ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

11/06/21 新国立中劇場でようやく井上ひさしの「雨」を観た。名作だ!

2011-08-07 23:58:17 | 観劇

「血の婚礼」で降り続けた雨つながりというわけでもないが、ずっと書きかけになっていた6月の新国立中劇場「雨」の感想もきちんとアップしておきたい。
井上ひさしの初期戯曲「雨」。1990年に私が大阪から戻ってきてからでも、こまつ座での公演は3回もあったのにめぐりあわせが悪く未見。職場での観劇企画に参加するようになって辻萬長主演の舞台を観た方から本当にいい作品だと聞き、絶版の戯曲の文庫をブックオフで入手してあまりの緻密さに感嘆。冒頭の写真はその表紙。紅花を中心に雨の字を踏まえたデザインに初演時の名古屋章さん眉毛の徳が描かれている。ようやく栗山民也演出で新国立中劇場での「雨」を観る。アリスさんとご一緒した。
【雨】
脚本:井上ひさし 演出:栗山民也 音楽:甲斐正人 美術:松井るみ 演奏:山田貴之
あらすじを一言で説明するのに、プログラムにあった小森陽一氏の解説の冒頭が一番わかりやすいので、以下に引用。
江戸の金物拾いの徳が、外見がそっくりだと言われて、羽前国平畠藩の紅花問屋の当主である紅屋喜左衛門に「成りすまそう」として、逆に仕掛けられていた罠にはめられてしまうのが『雨』の物語です。
「CoRich 舞台芸術!」サイトの新国立劇場の公演「雨」の情報はこちら
主な出演者は以下の通り。
市川亀治郎、永作博美、梅沢昌代、たかお鷹、花王おさむ、山本龍二、石田圭祐、武岡淳一、酒向 芳、山西 惇、植本 潤、金 成均、ほか

幕開きの江戸の場面は登場人物もそんなに多くなく、劇場が大きすぎたかもと思っていたが、徳が平畠に入って紅花問屋の当主が戻ったと祝う紅花百姓の祝いの餅つき歌「紅花口説」からはまさに群集劇となり、中劇場でよかったと実感。紅屋の一人娘おたかと喜左衛門が結ばれるまでが歌に乗って語られる。物語の歌によって一気に話をすすめてしまうのが音楽劇の面白さでもある。井上ひさし創作の方言は東北人の辛抱強さ、土に生きる人間の持つ生命力にあふれ、言葉を選びつくされた台詞は音楽に乗るとさらに力強さを増す。

親孝行屋の言葉に乗せられて平畠まできた徳は、別人になりすますというで天罰を受けるかもしれないというおそれをもっていた。さらに土地の言葉をしゃべれないから無理だと自分を納得させて引き返そうとするところを、天狗に攫われて言葉も脳みそも抜かれたのでおかしくなっているという助け舟の言葉にまた乗ってしまう。
さらに連れてこられた紅屋でおたかと引き合わされて、「紅花口説」で状況を一気に把握するともう帰れなくなってしまう。あとは、夜の褥で偽物とばれなければ大丈夫だと運を天に任せる。

偽物とばれると一番恐れたことをやり過ごしただけでなく、鈴口の疣をもって本人と主張する妻のおたかと浮気したとされた女の証言で喜左衛門に間違いないと太鼓判を押される徳。ここで徳は誤解したのだろう。おたかは本物でなくても自分という男に情が移っていると!徳は土地言葉の修練、紅花栽培の知識の習得にさらに身を入れることになる。

鈴口の疣をもってそれをおびやかす人物があらわれる。一人目は江戸から徳をおっかけてきた男娼のカマ六(山西 惇)。徳に口止め金を強請りとろうとするのを殺害。次は江戸から流れてきた芸者花虫(梅沢昌代)で、誰にも知られないようにして喜左衛門が囲ってきた女だ。この時代の夜は暗かったのだろうか、会っていてもわからないので触ったら見破ってしまったというのがこの女の不幸で、やはり徳に殺される。
そこからたどって徳は本物の喜左衛門が姿を隠しているところを突き止め、毒を盛る。

ようやく紅屋喜左衛門として生きていけると思う徳を待っていたのは皮肉な運命。平畠藩の藩財政を救うために紅花の凶作と偽り幕府を欺いたことがばれ、偽りの申告をした紅屋喜左衛門にすべての責めを負わせての幕引きをするためのスケープゴートにされたのだった。
幕府をさらに欺いて平畠の藩だけでなく紅花百姓たちまでも無事に生き残っていくため、喜左衛門によく似た男を探し出し、身代わりにする藩をあげての企みに嵌められてしまった徳!

江戸の言葉を捨て、金物拾いの習性も矯正し、本来の自分のアイデンティティをなくし、喜左衛門として殺されていくしかなかったという徳の最後。それでもひとかけらの救いはおたかが徳の亡骸を抱きしめて送ったことだろう。
「徳様(とくさ)、おら胸の底の底さあんだのごどは一生刻みつけておぐ。なんつってもあんだは、あんだはおらの御亭主(ごて)にはちげぇねがったんだもの。」
永作博美は2007年9月に「ドラクル」のエヴァで舞台女優としての資質を見せつけられたが、今回のおたかも実によかった。白い死装束の徳を胸に抱きしめて優しく髪を撫でるおたかはまるで、民のために死んだキリストを抱くマリアのようにも見える。バチカンにあるミケランジェロのピエタの像のようでもある。いや、マリアはマリアでもキリストが愛したという説もあるマグダラのマリアの方かもしれない。藩をあげての企みに身を呈して男を受け入れて死なせるという業の深い役回りを引き受けたおたかという女。本物の夫には隠し女をつくられていたことで、徳に対する情の深まりは思った以上のものになってしまったのかもしれない。本物の喜左衛門が戻ってきても以前のような思いを抱くことはできないのではないか。そういう女の哀しみを永作博美は実に奥深く沈めた思いをのぞかせながらもさらりと見せてくれた。

これまでの徳の役者は名古屋章や辻萬長といった大ベテランだったが、原作には20代後半という設定が明記してあり、亀治郎の徳は原作のイメージ通りになっていると思う。そして俳優陣の中に歌舞伎役者一人、江戸弁も着物の所作も本格的で時代劇の主役としての存在感が抜きんでている。かといって周囲から浮くこともないのは、他流試合の積み上げの成果だろう。そういえば永作博美もNHK大河ドラマの出演経験もあるどうしだし、バランスもよいコンビだったと思う。とにかく亀治郎は井上ひさしの作品と格闘し、新しい徳像をつくりあげてくれたことは間違いない。

美術の松井るみは、同月に観た「盟三五大切」のプログラムにあったコクーン歌舞伎の17年の振り返りのページを読むと、2009年の桜姫の美術を担当している(他は全て串田が美術も担当)。特に現代劇版の方の美術の記憶と重なってなるほどと思えた。舞台装置を盆回しすると起伏や階段がいろいろに見立てがきいて面白かった。

最後に冒頭で徳を騙す親孝行屋(これも実は藩の人間だったことがわかるのだが)について一言。年寄りが若者の人形を腰にくくりつけて老親をおぶって親孝行するお金をめぐんでくれという芸を見せながら物乞いをする稼業だが、映画「やじきた道中 てれすこ」で人形のふりをさせた小泉今日子の女郎をくくりつけて柄本明の喜多さんが足抜けの手伝いをする場面で見たことがある。面白いのでよく考えていたらひらめいた。平畠のためのスケープゴートになる人間を操るという謎かけかなと思い至る。そうだとしたら唸るしかないではないか!

(追記)
NHKBSプレミアムシアターのオンエア情報あり。ご覧になれる方、是非おすすめです。
9月24日(土)午後11時30分~午前3時30分
その後も10/1(土)は「たいこどんどん」「父と暮せば」と井上ひさし作品のオンエアが続くようです。
(9/25追記)
オンエアを見ていたら、一箇所思い込みによる間違いに気が付いた。おたかは本物でなくても自分という男に情が移っていると誤解をしたと書いたが、そのタイミングはもっと後だった。花虫と喜左衛門を殺して安心した後に、おたかが嘘をついてくれたと感謝している。その直後に身代わり切腹に追い込まれていくのだ。本物の喜左衛門になりきったと思えたら、喜左衛門であればこそ切腹をと迫られ、拾い屋の性分を押さえこんでいたせいで拾わなかった五寸釘を腹につきたてられて死ぬことになる。
自分で自分であることの証明を消していってしまった男の悲劇。亀治郎が海老反りを使った絶命シーンを見せた後、永作博美が抱いて徳の死が必要だったわけを述懐する場面が素晴らしい。永作の涙が亀治郎の顔の上に落ちていた。


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4 コメント

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本も演出も役者もすばらしかったです (スキップ)
2011-08-08 19:30:05
ぴかちゅうさま
6月に観たきり、戯曲を読もうと思ってそのままになっていたので記憶も遠のきがちだったのですが、ぴかちゅうさんの細やかなレポのお陰でいろんな場面が脳裏に甦ってきました。

あ、この文庫本の表紙、カワイイですね。

このお芝居が時代ものということすら知らずに観た私でしたが、本は元より、役者さんの演技も群集の歌も舞台装置もすばらしく、ぐいぐい引き込まれて観ました。いかにも「演劇を観た」と感じる作品でした。

私が観た日は辻萬長さんがいらして、終演後、こまつ座の方?にご感想を述べていらっしゃいましたが、徳を演じられたことがあったのですね。
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★スキップさま (ぴかちゅう)
2011-08-10 00:19:46
>本も演出も役者もすばらしかった......全く同感です。
辻萬長さんの徳で観た方から「雨」はホントにいいよ!と聞いていたので、ようやく観ることができて感無量でした。戯曲でも作品の素晴らしさはわかったのですが、やはりいい舞台になったものを見せてもらうと何倍も魅力的です。
>この文庫本......絶版なのをブックオフの105円コーナーでGETしてありました。アマゾンの中古本でいま1750円以上するのがわかってびっくり!今回の上演で相場が上がったのかもしれません。名古屋章さんの眉毛が可愛い徳です。
スキップさんがご覧になられた6月25日がNHKのBSプレミアムシアターの収録日だったのですね。9/24のオンエアを録画して、またしっかり楽しみたいと思っています。
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遅ればせながらひとこと (アリス)
2011-09-08 22:00:20
私は以前のを知っているのが邪魔して絶賛できませんでしたが、ぴかちゅうさんの感想を読むと納得できる部分もあり、自分の見方が偏ってるかなと反省しました。
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★アリスさま (ぴかちゅう)
2011-09-08 22:20:36
お声をかけていただき、ご一緒できてよかったです。本当に有難うございましたm(_ _)m
以前の舞台も観た方は絶賛される方が多いです。井上作品で一番好きという方もいらっしゃいました。今回は原作の設定に近い若返りキャストによる上演で、きっと以前のものとはずいぶんと違った雰囲気に仕上がっていたのだと思います。最近は、わりとその時の演出や配役での舞台を割り切って楽しめるようになりました。もともと歌舞伎というものがそういうものだから、それに慣れてしまったのかもしれません。
それと井上ひさし作品ということでは、紀伊国屋サザンシアターで「キネマの天地」を一昨日の夜、急遽みました。なるべく早く感想書くつもりです。待っててくださいね(^_^)/
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