13/03/31 安斎育郎著『原発事故の理科・社会』を読む


東日本大震災による福島第一原発事故の後、安斎育郎さんの『家族で語る食卓の放射能汚染』を読んで、こちらで紹介している。3.11直後に出版ということもあり、チェルノブイリ原発事故の後に出された著書に手を入れて増補改訂版ということで出された本でもあり、その後の状況変化を踏まえた安斎さんの本が読みたいと思い、ネット検索してみた。そこで、新しいし簡単に読めそうだしということで決めたのが、以下の本だ。

セブンネットショッピングの安斎育郎著『原発事故の理科・社会』の情報はこちら
さいたま市図書館で借りて読むことにしたが、既存図書になかったので、仕事帰りにJR浦和駅で途中下車して中央図書館でリクエストして買い入れて案内がくるのをじっと待った。図書館と同じ建物の中に紀伊国屋書店もあり、その本の在庫が1冊だけあってブックレットタイプで実に読みやすそうですぐに読みたくなったがあえて待つことにした。中学生からでも読めそうだし、公共図書館に備えてもらって多くの方に読んでもらいたいと思ったからだ。

メールで連絡をもらって借りてきて読んだ。ちょうどレンタル中のRC SUCCESSIONの『カバーズ』を聴きながらというタイミングだったし、忌野清志郎の『瀕死の双六問屋』も借りているのでそちらを延長して一緒に返すことにしたので、脱原発モードを高めながらあっという間に読んだ(どうでもいいかな?)。

amazonよりセブンネットショッピングの方が情報が詳しく、以下の情報も引用してご紹介。
<本の内容>
いま脱原発へ、日本の原発推進政策のからくりを学ぼう
原発事故以来、高まる放射線への不安。放射線の健康へのリスクを小さくすることと、なぜ日本で「安全性軽視で、経済開発優先主義的な」原発政策が進められてきたのかを考え、この国の主権者として、国のエネルギー政策のあり方をしっかりと見定めて行動するために、40年来の原発開発批判を続ける著者がおくるテキストです。
<目次>
第1章 福島原発事故の「理科」
(福島原発事故は、何をもたらしたか?
 放射線の影響と防護の基本-2種類の影響
 どうやって放射線のリスクを減らすか?)
第2章 福島原発事故の「社会科」←この章の中の節の部分を加筆してご紹介。
(1)原発開発の歴史を見直す大切さ
(2)広島・長崎の核被害が知られなかったわけ
(3)アメリカとソ連のしれつな核軍備競争
(4)ソ連による初の原発実用化とアメリカの対応
(5)ブルックヘブン報告が示唆した原発事故の影響
(6)原子力損害賠償法で国が電力会社を庇護した
(7)日本の原発開発を推し進めた中曽根康弘氏
(8)原子力の平和利用を宣伝した正力松太郎氏
(9)日本が水力→火力→原子力と推移したわけ
(10)田中角栄内閣がつくった「電源開発促進法」
(11)住民も原発推進に巻き込まれた
(12)国民総動員原発推進体制?
(13)大切な主権者としての私たちの主体的行動
第3章 私たちはどうすべきか?
(電力のつくり方を選ぶ時の考え方
 代替エネルギーの開発・普及への課題と展望
 節電型の生産・流通・消費・廃棄)
終章 40年来の原発批判活動から思うこと

「理科」の部分のコラムで「ガレキをどうするのか?」という問題に2ページを割いている。放射性物質を含む宮城県や岩手県のガレキを地方分散の広域処理がすすめられ、世論が分かれたことについてどう考えればよいかということに確信がもてた。
高レベル汚染地帯と低レベル汚染地帯とで分けて考える方がよく、高レベル汚染物は集中管理型で処分するのが好ましい。低レベルの汚染物を「広域処理」と称して各地に分散することは、市民の間に無用の混乱と対立を生み出すとともに、長距離輸送処分に膨大な費用を要するので「ミニマム廃棄物マイレージ」の考えからしても、できる限り発生地の近隣地域で処理処分することが基本とのこと。その上で、速やかな被災地の復興のためにはどうしても他地域に移送して処理処分することが不可欠と考えられる場合には、放射能やアスベスト濃度に関する正確な情報を公開した上で、「送り出し側」と「受け入れ側」の合意を形成し、限定的に「廃棄物マイレージ」の少ない地域に移送処分することもあり得る、とあった。

危険危険と騒ぎ立てて被災地復興に協力しないというのは非人道的だとばかりに受け入れをすすめたり、莫大な補助金付きで受け入れさせるように誘導していることはあまり報道もされないという、ガレキ処理をめぐる闇の部分をもっと明るみに出さなければならないと思う。

「社会科」の部分で、原発開発の歴史のところで、米ソの核軍事競争の中で遅れをとったアメリカが原子力潜水艦に使っていた原子炉を急遽、発電用に転用したのだ。原発は安全性を一歩一歩確かめながら技術の発展段階を踏まえて十分な時間をかけて開発されるという経過をたどったものではないので、いきおい、安全性は二の次となったとあった。
安斎さんは1962年、日本に原子力発電所がなかった時代に東京大学工学部原子力工学科第一期生になり、卒業して3年後ぐらいから日本の原子力政策に疑問をもち、徐々に失望の度を深め、やがて絶望するようになったという。
それから40年来の原発政策批判を通じて、日本の政治・経済の病根の根深さを感じ、だからこそ福島原発問題を「理科」の側面だけでなく、「社会科」の側面からも徹底的に検討すべきだと確信しているとのことだった。
そして第13節で「大切な主権者としての私たちの主体的行動」となり、第3章で「私たちはどうすべきか?」と論じられていく。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」にならないよう、リメンバー・フクシマ!ともあった。

日本人は嫌なことは忘れようとするような考え方が強く、そして国民には物事をきちんと考えないようにさせる政策(愚民化政策)が成功してきていると思うので、私は気がついた人から声を上げ、そのような声を大きくしていかなければならないと思っている。
今回の原発事故を忘れずに、脱原発社会を実現していくために、この本は大いに役立つと思う。図書館に返却した後で、マイテキストとしてやっぱり買っておこうかなぁ。

(4/4追記)
安斎さんのサイトのリンクをつけておこう。タイトルのイラストにお人柄が現れています!
「安斎科学・平和事務所」
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13/03/29 先輩の出勤最後の日に四谷ソフィア通りの桜吹雪の中を歩く


3月末で定年退職の女性の先輩のKさんは、最後の数ヵ月を週半ばなどに年休消化の日を入れながら(それでも全部は使い切れなかった)、後任の方にきちんと引き継ぎも行って3/29(金)を最後の出勤日とされた。昼休みは女性6人でまずRistrante Maestoro (リストランテ・マエストロ)でランチ。トマトクリームパスタを美味しくいただいた。
人気の店内でゆっくりせず、四谷ソフィア通りで花見散策。


外濠の堤の上の道を歩くと左右の斜面に桜の並木が美しい。それでもソフィア通り側の木の方が太くて立派なのはそちらの方が植えられた時代が古いのだろうと思う。上の写真の桜樹の後ろに写っているのは25日の昼休みに上から眺めた聖イグナチオ教会だ
今年は3月20日頃に初夏の陽気になり、例年より2週間も早く開花してしまったが、その後に花冷えの日が続き、桜並木は冷蔵庫の中に入れられたように花が長くもってくれた。先週末も今週末もお花見が楽しめるという桜好きにはたまらないシーズンとなった。
夜には弱い雨になるという予報も出る中、時折風が吹きつけると、桜吹雪!お花見の若い女性のグループがキャーキャー言っていて微笑ましい。

冒頭の写真の手前の葉桜になっているのは花弁が白い「大島桜」だと、同行のIさんが教えてくれた。奥に写っているのは染井吉野だ。遠近がうまく出ていていい感じに撮れた。
山吹の黄色と桜は相性がいい。下の写真の後ろに写っているのは上智大学の建物だ。ホテルニューオータニの前まで歩いて折り返して職場に戻った。


Kさんは、私が就職してすぐの関西の部署の時代に対応していただいていた東京のある部署にいらして、巡り巡って最後の3年ほど今の部署でお世話になったという不思議なご縁の先輩だ。謙虚で勉強熱心で尊敬していた。とても同じように振る舞うことはできないが、心意気は受け継いでいこうと思っている。そんなことを書いたカードと贈りものをさせていただいて、お話ししていたらやっぱり泣けてきた(T-T)
下は、Kさんが職場の方にと(私もだが)御礼に配っていただいた手織りのコースター。地元の知的障害者通所授産施設「まあるい広場」のものとのこと。さをり織りの色合いも入っていた袋の桜の模様も、この日にぴったりという感じのものだった。
人生、出会いがあって別れもある。
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13/03/27 新しい歌舞伎座開場のお練りと開場式をTVで見た


花曇りの昨日3/26は三月花形歌舞伎の千穐楽夜の部を観てきた。職場をフレックスで切り上げて地下鉄丸の内線銀座駅から新橋演舞場に向かったが、晴海通りの街灯には定式幕の彩りの下がり幕がはためき、歌舞伎座正面には紅白の祝い幕が張られていた。新しい歌舞伎座開場式の前日になったんだと実感した。開場まで「あと7日」というカウントダウン時計ともども撮影しようとしたら、携帯を自宅に忘れてきたことに気づいた。そのため写真なし(^^ゞ
千穐楽の終演後、明日もお練りを観にくるという話があちこちから聞こえてきていた。

3/27は花冷えの冷たい雨模様。私は観に行く予定はなく、帰宅後のテレビで見せてもらうことにしていたが、多少の雨なら決行だろうと予想した通り、「GINZA 花道」というパレードが銀座通りで行われた。開場式の様子ともども超ダイジェストではあったが、2局で観ることができたので、それでよしとしよう。
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13/03/25 桜を見ながら食べる・・・・・・三題


週末には例年より2週間くらい早く桜が満開になった。3/24(日)には母を連れて妹2夫婦とともにお墓参りにも行き、車中からあちこちの桜並木を観ながらのドライブに母は大満足!ハイ、ちゃんと親孝行できた(^^ゞ

翌日の3/25(月)はまず、四ツ谷駅前のスクワールの7階レストランでのランチ。冒頭の写真はJR四ツ谷駅から上智大学正門に向かう道沿いの土手の桜並木を見下ろしたところ。左の方には聖イグナチオ教会の丸屋根。曇って花冷えという天候だが、桜は長持ちしそうで良い。
下の写真はそのレストランに飾ってあった中島千波の枝垂れ桜の絵。深川不動堂の内仏殿格天井画でその名を記憶していたが、「さくらの画家」として有名らしい。(ネット検索したところ、超地元的深川観光案内「其角主人・深川のススメ」さんの記事で判明)


夜は職場の歓送迎会で神楽坂へ。定年退職などで再スタートの先輩方が何人もあって、いつもよりも豪華にということで、食通の幹事さん行きつけのお店「和食ダイニング 花かぐら」の奥の小部屋を借り切っての3時間コース。下の写真は前菜。右端に桜の小枝が置かれている。
「瀬戸内鯛と蛤のしゃぶしゃぶ」も美味しかったが、締めに出てきた「桜のもちもち和風スープパスタ 真鯛と菜の花」でついに桜を食べちゃったかな?きしめんのようなパスタが桜餅のような味で嬉しくなってしまった。


皆さんの最後の出勤日のお別れの時は泣いてしまいそう・・・・・・。
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13/03/23 堺雅人主演「ひまわりと子犬の7日間」に泣かされる


とにかく今日は気晴らしで映画を観に行くことにしていて、できれば本日公開の「相棒 X Day」を観ようと思っていた。娘がつきあってくれるということだったが、外出するのがおっくうのようで結局家を出たのは2回目の上映回になんとか間に合うかという時間になり、案の定売り切れ!
封切り初日は企画付き3回めの上映回が売り切れになっていて、その次だと遅くなりすぎということで、第2案にしていた「ひまわりと子犬の7日間」をデニーズランチの後に観た。

宮崎県の保健所で起こった実話に基づいた映画で、原案は山下由美の『奇跡の母子犬』(PHP研究所刊)。あらすじについてネット検索で映画情報のサイトをいろいろ探したが、けっこういい加減な内容になっているものが多くて驚く。「天神サイト」の映画『ひまわりと子犬の7日間』堺雅人さん&平松恵美子監督インタビュー記事にあるものが正確で、ライターのJUNさんに感服m(_ _)m
以下、引用してご紹介させていただく。
「2007年、冬の宮崎。保健所職員の神崎彰司(堺雅人)は、一匹でも多くの犬を助けようと、日々新しい飼い主探しに奔走していた。そんな中、とある母犬と子犬が収容された。母犬は近寄る人すべてに激しく吠え、懸命に子犬を守ろうとしていた。その母性の強さから、彰司は母犬がかつて人に飼われ、愛されていたはずだと確信する。しかし、人になつかない犬は新しい飼い主に受け渡すことができない。犬たちの収容期間は7日間だが、その期間を延長するというルール違反をしてまで、母犬の心を開こうと奮闘する彰司。その間も、犬たちの命の期限は刻一刻と近づいていた―。」

主な配役は以下の通り。
神崎彰司=堺雅人 神崎琴江=吉行和子
神崎里美=近藤里沙 神崎冬樹=藤本哉汰
神崎千夏=檀れい 五十嵐美久=中谷美紀
佐々木一也=若林正恭 安岡=でんでん
桜井=小林稔侍 松永議員=左時枝
長友孝雄=夏八木勲 長友光子=草村礼子
監督・脚本は「母べえ」「武士の一分」「十五才 学校IV」等で山田洋次監督とともに脚本を手がけ、助監督もつとめてきた平松恵美子で、初監督作品となった。

動物愛護精神が社会の中できちんと位置づけられているような国々ではペットショップで動物を売り買いすることが禁止されている。ペットを飼いたければ然るべきところできちんとした飼い主になれるかどうかを判断されてからようやく手に入るということらしい。
日本ではペットショップで流行の種類の犬や猫などに高額な値段がつけられて売られており、それをあてにしたブリーディングが行われる。生まれてから数週間が可愛いということで、それで買い手がつかなかったり、需給バランスがとれなかったりして相当な動物の命が抹殺されている。
そういう中でも飼い主がいないペットの命を大事にしようと、里親探しの運動があちこちで取り組まれているということまでは知っていた。

この作品の主人公の神崎彰司は、保健所の動物保護管理の部署で野良犬や飼い主が放棄した犬を決められた日数(それが7日間!)保護して、引き取り手が現れなければ殺処分するという仕事をしている。(プログラムによると2010年度、全国の地方自治体に持ち込まれた犬は87,119匹とのこと!)
さすがに精神的に負担が大きい仕事ということからか、管理所勤務は月単位の交代制になっている。神崎の担当の月の餌代が他の月に比べて多すぎることから殺処分までの期間を伸ばしていることが上司の桜井にバレて締め付けが厳しくなった時期に、母子の犬が収容されたのだった。
さらに家では思春期に入った娘に殺処分までしている仕事のことがわかってしまい、口も聞いてもらえなくなるという事態に直面し、悩む主人公を堺雅人が好演。

彰司の幼馴染で父の跡を継いで獣医になっている五十嵐美久が娘との間をとりもってくれる。神崎が攻撃性が強い母犬についてはあきらめていたのを、愛する子犬を守るために闘っているのだから母子を引き離さないでと懇願したのは娘だった。5年前に交通事故で亡くなった母親と母犬が重ねあわされたのだ。
そこでなんとか母犬の人間不信を解こうとする神崎と娘が「ひまわり」と名づけた母犬との間に気持ちが通うようになるのを、よくぞここまでうまく描き出したものだと感心し、涙腺が決壊する。
「ひまわり」の子どもを愛する気持ちが強いのは子どもの時に飼い主に深く愛されたからではないかと想像し、子犬の時のドラマが冒頭に無声映画のように展開するのがよく、農家の老夫婦の夏八木勲・草村礼子のお二人が台詞がないのに実に温かい。愛情にあふれる眼差しと心情があふれて「ひまわり」に注がれた涙のしずく、これを心に刻んでいたことから最後の奇跡が起きるという展開に納得させられてしまう。

仕事に腰掛け気分で臨む年下の同僚の佐々木一也(漫才コンビのオードリーの若林正恭)が一人浮いた存在で笑わせるのは、寅さん的な役回りということもあるらしいが、彼の成長も微笑ましい。
同じお笑い出身のでんでんが心優しい先輩の安岡、小林稔侍がルールに厳しい如何にも管理職の桜井という配置もうまい。
「ひまわり」とその子犬が彰司たち一家の家族になり、地元女性議員の松永(左時枝)が巻き込まれるように関わったことで、里親探しの取り組みが強められるというホッとできる結末で観終われたことに安堵・・・・・・(また泣く)。

彰司の母は先に引き取っていたプリンとココアにも冷たく、犬が好きではないのかと思われていたが、実は先に死なれるから情をかけないようにしていたことが判明。老い先短いからそういう我慢もやめたというのが可愛く可笑しかった。吉行和子は先日母と観た「東京家族」でも老いた母の役で好演しており、ちょうど今貴重な存在の女優さんなんだろうと納得した。

獣医の美久の中谷美紀は、人気TVドラマ「仁」での花魁野風の役が記憶に焼き付いているが、毅然とした美しさがこちらでも映えていた。彰司とはあくまで恋愛モードにならない設定も新鮮だったかな(^^ゞ

さて、堺雅人は私の贔屓の俳優の一人で、大河ドラマ「篤姫」でブレイクする前から舞台「喪服が似合うエレクトラ」で注目していたし、その後の映画「クライマーズ・ハイ」「南極料理人」「ゴールデンスランバー」、「武士の家計簿」、「ツレがうつになりまして」、「鍵泥棒のメソッド」、「大奥~永遠~」とちゃんと観ている。劇団☆新感線での「蛮幽鬼」もよかったなぁ。
笑うと仏様のような慈愛を感じさせるソフトさがありながら、鬼神のようにも振る舞える表現力の幅が広いのが魅力的。舞台でもよく通る声で口跡がよい。
よしながふみの漫画が原作で男女逆転の「大奥」は、八代吉宗での映画化第一作からしっかり観ているが、昨年の三代家光でのTVドラマと五代綱吉での映画版の連動企画のうまさに感心至極だった。そして昨年の方は堺雅人が時代を超えて似ているが性格の違う男の二役を演じたことで魅力が倍増したことが大きい。

そうしたら、綱吉役の菅野美穂と結婚するとのこと!菅野美穂は贔屓の女優であり、「大奥~永遠~」での共演が実によかったので、納得のカップル誕生に嬉しくなった。これでお二人がますます活躍されることも期待したいと思う。

それにしても、堺雅人が宮崎出身であることを知らないでキャスティングしたらしいが、堺のダメ出しは方言指導の先生より厳しかったという。その宮崎弁で広がる世界が実に温かかったことも書いておきたい。
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13/03/22 桜咲く、サクラチル・・・・・・


例年よりも2週間早いという桜の開花。3/24(日)には父のお墓参りに行くことにしていたので、桜の木々が見事な市営霊園でもあり、ちょうどいいと思っていた。
22(金)にはもう満開!

ところが、大ショックな出来事が・・・・・・・。
現在の仕事の関係で専門的な資格が2012年度からスタートしたので、昨年末に学会に申請書類を送っていたが、「登録不可」との通知が届いてしまった。
実務経験者も業務上の業績3本を示すことで評価されるという制度であったが、内容が学会のレベルに達していないという理由で、業績説明の内容を再検討して再申請をおすすめするという内容だった。
公的業務中心の設計のような気がしていたが、民間業務に必要なレベルでは、学会のレベルに達さないというのか?説明を再検討ということであれば、どのようなレベルで説明すればよいのか?今年度スタートということもあり、「傾向と対策」が全くつかめない。
全く納得がいかず、かなり落胆してしまった。

明日は、劇場版「相棒 X Day」でも観に行って気晴らしをしようという気になっている。
(3/26追記)
学会事務局に問合わせたところ、非公開資料についての目録作成は評価の対象にならないとのこと。それであれば、私の担当しているのは原則非公開資料だったので、再申請ということにならないのではないかとさらに落胆してしまうことになった。それならそうと申請要綱に公開されているものが対象だと明記しておいて欲しかった(T-T)
冒頭の写真は、2011年4/9に東日本大震災後1ヵ月で散策に行った芝増上寺の夜桜の写真。今の心持ちに雰囲気が合うので採用した。
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13/03/20 花形歌舞伎昼の部観劇後(2)新しい歌舞伎座の地下広場を探検


3/20花形歌舞伎昼の部観劇後(1)木挽堂書店で渡辺保氏と遭遇の記事はこちら
新橋演舞場三月花形歌舞伎昼の部を観劇後、新しい歌舞伎座の前へ。4代目の歌舞伎座の外観をほぼ踏襲していることが真近にみて実感できた。正面入り口の左側に一幕見席の入り口とそのチケット売り場があった。
右側にあるエスカレーターから降りて地下広場「木挽町広場」を探検。1階から3階席のチケット売り場はその地下にある。下の写真がその広場で、待ち合わせによいという大きな提灯が下がっている。右手に地上とのエレベーターが、左奥にチケット売り場が写っている。


地下鉄東銀座駅につながっていて、震災等で帰宅難民が出た時にはここにいてもらうことも想定しているようだ。
チケット売り場の左手には歌舞伎茶屋があり、写真に写っている左奥の方には歌舞伎土産店「かおみせ」があった。その中にスイーツ売り場があり、きんつばと「揚巻ソフトクリーム」(300円)を売っていた。歌舞伎揚げのような小さな揚げ煎餅と揚げかすをまぶしているので「揚げ」でクリームを巻いているから「巻き」というゴロ合わせが楽しいので、思わず買ってしまった。

大きな赤い和傘が何本も立ち、その下に赤い毛氈を敷いた床几が並べられていて、そこで美味しくいただいた。セブンイレブンも並んでいて、そこで買ったものもここで食べられるというわけだ。食べながら人を待つこともできるっていうわけかと感心した。

反対側にはタリーズコーヒーや他の売店もある。その売店のコーヒーは150円のようだ。嬉しいかも(^^ゞ

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13/03/20 花形歌舞伎昼の部観劇後(1)木挽堂書店で渡辺保氏と遭遇!


新橋演舞場三月花形歌舞伎昼の部を観劇後、まずは新しい歌舞伎座の地下の広場を探検(そこのレポは続編にて)。2月は日生劇場の歌舞伎公演と新橋演舞場の名作喜劇公演を昼夜でハシゴの上、ミニミニオフ会をしていたら時間がなくなってしまい、歌舞伎座工事現場の定点チェック写真を撮る余裕がなかった。
話に聞いていた歌舞伎座新開場までのカウントダウン時計も撮影するのは今日が初めてで、あと13日の表示にちょっと感慨無量。

その後、歌舞伎公演の昼の部観劇のあと一人の時に行くことが多い木挽堂書店へ。
男性のお客さんが階段を降りてきて道を譲り、店内にまだどなたかいらっしゃると思ったら、こちらを見たお顔がなんと渡辺保先生!

「渡辺保先生ですよね?」
「はい、そうですが」
となったので、「yukariさんのおすすめで先生の講演をお聞きした者です」と名乗り、宝塚、ミュージカル、蜷川演出の舞台等を観てきて今は歌舞伎と文楽を中心に観ていることもお話しした。
そうしたら、戸板康二の『歌舞伎への招待』とその続編をおすすめくださった。岩波現代文庫版の『歌舞伎への招待』が目に入ったので、「これですか?」と確認したら、元の版の方がよいし、続編と一緒に揃える方がよいとのことだった。ちょうど元の版が続編と揃いであって中を比べたところ、文庫版の写真が圧倒的に見づらい。元の版は花森安治がつくったということで、よく見ると衣裳研究所版となっていた。のちに『暮しの手帖』を創刊する花森安治は尊敬しているし、せっかく渡辺先生におすすめいただいたので買うことに決定!表紙のついている版もあったがそちらは高いし、表紙はいらないと先生がおっしゃるので表紙なしの安い方2冊で1500円(笑)

歌舞伎の中でも舞踊は観るのが苦手で、先生の岩波新書『日本の舞踊』を読んだりして勉強していて、最近ようやく寝ないようになってきたというお話もしたら、詞章をきちんと聞きとれるようになるとよいとおっしゃって、詞章が載っている演劇出版社時代の『演劇界』の別冊版をおすすめくださった。在庫があるかを店主の小林さんに聞いていただいたが、今はないとのこと。
また、義太夫狂言の勉強のために文楽も観るようになっているというお話もしたところ、三宅周太郎の『文楽の研究』とその続編をおすすめいただき、やはり在庫はということになったが、こちらもなし。私がお店に来た時に在庫があれば小林さんに教えていただくことにした。

私の後に来店した女性のお客さんのお姉様が渡辺先生の授業をとっていたという話も出て、その方が武智鉄二の本で何かということになった時もおすすめの本を紹介されていた。
「今日はまるでこの店の番頭みたいだなぁ」とおっしゃっていたのが可笑しかった。
その女性の方に撮影していただいたのが下の写真。先生、いろいろと有難うございましたm(_ _)m



以下、こちらにアップしてある渡辺保氏の講演会受講のレポはこちら
2006年11/18十文字学園女子大学での特別講演会「襲名と新しい歌舞伎」
2007年1/14放送大学での特別講演会「歌舞伎の魅力とは何か 5つのポイント」
2007年3/3中村錦之助襲名前の信二郎丈の芸談を聴く会に参加
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13/03/18 職場労組分会の歓送会夜の部に参加


昨年の職場労組分会の歓送会企画がなかなか具体化しなかったので後輩の皆さんにいろいろと意見を申し述べた。歓送会や忘年会も小さな部署単位での開催になってしまっているので、大きな職場のくくりでこういう機会をもって職員の交流を図ることが大事だと思っているからだが、今年の執行部は頑張ってくれた。

3/18(月)は終業後、19(火)は昼休みに連続企画をたてて早目に案内してくれた。私は出向しているので渋谷の本部に分会の本体がある。そこで私は夜の部の方に参加してきた。
年末の納会(何年か前から労組分会が主催するようになっている)と同じように、分会に相当する職場のフロアの打合せ室でオードブルや軽食とビールやお茶などが用意され、乾杯の後に人事異動される方からの挨拶をいただいて歓談。やはり納会と同様に仕事を切り上げて参加できる人ばかりではなく、顔を出して仕事に戻る人もけっこういるが、こういうフレキシブルな開催の方法がいいのだ。

ふだんは離れ小島の部署にいるので、久しぶりに話ができる方も多くて私にとっては有益な機会だ。お世話になった方に御礼をきちんと言えたし、これからいろいろとお願いをしたい方にはface to faceで話ができてスムーズに運べると思う。
実に有難い有難い。
私が若い頃に比べて職場の雰囲気もギスギスしたものになっているが、こういう機会を積極的につくっていくことが大事だと思っている。翌朝、昼企画の案内をしてくれた執行部の皆さんにちゃんと御礼の返信を入れておいた。

冒頭の写真は、歓送会とは全く無関係だが、週末のイベントで飾った花籠のひとつをいただいてしまい、職場の受付台の上に飾っていたもの。綺麗なので枯れる前に携帯で撮影しておいた。




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13/03/16 JRのダイヤ改正で浦和駅に湘南新宿ライン停車+東急渋谷駅の変化もあり


3/16は東急渋谷駅が地上から地下へと切り替わるということで、「撮り鉄」の皆さんの殺到に備えて私の職場の本部ビルは警戒態勢がとられたくらいだ。地上にある東急渋谷駅のホームに電車が停まっている画像を撮ろうとすると格好のビルだったからだ。

しかしながら、私にとってはJRのダイヤ改正で浦和駅に湘南新宿ラインが停車することになる方が重大事だ。昔昔、私が女子高に通っていた頃は高崎線や宇都宮線で通学してくる友達が「昼間は浦和駅は通過になっちゃうんだよ」と嘆いていたものだ。ホームに上がる階段にはロープ規制がかかっていたのを記憶している。
そうなのだ、浦和というのは埼玉県の県庁所在地ではあるのだが、商業の中心地は大宮ということで、昼間は県庁所在地に幹線の列車が停車しないという情けない状態があったのだ。

もちろん、今では高崎線や宇都宮線は全ての時間に停車するようになっているが、湘南新宿ラインは通過していた。赤羽で降りはぐると大宮まで停まらないので、いちいち高崎線や宇都宮線に乗り換えるという面倒さに耐えなければならなかった。
それがようやく今回のダイヤ改正で浦和駅に湘南新宿ラインが停まってくれるようになった!浦和のステイタスがアップするようで、地元の人間としてはかなり嬉しい。冒頭の写真はJR与野駅の架橋の通路(雪景色を綺麗に撮れたところ)に1月から貼られていたポスター。

さて、週明けの今日3/18月曜日。渋谷の本部に行く用事があってJR渋谷駅で改札を出て、いつものように東急の改札口の隣にあった地下道を通ってびっくり!4/7で閉鎖になるという掲示があちこちに貼ってあった。
この地下道は暗くて汚くて評判が悪かったのだが、それを綺麗に掃除してデザイン関係の専門学校の学生たちに壁画を描いてもらって明るくする取り組みがされていたのだ。下の写真はその壁画と閉鎖予告の貼り紙を写したもの。

その地下道や周囲のシャッターにスプレータイプの塗料による落書きが横行している問題もあった。専門学校の学生さんの絵の上に落書きをされたこともあって、訴えるぞという看板が出たこともあったっけ。
スプレーによる落書きも文字のデザインをしている風ではあるが、あまりにも傍若無人でゆるし難いものだと思っていた。
しかしながらそういう地下道もなくなってしまう。寂しい気がするのと、そうそうどういうルートで私は本部ビルに行けばいいの?遠回りして地上の高架の歩道を通らないといけないの?という困った問題にもつきあたったのだった。

とにかく時は過ぎ、全ては変化していく。プラスもあり、マイナスもあり・・・・・・。
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