三月歌舞伎座は十三世片岡仁左衛門の13回忌の追善興行。追善狂言と銘うつ演目が昼も夜も一本ずつある。入口入ってすぐの左手にはその旨を添書きした13代目のお写真があり、2階ロビーには13代目の舞台写真が展示されていた。写真はその中の与次郎の写真を携帯で撮影したもの。
一月の坂田藤十郎襲名公演「曽根崎心中」の徳兵衛の伯父・平野屋久右衛門で片岡我當の人情味あふれる芝居を観ていたので、今月の夜の部の与次郎も期待していたのだった。
1.「お俊伝兵衛・近頃河原の達引(ちかごろかわらのたてひき)」~十三世片岡仁左衛門13回忌追善狂言
「四条河原の場」井筒屋の伝兵衛(藤十郎)と遊女お俊(秀太郎)は二世を誓う仲。ところがお俊の身請けがらみで横溝官左衛門(團蔵)が伝兵衛を騙したため、伝兵衛は官左衛門を殺めて逃走。
「堀川与次郎内の場」ゴタゴタに巻き込まれるのをおそれてお俊は京の堀川にある実家に預けられている。お俊の盲目の母ぎん(吉之丞)と兄で貧しい猿廻しの与次郎(我當)は伝兵衛があらわれてお俊を殺しにくるかおそれている。お俊には言い聞かせて離縁のための退き状を書かせる。夜中、皆が寝静まったころ伝兵衛はやって来る。暗闇の中で伝兵衛を追い出したつもりでお俊をたたき出してしまい、家の中には伝兵衛が。追い払うつもりで退き状を見せると盲目と文盲の母と兄にはわからなかっただけで内容は心中をすることを詫びる書置きだった。
お俊の覚悟を知り、どこまでも落ち延びて生きろと母と兄は送り出す。祝言を挙げさせ三々九度と別れの水杯を兼ねての杯ごと。猿廻しで門出を祝って送り出す。
秀太郎のお俊の声はさすがに若い女のそれには聞こえない。しかしながら藤十郎の伝兵衛とはベテランどうしのバランスがよい。父子コンビの「曽根崎心中」よりもはるかに心中までにいたる男女の情感がにじみ出る。「そりゃ聞こえませぬ伝兵衛さん」で始まるクドキのところは追善狂言の見どころその1!
「堀川与次郎内の場」の冒頭は、母ぎんが近所の娘にやはり心中ものの「鳥辺山」の唄の指南をしているところで始まる。吉之丞の老母は自分が子どもたちに苦労をかけていることを気にやむ場面、娘の伝兵衛への真剣な想いに寄り添うところをおさえめながら親心の深さが伝わってくる。
我當は猿廻しの猿の人形をうまく操りながら優しい兄・与次郎を実直に演じてくれた。素朴な人間としてカッコもつけずに妹への想いをさらけだす兄の姿は、片岡家の長男としての我當の姿にイメージも重なり、追善狂言の見どころその2!!
13代目の長男と次男がそれぞれの個性を活かし、坂田藤十郎も加わって上方歌舞伎の味わいが十分にかみしめられる舞台となったように思う。
予想以上に味わい深い演目だった。お俊伝兵衛のベテランの道行の黒の揃いの比翼紋付姿を見て、私やっぱり心中もの好きだなあって思ってしまった。
2.「水天宮利生深川(すいてんぐうめぐみのふかがわ)」
河竹黙阿弥の散切物。話のスジは以下の通り。
明治維新により武士でなくなった船津幸兵衛(幸四郎)は筆を売って生計を立てている(だから「筆幸」)が、妻は産後の肥立ちが悪くて死んでしまっていた。母の死で目を泣きつぶした16歳の娘お雪(壱太郎)、10歳のお霜(米吉)、乳飲み子の幸太郎の3人の子どもを抱えて貧乏のドン底にいる。剣術家の萩原良作の妻おむら(秀太郎)から乳を貰いお金もめぐんでもらうなどしてやっと家賃も払えるかというところに借金の取立てが。高利貸しの金兵衛(彦三郎)や代言人=弁護士の安蔵(権十郎)はめぐんでもらった赤ん坊の着物まで剥いでゆく。幸兵衛は先行きを悲観して一家で心中することにし娘たちは同意。赤ん坊から殺そうとするがあまりの辛さに発狂。大家をはじめとした長屋連中を相手に暴れた末に家を飛び出し、赤ん坊を抱えて身投げ。ところが常々信心している水天宮の御利益で救われた後は正気に戻り、お雪の目も見えるようになって、川そばで出演者勢ぞろいの大団円で幕。
しかしウーン、あまり面白くない。唯一面白かったのは彦三郎・権十郎の金貸しコンビ。明治時代の成金の趣味の悪いいでたちとこれでもかと幸兵衛をイジメぬく姿がいつものおふたりにない役柄でとってもはじけていたところ。
幸四郎の幸兵衛、情けなさに哀愁が漂わない。息子と違って情けない役がハマらない。狂った姿の演技も真面目すぎて可愛くない。時代物ではききとれないことが多い台詞まわしもけっこうききとれるのだが、ニンじゃないのだろう。幸四郎いいなと思ったのは俊寛、サリエリ、ラ・マンチャの男。なんだ気位の高い爺さんばかりだなあ。筆幸はもう少し気位を落として演じる方がいいと思う。先月の田之助さんの切腹浪人みたいな感じがいいと思うんだけどな。
子役ふたりは頑張っていたが、壱太郎くんの声がちと苦手(変声期でつらそうなの?)。米吉くんはホワッとしていて可愛かった。
昼の部は26日に観る予定。