2015/08/01 「奇皇后」が終わると韓流ドラマ枠ではなくなることを考える


韓流ドラマにはまっていなかった私に時代劇から観るとよいと女子高時代の歴女の友人からすすめられ、「イ・サン」でしっかりはまり、現在は「奇皇后」が最終盤にさしかかっている。冒頭の写真はその友人が貸してくれたムック本全3巻を並べて表紙を撮影したもの。
「奇皇后」の公式サイトはこちら
中国の元の時代、高麗から貢女として連れてこられ皇后にまで上り詰めた主人公のキ・ヤンと対立し、「蒼き狼」としての元民族の誇りのために征服戦争を繰り返し、それをやめさせようとしたキ・ヤンを殺して排除しようとしたペガン大丞相を甥のタルタル(のちの大丞相)が殺すことになる第48話。
以下の会話にドッキリ。
「私は権力に溺れて見えたか?私はただ陛下とこの国のため・・・」「叔父上の信念には民がいません。民を考えぬ信念、それこそ権力に溺れた私欲なのです」・・・・・・うーん、安倍晋三も「民を考えぬ信念=権力に溺れた私欲」に憑りつかれているなぁと思い当った。劣った国だと思うと徹底的に見下すところも同じ。

地上波のNHK総合テレビ日曜11時からの「海外ドラマ」で、浅田次郎原作で西太后の時代を描いた「蒼穹の昴」、韓流の「イ・サン」、「トンイ」と続けて観てきて、その後は英国ドラマの「ダウントン・アビー」でイギリスの貴族のぐちゃぐちゃした人間関係を見せつけられるのに辟易して初回をのぞいただけで観るのをやめた。地上波では主要格局では韓流ドラマが姿を消してしまい、首都圏ではテレビ東京があるくらいだと思う。
「奇皇后」が今晩でいよいよ最終回。日曜午後9時からの「BSプレミアム」で「奇皇后」の後継番組は何かがずっとわからなかった。次のドラマシリーズの予告が全くないという異常なことが続いていた。安倍政権が韓流ドラマ枠を続けることにいい顔をしないだろうことの予想はついている。
「奇皇后 後」と入れてネット検索してみたところ、こちらの方のブログでの記事でやはり韓流ドラマでないことがわかった。
安倍政権の反中国、嫌韓政策にメディアも追随しているのを見せつけられる。

昨日も映画の日でふらりと隣駅のシネコンに行って、下調べもせずに上映一覧を見て無難なところでキムタク主演の「HERO」を観てきた。それはそれで面白かったが、問題は予告編の作品群で、短時間見ているだけで辟易した。

「図書館戦争」、「天空の蜂」、自衛隊のようなものが大活躍だ。反戦映画を装った「永遠の0」は観ていて怒りで泣きそうになったが、弱者が自己防衛のために反乱するということではなく、「表現の自由」やテロから市民を守るという名目のために武器をとって血を流して闘うことを否定できず、もしくは美化する作品のオンパレードに、大衆文化を民衆の厭戦気分を一掃するために用いようとする力の浸透がきな臭く感じられてならない。
同じ闘っている若い世代ということなら、「SEALDs」(Students Emergency Action for Liberal Democracy-s)みたいにカッコよく権力と闘う若者に希望を感じてエールを送っている今日この頃。「あきらめない」「無理しすぎない」「やれることをやる」、そのことを続けるつもりだ。
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13/08/19 職場で防災訓練、夜に東日本大震災の復元納棺師さんのドキュメンタリー番組を見た


職場のあるビルでは、年に2回の防災訓練がある。たためるタイプのヘルメットが職員に一個ずつ配られているので、それを組み立てて頭にかぶって毎回訓練に参加している。そんなことをするのは私くらいで(見た目があまりよくない)、それでもそうしないと組み立てたり、元に戻したりする方法を忘れてしまうので、その練習も兼ねている。

また都度都度、千代田区の消防署の方のご指導を受けながら、消火用の水を出してホースを持って目標に水をあててみる体験やら何やらが組み込まれている。今回は起震車に乗って大きな地震の揺れを体験するというものだった。
冒頭の写真のように起震車がビルの前に停められて、そこで乗車。テーブルの脚の部分につかまっていたのでそんなに怖くはなかった。
一昨年の東日本大震災の時も、5階フロアにある職場で被災し、自分のデスクの下に潜り込んで長時間の揺れに耐えた。その時の時間の長さにただごとではないし、もしかして首都圏直下型の地震がきたのかもしれないと覚悟を固めた気持ちを思い出した。

深夜、風呂上りにつけたテレビでNHKスペシャル「最期の笑顔~納棺師が描いた東日本大震災~」の再放送をやっていた。番組表の説明には以下のようにあった。
「巨大な大津波で流され、損傷した遺体の傷を修復してきた笹原留似子さん。家族の最後の対面を描いた絵とその時に交わされた慈しみにあふれた対話の記録。」

納棺師という職業は映画「おくりびと」で有名になった。私も映画を観て、青木新門さんの『納棺夫日記』も読んだ。
復元納棺師の笹原留似子さんは、変わり果てたご遺体のお顔を故人の笑顔の写真をもとに復元する。硬直した顔の筋肉をマッサージし、笑い皺を探して口元も含めて笑顔を復元するのだ。さらに生前の顔色に近く彩色し口紅を塗り、復元を依頼した方に確認する。
「これで子どもたちに会わせることができる」と父親が子どもらに母親に対面させる。ようやく母親の死を受けとめることができた子どもたち。
笹原さんはその家族を温かく見つめ、ボランティアが落ち着いた頃、スケッチをもとに個人を一人一人思い出して笑顔の絵を描いていた。

その絵の表情が優しくて、思わず目頭が熱くなる。円空仏のようでもある。
『おもかげ復元師の震災絵日記』はこちら
復元・納棺の会社「桜」の代表取締役をされていて、その略歴を見せていただいたら、キリスト教や神道の巫女さんの経験もされてから病院に勤務されている。病棟で沢山の患者さんを看取る中、「もっと自分に出来る事はないか」と考えて復元納棺師になられたという。
亡くなられた方を尊厳をもって送ること、残された家族や周囲の方々の心のケアのためには、笹原さんのような方がいらっしゃることは本当に心強い。
さらにこのことが当たり前にできるしくみができているかどうかで、社会の成熟度が問われてくると思っている。いろいろと考えさせられた。
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13/08/04 深夜に「原爆とは知らず 女優・園井恵子の戦争」を観て、目黒の「桜隊原爆殉難碑」を思い出す


この春3/9に玲小姐さんの歴史散策で目黒ウォーキングをしてきて、頑張って記事アップすると翌日の記事に書いた。もともと目黒散策は、目黒不動尊をはじめとする「目黒七福神」などが面白そうだったので私がリクエストして実現したのに、気力体力の余裕がなくてやはり書けていない。

ランチは「五百羅漢寺」入り口の「らかん茶屋」でいただき、高村光雲に影響を与えたという江戸時代の五百羅漢像が立派だった。
それと、庭に「移動演劇さくら隊原爆殉難碑」があって驚いた(冒頭の写真)。戦時中の国策によって地方への慰問巡演活動のために広島にいて、原爆で被災して全滅した劇団だ(丸山定夫ら9人が8月下旬までに全員死亡)。新藤兼人監督の映画「さくら隊散る」で名前だけ知っていた。

Wikipediaの「桜隊」の項はこちら
さくら隊の前身の苦楽座の結成メンバーである徳川夢声が建立し、碑銘も書いている。背面には柳原白蓮の短歌が刻み込まれているというがよくわからなかった。

8月に入るとテレビでも「原爆・終戦関連番組」というような企画が組まれる。土曜から日曜にかけての深夜にEテレセレクション・アーカイブス「原爆・終戦関連番組」で1991年の現代ジャーナル「原爆とは知らず 女優・園井恵子の戦争」を偶然観ることができた。NHK仙台とあったと思う。「五百羅漢寺」にもポートレートが展示されていて、それと同じ写真が画面に映し出されたのでぐっと引きつけられて観てしまった(上記のWikipediaの「桜隊」の項にも園井のその写真が載っているのでおわかりいただけると思う)。

「原爆とは知らず 女優・園井恵子の戦争」
【出演】小笠原英法,葦原邦子,池田生二,槙村浩吉
1942年に初演された文学座の「富島松五郎伝」で丸山定夫が無法松役で客演。1943年の映画「無法松の一生」(脚本は伊丹万作!)は、松五郎が阪東妻三郎、吉岡夫人が園井恵子。苦楽座時代の「無法松の一生」の各地巡演は丸山が無法松、園井が吉岡夫人。
ということは、当時としてはなかなかのスターだったことがわかる。

園井恵子は元宝塚男役スターだったので吉岡夫人として女らしいしぐさの芝居をするために何度も何度も同じ場面の練習をしていたこと、女優という仕事に人生をかけていたことが伝わってきた。8/6の朝、原爆の光や熱からちょうど遮られるところにいたために額を壁に強く打ちつけるくらいの軽傷ですみ、宝塚時代の友人の神戸の家に高山象三ともに逃れてきたという。ところがしばらくして原爆症を発症し高山が8/20、園井が8/21に亡くなった。髪が抜け、高熱が出てあちこちから出血して腫れあがり、意識朦朧としてついに亡くなっていった様子を看病した友人とその母親が証言していた。女優として顔の出来物ですら気にしていたような園井の最後の姿は無残だったという。
また、自分の母親にあてた手紙には、ちょうど8/6が誕生日でその日に生き延びることができて生き直すことができると感謝しながら、体調がよくなったらと今後への決意を書き記していて、それが絶筆となったという。

本人は自分の症状が「原爆とは知らず」に逝った。戦時中、米軍占領下の情報統制は厳しく、被爆者はもちろん国民全体に、反米感情をもたせないためにGHQプレスコードを敷き、被爆者を定期的にABCCに来させては治療をせず、血液などのサンプルだけを採取してデータだけを集めるという非人道的対応を続けていた。

そんな日本で原水爆禁止の声が上がるのは1954年3月のビキニ環礁での水爆実験で「第五福竜丸」が被災し、築地に水揚げされたマグロなどの魚から放射能が検出され、汚染された魚が食べられないということが社会問題になってからだ。9月には久保山愛吉無線長が「原水爆による犠牲者は、私で最後にして欲しい」と遺言して亡くなった。
あと2年で広島と長崎での原水爆被爆70年となる。まだまだ核兵器はなくならないどころか、拡散してしまっている。そのことを考えて必要なことをそれぞれの国で世界で世論にする力がまだまだ弱すぎる。
私もやれることをやるしかないなぁと思いつつ、こんな記事を書いている。

ネット検索していたら、番組にも登場していた近野十志夫さんのサイトにあった以下のコーナーがみつかったのでリンクしておきたい。
近野十志夫『人物史詩 櫻隊』(補追)の中の「過去の録画ビデオ−1」忘備録として「原爆とは知らず~女優・園井恵子の戦争」

ついでに「目黒七福神」でおみくじ入りの木の人形をそれぞれのお寺で売っていて、弁財天をまつる「蟠龍寺」で撮影したものを以下にアップしておこう。手前に弁財天が揃っていて一つ一つ表情が違うので選んで買うのが楽しい。美しい園井恵子さんへのオマージュということもある。
奥の一列が七福神の勢揃いだ。ちなみに私は「大円寺」で大黒天も買った(薄紫の衣を来て右手に打出の小槌、左肩に大袋を背負っている)が、おみくじは全く同じ文面のものだった。この偶然もすごいけどね(笑)
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13/03/27 新しい歌舞伎座開場のお練りと開場式をTVで見た


花曇りの昨日3/26は三月花形歌舞伎の千穐楽夜の部を観てきた。職場をフレックスで切り上げて地下鉄丸の内線銀座駅から新橋演舞場に向かったが、晴海通りの街灯には定式幕の彩りの下がり幕がはためき、歌舞伎座正面には紅白の祝い幕が張られていた。新しい歌舞伎座開場式の前日になったんだと実感した。開場まで「あと7日」というカウントダウン時計ともども撮影しようとしたら、携帯を自宅に忘れてきたことに気づいた。そのため写真なし(^^ゞ
千穐楽の終演後、明日もお練りを観にくるという話があちこちから聞こえてきていた。

3/27は花冷えの冷たい雨模様。私は観に行く予定はなく、帰宅後のテレビで見せてもらうことにしていたが、多少の雨なら決行だろうと予想した通り、「GINZA 花道」というパレードが銀座通りで行われた。開場式の様子ともども超ダイジェストではあったが、2局で観ることができたので、それでよしとしよう。
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11/10/02 浜木綿子、健在なり!


澤瀉屋の4つの名跡の襲名披露の記者会見は本当にびっくりの大ニュースだった。ネットニュースで記者会見を文字にしたものも読ませてもらったが、TVでの映像は今日の「アッコにおまかせ」でようやく見ることができた。
香川照之の真剣な姿勢に思わず目頭が熱くなったが、もう一つ、この番組の独占取材だという母の浜木綿子への電話取材の音声を聞くことができたのが嬉しかった。和田アキ子が以前、浜木綿子と共演した際によくしてもらったと話していたが、そのご縁で実現したのだろう。
浜木綿子は、東宝の座長公演やTVの2時間ドラマでの気風のよい女主人公の役が私好みの女優さんだった。しかしながら、最近あまりTVドラマとかでもお見かけしないので、もしや体調を崩しているのではないかと心配していたところだった。
記者会見では「母がゆるしてくれたから」と香川照之が言い、猿之助が「浜さん、有難う、恩讐の彼方でも有難う」と述べ、香川も「お母さん有難う」と涙声になっていた。
その浜木綿子が、ドラマの女主人公の時のような気風のよい声で電話取材に答えている音声で、まずは健在を確認し、安堵!

さらにその話の内容に胸を打たれた。
Q「照之さんの歌舞伎界入りには反対されなかったんですか?」
A「反対しましたよ。けれど言うことを聞く子じゃありませんから」
Q「襲名披露公演は観に行かれますか?」
A「子どもと孫ですからね。観ましょう」
等々、いろいろとやりとりがあったが、省略。

番組ではいつものようにパネルに過去を振り返る説明を書き出し、少しずつ隠す紙を剥がしては解説をすすめていく。
二人の破局は、猿之助が十分な説明もせずに家を出ていって裁判の末に離婚になったこと。香川照之の東京大学文学部卒業まで、母がしっかり育てたということ。親の七光もいいなと安直にこの芸能界に入ったこと(母→石井ふく子の線でTV局のADのバイトもしてから役者になった)。母に内緒で父に会いに行ってすげなくされたこと。それなのにずっと歌舞伎役者になりたいと思い続けたこと、等々。

猿之助は踊りを習いにいった藤間流の家元夫人だった藤間紫に敬慕を抱き続けていたのに、浜木綿子と結婚した。夫の心には自分ではない人がいることを見抜いた浜木綿子の気持ちが表に出てしまって、夫婦仲がぎくしゃくし、ついに猿之助が我慢できなくなって家を出たのだろうとこれまでも推測していた。
男女の仲というものは複雑怪奇で、だから「源氏物語」以来、あらゆる芸術で描かれるテーマになるわけだから、この夫婦のことも別にそういうことがあっても然りという感じではあった。
しかしながら、子どもへはまた別に複雑に影響する。その結果としての、香川照之のこれまでの生き方、これからの生き方への決断があったのだろうと推測。
その決断を、大人になった子どもの決断として最後にはゆるして支える決意を決めた母、浜木綿子の生きざまに、惚れてしまった。

今回もまた人間のドラマを見せてもらったことに感謝であるm(_ _)m
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11/02/25 三十八万アクセスの御礼+「相棒 劇場版Ⅱ」記念カード2種!


本日、38万アクセスを超したようです。皆様のご訪問に感謝申し上げる次第です。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げますm(_ _)m

元日に「相棒 劇場版Ⅱ」を観たが、大ヒット御礼の記念カードが2種揃った!それが冒頭の写真。
元日から配布されたの右の水谷豊の「Happy New Year」のカード。母と娘と一緒に観たので3枚GETできてしまったが、1/8から配布される岸部一徳の「Thank You」カードが欲しかった。8日に別の映画を観に同じMOVIXさいたまに行って、上映時間が近いので通路で誰かと交換してもらえないかとチャンスを探ることにした。
しか~し、入場時間の規制があってなかなか通路に入れず。ようやく入場しても「相棒」の部屋の前で様子をうかがうが、もうダメかも・・・・・・。そこにポップコーンやドリンクをのせたトレイを持った小学生くらいの男の子が岸部一徳カードも手にしてやってきた!
「ねぇボク、そのカード、右京さんのカードと換えてくれないかな」と声をかけたら、一瞬とまどったものの、ガッテンして「ハイ」と言ってくれた!!
言ってみるもんですねぇ。その後も岸部カードをくださった方もいて、なんと3組揃ってしまった(笑)

今週のTVドラマ「相棒」 Season9第16話(「監察対象 杉下右京」)には、ついに小野田官房長が亡くなったという台詞が出てきた。「相棒 劇場版Ⅱ」のTVCMの変化をチェックすると少しずつ見せる場面を変えているのが面白い。当初は少しネタバレの場面もチラッとあったのが、ロングラン態勢に入ると官房長の死の場面はひっこめて、ここまでロングランになって、TVの進行にも合わせて今ではもうその場面もばっちり入っている。実に工夫を感じて感心至極。
けっこう二代目相棒の及川光博が演じる神戸尊は娘も私もお気に入り。映画のパンフレットにあった神戸尊のプロフィールで、私と同じ大学出身の設定ということがわかって、よけいに身近に感じてしまった(笑)

これからもマイペースでいろいろと書き散らかしていきますので、皆様、重ねてどうぞよろしくお願いします。
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10/02/22 SMAP×SMAPにゴルビー出演!


なにげなくTVをつけていたら、ビストロSMAPにゴルビーが出演するという予告が出てそのまましっかり見た!
ゴルビーとは元ソ連大統領のミハイル・ゴルバチョフの愛称。東西冷戦を終らせた立役者でノーベル平和賞を受賞している。ソ連崩壊から来年で20年も経つわけで、今の若い世代にはピンとこない人かもしれない。
ロシアでは日本食がブームになっているそうで、「ビストロSMAP」では鰻と天ぷらをオーダーし、フォークとナイフを使って美味しそうに食べていた。調理中に中居正広が、1989年のベルリンの壁崩壊について質問すると、「ドイツのコール首相も私も壁が壊れるのは21世紀になるだろうと話していた。その4ヵ月後に壁が壊された」と話していた。

若い頃はスターリンを尊敬していたが、自分の国が順調でないことがわかり、国民にも知らせて改革をしようとしたと話し、「グラスノスチ(情報公開)」「ペレストロイカ(改革)」を推し進めたということも話していた。途中には8月クーデターや暗殺未遂事件もあって、命の危険にさらされたという話もあった。

そうそう激動の時代だったよなぁと思い返してしまう。ゴルビーを迎える前に、池上彰さんが「東西冷戦」や東西の代理戦争だった「ベトナム戦争」などもわかりやすく解説するコーナーがあった。池上さんがしきりにSMAPメンバーがゴルビーに会えるのを羨ましがっていたが、私も実に羨ましかった。
ゴルビー、年をとったけど相変わらず目に力があったし、可愛かったなぁ。同時通訳がうるさくて最後の方になってやっと本人の声が聞けた。相変わらずの力強いしゃべり方だったし、声もけっこう好み(^^ゞ「ミハイルとは熊という意味です」だって。そうか、熊さんなのね(笑)

仕事で50年の年表づくりが2ヶ月がかりでようやく一区切りつき、50年前の古い機関運営会議の資料の保存作業を再開したところだった。錆びた金具をはずして、ボロボロになったわら半紙にガリ版印刷された議事録などをA4版に揃えてコピーしているのだが、社会情勢のところで「東西冷戦」の状況の中での論議を役員たちがしている様子がうかがえる内容もあった。
歴史的資料をいつでも掘り出せるようにしておくことが今の私の重要な役割だとあらためて痛感し、明日も作業を続けることにしよう。
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10/02/18 追悼!藤田まことさん


藤田まことさんが亡くなった。テレビ埼玉で「必殺シリーズ」を毎朝オンエアしているので、平日の朝ゆっくりできる時に見ているので、今でも馴染み深い役者さんの一人だった。
一昨年、食道がんを手術後に復帰され、東山紀之主演の「必殺シリーズ」に元祖ムコ殿という対比でいい味を出して元気な姿を見せてくれていた。ところが先々週の「剣客商売スペシャル 道場破り」をチラッと見たところ、小兵衛が小兵衛でないような気の抜けたような演技だったので心配していた矢先だった。

私が子どもの頃、1960年代に白黒TVで「てなもんや三度笠」で「当たり前だのクラッカー」なんてやっていたのも観ていた。コメディアンだったと思っていたら「必殺シリーズ」でぐっと渋い演技もする俳優さんになっていた。
歌もうまくてミュージカル「その男ゾルバ」も市原悦子さんと共演した舞台を観たものだ。母と一緒に新宿コマ劇場に行って当日券で最前列で観て首が痛くなったけれど、叩き上げの役者魂を見せてくれていて素晴らしかった。

「はぐれ刑事純情派」もわりと見ていたので、2005年に『はぐれ刑事純情派』シリーズファイナルの最終回を見た時は寂しい気持ちがしたものだ。

父が亡くなって、父の書棚から文庫本の「鬼平犯科帳」と「剣客商売」を持ってきた。「鬼平」は自分でも古本屋で買い足して最終巻と番外編を除いて全部読んだので、「剣客商売」に移行。新潮文庫の4冊目「天魔」まで読み、次が欠けているので古本屋に探しにいこうと思っていたところだった。
TVでも少し見ているので、秋山小兵衛は藤田まこと、妻のおはるは小林綾子、田沼意次の娘・三冬は寺島しのぶのイメージで読み進めていた(息子の大治郎は架空のイメージ(^^ゞ)。
Wikipediaの「剣客商売」の項はこちら
鬼平よりも何十年か前の時代の人物という設定で、鬼平が伝説的な剣客の秋山小兵衛先生に思いを馳せるところなども読んでいたので、「剣客商売」の世界がつながってすんなりと世界に導かれてしまった。池波正太郎の術中にしっかりはまっている。
フジテレビは、「剣客商売スペシャル 春の嵐」を2/20(土)午後1時20分~午後3時15分に追悼企画番組として放送するということだ。文楽を観に行っているので忘れずに録画して観たいと思っている。
写真は「剣客商売」シリーズのDVD。
藤田さんのご冥福を祈りたい。


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10/01/11 NHK「若者よ 心をぶつけろ~演出家・蜷川幸雄 -格闘の記録~」再放送も見る

(追記も少し入れました!)

年末に下記の記事にコメントをいただいていた。
2006/07/14 半分だけ観たNHK「この人にトキメキっ!蜷川幸雄」
蜷川幸雄のドキュメンタリー番組情報を教えてくださるコメントだった。NHKの「若者よ 心をぶつけろ~演出家・蜷川幸雄 -格闘の記録~」だ。チェックしてはいたものの、すぐに忘れてしまう私には有難く、12/23のオンエアをしっかり見た。
monchanさん有難うございますm(_ _)mこの間の既述の事情により返事のコメントもままならず、返事も遅れたことにお詫び申し上げます。

【若者よ 心をぶつけろ~演出家・蜷川幸雄 -格闘の記録~】1月11日(月)総合TV午前10:05~午前10:50
2009年末のNHKワールドプレミアム 番組表の情報から以下、抜粋。
“世界のニナガワ”として知られる、演出家の蜷川幸雄さん、74歳。演出家になって40年目を迎えた今年、無名の若手俳優をオーディションで選び、新たな演劇集団『さいたまネクスト・シアター』を立ち上げた。若者たちに求めるのは、社会に対する不満や怒りといった“ノイズ”あふれる演技。それは、蜷川さんが演劇を通して社会に投げかけ続けてきたメッセージだ。蜷川さんは今年6月、突然、脳梗塞で倒れた。幸い症状は軽かったが、経過観察の状態が続き、他にも心臓や肺、糖尿など、一日10種類もの薬を飲みながら舞台に挑んでいる。番組は、老いを抱えながら、無名の若者たちと真剣に向き合った蜷川さんの日々に密着した。
NHK番組表の情報1月分から以下、引用。
“世界のニナガワ”として知られる演出家・蜷川幸雄。74歳になり、演出家としての残り時間を考え始める折、2009年に無名の若手俳優44人と新演劇集団「さいたまネクスト・シアター」を作った。蜷川は怒りや不満など心の内面を演技に込めるよう、若者たちを徹底的に追い詰め、厳しく指導。若者たちはもがき苦しみながら、懸命に食らいつく。老演出家と平均年齢25歳の若者たちの、旗揚げ公演に向けた真剣勝負に密着した。

同じNHK番組の情報なのに切り取り方が違うのに感心。“世界の~”で始めるのは共通しているのがちょっと笑えたが(^^ゞ
「真田風雲録」の千穐楽をしっかり観ているので、ドキュメンタリーの内容が実に胸に迫った。戯曲もあらかじめ読んでの観劇だった。時代とともにそこで育つ人間の意識も違ってくる。1960年安保闘争から70年安保闘争にかけて全共闘の学生だけでなく社会全体の政治意識が高まった時代や人間の熱さが滲む作品を現代の若者がどれだけ自分のものにしてくるのか、観てやるぞ!と客席に着いたものだ。
予想以上に素晴らしかったのだが、やはりここまでの苦闘が蜷川さんにも若者たちにもあったのかと2回とも胸が熱くなった。

若者に投げかける言葉。以下、記憶なので正確さは求めないでねm(_ _)m
「台詞としてしゃべっているから嘘っぽい。お前っていう人間の感情がこもった固有名詞の芝居じゃなきゃ意味がない。普通名詞の芝居はいらないんだ」「なんでジャニーズの方がお前たちより一生懸命なんだよ」どんな風に言ったら若者たちが変わるかもの凄くいらだち、考え込む蜷川幸雄。これじゃ胃にガンもできたことがあるだろうことがよくわかる。
もちろん頑張ってはいるだろうけれど、一生懸命覚えて間違えないようにというレベルの、学生演劇に毛の生えたレベルの若者たちの演技。戦国時代の戦場でのアンサンブルの歌「下克上のブルース」が確かにぬるい。
「空気が嘘っぽいんだよ」蜷川の怒りが爆発する。

役はどんどん入れ替えられる。ギター侍の場面もある望月六郎役の露敏(ろびん)にスポットがあてられ、稽古場でボロクソに言われ、役をはずされて別の役に回され、父のいない家族の暮らしを支えて睡眠時間を削ってカラオケでバイトする姿にも密着。ギターを使っての独唱がどんどん変わっていく。
「♪どんなくるしみにも人は馴れる、いつか馴れる・・・・・・馴れたときからくるしみがはじまる・・・・・・」(T-T)この歌詞はなかなか胸に迫ったもんなぁ。

最近の稽古場では灰皿も飛ばなくなったというように聞いていたが、当日の特設ステージ同様にすり鉢状に客席を設けた稽古場の上段からパイプ椅子が投げつけられた。
騎馬隊はもちろんいるが、足軽たちが泥土の戦場を駆け回る当時の戦争(いくさ)!雨が降れば文字通り泥まみれだ。その死体からお宝を奪って生きている人間群像。
その人間の感覚をわからせるための思いつき。若者たちを泥まみれにする。言葉でだけではダメで、触覚や嗅覚なども動員した身体の感覚全体でこそわかることがある。その劇的変化が稽古場で起きた!
これであの泥を敷き詰めた異様な舞台が生まれたのかと、あらためて感動する。このドキュメンタリーがとらえた千穐楽の舞台に立ち会えたことは幸せだったなぁと噛み締める。

旗揚げ公演までの苦闘で一回り成長したかに思えたネクストシアターの面々に次なる課題が与えられた。次回の作品はウィリアム・サローヤンの「おーい、救けてくれ!」。課題をやってこれなければクビだと宣言されていた。

番組中でインタビューに答える的に蜷川が語っていたことで印象に残ったことをもう一つ。「年寄りは若い奴らがこれから世に出られるように場所をつくってやらなきゃいけないでしょう」。そういう責任感に突き動かされ、今になってネクストシアターを立ち上げたのかぁと納得。
ハヤカワ演劇文庫から出版されている。私もまずはしっかり戯曲を読んでみよう。その作品が気に入って、若者たちがどう向き合うかが楽しみになればまた観に行くつもりだ。

*関連して・・・・・・寺山修司の「血は立ったまま凍っている」は見送りです。
今の私は戯曲が手に入れば事前にチェックし、いくら蜷川幸雄演出の舞台でも作品的に自分に合わないと思うものは観ないことにしている。無理をして観てつらい時間を過ごすリスクを負わないというのも必要な自衛措置だと思っている。

そうそう、最近オンエアされている『通販生活』のTVCMで蜷川さんが寝っころがって本を読むのにいいライトを気に入っていると宣伝している笑顔はなかなか可愛いと思ってしまった。怒ったり笑ったりと喜怒哀楽の感情の起伏が大きい人物だからこそ、ああいう心を突き動かすような舞台を創り出せるのだろうか。
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09/11/22 癒された大河ドラマ「天地人」最終回!


昨日は新国立劇場で「ヘンリー六世」第1部から3部までを通し観劇。明日は歌舞伎を昼は演舞場、夜は歌舞伎座でハシゴの予定。そのためにさすがに今日は家でのんびり昼寝をしたら、嫌な夢をみてちょっとげんなり。自宅マンションで階上からの水漏れで壁に水が流れているって、もう絶対現実に起きてほしくないという夢。

娘のリクエストの牛鍋でもつくろうと、買い物に出て気を変えて、掃除機かけまでやってしまった!

夜逆転の日が続く娘はいくら起こしてもダメ(T-T)ひとり寂しくを器によそってきて、大河ドラマ最終回を観ながら食べる。久しぶりの家での牛鍋だが(娘の嫌いな春菊と葱をはずしてチンゲンサイを入れてみたので「すき焼き」とはあえていわないでおく)、美味しくて思わず食べすぎてまた胃薬を飲むハメになる。理性の制御がきかないのは困る(^^ゞ

さて、大河ドラマ「天地人」最終回。私にとってガスパッチョのTVCM以外では初ツマブキ(妻夫木聡)となった。背は高くないが、戦国大名家の忠義の家老職という役どころが実にピッタリだった。すぐに泣いてしまう性格で泣き顔が可愛いのもいい。
偉大な謙信公に比べて自信のもてない景勝役の北村一輝とのコンビがよかったので、安心して一年見てこられた。
姉さん女房お船の常盤貴子も気が強そうなところが実によかった。プライベートでも長塚圭史の姉さん女房となられたようで、今後の女優としての成熟も楽しみだ。

しかし、兼継とお船夫婦の子は女の子ふたりを流行病で亡くし、生来虚弱だった景明も最終回で死んでしまう。3人も生んで全員に先立たれるというのは今からすると考えられないが、昔はそんなものだったのだろう。お船は江戸にいる上杉家の跡継ぎの玉丸の養育係をかってでるが、実に夫も妻も忠義の家臣である。こういうのを見ると歌舞伎の乳母の政岡の忠義心もよくわかるというものだ。

松方弘樹の家康も頭頂部のこぶを特徴にした拵えが独特だったが、ねちっこく敵役になっていて実によかった。娘から「遠山の金さん」の人だよねと指摘されてそうだと答えたが、今回初めて爺になった役を見たように思う。
今回も跡継ぎの秀忠と心が通い合わなかった設定だったが、秀忠は義を重んじるような人間に育ったために自分に冷たいと嘆くというのがちょっと変わっていて面白いと思った。死の床についた時に兼継を呼び寄せて、自分が果たせなかった秀忠の父の役割を頼むというのも、まぁ兼継が主役のドラマだからアリでしょう。

その駿府城で若手に関ヶ原の思い出話をせがまれて、大勢の若者たちの参集する中で信長、秀吉の思い出をせがまれて話す。それに継ぐのが大御所様だろうという若手に石田三成だと答え、正義が勝つとは限らないこと、生きて後世に義の心を伝えよという彼の遺言を果たすために兼継は生きたのだと話す。それを隣室で聞く秀忠と伊達政宗というのもうまい!
正義を主張して戦った三成らを滅ぼしてまで天下をとり、世を太平にしたということに父家康の存在価値があることをそこから読み取った秀忠。父の最期を看取る時には素直な息子の姿になっていた。
兼継の最後も父の最期のように妻とともにひなたぼっこをしているうちに眠るように絶命するというのが憎い感じだった。主要な人物の回想シーンもうまくちりばめて、実に癒し的にまとめてくれた。

最後の方で注目したのは秀忠役の中川晃教だ。黒木メイサ主演の「女信長」の舞台で家臣役が評判だったというのは知っていたが、まさにこんな感じだったのかなぁと思った。彼もやはり小柄だが、目が大きく武将役が似合う大人の男の面構えになってきたと思う。低い声を響かせての台詞回しもいいし、これからはこういう方面での活躍も期待できると楽しみになった。

さて、明日の歌舞伎の若手花形→ベテラン人間国宝の舞台のハシゴも頑張ろう!!
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