2014/12/24 人生初のインフルエンザ罹患、期せずしてクリスマス休暇(苦笑)


人生初のインフルエンザ罹患となった。突き上げるような咳が出るようになったのを気にしながら12/21(日)に歌舞伎座昼の部を観劇。続けて観劇&散策仲間との忘年会に参加して帰宅したら熱も出てきてびっくり。年末年始まで長引かせるとまずいと思い、月曜日に職場の近くにある喘息のかかりつけのクリニックに、朝から38℃近くまで出ている私はマスクをしっかりして京浜東北線でしっかり座って寝ながらもふーふー言いながら昼には到着して受診。
O先生曰く「今日は怪しいと検査した患者さん、100%インフルエンザだったよ」ということで、私の右の鼻孔に長い綿棒が差し入れられて粘膜をこすって粘液採取。「痛~い」と声にしたら「そんなに痛い?」と他人事の先生だ。ヒリヒリして涙がにじんだが、その後、先生が「すごい、はっきり出た。今年ワクチン打ったよね?!」と驚きの声。「先月ちゃんと打ちましたよ」と答えながら反応すると青く線が出る検査キットを見せていただくと、A香港型のところにくっきりと真っ青な線が出ていた。他の方の検査キットも並んでいたが、そちらには水色の線が並んでいた。「線が濃いということはインフルエンザウィルスがたくさんいるってことだからね」。職場に寄って最小限の荷物にしてクリニックに来ていて携帯は自分の机の上に忘れてきたので、写メがとれなかったのが残念。もらって帰れないかお聞きしたが、特殊な廃棄が必要とのことで案の定×。

10年前に成人喘息になってからは、新型インフルエンザの時もハイリスクグループということで優先枠に入っていて、季節性のインフルエンザワクチンと連続して接種されたぐらいの患者さんなのだ。ミックス型のワクチンができてからは1回接種でよくなっているが、今年も11/15にワクチンを打ってるのにこんなに強く反応が出るほどとはとがっかりしていると、O先生も「僕にもうつらないといいけど」とのたまう。「ワクチン打ってれば軽くてすむはずだからね。早く帰ってやすんで」と昼の診察最後の患者は送り出された。

インフルエンザの薬「イナビル」は薬局で吸入していくようにとのことで、2キットを連続して吸入。早く帰りたくても意地でも週次報告書を書かないと帰れない。ようやく帰ったが身体の節々が痛いし、咳もつらい。その日の夜は熱が39℃ぐらいまで上がった。今回、これは命取りになるのもわかるなぁと実感した。
お粥と梅干しとスポーツドリンクでしのぎ、薬を飲んで早く寝た。娘が冷蔵庫からアイスノン枕を捜してきてくれてそれも使ってしっかりと眠ったら翌朝はもうずいぶんとラクになっていた。咳も回数が減ったのはよいが、出ると肋間の筋肉が激痛状態で咳もくしゃみも痛くて止まってしまうほどだ。咳をする前に肋骨の上に両手を置いて無防備にならないようにして咳をすることを覚えた。
もしかして、これは歌舞伎などでよく見る、切腹をした後、痛みをこらえて最後に思いのたけを話をさせるための介添えで腰ひも等で腹部の上部の胸の周囲をぎゅっと縛る、アレはこういう効果なのかなとイメージしてしまった。肋骨の上の何か所かにモーラステープを貼りつけるといくらかラクになる効果あり。

熱は収まってきたものの、身体中が痛い。熱が上がる時はいかにもウィルスと交戦中という痛みだった。それが「戦いすんで日が暮れて」という痛さに変わる。ウィルスと抗体の死屍累々の残骸が身体中の細胞に残っているような違和感がある。これが排出されないとダメなんだろうなぁとイメージする。
熱が下がってから2日は感染防止のために自宅謹慎という職場のルールがある。そのため、期せずしてクリスマス休暇ということになってしまった。引きこもりが2人になっている我が家である。
冒頭の写真は、今日のブランチに娘がおかずが足りないと文句を言って自分でつくるというので私の分も一緒につくってもらったオムレツだ。最初は目玉焼きですまそうとしたらお母さんはそれでいいけど私は嫌だから別につくるというので頼んで私の分もつくってもらった。インフルエンザでも優しくなんてしてもらえないのだ。「人生、甘くない!」

この間、私に会った皆様、ウィルスを浴びてると思います。各自でビタミン劑飲むとかの自衛策をとっていただきたく、よろしくお願いいたします。

(追記)
熱が下がって3日目ということで、12/25の歌舞伎座夜の部には行けてしまった。海老蔵五役早替りの「通し狂言 雷神不動北山櫻」は初演の演舞場と今回で2回目だが、最後の不動明王になって浮揚する大詰めの場面は、初演の過剰なレーザー光線がなくなり、上手に大太鼓の迫力ある演奏が加わってぐっとよくなっていて感心した。鼓童の方による大太鼓は玉三郎からの紹介だろうと推測。終演後、歌舞伎座前の絵看板から「雷神不動北山櫻」のところを撮影したのが以下の写真。観劇納めはお不動様の霊験をいただけたかな(笑)
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2014/08/31 疲れすぎ?!バスで病院前を寝過ごす(T-T)


ブログの更新が滞っているねとご指摘を受けました。返事コメントもその方のブログの方へのみでこちらには入れずという失礼千万状態で恐縮の極みです。おゆるしくださいm(_ _)m

母の手術立会いから2週間は仕事もボランティアも散策も観劇も娘の面談への同行などなど、スケジュールがぎっしりとつまり、必死にこなすのが精いっぱいだった。

職場では人事制度改定の改定申し入れに労働組合で2年がかりで要求をまとめ、団体交渉をする日が台風で1ヵ月延びてしまい、ようやくお盆明けに開催された。私も久しぶりに参加してシビアに発言。根本的に見直して欲しいがそれができないならせめて労組要求のレベルをという最も過激な内容でビシッと話をしたら、胃が痛くなってしまった。

終了後、ロビーで休んでいたら知らない男性職員から声をかけられた。「さっきの発言、すごくよかったです。そうだって声を上げたかったけれど言えなかった」。ゆっくり話もしたかったけれど時間がなかった。それでもこれで私がやるべきことはやれたかなと思えた。

8/30-31の週末は久しぶりに大きな予定なし。8/30(土)は午前に待ちに待った歯科の治療日で大宮へ。7月半ばから応急処置でしのぎ、それでも痛いのを痛みどめを飲みながらずっとしのいできていた。麻酔をかけて掘り進んだところ、神経の炎症までいっているとのこと。歯の根のところの神経にダメージを与える薬を埋め込んで次回に神経を抜くとのこと。やっぱりなぁ。右の方は神経を抜いた歯のはずだから、本当はそっちの方が重症かもしれない。怖いなぁ。

昼には戻って娘とサイエスタへ。ランチ後に娘は若者サポートのNPOのたまり場へ楽しそうに出かけて行った。臨床心理士さんも驚いているが、同じような状況の仲間で支え合える実感があるのだと思う。

私はどうにも身体がしんどくて午睡。そうしたら途中で発熱してきた。微熱だったがとにかく寝た。疲れすぎなのだと思う。

夜のテレビで「大人の虫歯が本当はコワイ」というような番組をやっていた。「大人虫歯」は、歯茎がやせてきて歯の根元から虫歯になることが多く、ひどい時には折れてしまうのだとか?!今回は違うが、ちょっと前にそれで一本治療するハメになっている。「成人喘息がコワイ」ということも私は該当するので、大人になっての病気に次々とやられていることにがっかり。これはこれで受け入れないといけないね。

翌日曜日は午後から母の病院へ。久喜の駅から乗ったバスで思わず寝入ってしまったらしい。気がついたら見知らぬ景色の中だった。前の席の年配の女性に聞いたら「とっくに過ぎてしまいましたよ」とのこと。その人が次の停留所で降りたのについて出て、反対側のバス停を教えていただいた。感謝m(_ _)mかなり離れた反対車線の停留所まで歩いてじきに来たバスで折り返した。

やはり田舎の病院という感じで、休日の見舞客も少なく、カフェはお休み。売店近くのロビーに人がいると思ったら母だった。杖をついてここまで歩いてこれるようになっていた。前日に妹2が来て車椅子でロビーに連れ出されて歩く特訓をされたので今日はここまで歩けるようになったという。
ややしばらくして妹2とツレアイくんがやってきて合流。5階の病棟の談話室で差し入れの鯛焼きでお茶をした。カフェが休みなので今日はベンダーマシンのコーヒーで我慢。

左右の足の骨の湾曲状況が違うので、今回は骨を切る角度も違い、周囲の筋肉にも手が入ったようで出血も多く、痛みが長く続いたので足が動かせず、筋肉が固まってしまい、それをほぐすリハビリが痛くて仕方がないらしい。
それでもこんな調子で階段の上り下りができない状態で退院させられてしまえばショートステイ施設にいくしかないよと少々おどすと、それは嫌だから頑張るという。病院のケースワーカーさんからケアマネージャーに連絡をとってもらうことになっているというので、無理やり退院させらることはないと思うが、まぁあと2週間後くらいかな?

10/11には名古屋の姪っ子2の結婚式があるのだが、本人は「行けない」と言うばかり。前から積極的に行きたいという気持ちがない母に、私がその気にさせようとずっと説得してきたが無理強いはできない。少々情けない母である。こういうババもいるっていうことだね。

冒頭の写真は、母の主治医の金子先生も加わった症例報告を貼りだした紙を撮影したもの。
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2014/08/14 母の右膝の手術、無事成功!病院も気に入ってよかったよかった


お盆も関係なく母の右膝の手術の日。仕事を休んで朝から立会いに行ってきた。3月の左膝の手術は実家の近くのD大学附属病院だったが、3月末で主治医の勤務先ではなくなってしまい、今回はその先生について久喜総合病院での手術となった。
JA埼玉県厚生連の病院。幸手総合病院だったのが移転してきたので建物も設備も新しく、水田の中にあるので母の病室からは稲の緑が綺麗で、白鷺が飛んできていた。D病院は看護師さんたちがすれた感じの人が多く、ナースコールをしてもなかなか来てくれなくて、母も見舞いにいった私たち姉妹もひどい病院だという見解で一致していたが、こちらはしょっちゅう覗きにきてくれるので母はすっかり安心できていた。
若い男性の主治医は気さくで私がいろいろ質問しても丁寧に応えてくださり、左右のどちらを先にするかについても私が2月に意見を述べたことを踏まえて見直してくださった柔軟な方。高脂血症で軽い脳梗塞もしたことがある母でも血流改善薬を止めないままで手術する方法もとってくださった。
今回は北本に住む下の妹2もツレアイがお盆休みで車で連れてきてもらって、一緒に手術の結果をお聞きするのに間に合った。看護婦だった妹は気になるデータの質問もして的確に応えてくれるし、やりとりの感じがいい先生だとのこと。母は運がいいと意見が一致した。
2回目の手術の後は、最初の時よりも気を抜いたリハビリになってしまう患者さんも少なくないので頑張ってもらってくださいとのことだったので、麻酔から覚めた母にしっかり伝えておいた。

D大学附属病院では食事がひどくて完食できたことがなく20日間で7㎏も痩せるほどだったが、今回はご飯もおかずも美味しいとベタ誉め。D病院で朝食に出てきたパンはお皿に6枚切りの食パンがそのまま出てきて食べられたものではなかったけれど、こちらでは8枚切りが2枚、袋に入って温かい状態で出てきたしキャロット味で美味しかったとのこと。

一人暮らしで介護保険で半日の通所リハビリを週3回利用しているため、D病院で長くいるよりもと、リハビリを頑張って退院を繰り上げてしまった母。娘3人も長くいなくてよいと支持したものだった。
久喜の病院にはリハで顔なじみの先生もいらっしゃるし、今回はゆっくり入院していようというつもりになっている。3週間ぐらいの予定。


久喜総合病院のサイトはこちら
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2014/05/19 大人喘息+風邪でダウン・・・ついでに薬の容器問題なども


このところの無理がたたったようで、いきなり肺が腫れてきた。私は8年ほど前に気管支喘息を発症している。喘息というと咳というイメージがあると思うが、肺胞まで吸い込んだ外気を通すのが気管支だから、アレルギー反応などがひどくなって炎症が起きると息苦しい状態になっていかにも肺全体が腫れてる感じになることがある。
土曜日の夕方そういう状態になり、一晩寝て日曜日の朝起きたら喉が腫れていて痰がからんで咳も出てきて、その後、鼻が腫れてつまってくるという症状の進行に。食事をとっては手持ちの薬を飲んで寝ている「寝てよう日」になった。天気がよいのにこういう状態になると勿体ないが、あきらめるしかない。

我が家にしたら早めの夜ご飯時、夜8時頃たまたまTBSの「駆け込みドクター」で 大人喘息が取り上げられていたのを見たが、まさにそういう症状。
急性症状の時は「咳喘息」といい、慢性になると「気管支喘息」となってしまい、喘息薬が欠かせない状態になる。
「成人気管支喘息」のわかりやすい記事
冒頭の写真は、グラクソ・スミス・クライン社の気管支拡張剤+ステロイドの吸入薬2種。以前は2つ別々の容器に入っていて(確か「フルタイド」とあと「?」=忘れた)、左側と同じタイプの容器でそれぞれを1吸入ずつ朝晩2回の処方だった。それがこの紫色の「アドエア」になって、2つの薬が一緒に入っていて、これを1吸入朝晩2回ということになった。
下に敷いてある説明書は、私が「アドエア」の品質のばらつきに対して問い合わせを入れ、最初の回答では内容的にひどいと思いつつ経過観察をしていて、その後の製品で同様の不具合を感じて本格的な問い合わせをしたことに対する回答書。

どういう不具合かというと、吸い込む時に異常に陰圧がかかって肺に負担感があるということだった。おそらく部品組み立ての際のばらつきによるものだろうと推測して問い合わせを入れた。薬局がきちんと仲介してくださって、同様の問い合わせが何件か発生していることもわかったが、メーカーではそれを検証する手法を確立していないことがよくわかった。最終的にはお客様相談室のようなところの担当者からの訪問説明を受けたが、納得はできないが、引き続き、品質改善をお願いしていた。

今年の3月、新製品が出た。それが右側の「レルベア」。内容は同じで1日1回の吸入でよくなったのだという。そして、圧倒的に吸い込みやすくなった。ほら、やっぱり吸い込みにくいという声が一定程度あったということじゃないのよ。私の指摘はおかしくなかったことが検証された。

しかしながら、薬剤は新製品が出るとしばらく様子見の期間があって、2週間分しか処方できないという規制がある。今回も併売されるというので、1ヵ月に2回受診、処方してもらうと余計にお金がかかるので、当面は1日2回の「アドエア」を継続してもらうことにしている次第。とにかく喘息の薬は高いのだ。

東京都は車の排気ガスからの大気汚染による喘息で起こされた裁判に負けて、喘息患者の治療を自己負担無料にしたが、都民でない私は対象外。1日の大半を都内で過ごす勤め人にも適用して欲しいがダメなのだ。助成制度を国の段階に広げて欲しいと思っていたところ、東京都がその喘息治療の助成制度を打ち切る方針を出してきた。
升添都政、ひどいと思う。

東京都の制度変更については、
「目黒通りハートクリニック」さんの記事がわかりやすい。
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2014/04/11 娘のうつの根っこにあるもの・・・


しばらくブログの記事アップができず、ご心配をおかけしてごめんなさい。お声かけもいただきましたが、私はなんとかやっております。
まずは、娘のことに関わることでのご報告。

娘は、東日本大震災で大学進学を決意し、この2年間通っていた・・・はずだった。しかしながら1年目の後半から学校に行く日が激減し、2年次進学の際の面談で教務担当の准教授の先生と「朝が苦手なら1限目の必修は捨てていいから学校に来る習慣をつけましょう」「登校日も4日ですむようにしましょう」ということで仕切り直しとしていた。

私が職場の関係で通っているカウンセリングルームのカウンセラーさんから、「娘さんは鬱病だけではなく、もともと発達障害があったのではないか」とご指摘を受け、元都立梅ヶ丘病院の院長だったS先生の特別カウンセリングも受けさせていただいたところ、やはり該当しそうだという判定をいただいた。
そこから、発達障害についての対応も必要ということで、さいたま市で社会福祉法人の常勤役員にもなっている女子高仲間にも相談。彼女の法人がさいたま市の中央区の障害者生活支援センターを受託しているので、そちらにまず相談し、その上でさいたま市の発達障害支援センターにつないでもらった。
発達障害支援センターの臨床心理士さんとの面談が始まったのが昨年の秋で、毎月一回の面談に一緒に通っている。娘の成育歴や現状を母と娘のそれぞれの面談の中でチェックシートで確認するだけでも数回=数ヵ月かかった。本人も納得の上でADHDという判定だった。
ADHDが根っこにあって、それによって人間関係がうまく築けないことから鬱病になる症例が増えていると、最近の報道にあったが、そういう症例に該当してしまうようだ。中央区のセンターの相談員さん、市のセンターの臨床心理士さんとの信頼関係がうまく築けたのがまず有難かった。

ADHDの典型症例のひとつに「うまく片づけられない」というのがあり、娘の部屋は足の踏み場もない状態にまでなっていた。相談の中で、それを私にしつこく言われるとパニックになるとまで言っていたようだから、本当に器質的に判断ができない状態なのだろうとわかる。そういうサポートのサービスがあるということで、自宅がある浦和区の障害者生活支援センターにつないでいただいて、そちらから隔週でヘルパーさんに来ていただいて、一緒に部屋の片づけが始まった。導入時には最初の相談員さんもご一緒してくださったですんなりヘルパーさんが来ることにも慣れていくことができた。
臨床心理士さんから紹介された、おそうじの講習会には参加する気になっていたものの、当日行けなくなった。

大学の方は、やはり後半から行ったか行かないか私には明言しない状態となっていて、学年末の成績表が届くまでのイライラの日々が続いた。案の定、2年で20数単位しかとれていない。
そういう状況も踏まえて、臨床心理士さんと打ち合わせの上でどうするかを娘に判断させるような面談をしてもらい、3択の中から「休学」となった。本人もそうする気持ちになっていたようなので、とりあえず休学して生活の立て直しをすることを優先することを確認。
4/11の面談で、ひきこもりなどの若者のサポートセンターの紹介もしていただき、浦和区のセンターの相談員さんにも何かよい施設を紹介してもらってくださいとのことで、翌12日には朝一番で相談に行った。
しかしながら、すぐに見学に行けるわけではなかった。主治医の確認をしてからとのこと。

ゼミの教授から面談にきてと呼び出しもあり、それもようやく4/18に行ってきて休学手続きの書類をもらってきたが、私にはまだ見せてもらっていない。休学の学費は月末までに納入とのこと。進学のOKを一人で出した父親への報告をせっついていたが、ようやく週末に一緒に遊びに出かけた時に話をしたとのこと。
臨床心理士さんと話をして、娘が自立できるようになるまでの長期戦を支えてくださいと言われ、覚悟は固めているものの、それでも疲労感の中にいてたまらない。また、泣けてきた。

冒頭の写真は、4/5に自宅近くの隠れ家カフェ「サイエスタ」に行った時に撮影したジューンベリー。真っ白で細い花弁の花がたくさん咲いて美しい。その名にあるように6月に実をつけ、ジャムにすると美味しいそうだ。マネージャーのWさんは、カフェも開きながら、教室も開き、そこで障害者も参加して手芸品が立派なものができたら堂々と市販のルートに乗せていこうという意欲を持たれている方なので、娘と一緒に行っての近況報告もできるのが有難い。
こういう方や、女子高仲間、多くの福祉の関係者に支えていただいて、なんとかやってきています。

(追記)
最近のネットニュースで、ADHDなどの発達障害と化学物質過敏症の原因として環境中の微量化学物質の影響が考えられるという報道を見た。なるほどと納得。さらにネット検索するとそういう情報がたくさんヒットした。「化学物質過敏症と発達障害の関係」とタイトルにあるこちらの記事がわかりやすかった。妹2が化学物質過敏症、私は喘息、娘はADHD。遺伝のせいかもと思っていたが、どうやら環境汚染という問題も大きな要因としてあるのではないかと思う。
女子高仲間が県の職員で特別支援学校で働いているが、少子化社会なのに特別支援学校にくる子どもが増えているという。社会の受容性の低下の問題が大きいと思ってきたが、環境汚染の問題も大きいと思い当ると合点がいく。
これは我が家だけの問題ではないと痛感した。



映画「奇跡のリンゴ」が2013年6月8日から放映されるようです」
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13/09/01 ビッグイシュー日本10周年記念の講演と対談を聞いてきました


ホームレスの自立を支援する『ビッグイシュー日本版』をJR四ツ谷駅前に立っている販売員さんから買わせていただいて愛読している。毎号ということではないが、HPでチェックして面白そうだと思える号を買わせていただいている。
『ビッグイシュー日本』のHPから「ビッグイシュー日本とは」
毎号連載で「ストリートエコノミクス」を連載している浜矩子さんと第206号(2013.1.1)の特集「『縮小社会』を生きる」で登場していた哲学者の萱野稔人さん
の講演と対談企画が9/1に「10周年記念連続イベント」として明治大学リバティタワーで開催されるということで、女子高時代の友人を誘って参加してきた。
以下、ご報告させていただく。

冒頭に、イギリスのビッグイシュー創始者であるジョン・バード氏の挨拶があった。施しではなくビジネスとしての取り組みだったからこそやる気になったし、世界に広がっているということを情熱的に話されて感銘を受けた。
【講演と対談「これからの日本を考える」浜 矩子さん×萱野 稔人さん】
各自20分ずつの講演の後、司会者なしで二人でしゃべるという型破りの対談だった。
浜 矩子さん講演
成熟した社会とは大人の社会。桂文珍の落語「老楽風呂」からイメージして「老楽社会」という本を書いている。本当の「老楽社会」に必要なマインドとして3点。
①他人(ひと)の痛みがわかること。他人の痛みが我がことの如くわかるようになることが人間の成熟度の試金石であり、感受性、想像力がなければならない。
②他人(ひと)のために動くこと。痛んでいる人のために動くこと。
③「足るを知る」(落語のお爺さんが力説していた)を超えること。「足るを知る」には自分さえよければというニュアンスがあり、自分の他に目がいっていない。
本当の大人の条件は、③と言っているだけでなく、①②が内包されていなければならない。
その上でアクション(行動)していくために必要な3つの手がある。
①(痛んでいる人に)さしのべる手。ジョン・バード氏の言われたリフトアップするための手。
②抱きとめる手。包容力の大きな社会、包摂度の高い社会にすること。
③握り合う手。上から目線ではなく、パートナーとして支える。
この3つで「足るを知る」を超えていける。

萱野 稔人さん講演
氏の「縮小社会」論をパワポでデータをいろいろ示して概説。名目賃金の日米欧比較のデータからもわかるが、日本だけが下がっている。企業だけ内部留保を増やしたり株主配当を高率で続けて、労働分配率は下がり続けている。サプライサイドだけの経済政策の発送を変えない限りはもっと悪くなる。物理的縮小だけでなく人為的な縮小であることを理解し、自分たちの意識だけでなく、政策の中身まで変えていかなければならない。

対談
浜さんの「縮小社会」のイメージは全く違っていて、成長ではなく、成熟した社会というラクになるイメージ。分配の仕方も成長の時代と違ったものとして発想を大転換して注力していく。
「分配の仕方」についてがテーマになっているのに、萱野さんはそこが提起しきれない焦燥感が漂っていた。どう抗っていけばいいのかと投げかけると浜さんが答えた。
バッシングには必ず「本末転倒」や「すりかえ」がある。それをごまかされない、まやかされないで、粘り強くめげないでやっていくことだと。
企業の内部留保が上がることについて、買収に備えるためだと言われてしまう。それをどう一蹴(イシューにひっかけている?)するかという投げかけには「基本に戻ること」だと返された。銀行でもない企業がお金をためこむのはおかしい。買収に備えるというのは敗北の論理であり、企業の「企」はくわだてであり、くわだては楽しいことで、楽しくなくてはいけない。
佐野さんのビッグイシューの10周年の奮戦記には、つらくて大変そうなことをやっているのに「面白い」「おかしい」「楽しい」という言葉がたくさん登場している。(冒頭の写真はその本の表紙)
浜さんは、アムネスティインターナショナルの「希望のための陰謀」という言葉が気に入っているという。今の状況を踏まえて希望の種を蒔く、希望の灯をともし続けることだ。
若手の萱野さんは「希望をどうやってもてばよいか」という質問をよく受けるが、そこはおいておいて、楽しい社会にする企ては考えられるという。「排除に抗う社会」として、「機会」を作り出すが大事でその一つがビッグイシューのような取り組みだ。

会場からの質問に答えて
会場の何人かとやりとりがもたれた。せっかくなので私もひとつ質問させていただいた。分配の方法がテーマになっているので、206号の特集「『縮小社会』を生きる」で萱野さんが否定されている「ベーシックインカム」についての浜さんにお聞きしたいとお願いした。萱野さんも「僕も聞きたい」と賛同してくださって、浜さんのお考えを聞くことができたのが大収穫だった。
「ベーシックインカム」はしくみがどう設計されるかが問題だが、本質的なコンセプトとしてはいいところをついている。誰もがまともに生きていくことができる社会として、まともな収入=ディーセントインカムが得られるしくみとして考えることだ。
萱野さんが否定的な見解についての説明もひとことあり、一律に現金を給付するような方法ではダメで「機会」を与えることが大事だと強調された。
浜さんからは、現金が必要な場合もあるし、ディーセントライフを送るためにその時に必要なものが与えられることが必要だと語られて、ようやく落としどころを得たように思えた。
他の方とのやりとりの中でも、浜さんの「だまされてはいけないし、絶望してはいけない」という言葉や、本日の参会者を「素晴らしき縮小社会のための市民たちの陰謀の決起集会」の参会者と表現し、そういう人がこれだけいるのだから希望を捨ててはいけないという言葉が印象的だった。

この日の夜7時のNHKのニュースで『ビッグイシュー日本』が10周年を迎えたというコーナーが5分くらい設けられ、この集会の様子も開会前の佐野代表インタビューとジョン・バード氏の挨拶が映し出されていた。
実は会場を斜め後ろから撮影した映像に私の後ろ姿も映っていたらしい。動体視力がよくないので一瞬だとパッと見とることができなかった。ご一緒したAさんから教えていただいた。有難うm(_ _)m
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13/07/27 大宮の歯科から大久保の接骨院へ身体メンテナンスのハシゴ


今週の仕事中に奥歯に違和感を感じた。詰め物のところが舌にひっかかるのだ。親知らず抜歯のための紹介状を書いていただいて以来、しばらく歯医者にいっていないから覚悟を決めてすぐに土曜日に予約を入れた。ついでに娘の分もと思ったが、一人分の空きしかなくて、翌週に2人分の予約も入れておく。
大宮ソニックシティの中にある本多歯科へ。パスポートセンターの隣に埼玉県物産観光館「そぴあ」がリニューアルオープンしていた。来週も娘と来ようっと楽しい気分になる。

受診した結果は、歯の詰め物の問題ではなく隙間から虫歯になっていて本格的治療が必要とのこと。少し削って抗菌剤を詰めて来週からということになった。マウスピースの劣化点検の方はまだ大丈夫とのこと。次回から麻酔かなぁとちょっとめげる。

JR大宮駅から湘南新宿ライナーに乗って新宿へ。そこから大久保に回って佐々接骨院へ。
日曜日の夜、私の神経を逆なですることを平気で言ってくれた母と電話で喧嘩になってしまい、胃痙攣とともに右の首が攣ってしまった。その痛みが肩甲骨の内側の痛みとなって残ってしまい、モーラステープを毎晩貼ったらかぶれてしまい、痛み止めの薬を飲みながら1週間過ごしてきた。
低周波治療の後でほぐしていただき、首も矯正。これでやっと痛み止めからは解放される。

冒頭の写真は、院長の佐々先生に片岡鶴太郎さんから届いた「七福神」の絵。私にも「福」のおすそ分けをお願いしたいなぁ。

喘息症状もひどく苦しいまま一ヵ月になるので、前日の26日には小川耳鼻科で気管支拡張剤の種類を変えるという処方になった。様子見で4日処方なので週明けにはまた行かなければならない。メンタル的な状態がよくならなければ、喘息もよくならないとのご指摘をいただいたが、気の持ちようとはいいながら、まぁなかなか難しいかなぁと・・・・・・。

木曜日の夜に「身体はどう?」などと猫なで声で珍しく母の方から携帯で電話が入った。「携帯は壊れてなかったの。お掃除のヘルパーさんが充電器をずらして拭いてくれた時にはずれてしまって充電がうまくできてなかっただけみたい」との報告あり。
実家の方に行かなくてよいなら、1週間かけてようやく赦す気持ちになってきたこともあり、ジブリの映画が好きな人なので、日曜日に天気がよければさいたま新都心のシネコンで一緒に観ようということにした。
今晩の隅田川花火大会はゲリラ豪雨で中止になってしまったようだ。明日、天気になぁれ。そして年老いた母と喘息の私が熱中症にならない程度の気温でありますように!
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13/07/25 娘関係の役所廻りと美味しいベーカリーランチ


7/15には娘の大学の指導教官と面談していただき、23日には娘が一人でカウンセリングの打合せに行ってきた。29日から本格的に始めていただくことになったようだ。
さいたま市の方の相談窓口への相談と年金の更新手続きも今月いっぱいに書類提出ということで、7/25は一日休みをとって、娘と一緒に役所廻りを決行。

冒頭の写真に写っているチラシは、さいたま市消防音楽隊が庁舎東側広場でランチタイムコンサートをやっていて配布していたもの。「住宅用火災警報器」の点検のすすめと「緊急時安心キット」の紹介が載っていた。よくみると我が家は申請すればいただける世帯のようであり、支援課に行ってさっそく申請してみた。

ところが申請が滅多にないらしく、職員さんが聞きまわってようやく知っている人に行きついたらしいことが窓口からよくわかってしまった(^^ゞそれでも在庫がきちんとあって、お渡しいただいて説明を受けたのが右に写っている。
いざという時に救急隊が正確な情報を把握して救急搬送態勢を整えるためのもの。中に「緊急情報シート」があって、緊急連絡先や持病や障害の状況、かかりつけ医療機関を書くようになっている。それを入れた筒を冷蔵庫の中に入れておくのがポイントで、その目印になるシールが2枚、玄関入ってすぐと冷蔵庫に貼っておいて救急隊によくわかるようにするというしくみになっている。

実は独居老人世帯の実家の母のところにも民生委員さんから届けられたキットがあって、私が「緊急情報シート」を書いて入れておいた。そういうわけでチラシをもらっただけですぐにピンときたというわけだ。

さいたま市の相談窓口は夕方の予約だったので、娘といったんいつもの「サイエスタ」でランチ休憩。
下の写真は、ランチプレートの後のお替りパンを自家焙煎コーヒーと一緒に撮影。お部屋の雰囲気もわかるように撮ってみた。

帰りがけに、店の入り口に私がよく物品提供をしている社会福祉団体のチラシがあったので、そういう話になった。主宰者さんは若い女性なのだが、障害をもった方が作業所や授産施設などでつくる作品でもきちんとした商品であればしっかりしたルートで販売するべきだというお考えの方だということがわかって嬉しくなった。
「サイエスタ」で開かれている手芸教室などもそういうったことにつながるといいなぁという第一歩なのだとのこと。
娘もとりあえずは大学だが、その後の社会参加の道を探っていきたいので、お味方が近くにいてくださったことがわかった。本当に心強い。

その後はさいたま市の保健所の地続きにあるセンターをめざしていき、相談の面談。今回は区の方の窓口で、ここからさいたま市の方につないでもらうことになった。壊滅的な娘の部屋の片づけも相談員さんとヘルパーさんで応援を受けられるということもわかったのも現実的に嬉しい。
有難いことだ。
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13/02/09 親知らず抜歯後の予後が悪いとのことでめげる


2/9(土)の午後、親知らず抜歯後1週間で抜糸に行って来たら、担当のS先生に瘡蓋が一部はがれてしまっているので治りが遅くなっているとお聞きした。本当はこの日で終わる予定だったが、来週もまた診せてくださいとのこと。抗生物質と鎮痛剤の処方が続く。来週もまだ予後が悪いようであれば、別の抗生物質に変えて続けるとのこと。
午前中は皮膚科に行ってきて、1日で2ヶ所の医療機関に受診したらもうそれで疲れてしまって、帰宅後は夕寝してしまった。

そうしたら、家の中の処分したいが手がつけられない物の山の中で途方にくれるという夢を見てげんなりして目覚めるという状況に・・・・・・。

そういえば、実家の母がテレビで片づけのコンサルタントを頼んでタレントが部屋をすっきりさせる番組の悪口を言っていて共感したことを思い出した。
「若い女の子が片づけのコンサルタントだって出てきて、なんでもかんでも捨てれば人生すっきりっていうのよ。ひとつひとつの物にいろいろな思い出とかがあるのに、それをそんなに簡単に思いきれるもんじゃないわよ。頭にきてテレビ消しちゃったよ」

いろいろと思いがあるのを整理するのに時間がかかるというのは、こりゃあ遺伝だなぁと思い当ったものだ(苦笑)

10(日)も朝簡単に食べてから薬を飲み、昼まで寝て昼食後に薬を飲み、隣駅のヨーカドーまで行ってきた。3日連続の5%引ハッピーデイの最終日でもあるし、気晴らししつつ充電できる単4電池を買ってくるのが目的だった。我が家の充電できるタイプは単3しかなかったので、テレビとデッキのリモコンの電池が弱くなってきたこの際、使い捨てから切り替えることを決断した。
ところが、家電売り場をいくら探しても見つからない。イオンで買った充電器を持っていったので、通りかかった店員さんに「これに使える電池の方はないですか」と聞いてみたら、「当店では扱っていないです」とのこと!それってどうよ!!

「品揃えしておくべきだと思いますよ。担当部門に伝えてね」としっかり要望しておいた。ま、私の大き目サイズのカットソーを買って帰ったけどね。
充電できる電池の方は♪「20日30日5%オ、フ!」でイオンに行って買おうかなぁ。それにしてもイオンの20日30日は平日の日中でもものすごくお客さんが多いんだよね。ある時、平日に半休した時に何気なく買い物に行ってびっくりした。売り場の棚もガラガラになっているところもけっこうあってさらに驚く。年金暮らしのご家族や、平日に休みがある夫とともにきている若い世代の夫婦などで混みあっていて、少しでも安く買い物したいという庶民の暮らしを垣間見た。
これで消費税8%とか10%にしたら、内需が冷え込んでどうしようもないと思うんだけどな。
とか、連想はすすむのであった・・・・・・。
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13/01/25 【謹告】テレビ東京で花粉症患者として映る予定です


今週金曜日=1/25夜、テレビ東京の報道番組「ワールドビジネスサテライト」の花粉症特集のコーナーの冒頭で患者として映る予定です(滝汗)
職場の近くの小川耳鼻科で気管支ぜんそくの減感作療法を続けているが、小川先生は何回もテレビの取材を受けているということで、確か一昨年も花粉症特集でテレビに映っていたのを私も偶然見ている。
一昨年2011年も花粉の飛散量が多いという予測で、そういう報道に力が入っていた。ところが3/11の東日本大震災で日本全国、花粉症どころではなくなってしまったという記憶が強く残っている。

現在、日本では減感作療法も保険適用になるのは注射による方法だけで、アメリカで普通に採用されている舌下療法については、大きな医療機関での治験が続いているらしい。確か一昨年もそのような情報を紹介していたと思う。

さて、今回は私が患者として映ってしまうことになってしまった。映りもよくないと思うので恥ずかしいし、無理して見なくていいですしということではあるが、皆様に謹んでお知らせ申し上げる次第。
しかしながら何か大事件等が起これば、予定は変更になるかもしれません。その時はその時で・・・・・・(汗)

テレビ東京の報道番組「ワールドビジネスサテライト」は毎週月曜日~金曜日夜11時から。
公式サイトはこちら
(オンエア後の追記)
「花粉症特集」の冒頭にチラッと患者らしく大人しく映っただけですんでホッとした。見ていただいた方にコメント、メールなどをいただいた。
名古屋の妹、大阪のコメント常連さま、職場には九州からの閲覧来室者までご覧になったとのことで、テレビ東京とはいえ、全国に提携局のネットワークが広がっていて全国的に映ってしまったことがわかった(^^ゞ
まぁ、お世話になっている小川先生への義理が果たせたということで、安堵した。
皆様、有難うございましたm(_ _)m
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