最近のニュースで産気づいた妊婦が救急車で運ばれたが受入れてくれる病院がなかなか見つからずについに死産になったという事件があった。解せない。「満床だ」「産科の初診の患者は受入れない」という回答が続いたという。何故こういうことが起きるのだろうと考え続け、思い当たったのはその妊婦さんはもしかしたらお金がない人だったんじゃあないだろうかということ。妊娠しても産科医院のかかりつけがないというのはそういうことではないだろうか。詳しい状況はわからないが、もしそういうことだったらお金がないための悲劇だったのかもしれないと想像した時にはゾッとした。
そんな時にマイケル・ムーアの新作ドキュメンタリー映画「SiCKO(シッコ)」。観たいと思いつつ8/25に封切られて日が経つ。近くのシネコンでも上映回数が極端に少なくなっている。しかしながら、「HERO」の記事にももんがさんから「Sicko(シッコ)」のおすすめのコメントをいただいて勢いがつく。先日のミニミニ同窓会でイギリスの医療制度が破綻しているはずと言っていた友人と観て真偽を確かめようと思いつき電話してみると秋葉原にいた。そして夕方まで時間があるというので日比谷のシャンテシネで一緒に観ることに決定。
座席指定券をとっておいてもらって合流。上映時間まで日比谷公園の
松本楼でお茶。私は初めてだったがなかなかいい感じで苺シュークリームとフレーバーティーが美味!
マイケル・ムーアの作品は「華氏911」は観ていないが、「ボウリング・フォー・コロンバイン」を職場の有志の上映会で観ている。
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先進国で唯一「国民皆保険制度」のない国アメリカ。中流の人々でも医療費や介護費用が払えなくなって破産するという話は聞いたことがあった。さてその実態をどう見せてくれる?!
マイケル・ムーアが医療問題の事例を募集したら短期間に25000件のメールが集中。取材が始まる。
まずは保険会社に入れない5000万人の人々の例。既往症があったり肥りすぎ・痩せすぎだったりすると入れない。既往症リストをスターウォーズのエンディングのパロディで見せた手法は大爆笑もの。受付センターで働く女性は気持ちを入れたら精神がもたないと思い出しただけで泣き出してしまう。入っていない人が指2本を切断する事故にあっても手術費用の高い方の指はあきらめたというすごい例。
次は入れた2億5000万人の人々の例。そんな病気まで書かないと調べられて虚偽申告という理由で支払い拒否されるのかという例。今では保険会社に事前の許可を得て系列の病院で受診して始めて医療費がもらえるのだという。
また安い保険では保障範囲も少ない。夫が心臓病、妻がガンになった老夫婦は家を処分して娘の家の物置に住むことになった姿に医療費破産の実態を見せつけられる。
一番ショックだったのは保険でお金が入ってこない患者がスラムの救護施設前に捨てられている事例。病院のスタッフが車で患者を棄てに来るのだ。
国境を接するカナダに無料の医療を非合法に受けにいく人の例。カナダの友人の内縁関係ということにして受診すれば無料で診てもらえる。
ムーアは医療費が無料の国への取材を続ける。カナダ、イギリス、フランス、キューバ。
9.11同時多発テロ事件に関わった人々。「英雄」と活躍を讃えられた消防士や救命士たち。粉塵の中の作業に疾患の医療費を保障するための基金も鳴り物入りでできていた。ところが対象は任務についていた職員限定で医療機関の因果関係の証明がいる。エリア外からもボランティアで駆けつけた人々は対象外で治療を拒否され、今も呼吸困難やトラウマによる衰弱性疾患に苦しんでいる。一方犯人のアルカイダメンバーが収容されている施設の医療体制の充実ぶり。ムーアは苦しむ消防士たちを乗せて3隻の船でグアンタナモ海軍基地に海から近づいていく。ハンドマイクで「アルカイダたちと同じレベルの医療を受けさせて」とよびかける。もちろん答える声はない。
そしてグアンタナモ基地近くで国境を接するキューバに彼らを連れていくと......。同じ薬が信じられないくらい安く売られている事実に泣き出す女性救命士。薬局からハバナ病院に回ると名前と生年月日だけできちんと診察・検査・ケアプランづくりまでしてくれた。
アメリカの医療制度がどうしてこうなったかもきちんと論証される。医療がビジネスになり、いかに儲かるかという論理で動かされている。医療関係のロビイストは議員の4倍もいるという。ヒラリー・クリントンの「アメリカでも国民皆保険制度を」という試みもつぶされている。居並ぶ政治家の映像にその分野の企業からの政治献金額のタグが貼り付けられるのも凄かった。もちろん最高額はブッシュ大統領。
アメリカの議会で証言した医師。医療の否認率の数字が定期的に発表され、否認率が高いほど評価が高まるという。今はこれまで否認状にサインしてきた6000人に申し訳ないと思っていると。
一方、医療費無料の国のイギリスでは患者の状態がよくなったり禁煙させたりすると医師にボーナスが出るのだという。この医師に対するモチベーションの持たせ方の違い。
アメリカでは「医療費を無料にすると社会主義になってしまう」というのが最大の攻撃の論拠。反共の国アメリカ。社会主義=自由のない国というイメージのおしつけ。アメリカでもお金がない人には自由も権利保障もないと思うのだが、それは頑張れば得られるものでそれを求めて人は力を発揮するという考え方が正義だとされる。じゃぁ頑張れない人は頑張らないのが悪いので劣悪な状況にあるのも自業自得という論理。
しかし今回紹介された国で社会主義の国はキューバだけ。キューバの消防士たちが9.11の英雄たちを暖かく迎えた姿も感動的。キューバの支援の申し出をアメリカの政府が断ってかけつけられなかったという。
あとのカナダ・イギリス・フランスは資本主義国だ。カナダで医療費無料の制度を提案した人物は自国で尊敬する人の第一位になったという。この医療制度の素晴らしさを語った老人は保守党党員だという。「医療はそういうこととは別さ。助け合いの精神さ」という。イギリスでもフランスでも「助け合いの精神」というキーワードが聞かれる。
医療費が無料の国の人々に「支払いはどれくらい?」という質問を繰り返すムーア。「?(質問の意味がわからない)」→「フリー。アメリカはそうじゃないの?」という反応が相次ぐ。
子どもの出産も無料。乳児のいる家には週2回の家事援助サービスが無料で派遣される国。フランスの出生率回復の実態もよくわかった。日本でできないのは税金の使い道の優先順位を間違えているからだろう。
国民全員が無料医療の恩恵を受ける国の実情。確かに税金は高い。その負担をしている人たちが「助け合いの精神」をきちんと自覚的に持っているからこそ成り立つ制度。そして制度を維持しているのはピープルズパワーだということも語られている。そしていろいろな集会やデモの映像。そこには
昨年のフランスの若者が政府に勝利した時の映像もあった。
さてアメリカ型社会の後を追っているような日本人にはそういう意識があるのだろうか。「自分だけよければいい」という価値観が蔓延していないだろうか。だからこそ、標題のように「Sicko」は他人事ではないと思うのだがいかがだろうか。
まだ観ていない方、是非観にいかれることをおすすめしたい。笑えるし泣ける素晴らしい力を持ったドキュメンタリー映画だ。
公式サイトはこちら
写真はYahoo映画にあった「sicko」の宣伝用画像。9.11の英雄の女性救命士と男性消防士とともに船上から「アルカイダと同じレベルの医療を」と呼びかけるマイケル・ムーア。
追記
社会保険を税金とわざわざ別の制度としてつくったのは国民に重税感を持たせないためだ。目的をハッキリさせて集めれば文句も出ないという国民意識も利用されている。そのための社会保険庁という別組織・その外郭団体をたくさん作って官僚が天下りしたり、問題を起こしていても国民の目を届きにくくするというようになってしまったのだ。
この際、社会保険を別立てで集めるのはやめて全部税金にすれば良いというのが私の持論。税務署は社会保険事務所よりも優秀だ。脱税している輩ももちろん少なくないが税を取り立てる能力は高い。給食代とかも受益者負担とかで市町村で集めるのではなく全部税金でまかなえばよい。その使い道をもっと納税者が関心を寄せて選挙にも行くようになるだろう。
そもそも修正資本主義国家では、政治が富の社会的再配分機能を果たすべきなのに、急速に「受益者負担」という考え方でそこをくずしてきてしまったのだ。「助け合い精神」とは「ほとんど助けられるだけの人」と「ほとんど助けるだけの人」の存在もあってよいし、それがまた時期や条件によって入れ替わるというのを前提としている。
社会保険料だとか給食代とか払えない・払わない人の対策を立てるよりも取れる人から取って必要な人のために保障すればいいのだ。個人から取るよりも企業減税にストップをかけてきっちり企業にも税金を払ってもらえばいいことだ。そういう声の方が政治献金を払う企業よりも弱く、弱い国民の中で払った人が払わない人を避難する方にエネルギーをかける方がエネロスだと思う。もっと巨悪を見つめる方にエネルギーを使うべきだろう。
「誰が議員になっても同じ」という諦め感を持つ国民が多いうちは、権力者が好き勝手をやれる。資本主義国家でも政財界を牽制する力があれば修正資本主義国家として成熟していける。それが今回のイギリス、フランス、カナダなのではないか。政財界を牽制する力が弱いとアメリカのようになってしまう。私はピープルズパワーの一員になりたい。