05/04/29 gooブログの写真の大きさを大きくする方法がわかりました!

このブログによくコメントをくださる和さんがちょくちょく遊びにいっているブログの方が気づいて実践されていたとのことだった。和さんが質問して教えてもらったのを私も教わった。下記のようなことだった。
ブログ編集ページの「ブログ情報」にて「トップページの画像表示タイプ」を「縮小版」から「オリジナル版」にすればOK。ただし、元のオリジナルサイズが小さいとだめ。

さっそくやってみたら、できました。感動!うれしい!!和さん、ありがとうm(_ _)m
文中の文字のフォントなどを指定して変える方法も今わかった!
でも11月からやっているのに今頃気づく私っていったい...。
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05/03/21 勘三郎襲名披露公演連続アップ②3月歌舞伎座昼の部

3/20の夜の部に引き続き、翌日昼の部を観た。
『猿若江戸の初櫓(さるわかえどのはつやぐら)』
猿若=初代勘三郎の江戸下りと中村座開設に至る話を盛り込んだ狂言。昭和62年の「猿若祭」で初演、猿若を勘九郎、出雲の阿国を福助が演じた。今回は猿若が勘太郎で阿国が同じ福助である。勘太郎の歌舞伎は『野田版・鼠小僧』くらいしか記憶になく、舞踊も初めてだった。芝居が達者なところは1月に観た『走れメルス』でわかっている。初めて観た勘太郎の踊りは若々しい上になんと切れがいいのだろうと感心。1月浅草での七之助の『鏡獅子』といい、この勘太郎といいさすがに父の厳しい稽古をこなしてきただけのことがある。頼もしい兄弟だと感心した。阿国の福助も年上の美人座長という貫禄があり、ふたりで花道に出たところは絵になっていた。その場面の舞台写真はしっかり購入。七之助が当初阿国の予定だったのだろうが、福助で観て儲けた感じ。七之助だと年上の感じがまだ出せないだろうから。

『平家女護島(へいけにょごがしま)俊寛』
近松門左衛門が書いた『平家女護島』の二段目。高校時代にお茶屋娘さんのお誘いで歌舞伎教室を見に行った時、この演目と又五郎さんの『羽根のかむろ』を観た。俊寛は染五郎時代の幸四郎。そして、今回熟年の幸四郎でまた観ることができたわけだ。感慨深いものがある。同じ時期に観た『ラマンチャの男』もそうだったが、若いのにおじいさんの役を一生懸命演じていた。今は実年齢が役に近くなったので無理がないし、両方の役とも何度も演じていて深みを増してきている。
鹿ヶ谷事件で平清盛に鬼界ヶ島に流された三人。康頼(東蔵)が成経(秀太郎)と島娘千鳥(魁春)が夫婦になったとともども俊寛のもとにやってくる。ありあわせのもので祝っているところへ赦免舟が到着。瀬尾(段四郎)が読み上げる清盛の赦免状には俊寛の名はなく、瀬尾のいびりでさらに惨めになるが、もうひとりの上使(梅玉)が持参した重盛の赦免状で赦される。またまた瀬尾は帰る船に千鳥は乗せられぬと手ひどい仕打ち、都に残した妻も清盛の命令で瀬尾に殺されたという。その瀬尾を殺してその罪のためにひとり島に残る俊寛。今公演夜の部の感想のところで、勘三郎は硬軟のうちの軟かい役の方に魅力が発揮されると書いたが、反対に幸四郎はこういう硬い役でこそ持ち味が発揮される。悲嘆のシーン、千鳥の悲しみに人肌脱ごうと決意、瀬尾を刺して関羽見得がぐっと決まる。
俊寛の深い同情を誘うのが魁春の可愛い千鳥。この人は地味な可愛い女の役がはまる。秀太郎が似合いの成経でとても可愛いカップル。梅玉と段四郎の善悪ふたりの上使も存在感たっぷり。今回の演者のバランスはとてもよかった。襲名にしては話が暗いがベテランで固めた芝居ということで襲名披露としての見応え十分。
さらに絶海の孤島の装置に惚れ惚れする芝居だ。波幕の使い方の見事さ。遠ざかる船をよぶ俊寛の乗る岩を回り舞台で回すしかけ。短いけれどドラマチックなこの芝居にはぐっとくる。

『口上』
昨年、海老蔵襲名の口上を観に千秋楽間際に朝、幕見に並びに行ったが全く間に合わない。そこで今年の勘三郎襲名の口上こそ見てやるぞとずっと念じていたが、思いが通じた!口上とは...幕が開くと主だった役者達がそれぞれの家の決まった衣裳に身を包んで並んで正座。仕切りの役者(今回は岳父の芝翫)がまず紹介し、その後一人ひとりが、襲名される名跡をめぐって自分の家との関わりとか先代や襲名される方と自分の関わりとかにも触れながらお祝いとか活躍を祈る口上を述べ、最後ご本人が襲名の経緯や口上を述べた方、関係者、お客への御礼や先代のこと、自分の決意表明などの口上をしてしめくくる、という感じだった。雀右衛門や又五郎のような80代90代の長老までが並ぶ。さすがにおふたりは短めで、しかも雀様はかすれ声でちょっと心配だったけどここにいてくださるだけですごいことだ。また、口上の装束で本人がどんな役者かわかると何かに書いてあったが、なるほど真女方はこの人とこの人と...とチェック。一番心に残ったのは玉三郎。勘三郎の兄貴分としてしっかり支えていこうという気持ちがこもっていた。七之助がいないのはちょっとさびしかった。ご本人の決意はしっかり伝わってきた。これからが新しいスタートなのね。よし、ずっとつきあっちゃうぞ~とこちらも決意。

『一条大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)』
文耕堂らが書いた時代浄瑠璃『鬼一法眼三略巻』の四段目。一条大蔵卿ってよく調べずに見にいったら、清盛の寵愛を受けた常盤御前が嫁がされたお公家さんだった。大河ドラマ『義経』でいうと漫画家の蛭子さんだ。一条大蔵長成(勘三郎)は阿呆で有名、そこで常盤御前(雀右衛門)も揚弓三昧の日々を送っているという。源氏再興の志を抱く義朝の元の家来夫婦のうちお京(玉三郎)がお狂言師(お茶屋娘さん調べてコメントしてくれた)として長成に雇われる。夫鬼次郎(仁左衛門)も屋敷に潜入し、揚弓にうつつをぬかす常盤をののしり打ちすえるが、家来には所詮主の心などわからないと本心を明かす。揚弓の的の下には清盛の絵姿があり、調伏していたのだ。その場を主家のっとりをたくらみ清盛に通じる勘解由(源左衛門)が見てしまい、注進に行くと騒ぐ。そこを御簾の中から突き出た長刀が切りつけ、長成登場。自らも源氏の血筋をひいているが、権勢をふるう平家の前では本心を気づかれないように作り阿呆を装っているのだという。重盛の死を契機に平家討伐の挙兵をはかるように義朝の遺児たちに伝えるように鬼治郎にことづける。その本性からまた作り阿呆に戻って幕。
先代の大蔵卿もTVでちょっとだけ見たが、新勘三郎の阿呆役はもっと可愛い。へろへろ歩きやへらへらした顔の表情もただしまりがないというわけではなくて愛嬌がある。女方の時の声はあまり良くないが、こういう役の時の声は阿呆の時もぶっかえりの後の正気の声も絶品だ。また、孝・玉時代を知らない私とすれば二人とも初役で夫婦役で登場とは襲名披露公演様さまだ。勘解由の妻鳴瀬に先代時代からの弟子のも小山三も起用していて、いい味を出している。源左衛門も助五郎が今公演で襲名披露しているいい脇役さんで、夫婦役で起用とはなかなか憎い配役だ。雀右衛門も昨年の『金閣寺』の雪姫以来だが、今回はほとんど座った芝居だったが場の支配力がやはりすごいと思った。
こうして襲名披露3月は大満足して観劇終了。月刊『演劇界』の発売日が待ち遠しい。4月5月のチケット確保も真剣みが増した。
  
写真は、歌舞伎座3月公演のチラシ。篠山紀信が襲名披露公演用の写真をとっている。ポスターも2000円で歌舞伎座で売っている。貼るところがないから買わないけど。
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05/03/20 勘三郎襲名披露公演連続アップ①3月歌舞伎座夜の部

十八代目中村勘三郎の襲名披露公演が3~5月の3ヶ月続く。年賀状にも彼の応援宣言をしていた私としては昼夜とも観ずにはいられない。体調を崩していてチケットとりどころではなかったが、昼夜のチケット2枚を譲ってくださる方がいて幸運にも3月から観ることができた。ありがたいことだ。感想のアップが大幅に遅れたが、きちんと書きとどめておきたい。

『盛綱陣屋(もりつなじんや)』
勘三郎を時代物で初めて観る。同じ3月に国立劇場で観た『本朝廿四孝』と同様に近松半二らの合作の人形浄瑠璃から歌舞伎に移された『近江源氏先陣館』の八段目。大阪冬の陣で敵味方に分かれた真田信幸・幸村兄弟をモデルにしており、敵味方に分かれた佐々木盛綱・高綱兄弟。盛綱(勘三郎)の子・子三郎(宗生)が初陣で高綱の子・小四郎(児太郎)を生け捕りにしてきた。その小四郎を返せと敵方の使い和田兵衛(富十郎)がやってくるが主君・時政の許しがなければできないと盛綱は断る。その後盛綱は母微妙(芝翫)をよんで高綱が不本意な働きをしないですむように小四郎を切腹させるように説得をしてほしいと頼み、母も承知する。
その夜小四郎の母・篝火(福助)がわが子に一目会おうとしのんでやってきている。微妙は小四郎に切腹を涙ながらに諭すが小四郎は父母に一目会ってからと耳を貸さない。そこに高綱が討たれたという知らせがきて、その高綱の首実検を盛綱にさせるために時政(我當)が現れる。その首を見た小四郎は「ととさま」と言って刀を自分の腹に突き立てる。その首は明らかに偽首であるが、盛綱は高綱親子の計略に気づき、本物の首と言上。いずれ嘘がばれるであろうことは承知の上である。時政が去ると森綱は隠れていた篝火をよび、小四郎との最後の対面を許し、その真相を語りだす。小四郎が母・祖母らに見守られて息を引き取ると盛綱も切腹しようとする。そこを止めたのはさきほどの和田兵衛。偽首がばれてから死んでも遅くないと説得し、ふたりは戦場での再会を約束して別れる。
子役ふたりが頑張っていたが、児太郎の台詞がちょっと棒読みっぽかった。宗生の台詞まわしの方がしっかりしていた。七之助の代わりに篝火に福助が出たのが儲けもの。矢文に願いを託して放ち、盛綱の妻早瀬(魁春)が諌めの返答を矢文で返すところ、その後ふたりが対峙するところなど互角の存在感が出た。芝翫・福助・児太郎の成駒屋三代が並ぶところもすごいものだ。高綱戦死の注進に幸四郎と段四郎が出るのも襲名披露の豪華な顔ぶれ。富十郎の赤っつらの和田兵衛も貫禄たっぷり。
さて、盛綱の勘三郎。世話物に比べて台詞がちょっとききとりにくいが、全身の演技がすごい。母微妙に甥を切腹させることを頼むあたりの切なさ、首実験の無言の中で疑問→気づきを表現する顔の表情の豊かさ。また小四郎切腹後に「ほめてやれほめてやれ」というところの台詞への感情の乗せ方。これからも再演を重ねていくごとにもっともっとよくなっていくのだろう。

『保名(やすな)』
『芦屋道満大内鑑』という浄瑠璃の二段目を清元舞踊に仕立て直したとのこと。イヤホンガイドの説明をきいていたら仁左衛門が踊っている安倍保名が安倍晴明の父だとわかった。亡き恋人を慕って狂乱の体で春野をさまよっているという踊り。その恋人に似た女葛の葉と後日結ばれて晴明が生まれる。その葛の葉が狐だったという私の知っていた伝説とつながった。一面の菜の花の黄色の背景の前で踊る、伏し目がちの憂い顔、ざんばら髪に病鉢巻の仁左衛門はとにかく美しい。うっとり見ている間に終了。

『鰯売恋曳網(いわしうりこいのひきあみ)』
三島由紀夫の書いた「三島歌舞伎」のひとつ。三島作品は美輪明宏主演の『黒蜥蜴』を観たことがあるが、耽美的であまり好きになれなかった。ただしこだわりぬいて使われている「言葉」はさすがに美しかった。この作品はとにかく明るく楽しく、三島を見直した。
伊勢国阿漕ヶ浦の鰯売りの猿源氏(勘三郎)が京都で商売をする様子を見に、隠居した父親の海老なあみだぶつ(左団次)がきてみると、病鉢巻をつけて恋煩いの最中。五条通りで出会った上臈に一目惚れだという。その女は高級遊女の蛍火(玉三郎)だから、息子に大名に化けてに会いに行けということになった。遊郭にいる蛍火は貝合わせに興じるような雅な女。そこに大名に化けてやってきた猿源氏一行。戦物語を所望されて語ったのは海の中の生き物の合戦模様の作り話。なんとか蛍火とふたりっきりになると、居眠りの中でついつい商いの呼び声が寝言で出てしまう。その声に蛍火はその声に惚れこんで家出をしてしまった恋しい人の声を重ね、猿源氏に問うが否定されてしまう。蛍火は紀伊国丹鶴城のお姫様だった彼女は家出のあとで売りとばされてここにいるのだった。目の前の男が恋しい人ではないとすれば自害するとまで言う蛍火に猿源氏も真実を明かし、ふたりは両思いに!そこに姫を探していた男が現れ帰城をうながすが、その用意したお金を遊郭などに渡して、身請けの金として鰯売りの嫁になるという荒唐無稽な話。
大体、伊勢国阿漕ヶ浦でとれた鰯を紀伊国で売ったり京都で売ったりできるのであろうか?それこそナマの鰯が腐ってしまうではないか?などと考えてしまったが、そういう事情もまあお話ということでということになるのかな。

勘三郎はやはり盛綱のような硬い役ではなく、こういう軟かい役の方がこれまで十分に培った魅力が発揮されると思う。私は彼の愛嬌たっぷりの芸が大好きだ(子どものころは藤山寛美の松竹新喜劇のTVを楽しみにしていたくらいこういう三枚目芸が好き)。恋煩いの場面のへろへろな姿、大名になりすましているつもりなのに地が出てしまうところの細かいしぐさ、ふたりが両思いになったあとのでれでれな姿。玉三郎も世間知らずのお姫様出身の遊女の可愛さがふんわりとにじみ出る。ふたり揃って引っ込みの時に猿源氏に続いて蛍火が「いせのくに、あこぎがうらの猿源氏が鰯こえ~」と呼び声を真似する時の可愛さにもう負けてしまった。
しかしながら「鰯こえ~」の意味がわからなかった。鰯が怖いのかな?その後「鰯かうえい」(=鰯買え~)だったことがわかり、ようやく納得したのだった。
地味な2つの演目を締めくくったのがこの楽しい演目で、心も軽く帰途についた。昼の部は翌日なので楽しみは続く。
  
写真は、勘三郎襲名の祝い幕。中村屋の隅切り角に銀杏の紋がある。
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05/04/27 『Shall we dance?』米国リメイク版でバージョンアップ

今日は水曜レディースデイ。お茶屋娘さんのお誘いでリチャード・ギアファンの娘ともども、MOVIXさいたまで『Shall we dance?』を見てきた。もちろん役所広司主演の日本版も観ているので、どんなリメイクなのかを楽しみにして行った。

元々私は映画より舞台を観る方なので、リチャード・ギアも『CHICAGO』で初見。彼なら役所広司で観たイメージを大きく崩すおそれはないと踏んでいった。後の俳優さんは初めての方ばかり。映画が始まってすぐ、ポリーヌ(ジェニファー・ロペス)は草刈民代と違ってかなり肉感的な美人(ヒップが大きくてアメリカ人好みだと思った)で雇われたダンス教師。たま子先生(草村礼子)にあたるのがさびれたダンス教室(若者にこびないレッスン内容のため)の主宰者であるミス・ミッツィーで、お酒の小瓶をちびちびやりながら今は惰性で教えているといった風になっている。ダンス教室で一緒に入門した仲間のヴァーンは田口浩正に似た設定、チックは徳井優とは違ったナンパ目的の若いにいちゃん。ダンス教室に通いつめるボビーは渡辺えり子の雰囲気にすごく似ていると思ったし、職場の同僚で隠れダンスオタクのリンクは竹中直人の雰囲気とはちょっと違うがエネルギッシュなキャラづくりはすごい。
ジョン(リチャード・ギア)の職業は弁護士で、ここは日本ではサラリーマンになっていたのとは違う。まあ遺言作成専門の弁護士であるが、一応アメリカ社会での成功者たちである。そういう彼らも現状に満足していないというところが今回のリメイク版の面白いところ。
一番違うのは妻ビヴ(スーザン・サランドン)。パートに出ている主婦(原日出子)と違ってデパートで部下をもつ仕事を持って共働きをしながら年頃の女の子と男の子を育てているだけあって堂々としている。学校のペアレントクラブ等での役割も担っているようだ。夫とも深く愛し合っている。それなのに夫の微妙な変化に浮気を疑い探偵事務所へ。
人生の一応の成功者なのに何かが足りないと思い始める中年の男。ジョン達がダンス教室に入って熱心に練習を積んでいく中で、教室のメンバー皆が変わり始める・・・。ミス・ミッツィーまでが活き活きしてお酒を飲まなくなるのがすごい。
アメリカ版が日本版と違っているのは、まず前提として、男女が一緒に踊ることを楽しむことが当たり前になっている社会とそうでない社会であるということだ。ポリーヌに下心を疑われてダンスをやめようとしたジョンがまた踊りたくなるのも息子とそのガールフレンドが流行のダンスクラブで踊るのを見た時というのが象徴的。また、日本版では社交ダンスを習っていることが恥ずかしくて妻に言えないのだが、アメリカ版ではそのように描かない。夫婦関係でも仕事でも不満はないのに心に隙間があるのを埋めるために何かを求めてダンスにのめり込んでいることを妻に隠していることが恥ずかしいというのだ。
次に主人公夫婦の関係の違いだ。ジョンは妻に堂々と謝罪に行き、理解を求め、ダンスパートナーになってほしいときちんと伝える。そのシーンが一番かっこよかった!!ポリーヌのお別れパーティーに夫を行かせるべく妻はカードにその旨を書き、タキシードやダンスシューズを用意して出勤して行ったのだが、逡巡の末に行くことを決めたジョンは妻の残業の現場にタキシードを着て真紅のリボンをつけた真紅の薔薇一輪を持ってShall we dance?と呼びかけるのだ(なぜお客さんのいない時刻にエスカレーターが動くのかは不問にしよう)。

お別れパーティーに夫婦でかけつけ、妻を皆に紹介した上でポリーヌと踊るジョン。パーティー自体も日本版よりカジュアルな感じが自然でよかった。探偵さんもついにダンス教室に入門するし、さびれかけていた教室にも生徒が増えているのがわかって明るく終わる。
アメリカでのリメイクでバージョンアップして満足度アップだった。

リチャード・ギアはミュージカルの舞台でも活躍していた人だけに、最初の方の下手なダンスシーンをどのように演じるか変な興味があったが、それなりだった。やっぱりすぐ上手になっていた(キャスティングが決まってから半年の特訓をしたということだが)。競技会前日の深夜のジェニファー・ロペスとのタンゴはなかなかあやしく美しくアメリカらしい濃厚な見応えのあるシーンだった。ボビーとリンクのパソドブレも情熱的で最高。やはり日本人にはない官能的なダンスが見られたのも満足度アップのもうひとつの要因。
写真は映画のHPよりダウンロードした壁紙。
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05/04/23『KITCHEN』のイライラ感は本物だった!

NINAGAWACOCOONシリーズの第2弾。
5月『メディア』のチケットを買っていたら、冒頭遅刻。またまた入場制限だったが『将門』の時とは違ってモニター画面でちゃんと見せてくれた。サービスレベルアップを確認。合格?!
いつもと同じように何も知らずに観に行ったが、入場したら舞台の上はロの字に調理施設が並べられたまさに調理場。今回の私の席は2階のD列だったが、舞台が斜め上から全体的に見えるいい位置だった。これでコクーンシートなのだからありがたい。舞台奥にも客席が設けられ、舞台を囲んでいる。向こう側とこちら側の両側の通路が舞台の延長で大活躍。また舞台はロンドンということだったのだが、登場人物がイギリス人だけではなく、アイルランド人やユダヤ系の人がいるというのは予想の範囲内だとしてもドイツ人、キプロス人(元イギリスの植民地)までがいて一緒に働いているというのは意外で、ヨーロッパ社会への私の認識不足を痛感した。

ひとりまたひとりと登場人物が出勤してきて、昨晩起きたドイツ人のペーター(成宮寛貴)とキプロス人のガストン(大川浩樹)の大喧嘩の噂話から始まる。変化の少ない職場に一石が投じられたようだ。それぞれの登場人物は、仕事を始める準備のしぐさの中で多くない台詞でそれぞれの置かれた状況、人物同士の関係性を伝えていく。あまり高級でないレストランの調理場で働く者、給仕長、ウェイトレス...。オーナーも顔を出す。仲間関係、対立関係、恋愛関係...。ドイツ人同士で大きな声でドイツ語で内緒話をする時は天井からの字幕を使ってドイツ語をしゃべらせるという方法を使っていてなかなか憎いことをすると思う。
喧嘩の仲直りもされず、緊張関係が高まるがランチタイムになって注文が相次ぎ、それに応えて戦場と化すキッチン。待ちきれずにペーターの料理の盛り付けに手を出そうとするウェイトレス、彼は「オレの領域を侵すな」とどなる。その戦場の様子の中でも料理をつくる仕草は全てマイムなのだが、本当に食材をつかみ道具を使って調理し、盛り付け、ウェイトレスが両手に皿を持って運んでいくかのような身についた動き、それぞれのリアルな動きに本当の調理場の戦場の迫力が伝わってきた。そこで幕。
ロビーの軽食コーナーにはこの作品にちなんで特別メニューが用意されている。ケチな私はいつもはここでは食べないのだが、やはり我慢できずにベーグルサンドを食べた。
後半は、ランチタイムが過ぎた休憩時間から始まる。お菓子担当のふたりは休憩時間にも仕事をやめない。それがペーターを苛立たせる。ペーターは夢を話してみろと皆にたきつける。「もっと寝たい」とか「金だ」とか「女だ」とかいろいろな話が出るが、本人からはついに何も出てこない。ここで一番印象に残ったのが高橋洋が演じるポールの話だった。アパートの隣に住む男の一家となんとなく近所付き合いをする中で友人を得たと思っていたのだ。バスの運転手をしている男の長期のストライキのためにバスに乗れずにその分歩くために早く出勤するという事態にも彼を応援したいと何も言わなかった。ところが、ある時ポールがせめて自分の気持ちを平和行進に加わるということで表明しようと行進に参加したのに、それを知った男は自分たちバスの運行手の運転の邪魔をした平和行進に参加したヤツはくそくらえだと罵った。そのことで大きく傷ついてしまった経験を話す中でその時の傷を引きずっている姿が浮かび上がる。日本と違ってイギリスの労働運動はもう少し根強いから長期のストライキなどもある。しかしながらストに参加する者すべてが自分の生活に直接関係があると思えない平和のための行進などに共感や支持もしないという現実がある。自分中心にものごとを考えると人と人とがわかりあうことは難しいし、それを当然と受け止めた上でどのように折り合っていくのかを考えるのもなかなか大変だと思う。

夢を語れないペーターだが、それは3年越しの不倫関係にあるモニク(杉田かおる)と幸せになることが夢だからである。彼女は夫と別れたいけれど切り出せないといいながら若いペーターと付き合っているが、熱くなっているのはペーターの方で彼女の方はもう2回も子どもを堕ろしている。いくら彼が若いとはいっても3年もそういう状態にあるのはすでに腐れ縁だと感じているのではないかと思っていたら、やはり愛想づかし。「夫は私のために家を買うと言ってくれてるの」ときた。そこで、ペーターは逆上し、包丁をもって大暴れしてしまうのだった。最後、オーナーが「自分の全てであるこの店を滅茶苦茶にしおって」と切れて使用人一同にあたりちらす。使用人一同は、店を愛してはいるが自分たちにはひとかけらの愛情も示さないオーナーに対して冷たい視線を投げかけながら、全員が客席の通路に去って舞台の調理場を見つめて終幕。調理場でのある一日、それも特別な事件が起こった一日を描いた舞台である。しばらくはこの騒ぎでレストランは客足が遠のくだろう。しかしながらそんなに遠くない日に忘れられ、事件を起こしたペーターを除く残りのメンバーは生きていくためにいつものような毎日を繰り返していくのだろうと思った。
キャスト評
ペーター=成宮寛貴
女装が話題になった『お気に召すまま』では大苦戦していたが、若者の焦燥感をストレートに出すこの役では大成功した。焦燥感が空回りせずに台詞も滑舌がよくなり、目もぎらぎら輝き身体の動きも軽快。蜷川さんの期待に応えたと思う。見直した。
モニク=杉田かおる
彼女の舞台は初めてで楽しみに観に行った。光輝くほど美人ではないがやはりきれいだし、芝居はうまい。若いペーターが夢中になる「イイ女」だった。年上でしっかりしていて甘えさせるのも上手。そして色気もある年下キラーの女。しかし、これからの人生を考えてさらっと愛想づかしをする罪な女を可愛く演じてくれた。
ポール=高橋洋
いつも蜷川作品の中で気になる台詞をいう役回りをすることが多く、印象深い。この役でもず~っと言葉少なくちょこまかと調理し続けている。ペーターのことは好きになれないと言いながら求めに応じて夢を語るシーンが見事だった。得られたと自分では思っていた友情が幻だったと気づいた時の孤独が痛いほどに伝わってきた。
ガストン=大川浩樹
彼がなぜペーターにボコボコにされるのだろうと思うほど大柄な立派な身体。今までに見た役は『リチャードⅢ世』のこわ~い部下役などのように強面の役ばかりだった。今回は大柄だけどこわくはない役。若者と年配者の間くらいの年齢の役で、私の席から遠い方に持ち場があったが大きな身体で存在感がすごかった。蜷川作品には彼がいるのが当たり前のようになっている。
アルフレッドー=津嘉山正種
『喪服の似合うエレクトラ』以来だった。言葉は少ないがベテランコックで腕も確かな様子を身体の動きで表現しなくてはならない。そして少ない台詞はあの渋いお声で人生の深さを感じさせてくれた。

この作品は1957年にアーノルド・ウェスカーによって書かれ、ジョン・オズボーンの『怒りをこめて振り返れ』とともに「怒れる若者たち」とよばれる時代に反旗を翻す1960年代文化の代表のようになっているとパンフに書いてあった。日本でも清水邦夫がその時代の作家だという。
しかしながら、今の若者はこのように感情を直接的に表現しないが、成宮寛貴の演技は十分イライラ感を全身で出し切っていて、観ているこちらも相当触発されてしまい、イライラしてしまった。2回目を観たいとは思えなかったが、1月の清水の『将門』演出に続いて蜷川幸雄がこの作品を演出することで、今こそ多くの人に時代について考えろというメッセージを発しているように感じている。
  
写真は、今回公演のHPよりのチラシ写真。
(当初アップした時に、文中で最後までペーターと書くべきところを途中からポールにしてしまい、わけがわからなくしてしまっておりました。ごめんなさい。訂正しておきます。)
(といいながら翌日もマチガイを見つけて訂正入れました。重ねて申し訳ありません。訂正しておきます。)
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05/04/24 映画『真夜中の弥次さん喜多さん』おもしろかった~

gooブログは昨晩真夜中のシステムメンテナンスで状況が改善された。「最新のコメント10件」もようやく表示がでるようになって、イライラ解消。
さて、昨日も娘と出かけ、私の方がサイフを忘れてとりに帰ったりいろいろと悶着はあったが、池袋のサンシャインシネマで『真夜中の弥次さん喜多さん』を見てきた。一昨日、本屋で漫画や小説の特設コーナーができていて、そこでチラシをもらってきて観ることになったのだった。
大体、クドカン(宮藤官九郎)は苦手だったのだ。TVで映画『木更津キャッツアイ』をやっていて娘と見た時、娘は大笑いしているのに私はだめだった。もっと丁寧に人物の気持ちを追いたいのに転換が早くて軽すぎるのだ。原作のしりあがり寿の漫画は手塚治虫漫画賞をもらっているが、読んだことはない。昨日買った小説版を読んだ時に巻末の解説で漫画と小説は全く別物とあった。小説は結末がかなり暗~い感じで、映画どうしようとちょっと腰がひけたのだが、娘と約束しているので仕方がない。
だがしかし、観てみたら、おもしろかった~。映画は小説とは別物だった。もちろん、設定は同じなのだが、タッチがめちゃめちゃ明るい。最後は、ほろっとくるし、「愛」で終わるし、観終わったあと爽快感が残った。これは見て得した。そしてクドカンも見直した。軽さだけでなくて、ちゃんと深い世界も描けるヤツなのだと思ったら、パンフにもそんなことが書いてあった(宮藤官九郎が深いテーマに初めて真っ向から挑戦)。現代の若者は、そういうのをちゃんと取り上げることには照れてしまって茶化すことが多い。若者文化の代表のようなクドカンの今までもそういうことだったのだろう。私のような前の世代の人間は、今回の映画くらいは描きこんでくれないと満足感が得られないのだ。
そしてハチャメチャだという原作の漫画をサイケデリックな映画にしているのだが、それがまあ、おかしくて楽しくて・・・。こんなにおかしいのは私は『少林サッカー』以来だ。冒頭は白黒映画のように始まるが、お伊勢参り勧誘のハガキのみがキラキラの彩色で浮き上がり、ふたりが江戸を出発するシーンでは送り出す人達がまるで予告編で見た『踊るマハラジャ』のような派手なミュージカルの群舞。旅をすすめる中で「笑の宿」「喜の宿」「歌の宿」「王の宿」「魂の宿」とすすんでいくのだが、そこここにえっ、この人がと思う人が登場人物で出てくる出てくる。そのお楽しみもすごいものがある。
さて、キャスト評(といっても、ほんの数人にとどめるが)
弥次郎兵衛=長瀬智也
同じTOKIOの松岡くんが大河ドラマの佐々木小次郎で新之助の武蔵よりも凛々しくかっこよかったので松岡くんばかりに気をとられていたが、長瀬くんもこれでかっこよさがわかった。娘がかっこいいと連呼していたが、同感です。小池栄子が死んだ女房役だったが、男に寝取られているのが悔しくて痴話喧嘩の刃物沙汰で死んでも愛し続け、最後は許してしまうのが無理もないと思うイイ男。
喜多八=中村七之助
ヤク中毒の歌舞伎役者という設定で、イっちゃっているような七之助の目、彼の中性的な美しさを活かした役。男らしい長瀬くんと並ぶとなんとも魅力的なゲイカップルができあがり。女子高生グループ(喜び組!)の中に入っていってもその可愛さに違和感がない。彼がいなかったらこの映画は成り立たなかったと思う。
アーサー王=中村勘九郎
初の映画親子共演だが、この人はどうしてこんなアヤシイ役を魅力的にやってしまえるのだろか。
岩に突き刺さったエクスカリバーを引っこ抜けと言いながら商売をしていて、引っこ抜いてしまうのは喜多さんで、そこからまた大騒動になっていくのだが、その騒動はそ知らぬ顔を決め込んで...というトボケぶりがまたいい。勘三郎になってからもアヤシイ役を外部でやってくれるのだろうか。そういうのが杞憂なのが新しい中村屋なのかもしれない。
  
写真は、映画パンフレットの表紙より。
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05/03/09スペクタクル・ミュージカル『十戒』、星ひとつかなあ...

3月の観劇日記ですが、少しずつ追っかけます。
yukariさんが申し込まれていた観覧モニター募集に見事当選され、その連れにしていただき、『十戒』を観に行った(このブログを始めてから初めてのオフ会!)。新聞に目を通す余裕がない頃だったのでこのミュージカルが話題になってことは知らなかった。あらかじめインターネットでどのような作品か調べて、私の愛する『レ・ミゼラブル』同様フランスで作られ、ヨーロッパで好評を博した作品だとわかって期待して観に行った。
まず、会場が初めて行く国立代々木競技場第一体育館が広いこと。大きなセット(幅40m高さ12m)を組んだということだったが、スタンド席だと本来1万円を超える席でも大して大きなものには見えなかった。アリーナ席だときっと迫力あったのだろうけど。
ストーリーはおなじみの旧約聖書「出エジプト記」のモーゼの話。古くはチャールストン・ヘストン主演の映画、最近ではドリームワークス社のアニメ映画『プリンス・オブ・エジプト』でおなじみの方も少なくないだろう。以下、あらすじ。
3,000年の昔、ナイル河のほとりに住みついたヘブライの民たちはエジプト王セティの奴隷にされ苦役に駆り出されていた。セティはその年に生まれたヘブライの男に殺されるという神託に男の赤ん坊を全て殺す命令を下し、ひとりの母親が子どもの命を救うために籠に入れてナイル河に流した。籠は王宮に流れつき、王の妹の目に止まり、彼女は赤子をモーゼと名づけて育てた。
モーゼは王の息子ラムセスと兄弟のように育ち、やがてふたりは王位継承王女アムネリスの愛をめぐって争うようになる。ある事件がきっかけでモーゼは自分の出生の秘密を知り、王宮を出て放浪の旅に出る。その中で羊飼いの娘と結婚し、シナイ山で神から啓示を受け、ヘブライの民を救うべく指導者となる。そしてエジプトの奴隷状態からの解放のために立ち上がり、王となっていたラムセスと対峙する。

この作品も全編歌うミュージカルなので、歌い手を揃えているのはよかった。主役のモーゼ役のセルジオ・モスケットもあたたかい声でなかなかよかったけど、一番気に入ったのはラムセス役のアメッド・ムイシ(あの髪型にするために自分の毛も前半分抜いてしまったのではないかと思ってるけど)。モーゼ役のセルジオ・モスケットと対峙して二人が掛け合いで歌うところなどは迫力十分だった。女性陣ではネフェルタリ役のジニー・リーヌもよかったけど、王の妹役の人の方が低めの暖かい声でモーゼへの愛情が伝わってきてよかった。
ところが、会場が大きすぎるからか、出演者がナマで歌っているように全く思えない。武道館にQUEENのコンサートを観に行った時の事を思い出した。「ボヘミアン・ラプソディ」という曲はとても特殊な録音をした曲なのでコンサートでナマで歌うことが難しい部分があり、そこはもう割り切って録音を流しながらメンバーはいったん引っ込んで衣装を変えて最後に出てきて最後の締めだけ歌うということをするが、その時と同じような聞こえ方。出演者は歌っていたとは思うが、多分録音中心にしていてコンサートのような顔の前に突き出したマイクはつけていたけど音は拾わないようにしていたんじゃないかと思った。とにかく50人くらい出演者がいたのにアンサンブルのは全くきこえず、中心的な人だけが歌うのがきこえる舞台というのは、すごく違和感があった。本当に似たような曲想で感動的に歌い上げる曲ばかりでかなり食傷気味になり、うつらうつらしてしまい不覚にも双眼鏡を通路に落として音をたててしまい、斜め前のおじ様に睨まれた(失礼)。また、踊りが私の嫌いな系統のダンスだったのもダメ。ストリートダンスのようなダンスは嫌いだし、筋肉を強調するような動きもダメ。初日には最後に出演したという平原綾香も今日は出ないでくれてよかった。マイクにブレスの音を平気で拾わせる彼女の歌い方はどうもダメ。「エブリデイ・リッスントゥー・マイ・ハート...」を流す店にいると私は逃げ出す(笑)。
なぜフランスでというかヨーロッパで受けたかというと、「ヘブライの民の解放を」とか、「愛を与えることを学べば愛が全てを包む」(とか歌詞にあったようだけど記憶が曖昧???)とかいうテーマ性ではないかという気がする。市民革命を経た国が多いし、キリスト教のエリアだしなどと考え。またフランス人は英米が嫌いだし、国産ミュージカルだから支持されたのではないかと推測する。『レ・ミゼラブル』と比べると月とスッポンだった。終演後のyukariさんとのオフ会が一番楽しかった。
その後、玉三郎さんのオフィシャルサイトの3月のコメントから、彼がラスベガスのショーを観に行って「電光掲示板のような画面、あるいはハイビジョン」を「次から次へと転換できることがかなり浸透していまして、ウィ・ウィル・ロック・ユーを始めその他にもバックにプロジェクトの画面を使用しているショーが多かった」というようなことを書いてあり、ああそういえば『十戒』もそうだったなと思った。燃える茨の姿で神がモーゼの前に現れるようなところはけっこう良かったなあとか思い出す。
また『十戒』を観てすごく感動したという方のブログ記事も読んだが、ええ~っ??っと思ってしまった。歌う人の歌唱力も誉めていて、まあそれはそうだろうが、あれがナマに聞こえたのか、そうであればやはりアリーナ席だったらそう聞こえたのかしらと???状態になった。そう聞こえたのであればスタンディングオーベーションにもなるし、モーゼ役の彼が「ヘイ、カモン」とか言えば舞台の前に殺到するのも納得がいく。主催のフジTVのさくらもいただろうし。大体、帝劇などでは通路脇席から通路にはみ出して立って拍手してるとそれだけで係員がとんできて注意される。舞台前への突進は絶対できない。スモークで海が割れた演出に感動していた人もいて、アリーナ席だと感動できるように見えたのかなとこれも???。
賛否両論の舞台だったということだろうか。まあ、私は星ひとつだな。こういう舞台も観ると目が肥えると思った。

写真はフジTVの『十戒』のホームページより。
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05/04/23 「スマステ4」で歌舞伎特集第3弾、七之助登場

今日も偶然TVを見ていたら標記の番組で「好評特集“歌舞伎の基礎知識”第3弾」というのをやっていて、七之助が香取慎吾と並んでいた。クイズ形式でいろいろとうんちくを聞けるのだが、資料映像が大変興味深かった。父親の勘三郎襲名披露の3月4月公演から少しずつ名場面が出たし、往年の名舞台の映像とかも出た。特に歌舞伎の初海外公演がソ連だったとか、そこに行った左団次の写真とか、同じ時期に欧米を豪遊した日本人離れした顔だちの市村羽左右衛門の写真、ハーフだったという伝説や、彼のファンになってしまったアメリカのなんとかさんが日本が敗戦後占領軍に入ってきて上演禁止になった歌舞伎を復活させたとか、いろいろな話も出た。
七之助も事件を起こして3月歌舞伎は出演自粛になってしまったが、4月歌舞伎夜の部の口上と「籠釣瓶」から復帰。口上では本当に神妙に「父の襲名の披露に舞台に一緒にたてるだけでありがたい」というような旨を短く述べて暖かい拍手をあびていた。このTVでもなかなか謙虚な態度でクイズにも知らないことは素直に「へえ」という顔をしているところを画面の下の小さい画面で映されていて、とても今時の若者らしくて好感がもてた。ぜひ、中村屋には勘三郎、勘太郎、七之助で頑張ってほしいので、今回の事件で学んだことを今後の人生のために生かしてほしい。応援している。
勘九郎の舞台は娘にも一度見せたことがあり(4年前の8月歌舞伎座、勘九郎がお岩の「四谷怪談」)、それからこの間の襲名披露公演で買ってきた舞台写真を娘に見せたら、勘三郎がいろいろな役を演じているのにびっくりしてしまった。その後、中学校で連れて行かれた国立劇場の歌舞伎鑑賞教室で懲りた娘は「私、もう歌舞伎と宝塚はいいから普通の舞台だけ誘って」と宣言していたが、「おもしろい作品なら歌舞伎を見たい」と言い出した。「野田版・研ぎ辰の討たれ」あたりを幕見で見せようかなとも思っている。見にいく予定の映画『真夜中の弥次さん喜多さん』でも勘九郎があやしいオヤジ役で出ているのも楽しみにしているのだが...。
 
写真は、写真集『新しい勘三郎~楽屋の顔』の表紙。実は今日買ってしまったのだった。娘もこれは面白いと支持してくれた。
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05/04/19 NHK05年度『日本の伝統芸能』歌舞伎入門の講師は愛之助


本屋に立ち寄っていつもの演劇などの雑誌コーナーに行ったらNHK05年度『日本の伝統芸能』テキストが積んであり、表紙の「歌舞伎入門」の写真には愛之助が!中を見たら今年の講師は愛之助だという。すでに4月2日より第1回が始まっているが、年間3回同じ放送を繰り返すことがわかった。
実は昨年も同時期に同じテキストを手にとったのだが、どこかの大学の先生が講師だったし、他の芸能には特に興味がなかったので買わなかったのだった。昨年11月末にこのブログを始めて、yukariさんのブログなどにも遊びに行かせていただいているうちにお能や他の伝統芸能にも少しずつ興味が湧いてきていた。
そういうところに愛之助講師である。これはもう観るしかない。テキストを観ると1月に観た浅草歌舞伎の写真もたくさん載っているし、13代目の仁左衛門の話などもいろいろ出てきている。土曜日の昼は通院で大体外出しているし、大河ドラマの再放送を録画していることが多いので火曜日の早朝を予約録画して観ることにした。
第3回の録画を観たが、歌舞伎の音楽についてがメインだった。人形浄瑠璃が原作になっている作品は元の作品と同じように義太夫が伴奏につくが、人形浄瑠璃では義太夫の語りが主で人形が従、歌舞伎では役者さんが主で義太夫が従になるのだという。確かに人形はしゃべれないけれど人間の役者は喋れるしそっちに主役が移っていったのだなあと納得。義太夫と長唄も太夫さんたちが出演して実演つきで説明してくれるとよくわかる。日本駄右衛門の台詞を伴奏なしと伴奏ありできいてみるとかいうコーナーもあって、実際の役者が講師という魅力がたっぷりだった。
13代目の仁左衛門は義太夫の勉強を熱心だったという。愛之助も義太夫を勉強する中で自分の声をつくってきたという。1月の浅草で昼と夜観た「封印切」の忠兵衛の高い声と八右衛門の低い声の両方が魅力的だった。番組の中でも実際にやってみせていたが、こういう研鑽に裏付けられているのだとわかった。
愛之助は大阪での歌舞伎鑑賞教室のようなところでの解説も熱心だったときいていたが、それが活きていると思う。「とにかく太夫さんの語りや歌をよく聴いてみて」と強調していたが、そう言われると頑張って聴いてみようと思った。

表紙は05年度『日本の伝統芸能』テキストの表紙。

追記:4/22
花粉症の薬がなくなりになったので、夕方、いつものS内科に行った。咳喘息は収束したことを告げ、収束前に血液検査を受けた結果をまだ聞いていなかったので聞いてきた。肺炎の検査とアレルゲンを調べる検査の両方を受けたのだけれど、予想通り、咳喘息が長引いた原因は花粉へのアレルギー反応だった。スギにものすごい反応が出ていた。それとヒノキの反応も出ていて、樹木花粉への反応が2+と判定されていた。ストレスが高まっている状況だとアレルギー反応も大きく出てくるのだ。現在のところは、咳喘息が治っただけでも少しラクになった。
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05/04/21 古本市で『歌舞伎名舞台』に遭遇

県立図書館に行ってみようと浦和の駅から向かう途中、古本市に遭遇、そこで『歌舞伎名舞台』という昭和41年(国立劇場ができた年)に出版された大きな本(A4版285頁)に出会ってしまった。往年の名優の名舞台の写真がたくさん載っていた。
  
企画は新東京出版社の山田菊雄社長と重症心身障害児を守る会の北浦貞夫氏、編集は河竹繁俊氏を中心に戸部銀作、日下令光、松井俊論の各氏が担当、写真は雑誌「幕間」、ならびに吉田千秋氏の写真を中心にして進め、歌舞伎入門の展望書として出版したと書いてあり、早稲田大学演劇博物館の協賛ともある。
とにかくよくわからないが、写真だけでなく「歌舞伎の歴史」「狂言解題」などの読むところもたくさんある。これは「買い」だ!との直感のもとに3675円を払って、雲行き怪しい天気の中で本が濡れないように図書館に行くのはやめにして帰宅してしまった。
机に広げてページをめくると11世団十郎や歌右衛門、先代の仁左衛門、幸四郎、尾上松緑、吉右衛門、勘三郎、梅幸、などなど白黒ではあるが大きな写真で舞台の雰囲気がよく伝わってくる。女形をやっていた大川橋蔵の1枚もあった。じっくりと読んで勉強したい。図書館でやるべき勉強もやらなくてはと思うけど、こういうことでひっかかってしまう。まあ、両方やりますかね。

写真は、このブログでこの間若かりし頃の演技が話題になっている雀右衛門の「鷺娘」の写真をアップでとってみた。
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