸の蜷川作品に彼女が出演したら是非オツレアイとご一緒にいらしてください。またお茶いたしましょう。
★「瓔珞の音」の恭穂さま
>能舞台のようなセット......戯曲にしっかりそういうような指定があったと思います。井上さんは最初は演出も自分でやってましたから、自分で細かい設定もした上で人物が動くような書き方をされていると思います。そこに蜷川チームの総力が加わっているのですから今現在の日本で最高のタッグでしょうね。
白石さんと野村萬斎の共演の「国盗人」も素晴らしかったです。http://blog.goo.ne.jp/pika1214/d/20070715
白石さんが女性役を次から次へと何役も変わる場面は圧巻でした。そういうつながりが今回にも生きているんですね。
戯曲、是非じっくりと読んでくださいね(^O^)/
 
 
 
力のある舞台でした (スキップ)
2009-05-17 06:21:34
ぴかちゅうさま
「藤原竜也と小栗旬の競演」という話題先行でしたが、
脚本・演出・役者・舞台装置・・・すべて揃った上質に
して力のある舞台でした。見応えありましたね。
ぴかちゅうさんのレポを読ませていただいて、
井上さんの戯曲にそこまで細かく書かれていることに
驚きました。私も「そういう読み方が好き」なので、
ぜひ買って読みたいと思います。
今月号の「すばる」の井上さんのインタビュー記事も
おもしろかったですよ。
 
 
 
続・皆様TB、コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2009-05-18 00:44:21
★「地獄ごくらくdiary」のスキップさま
記事アップをお待ちしていましたm(_ _)m
『すばる』6月号のに井上ひさしさんのインタビュー情報にも感謝です。今回のポスターデザインあまり好きじゃなかったんですよ。でも「USA」の文字かぁと感心しきりで評価一変!単純な私です(^^ゞ
人を殺すことへのこだわりや憎しみの連鎖を断ち切った人間に変わることができた「武蔵と小次郎」。この二人の変化にこそ、井上流のメッセージをこめたのだと受け取りました。
久しぶりにDVDを買っても娘に見せたくなった作品です。凱旋公演はまぁ頑張れればかなぁ。その時はシアターコクーンになるかもしれないと推測しています。
 
 
 
この作品 ()
2009-05-21 00:30:20
観た直後よりも日が経つにつれ、
ジワジワと色んな事が感じられる作品になりました。
というのも、ぴかちゅうさんを始め、
皆さんの感想を読ませて頂いて、
改めて気付くことが多くて。(笑)

井上ひさしさんの渾身の作品。
それを受け止める演出家や役者、周りのスタッフなどなど。

五人六脚やタンゴで笑わせてもらい、
美しい舞台美術に見惚れ、
ラストでの井上氏のメッセージに完敗です。
 
 
 
続続・皆様TB、コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2009-05-23 00:24:21
★「ARAIA -クローゼットより愛をこめて-」の麗さま
井上さんの初演作品は基本的に当て書きされるようですが、今回の武蔵も藤原くんの持ち味が生かしていたし、さらに藤原くんにとっても35歳という少し大人の役で役者としても一回り成長できたんじゃないかと思えました。小栗くんはストレートに感情を出す役でよかった!黒と白の2色のポスターデザインはまさに二人のイメージカラーだったように思います。
ずっと一触即発だったのに、最後は幽霊たちの思いに動かされてなんと二人とも武士をやめちゃうっていう会話をしているんですよね。その上で「友人だ」って言うのでもうジーン(T-T)静かな静かな大転換!この二人の変化にこそ、井上流のメッセージをこめたのだと受け取りました。
井上ひさしも蜷川幸雄も70歳を超してるんですよね。凄すぎです。もう二人の巨匠が何を発信するのか目が離せません。

 
 
 
これは終わらないと書けないです。 (とみ)
2009-05-28 14:23:01
>ぴかちゅうさま
さい芸でどんな客席配置だったか興味あります。さぞ動きが綺麗でしたしょう。いずれ死者となる私たち。共存を重く受け止めました。ふにゃふにゃの小次郎と現実的な武蔵の二人が仲良くなるところ、結界を壊すところがすきです。なんぼなんでもあほだら過ぎるというところも気に入ってます。二人の共演、また、見たいですね。
 
 
 
続・皆様TB、コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2009-05-31 01:31:04
★「風知草」のおとみ様
>さい芸でどんな客席配置だったか......特に客席は特別の拵えもなくていつものままでした。
それよりもあの動くというか動き回る竹林装置で時間も空間も大きく変わり、竹林の中をすすんでいくように誘われた感じがすごく新鮮でした。
そこで現れた舞台装置がまるで能舞台で宗矩の能の仕舞やら元女猿楽士の狂言「蛸」やらで納得しながら観ていましたら、最後のどんでん返しで圧倒され、さらに参籠禅を始める時の平心の挨拶が繰り返されて「夢幻能」の様式まで踏まえていたのかと井上ひさしの作劇の素晴らしさにますます心酔しておりました。
今回は蜷川幸雄演出が前提の企画であり、キャストもスタッフもいまの日本で最高のカンパニーでの上演であり、抱腹絶倒させられながらも作者の遺言とまで思いつめたメッセージの受け止められ方は、人によって即効性のあった方、ボディブローのようにじわじわ効いてきた方と様々だったような感じがします。
井上さん、10月には小林多喜二の評伝劇でまた新作です。70歳を過ぎてのこの頑張り!!蜷川さんともども両巨匠の動きから目が離せません。
藤原×小栗の共演は・・・・・・観たいけれどそうなかなか問屋が卸してくれそうにない今の演劇界のような気がします(^^ゞ
 
 
 
Unknown (hitomi)
2010-04-24 22:29:06
WOWOWの追悼番組で観ました。竹林の舞台装置、音楽、蛸やタンゴの場面、よかったです。なんで吉川の武蔵?と思っていましたが、現代劇だったのですね。若い人に生きろ、和解、友情を伝えたいという願いですね。生で観たらさぞ笑い転げたのに。
終わりの二人が旅発ちの支度してる場面もしみじみよかったです。
 
 
 
★「猫と薔薇、演劇、旅ファン」のhitomiさま (ぴかちゅう)
2010-04-24 22:50:53
追悼番組を観られた感想に拙記事をご紹介いただきまして有難うございますm(_ _)m
私はNY・ロンドン公演後の凱旋公演も悩んだ末に結局観ることにしていました。いまは初演のDVDを買うかどうか真剣に悩んでいます。舞台の分もいいのだけれど、井上さんや蜷川さんの元気な姿を収録した特別盤が気になるのですよ。もうしばらく悩んだら買ってしまいそうです。
その上で今回の再演公演も観るといいと思うのです。GWにでも見ようかなぁ。
>終わりの二人が旅発ちの支度してる場面もしみじみよかったです......「これからどうするんだ」「百姓でもやってみようかと思ってる」とかいうやりとりもありましたよね。剣を捨てて地に足をついた暮らしをしていくことに、井上さんが未来への希望を重ねているように思えました。
そうそう、文庫版化を待っていた『ボローニャ紀行』が3月に文春文庫から出ていたことを知って早速買ってきました。同時期にやはり文春文庫から出た城山三郎さんの『嬉しうて、そして・・・』も一緒に買いました。気骨ある方たちがどんどん鬼籍に入られるのが寂しいです。この記事のタイトルに戻って、あらためて気を引きしめています。
 
 
 
Unknown (hitomi)
2010-04-28 19:55:29
御本の紹介ありがとうございます。お二人とも好きなので読んでみます。
またテレビで追悼番組があり大竹さんが涙ぐんでいました。彼女は井上さん、新藤監督のミューズでしたね。そういうことにも関心がなくただ大げさな演技と言われる方もいるので寂しいです。
録画で小栗君がたすきに手こずってるのを観て、映画ですが大川橋蔵が鮮やかにたすき掛けしていたのを思い出しました。六代目の薫陶受けた方なので。彼が晩年出ていた歌舞伎座も幕ですね。二年近く歌舞伎座も御無沙汰で残念至極です。
 
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