12/10/31 なんで日本でHappy Halloween!?


11/1はキリスト教の万聖節(あらゆる聖人を記念する祝日)で、その前夜祭が「ハロウィン」ということだが、どうもキリスト教的な雰囲気でないお祭りという印象をもっていた。
娘が小学生時代に英会話教室に通わせていたが、そこでジャックランタンをつくってきた。夜になって中に灯したローソクの火で本当にお化けかぼちゃという感じを実感したが、それが我が家に本格的にハロウィンが押し寄せた最初だった(そのまま放置していたら、中からゴキブリが出てきてびっくりした覚えがある)。
10年くらい前から東京ディズニーランドでハロウィンのイベントとして恒例化し、カボチャや仮装キャラのデザインのグッズがお土産として持ち帰られてきた。

今年からキリスト教系の大学に通い出した娘が、「学校でジャックランタンつくったよ」と言って携帯で撮った写真を見せてくれたのが冒頭の写真。
それより驚いたのは、学校でハロウィンのお菓子を友達に配るから、それにいいようなお菓子を買いに行くと言い出した時だ。最近の大学は小学校みたいな雰囲気なんだろうか・・・・・・。

ロフトに買いに行くとか言っていたが、結局近くのスーパーでキノコの山とかの大袋に小さい袋がたくさん入ったのを買って持って行った。そして「Happy Halloween!」と言いながらお菓子をあげると、「Trick or treat」と返事してくれるんだとのこと。
それって、逆じゃないの?子どもじゃないから自分からはお菓子くれって言わないからそうなるのかな?

そこであらためてネット検索してみたら、やっぱり起源はケルト人の1年の終わる日に出てくる霊やお化けから身を守るというような死者の祭りで、それがキリスト教圏内の文化と融合していったらしい。
Wikipediaの「ハロウィン」の項はこちら
こちらの情報もわかりやすい。

プロテスタント諸国ではカトリック教会の祝日である諸聖人の日が廃れていったため、お祭りのハロウィンだけが残され、人々の親睦イベントのようになっているらしい。日本やドイツではアメリカの大衆文化として受け入れられて広まってきたとのことだが、多分に商業主義的に力が入ったということだろう。
9月~10月のハロウィン商戦ともいえる状況は、楽しそうではあるが、よくよく考えるとクリスマスよりももっと軽々しく騒がしくて白々しい。他愛なく楽しそうというのが曲者だ。
商売というのは、小売業などでは「52週マーチャンダイジング」などとも言われるように、1年=52週週ごとにテーマをはっきりさせた販売作戦をとるということになっていて、日本の従来の季節行事がなければ、外国の行事でもなんでもうまくとりこんでしまおうということになっている。バレンタインデーだ、ホワイトデーだと踊らされ、ハロウィンもここ10年ちょっとで定着してきてしまった。
日本の伝統的な季節のくらしや行事はないがしろになっていないか気になってしまう。

下の写真は、10/14に歌舞伎観劇の終演後に行った「マザーリーフ」のキャラメルとカボチャのハロウィンワッフル。

また、下の写真は職場のビルのレストランのバイキングランチで登場したチョコレートファウンテン。平日には出てこない装置なのだが、ハロウィンメニューで登場し、初体験してしまった。木のフォークにバナナを刺してチョコレートをまぶす。最後にとっておいたらチョコが固まって食べづらかった。つけてすぐに食べないとダメなのね。
踊らされまいと思いながらも、おもしろそうだとついつい手を出してしまう。悩ましいなぁ(^^ゞ

そうそう、娘はハロウィン休みと学園祭が続くので1週間も授業がないとか。父親にそう言ったら、「高い授業料とるんだからしっかり授業やってくれよ」とぼやいていた。というか、授業がある日に勝手に自主休講しないという方が大事なんだけどなぁと、私はそっちをぼやきたい・・・・・・。
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12/10/27 「三響會」を15周年記念公演で初見!猿之助の三番叟で大満足


市川亀治郎×三響會で2009年に始まったチャリティ企画「伝統芸能の今」を9/8に初体験し、その勢いで10/27新橋演舞場で「三響會」公演自体を初めて観ようと決意してチケットGET!
「三響會」のオフィシャルサイトにある「三響會」の説明は以下の通り。
父、能楽師野流大鼓方家元亀井忠雄、母、歌舞伎長唄囃子方田中流 田中佐太郎のもとに生まれ育った、亀井広忠、田中傳左衛門、田中傳次郎の三人の兄弟が、1997年に結成。 囃子を通じて、能と歌舞伎それぞれの伝統を踏まえつつ、新しい可能性を追求している。

「第八回 三響會 十五周年記念公演」の公演詳細はこちら
演目と配役
一、一調一管による三響會の歩み
「一調一管」をネット検索してみつけたYouTubeの情報「一調一管(いっちょういっかん)」にあった説明が一番わかりやすかった。「一調とは能の演奏形式の一つで、打楽器(小鼓、大鼓、太鼓)一人に謡い手一人が能の一部分を演奏します。その変形が一調一管で小鼓と笛で演奏します。」
今回はさらにその変形のようで、「船弁慶」は演奏が地謡と長唄の掛け合いで三味線も入っていた。
能楽師野流大鼓方の亀井広忠は観世喜正の謡で「安宅 延年・瀧流」。歌舞伎長唄囃子方の田中傳左衛門は小鼓で尾上菊之丞の立方で「獅子」。田中傳次郎は太鼓で藤間勘十郎の立方で「船弁慶」。
舞台奥の幕に何か所もいろいろな高さの筒型に透けるようにしてあり、その向こうに灯り。演目によって色調を変えているのが斬新。上手と下手に橋ガカリ上のものがあり、下手の手前が花道に続くようになっている通路的なものがしつらえられ、能舞台と歌舞伎の舞台のイメージが融合されている。
藤間勘十郎は2005年11月の「女と影」で観て以来だが、素踊りなのに知盛の亡霊の怨念のようなものが立ち上ったすごい踊りで、その迫力に圧倒されてしまった。3階1列6番の席はちょうど花道の真上で、七三がしっかり見えたのはラッキー。舞台の上にいると見立てられる義経主従をにらみすえながら、祈り伏せられて薙刀を回しながら無念の思いをにじませて引っ込んでいった。
幕間が5分。
二、舞囃子「小袖曽我」
亀井広忠の大鼓、梅若紀彰のシテ、観世喜正のツレ。直面(面をつけない)での謡。
幕間が10分。芝居なしの観劇は、だんだん修行モードに入ってくる。時折意識が飛ぶ。

三、舞踊「供奴」
ここで舞台がぱあっと明るくなり、新吉原の店々が並ぶ大きな通りになって気分一新。過去の三響會公演で出演された中村富十郎の子息、鷹之資が奴を踊った。「供奴」も初見。花道から登場してしばらく花道の上で踊り、私の席からはぎりぎり見えたが「助六」の出端の踊りと同じで仕方がないのだろうか。
今年の1月の演舞場で五世中村富十郎一周忌追善狂言ということで吉右衛門と「連獅子」を立派に踊った鷹之資を観ているが、一人で踊るのを初めて観る。すっかり立派な若者の奴に見えたし、実に足拍子もしっかりして行儀よく楷書の踊りという感じで観ていてすっかり嬉しくなった。こういう機会に立派につとめて着実に成長していって欲しいと応援モードになる。

幕間20分。2階ロビーでご一緒した玲小姐さん、けろちゃんさんと待ち合わせ。ここまでの感想で盛り上がる。
四、半能「天鼓」
謎の「半能」を調べて納得。この演目は能漫画「花よりも花の如く」で読んだ記憶あり。この場面は、本物の筒型の灯りがたくさん配置され、前半とのメリハリがつけられていた。
シテの観世銕之亟は能装束と面をつけて登場するとやっぱり漫画と同じだと嬉しくなったが、面の下からの謡はまるで聞きとれず、意識が朦朧状態になり、双眼鏡を落としそうになる。30分でも私のレベルではきつかった。謡の詞章を電光掲示板で見せて欲しいとつくづく思う。

幕間10分。一番のお目当ての猿之助の出る演目はたった15分かぁ・・・・・・。
五、囃子による「三番叟」振付 藤間勘十郎
開幕すると、舞台は三段になっていて切り穴があるのがわかる。三番叟の登場はここからだろう。筒型の灯りと囃子連中が上手と下手に分かれてそれぞれの段の上に並んでいる(田中傳左衛門社中も並ぶ)。「カッ、ポン」1個の大鼓が「カッ」と高い音を立てると10個ほどの小鼓が揃って「ポン」と応える。このバランスのよさはなんという心地よさだろうか。

市川猿之助の三番叟はその切り穴から高く飛んで出た。この意表を突く登場に客席はどよめいた。「天鼓」で半落ちしていたのが嘘のようにいっぺんに目が覚める。まるで勘九郎(当時は勘太郎)の「雨乞い狐」の登場の高い飛び出しのようだ。「翁」のいない「三番叟」だが静かにせり上がってくるイメージがぶちやぶられる。
それから猿之助は謡い始めたが、「五穀豊穣」とか聞こえたので翁の「とうとうたらり~」という謡ではないかと推測。翁と三番叟を兼ねているのだろうか。

手前の上手に小鼓の田中傳左衛門と傳次郎が並んでいるが、下手の大鼓の亀井広忠と並んで小鼓を打っている白髪の方は誰?双眼鏡で観てびっくり!母の佐太郎だ!!後から筋書を見たが名前がない。きっと猿之助あたりから出演してもらえるように頼んでのサプライズだと推測。
猿之助の三番叟は2006年5月に染五郎と踊った「寿式三番叟」(振付:藤間勘十郎)を観ている。その時もうまいと思ったが、一人で踊る今回はさらに絶品だった。
三番叟と床板を踏み鳴らす音と小鼓、大鼓の音が気持ちよく響く。長く大きな袖を中折れに持つための輪に指をかけているのも双眼鏡からしっかり見えた。これでなるほど袖を巻きつけるところも綺麗に極まるなと納得。
猿之助には襲名以来座頭の風格が身についてきて余裕たっぷりに踊っている感じ。自由自在に身体が動いているようで、観ていて小気味がいいのでウキウキしてくる。さらに下手に上手に横に飛んでいく時の表情は悪戯を楽しむ時の子どものようで、これでやられてしまうのだ。実に可愛い。

後見に袖を直してもらって神楽鈴に持ち替えて鈴之舞。祝言の舞ということで、「三響會」15周年を寿ぐという意味もあるのだろうなぁと気がついた。
三段の上に登って煽ぎ見ながら片足を伸ばして極まり、幕が下りる。ものすごい拍手で幕が上がり、カーテンコールとなる。客席に応え、上手と下手の囃子方へも拍手を誘い、最後にまた自分で引き取って応える。この堂々とした役者ぶりはどうだろう。
猿之助が舞台で躍動しているのを久しぶりに観たら目頭がじんわりしてきてしまった。私はやっぱり猿之助が好きだなぁと自覚する。これは玉三郎を観て感じた幸せ感と同じようだ。生きていくのはしんどいが、こういう至福の時間を持てることは本当に有難い。

ほとんど修行モードで観ていた「三響會」だが、猿之助の三番叟でエンタメとしても大満足モードになった。
来月は明治座での座頭としての公演だし、しっかり昼夜観に行くぞ。そうそう、NHKのドラマに猿之助が出演するのを忘れていたが、2回目から観ることにしようっと。

冒頭は今回の公演の筋書の表紙(題字は坂東玉三郎によるもの)。これまでの公演をを振り返る写真がついていたのでしっかり購入。終演後に売り場をみたら完売御礼の札が出ていた。終演後の食事会が盛り上がったのはいうまでもない。
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12/10/14 芸術祭十月大歌舞伎昼の部(2)「国性爺合戦」はなかなかの見応え


芸術祭十月大歌舞伎昼の部の最初の演目は「国性爺合戦」。初見は2006年6月の国立劇場の鑑賞教室だった(松緑の和藤内、芝雀の錦祥女は今回と同じ)。2010年11月の国立劇場の半通し上演で作品の全貌がつかめた。團十郎の和藤内、藤十郎の錦祥女という東西の二大名跡の共演が話題でしっかり観たが感想未アップのため、(「蘭鋳郎の日常」さんの記事が詳しいのでご紹介。

【国性爺合戦】獅子ヶ城楼門  獅子ヶ城内甘輝館  同 紅流し 同 元の甘輝館
あらすじは前回の記事を参照していただきたい。今回の主な配役は以下の通り。
和藤内=松緑 錦祥女=芝雀
老一官=歌六 渚=秀太郎
甘輝=梅玉(染五郎の休演で配役変更)

今回は七世松本幸四郎追遠ということで、曾孫の2人、松緑と染五郎が和藤内と甘輝で並ぶ舞台になるはずだったのを観ることができなかったのは残念。
少々遅刻したら、舞台の上では和藤内が父母とともに獅子ヶ城の前ににたどり着いていた(^^ゞ歌六の老一官は文句なしハマリ役。秀太郎の渚は線が柔らかく、ちょっとニンではない感じだった。

芝雀の錦祥女が城門の上に登場。父の雀右衛門の錦祥女が実によかったそうだが、芝雀もよい。江戸時代の庶民が想像した中国の装束ということでありえないほど袖にフリルがついたもので、ふんわりとした色気のある女方しか似合わない。当代では藤十郎と芝雀だろうと思う。その上、城門の上から家来たちを仕切る姿には立女形の役どころをつとめる大きさが出てきたように感じた。
梅玉の甘輝は、上品なことはもちろん、髭面の将軍としての大きさを前回よりも感じさせた。この夫婦のバランスがとれて立派で芝居が大きくなったと思う。妻の縁で明国再興のために助力するとでと思われたくないと、錦祥女を殺そうとするのを義母の渚に身を挺して止められるという場面。ここが実に歌舞伎の芝居としての見せ場になっている。
継娘だけ死なせるわけにはいかないと、義を通すだけでなく、情愛がにじむところが秀太郎の渚のよさだと思った。その情愛もしっかり受けとめた錦祥女の芝雀が自害の覚悟を固めて化粧殿に入っていく時の悲壮な覚悟のさまがまたよく伝わってきて、「紅流し」。

和藤内の松緑は隈取がよく似合い、稚気あふれて血気にはやる様が可愛らしくみえる。この可愛らしく見えるということが荒事には欠かせないと思う。合図の兆の印として紅が流れてきて、母を奪還しに城内甘輝館に乗り込み、そこで異母姉の自害、それを追っての母の自害に立ち会うことになる。その2人の死を悲しむ表情が今回はきちんと現れて、大きな目に憂いが漂うと芝居の切なさが増した。ベテランに混じっての健闘がよくわかる。

甘輝にすすめられて、中国の武将としての装束に着替える間、家来たちが和藤内の大刀を預けられて片づける場面がチャリ場。大きすぎて重すぎてなかなか持ち上げられず、入れ替り立ち代りで挑戦するというものだが、流行を取り入れてスギちゃんのキャッチコピー「ワイルドだろ~」が盛り込まれて客席の笑いを誘っていた。
甘輝館の主の座に、和藤内と甘輝が並び立ち、下にいる父とともに姉と母の最期を見送り、明国再興の決意を示す幕切れは、女たちの犠牲を悼みながらそれを乗り越えていくという憂いを含んだ場面となり、ドラマが深くなったように思う。

近松門左衛門作の浄瑠璃の味わいが少しわかってきたかなぁとも感じた。今月はこの演目がなかなかの見応えだったので、よいことにしよう(笑)

冒頭は、今公演のチラシ画像。
10/14昼の部(1)主役二人が痛々しい「勧進帳」
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12/10/14 芸術祭十月大歌舞伎昼の部(1)主役二人が痛々しい「勧進帳」


七世松本幸四郎追遠と銘打たれた新橋演舞場の芸術祭十月大歌舞伎は昼の部のみ観劇。孫の2人=團十郎、幸四郎による弁慶と富樫を入れ替わっての「勧進帳」が追遠の狂言ということで、特別チラシがつくられた。冒頭の写真が昼の部のもので、夜は反対の役の姿でのもの。

Wikipediaの「松本幸四郎(7代目)の項で、以下のように書かれていた。
岡鬼太郎が「風貌音声の堂々たる、先づ当代での随一。誰がどの件で立ち向はうと、此の金城鉄壁には矢も立たぬ」(「演芸画報」昭和7年12月号)と評したほど、七代目幸四郎の弁慶は近代随一のものだった。
【歌舞伎十八番の内 勧進帳】
昼の部の配役は以下の通り。
武蔵坊弁慶=團十郎 富樫左衛門=幸四郎
亀井六郎=友右衛門 片岡八郎=家橘
駿河次郎=右之助 常陸坊海尊=市蔵
源義経=藤十郎(染五郎の休演で配役変更)

幸四郎は弁慶ばかりをやってきて、富樫は二十数年ぶりということだ。そろそろ染五郎に弁慶を継承して自分が富樫に回り、今回は夜に太刀持ちをつとめさせる金太郎にゆくゆくは義経をさせて高麗屋三代による勧進帳ができるようにするための準備も兼ねているのだと推測している。

幸四郎の富樫が登場して、名乗りを上げてからの説明の長台詞が、うーんやっぱり何を言っているかわからないという予想通りの状態。

花道からの義経主従の登場。藤十郎の義経の若々しさに感服!

四天王も安心して観ていられる布陣で、いよいよ團十郎の弁慶と思ったら、まさか?!というのレベルの弁慶でかなりショックを受けてしまった。
團十郎は元々滑舌とリズム感、音程に難ありという感じで台詞がよくないのに、今回はさらに低調。これは幸四郎の富樫の台詞が口の中に籠ってよく聞きとれない上に変な節回しでやっているのにひっぱられ、両者とも低いレベルで均衡してしまったしか思えなかった。「問答」のところは二人とも何を言っているかわからないという最悪の場面となってしまった。

七世幸四郎は小さい頃から役者向きの容姿だったことでもらわれて高麗屋の跡継ぎになった。一方、大音声ではあったそうだが、台詞がうまい役者ではなかったという話をあちこちで読んでいる(Wikipediaの説明で「堂々たる口跡」とあるのはかなり疑問)。このDNAを受け継いだ子孫たちはかなり苦労しているのだと思う。
その上、染五郎の事故による怪我のため、幸四郎はやはり心身ともに万全な状態ではないだろう。團十郎も病気から復帰後というもの昼か夜の片方しか出ていないのに、今回は慣れた演目とはいえ特別企画ということで昼夜、役を替わって出ている。主役二人がなんとも痛々しい勧進帳になってしまい、観ている方がつらくなってしまった。

新しい歌舞伎座のこけら落とし先行会員のためのポイントに到達したため、無理して夜の部は観ないことにしたが、正解だったようだ。
それにしても、藤十郎の義経の「御手をとりたまい」のところ、扇を持ち替えて数歩で形を極めて右手を下手の弁慶の方に差し出す姿の美しさは忘れられない。

昼の部の最初の演目「国性爺合戦」はなかなか見応えがあったので、続けて書くつもりだ。
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12/10/24 体調不良で更新が滞りましたm(_ _)m おそらく喘息の薬の副作用ではないかなぁ・・・


どうにも体調が悪く、久しぶりに血圧計を持ち出して測ってみたら91-52とかいう数値にびっくり!お風呂に入って身体を温めたりすると110-63とかに回復するが、徐々にまた動けなくなって測るとまた最高が90台、下が50台の数値になってしまっている。
そういう状態が1週間ほど続き、ハタと思い当って喘息の気管支拡張剤の副作用をネット検索で調べたらやっぱりそうだった。

過量使用の場合、血圧低下という副作用があるらしい。さっそく朝晩の2回各1錠で服用していたのを朝だけにし、他の抗アレルギー剤やら去痰剤等は一日一回で組み合わせるという風に自分で半分の量に減らしたら、少しはましになった。
次回の受診で報告し、きちんとした処方にしていただく予定だが、薬には副作用があるのが前提なのできちんとセルフチェックをしなければいけないのに、長いこと惰性のように服用してしまった私が悪い。
そういうわけで気力体力の低下によりしばらくブログの更新が滞っていたが、少しましになってきたので、ぼちぼちと書いていくつもりだ。

皆様、どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m
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12/10/13 ひつじ雲に見惚れる+10月11月の観劇などの予定


今日も大宮ソニックシティの本多歯科に通う。家を出る前にベランダから秋のものすごい雲に見惚れ、携帯で写真を撮ろうとしたがうまく撮れず。駐輪場から道路を渡ったところにある駐車場からねらったら電線も入らずに撮影成功!2枚撮ったうち、遠近感が出ていた方を冒頭にアップする。
この雲は「ひつじ雲」=高積雲(こうせきうん)だと思う。ツイッターでは「いわし雲」=巻積雲と盛り上がっていたようだが、やはり今日のものは「ひつじ雲」だ。Wikipediaの「高積雲」の項をみると、「巻積雲よりも塊が大きく、はっきりとした白色をしており、下部が灰色になる。雲片の大きさは巻積雲より大きく」とある。そちらに掲載された左下の写真のような部分もあったので、私は「ひつじ雲」として記憶しておこう。

今月初めは体調も悪く、気がついたら観劇予定の記事アップも忘れて月半ばになってしまった。予定は以下の通り。
12(金)シアターコクーン:「騒音歌舞伎 ボクらの四谷怪談」夜の部=実に面白かった。ちゃんと感想アップするつもりです!
14(日)新橋演舞場:十月大歌舞伎昼の部
16(火)さいたま芸術劇場:ゴールドシアター「ザ・ファクトリー」夜の部=先行予約を忘れ、追加発売でようやくチケットGET。男組と女組に分かれての2本上演。やっぱり愛すべき爺婆芝居は欠かせない!
19(金)東京芸術劇場プレイハウス:NODAMAP「エッグ」夜の部
26(金)国立大劇場:歌舞伎公演「塩原多助一代記」夜の部
27(土)新橋演舞場:「第八回 三響會 十五周年記念公演」=初体験なのでちょっとワクワク!!

11月分も決まっている分をアップしておこう。12(月)~18(日)に福井に研修で出張するために、観劇予定にしわ寄せが行き、明治座は昼夜通しになってしまった。何年かぶりかの出張で出張申請システム等が新しくなっていてオオタついた上に、17(土)が関ジャニ∞コンサートと重なって福井で宿泊手配ができず。敦賀で押さえて通うことにした。まいった!

3(土)新橋演舞場:十一月顔見世大歌舞伎昼の部
10(土)明治座:十一月花形歌舞伎昼の部・夜の部レンチャン
25(日)新橋演舞場:十一月顔見世大歌舞伎千穐楽夜の部
30(金)シアターコクーン:井上ひさし生誕77フェスティバル2012「日の浦姫物語」夜の部
ご一緒する皆様、よろしくお願いしま~す(^O^)/
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12/09/25 秀山祭大歌舞伎千穐楽夜の部(2)初めて面白いと思えた「時今也桔梗旗揚」


秀山祭大歌舞伎の最後の感想アップ。
【時今也桔梗旗揚(ときはいまききょうのはたあげ)】作:鶴屋南北
饗応の場、本能寺馬盥の場、愛宕山連歌の場
2009年の秀山祭でも「時今也桔梗旗揚」を観ている。それなのにパッと思い出せないのが情けないが、やはり物語的にあまり好きな作品ではなかったからだろう。
Wikipediaの「時今也桔梗旗揚」の項はこちら
今回の配役は以下の通り。
武智光秀=吉右衛門 小田春永=歌六
桔梗=芝雀 山口玄蕃=錦之助 住職日和上人=錦吾
森蘭丸=歌昇 森力丸=種之助
園生の局=高麗蔵 矢代條介=松江
浅山多惣=由次郎 長尾弥太郎=桂三
丹羽五郎=廣太郎 三村次郎=隼人
皐月=魁春 安田作兵衛=又五郎
四王天但馬守=梅玉

3年前の春永は今は亡き富十郎だった。富十郎の敵役は「忠臣蔵」の師直もよかった。口跡がよく劇場いっぱいに響く声で畳みかけられ、吉右衛門の光秀はひたすら耐えていて陰々滅々として暗かった。さすがに南北のいじめの心理劇は陰惨だなぁと思いながら観ていた。そして春永は既成の価値観をぶち壊して新しい世の中を作り出そうとしているが、光秀は伝統を守ろうとする人間なのでここまで対立するのだろうと解釈していた。

ところが、渡辺保の「今月の劇評」によると、この二人の対立の根底に政治思想の違いがあるとのこと。
光秀が「天下は天下の」といいさして・・・・・・と言及しているが、これだけではわからず、「天下は天下の」でネット検索してみると、ヒットして納得した。「天下は一人の天下にあらず乃ち天下の天下なり」(コトバンク)という中国の兵法書である六韜の文師に見える言葉に由来する台詞なのだ。さらに「古典の名言」によると徳川家康病床で外様大名に語った言葉としても紹介されている(それも六韜からとのこと)。
なるほど、江戸時代は「天下は天下の」と神君家康公の名言を踏まえる光秀こそ大義ある人物として描かれている芝居というのが常識だったのだろうと思えた。しかしながら、現代ではそのあたりも解説されないとわかりにくくなってしまっていると思う。

今回の春永は染五郎に代わって歌六。吉右衛門の光秀に拮抗する好演で代役とはいえ、本役でこれからもつとめて欲しいと思えた。これでもかこれでもかと光秀につらく当たり、追い込んでいく憎々しさ。まさに光秀の辛抱立役と言われる芝居を際立たせる。今回の吉右衛門は気組み十分で、馬盥で酒の匂いを払って呑むところ、箱に入った切髪をじっと見てハッと気がつき、と観ていてこちらも乗ってくる。しかしながら、花道で皐月の切髪の入った箱を叩いて引っ込むところは見えない席だったのはかなり残念だった。

今回の森蘭丸・力丸兄弟は歌昇・種之助の兄弟がつとめ、白塗りと赤っ面の若衆で並ぶのがよかった。蘭丸の歌昇は春永の命令で光秀の眉間を割るが、吉右衛門と真っ向から芝居になり、真近でじっくりと見て播磨屋の芸を継承していってくれることだろうと思うと嬉しい限り。

愛宕山連歌の場の幕切れ、春永からの使いの二人の前で切腹すると見せかけて、介錯を所望した名刀を奪って二人を斬り捨てる。そして白装束の下に鎖帷子をのぞかせる姿で春永を討って大義を果たすという決意を見せる。舞台中央で切腹用の九寸五分を乗せてきた三方を踏み砕き、大刀を担いで極まる大見得は本当にでぞくぞくさせてくれる。(原作では皐月と桔梗は謀反をとどめようとするらしいが、今の上演ではそれはなくなったのだと思う。)
吉右衛門の光秀の高笑いも心地よく、今回初めてこの作品がけっこう面白いと思えた。この白装束の吉右衛門と春永の歌六の舞台写真を記念にセットで買ってしまった。

冒頭は「歌舞伎美人」の今回公演のチラシ画像より。配役変更になる前となった後で「寺子屋」部分の写真が入れ替わっている。
今回の秀山祭は、染五郎の休演で急遽、吉右衛門が3つの作品で主演する奮闘公演となった。大変だったとは思うが、まさに円熟期の吉右衛門の芸を堪能させてもらったことは感慨深い。叔父の芸の継承のためにも染五郎の早い復帰を願っている。

9/17秀山祭大歌舞伎昼の部「寺子屋」「河内山」
9/25秀山祭大歌舞伎千穐楽夜の部(1)「京鹿子娘道成寺」
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12/10/08 連休に母と観る映画は見送り、家事疲れの筋肉痛で銭湯で湯治


体育の日につながる3連休の中日、7日の日曜日に実家の母が観たがっていた高倉健主演の映画「あなたへ」を一緒に観ようと誘っていた。8月末に封切りになってから1ヵ月以上たつので、最寄りのシネコンでも1日1回上映になってしまい、ちょうど12:00からという時間しかない。朝が苦手の母娘のため、前日6日に座席指定でチケットを確保しておこうと、土曜日の夕方、大宮ソニックシティの歯医者通いのあとで、さいたま新都心のシネコンに自転車を飛ばしていった。

マックのプレミアムコーヒー無料クーポン券を使ってひと休みし、セブン&アイの店内を通ってコクーンモール内のMOVIXに向かうところで実家の母から携帯に電話が入った。「体調がよくないので、明日の映画は行けそうにない」とのこと。「ちょうど今、映画のチケットを買う前だよ!」

「間に合ってよかった~!」と私。
「いま電話をかけてよかったねぇ」と母。
「まぁ、お大事にね」と言い、せっかく来たのにと思ったらひらめいた!!友人とカラオケに行っている娘を携帯でつかまえて、一緒に観る約束だった「鍵泥棒のメソッド」を先に観ていいかを確認。事情を離し、「踊る大捜査線ファイナル」にしようかと思ったけどそっちはもう始まっちゃったからと説明。
「踊るも観たいからそっちを一緒に観ようか」と納得してくれたので、滑り込みでチケットGET!チケットブースに着いたら残席表示が5だったのであせったが、なんとか後ろの方で確保できた。どうやらカップルの観客が多いようで、お一人様の席が残っていたようだ(^^ゞ

映画「鍵泥棒のメソッド」がめちゃくちゃ面白かったので大満足!!!今週から男女逆転「大奥」の家光編のドラマが始まるし、堺雅人LOVEモードだが、実はさらに香川照之が可愛くてよかったのだ。

結局7日の予定はガラ空きとなってしまったが、前線の通過でけっこうな雨が夜半から午前中まで降ったため、気圧の関係で私もダウン・・・・・・。食べてはまた寝るという感じだったが、午後2時過ぎに晴れてきたらようやく復活できた。

そうなると、梅雨から暑くなる前にやるはずで猛暑続きで先延ばしにしてきた「ベランダ掃除」を決行することにして、ホースで水を流しながら、お隣2軒の排水溝に流れていかないように堰き止めを作って年に一回の大掃除!昨年から導入したデッキブラシが活躍し、大き目亀の子タワシも使って2時間みっちりと頑張った(娘が手伝ってくれるということはない。彼女は大学の市民公開講座にも参加してテンションを上げたので日曜日は「寝てようび」になった)。

毎年爽快な達成感を味わえるのがよい!
しかしながら、連休最後の体育の日は朝から腰と脚の筋肉痛で苦しんだ。大体、しゃがみこんで何かを作業することなんて滅多にしないので、普段使わない筋肉を伸ばし続けることがまず一大事。運動不足の極みというわけだ。あまりに身体が痛くて長くも寝られず、どうしようといろいろ考える。ベランダの次に気になっている換気扇の掃除もやろうかと思った(夏の方が油脂が硬くなくてよいらしい)が、ちょっと動いても痛みが走るし、脚立に乗るのが怖いので見送り・・・・・・。

昼頃になってハッとひらめいた!銭湯に行って湯治をしよう!!
9/22にお墓参りのついでにスーパー銭湯に行ったら血行がよくなってずいぶんと気分がよかったので、車がなくて行ける銭湯でいいやと思いついた。娘は祝日でも授業があるので大学に行っているし、一人でさっさと行ってこようっと。

ネット検索をして、ここならと思う銭湯は月曜日が定休日。その次は、休職していた頃にさいたま市立北浦和図書館に通った際、近くにあった銭湯だ。定休日でないのを確認し、行った時に入り口を撮影したのが冒頭の写真。

「レッツエンジョイ東京」の「さいたま市周辺の銭湯情報」で北浦和「平和湯」の情報はこちら
「街の温泉 平和湯」の看板の下には牛乳石鹸提供ののれんがかかっている。入ると待ち合わせのできる小さいロビーあり。番台は高くなっているわけではなく、受付という感じ。大人の料金は410円だった。以前住んでいた街の銭湯よりもぐっとコンパクトな感じだが、北浦和駅からも5分という立地だし、まぁこんなものだろう。

かけ湯をしてバブルの湯船に入ろうとすると熱過ぎて、水栓を開けていると親切な声がかかる。
「向こうのオゾンの湯の方がぬるいですよ」「有難うございます」
確かにその通りだった。オゾン湯は時間制限が5分と書かれていて、けっこう順番待ち状態。そちらで身体が慣れるとさらに熱いお湯に入れるようになり、水を足さなくてもバブル風呂、座浴のジェットバスも両方入れた。

休みの日の午後4時過ぎ。やはり高齢のお客さんがほとんどで、顔なじみの常連さんたちらしい様子だ。椅子がなくなっていて、しゃがんでいたら「あちらに空いた椅子が置いてありますよ」ともお声かけしていただいた。
何種類かの湯船にけっこう頑張って浸かって出たら、身体の芯から温まって筋肉痛が気にならなくなった。やっぱり湯治って効果があるんだと納得。

ロビーに出て、ここはやっぱり定番のコーヒー牛乳を飲まなくちゃとケースから瓶を取り出し、「おいくらですか」とたずねたら130円とのこと。けっこう高いなぁと思いつつ、写真を撮らせてくださいとお願いし、飲む前に撮影したのが以下の写真。ハイ、懐かしくおいしゅうございました。



図書館で『演劇界』の劇評を斜め読みし、本も1冊借りて帰り、買い物もして、意気込んで「豚汁」をつくった。そうこうしているうちに身体が冷めてくるとまたまた筋肉痛がぶり返す。血行がよいうちは紛れているのがまた症状が感じられるようになるのかと納得。
家でももう一回、湯船にちょっと長く追い炊きをしながら入って、まるで湯治状態(^^ゞさらに痛いところにモーラステープを貼って、就寝。

今度から、本格的な家事で疲れたら自転車を飛ばして近場の銭湯に速攻で行くことにしよう。
上記のサイトだけでなく、けっこうネットで銭湯めぐりしている方のHPやブログが参考になって有難い。


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12/09/17 秀山祭大歌舞伎昼の部「寺子屋」「河内山」


9月の秀山祭は、8月末の染五郎の事故による休演で大きく配役予定を変えての上演となった。千穐楽夜の部の「道成寺」だけアップしていたが、昼の部と夜の部をそれぞれ書いておこう。
冒頭の写真は新橋演舞場のロビーにあった初代吉右衛門の写真パネル。左は河内山宗俊、右は武智光秀。

【菅原伝授手習鑑「寺子屋」】寺入りよりいろは送りまで
今回の主な配役は以下の通り。
松王丸=吉右衛門 武部源蔵=梅玉
戸浪=芝雀 千代=福助 園生の前=孝太郎
涎くり与太郎=種之助 下男三助=錦吾
春藤玄蕃=又五郎

せっかく寺入りからの上演だったのに、12月の日生劇場と11月の明治座のチケットの先行予約日と重なったのもあり、大幅に遅刻(^^ゞ松王丸が首実検で源蔵宅に入るところにようやく間に合った。
吉右衛門の松王丸の義太夫に乗った台詞と所作がこれまでよりも畳みこむような気迫に満ちている。菅丞相の若君の御身代わりになるように送り込んだ息子を源蔵が首打つように追い込み、時平から共に遣わされた玄蕃の目を気遣いながらの首実験。又五郎、芝雀も吉右衛門の気迫に乗せらているし、梅玉の源蔵はその気迫を柔らかく受けとめる。「でかした」「菅丞相の首に間違いない」「源蔵、よく討った」という台詞から大見得まで、引き込まれて息がつまるようだ。
松王丸が暇をもらって下手より退場、又五郎の玄蕃が本当に憎々しく花道を引っ込むと、源蔵宅では緊張が溶けるが、千代の登場で再び緊迫化。小太郎の母の口封じをしようと源蔵が斬りかかると手文庫で受け止めて全てを悟り、「お役に立ててくださんしたか」の言葉にはっとする源蔵夫婦。
「梅は飛び桜は枯るる世の中に何とて松のつれなかるらん」の短冊をつけた松を投げ込んで松王丸が再登場する。
そこからの松王丸の長台詞に泣かされた。菅丞相の恩に報いたくても現在仕える時平からの命令にも逆らえず、若君菅秀才を討たせなければならない。源蔵に御身代わりにできる子があればそうするだろうが、子のない夫婦のもとに自分の子を送りこんだという件に、初めて源蔵も同志として信じていたのかと思い当った。松竹梅は単なるお目出度いことの象徴というのではなく、「歳寒三友」ということで「清廉潔白」という文人の理想を顕すものだという(朝ドラの「梅ちゃん先生」のきょうだいの名前の由来の説明で私も初めて知った次第)。三つ子の兄弟の名前にない「竹」を武部源蔵につけていることに意味があるというのを最近何かで読んでいたが、松王が同志として意識していたことが今回初めてわかってドラマがさらに大きくなった。そこまでイメージを広げることができたのは、まさに吉右衛門の芝居がいいからだ。

千代の嘆き悲しむ姿に吉右衛門が見せる松王の優しさに、この夫婦の愛情がにじんでいる。源蔵と戸浪の夫婦ともども、菅丞相に忠義を尽くす二組の夫婦、忠義のために死んでいった小太郎と桜丸がくっきりと浮かび上がった。菅秀才に母の園生の前を引き合わせ、小太郎の野辺の送りをする幕切れ。
丸本歌舞伎の様式と重厚なドラマを堪能させてくれる吉右衛門の松王丸は、まさに円熟の境地であろう。染五郎の休演から観ることができたというのも複雑な思いだが、吉右衛門の至芸を見ることができたことを有難く受け止めよう。

【天衣紛上野初花「河内山」】
今回の主な配役は以下の通り(こちらは元々の配役)。
河内山宗俊=吉右衛門 松江出雲守=梅玉
後家おまき=魁春 和泉屋清兵衛=歌六
高木小左衛門=又五郎 宮崎数馬=錦之助
腰元浪路=米吉 北村大膳=吉之助
近習大橋伊織=松江 同 黒沢要=歌昇
同 米村伴吾=種之助 同 堀江新六=廣松
同 川添運平=隼人

茶坊主でありながら無頼漢に混じって無法を働く河内山宗俊。近くは仁左衛門の「河内山」を観ているが、上州屋質見世の場面がどうにも悪党っぽさが薄かった。
吉右衛門はその辺りも実に雰囲気が出る。TVドラマでも演じている「鬼平犯科帳」の鬼平は、旗本の庶子に生まれたために若い頃にぐれて放埓を極めていた過去を持つという人物で、軽みを効かせた人物造形が絶品。その軽さが出せるのが前半の河内山の魅力だと思う。
上野寛永寺の法親王の使僧に化けた朱の衣姿で松江邸に乗り込む。播磨屋・萬屋の若手も揃う家臣団に秀山祭の芸の継承の意味を強く感じる。このところ、米吉の娘役を続けて見るがふんわりと可愛らしいのがいい(この浪路では殿様も執心するだろう)。
家老の高木小左衛門を又五郎、近習頭の宮崎数馬を錦之助というのも、お家を必死で支える忠臣コンビでよい。一方、松江候をたぶらかす奸臣の北村大膳は弟子の吉之助だったが、なかなか強面を効かせてよい感じだ。確か鬼平シリーズにも出ていたはずで、一門で盛り上げているというのも秀山祭ならではだ。

上品そうに御使僧を演じながら、松江侯を追いつめ、浪路を実家に戻す確約をとる。賄賂をとって内々にすますという駆け引きも面白く、可笑しみのある場面も随所にある。
首尾よくいって、帰り際の玄関先、まさに「とんだところに北村大膳」に、高頬の黒子で正体を見顕わされるが、ガラリと江戸っ子風の啖呵で開き直る。
茶坊主は寺社奉行の管轄なので、勝手に処分はできないはずで、松江のお家から大金を騙りとった罪人だと突きだせば、松江侯の行状もあらいざらいしゃべるがどうするんだと居直る。「悪に強きは善にもと・・・・・・」という名台詞も聞きごたえたっぷり!。
高木小左衛門が賢慮をみせ、御使僧として帰ることになった花道で、松江邸を振り返り「馬~鹿めぇ」という一喝。最後に松江出雲守も悔しそうに見送る姿での幕切れ。身分のある人間が非道なことをするのをやっつける芝居は、江戸っ子の溜飲を下げたことだろう。こういうドラマは「必殺シリーズ」など、現代人をも楽しませる。
秀山祭、昼の部は、時代物、世話物いずれの吉右衛門の芸を堪能できて大満足。
                
夜の部の「時今也桔梗旗揚」も近々アップしたい。できるかな(^^ゞ
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12/07/29 さい芸千穐楽で観た「しみじみ日本・乃木大将」茶化して描かれる軍神の殉死


観劇記事どころかブログの記事アップ自体が間遠になっている。この夏の猛暑疲れが激しくて抵抗力が落ち、あちこちに炎症が起きてしまった。体育の日につながる3連休も観劇もせずに主に休養にあてている。「井上ひさし生誕77フェスティバル2012」のシリーズ上演が続き、「芭蕉通夜舟」のアップに続き、その前の公演「しみじみ日本・乃木大将」についても書いておこうとしたが、書きかけのまま長く放置してしまった(^^ゞ。ここでしっかり完成させよう。

こまつ座&ホリプロ公演【しみじみ日本・乃木大将】
作:井上ひさし 演出:蜷川幸雄
公式サイトの公演詳細情報
より、以下あらすじをほぼ引用。
明治天皇大葬の日の夕刻。大帝に殉死することを決意した陸軍大将乃木希典が、夫人の静子様と共に、自邸の厩舎の前で3頭の愛馬に最後の別れを告げている。そこへ、出入りの酒屋の小僧である本多武松少年が現れ、この家の書生になることを志願する。実はこの少年、かつて日露戦争で乃木の軍にいて戦死した兵士の忘れ形見で、その後乃木本人とも因縁浅からぬ縁ができていたのだ。
一行が立ち去った後、夫妻のただならぬ様子に異変を感じた愛馬たちが、突如として人の言葉で喋りだす。そして、あろうことか3頭それぞれが前足と後足に分裂し、併せて6つの“人格”ならぬ“馬格”となって騒ぎだす。そこに近所で飼われている2頭の牝馬も加わり・・・・・・。

出演:乃木邸の厩舎にいる
壽(ことぶき)號の前足=風間杜夫、同後足=吉田鋼太郎
璞(あらたま)號の前足=山崎一、同後足=六平直政
乃木號の前足=大石継太、同後足=大川ヒロキ
隣の屋敷の紅號の前足=根岸季衣、同後足=都築香弥子
馬車屋の英(はなぶさ)號の前足=朝海ひかる、同後足=香寿たつき
本多武松少年=岡部恭子

「たいこどんどん」の時もそうだったが、定式幕が使われている。役者たちが馬の足になったり人物になったりの早替りが想定される、いかにも「芝居ですよ」という雰囲気が漂う。
辻占売りの少年と乃木大将のエピソードは浪曲などで有名らしく、乃木邸の厩舎で愛馬に別れを告げている乃木大将にその少年本多武松が書生にして欲しいと食い下がる。ネクストシアターで顔なじみになっている岡部恭子がその体型も活かして大きくぶつかる感じがよい。
そのやりとりも含めて主たちの殉死の準備の雰囲気を感じ取った馬たちが騒ぎだす。並んだ馬たちの中から次々と役者たちが姿を現すと、本格的に被って馬の足をやってたんだなぁと感心してしまう。

乃木大将の自決を予想するグループとそれを否定するグループに分かれ、乃木の半生を振り返りつつ挙証していくが、そういう場面では役者が馬の足の下半身のまま、上に衣装をつけて演じているのが可笑しい。馬たちは大真面目に論じているのだが、芝居全体は茶化しのテイストにまみれている。
頭を乗せる前足グループは理屈っぽく上品ぶっていて、後ろ足=下半身のグループは本能的で庶民的にふるまう。どちらが優れているかという論争になった時にそれぞれのグループで手をつないで「花いちもんめ」で熱く罵り合う場面など大笑いだ。

劇中で歌われる歌はいずれも童謡など誰もが知っている歌の替え歌であり、歌詞は井上ひさしが練り上げているので、舞台の両脇に電光掲示板で示される。ただ聞き流すだけではなく、そこに込めた意味も読み取って欲しいということだろう。

乃木希典は長州出身で、吉田松陰の叔父が開いた松下村塾に学んでいる。維新後の士族の反乱の一つ萩の乱への参加を実弟が求めに来たのを断り、その恩師も教え子たちのために自決する。その弟との話合いの場にあった連隊旗はぞんざいな扱いをされて笑いをとっているのだが、その旗を西南戦争従軍中に的に奪われたことが一生の不覚となる。負傷して歩けないので人を雇ってもっこで担がれ戦闘の中に出かけ、敵の弾に当たって死のうとするエピソードは笑えるが、乃木にとっては真剣だった。
乃木のそうした行為の報告を受けた山県有朋と児玉源太郎は、天皇から賜った「連隊旗」は天皇の象徴として扱うという「型」を作ることで陸軍をまとめあげることを思いつく。そしてその乃木を陸軍をまとめあげるための象徴として利用することにする。陰謀をめぐらす2人を宝塚風に誇張して演じろというのが井上ひさしの戯曲の指定なのだが、蜷川はそれを本物の元宝塚トップ男役の香寿たつきと朝海ひかるというキャスティングで見せてくれた。それが実にカッコよくて可笑しいのだが、これも「茶化し」の大きな仕掛けだろう。

乃木は愚将であったが「死んではならぬ」という明治大帝の存命中は自死もできず、それでも自分が生きていることの負い目を抱いて職務に励んだ。息子二人も名誉の戦死を遂げ、妻の静子は姑にも我慢して仕え、従軍していない時期にも学習院の院長となって寮に泊まり込む夫!静子は孤閨の寂しさに耐えながら、軍人の妻の鑑としてふるまっていた。井上芝居ならではのお色気ネタもここで炸裂するのがびっくりだったが、その本心を必死で夫に伝える静子を演じる根岸季衣が実によい。さらに二役で皇后も演じ、皇后として求められる型を必死でつとめているという芝居で、人間が本心を抑えて期待される「型」を演じるように生きるというのがよくわかった。

宮中で天皇夫妻が軍人たちをねぎらう宴席での明治大帝のお言葉という台詞が、まさにこの芝居の人物造形を象徴している。「さまざまな型をつくりだし、国民に選択させる。それが国家の役割」だというのだ。天皇も皇后も例外でなく時代が求める「型」を演じたということだろう。大石継太の天皇役は品もあり抑制的な台詞回しなのが効果的だった。

今回が蜷川芝居初登場の風間杜夫の飄々とした芝居がよかった。風間杜夫の舞台は「風間杜夫ひとり芝居三部作」を2006年7月に観ている。蜷川組のお馴染みの役者たちの大熱演的な芝居の中でも一味違った雰囲気がある。そしてこのタイトルロールの乃木大将の一生を淡々と浮かび上がらせてくれたのが実によかった。本人は言葉も少なく大真面目なのだが、観ていると可笑しいサーカスの道化のようだった。
観終わって、井上ひさしは殉死した軍神を道化として描いたのだなぁという印象が閃いた。生きているうちは本人の意思に関係なく軍神に祀り上げられ、実は死に場所を探すようにして生き、死ぬなと言った明治大帝の死によってようやく自死をゆるされた。一人で死のうとしていたが静子夫人が一緒に死ぬことを望んだという。これ以上寂しい生を続けていくことに耐えられなかったのだろう。
朝日新聞のステージレビューは「時代が求める型とは?」というタイトルで、時代が求める人生の型を肯定的に書いていたが、それには強く違和感を抱いた。型を演じるように生きる時代ではないと思う。現代社会は混沌としているが、人がみな人間らしく生きられるようになるよう、自分の生き方も社会のあり方も考えながら生きていけるといいと強く願っている。

それと、5月に観た三島由紀夫の「椿説弓張月」と対極にある作品だと思えた。信念のために自決する美学を色濃く反映して源為朝を賛美した三島の作品と違い、軍神とされた乃木大将の殉死を井上ひさしは茶化してみせたのだ。私には井上ひさしの作品の方が好ましい。

千穐楽カーテンコールの恒例で、最後にしっかり蜷川幸雄が舞台上に呼び寄せられていたが、今年も蜷川幸雄の演出の舞台の本数はすさまじい。
7本目の「トロイラスとクレシダ」のプログラムに、そういう質問に答えているのが掲載されている。以下、その答えより引用。
「ぼくもまた澤瀉屋の新猿翁さんや新猿之助さんと同じように『演劇という病い』に冒されているんです。7月の演舞場の夜の部で猿翁さんが立ちあがって科白を言うと僕は感動しました。若い日、紀伊国屋書店の演劇書のコーナーでばったり会って、既成の縁演劇を二人で罵倒したことを思い出しました。」
こんなところで、共感しかりになるとは私もまた「演劇という病い」(観客の側ではあるが)に罹っているのだと自覚した。
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