ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

08/03/06 こまつ座「人間合格」で太宰治に興味が湧いた!

2008-04-07 23:59:28 | 観劇

花散らしの雨模様の一日。昨日は風が強く花粉が吹き付けて絶不調。今日は今日とて気圧変化の影響をもろに受ける。
気を取り直して3月に観た「人間合格」の感想を書いておこう。太宰治は教科書で「走れメロス」を読んだだけで、代表作「人間失格」も読んでいない(数行で挫折)し、最後は情死したということしか知らない。どうも心中する作家には興味が持てず有島武夫も同様に読まない。井上ひさしが書いた評伝劇なら素直に観ることができるので太宰入門のいいきっかけになることも期待しての観劇だった。

こまつ座の公式サイトより第八十四回公演・紀伊國屋書店提携「人間合格」の概要
作・井上ひさし 演出・鵜山 仁
今回の配役は以下の通り。
岡本健一:津島修治 山西 惇:佐藤浩蔵
甲本雅裕:山田定一 辻 萬長:中北芳吉
田根楽子:青木ふみほか七役
馬渕英俚可:チェリー旗ほか七役
公式サイトからあらましを引用。
「太宰治、本名津島修治。その青春の日々を鮮やかに描いた、評伝劇の決定版!
昭和五年、春。晴れて東京帝国大学に合格した青年津島修治は、郷里津軽の生家を離れ、高田馬場の下宿で学生生活を始める。彼は、ここで瞬く間に、生涯の知己を得た。帝大生の佐藤と、早大生の山田。夢を追い、理想に燃える三人の若者は、妖しいカフェーで論争し、貧乏長屋で激論を戦わす。世はまさに、テロルの嵐の吹き荒れる激動の時代。若者たちは時代の波に翻弄され、そして戦争という巨大な大渦へと飲み込まれてゆく……。」

知らなかった、知らなかった、太宰が弘前高校時代から自分の生まれ育った境遇を恥じてその醜い実情を告発する内容で小説を書いていたなんて。上京すると本格的に左翼のシンパとして大地主の生家からの仕送りからお金をどんどんカンパしていたなんて!自らの出自への強いコンプレックスから資金面で支えるしかできないという屈折。こういう屈折が彼の文学を貫いているから、ああいう暗い自虐的な文章になるのかな?それなら読んでみても面白いかもしれないと思えてきた。

戦前の日本では、天皇制や私有財産制度をなくそうとする思想・結社・行動を取り締まる治安維持法による左翼の取り締まりはとにかく徹底的だった。レジスタンスの力が強かったフランスなどとは比べ物にならないほど、日本の民主主義とか社会主義運動の力は弱かった。圧倒的に農業従事者、それも大地主の下での小作人が多く、労働者が少なかったからだろう。地下活動も壊滅させられてしまうほどの絶対の権力との闘いの下にいたのだ。
東京での佐藤と山田との3人トリオの「風呂敷劇場」などでインテリの左翼活動のイメージをもつことができた。私が子どもの頃のTVで東京凡太がコントに使っていたような緑地で唐草模様を白く抜いた大風呂敷を背景の幕に使い、大衆(今やあまり使われていない言葉だけど)向けの啓蒙劇をしていたのだ。チラシの風呂敷は赤地のなっていたがひとひねりしたものだった。ようやくチラシのデザインも納得!!
町中に隠れ住んで偽名を使って人々の中に紛れ込んで働き、密かに印刷した新聞やチラシを配り、話を聞いてもらい、賛同者を増やすという活動をしていたのだ。その苦労多い日々がこんなに可笑しくせつない芝居になってしまうところが井上ひさしだ。

風呂敷劇場で芝居に目覚めてしまった山田は戦線を脱落し、そちらの道を歩む。津島は心を病んだりしながらもその挫折と屈折を小説に吐き出していく。佐藤だけが、全国を転々とし、名前を変えながら、その精神を貫いていた。
津島家の番頭格の男・中北は修治ぼっちゃんを可愛がりながらも家長からのお目付け役をしっかりつとめ、修治を左翼の仲間から切り離そう切り離そうとからんでくる。当時の世渡りのうまい国民の代表として登場させているのかもしれない。その時その時を一番うまく乗り切っていく。だからこそ戦争が終わり価値観がひっくり返ると、鬼畜米英と言っていたアメリカのGHQにすりよる。土地解放で没落しかける主家を支え、家長が立候補した選挙でも買収の先導をつとめる。幼い頃から可愛がられた中北のそういう節操のなさ、汚さに耐えられないという修治の叫びは心を打つ。
山田は体制翼賛的な劇団で名を上げていたので戦後は凋落し、ついに発狂。佐藤は全国を転々とした生活の中で痛めつけた身体が持たず、結婚したのに早世。修治は孤独に沈む。酔いつぶれてつっぷす屋台に新しく労働組合をつくって絆をつくった若者のグループの姿を対置させての終幕。絶望と希望が並んで示され、人間社会には常に両方があるのかもと思わされた。絶望も否定せず、希望も幻想と笑うまい。

キャストに一言。
岡本健一は「タイタス・アンドロニカス」初演のエアロン、「妻をめとらば」の石川啄木、「氷屋来たる」の若者役のどれもよかったが、太宰はまさにベストキャスティングという感じがした。
山西惇はTVドラマ「相棒」で見慣れた顔だが、一番誠実な佐藤浩蔵という人物をめちゃくちゃ好演していた。旅館の板前で潜伏していて2人と再会したのに話しかけたくても我慢を重ねる場面なんてもう絶品のよさだった。
甲本雅裕はTVなどでは変質的な役で観ることが多いが、この山田役はノリのいい人物で上滑りに生きてしまったことへの悔いが全身にあふれ、涙もあふれている姿により見直した。
辻萬長はすまけいが持ち役だったこの役に体当たりだったらしい。中北というこの芝居で一番の俗物役を津軽弁で飄々と演じきらなければ芝居が成り立たない。これも現在のベストキャストだと思う。最後の屋台のおじさんもいいね。
田根楽子と馬渕英俚可の2人の女優はそれぞれの場面場面で7役ずつの演じわけが見事。田根楽子は「寝坊な豆腐屋」のとぼけたお手伝いさんで見たことがある。今回の青木ふみの若後家さんも可愛かった。馬渕英俚可は「オセロー」のエミリアがよかった。この二人が意味も分からずに三味線と鉦をつけて歌った「インターナショナル」の繰り出しが可笑しかった(笑)

こまつ座の前回公演「円生と志ん生」の記事はこちら(末尾に井上ひさし関連の記事のリンクがついている)
今年は井上ひさしの戯曲の舞台の上演が多いので、しっかり観たいと思っている。

写真は、こまつ座のサイトより今回公演のチラシ画像。


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7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
太宰は『合格以上』 (新潟の杉田さん)
2008-04-08 00:31:26
こまつ座の『人間合格』まで観てくるなんて、ますますうらやましい!

しかし、太宰をそんなに知らなかったとは、聞いてくれればよかったのに。『人間失格』に数行で挫折するなんて、問題だぞ!ピカチュウ!
しかも、私が研究テーマにしていた有島まで読まないなんて・・・白樺派の中でも、彼がもっとも現実的だったことを知らないな・・・!

それはさておき、太宰は小説家としてはすばらしい才能の持ち主だと思うけど、基本的には「時流に流される」タイプだから、若き日の彼だけ見てあんまり期待しないでね。太宰よりも、有島や宮沢賢治のほうが、ずっと誠実に生きたと私は思っています。

でも、天才であることは、間違いありません。先日中学生の息子の教科書で『走れメロス』を読み、その流麗でたたみかける文章に、あらためて感激しました。計算されつくされてるんだよね、文脈が。

人間として『失格』かどうかは難しいけど、文学者としては間違いなく『合格以上』が太宰です。
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★新潟の杉田さん様 (ぴかちゅう)
2008-04-09 02:26:16
あの頃の私は小説を読まなかったので、日本文学専攻の貴女さまに聞くなんて専門的すぎて、きっとついていけなかったですよ。
年とってきてようやく小説も面白いかもって思うようになってきました。戯曲もシェイクスピアから読むようになって、井上ひさし作品を集中して読むようになったのはごく最近です。絶版本をGETするためにヤフオクでセット売りで入手した関係で意地になって読んでます(^^ゞ
>「時流に流される」タイプ......そうでしょうねぇ。大丈夫、早合点して早飲み込みしてガンガン読んだりしないから。とにかく観劇してプログラムを読むのが忙しく、読書は後回しになる傾向が強いので、太宰までなかなか行き着かないと思います(笑)
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私も・・・ (恭穂)
2008-04-09 21:00:14
ぴかちゅうさん、こんばんは!
私も太宰治は昔挫折したことがありまして(笑)。
でも、この舞台は全く飽きることなく、
最後まで楽しんでみることが出来ました。
静かに描かれたラストシーンが印象的でした。
初見の役者さんが多かったのですが、
他の舞台も観てみたくなりました。
もちろんこまつ座の舞台ももっともっと観たいです!
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★「瓔珞の音」の恭穂さま (ぴかちゅう)
2008-04-09 23:02:52
恭穂さんは「人間合格」を2回ご覧になっているんですよね。TBしていただいた記事にリンクした初回の記事もしっかり読ませていただきましたm(_ _)m
井上ひさしの戯曲を読んだり舞台を観たりを重ねてきて、初期の作品から最近の作品までずいぶんと変化があったんだなぁとぼや~っとですがわかってきました。どの時期の作品も面白いです。
また、こまつ座の舞台は小さい劇場で少人数の俳優で上演するのでそれに合った作品になってもいるようです。さらに音楽劇にふさわしい役者を揃えての舞台なので見ごたえも聞きごたえもあって嬉しいのです。
これからも井上ひさし作品は、こまつ座の舞台もそれ以外の舞台も東京での上演をしっかり観ていこうと思っています。
次の井上作品の観劇は「道元の冒険」!楽しみですね!!
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人間ドラマ (midori)
2008-04-09 23:30:48
ぴかちゅうさん、どうもです♪
こまつ座とは遅まきな出逢いですが、その面白さに、
舌を巻きつつ楽しんでいます。
人間を描き切る、演じ切る。
そのことで、伝わることや感じることがあることを
今回も噛み締めた気がしました。

感想をアップしていたので、トラバさせていただき
ました。
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こんばんは~♪ (真あさ)
2008-04-11 01:39:44
こまつ座の舞台大好きで、この舞台も前回も観劇した記憶があります。

こまつ座から届くお手紙も好きでね~
読んでいると“行かなくちゃ~”になっちゃうのです。
ぴかちゅうさんの細やかな観劇と比べると、あまりにものほほんしすぎの私の感想だなあとちょつぴり恥ずかしくなりました~
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皆様TB&コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2008-07-02 20:38:36
★midoriさま
この間いろいろあってコメントのお返事せずにきてしまったのですが、「父と暮せば」にTB&コメントをいただきましたのであわせてお返事させていただきますm(_ _)m
井上ひさしの舞台は、重たい内容をあまりそう感じさせずに見せてくれます(それってすごいことですよね)。今回もそうでした。太宰治は食わず嫌いでしたが、この舞台を観たらなんだか興味が湧いてきました。絶対読まないぞという感じでしたが、機会がめぐってきたら手にとってしまうだろうというように変わりました。当面は他に読みたい本が優先になりますけどね(笑)
(注)midoriさんのTBがうまくついていないのですが、お名前をクリックするとmidoriさんの記事を読んでいただけますのでご紹介(^O^)/
★真あさ様
新派120年記念「鹿鳴館」千穐楽の幕間でお会いできてよかったです。
>こまつ座から届くお手紙も好きでね~。読んでいると“行かなくちゃ~”になっちゃうのです......井上都さんの手書き文字を生かしたあのお手紙はいいですよね。「闇に咲く花」もなんとか観ようという気になっています(^O^)/
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